僕とジョルノ(2)
「死ぬこと以外に予定はない」
学校では、真面目に勉強して、真面目に働くように教えられる。ジョルノは逆をやっている。真面目に勉強しているようには見えないし、真面目に働いているようにも見えない。だけど、たくさんの人たちがジョルノに会うために、遠くからでもやって来る。学校の先生は、遊んでばかりいたらこの国は滅びると言う。だけど、ジョルノの周りには豊かな空気が漂っている。
「一歳は大人ですよ」
女の人が、涙を流しながら「あの時は本当にありがとうございました」と言っている。はじめてジョルノさんに会った時、私は、一歳になる娘を抱っこしていました。その時に、ジョルノさんが「一歳は大人ですよ」と言ってくれたおかげで、こどもの力を信頼できるようになりました。今日は、その時の御礼を言いたくて来ました。ジョルノは頷く。僕は驚く。一歳は大人じゃないと思う。全然、こどもだと思う。ジョルノの言葉はめちゃくちゃだ。だけど、この女の人は、ジョルノのめちゃくちゃな言葉で気持ちが楽になったのだと感謝している。言葉は、必要な人に、必要なタイミングで届いた時に、思いもよらない力を発揮するのかもしれない。
「やりたいことをやることが恵みなんだ」
女の人が、はっとした顔をしながら「今日はその言葉を聞くために来たのだと思います」と言っている。ジョルノは言う。優しくしてくれるとか、お金をくれるとか、浮気をしないとか、タバコも酒もやらないとか、毎日好きだよと言ってくれるとか、そんなことは恵みではない。どれだけ恵まれていても、やりたいことをやれていないなら、それは牢屋と同じこと。誰もいなくなったとしても、やりたいことをやれているのなら、それが恵みだ。女の人は「はい」と言いながら頷く。ジョルノと会うと、女の人はよく泣く。泣くことで、スッキリするのかもしれない。みんな、さっぱりした顔をして帰る。
「人のせいにはもうしません」
女の人が、何かを心に決めたように宣言する。親がいるから、旦那がいるから、こどもがいるから、そんなことを言い訳に使って、やりたいことをやらない生き方は終わりにします。怖いけど、震えるけど、自分のハートに従って生きて行きたいと思います。ジョルノは「いいね」と言う。僕は「いいのか」と思って、心配になる。どうして、僕だけ心配をしなければならないのだろうと思う。自分が飢えたことはないのに、自分が危険な目に遭ったことはないのに、心配ばかりしている自分を逆に不思議に思う。
「幸せになるんだよ」
ジョルノに会った人は、来た時よりも、帰る時の方が、足取りが軽くなっているように映る。ジョルノは言う。金を稼ぐことが仕事なんじゃなくて、幸せになることが仕事なんだよ。幸せじゃない人は怠け者なんだよ。僕には、ジョルノが言っていることの半分もわかっていない。だけど、ジョルノに会った人が、ジョルノに会う前よりも元気になっている姿を見ると、学校で教わることだけが全部ではないのだと思う。
☆
「犬が吠える理由を教えてやる」
僕の住む街に、一匹の野良犬がいる。飼い主に捨てられてから、人間を信用できなくなって、見るものすべてに牙を剥く。鎖で繋がれているけれど、近寄ると噛まれそうになるから、誰も近寄らない。世話をしているおばあちゃんが、毎日餌をあげている。野良犬は、おばあちゃんにも懐かない。可哀想な子だねえと言って、おばあちゃんは、毎日犬のところまで餌を運ぶ。
「一緒に遊びたいだけなんだよ」
そう言って、ジョルノは野良犬に近づく。僕は「危ないよ」と言う。ジョルノは「大丈夫だ」と言う。ジョルノが近づくほど、野良犬は大きな口を開けて吠える。ジョルノが「よしよし」と言いながら接近する。野良犬が、大きな声を出してわんわんと吠える。ジョルノが腕を差し出す。その腕を、野良犬は噛もうとする。ジョルノは言う。犬が吠えるのは、威嚇するため。だけど、その裏側には「一緒に遊んで欲しい」って思いがあるんだよ。一緒に遊んでやるために、俺が上だと言うことを、そして、俺は大丈夫だってことを、教えてやる必要があるんだ。
「くぅ〜ん」
あれだけ吠えていた犬が、ジョルノの前で腹ばいになる。ジョルノが頭を撫でる。尻尾を振りながら、犬が「くぅ〜ん」と鳴き声をあげる。さっきまでの響きとは違う、甘えた態度にびっくりする。ジョルノは、あっという間に野良犬を手なづけてしまった。ジョルノは「人間にもこんな奴いるだろ」と言う。飼い主に捨てられて、人間を信用できなくなって、見るものすべてに牙を剥く。鎖で繋がれているけれど、近寄ると噛まれそうになるから、誰も近寄らない。だけど、本当は、一緒に遊んで欲しいんだよ。
「さみしいだけなんだよな」
