Text by COURRiER Japon
望まない妊娠と中絶の論争の的にいたのは、歴史上、女性であり続けた。同論争の標的を抜本から転換しようと試みる挑戦的な本が、世界中で大きな反響を呼んでいる。ガブリエル・ブレアが著した『射精責任』だ。連載4回目と5回目では、同書に対する批判的意見などについて、筆者の見解を聞く。
女性の著者が、男性の性機能について話す理由
──さて、ここからは少し視点を変えます。あなたの本を広めるためには、批判的意見についても見解をうかがう必要があるように思います。私が実際に聞いた否定的意見をさらに発展させて、あなたのご意見をおうかがいしたいと思います。
はい、わかりました。
──まず、生殖機能についての事柄は、とてもセンシティブな話題です。女性であるあなたが、男性の生殖機能について発言することは差し出がましい行為だと思いませんか? 男性が女性の生理についてあれやこれやいうのと同じです。その意見について、どう思いますか?
ご指摘はもっともだと思います。
若い男性は、私のような、中年で、6人もの子供を持つ女性の話なんて聞きたくないでしょう。それで、いいんです。
というのも、私はこの問題について「男性自身が話をしてほしい」と思っているからです。男性から、避妊や中絶の負担の不公平、責任ある射精などの問題について話を聞きたいと思っています。
若い男性が彼らのフットボールコーチ、友達といった、彼らに影響を与えやすい同性たちから「この本を読んだんだけど、すごく大切なことが書いてあったよ」といった声を聞いたなら、それが一番なのです。私が言うより、ずっといいでしょう。
十代の女の子が中年男性が生理について話すのを聞きたくないのと同じです。彼女たちは当然、「男性に生理はないでしょ? なんでそんなこと話しているの?」と思うでしょう。
若い男性は、私のような、中年で、6人もの子供を持つ女性の話なんて聞きたくないでしょう。それで、いいんです。
というのも、私はこの問題について「男性自身が話をしてほしい」と思っているからです。男性から、避妊や中絶の負担の不公平、責任ある射精などの問題について話を聞きたいと思っています。
若い男性が彼らのフットボールコーチ、友達といった、彼らに影響を与えやすい同性たちから「この本を読んだんだけど、すごく大切なことが書いてあったよ」といった声を聞いたなら、それが一番なのです。私が言うより、ずっといいでしょう。
十代の女の子が中年男性が生理について話すのを聞きたくないのと同じです。彼女たちは当然、「男性に生理はないでしょ? なんでそんなこと話しているの?」と思うでしょう。
私には陰茎がありません。コンドームを着けようがありません。どうして、私が男性の生殖機能について話をしているんでしょう?
疑いようもなく、男性にこの問題を議論してもらい、他の男性たちにも共有してほしいと思っているのです。
たんなる一般的な話として、彼らが生殖機能について話し合ってくれるのを期待しています。たとえば「男性は24時間生殖可能だって、知ってた?」とか「卵子は12~24時間しか受精できないんだって!」とかね。
どんな人でも知っているような他の生物学的事実と同じように、生殖機能についても誰もが知り、話せるようになればいいと思っています。
疑いようもなく、男性にこの問題を議論してもらい、他の男性たちにも共有してほしいと思っているのです。
たんなる一般的な話として、彼らが生殖機能について話し合ってくれるのを期待しています。たとえば「男性は24時間生殖可能だって、知ってた?」とか「卵子は12~24時間しか受精できないんだって!」とかね。
どんな人でも知っているような他の生物学的事実と同じように、生殖機能についても誰もが知り、話せるようになればいいと思っています。
精子は「危険」という事実
──本では、精子や射精について、否定的な比喩がありますね。これらはある一定の人たちにとってはショッキングで差別的に映るかもしれません。どう思いますか?
