国立劇場、長引く休場に危機感 芸文振幹部がシンポで現状語る

増田愛子

 建築資材高騰などの影響で、再整備計画が大幅に遅れている国立劇場(東京都千代田区)を巡り、7月末、都内で公開シンポジウムが開かれた。劇場を運営する独立行政法人・日本芸術文化振興会(芸文振)の杉浦久弘・理事長代理が講演し、「私見」も交え、現状と課題を報告した。

再整備に向けた入札は2度不成立 昨年10月から閉場

 歌舞伎や文楽、能楽の研究者などで作る楽劇学会が主催。討論なども行われた。

 老朽化した国立劇場について芸文振は、民間の資金やノウハウを生かすPFI方式で建て替え、ホテルなど民間による収益施設を併設する方針を決定。国からの出資金などのほか、ホテルを整備・運営する民間事業者から入る土地の賃料を、巨額となる建設費に充てる計画で、2029年度の完成を目指していた。

 しかし建築資材高騰や人材不足の影響で、過去2回は落札に至らず、新劇場開場のめどが立たないまま、昨年10月に現在の建物は閉場した。

 講演の冒頭、杉浦氏は「今年1月ごろから解体工事が始まっているはずだったが、今も劇場は閉鎖されたまま。おわびを申し上げたい」とし、「建設に必要な財源の確保は非常に大変。国の力を頂かなければ何ともならない」と窮状を訴えた。

 6月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」には、「我が国の文化芸術の顔となる国立劇場の再整備を国が責任を持って早急に行う」との文言が盛り込まれた。

 国費支出の増額に期待を抱かせる内容を、杉浦氏は「大きな一歩」と評価。同時に、政府の来年度予算案が発表される年末に向け「(国立劇場が)大切だと言い続けなければいけない」と述べた。

 一方で、民間事業者からは、ホテル運営について厳しい見通しが示されていると明かした。過去2回の入札で、芸文振には「民間がこの仕事を引き受けたいと言ってくれるかどうか、という視点が抜けていた」と述べた。その上で「民間のアイデアに頼るのではなく、振興会が自分で考え、民間と『一緒にやる』ぐらいの気持ちでないと状況は変わらない」。3回目の入札の成功に向け、PFI方式を活用する方針を変えない場合も、収入を確保するホテル以外の手法を検討するなど、芸文振としても努力する考えを示した。

 また、現在は他の劇場を借りて行っている主催公演について、公共ホールは長期利用が難しいなど制約が多いと説明。「お客様にご迷惑をかけ、演者の皆さんも苦労されている。関係の業者さんも頑張ってくれているが、そこが崩れたら終わり」とし、休場の長期化に危機感をあらわにした。

 その後、欧米や韓国の文化政策の現状や公的劇場の運営について、研究者などが発表。実演家や評論家も交えて行われた討論でも、休場期間が長引くことの影響を懸念する声が上がった。

閉場中の劇場、活用目指しHISと連携協定

 再整備の遅れを受け、閉場した国立劇場の施設のうち、稽古室や図書閲覧室は、今も外部の人を含め利用できるようにしている。

 さらに芸文振は7月、旅行大手のエイチ・アイ・エス(HIS)と、現在の劇場施設を「文化観光の拠点」として活用する連携協定を締結。国内外からの観光客向けのイベントの実施を目指す。

 ただ、劇場部分で使用できるのは、天井が最新の耐震基準を満たしていない客席を除く、舞台上や楽屋など一部のスペースのみ。舞台機構も老朽化がひどく、舞台の床の一部が上下する「セリ」や回り舞台は動かせない状況という。

 HISの担当者は「日本文化を体験できるツアーなどを、年内には実施したいと考えている」としている。(増田愛子)

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この記事を書いた人
増田愛子
文化部|演劇担当
専門・関心分野
歌舞伎、文楽、海外の演劇、公共劇場