「WOKE CAPITALISM」カール・ローズ

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このところ、アメリカ大統領選を巡って、WOKEという言葉を(特にイーロン・マスクの口から)聴くことが多くなっている。とりあえず「WOKE CAPITALISM 意識高い系資本主義が民主主義を滅ぼす」カール・ローズ著、庭田 よう子訳(東洋経済新報社)を読んでみた。企業には経済活動という本業とはまた別の「社会的責任」がある。それがWOKEである。本業の企業倫理ではなく、意識が高いWOKEとしての社会的責任なのだ。果たしてこれが新しい現象なのかという疑問だが、本書でも、そこは述べられている。企業が(本業とは別に)社会を啓発しようというのは最近のWOKEの発明ではなく、昔からあちこちで見られる。だが、著者の主張によれば、かつては株主価値と社会的責任は対立的だったが、今日では、「社会的責任と企業権力、株主価値との結びつきは、その後のウォーク資本主義となるものの基礎を築いた」という。そして「公共圏をコントロールしようと企業が押し入るという点で、ウォーク資本主義はさらに踏み込んでいる」という。昔から企業は綺麗事を言うが、その綺麗事が強制力を持ち始めたのはこの20年くらいであろうと思われる。それ以前は、綺麗事は綺麗事でしかなかった。であるから、WOKEは昔からある現象に見えて、実は新たな権力であるという主張は、最近のポリコレの煩わしさを思えば、的確であるように思える。また、タックスヘイブンで租税回避している連中が社会貢献することのおかしさも指摘される。「2018年にアマゾンは110億ドルの利益を上げたにもかかわらず、アメリカで法人税をまったく払っていない」そうだが、ベゾスは社会貢献のために多額の寄付をしている。これを著者は「公共問題に関する意思決定が、税金を財源とする民主的政府から、個人、わけても億万長者へと明らかに移行していることを示している」という。これ自体はもっともな批判である。納税したお金の使われ方はどうにもならない、もしくは普通の政治のプロセス(一人一票)を通すしかないが、脱税して、自分の選んだことに寄付するとなれば、民主主義の手続きを超越した存在になったとも言える。WOKEによって美しい世の中になったのかというと、そうは見えないし、著者はアマゾンの倉庫の労働環境が劣悪、あるいは、(ナイキも美しいメッセージを発するが)ナイキの工場は劣悪など、そういう事例を挙げつつ、その矛盾を描いていく。まずはアマゾンで働いている労働者の環境をよくしてあげたらどうか、という話である。
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