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僕とジョルノ(3)

「私、陰気なんです」

自分のことを陰気だと言う女の人が、僕とジョルノの前にいる。女の人が、自分の話をする。私は割とどうしようもないアラフィフの女で、真人間にはなれそうもなくて、かといって開き直ることもできずにいます。ずっと人と関わることを避けてきて、一応働いていますが、精神的には引きこもりと同じです。ジョルノさんからは、頭で理解をすることではなくて、感覚を感じてみたいと思っています。ずっと前から、自分の感覚が凍ってしまっていると思うからです。逃げていたのだとも思います。あまり生きていたくなくて、気力も勇気も減退していく中で、何かを変える必要もあると思うからです。

「君、面白いね」

ジョルノが言うと、女の人は気のない返事をする。自分ほど退屈な人間はいないと思います。私は楽しみ方が下手なのです。私のテンションが低いから、私と一緒にいる人のテンションも低くなります。私なんかに付き合わせてごめんなさいって毎日思っています。タメ口で話せるのは旦那だけです。ジョルノは「結婚しているんだね」と言う。女の人は「旦那に依存をしています」と言う。女の人は、自分に自信がないと言う。僕から見ると、女の人は、自信のなさには自信を持っているように見える。自分のつまらなさに、自信を持っているように見える。

「関係ないけど、肌が綺麗だね」

ジョルノが言うと、女の人は「肌のお手入れだけはしています。私くらいの年齢になると、女を捨ててしまう人が増えます。私は、それは嫌だなと思っているのですが、私には色気がありません」と言う。ジョルノが「あると思いますよ」と言う。女の人は「そんなことはありません」とかたくなに拒む。女の人は、何を言われても卑屈になる。卑屈の才能を感じる。同じくらいの年齢の人と比べたら、この女の人は若くて、綺麗だ。それなのに、若い頃の自分と比べて、若い頃の自分に負け続けている。生きれば生きるほど、敗北を重ねているように見える。

「こんなこと人に聞くことじゃないですよね」

女の人は、目の前の人と話すのではなくて、独り言を繰り返す。人との繋がりが欲しいけど、繋がり方がわからない。どうすれば人と繋がることができるのか知りたいけれど、こんなこと人に聞くことじゃないですよね。こんな感じの独り言を、僕たちの前で繰り返す。何もかも、全部、自己完結をしてしまっていて、だから、僕もジョルノも黙っている。僕もジョルノも何も言えない。陰気な人は、ツッコミを入れてくれる人がいたら、面白くなるのかもしれない。この人に必要なことは、自分を変えることなんかじゃなくて、友達なんじゃないかなと思う。

「俺が友達になってやるよ」

ジョルノが言う。タメ口を使える相手が欲しいんだろ。だったら、今、俺にタメ口を使えよ。会いたいって連絡をくれたのはお前だ。それに「いいですよ」と返事をして、受け入れたのは俺だ。それを、何を今更「自分なんかといさせてごめんなさい」だ。この期に及んで、恥ずかしがることが一番恥ずかしい。健気な振りをするな。お前は弱さに逃げている傲慢な女だ。そのことを認めろ。さあ、今、俺にタメ口を使えよ。変わりたいんだろ。だったら、今すぐ、俺を使って変われよ。今、俺にタメ口を使えよ。

「う、うぐぐぐぐぅ〜!」

女の人は悶える。僕は驚く。こんな呻き声をあげる大人の人をはじめて見た。獣みたいで、なんだか、ちょっぴり可愛いなと思う。そして、やっぱりちょっと面白い。だけど、きっとこの人に「面白い」と言ったら怒るのだろうなと思う。大人はもっと大人だと思っていた僕の固定観念は、いろいろな人たちの登場によって、ゆっくりと壊される。もしかしたら、ジョルノは僕にこれを見せたくてやって来たのかもしれない。ジョルノの真意はわからないけれど、自由とは、わからなくなることなのかもしれない。

「会社を辞めました」

体に関わる仕事をやりたいと思って、会社を辞めた男の人が、僕とジョルノの前にいる。本当に、いろいろな人がジョルノに会いにやって来る。男の人は言う。機械も薬も使わないで、人の体がどんどん良くなる秘密を発見しました。ジョルノは黙って話を聞く。男の人は、嬉しそうに話を続ける。ジョルノと一緒にいると、少しずつジョルノのことがわかってくる。ジョルノは、余計なことを言わない。相手のことを信頼していると言うよりは、注意深く、相手を見定めているように見える。喋れば喋るほどボロが出る。そのボロを待っているように見える。

