多数の「安倍晋三」さんから多額寄付 ネタになり広がった善意
ひとたび「炎上」すると、不正確な情報が独り歩きし、匿名による中傷が殺到、騒動に便乗した悪ノリ行為が問題になることが多いネット空間。ところが、子どもの貧困問題に取り組むNPO法人への中傷から起こった炎上騒動では反論が巻き起こり、NPOが実施しているクラウドファンディングに「ネタ」のような形で多額の寄付が集まる事態になっている。
困窮に苦しむ子育て世帯を支援する認定NPO法人「キッズドア」。集めた寄付金を元手に、米やレトルト食品、調味料、菓子など8千円相当の食料を送料込みで届ける活動に対し、「支援品は金額相当ではない」という指摘が一部から出た。これにネット上で著名なインフルエンサーも「中抜きビジネス」という趣旨の主張をしたため、インフルエンサーの支持者の間で支援活動への非難が一気に拡散した。
ここまでならよくある炎上騒動だが、反論もまたネット上で拡散した。「金額相当でない」という声に対しては、各品目の値段を調べ、送料も勘案すると、ごく妥当な内容との指摘が相次いだ。「お米が古米だ」との声に至っては、勘違いによるもので事実無根だと判明した。
さらに、学校給食がない夏休み中の緊急食料支援として、キッズドアが3千万円を目標に7月31日までクラウドファンディングを実施中だったことから、これに寄付が相次ぐようになった。
炎上が本格化した7月20日時点での寄付金は約2100万円だったのが、29日時点では3600万円超。1週間あまりで1千万円超が集まった。
ネガティブな方向に進みがちな話題、識者は「珍しいケース」
この動きに対し、キッズドアの広報担当者は「クラウドファンディングは締め切り直前や目標金額の達成が近づくとラストスパートがかかることが多いので、一つはその影響と考えている。昨年にも同趣旨のクラウドファンディングを行い3171万円の寄付を頂いたので、決して騒動の影響だけではないと思う」としつつ、「寄付者が書き込める『応援コメント』欄で、これまでなかった内容の書き込みが相次いだ。良い面でも悪い面でもネットで話題になったことで、キッズドアのことを知らなかった人からの寄付を頂いたのだと思う。非常にありがたく、感謝したい」と話す。
「これまでなかった内容の書き込み」というのは、任意で書き込める寄付者の名前の欄に「安倍晋三」と元首相の名前が多数並んだことだ。コメント欄には「こんな人たちに負けるわけにはいかない」「意味のある活動だよ」「君と僕は同じ未来を見ている」といった、演説や答弁での安倍元首相の語録をもじった言葉が並んだ。
寄付者名にはこの他にも、「岸田文雄」「小泉進次郎」といった政治家など、ネット上で模倣、改変、拡散される「ネットミーム」の対象となりやすい名前が並んだ。コメント欄も、子どもたちへの励ましの言葉もあるが、ネットで話題となったネタを知らないと理解できない内容の書き込みも多く、いわゆる「祭り」のような状態になっている。
この動きについて、「『くだらない』文化を考える ネットカルチャーの社会学」の著書がある日本大の平井智尚准教授は「ネガティブな方向に進みがちな話題が、ネタを含んだ形で善意の方向に進んだ。非常に珍しいケースではないか」と話す。
ネット上では、弱者支援といったリベラル的な活動は「偽善」として批判の対象になることもある。また、ネット上のネタでゆるくつながった多数の人々が参加して盛り上がる「祭り」は匿名掲示板が盛んだったネット初期にはよく見られたが、ネットの中心がSNSに移ってからはあまり見られなくなっていた。
騒動に関係のない安倍元首相の名前や発言が使われたことについては、「ネットの一部では、元首相の言動がミーム化している。分かる人には分かる内輪ノリを担保する存在だったのだろう」と見る。
今回の騒動について「内輪ノリが社会参加につながっている一つの形」としつつ、「今回は寄付や支援といった良い方向に向かったが、空気感が少し異なれば炎上に向かうこともあったと思うので、評価が難しい面もある」。また、「良い方向でも悪い方向でも、ネットで話題の事柄でネタ的要素が強いものは、社会はあしらってきた。しかしネット世論の影響力がこれだけ大きくなると、そろそろ社会も向き合うべきではないか」と言う。
キッズドアの広報担当者は「中傷の内容ではないので、コメント欄を閉じることはしていない。こういう寄付の形があるのだと認識したので、今後どうするかはまた改めて考えたい」と話す。(加藤勇介)
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