事件で娘失った父親 加害者と20年越しに向き合う

事件で娘失った父親 加害者と20年越しに向き合う
「大事な大事な娘を殺害され、家族の未来が壊された」

24年前に22歳の長女を殺害された父親は、長年抱えてきた悲しみや怒りを、初めて加害者に伝えました。

利用したのは、去年12月に始まったばかりの「心情等伝達制度」。犯罪被害者や遺族の心情を刑務所などの職員が聴き取り、加害者に伝えるものです。

加害者からは事件以来、謝罪の言葉がありませんでした。

「罪の大きさを知ってほしい」という一心で、20年越しに加害者に向き合った父親。その思いは、通じたのでしょうか。

(社会部記者 佐伯麻里)

妹思いの優しい姉

渡邉美保さん。小さい頃からマイペースで優しい性格。妹思いの姉でした。

短大を卒業後に着物のレンタル会社に就職し、仕事に一生懸命打ち込んでいました。

休みの日には海でスキューバダイビングを楽しむ活発な22歳の女性でした。
父と母と姉妹の家族4人。ごくありふれた、仲のいい家族でした。

事件の前日も4人で食卓を囲み、美保さんは母親が作った野菜炒めをおいしいと言いながら食べていたといいます。

突然壊された家族の未来

2000年10月16日の夜。

両親と妹は、いつもより帰りが遅い美保さんを気にかけながらも床につきました。

日付が変わる頃、自宅の電話が鳴りました。美保さんからではなく、警察からでした。

警察署に向かった3人が対面したのは、白いシーツをかけられ横たわる美保さんでした。美保さんは、仕事から帰る途中に車ではねられ、首を包丁で刺されて殺害されました。

事件から3年後に逮捕されたのは、中学校の同級生。「乱暴する目的で待ち伏せした」と警察に自首しました。
父親の渡邉保さん(75)です。美保さんが生きていたはずの未来を今でも想像するといいます。
渡邉保さん
「美保が生きていたら、結婚して子どももいて、その孫もいくつぐらいになるのかなとか、幸せな結婚生活だったのかなとか考えることがあります。なぜうちの娘を殺さなければいけなかったのか。悔しい」

無罪主張に転じる加害者 遺族に対し…

加害者は裁判では一転、「殺害していない」と無罪を主張し続けました。

主張が退けられ、1審で無期懲役の判決を言い渡されたあと、傍聴席にいる遺族に向かって、「お前が迎えに行かなかったから娘は死んだんだよ」と言い残しました。
妻の啓子さんは心労を抱え、錯乱状態になることが多くなり、「美保が来ている。迎えに行かなきゃ」と口走るようになりました。

事件から6年後の夏、仕事中に義理の兄から「啓子がこれから死ぬと言っている」と電話を受けた渡邉さんは電車で家に向かいました。電車の中で、踏切事故のアナウンスを聞きました。

啓子さんはみずから電車に接触し、命を絶ちました。
渡邉保さん
「つらさをわかり合える同志がいなくなり、片腕を取られた思いでした」
加害者が刑務所に入ったあとも、渡邉さんのもとには「受刑中の態度が悪い」という通知が送られていました。

損害賠償を求めても、一切支払われませんでした。

“罪の大きさを知ってほしい”

家族2人を失った悲しみに加え、加害者の態度にも長年にわたって苦しんできた渡邉さん。何をしても楽しいと思うことができず、罪悪感にさいなまれる日々が続きました。

事件から20年以上たった去年の12月、「心情等伝達制度」が始まりました。渡邉さんは加害者に犯した罪の大きさを知ってほしいと、初めて思いを伝えることにしました。
渡邉保さん
「24年もたって、加害者は記憶も薄れ、もしかしたらその時の感情も忘れているかもしれない。でも、こっちはきのうのことのように覚えている。自分が犯した罪の大きさで、どれだけの人に影響を与えたのか、ちゃんと知ってもらって、謝罪もしてほしい」
記者が「加害者がどのように受け止めているのか知るのは怖くないですか」と聞くと、渡邉さんはまっすぐ前を見て、「怖くないです。知りたいです」と話しました。

