Text by COURRiER Japon
長い歴史の中で、望まない妊娠と中絶の論争の的にいたのは女性であり続けた。同論争の標的を抜本から転換しようと試みる挑戦的な本が、世界中で大きな反響を呼んでいる。ガブリエル・ブレアが著した『射精責任』だ。最終回では、同書に対する批判的意見への反論と、ブレアが必要性を訴える「新しい男性像」について話を聞いた。
男性は選択権を持っている
──射精には責任を持つこと、とあなたは言いますが、望まない妊娠については男性の発言権はありますか? 多くの場合、女性側が「赤ちゃんが欲しい」と言えば、男性はそれを止める権利を持ちません。責任はあるけど、権利はない。それは公平だと言えますか?
いったん精子を放ってしまったら、男性たちに選択権はありません。女性側が「産むわ!」と言おうが、そうでなかろうが、男性に止めることはできません。
誰かが「クッキーあげるよ!」と言って、別の人にプレゼントを渡したとします。いったん渡してしまったら数日後に「あのクッキー、返してくれない?」とは要求できませんよね。もう送り主の手を離れてしまったんです。
男性が決定権を持っているのは、彼らの精子を女性側に渡すときです。そのときが、彼らが選択できる地点なのです。いったん精子を放ってしまったら、選択権はなくなります。彼らが選択できる地点は、その前にあるんです。
女性が「お願い、精子を出して!」とか「あなたの子供が欲しいの」とか言ったとしても「いや、僕は父親になりたくないから」と言ってコンドームを着けたり、パイプカット手術を受けることができます。彼には、選択権があります。
女性は赤ちゃんを産むかもしれませんし、中絶するかもしれません。でも男性は、すでに選んでしまっている状態です。
──こういう問題には「じゃあ、コンドームが破れたらどうするんだ」といった質問が出ますよね。どう答えますか?
女性が「お願い、精子を出して!」とか「あなたの子供が欲しいの」とか言ったとしても「いや、僕は父親になりたくないから」と言ってコンドームを着けたり、パイプカット手術を受けることができます。彼には、選択権があります。
女性は赤ちゃんを産むかもしれませんし、中絶するかもしれません。でも男性は、すでに選んでしまっている状態です。
「父親になりたくない」男性の声を真摯に受け止める
──こういう問題には「じゃあ、コンドームが破れたらどうするんだ」といった質問が出ますよね。どう答えますか?
そういう事態はあり得ますよね。
コンドームは正しく着用すれば98%の避妊効果があります。でも、妊娠する確率は2%あります。「もし2%の確率で妊娠したら?」と思うのなら、女性側も男性側も避妊するようにすればいいのです。
コンドームもパイプカットもして、それでもまだ心配なら、パートナーの女性に「ピルを飲んだり、避妊インプラントをしたりしている?」と聞けばいいのです。「僕は、父親になりたくないから」と。
「父親になりたくない」という男性側の意志に立ちあったとき、私たちは真剣にならねばならないと思います。
ですが普通に考えて、複数の避妊法が一度に失敗することはあり得ないと思います。
コンドームは正しく着用すれば98%の避妊効果があります。でも、妊娠する確率は2%あります。「もし2%の確率で妊娠したら?」と思うのなら、女性側も男性側も避妊するようにすればいいのです。
コンドームもパイプカットもして、それでもまだ心配なら、パートナーの女性に「ピルを飲んだり、避妊インプラントをしたりしている?」と聞けばいいのです。「僕は、父親になりたくないから」と。
「父親になりたくない」という男性側の意志に立ちあったとき、私たちは真剣にならねばならないと思います。
ですが普通に考えて、複数の避妊法が一度に失敗することはあり得ないと思います。
避妊しないのが「男らしさ」だなんて、ただの神話
──射精は本能であり、生殖能力は男性の尊厳やアイデンティティを形成する上で大きな意味を持ちます。男性たちのなかには、「避妊は男らしくない」と考える人もいるようです。どう思われますか?
