月15万円のベーシックインカムで人生はどう変わる? 米国の研究結果

OpenAIのサム・アルトマンらが関わるOpenResearchが、3年間にわたり貧困層の米国人1,000人に毎月1,000ドルを無条件で給付する大規模な実験の結果を公開した。この包括的な研究は、現金給付が受給者の生活や行動に与える影響を明らかにしている。
Photograph: PM Images/ Getty Images

OpenAIの最高経営責任者(CEO)を務めるサム・アルトマンが、10年がかりで進めてきた研究プロジェクトの重要な調査結果が、7月下旬に初めて公表された。この研究は、無条件の現金給付が受給者個人と経済全体に及ぼす影響を調査するものだ。

アルトマンも資金提供する研究所「OpenResearch」が実施したこの調査では、最貧困層の米国人の一部に対し、3年間にわたり月額1,000ドル(約15万円)を無条件で給付した。その結果、多くの受給者が給付金を食料、住居、交通費など基本的なニーズの充足に充てていたことが判明した。しかし研究者たちは、総額36,000ドル(約550万円)の給付では、受給者の身体的健康や長期的な経済状況を大幅に改善するには不十分だったと結論づけている。

効果はあるが万能ではない

今回初めて公開した論文についてOpenResearchは、「無条件現金給付」に関する最も包括的な研究であると説明している。給付金には一定の効果があり、支給された現金は薬物やアルコールにも充てられなかったことがわかった。その一方で、このような現金支給が、所得格差や人工知能(AI)をはじめとする自動化技術に仕事が奪われることにまつわる、大きな懸念を解消する万能薬にはならないことも示した。

米国やほかの一部の地域の進歩的な団体は、貧困対策として「ユニバーサル・ベーシックインカム」(UBI)のような無条件の現金給付を提唱している。こういったプロジェクトを批判する保守系団体は、働くことを拒む人々への不当な施しでしかないと主張する。OpenResearchの職員と大学の共同研究者たちが発表した2つの論文と来月発表予定の3つ目の論文でとりまとめたデータは、この問題を多角的な視点で捉える手助けになりそうだ。

月額1,000ドルの使い道

OpenAIや米政府などからも資金提供を受けているOpenResearchは、2020年11月から23年10月までの間、無条件で月額1,000ドルを参加者に給付した。対象となったのは、イリノイ州とテキサス州の10郡に住み、年間所得が約30,000ドルの世帯に属する、21歳から40歳までの1,000人の多様な人たちで、対象者の所得は給付により40%増加した。対照群として、同様の特性をもつ2,000人に月額50ドルを給付している。参加者はアンケートの回答、信用報告書の提出、血液検査に協力した。

月額1,000ドルの給付の影響と思われるよい変化は、参加者の生活のさまざまな側面に現れた。最も増加した支出の内容は、困っている親族の手助けや友人への贈り物といった他者のために使うお金で、月平均22ドル増加していた。また、給付金は歯の矯正などの医療や、冷蔵庫のストックや食物を充実させるためにも使われていた。

また、一部の人たちは起業や起業の検討をし始めた。給付開始から3年目には「アフリカ系米国人の参加者は対照群の参加者よりも、自分の事業を始めたり、創業を支援したりする可能性が9%高く、女性の場合は5%高くなっていた」と論文のひとつは説明している。

長期的な経済状況は改善されず

自立してひとり暮らしを始め(これは給付の開始時点で所得が最も低い人たちの間で特に顕著だった)、生活を楽しむ余裕が生まれた人もいた。OpenResearchが『WIRED』に共有した今後公開予定の論文の草稿は、給付された1ドルのうち約81セントが住宅などの支出、22セントが余暇のために使われていたと説明している。だが同時に、受給者がクルマのローンや住宅ローンをより多く組むようになったことで、負債も3セント増えていた。

負債が増えたことで、3年間における参加者の純資産は減少した。このことと信用情報や破産、差し押さえの状況には変化がほとんどなかったことを鑑みた結果、研究者たちは「給付により参加者の長期的な経済状況を改善しなかった」と結論付けている。

参加者は当初、より多くの資金を貯蓄に回し、経済状況の改善を感じていた。しかし、その後わずかに仕事を減らして、下がった所得の埋め合わせに給付金を使うようになった。OpenResearchから受け取った1ドルに対し、給付金を除いた参加者の所得は少なくとも12セント減少し、世帯の総所得は少なくとも21セント減少していた。

「お金は柔軟性を提供し、個々の状況や目標、価値観に合った働き方を決められる力となる可能性があります」と研究者たちは書いている。「仕事探しにより多くの時間をかけたり、収入が低くてもよりやりがいを感じる仕事に就いたり、単に休みを取ったり」できるということだ。

参加者の価値観が浮き彫りに

こうした支援プログラムの批評家たちが懸念していることは、人々が自分の未来に投資するのではなく、やがて完全に働くことを諦め、ますます支援に依存するようになる状況だ。OpenResearchの調査結果は、「市場から減少した労働の総量」は「かなりのものであった」ことを示している。

さらに、給付金が健康や福祉に関するいくつかの指標に「影響がなかった」ことを研究者たちは明らかにしている。これを合わせると、批評家たちが批判できる点は少なくないかもしれない。

とはいえ、参加者が何にお金を使ったのかは、その人たちが何に最も価値を置いているのかを示していることを忘れてはならないと、論文の著者たちは指摘する。「受給者が自ら選んで、仕事から離れる時間をつくり、それが自分たちにとって非常に重要であることを示したという事実を政策立案者たちは考慮すべきです」と論文には書かれている。OpenResearchの調査は、何よりも「金で時間を買える」ことを証明したのだ。

(Originally published on wired.com, translated by Nozomi Okuma,edited by Mamiko Nakano)

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