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美大進学を諦めたアーティストが考える、「好きを仕事に」は本当にリスキーなのか問題

桜満開、春ですね。新年度・入学式のシーズンは、否が応でも人生やキャリアのことを考えてしまう時期でもあります。
自分は「キャリア選択において慎重派&石橋を叩きすぎて回り道の迂回具合がすごかった」タイプの人間で、
好きなことを仕事にしようとするのは自殺行為」という強い思い込みのもと美大に行くのをやめ、文系大学を卒業後に普通に就職し、色々あって結果的にアーティストとして食っている人間なのですが、この謎のキャリアについてTwittterで呟いたところ地味に反響をいただきました。

自分が思春期から社会人に至るまでずっとつきまとっていた「好きなことを仕事にするべきでないという呪い」のようなものをここで供養しようと思います。青臭い話ですが、この紆余曲折のプロセスが誰かの参考になればと、、、

間違っていた見積もりの数々

経験・情報不足ゆえ思い込みが激しすぎた件

今はメディアアートの分野で仕事をしているのですが、高校時代は素朴に(とてもキモい)絵を描いていました。
田舎に住んでいる高校生だったのですがご縁あって音楽系のアートディレクターで著名な方と知り合い、当時のキモい絵を気に入っていただいて現役の高校1年生の頃から色々と身に余るようなお仕事をふっていただいたのですが、非常にお膳立てされた状況だったにも関わらず実力が伴わずにホームランが打てず、当時は結果として「自分はそんなに才能がねえ」という結論に至っていました。

当時の判断の根拠:
・アートディレクターの方からメジャーデビューしたミュージシャンのアルバムのアートワークの仕事をお願いされたけど、地上波バラエティのエンディング曲に起用されてた楽曲にも関わらずそのアルバムがそんなに売れなかった(そのバンドもそのうち解散した)
・大規模な音楽系イベントでのペインターとしてオファーされ、自分としては大チャンスでそれなりに頑張ったけど、超スタンディングオベーションという感じにはならなかった(うまくいったと思ってたけど批判している人も後からネットで発見した)
・東コレブランドの某有名ファッションデザイナーの方に「うちの服に適当に絵描いていいよ。うちのブランドから売ったらどうせ全部売れるし、売上は全部あげるから」というヤバい申し出を頂いていたにも関わらず、「畏れ多い」とビビってそのオファーから逃走(罪悪感と後悔がすごかった)

→おそらく自分には美術の道は向いていない。本当に才能がある人だったら高校生だろうが未経験だろうが関わった仕事はすべて一発でホームラン級にうまくいくし、素晴らしい感性により見た人は全員めちゃくちゃ感動するはずだ
→その程度の才能しかないのに、1000万円近い学費をかけて美大に行くのは自殺行為すぎるしかけた学費も回収できないだろう、ちゃんと普通に勉強して手堅い仕事につくべきだ
→掴めもしない夢を見ていると、ピーターパン症候群になって将来的にろくでもない人生に転がり落ちるはずだ

といった自己判断でした。今思えば思い込みがかなり激しくて視野も狭くて、ゼロかイチかと思考が極端で、業界理解の解像度が低すぎるのですが(そもそも素人の高校生にはハードル高すぎる案件だったし、才能や感性はすべてを解決する万能カードではないから才能のある人でもそれなりに教育や経験・トレーニングは必要だし、美術・デザインの領域も広いから絵が向いてなくてもどこかにハマる場所があるかもしれないし、不勉強でアートと商業デザインの領域の認識がごっちゃになっていたし、そもそも今やってるメディアアートという分野があることすら当時は知らなかったし、どんなに素晴らしい作家でも誰もが称賛するとは限らないし批判はあって当たり前)、
情報も少ない地方の高校生だった当時の自分の体感できるリアリティとしては「たいして才能ないから美術やクリエイティブ全般に関わることはやめておくべき!ちゃんと受験勉強して堅実に生きるべき」ということがすべてでした。