そういった考えはたびたび取りざたされ、私もその主張をよく理解しています。思うに、それは「文化的神話」です。
シートベルトの着用が常識となったプロセスについて、考えてみましょう。
以前、人々は「シートベルトなんていらない。臆病者みたいだ」と言ったものです。現在は、それが単なる神話であって、真実ではないことを誰もが知っています。
それと同じです。事実として、男性はパイプカットの後も普通にセックスできるし、以前と同じように勃起します。射精だって同じように起きます。何も変わりません。男性らしさは損なわれません。
精液のなかに精子が含まれていないだけです。他のことは、まったく変わりません。私の主観的意見ではなく、実際にそうなのです。
実際、多くのカップルが「男性側がパイプカット手術をしたために、女性側は避妊についてのストレスや負担が少なくなり、より良い性生活を送れている」と報告しています。
パイプカット手術が男性にとって「男らしさ」を感じにくくなるということは理解しています。また、いくつかの文化においては、コンドームを使うことも男らしくないと考えられているようです。
そういう文化圏の男性は、「彼女や奥さんとコンドームなしでセックスすることに同意させたら、『勝ち』だ」と言い、コンドームなしのセックスがより男性的なのだと感じるようです。
しかしそれらも、文化的な神話に過ぎません。コンドームを使用することで男性らしさを失うことは、絶対にあり得ません。筋肉も勃起もそのままです。むしろ、避妊をすることは「より男らしい」と言えると思います。
実際、多くのカップルが「男性側がパイプカット手術をしたために、女性側は避妊についてのストレスや負担が少なくなり、より良い性生活を送れている」と報告しています。
パイプカット手術が男性にとって「男らしさ」を感じにくくなるということは理解しています。また、いくつかの文化においては、コンドームを使うことも男らしくないと考えられているようです。
そういう文化圏の男性は、「彼女や奥さんとコンドームなしでセックスすることに同意させたら、『勝ち』だ」と言い、コンドームなしのセックスがより男性的なのだと感じるようです。
しかしそれらも、文化的な神話に過ぎません。コンドームを使用することで男性らしさを失うことは、絶対にあり得ません。筋肉も勃起もそのままです。むしろ、避妊をすることは「より男らしい」と言えると思います。
パイプカットをした男性は「もう子供には恵まれたから、パイプカットをしたんだ。以前よりずっと、家族に責任を持つことができた」と言えるわけです。
彼は、パイプカットをする以前に比べ(無計画な妊娠を避けられるため)より家族を守れるようになったと言うことであり、より男らしいのです。
男性たちはコンドームやパイプカットの話を、私から聞きたくないでしょう。同性から、話を聞く必要があります。「最良の選択だったよ」とパイプカットをしたたくさんの男性が発言し合うことが、最もよい状態でしょう。
その男性たちは、周りにいる人たちのストレスを軽減したんです。素晴らしいことです。
私たちの社会は、男性が避妊に主体的に取り組むことに否定的な文化的神話を創り出しています。男性たちが自らの力によって、その神話を壊せるようにしなくてはいけません。
彼は、パイプカットをする以前に比べ(無計画な妊娠を避けられるため)より家族を守れるようになったと言うことであり、より男らしいのです。
男性たちはコンドームやパイプカットの話を、私から聞きたくないでしょう。同性から、話を聞く必要があります。「最良の選択だったよ」とパイプカットをしたたくさんの男性が発言し合うことが、最もよい状態でしょう。
その男性たちは、周りにいる人たちのストレスを軽減したんです。素晴らしいことです。
私たちの社会は、男性が避妊に主体的に取り組むことに否定的な文化的神話を創り出しています。男性たちが自らの力によって、その神話を壊せるようにしなくてはいけません。
シートベルトの時と同じような社会運動になることを願っています。
古い神話を壊して、真実と向き合うのです。もっと安全で、スマートで、男らしいこととは何なのか。新しい男性像が生まれてほしいと思いますし、その考えは男性側から広がっていくべきだと思います。
──本では、生物学に則った意見が展開されています。しかし、生物学的に考えたとき、男性の無責任な射精は有利に働くのではないか、といった意見もあります。どう思いますか?