野良犬は、腹を見せて横になる。すべてをあらわにして、ジョルノに服従している野良犬は、なんだかとっても幸せそうに見える。色々なことを複雑に考えたり、ややこしくするのが好きな人もいるけど、それは、暇か、さみしいだけなんだよな。そう言って、ジョルノは野良犬の腹を撫でる。元気な声で、野良犬が「わん!」と吠える。野良犬を撫でるジョルノの表情は、少しだけ、さみしそうに見える。ジョルノの中にも、さみしさがあるのかもしれないと思う。
☆
「今日はお前の好きな子を奪う」
ジョルノが突然宣言をする。僕は驚く。ジョルノといると驚くことの連続だから、滅多なことでは驚かなくなる。と言うのは嘘で、驚かされてばかりいる。僕の好きな女の子の名前はのぞみちゃんと言う。ピンクのスカートが似合うとっても可愛い女の子で、みんなのアイドルだ。こども同士がおもちゃの奪い合いをする場面はよく見るけれど、大人が、こどもの好きなものを奪おうとするだなんて信じられない。僕は、怒りを覚えるより先にビックリしてしまった。
「やると言ったらやるからな」
冗談かと思ったけど、ジョルノは本気だった。僕は「待ってよ」と言う。ジョルノは「待たない」と言う。僕は「やめてよ」と言う。ジョルノは「やめない」と言う。僕は「なんでそんなことをするんだよ」と言う。ジョルノは「なんでそんなことをされないと思っているんだよ」と言う。僕は「こんな大人がいるだなんて信じられない」と言う。ジョルノは「これから信じさせてやる」と言って、ニッコリ笑う。人のものを盗む時、ジョルノは一番生き生きとする。
「悔しかったら強くなれ」
そう言って、ジョルノはのぞみちゃんに会おうとする。大変だ。ジョルノに会うと、女の子はみんなジョルノのことを好きになる。このままでは、のぞみちゃんも悪の手に染められてしまう。騙されちゃダメだ、のぞみちゃん。目を覚まして。そして、僕だけを好きになって。僕はジョルノを追いかける。ジョルノの足は早い。僕がどれだけ本気を出して走っても、見る見る距離を離されてしまう。やがて、ジョルノの姿を見失ってしまった僕は、本気で心配になってくる。このままでは、のぞみちゃんが危ない。
「ジョルノさんって本当におもしろーい!」
遠くからのぞみちゃんの声が聞こえる。一番恐れていたことが、今、現実になってしまった。何をしたのかはわからないけれど、のぞみちゃんの声の響きから、のぞみちゃんがジョルノのことを好意的に思っていることがひしひしと伝わってくる。のぞみちゃん。僕は思う。のぞみちゃんが喜ぶ姿を見ることは、僕の喜びでもある。だけど、なんで、その相手が僕じゃないんだ。僕は、愛憎という言葉の意味を思い知る。愛と憎しみは別々のものなんかではなくって、ひとつの気持ちの、表側と裏側の名前なんだ。
「次はいつ会えますか?」
のぞみちゃんが、またジョルノに会いたがっている。ジョルノが、のぞみちゃんの耳元で何かを囁く。その直後、のぞみちゃんの頬が真っ赤に染まる。純粋なのぞみちゃんの体の中に、ジョルノの悪が侵入する。僕は、頭ではなく全身で「許すまじ」と思う。この恨み、晴らさでおくべきか。のぞみちゃんと別れて、ジョルノが僕を見る。僕は「卑怯だよ、ジョルノ!」と言う。ジョルノは、こどもには使えないけれど、大人には使える魔法を使う。ジョルノは言う。ずるいとか卑怯だとか、そんなものは負け犬の遠吠えだ。そんな男に、好きな女は守れない。
「くそ〜!」
僕はジョルノをパカパカ叩く。お構いなしに、ジョルノは言う。お前は、空き巣がチャイムを押すとでも思っているのか。使えるものは全部使う。生きるためならなんでもやる。何が正々堂々だ。何が汚い真似をするなだ。欲しいもののためなら、俺はいくらでも汚れる。汚い真似だって、いくらでもやる。やり方が汚いとか、それは負け犬のセリフだ。自分だけは綺麗なまま、欲しいものを手に入れようだなんて、虫が良すぎる。そんな男に、好きな女は守れない。
「くそ〜!」
僕はジョルノをパカパカ叩く。ジョルノは「悔しかったら強くなれ。俺を憎んで強くなれ」と言う。僕はジョルノをパカパカ叩く。原因不明の涙が、次から次に溢れてくる。ジョルノは、僕の涙を見ても容赦をしない。僕の涙や、僕の弱さは、ジョルノが手加減をする理由にはならない。男の涙は馬鹿にされるだけだ。だから、僕は、ジョルノに涙を見られないように、体と体を近づけて、ジョルノのことを叩き続ける。ジョルノはジョルノで「叩きたいだけ叩けばいい。それでお前の気が済むならな!」と、王様のようにガハハと笑う。それにまた腹が立ち、僕はジョルノをパカパカ叩く。叩きながら、悔しさとか、歯がゆさとか、情けなさとか、色々なものがごちゃごちゃした感情が少しずつ薄くなって、最後には消えてなくなるのを感じる。
(続く)
バッチ来い人類!うおおおおお〜!
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