ヒット映画「ララランド」で女主人公の自主公演が閑古鳥で失敗して、「もうだめだ、女優なんてやめてやる!!😭」となったシーンをみて「思い込み激しすぐるww」と吹いてたのですが、他人事ではなかった……。
初期にちょっとうまくいかないことがある=才能がないからやらないほうがいい、は短絡的すぎるなと当時の自分にツッコミたいです(おそらく今うまく行ってる人でも失敗や黒歴史はめちゃくちゃあると思う、黒歴史すぎて出していないだけで。成功体験ばかりがメディアに出てくるのはそういう意味では問題だと思ってます

なるべく現実をシビアで悲観的に見て、石橋を叩いて進路選択すれば間違わない」と当時は頑なに信じていたのですが、大人になって当時より社会の様子がわかるようになるにつれ、どうやらそういうわけでもないな、という実感が湧いています。

「好きなことを仕事にする」のは本当にリスキーなのか

そういった理由でなるべく手堅い人生を選んでいった結果、一般の私立大学を出て新卒で就職したのは大企業/将来性のあるIT領域/手に職系のインハウスデザイナーというトリプル手堅いコンボ。自分なりに「自分がそれなりに好きでやれることと、将来性や手堅さや安定」を最適解として両立させたつもりだったのですが、またそこでも壁にぶつかりました。

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会社員時代は尊敬する上司も同僚もたくさんいたのですが、その中で徐々に気付いていきました。
社内にちょくちょくいるスーパーハッカーや超絶技巧デザイナーと、生活のために仕事をしている自分の技術力の落差がものすごいことに。そして彼らは本当にその仕事が好きだから、妥協なく細部まで取り組めているということに……(たとえば自分のような凡庸なデザイナーが7割ぐらいのクオリティで妥協するところ、彼らは10割超えのクオリティまで仕上げることをナチュラルに目指している感じがあった)

多少の業界キャリアの長さが違うにしろ、自分があと数年ちょっと頑張ったからといって彼らの実力に追いつけるイメージがビタイチわかなかった。
本当にその分野が好きでやっている人と、安定した生活のためにやっている人が競ったとして、それはもう圧倒的な差で前者が勝つよな、ということを痛感する日々でした。

自分はデザイナーとしては多分「にせもの」だな、それでは自分の本質を活かして楽しく専門性を高められる仕事はなんだろう
という消去法の結果、どうやら手堅い本業の片手間で趣味として取り組んでいたアーティストとしての制作の方がどうやら自分は自分の表層ではなく「芯」のようなところで仕事ができるし話題になりやすいし手応えもあるようだ、という実感を少しずつ得ていき、
両者を天秤にかけた結果、徐々にアーティストの仕事にキャリアの主軸をシフトチェンジをするようになり、重い腰を上げて会社をようやく辞めたのが27歳でした。
作家に定年はないとはいえ、美大生のうちにデビューするアーティストもいるであろうことを考えると割と遅咲きの方だったのではと思います。

あと、かつて思春期に思い込んでたように「アーティストとかクリエイターはめちゃくちゃすごい才能がないとやれない仕事」というのは極論で、
自分の適性と苦手分野を適切に見積もって戦略を立てて色々試してみて自分に合ったポジションを諦めずにしつこく見つけていって、社会人としてやるべきことをちゃんとやって社会の中で何かしらの数字やバリューを生み出せばそれなりに仕事として成り立つし、普通に食っていける。なんなら向いていない仕事をずっとやってるより味方も増えるし色々レバレッジ効く」という結論に至りました。まじで回りくどくて地味な結論ですが……(そしてこれは幅広い分野に当てはまると思う)。

「あれ?でもお前、高校生の時に絵描きとしてイマイチ手応えなかったのでは?」とお思いになるかもしれませんが、
そもそも勝負する分野を微妙に間違えてた」と今なら様々な経験からわかります。
音楽系のアートディレクションとかファッションとか、ビジュアル&感性&美的感覚で勝負の分野が向いてなかったし(自分は美的感覚よりは発想と戦略とインパクトで勝負のタイプだった)、
ひとくちにアーティストと言っても絵描き以外の形態・ジャンルが色々あることが次第にわかってきた(自分は平面のものじゃなくて、機能を持って動く発明品をつくることが好きだった)ので、
自分が比較的勝負しやすいフィールドをしつこく探していくのが重要だなと思います。当時は単純にマーケティング不足だったなと思うし、今でも自分自身、市場開拓のため新たな分野・領域をリサーチしまくってます。

