なぜ、IVRyは飽和するホリゾンタル領域でT2D3立ち上げができたのか
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SaaSスタートアップを取材していると「この企業が伸びているらしい」という噂を度々耳にする。
対話型音声AI SaaSを提供するIVRyもそんな一社だった。
優秀な社員を多く集める様は、誰が呼んだか「人材のブラックホール」
2024年5月には、ALL STAR SAAS FUNDをリード投資家としたシリーズCラウンドで30億円の資金調達を行うなど、今、最も勢いのあるSaaSスタートアップの一社だ。
Web予約システムやチャットツールなどが普及をするなかで”斜陽”とも受け取られやすい電話応対領域だが、奥西氏は「今後もT2D3ペースで拡大を続ける」と強気の姿勢を貫く。
ホリゾンタルSaaSは飽和したとの声も聞かれるなかで、投資家をも驚かす急成長プロダクトを生み出した要因はなにか。
Next SaaS Media Primaryは、代表取締役 奥西氏に独占取材を行い、その視点に迫った。
奥西 亮賀 | 株式会社IVRy(アイブリー)代表取締役
1991年生まれ。2015年、同志社大学大学院理工学研究科情報工学専攻修了。同年、リクルートホールディングス(現:リクルート)に新卒入社。保険事業のUI/UXディレクター、プロダクトマネージャー、EC事業のプロダクトマネージャーとして、新規事業の立ち上げ。グロース戦略の策定および実行を担当。その後、2019年3月にIVRy(旧Peoplytics)を創業し、2020年11月電話自動応答サービス「IVRy(アイブリー)」を正式リリース。
今「ガチ」で伸びているSaaSスタートアップはどこか
奥西氏のインタビュー前にIVRyが本当に「人材のブラックホール」であるかを検証してみたい。
Next SaaS Media Primaryでは、現在、企業データ分析サイト「compalyze*」と協業し、SaaSスタートアップ従業員数データの月次集計を開始している。
本データを活用し、SaaSスタートアップ468社を対象に、昨年12月時点と今年7月時点の従業員数の変化を集計した。
従業員数30名以上の企業を対象に、増加率が大きかった上位ランキングが以下の通りだ。
SaaSビジネスにおいては、ARRと従業員数の増加は相関傾向が強く、従業員数の伸びがその企業の「アクセルを踏む度合い」を現している。
変化率の首位はPrimaryも以前に取材を行ったSales Markerで176%の増加率となっている。そのほかにもLayerX、ニーリー、SmartHRなどT2D3成長を標榜するスタートアップが順当に社員数を伸ばしている。
このなかでIVRyは6位につけており、おおよそ半年間で従業員数が50名から100名と、人員が倍になる拡大ぶりを見せている。
一般的にスタートアップでは、30名、50名、100名といった規模感で組織構築の課題を感じやすいと言われているが、この壁を半年ごとに迎える急成長はどのように生み出されてきたのだろうか。
*「compalyze」はベータ版のリリースに向け、現在開発中。
T2D3ポテンシャルのある市場の見出し方
――― 奥西さんは、現在のIVRyのサービスに至るまで、6つのプロダクトを立ち上げてきたと聞きました。当初どのようにビジネスを開始したのでしょうか。
奥西氏: 大学院に在籍していた2013年から2015年ごろ、仲間とiPhoneやアンドロイドのアプリを開発するなかで、新しいプロダクトを作っていくプロセスが面白いと感じ、そこから新規事業やビジネスを立ち上げるキャリアを志しました。
当時、映画「ソーシャル・ネットワーク」にあったようなマーク・ザッカーバーグのSNSに見られる世界に影響を受け、自分でも開発者向けのコンテストに出ていました。
審査員からサービスのマネタイズに関する質問も受けるなかで「そういうことも自分で考えないといけないのか」と知りました。映画の中では大人が考えていたのですが、現実は自分でやるのかと。笑
開発だけでなく、自身でサービスデザイン全般を担えるスキルを身に着けたいと思い、新卒ではリクルートに入社しました。エンジニアではなく、UXやプロダクトマネジメントをやらせてもらいました。
リクルートでは起業を見据え、3年ほど働くことを想定し入社しています。入社時の面接官から「起業したら自分で1憶円失うかも知れないが、リクルートで100億円失敗しても自分の給料が数百万円下がるだけだから大きな商売をやるのもいいよ」とアドバイスをもらい、面白いなと思いました。
丸4年在籍していた中で、事業立ち上げも失敗もさまざまな経験をしました。新たなチャレンジを行うにあたり、リクルートの大局方針や人事・ファイナンスに対する制約などがなく、自分でいろいろなことをコントローラブルにしたいと思い、起業に至っています。
――― 起業してからは、まずどのような事業に取り組んだのでしょうか