20年越しに加害者と向き合う

先月18日。渡邉さんは加害者が収容されている刑務所を訪れました。
被害者や遺族から心情を聴き取るのは刑務所の職員です。

刑務所の職員は内容を書面にまとめ、被害者や遺族に代わって受刑者に伝えます。

渡邉さんは事前に用意したメモをもとに、職員に思いを伝えました。
「身勝手な犯行で大事な大事な娘を殺害され、自分が描いていた家族の未来が壊されてしまった」

「今でも後悔や反省の気持ちはないのか」

「謝罪の気持ちは今でもないのか。取り返しのつかないことをやったのだから、許されなくても謝罪し続けるのが人間ではないのか」
聴き取りは1時間半に及びました。
渡邉保さん
「私の気持ちを率直に伝えてくださいとお願いしたので、隠すことなく伝えてほしい。僕の意に沿わない反応があるかもしれないと心配していただいたのですが、その点はある程度覚悟しています。どんな反応だったのか、どんなことを言ったのか、正直に教えてほしいと言いました」

“それでも知りたい”

半月後、渡邉さんのもとに刑務所から1通の文書が届きました。
書かれていたのは、心情を伝えたときの加害者の様子でした。渡邉さんが加害者のことばに触れるのは、およそ20年前の裁判以来です。

書面を読み始めた渡邉さんの手は震えていました。深いため息をつき、しばらく何も話しませんでした。
文書に書かれていた内容です。
「再審請求で棄却されたから、全部認めるしかないし、これ以上争ってもしかたない」

「車ではねてパニックになって刺したことを、今は後悔している」

「過去のことは忘れて、今できることをやりたい。人生をやり直すことを考えている」

「反省してゼロからやり直したい」

「賠償金については、金額が多すぎるので、支払わない」
渡邉保さん
「ふざけるなって…全然心がこもっていないですね。何の意味もない形だけの謝罪だというふうに僕は受け取らざるをえないですね。自分のやったことに、全然、何の責任も感じていない。心の本当に隅っこのほうで少しだけ期待はしていましたけれども、それが見事に裏切られたと言うことで、やっぱりなっていう…」
長年抱え続けてきた思いを伝えても届かなかったと感じた渡邉さん。

それでも、加害者が事件とどう向き合っていくか今後も知りたいと話しました。
渡邉保さん
「直接ではないにしても、思いを言えたということは、良かったのかなとは思います。自分がやったことを棚に上げて生きていくのはあり得ないことです。自分が犯したことをしっかりと認識させるのは必要だと思います。刑務所が指導した結果や加害者のその後の状況を、不定期でもいいから知らせてくれるといいかなと思います。それができないなら、生きているかぎりしつこくこの制度を使ってみようかなと思います」

被害者の立場に配慮した運用を

始まったばかりの「心情等伝達制度」。

被害者支援に詳しい弁護士は、これまで受刑中の加害者に思いを伝えることが難しかった被害者や遺族にとって、意義のある制度だと話します。
関夕三郎 弁護士
「被害者やご遺族が誠実な声を投げかけても、落胆させられたり幻滅させられたり非常に不快な思いをさせられたりする回答が返ってくることも少なくないと思います。でもだからといって、この制度を利用すべきではないということにはならないのだと思います。思いをぶつけ、問いかけることは非常に価値があります。それが結果として加害者の更生に役立つ場合もあります」
一方、苦しみを抱え続けている被害者や遺族が必要以上に傷つかないようにしなければならないと指摘します。
「被害者が加害者の立ち直りに利用されていると感じないよう、刑務所側の丁寧な態度が求められます。被害者やご遺族がどれだけ大変な思いをされたのか、今どういう状況に置かれているのか、事前に可能な範囲で把握し、誠実に耳を傾けることが1番の肝だと思います。たとえば弁護士や被害者支援に詳しい人などが聴取に同席できるか、相談できる環境があるか問いかけるなど、精神的な負担を軽くする取り組みが必要です。価値があると同時にリスクも含んでいる制度なので、被害者のためにどういうことが求められるのかという視点から、運用が考えられていかなければならない

取材後記

22歳で娘の人生を奪われ、長年苦しみを抱えてきた渡邉さんのもとに届いた加害者のことばは、「人生をやり直したい」というものでした。

渡邉さんは怒りに手を震わせていましたが、それでもはっきりと、「これからも加害者の様子を知りたい」と話しました。罪の大きさ、娘を失った苦しみを分からせたいという強い覚悟を感じました。

この制度を利用する人は渡邉さんのように、痛みを伴う可能性があると知りながらも、罪の大きさを加害者に自覚してほしいという思いを抱えているのではないでしょうか。こうした人たちの覚悟に応えるような運用になるよう、今後も改善を重ねていってほしいと思います。
社会部記者
佐伯 麻里
2016年入局
富山局を経て社会部
検察担当を経て2023年8月から裁判取材を担当
事件で娘失った父親 加害者と20年越しに向き合う