そうですね。進化論は、私たちにできるだけたくさんの子供を産むように仕向けてきます。しかしながら、進化論を拠り所にするのなら、女性たちはピルを使えないことになりますよね。IUDも、避妊注射も、避妊インプラントとか他の避妊法についても、です。
なぜなら、生物学的な観点から言えばそのほうが有利なんですから。でも、誰もそんなことは主張しません。
古い神話を壊して、真実と向き合うのです。もっと安全で、スマートで、男らしいこととは何なのか。新しい男性像が生まれてほしいと思いますし、その考えは男性側から広がっていくべきだと思います。
生物学的条件をコントロールする
──本では、生物学に則った意見が展開されています。しかし、生物学的に考えたとき、男性の無責任な射精は有利に働くのではないか、といった意見もあります。どう思いますか?
そうですね。進化論は、私たちにできるだけたくさんの子供を産むように仕向けてきます。しかしながら、進化論を拠り所にするのなら、女性たちはピルを使えないことになりますよね。IUDも、避妊注射も、避妊インプラントとか他の避妊法についても、です。
なぜなら、生物学的な観点から言えばそのほうが有利なんですから。でも、誰もそんなことは主張しません。
「女性は8人でも12人でも、可能な限り子供を産むべき。女性の体はそれが可能だし、生物学的に有利だ」とは誰も言いません。
なぜなら、私たちは生物学的側面をコントロールしているからです。
たとえば「生物学的観点では、がんは弱い人類を殺すので、強靭な者だけが残される。がんと戦って、勝利しよう」だとか、片腕のない状態で生まれた子供に「生物学的観点から、この子を殺そう」などとは言いませんよね。
私たちはいつも、生物学を含む自然界の法則と対峙し、それらの条件を乗り越えようとしてきました。がんと闘うために新しい薬を作り、義手を作り、義手を使ってどうやって生きていくかを片腕のない子に教えます。
もし私たちが生物学的な条件にすべての決定を委ねるのなら、誰もが悲惨な状態になってしまうでしょう。
なぜなら、私たちは生物学的側面をコントロールしているからです。
たとえば「生物学的観点では、がんは弱い人類を殺すので、強靭な者だけが残される。がんと戦って、勝利しよう」だとか、片腕のない状態で生まれた子供に「生物学的観点から、この子を殺そう」などとは言いませんよね。
私たちはいつも、生物学を含む自然界の法則と対峙し、それらの条件を乗り越えようとしてきました。がんと闘うために新しい薬を作り、義手を作り、義手を使ってどうやって生きていくかを片腕のない子に教えます。
もし私たちが生物学的な条件にすべての決定を委ねるのなら、誰もが悲惨な状態になってしまうでしょう。
それに、そもそもその批判自体に整合性がありません。なぜなら、他の事象に関する生物学的な条件については語らないのに、どうして射精についてはそれを持ち出すのでしょうか?
私たちは常に、みんなのために、生物学的な条件をコントロールしようとしています。なぜ、射精だけ例外なんですか? 当然ながら、射精についてもコントロールしなくてはなりませんよね。
──あなたは反生物学なのではなく「生物学的な機能を、他の身体機能と同じようにコントロールしましょう」と言っているだけ、ということでしょうか?
はい、そうです。なぜなら、私たちはすでにたくさんの方法で生物学的な条件を乗り越えてきました。
しかしながら、いくつかの理由によって、ある特定な機能についてのみ、無視してきました。男性の生殖機能です。
私たちは常に、みんなのために、生物学的な条件をコントロールしようとしています。なぜ、射精だけ例外なんですか? 当然ながら、射精についてもコントロールしなくてはなりませんよね。
新しい地点から、議論を始めよう
──あなたは反生物学なのではなく「生物学的な機能を、他の身体機能と同じようにコントロールしましょう」と言っているだけ、ということでしょうか?
はい、そうです。なぜなら、私たちはすでにたくさんの方法で生物学的な条件を乗り越えてきました。
しかしながら、いくつかの理由によって、ある特定な機能についてのみ、無視してきました。男性の生殖機能です。
もう、無視するのはやめましょう。男性の生殖機能、生殖能力を、望まない妊娠と中絶、避妊の議論のなかに組み込もう、と私は言ってます。
「お気づきですか? 男性たちのせいです。男性たちが、問題の原因となっているのです。そのことについて、話し合いませんか」と。
「お気づきですか? 男性たちのせいです。男性たちが、問題の原因となっているのです。そのことについて、話し合いませんか」と。