俺はお前とは違うんだよ、コルニ   作:スゲー=クモラセスキー

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 起承転結の結。
つまりは最終回。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
前作の閲覧方法や次回作のネタなどは作者の活動報告にございますので、興味がある方は是非ご覧下さい。




 お兄ちゃんがあたしを置いてシャラシティを去ったあの日の夜から、早いもので10ヶ月もの時間が過ぎた。

この間に、あたしの周りでは本当に……本当に色んなことがあった。

中には辛いこと、悲しいことも沢山あったよ。

だからまずは、その10ヶ月の間にあたしが何をしていたのかについて話していきたいと思う。

 

 あの後、お兄ちゃんが自分だけの道を探すために道場を去る彼の背中をただ黙って見送ることしか出来なかったあたしは、その日を丸ごと友達のルカリオと一緒に自分の部屋の中で泣きながら過ごしていた。

理由は当然、あたしがお兄ちゃんに見捨てられてしまったって思っていたからだ。

だってそうでしょう?

誰だって物心付いた頃からの夢を奪った上、更には我が家同然に過ごしていた家を追い出すきっかけを作った元凶の女の子のことを好きでいてくれるなんてこと、絶対にあるわけがないから。

 

 だからあたしは、数時間前の自分が口にした後悔と罪悪感に塗れた言葉の数々や、そんなあたしに対するお兄ちゃんからの最後の言葉を思い出しながら一人で泣いていた。

泣いて泣いて、ずっと側にいてくれるルカリオの心配そうな声すらも聞こえないくらいの勢いで泣きじゃくりながら、あたしは自分の殻に閉じこもっていたんだ。

幾ら泣き喚いても、お兄ちゃんはもう二度とあたしのことを見てくれない。

そんなことはあたしが誰よりも分かっていたはずなのに、それなのにあたしの目からはとめどなく涙が溢れ出してしまっていたのである。

 

 そんな時、基本的に道場近くの自宅にいることが多いお爺ちゃんが、珍しくあたしの部屋の前までやって来た。

どうやらあたしに何か用事があったようだ。

だけど、この時のあたしは家族の誰にも──例えそれがお兄ちゃん相手だったとしても絶対に会いたくなかった。

会えるわけがなかった。

 

 だって、この時のあたしの顔はきっとものすごく酷い顔をしていたはずだから。

 

 すると、そんなあたしの状態を知ったお爺ちゃんはほんの一瞬だけ口を噤んだ。

恐らくはあたしが部屋の中で泣いているとは思いも依らなかったのだろう。

そりゃあそうだよね。

あたしもこの歳になってまで大泣きするとは思いもしなかったから。

 

 そうしてあたしとお爺ちゃんとの間に何とも言えない空気が流れること数秒。

彼はそのまま何も言わずにドアの隙間から1通の手紙を差し入れると、それに気付いたあたしに向かって、ドア越しに優しい声でこんな言葉を掛けてくれた。

 

「これはワシがハマギクからお前宛てにと託されていた手紙だ。勿論、中に何が書いてあるのかワシにも分からん。じゃが、あの真面目なハマギクのことじゃ。きっとその中には今のお前に必要な言葉が記されておることじゃろうて。……では、確かに渡したぞ」

 

 そう言ってあたしの部屋の前に来た時と同じくらいの唐突さで帰って行くお爺ちゃん。

相変わらず不器用というか、そこは泣いている孫娘に気の利いた言葉の一つでも掛けるものなんじゃないかなと思わないでもないけど、まぁそこはお爺ちゃんだしね。

寧ろうちのパパやママみたいな変な気の遣われ方をするより、こうしてちょっと薄情なんじゃないかと思える程度に距離を取ってくれる方がよっぽどありがたいのかもしれない。

それがあたしみたいな思春期真っ盛りの女の子相手ならなおさらね。

 

 そんなお爺ちゃんの不器用な優しさに少しだけ心が落ち着いたあたしは、気を利かせて手紙を取ってきてくれたルカリオにお礼を言った後、そのまま彼と一緒にお兄ちゃんが残していってくれた手紙の内容を読んでみることにした。