「髪専門でいきます」

意表を突かれたジョルノが「お」という顔をする。マッサージとか整体とかの話なのかなと思っていたら、髪の毛の話だった。ジョルノは、少しだけ男の人に興味を持ったように見える。ジョルノの変化に気づかないまま、男の人は、話を続ける。機械も薬も使わないで、撫でてあげるだけで体は元気になるのです。地球は、左回りに回転しています。若い人たちには逆回転の力があるのですが、年を取ると逆回転の力が弱くなって、どんどん体が歪んでしまいます。だから、体を時計回りに撫でてあげるんです。

「撫でてあげるだけでいいんです」

ジョルノの体が、少しだけ前のめりになる。ジョルノは僕に、あることないことを吹き込む。この前は「内くるぶしは宇宙と繋がっている。内くるぶしを撫でてあげると幸運が舞い込む」と言って、自分の内くるぶしを撫でていた。男の人の話は、ジョルノの興味を引いたようだ。男の人は言う。私は、体は男ですが、心は女なんです。髪の毛の調子がいいと、どんどん外に出ることができます。髪の毛の調子が悪いと、家を出ることができなくなります。私の家系は髪の毛が薄いので、そのことで死にたくなるほど悩んだこともあります。その時に、撫でてあげるだけでいいという秘密を見つけたのです。

「ジョルノさんの額に惹かれます」

男の人は、突然、ジョルノの額を褒める。ジョルノが「どこがですか」と聞く。男の人は「ジョルノさんの額は丸みがあるから惹かれます」と言う。女の人の胸やお尻やくびれなど、本能的に、僕たちは曲線に惹かれるらしい。男の人は「惹かれます」と言いながら、とろけるような顔をして、ジョルノの顔をまじまじと見る。ジョルノは「はあ」と言う。男の人は「ジョルノさんは自分が生まれた時間はわかりますか」と聞く。ジョルノは「朝五時です」と言う。男の人は「私はホロスコープを見るのが好きで、ジョルノさんの星を調べてきました」と言う。

「私も蠍座に星がいっばいあるんですよ」

話題がどんどん乙女になる。男の人は「蠍座は執着が強いから大変ですよね」と言う。雲行きの怪しさを察知したジョルノは「それでは今日はこの辺で」と言って、ゆっくりと席を立つ。二人きりになり、ジョルノは「どうだった?」と聞く。僕は「わからない」と言う。どうだったと聞かれても、僕にはなんにもわからない。ただ、いろいろな人がいるなあと思うと、自分は普通の人間なんだなと思う。いろいろな人を見ると、自分の悩みとか、どうでもよくなる。

「また今日もなんにもしなかったよ」

夕日を見ながら、レイチェルがつぶやく。ジョルノは、定期的にレイチェルに会いたがる。理由はわからないけれど、レイチェルにしか充電することのできないバッテリーをジョルノは抱えていて、レイチェルといる時にだけ蓄電ができているように見える。だから、レイチェルといる時のジョルノは、とても穏やかに見える。

「漫画ばっかり読んじゃった」

レイチェルは嘆く。レイチェルには、悲哀がとても良く似合う。何をしても、何を言っても、どうしても少しコミカルになる。漫画を読み過ぎたから、漫画みたいな人になっちゃった。レイチェルは嘆く。ジョルノは隣で笑っている。ジョルノは呑気なレイチェルが好きで、レイチェルは呑気な自分を嫌っている。レイチェルは「自分のことしか考えられない」と嘆く。本当は誰かのために生きてみたりしたいのに、どうしても自分のことばかり考えてしまうと嘆く。

「他人の物語ばかりじゃダメだよね」

無害そうな顔をしたレイチェルは、裏社会の話が大好きで、ホストやホステスやヤクザやヒモや社会不適合者の話を好んで読む。そして「自分はまだまだ大丈夫だ」と安心しようとする。他人の物語ばかりじゃダメだよね。自分の物語を生きなくちゃね。こんな感じの言葉を、レイチェルは会う度に言う。去年も、おととしも、同じ言葉を言っていたと思う。ジョルノは隣で笑っている。毎回新鮮な気持ちで自分に期待をして、毎回自分に裏切られ続けているレイチェルを、ジョルノは優しいまなざしで見つめる。

「明日から頑張るから!」

そう言って、レイチェルは今日をサボる。ジョルノは笑う。このやり取りが、ジョルノにとっての幸せそのものなのだと思う。ちゃんとしているから好きになったのではなくて、ちゃんとしないをちゃんとやるレイチェルを、ジョルノは好きになったのだと思う。レイチェルは「笑ってもらえるだけありがたいよ」と、おばあちゃんみたいなことを言う。こどもみたいな二人だけれど、その姿には、長年連れ添った夫婦のような切なさがある。きっと、二人は死ぬまでこのままなのだろうなと思う。僕たちは、きっと、大丈夫なのだろうなと思う。大丈夫じゃないことも含めて、大丈夫なのだろうなと思う。

(続)

バッチ来い人類!うおおおおお〜!

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