奥西氏: 起業当初は、人材データ分析のサービスに取り組んでいました。企業内で人事評価を行う際、上司の判断といった属人性があるため、同じ能力があってもフェアな評価にならない可能性があり、それを全社的にシステムで管理・可視化するようなサービスをはじめました。
大手企業には実際に導入も進み、反響も頂くなかで、中小企業は導入コストやそもそもIT人材が不足しているため、このようなソフトウェアの提供が難しいことも分かってきました。
Web文化では「ソフトウェアはオープンソース的に誰でも使用可能であるべき」という志向があります。
一部の資金やリソースがある企業だけがソフト使える世界ではなく、誰でも使え、広く企業にいきわたることで全体の効率性があがるような、非対称性がないビジネスの方が自身のモチベーションにつながると判断し、そこからピボットをしました。
――― 中小企業向けビジネスにフォーカスをするなかで、複数のビジネスを立ち上げたのはなぜでしょうか。
奥西氏:そこからは、採用求人ページが簡単につくれるようなSaaSや副業系のメディア、天気にもとづいた服装のサジェストメディアなどいろいろ取り組みました。
これは、リクルート時代の学びですが、新規事業の立ち上げは常に分からないことだらけで、仮説検証してはじめて伸びる、伸びないが判明します。初期仮説が当たる確率は10%程度ですので、10個サービスがなければヒットが出ないと。そのため一か月に1サービスのペースでローンチし、その7個目が現在のIVRyでした。
ファウンダーマーケットフィットという言葉がありますが、自分自身がエネルギーが湧き続けるような領域に取り組むことも同時に重要だと気づきました。どんなサービスも最初は無名の時代を過ごす中で、それでもやり続けられるためには、本当にやりたいことにフォーカスする必要があります。
――― 「1人リクルート」のようにビジネスを立ち上げていったのですね。今の電話応答サービスの着想をどのように獲得したのでしょうか。
奥西氏:事業をはじめるにあたっては、受託開発でキャッシュをつくり、製品開発を行っていました。当時は仕事に忙殺されており、携帯電話にかかってくる着信を全て無視していたのです。
ところがある日、銀行融資審査で「電話で本人確認ができなかったので融資できませんでした」というお知らせを貰ってしまいました。笑
この経験から、電話をかける側と受ける側に大きな非対称性があることを実感しました。当時、私が受けていた8割ぐらいは営業電話であり、本当に必要なのは2割程度でしたが、それを受けるためには全ての着信に対応しなければいけない。
そのため、受け手がその非対称性をコントロールできるような、自動応答のシンプルなプロダクトを開発したいと感じました。
――― IVRyが登場するまでも電話自動応対の製品はそれまでも存在していました。成熟した雰囲気も漂うマーケットに対してどのような勝ち筋を描いていたのでしょうか。
奥西氏:みなさんも経験があるような銀行やクレジットカードの電話自動応答システムは大手ITベンダーが高い予算のもとつくっており、一部の大企業に導入されています
コールセンター向けのSaaSシステムも存在していますが、最低価格で月数万円、初期費用も数十万円、インターフェースもPCの前に座って作業をする方を前提としたシステムです。
私たちがターゲットにしていたのは、中小企業や店舗ビジネスを営むような事業者です。
予算としては、月に数千円程度。営業に手間もかかるロングテール的な市場であるため、参入者はほとんどいませんでしたが、企業数は膨大にあり市場規模を計算してみると金額的には決して小さくありません。
また、既存のベンダーは、より高い価格帯のプロダクトを提供しているため、進出のしづらい領域でもあります。
抽象化すると、以前のSaaSのように会計や労務SaaSの昔のように、ITベンダーなどが提供しているような時代から、freee、SmartHRのようなプレイヤーが出てきた流れと同じで、電話自動応答でも同じことができると考えました。
――― 自動応答やコールセンター受託といった領域は多くの事業者がいるイメージでしたが、顧客カテゴリーが変わると全く別の市場性をもっていたということでしょうか。
奥西氏:既存事業者はIVRyの競合にはならないと考えています。対象の違いもありますし、金額の違いが非常に大きく、イノベーションのジレンマが生じます。
大手企業向けの自動応答サービスは、時に数百万円、数千万円という月額が発生しているケースもあります。そのようなベンダーが数千円のサービスラインナップを設ける意思決定はなかなかできません。
また、SMB領域は事業立ち上げに時間がかかります。大企業向け製品は単価が高いので垂直立ち上げがしやすいですが、中小企業向けはとにかく導入件数を積み重ねていくモデルであるため、ARR1億円到達まで3,4年はかかります。
1件1億円というような大規模案件を捨て、この領域に特化するのは粘り強さが必要となります。
競合はいない?「斜陽」領域だからこそ見出せる急成長