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特集
事件で娘失った父親 加害者と20年越しに向き合う

「大事な大事な娘を殺害され、家族の未来が壊された」

24年前に22歳の長女を殺害された父親は、長年抱えてきた悲しみや怒りを、初めて加害者に伝えました。

利用したのは、去年12月に始まったばかりの「心情等伝達制度」。犯罪被害者や遺族の心情を刑務所などの職員が聴き取り、加害者に伝えるものです。

加害者からは事件以来、謝罪の言葉がありませんでした。

「罪の大きさを知ってほしい」という一心で、20年越しに加害者に向き合った父親。その思いは、通じたのでしょうか。

(社会部記者 佐伯麻里)

妹思いの優しい姉

妹思いの優しい姉
渡邉美保さん
渡邉美保さん。小さい頃からマイペースで優しい性格。妹思いの姉でした。

短大を卒業後に着物のレンタル会社に就職し、仕事に一生懸命打ち込んでいました。

休みの日には海でスキューバダイビングを楽しむ活発な22歳の女性でした。
美保さんと妹
父と母と姉妹の家族4人。ごくありふれた、仲のいい家族でした。

事件の前日も4人で食卓を囲み、美保さんは母親が作った野菜炒めをおいしいと言いながら食べていたといいます。

突然壊された家族の未来

2000年10月16日の夜。

両親と妹は、いつもより帰りが遅い美保さんを気にかけながらも床につきました。

日付が変わる頃、自宅の電話が鳴りました。美保さんからではなく、警察からでした。

警察署に向かった3人が対面したのは、白いシーツをかけられ横たわる美保さんでした。美保さんは、仕事から帰る途中に車ではねられ、首を包丁で刺されて殺害されました。

事件から3年後に逮捕されたのは、中学校の同級生。「乱暴する目的で待ち伏せした」と警察に自首しました。
渡邉保さん
父親の渡邉保さん(75)です。美保さんが生きていたはずの未来を今でも想像するといいます。
渡邉保さん
「美保が生きていたら、結婚して子どももいて、その孫もいくつぐらいになるのかなとか、幸せな結婚生活だったのかなとか考えることがあります。なぜうちの娘を殺さなければいけなかったのか。悔しい」

無罪主張に転じる加害者 遺族に対し…

加害者は裁判では一転、「殺害していない」と無罪を主張し続けました。

主張が退けられ、1審で無期懲役の判決を言い渡されたあと、傍聴席にいる遺族に向かって、「お前が迎えに行かなかったから娘は死んだんだよ」と言い残しました。
妻の啓子さん
妻の啓子さんは心労を抱え、錯乱状態になることが多くなり、「美保が来ている。迎えに行かなきゃ」と口走るようになりました。

事件から6年後の夏、仕事中に義理の兄から「啓子がこれから死ぬと言っている」と電話を受けた渡邉さんは電車で家に向かいました。電車の中で、踏切事故のアナウンスを聞きました。

啓子さんはみずから電車に接触し、命を絶ちました。
渡邉保さん
「つらさをわかり合える同志がいなくなり、片腕を取られた思いでした」
加害者が刑務所に入ったあとも、渡邉さんのもとには「受刑中の態度が悪い」という通知が送られていました。

損害賠償を求めても、一切支払われませんでした。

“罪の大きさを知ってほしい”

家族2人を失った悲しみに加え、加害者の態度にも長年にわたって苦しんできた渡邉さん。何をしても楽しいと思うことができず、罪悪感にさいなまれる日々が続きました。

事件から20年以上たった去年の12月、「心情等伝達制度」が始まりました。渡邉さんは加害者に犯した罪の大きさを知ってほしいと、初めて思いを伝えることにしました。
渡邉保さん
「24年もたって、加害者は記憶も薄れ、もしかしたらその時の感情も忘れているかもしれない。でも、こっちはきのうのことのように覚えている。自分が犯した罪の大きさで、どれだけの人に影響を与えたのか、ちゃんと知ってもらって、謝罪もしてほしい」
記者が「加害者がどのように受け止めているのか知るのは怖くないですか」と聞くと、渡邉さんはまっすぐ前を見て、「怖くないです。知りたいです」と話しました。

