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外観要件は合憲である―広島高裁判断の重要点など

2024.7.16 弁護士滝本太郎

1 広島高裁は2024年7月10日、男性→女性への戸籍性別変更の案件につき、特例法3条5号の外観要件規定に該当するとして、性別適合手術をしていない本件の、性別取り扱いの変更を認めた。最高裁大法廷2023.10.25決定、すなわち4号生殖能力喪失要件を違憲とし、5号の判断のために差し戻された案件の決定である。

 報道でも一般にももっとも注目されているのは、女性ホルモンの影響で外観要件はクリアしたとされたことなのだが、法曹として、また今後の法改正に関係する事柄ともっとも重要な点は、違うところにあると考える。

 すなわち、もっとも重要なことは、特例法3条5号「外観要件」につき合憲だと判断したことである。各所から違憲だと強く主張されてきたが、手術を必須とするならば「違憲の疑いがあるといわざるを得ない」と記載したのであり、外観要件は合憲として維持されたことである。手術が必要だと読む限りでの適用違憲としたともいえるが、条文には「手術」の文言はない以上、適用違憲の一例ともいえまい。

 広島高裁の決定は、次の通り示している。

特例法に基づく性別の取扱いの変更の審判が認められるための要件として5号規定が設けられた目的は、同号に該当しないものについて性別の変更を求めた場合には、外性器の形状が他者の目に触れ得る公衆浴場等において生じ得る社会生活上の混乱の回避にあるとされており、具体的には、自己の意思に反して異性の性器を見せられて羞恥心や恐怖心、嫌悪感を抱かされることのない利益を保護しようとしたものと考えられる。当該利益は保護に値する利益と言うべきであるから、5号要件の目的には正当性がある。

 5号規定は、4号規定と異なり、「近似する外観を備えている」という比較的幅のある評価的な文言を用いているところ、上記要件は必ずしも他の性別に係る外性器に近似するものそのものが備わっていない限り満たされないというものではなく、その身体につき他の性別に係る身体の外性器に係る部分に近しい外見を有していることでも足りると解される(民事月報59巻8号・172頁参照)。

 (ガイドラインや国際疾病分類などのこと、中略)これらを踏まえれば、5号規定の要件に該当するためには、現時点においても性別適合手術の実施が常に必要であると解釈するならば、上記(1)の目的の正当性を考慮しても、5号規定は、治療としては同手術を要しない性同一性障害者に対して、憲法13条が保護する自己の意に反して身体への侵襲を受けない自由を放棄して性別の取扱いの変更の審判のために身体への侵襲を伴う同手術を甘受するか、性自認に従った法令上の取扱いを受けるという重大な法的利益を放棄して性別の変更の審判を受けることを断念するかという二者択一を迫る態様により過剰な制約を課すものとして、違憲の疑いがあるといわざるを得ない。

 このように、差し戻し審の広島高裁は、外観要件の具備とは手術を経たことを必須とはしないとしたうえで、それが具備されているかを判断したのである。5号外観要件を違憲だと判断したのではない。広島高裁は、先行した国で実現されてしまっており、日本学術会議が提言し性自認主義の論者らが求める内容-「性自認が女性だ」と言いその生活実態があれば何ら医療的措置をしていない生得的男性は法的女性になれるべきだーということは、明確に否定しているのである。

2 もちろん、広島高裁のこの判断は不当である。一見しては陰茎・陰嚢が見えない、乳房や体つきなどが女性化していたのであっても、陰茎などがあることは確かであり、実に適切ではない。広島高裁は下記のように示している。

性別適合手術は受けていないものの、継続的に医師の診断に基づくホルモン療法を受けており、本件審判申立てに際しての精神科医師2名による診断及びその後に行われた別の医師による観察のいずれにおいても、身体の各部の女性化が認められている。その状態及びその他本件に現れた一切の事情を勘案すれば、抗告人は5号規定に該当する。