――― IVRyは、SMBに特化するなかでどのようにPMFしていったのでしょうか
奥西氏:私たちは、当初から飲食店などの店舗、中小の事業所や代表電話などを想定し、プロダクト開発を行いました。PSF(プロブレムソリューションフィット)としてSaaSプロダクト自体はつくらず、まずは、エンジニアにモックをつくってもらい、LPやリスティング広告で展開し反応を見ることにしました。
当時は管理画面もなかったため、コンタクトを取れた見込み顧客に対しては「弊社で個別に設定を行わせてください」とお願いをしましたが、「それでもいいからすぐに欲しい」という要望が多く聞かれ、ニーズの確かさを実感し、そこからプロダクト化にうつりました。
PMF(プロダクトマーケットフィット)でいくと「バーニングニーズをつかんだ!」という実感は明確に2021年5月にありました。
当時は、コロナ禍のワクチン接種を開始したタイミング。ワクチン予約は自治体がその窓口でしたが、問い合わせの多さから電話がパンク状態となっていました。そのため、地域のクリニックにまで頻繁に電話が殺到し、その対応で1日が終わるという医院も多数ありました。
そのような状況で「一次情報を伝えるという自動応答をするだけでも非常に助かる」というニーズがあり、クリニックからIVRyへの問い合わせが爆発的に生まれました。
このような導入を皮切りに、現在では、かなり多様な業種に利用が広がっています。
主だった顧客層としては、医療関係15%、宿泊業15%、飲食業6-7%ぐらいで、あとは本当にロングテールに広まっています。日本の産業業種分類で中分類は99業界ありますが、うち88業界で導入されています。
SMBの利用がメインですが、1企業で300アカウント入っているような大企業導入のケースもあります。
――― IVRyが急速に伸びていることも徐々に知られているなかで、競合が増えるということは考えられないのでしょうか。
奥西氏:私たちが取り組んでいるセグメントについては、現状、明確な競合はまだ現れていないと見ています。今後、生成AIの流れを汲んで、自動応答などにも適用されるという文脈で競合企業になり得るかも知れません。
そもそも、チャットツールなども広まる中で「電話」は斜陽領域という風に思われる向きもあり、スタートアップが参入を考える対象となりづらかったのではないでしょうか。
また、実は「電話」は、サービスレベルの高さが求められる領域でもあります。
24時間365日途切れることがあってはならない。これを永続的に取り組むのは、エンジニア、プロダクト組織としての実力が求められ、そのような技術力を持った集団があえてレガシーとも思われているこの業界に入ってくること自体が稀です。
IVRyが実践するT2D3をつくるための組織論
――― IVRyといえば「人材のブラックホール」と言われるほどこの1年で急拡大をした印象があります。従業員の7割ぐらいが直近1年で入社しています。
奥西氏:組織の拡大プロセスを考えていく上で、「売上がT2D3に伸びるのであれば、従業員数もT2D3で伸びないと成長にヒトが追い付かない」とSmartHRの倉橋さんのコメントされていたことが強く印象に残っており、それを実践しています。
このオフィス(当時、上野御徒町オフィス。400㎡規模)も組織拡大を見込み従業員数が5名ぐらいのときに入居を決めました。
――― なかなかここまでの急拡大をするスタートアップがありませんが、当初と比べ、想定外だった出来事はありましたか
奥西氏:そこまで予測から外れたことはありませんでしたが、組織拡大するなかで、私の役割を変えたり、使わなければいけないケイパビリティが変化するということを短期間で実感しました。
社員数が数十人までは、直接的なコミュニケーションも取れ、対話も可能です。
これが、50人以上になると同様の手法が物理的に取れなくなるので、情報流通や会社全体のデザインを型化するようにしているのがこの半年です。
採用においては、例えば、メルカリで30人目の社員だった方やChatWork(現Kubell)でCHROを務めた方に入社してもらうなど、数十人から数百名への拡大を知る人材に入ってもらうことで組織が順調に推移しています。
スタートアップを2周目、3周目している人材を多く抱えることで「先にこういう打ち手を取るべき」という意思決定ができています。
――― 大量に優秀な人材を採用するために必要な方法論はありますか
奥西氏:採用の根本はテクニックではないと思っています。IVRyの社員全員に共通しているのは、事業、プロダクトの将来性を信じているということです。
IVRyの今のグロース、マルチプル化、AIの実装などによって産業をいかにつくっていくかというストーリーへの共感が高く、自分たちの目指す方向であれば企業価値10兆円を目指せる、そういう大きな挑戦に魅力を感じてもらうことがコアだと思います。