「一体お兄ちゃんはこの手紙であたしに何を伝えたかったのだろう」と思考しながら。

同時に、「どうかこの手紙の内容があたしに対する恨み言じゃありませんように」と祈りながら。

そうして若干震える指で手紙の封を切り、何とか勇気を絞り出しながら手紙を開いたあたしは──驚いた。

 

 何故なら、お兄ちゃんが残してくれた手紙の中には、彼から夢と居場所の両方を奪い取ってしまったあたしに対する恨み言はおろか、それに類するような攻撃的な言葉など一つもなかったからだ。

そこにあったの家族に迷惑を掛けてしまったことへの心からの謝罪と、こんな自分を受け入れてくれた皆に対する深い感謝の言葉。

そして、先の模擬戦でとうとう自分を超えるほどの腕までになったあたしとルカリオの成長に対する喜びと、これからのあたし達が進んでいく輝かしい未来に期待する旨の言葉が、お兄ちゃんらしい綺麗な文字で所狭しと書き込まれていたんだ。

それだけでも十分過ぎるくらい嬉しかったんだけど、お兄ちゃんは最後に、あたしに向けてこんな言葉を残してくれていた。

 

「辛いこと、苦しいことがあったら何時でも手紙を送ってくれ。例えどんなに距離が離れていても、お前は俺の大事な妹だ」

 

 そんなお兄ちゃんからの手紙を最後まで読み終わった瞬間。

あたしの両目からは、先程までのものとは全く異なる感情から来る涙が止めどなく溢れ出していた。

あの時の自分の感情を言葉に表すのは今でもすごく難しい。

ただ、そんなぐちゃぐちゃな感情の荒波の中から一つだけあたしが掴み取った想いがあるとすれば──。

 

 それは最後の最後まであたしのことを案じてくれていたお兄ちゃんの想いに報いることが出来る人間でありたいという、あたしなりの意地だったに違いない。

 

 それからというもの、あたしはこれまで以上に……いや、これまでになく武術とポケモンバトルの鍛錬と研鑽に力を入れるようになった。

勿論、その際にはあたしとメガシンカという新たな絆を紡いだルカリオとの対話も欠かさず、暇な時には可能な限り彼と行動を共にするように心掛けていたつもりだよ。

おかげで今のあたしとルカリオは自分達の意思でメガシンカが出来るようになったし、そうでなくとも、今のあたし達は生半可な相手には絶対負けないと断言出来るくらいには強くなれたと自負している。

そんなあたしとルカリオの成長をお兄ちゃんに直に見て貰えないのはすごく残念だけど、きっと今も何処かであたし達のことを応援してくれている彼の姿を思えば、あたしは何処までも頑張れる気がしていたんだ。

 

 勿論、あたしとルカリオのコンビが頑張ったのは、技のキレや威力を高めるなどの「目に見える強さ」を鍛えることだけじゃない。

お爺ちゃんから受け継いだメガシンカを後生に伝える継承者としてより大成出来るように、お兄ちゃんから教わった「目に見えない強さ」……もとい、「真にポケモンと心を通わせる力」を鍛えるため、その基礎トレーニングを一から始めることにしたんだ。

つまり、昔からあたしが苦手にしていた座禅や読書、精神統一といった心を鍛えるトレーニングをね。

その甲斐あって、今ではほんの10ヶ月前のあたしと比べても随分と精神的に成長出来たとは思うけど……やっぱりあたしは、座ったまま行うトレーニングより、単純に体を動かしながら行う鍛錬の方が好きかなぁ。

 

 そうそう。

この10ヶ月の間に、あたしはお爺ちゃんから引き継いだ継承者としてのお仕事の他にも、ここシャラシティのジムリーダーのお仕事もするようになったんだ。

というより、あたしの場合は半ば無理矢理ジムリーダーのお仕事を押しつけられたって言った方が正しいのかも知れないけどね。

そりゃあより強いトレーナーがその任に就くべきって理屈は分からないでもないけど、だからっていきなり勝負を仕掛けてきた現役ジムリーダーに勝ったという理由だけで、今日からあたしが新しいジムリーダーっていうのは実際どうなんだろうって思うわけで。