 広島高裁は、具体的には相当に例外的な形状の事案であった、その限りでの先例になるという趣旨だろうが、それでも生得的女性の陰核のごとき陰茎になることはあり得ない筈である。裁判資料は実にあからさまなものだが、判決文では「別の医師の観察」であって裁判所が写真で判断したものでもないとみられ無責任至極である。
 すなわち、女性ホルモン療法をしてきた何人もの方からの証言や文献によれば、何年たっても陰茎の縮小は知れたものであり到底、女性の陰核と同じ形状にはならない。勃起・射精も少なくとも数年間はあるともいう。
 この真実からすれば、広島高裁の判断は事実認識を誤っており厳しく処断されなければならない。
 なお、女性→男性の場合は、①陰茎様のモノを作り安定的に股間に固着させるのは相当に困難であること、②男性ホルモンの投与により陰核の肥大が相当程度にあること、そして③性犯罪をする生得的女性は生得的男性に比較して著しく少ないから、その程度で外観要件をクリアしたと認めても格別の問題はないという非対称性がある。女性→男性の場合は外観要件について緩くても実際上、格別の問題はないのである。
 したがって、広島高裁の判断は厳しく処断されなければならない。

 各国ともに、男性→女性についても手術をしていないままに法的性別を変更できるということとなった後の数年から10年で、診断書と裁判所での宣言だけで良いなどと変更され、更にはドイツなどのように診断書も不要、裁判所の関与もなしの自己申告だけで法的性別を変更できるという制度になった経緯があるのだ。

 広島高裁の判断は、日本にあっては周回遅れでこの性自認至上主義の愚を追う必要はないのに、最高裁決定に続き、更に追っているのであり、実に不当だと考える。

 それでも、私がまず申したいのは、広島高裁は、5号外観要件を違憲にしなかったということがまず重要だということである。立憲民主党は、2024年6月11日には外観要件を削除した法案を国会提出したが、それなぞは愚の骨頂であるということだ。

3 様々な見解のまとめは、NHKの下記が詳しいと思われる。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240710/k10014507081000.html
  この判断について、女性スペースを守る会がNHKに寄せたコメントは下記のとおりだ。

女性ホルモンの影響で萎縮などしていても『男性器ある法的女性』であり、強く抗議する。ただ外観要件は維持されたので、何ら医療的な措置をしない男性が法的女性になる道はない。その点はよかった。何より重要なのは、特例法とは別に男性器がある限りは女性スペースの利用はできないとする法律を作ることだ

 また、「性同一性障害特例法を守る会」が出したコメントは下記である。

私たちは心から手術を求め、それゆえに法的な性別の変更は世論から信頼されてきた。この判決の基準のあいまいさが社会的混乱を引き起こし、今後の特例法の改正論議に悪影響を及ぼしそうだ。すでに戸籍上の性別変更をした当事者の声を聞くべきだ

4  この裁判の経緯は判例サイト等から見る限り下記である。

 2019年中 岡山家裁に申立(男性→女性)
 2020年5月22日 岡山家裁が変更を認めない審判を下す。精子数が少ないが人口授精もありえるから4号生殖能力喪失要件を満たしていない。5号は判断せず。申立人は憲法判断は求めていなかった模様
 2020年9月30日 広島高裁岡山支部が抗告申立を却下(家庭の法と裁判22号115頁)
抗告人は4号と5号外観要件につき違憲と主張したが、高裁は4号要件は合憲でありかつ家裁認定の通り満たしていないから、その余の判断を要さないとして却下
 2022年12月7日 最高裁小法廷から大法廷に回付される。
 2023年10月25日 最高裁大法廷決定(判例タイムズ1517号67頁)、4号要件は違憲と判断し(2019年1月23日の最高裁第二小法廷決定の判断を4年9か月後に変更)、5号外観要件について広島高裁に差し戻しとした。

 いわく
「身体への侵襲を受けない自由を放棄して強度な身体的侵襲である生殖腺除去手術を受けることを甘受するか、又は性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けるという重要な法的利益を放棄して性別変更審判を受けることを断念するかという過酷な二者択一を迫るものになった(中略)本件規定による身体への侵襲を受けない自由の制約については、現時点において、その必要性が低減しており、その程度が重大なものとなっていることなどを総合的に較量すれば、必要かつ合理的なものということはできない。 よって、本件規定は憲法13条に違反する」
 なお15名中3人の裁判官は5号外観要件も違憲であるから最高裁の自判で変更を認めよ、とした。