「間違い」からは工夫次第でリカバリできる

ということでキャリア選択において間違えまくって遠回りをしまくった人生を基本的に歩んでおり、10代の頃から毎度「もう人生終わりだ、取り返しがつかない」とか絶望して死にたくなっていたのですが、
結果的にその都度で何度も軌道修正してきたので、人生においてそんなに取り返しがつかないことはないのではと思い始めています。

必殺、にじりよりの術

ただ軌道修正の仕方として、何の準備もないのにいきなり会社をスパーン!と辞めたりするとそれはそれで詰む可能性もあるので、
あまりリスクのないおすすめ行動としては、今ある環境の中で少しでも面白いもの、興味のあるものに食いついていくことでジワジワと自分が本当にやりたい方面ににじり寄っていく術なのではと思っています。
(例えば自分は会社の仕事の中でもPepperアプリの開発業務に可能性と面白さを感じ、本来の業務以外にやらなくてもいいのに手を上げて兼務で取り組んでいたのが、今作家として主力になって世界巡回している代表作の制作につながった)

そういった「これは面白そう」みたいな感覚は何の確証もない、おぼつかないフワフワした直感であることが多いですが、結果的に一番パワフルなリカバリー手段だったように感じます。

「貴重なアイテムを回収できるサブクエスト」としての回り道

あと回り道をしたしても、回り道のサブクエストで回収した特殊アイテムや特殊武器を本クエストに戻っても活用し倒せる、みたいなことも全然あるので、「あー、今自分は回り道してるな、時間の無駄だな」という時でも自分なりにその環境を楽しんで学べることは学んでおくのがコスパ良いなと思っています。

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回り道の先の原っぱとかで、野生のレア武器が収穫できるかもしれない


自分も一般大学で身につけた社会学や表象メディア論の知識やプレゼンテーションの技術、メディア業界に進んだ学友たちとの繋がり、
会社員時代に身に着けたUI/UX設計、チームでの開発スキルやプロマネスキル、定量・定性調査、SEOやマーケティングなんかが作家になってからも地味に役立ちまくっています。
もし自分が仮に前職で営業職だったとしたら、クライアントとの商談や売り込みが上手い、やり手のアーティストになってたんだろうな……とそれはそれで羨ましいです。
自分の周りのアーティストでも、建築系の施工会社出身の作家は3D図面制作や空間設計がめちゃくちゃ上手いし、みんな自分のバックグラウンドを生かしている印象です。

以上、石橋を叩いて渡るタイプの人間が進路選択で回り道をしまくったあげく、やりたいことに戻ってきた経緯をつらつらと書いてみました。
春は進路変更の時期でもあるので、いま望まない環境にいたとしても、良い塩梅にやりたい方向ににじり寄ってみてちゃっかりやりたいことを仕事にしてみましょう、慎重派の同志の皆様……!

文:市原えつこ
メディアアーティスト。1988年生まれ、愛知県出身。早稲田大学文化構想学部卒業。2016年にYahoo! JAPANを退社し独立、フリーランスに。日本的な文化・習慣・信仰を独自の観点で読み解き、テクノロジーを用いて新しい切り口を示す作品で文化庁メディア芸術祭優秀賞、世界的なメディアアート賞アルスエレクトロニカで栄誉賞を受賞。2025大阪・関西万博「日本館基本構想事業」クリエイター。

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アーティスト、妄想インベンター。弔いロボや喘ぐ大根、仮想通貨奉納祭など謎の発明品多数💡文化庁メディア芸術祭優秀賞、アルスエレクトロニカ栄誉賞、総務省異能など。 日本経済新聞COMEMOキーオピニオンリーダー http://etsuko-ichihara.com/
美大進学を諦めたアーティストが考える、「好きを仕事に」は本当にリスキーなのか問題|市原えつこ(アーティスト)
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