はい、確かに。挑発的になろうとしたんです。
だって、もし私が「紳士のみなさま、こんにちは。あなたがたの精子に気を付けてくださいね!」と言ったところで、誰も耳を貸しませんよね。
「ちょっと、あなたの精子は危険なの!」「精子は妊娠を引き起こし、妊娠した女性はそのせいで死んでしまうかもしれない!」と言うから、人々は私の声に耳を傾けてくれるのです。
私は、本では射精や精子について「銃」とか「犬のフン」などの比喩を使いました。視覚的にわかりやすい表現によって、その危険性をイメージしやすくするためです。
はい、確かに。挑発的になろうとしたんです。
だって、もし私が「紳士のみなさま、こんにちは。あなたがたの精子に気を付けてくださいね!」と言ったところで、誰も耳を貸しませんよね。
「ちょっと、あなたの精子は危険なの!」「精子は妊娠を引き起こし、妊娠した女性はそのせいで死んでしまうかもしれない!」と言うから、人々は私の声に耳を傾けてくれるのです。
私は、本では射精や精子について「銃」とか「犬のフン」などの比喩を使いました。視覚的にわかりやすい表現によって、その危険性をイメージしやすくするためです。
ショッキングになり得ることはわかっていました。でも、そうしなくちゃいけなかったんです。無視されてしまうから。
精子によって引き起こされた妊娠および出産によって発生する女性の死は、極端ではありますが、実際に起こっていることです。
男性たちがそういうことを考えたがらないのはわかっています。でも、彼らはそれらの真実と、彼ら自身の生殖機能についても知るべきだと思います。
男性たちに、何か難しいお願いしているわけではありません。「妊娠したいと思っていない女性を、妊娠させないで」とだけ、言っているんです。
コンドームを着けること、パイプカット手術を受けること。そんなに難しいことではないでしょう?とても簡単なことを彼らにお願いしています。その簡単さ(なのに、やらないこと)を思えば、私の書いた比喩なんて、大きな批判の対象にはならないと考えています。
精子によって引き起こされた妊娠および出産によって発生する女性の死は、極端ではありますが、実際に起こっていることです。
男性たちがそういうことを考えたがらないのはわかっています。でも、彼らはそれらの真実と、彼ら自身の生殖機能についても知るべきだと思います。
男性たちに、何か難しいお願いしているわけではありません。「妊娠したいと思っていない女性を、妊娠させないで」とだけ、言っているんです。
コンドームを着けること、パイプカット手術を受けること。そんなに難しいことではないでしょう?とても簡単なことを彼らにお願いしています。その簡単さ(なのに、やらないこと)を思えば、私の書いた比喩なんて、大きな批判の対象にはならないと考えています。
くしゃみと排泄には配慮し、射精には配慮しない矛盾
射精が男性の生物学的なシステムであることは認識しています。
くしゃみに似ています。くしゃみを止めることはできません。同じく、生物学的なシステムです。
簡単な解決方法があります。くしゃみをするとき、口と鼻をふさぐことです。風邪をひいているのにスーパーにいくのであれば、マスクを着用します。
「病気になるのは仕方がないことだ! どうしてマスクをしなきゃならないんだ?」なんて、誰も言いません。
なぜなら、マスクをつけることはとても簡単だから。男性の生殖機能についても、同じことが言えます。
男性は、生物として精子を作ります。それは素晴らしいことです。何も間違ってない。
ですが「その精子が飛び散らないようにカバーしていただけませんか?」ということです。コンドームを使ったりして、注意して取り扱うこと。お店に行くときにマスクを着け、くしゃみをするときに鼻と口を覆うのと同じです。
批判したくなる気持ちはわかります。でもそれは、彼らが無責任な行動をしていい理由にはなりません。
ほかにも、生物学的に避けられないことはたくさんあります。排泄です。誰もが排尿し、排便しますが、どこでもするわけではありません。
私たちはトイレで排泄するようにしますよね。慎重に手を洗い、私たちの体とそこから出る体液に気を配っています。毎日毎時間、女性も男性も、誰もが。私たちはみんな、自分の体を大切にしています。