20年越しに加害者と向き合う

先月18日。渡邉さんは加害者が収容されている刑務所を訪れました。
被害者や遺族から心情を聴き取るのは刑務所の職員です。

刑務所の職員は内容を書面にまとめ、被害者や遺族に代わって受刑者に伝えます。

渡邉さんは事前に用意したメモをもとに、職員に思いを伝えました。
「身勝手な犯行で大事な大事な娘を殺害され、自分が描いていた家族の未来が壊されてしまった」

「今でも後悔や反省の気持ちはないのか」

「謝罪の気持ちは今でもないのか。取り返しのつかないことをやったのだから、許されなくても謝罪し続けるのが人間ではないのか」
聴き取りは1時間半に及びました。
渡邉保さん
「私の気持ちを率直に伝えてくださいとお願いしたので、隠すことなく伝えてほしい。僕の意に沿わない反応があるかもしれないと心配していただいたのですが、その点はある程度覚悟しています。どんな反応だったのか、どんなことを言ったのか、正直に教えてほしいと言いました」

“それでも知りたい”

半月後、渡邉さんのもとに刑務所から1通の文書が届きました。
書かれていたのは、心情を伝えたときの加害者の様子でした。渡邉さんが加害者のことばに触れるのは、およそ20年前の裁判以来です。

書面を読み始めた渡邉さんの手は震えていました。深いため息をつき、しばらく何も話しませんでした。
文書に書かれていた内容です。
「再審請求で棄却されたから、全部認めるしかないし、これ以上争ってもしかたない」

「車ではねてパニックになって刺したことを、今は後悔している」

「過去のことは忘れて、今できることをやりたい。人生をやり直すことを考えている」

「反省してゼロからやり直したい」

「賠償金については、金額が多すぎるので、支払わない」
渡邉保さん
「ふざけるなって…全然心がこもっていないですね。何の意味もない形だけの謝罪だというふうに僕は受け取らざるをえないですね。自分のやったことに、全然、何の責任も感じていない。心の本当に隅っこのほうで少しだけ期待はしていましたけれども、それが見事に裏切られたと言うことで、やっぱりなっていう…」
長年抱え続けてきた思いを伝えても届かなかったと感じた渡邉さん。

それでも、加害者が事件とどう向き合っていくか今後も知りたいと話しました。
渡邉保さん
「直接ではないにしても、思いを言えたということは、良かったのかなとは思います。自分がやったことを棚に上げて生きていくのはあり得ないことです。自分が犯したことをしっかりと認識させるのは必要だと思います。刑務所が指導した結果や加害者のその後の状況を、不定期でもいいから知らせてくれるといいかなと思います。それができないなら、生きているかぎりしつこくこの制度を使ってみようかなと思います」

被害者の立場に配慮した運用を

始まったばかりの「心情等伝達制度」。

被害者支援に詳しい弁護士は、これまで受刑中の加害者に思いを伝えることが難しかった被害者や遺族にとって、意義のある制度だと話します。
被害者の立場に配慮した運用を
関夕三郎 弁護士
「被害者やご遺族が誠実な声を投げかけても、落胆させられたり幻滅させられたり非常に不快な思いをさせられたりする回答が返ってくることも少なくないと思います。でもだからといって、この制度を利用すべきではないということにはならないのだと思います。思いをぶつけ、問いかけることは非常に価値があります。それが結果として加害者の更生に役立つ場合もあります」
一方、苦しみを抱え続けている被害者や遺族が必要以上に傷つかないようにしなければならないと指摘します。
「被害者が加害者の立ち直りに利用されていると感じないよう、刑務所側の丁寧な態度が求められます。被害者やご遺族がどれだけ大変な思いをされたのか、今どういう状況に置かれているのか、事前に可能な範囲で把握し、誠実に耳を傾けることが1番の肝だと思います。たとえば弁護士や被害者支援に詳しい人などが聴取に同席できるか、相談できる環境があるか問いかけるなど、精神的な負担を軽くする取り組みが必要です。価値があると同時にリスクも含んでいる制度なので、被害者のためにどういうことが求められるのかという視点から、運用が考えられていかなければならない

取材後記

22歳で娘の人生を奪われ、長年苦しみを抱えてきた渡邉さんのもとに届いた加害者のことばは、「人生をやり直したい」というものでした。

渡邉さんは怒りに手を震わせていましたが、それでもはっきりと、「これからも加害者の様子を知りたい」と話しました。罪の大きさ、娘を失った苦しみを分からせたいという強い覚悟を感じました。

この制度を利用する人は渡邉さんのように、痛みを伴う可能性があると知りながらも、罪の大きさを加害者に自覚してほしいという思いを抱えているのではないでしょうか。こうした人たちの覚悟に応えるような運用になるよう、今後も改善を重ねていってほしいと思います。
社会部記者
佐伯 麻里
2016年入局
富山局を経て社会部
検察担当を経て2023年8月から裁判取材を担当

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