 

 そんな巡るましい日々への愚痴や、可愛い妹弟子を置いていったことに対する恨み言混じりの冗談を書き綴りながら、あたしは週に一度のペースでお兄ちゃんに手紙を送っている。

返事が返ってくると期待しての行動じゃない。

寧ろ今何処で何をしているのかすらも定かじゃない人に送る手紙なのだから、無事にその人の元に届くだけでも御の字というものだろう。

ただ、こうして大好きな人宛に自分の近況を綴った手紙を書く……たったそれだけのことで、不思議とあたしはとても安らいだ気持ちになってくるのだ。

 

 だけどお兄ちゃんは、そんなあたしから送ったとりとめのない手紙一枚一枚に対しても、必ず丁寧な返事を認めた手紙を送り返してくれた。

その時にはお兄ちゃんが今いる地方特産のお土産や、そこで知り合った各地の武術家の人達とのツーショット写真なんかも一緒に入っていたっけ。

あたし的にはホウエン地方名産のフエンせんべいなんかは程よい辛さと食べ応えがあって、お爺ちゃん共々お茶請けのお菓子にするくらいには結構お気に入り。

尤も、そんなお菓子と一緒に付いてくるツーショット写真の中には、明らかにお兄ちゃんのことを意識しているような女の子の姿もちらほらあったりしてちょっと複雑だけど……まぁ本人が元気そうならそれが一番なのかな。

 

 そんなこんなで色んなことがあったけど、お兄ちゃんがいなくなってからのこの10ヶ月間、あたしはあたしなりに自分に出来ることをここシャラシティで頑張っている。

当然、日々の鍛錬や未だに苦手な精神トレーニングはいわずもがな、お爺ちゃんから受け継いだ継承者のことをより深く学ぶための勉強や、半ば無理矢理押しつけられた新人ジムリーダーとして毎日のようにやってくる挑戦者の人達とバトルするのだってすごく大変だ。

だけど、それでもあたしは、そんな忙しい毎日にめげることなく前に進み続けるよ。

きっとそれが、今はガラル地方の何処かでチャーレムと一緒に自分の道を探し続けているお兄ちゃんの努力に報いる方法だと信じているから。

 

 ──そんな忙しくも充実した日々を過ごしていたある日のこと。

この日のあたしは何時も以上に体の調子がよく、更にはルカリオの体調も絶好調だったことあって、あたし達はカロスポケモンリーグ認定のジムバッジを目当てにシャラジムに挑戦してきた数人の挑戦者達とのポケモンバトルをものの数十分で終わらせていた。

挑戦者の彼らも決して弱いトレーナーというわけではなかったのだけど、今日に限ってはそんな彼らの実力以上にあたしとルカリオの調子が最高だったのが運の尽きだったね。

勿論、普段のあたし達でも半端なトレーナー相手に負ける気はさらさらなかったんだけどさ。

 

 そうしてお気に入りのローラースケートを身に付けた状態で、家路へと続く道路を気分よく走っていたあたしの目に、とあるニュース映像が飛び込んできた。

それはこの街で一番大きな電気屋さんが自社製品の宣伝のために取り付けた大型ディスプレイの画面に流れていたニュース速報で、その内容はガラル地方最大の格闘技大会を弱冠15際の女の子が見事に優勝したというものだった。

 

 それだけならばあたしもこの大型ディスプレイに流れるニュースにそれほど強い関心を持つことはなかったことだろう。

そりゃあ自分と同い年の女の子がその地方で一番大きな格闘技大会に優勝したということに対しては素直にすごいとは思うけど、それが自分とはまるで縁がない遠い地方の見知らぬ誰かさんの話ともなれば、次の日にはすぐに忘れてしまう程度の話題くらいにしか思わないだろうから。

では、何故あたしは、この時に限ってそんな遠い地方の誰かさんのニュースに釘付けになっていたのか?