ですが「その精子が飛び散らないようにカバーしていただけませんか?」ということです。コンドームを使ったりして、注意して取り扱うこと。お店に行くときにマスクを着け、くしゃみをするときに鼻と口を覆うのと同じです。
批判したくなる気持ちはわかります。でもそれは、彼らが無責任な行動をしていい理由にはなりません。
ほかにも、生物学的に避けられないことはたくさんあります。排泄です。誰もが排尿し、排便しますが、どこでもするわけではありません。
私たちはトイレで排泄するようにしますよね。慎重に手を洗い、私たちの体とそこから出る体液に気を配っています。毎日毎時間、女性も男性も、誰もが。私たちはみんな、自分の体を大切にしています。
それなのに、精子はなぜか「例外」と決め込んでいる。男性はそれについて考えなくてよくて、他のことはたくさん考えるのに、精子の取り扱いについては考えない。おかしいですよね。
当然、男性たちは精子の取り扱いについてもっと考えなければなりません。女性たちが、生理について考えるのと同じように。
「体液に気を付けてください」と、私たちは言います。正当な訴えです。
「止められないんだ! 精子を作ってしまうんだ!」と言われたら「はい、そうですよね。あなたの体の中ではたくさんのことが起こっていますよね。たくさんの物質を作っています。それらに気を遣っていますね、精子を除いて。精子についても他の物質と同じようにケアしてみませんか?」と私は聞くでしょうね。
周囲の人の気持ちを害したくないと思うのなら、おしっこするときトイレに行かねばなりません。それについては気分を害さないのに、どうして「精子の扱いに注意して」と言ったら「ひどい!」ってなるんでしょうか? 排泄も射精も、同じことでしょう。
当然、男性たちは精子の取り扱いについてもっと考えなければなりません。女性たちが、生理について考えるのと同じように。
「体液に気を付けてください」と、私たちは言います。正当な訴えです。
「止められないんだ! 精子を作ってしまうんだ!」と言われたら「はい、そうですよね。あなたの体の中ではたくさんのことが起こっていますよね。たくさんの物質を作っています。それらに気を遣っていますね、精子を除いて。精子についても他の物質と同じようにケアしてみませんか?」と私は聞くでしょうね。
周囲の人の気持ちを害したくないと思うのなら、おしっこするときトイレに行かねばなりません。それについては気分を害さないのに、どうして「精子の扱いに注意して」と言ったら「ひどい!」ってなるんでしょうか? 排泄も射精も、同じことでしょう。
男性たちの認識する責任は、極めて独断的
──次の批判です。あなたは、本のなかで無責任な男性ばかりを取り上げていますね。でも、責任のある男性たちだってたくさんいる。自分の生殖機能にも、家庭にも責任を持つ男性たちです。そういう男性にフォーカスせず、ネガティブな事例ばかり挙げるのはなぜでしょう?
そうですね……。いくつか理由はあります。
一つ目は、「責任ある男性でありたい」と願う男性はたくさんいますけど、実際には、彼らは自分が無責任であることに気付いていないのではないか、と思います。
「自分は責任感がある」と多くの男性が感じていたとしても、彼のパートナーである女性が、ほとんどの負担を担っているケースはたくさんあります。
彼女たちは医者に行ったりしながら避妊の負担を担っていて、男性側はちょっとした手伝いをするのみ、というケース。彼らは「自分は責任を取った」と感じている一方で、「妊娠したのは自分のせいじゃないけど、パートナーのために手伝わなきゃならない」と思っているわけです。
そういう男性は費用面の負担や女性の手伝いだけじゃなく、彼女たちの避妊や出産に関する負担や身体の変化に気付いたり、女性側が何らかのリスクを抱えながら避妊している場合には別の方法を提案する、などをしなくてはならないように思えます。
自身を「善良で責任ある男性」だと信じている男性でさえ、避妊やパートナーの女性が背負う負担を軽くするために、できる限りのことをおこなってはいない場合がほとんどです。