 この4号生殖能力喪失要件を違憲とした最高裁決定により、女性→男性については、(男性ホルモン投与で陰核肥大があることをもって外観要件をクリアするとされてきたことから)、その後の家裁において次々と認められている。
 しかし、男性→女性の事案は、陰茎又は陰嚢は付いていれば見えるものであり、外観要件は重要な論点だった。
 2024.7.10、差し戻された広島高裁は、上記1及び2に記載の通りの判断をしたのである。その全文は公刊されたならば補充する。

5     この裁判は、申立てが認められたからそのまま確定した。申立人側にあって「外観要件は違憲なのだ、その判断を」として最高裁に上告する道はない。高裁だが判例となるので、その後は各家裁で同様の事案については変更を認める可能性が高いと思われる。今後、「外観要件は違憲」かどうかは、この事案のような陰茎がないことに匹敵するとされる事案では判断されず、医療的措置が不十分で陰茎が外観上認められる事案についてのみ、判断されることになろう。

 また、そもそも、申立人側の主張・立証を裁判所が判断するだけであり、反対当事者がいない裁判である。憲法問題、それも法的な性別という日々の生活と多数の法令に関係する重大な問題であるのに、反対当事者がおらず、その主張立証は裁判所に届かないのだ。事実上は、私が世話人となっている「女性スペースを守る諸団体と有志の連絡会」などから様々な要請書や資料が送られたが、裁判官らはこれを読む義務も検討する義務もないものである。とんでもない話だと考える。

 国、すなわち法務省が参加する道はあった。「国の利害に関係のある訴訟についての法務大臣の権限等に関する法律」の第4条に「法務大臣は、国の利害又は公共の福祉に重大な関係のある訴訟において、裁判所の許可を得て、裁判所に対し、自ら意見を述べ、又はその指定する所部の職員に意見を述べさせることができる。」とあり第9条に「調停事件その他非訟事件については、前各条の規定を準用する。」とあるからだ。だが、国は参加しないままだった。

6  最後に、本件事案を検討するにつき、注目すべきは申立代理人2名の、最高裁決定の2023.10.25の記者会見の内容であるこちらだと考える。

 外観要件について3人の裁判官が違憲としたことに関連して「5号が違憲とされるということは、すなわち不当にトランスジェンダーの人が、トランス女性の人が、生来の女性の人に踏みつけにされている・・・・と判断するから違憲なんです。」と述べるという、とんでもない発言をしたのである。

 女性の安心安全といった権利法益は度外視して、陰茎あるままの生得的男性が女性スペースに入れて当然だという考えの模様だ。

 実は、トランス女性が男子トイレに入ったときに揶揄される、暴力まで受けることをしばしば聞き、それは重大な人権侵害だと思われる。排泄は認識ではなく身体でするのだから、トランス女性で男子トイレに入る人もまた多くいる。その際にいわば「男子トイレに入るな、女子トイレに行け」として排除されることこそが差別でなくて、なんなのだろうか。

 トランス女性が女子トイレを利用した時、女性は多く気づくと聞くが、怖かった、分かったけれど誰も何も言わなかった、ということがほとんどである。女性は身体が男性であるトランス女性より弱い立場であり、女性スペースにおいてマイノリティーだ。

 いったい、どこがどう「トランス女性の人が、生来の女性の人に踏みつけにされている」のだろうか。「トランス女性の人は、生来の他の男性に踏みつけにされている。」のだろうに。よく考えれば「トランス女性は女性だ、女性スペースの利用公認を」という主張は、「男子トイレに入るな、女子トイレに行け」として排除・差別することとどう違うのか。


 以上が、最高裁大法廷2023.10.25決定により差し戻された広島高裁2024.7.10決定につき、報告と見解である。

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