簡単だよ。

 

 だってそのニュースの主役であるあたしと同い年の女の子──サイトウさんの隣には、あたしがずっと会いたいと思っていた大好きなお兄ちゃんの姿があったのだから。

 

 予想だにしない光景に思わず絶句してしまうあたし。

それなのに、ディスプレイから流れるニュースの映像と音声は、心の準備なんて全く出来ていないあたしの目と耳と両方に、サイトウさんとお兄ちゃんとの関係性を容赦なく叩き付けて来た。

 

 曰く、二人の出会いはほんの一月ほど前のことだったこと。

曰く、極度のスランプに悩むサイトウさんに優しく手を差し出してくれたのがお兄ちゃんだったこと。

曰く、そんなお兄ちゃんの優しさに感激したサイトウさんはすぐに彼に師事し、その的確な指導のおかげで実に20年振りとなる完全優勝を成し遂げることが出来たこと。

曰く、サイトウさんはそんなお兄ちゃんのことを心から尊敬しており、出来ることなら今後も彼の指導を受け続けたいと思っていること……。

 

 ……「聞きたくない」。

流れ続けるニュース映像を眺める続けることしか出来ないあたしが最初に思ったのはその一言だった。

「止めて」、「見たくない」、「聞きたくない」、「もう何も言わないで」、「もう何も聞かせないで」。

そんなネガティブな言葉ばかりがあたしの頭の中を埋め尽くしていく。

 

 だけど、そんなあたしの気持ちなんて置いてきぼりにしたままニュースは続く。

嫌ならさっさとその場から離れればいいのに。

それが無理でも、せめてその場で目を閉じ、耳を塞ぎさえすれば、見たくも聞きたくもないニュースなんて簡単にシャットアウト出来たはずなのに。

それなのに、何故かこの時のあたしは、その場から離れることも、目を閉じることも、耳を塞ぐこともさえも出来ず、ただただ目の前の大型ディスプレイに写るニュース映像を凝視し、そこから流れる音声に耳をそば立てることしか出来なかったんだ。

 

 そうしてニュースも終盤となり、報道陣の人達のマイクが最後にサイトウさんを完全優勝に導いたお兄ちゃんに向けられた時、彼はあたしの知っているものとは何処か違う柔らかな笑みを浮かべながらこう言った。

 

「師匠とはいっても形だけのものです。俺がこのサイトウにしたことと言えば、ほんの少しだけ脇道に逸れていた彼女を本来の道に戻す手助けをしただけのこと。しかし、そんな俺の些細な手助けがこの子の優勝のきっかけになったというのなら、それに勝る喜びはありませんね」

 

 そう言って誇らしげに隣のサイトウさんを見るお兄ちゃんと、そんな彼のことを熱っぽい目で見つめ返すサイトウさん。

そんな絵に描いたような仲睦まじい師弟関係を築いている二人の姿を見た瞬間。

 

 あたしの心に、これまで一度も感じたことがないほどの強い嫉妬と悲しみの念が同時に湧き上がってきた。

 

 どうしてお兄ちゃんはサイトウさんのことをそんな優しい目で見るの?

どうしてサイトウさんはお兄ちゃんのことをそんな恋する乙女みたいな目で見るの?

どうして皆そんな二人のことを素晴らしい師弟関係だなんて言葉で祝福しているの?

どうして、どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして……。

 

「どうしてあたしはこんなところでお兄ちゃんの姿を見ていることしか出来ないの?」

 

 そんな呟きが知らず知らずの内にあたしの口から漏れ出ると同時に──。

 

 あたしの頬をとても冷たい涙がゆっくりと伝っていくのを感じた。




 大好きなお兄ちゃんからの手紙を励みに毎日頑張っていたコルニちゃんの元に届く突然の兄弟子寝取り報告のニュース。
そして、その事実をテレビ越しという完全な第三者視点で叩きつけられたことで静かに涙するコルニちゃん。





 ……美しい。
これ以上の芸術は存在し得ないでしょう。
何故ならこの涙のおかげで、コルニちゃんは一人の女の子からより魅力的な女性にへとメガシンカすることが出来たのですから。

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