彼らは、パートナーの女性が背負っている負担に気付きもせず、その負担をどうすれば分け合えるかについても考えてはいません。
たとえば、子供や素晴らしい家族を持つ夫でさえ、パイプカットを検討しないし、したこともない。
彼らの妻は、子供を持った後ですら20年以上も避妊を続けなくてはいけないかもしれないのに、夫である彼は、たった15分の施術でその負担を解消することができる。
自身を「善良で責任ある男性」だと信じている男性でさえ、避妊やパートナーの女性が背負う負担を軽くするために、できる限りのことをおこなってはいない場合がほとんどです。
彼らは、パートナーの女性が背負っている負担に気付きもせず、その負担をどうすれば分け合えるかについても考えてはいません。
たとえば、子供や素晴らしい家族を持つ夫でさえ、パイプカットを検討しないし、したこともない。
彼らの妻は、子供を持った後ですら20年以上も避妊を続けなくてはいけないかもしれないのに、夫である彼は、たった15分の施術でその負担を解消することができる。
でも、夫はパイプカットについて考えない。
すべての男性がこの問題を理解すべきだと、私は強く思います。
望まない妊娠を引き起こしている男性は極めて少数だと思います。それは素晴らしいことですが、男性が手伝えるはずの避妊に関するあらゆる手間と負担を女性側に担わせてきたことについて、すべての人が会話に加わらなくてはいけないし、理解しなくてはいけないと思います。
私は本のなかで、今実際に何が起きているかについて書きました。それは事実であり、偏見ではありません。
──経済的責任を男性が背負うケースが多いように思います。彼らは、それこそが男性の責務であり、自分は責任を全うしていると言います。その意見について、どう感じますか?
すべての男性がこの問題を理解すべきだと、私は強く思います。
望まない妊娠を引き起こしている男性は極めて少数だと思います。それは素晴らしいことですが、男性が手伝えるはずの避妊に関するあらゆる手間と負担を女性側に担わせてきたことについて、すべての人が会話に加わらなくてはいけないし、理解しなくてはいけないと思います。
私は本のなかで、今実際に何が起きているかについて書きました。それは事実であり、偏見ではありません。
経済援助は育児の代わりにならない
──経済的責任を男性が背負うケースが多いように思います。彼らは、それこそが男性の責務であり、自分は責任を全うしていると言います。その意見について、どう感じますか?
たくさんの国で、男性も女性も働いています。ですが、女性は通常の労働に加え、妊娠や出産といった、切実かつ非常に危険な肉体労働もおこなっています。
さらに、多くのケースにおいて、子供の食事作り、身支度、家族の衣類の洗濯や家の掃除、学校までの付き添いなどの肉体労働をこなしています。
男性側が家計におけるすべてのお金を稼いでいたとしても、別の街に住み、それらの肉体労働を手伝わないのであれば、女性側のやっていることと同等とは言えないでしょう。
もし女性側が「いいわ。赤ちゃんを渡すから、子育てとか、他のことは全部あなたが責任を持ってやってね。数万円から数十万(あなたが出し得る額と同程度)のお金を毎月送るわ。私とあなたの役割を交換しましょう」と言ったら、男性側はほとんどの場合「いやだ!」と言うでしょうね。
彼らは、子育てはお金にはかえられないのだと、本当は知っています。
さらに、多くのケースにおいて、子供の食事作り、身支度、家族の衣類の洗濯や家の掃除、学校までの付き添いなどの肉体労働をこなしています。
男性側が家計におけるすべてのお金を稼いでいたとしても、別の街に住み、それらの肉体労働を手伝わないのであれば、女性側のやっていることと同等とは言えないでしょう。
もし女性側が「いいわ。赤ちゃんを渡すから、子育てとか、他のことは全部あなたが責任を持ってやってね。数万円から数十万(あなたが出し得る額と同程度)のお金を毎月送るわ。私とあなたの役割を交換しましょう」と言ったら、男性側はほとんどの場合「いやだ!」と言うでしょうね。
彼らは、子育てはお金にはかえられないのだと、本当は知っています。
経済支援と子育ての負担のトレードなんて、公平じゃない。同等になり得ないんです。