2周目、3周目の人材はビジネスを上場規模までグロースさせるモメンタムを知っていますが、ビジネスとしては、IPOぐらいまでの経験になりますので、さらにその先を目指すような世界にチャレンジしたいと思ってもらっています。
――― 5月にALL STRA SAAS FUNDをリード投資家とする大型調達も公表されました。これまで資本政策などをどのように考えてきたのでしょうか
奥西氏: 業績に対しては保守的に見ていることもありますが、シリーズA、B調達時につくったトップライン目標に比べ、現時点では当初見込みを大きく上回ることができました。
今は2,3年前の市況水準と比べるとバリュエーションがつきづらい環境ですが、今回のラウンドも実績を基に十分な企業価値をつけて調達を行えたと振り返っています。
今スタートアップの環境としては「不況だから」という認識が行き渡っているため、バリュエーションも総じて低めに見えます。VCのスタンスとして「バリュエーションが高い厳選した1社に投資する」よりも「一定バリュエーションの低い複数社に投資する」といった傾向に見えます。
ただ、僕らの考えとしては、前者を志向する投資家から出資を受けるべきだと思っています。
SaaSでは、S&Mのような資金投下がビジネス拡大を規定する要素が大きく、すなわち、調達できる金額の総量がARRの総量を決めるとも言えます。そのため、自社のバリュエーションを高く保ち、ダイリューションを少なくすることに強いこだわりをもってきました。
――― 投資側からのフィードバックや議論としてあがったのはどのようなポイントでしたか
奥西氏: 「バリュエーションが高いね」とは言われます。笑
その分、事業自体への成功確度は高いという評価をいただきますし「トラクションも見たことがないぐらい伸びている」というフィードバックを受けています。エンタープライズ向けは市場規模も一定大きくなりますが、国内のSMBホリゾンタル領域でこんなに大きなTAMがあるということに驚きを持たれることが多かったです。
――― スタートアップ界隈では「ホリゾンタルSaaSはもう領域が埋まった」との見方も度々聞かれますが奥西さんはどのような視点を持っていますか
奥西氏: 顧客のインサイトをつぶさに見ていくと「まだこんなレガシーなことをしているのか」という領域は無数に存在します。
よく米国で利用されている1社あたりのSaaSの数は数十個と言われていますが、日本はまだ平均して2,3程度です。このギャップはまだまだ存在しているのではないでしょうか。
――― 現在、IVRyは圧倒的な導入社数の増加によって成長を遂げていますが、数的な伸びは鈍化しやすいのでは、といった見方もあります。今後のIVRyがどのようにビジネスを拡大していくかの展望をお聞かせください。
奥西氏: IVRyの成長はまだまだ鈍化しないと考えています。
まず、成長鈍化が起きる場合は、アカウント数の上限を迎えることによるものです。freeeやマネーフォワードの成長率がなかなか鈍化しないのも、対象企業数が膨大にあることが要因の一つです。
私たちが対象とする企業数も全国で500万事業所以上ありますが、自動電話応答の導入率は1%にも達しておらずTAMが広大に残っています。電話を効率化しようという概念も一般的ではなく、今後さらに普及する余地があると思います。
また、別の観点でSaaSが鈍化する理由としては、新規予算を取るようなプロダクトは、顧客のホワイトスペースがなくなりやすいということが挙げられます。IVRyの場合は、電話代やアルバイト代を代替できる、つまり、新規の予算ではなく、既存の予算の出どころとなることで、獲得できる金額も大きいと見ています。
また、仮に成長が鈍化したフェーズでも、通話データのAI解析やFAQの自動生成などでビジネスの広がりを見通しています。
――― IVRyの自動応答は人口減少社会での業務効率化というトレンドに大きくのるものだと思います。当事者としてはどのように見えていますか。
奥西氏:コロナ禍では、一時的に飲食業、宿泊業では人が余りましたが、マクロトレンドで考えれば人手不足は明白でした。外国人、シニア、女性の活躍が進んでも、DXに取り組むことは絶対的に必要です。
その中で日本の企業に占める中小企業の割合は99.7%にのぼり、資金繰りも厳しい中で、SaaSのようなライトに効率化を図るためのツールが必要になっています。
この傾向は地方にいけばいくほど顕著に見られ、この効率化がなされなければ廃業に追い込まれるような企業もますます増えていきます。
IVRyは、ITサービスというよりは、電話サービスとして認知されているため、鹿児島にある大正時代からやっている企業、小豆島の宿、オホーツク海に面した企業といった日本中のありとあらゆる企業から必要とされています。
そういう意味では、私たちが世の中を一番早くアップデートできるポジションにいるので、これをいち早く届けていく使命があると思っています。
(企画・執筆 Primary 運営責任者 早船 明夫)
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