816 クマさん、
迷い花の採取が終わる頃、日が暮れてきた。
木々もあることで、暗くなるのも早い。
わたしたちは迷い花が咲く、近くで夜を過ごすことにした。
マーネさん曰わく、安全だと言う。
迷い花の近くには魔物も近寄ってこない。来られないって言うのが正しいかもしれない。
わたしは迷い花から少し離れた場所にクマハウスを出す。
「本当に危険な森の中とは思えないわね」
マーネさんはソファーに倒れ込む。
「しかも、この子たちのおかげで歩いていないし」
子熊化したくまゆるとくまきゅうの頭を撫でる。
「薬草もたくさん採取できたし」
マーネさんはソファーの上で足をバダバタさせている。
「マーネさん、だらしないよ。子供じゃないんだから」
「うぅ、ユナの方が年下なのに」
「そう思うなら、ちゃんとして」
同じ幼女でもカガリさんとは違うね。
カガリさんは幼女でもしっかりして、大人の雰囲気が漂っている。
でも、マーネさんは違う。
子供が、そのまま大人になった感じだ。
それに、いつもなら、マーネさんが座っている席はわたしの席だ。
フィナに「ユナお姉ちゃん、だらしないよ」と怒られたことを思い出す。
そう考えると、一番しっかりしている幼女はフィナかもしれない。
ただ、しっかりし過ぎかと思うけど。
「そうだ。ユナ」
「なに?」
「隣のクマって、魔物の解体に使っている部屋って言っていたわよね」
わたしのクマハウスは大きいクマと小さいクマがくっついており、大きいクマのほうは住居で、小さいクマはフィナの解体場となっている。
「少し、その部屋を使わせてくれないかしら」
「別にいいけど、なにに使うの?」
「今日採取した薬草の処理を簡単にしておきたいの。新鮮なうちに処理しておかないと効果が落ちてしまうの」
確かに、傷んだ薬草より、新鮮な薬草のほうが効果があるのは素人のわたしでも分かる。
だから、わたしは許可をだす。
「見てもいい?」
マーネさんの作業するところが見たい。
夕食の準備は簡単料理と、出来上がっている料理を出せばいいだけなので問題はない。
「いいけど、見てても面白いものじゃないわよ」
わたしはお風呂の準備をすると、マーネさんと一緒に解体場に移動する。
「解体場とは思えないほど綺麗ね」
綺麗なのは、ほとんど使っていないためだ。
フィナが使ったのは、わたしがクリモニアにやってきたときぐらいかもしれない。
わたしがクリモニアに住むようになってから、クリモニアにあるわたしのクマハウスで解体を行っている。
マーネさんは今日採取した薬草をテーブルの上に置いていく。
そして、アイテム袋から30 cmほどの長方形の箱を3つほどテーブルの上に出す。
「それは?」
「薬草を乾燥させる魔道具よ」
マーネさんは薬草の葉を乾燥させる箱の中に入れる。
次の薬草に手を伸ばす。
これは根っこから採取してきた薬草。
ナイフを取り出し、根っこ、茎、葉と分けていく。
「これは場所によって効果や使用用途が違うから、分けないといけないの」
わたしの視線に気付いたのか説明してくれる。
「一緒に混ぜたりして、人によって調整するのよ」
「まるで薬師みたいだね」
「同じようなものよ。ただ、わたしの場合は幅が広いだけ。人を助ける薬も作れば、毒も作る」
「毒……」
「毒と言っても、痺れ薬とか眠り薬よ。ときと場合によっては必要になるわ」
マーネさんは説明しながら、薬草を分けていく。
「これは乾燥させず、すり潰さないと」
乾燥しないで使うものもあるんだね。
次にゲーターの背中にくっついていた苔が入った瓶に手を伸ばす。
すると新しくアイテム袋から瓶を取り出す。
瓶には液体が入っている。
「水?」
「魔力水よ。言葉どおりに魔力が込められた水」
「そんなものがあるの?」
「魔石を粉々にして、特殊な液体で溶かしたものよ。液体については秘密よ。制作方法が分かって、作られると、魔法省にお金が入らなくなるからね」
「お金って、国から出ていないの?」
「出ているわよ。でも、国から出る予算は決まっているわ。でも、研究にはお金がかかる。いくらお金があっても足らないぐらいよ」
研究者に払う賃金に、研究にかかるお金。材料によってはお金は天井だ。
さらには研究者の人数とか、サポートする事務の人たち。
わたしが知らないだけでも、他にもお金がかかっていると思う。
「だから、利益になった研究の一部を研究費として使えるのよ」
なるほど。
無制限に研究費が使えたら、国としても困るし、なにに使われるか分からない研究に税金が使われていたら、国民が怒るかもしれない。
「だから、基本、レシピが公表されたとしても、国が制限しているものに関しては、使用料を支払ってもらっているわ」
それって、特許みたいなもの?
マーネさんは魔法水が入った瓶の蓋を開けると、苔が入った瓶の中に入れていく。
「これで保存できるわ」
一通りの作業が終わる。
「見てても楽しいものじゃなかったでしょう」
「ううん、いろいろと魔法省や薬草の話を聞けて、楽しかったよ」
噓ではない。
知らないことを知れて楽しかったのは本当だ。
「そう? ならよかったわ」
マーネさんから、乾燥させる魔道具を一晩置かせてほしいと頼まれ、許可をだす。
そして、簡単に夕食を作って食べる。
「お腹がいっぱい」
マーネさんはお腹を擦りながらソファに倒れる。
「休んだら、お風呂に入ってね」
「このまま寝たい」
「汗を掻いているんだから、そのままベッドで寝ないでよ」
シーツの洗濯するのはわたしの仕事だ。
マーネさんが汚いって言うわけじゃないけど、汗ぐらいは流してからベッドで寝てほしい。
「分かっているわよ。それじゃ、くまゆる、くまきゅう、一緒に入りましょう」
マーネさんはくまゆるとくまきゅうを連れて、風呂場に向かう。
わたしも洗い物を済ませ、あとに続く。
そして、今夜はくまゆるとくまきゅうを入れ替えて寝る。
「くまゆる。今夜はよろしくね」
「くぅ~ん」
今夜はくまゆる目覚まし時計をセットして眠りに就く。
翌朝、マーネさんは早く寝たようで、声をかけるとすぐに起きてきた。
「おはよう。昨日の薬草を見てくるわ」
マーネさんは2階から降りてくると、そのまま解体場である部屋に向かう。
わたしは、その間に朝食の準備をする。
朝食がテーブルの上に並び、マーネさんを呼びに行く。
「マーネさん、朝食ができたよ」
「今、行くわ」
声をかけると、マーネさんは乾燥させる魔道具を仕舞う。
「大丈夫だった?」
「ええ、問題なく、ちゃんと乾燥はできたわ」
なら、よかった。
「それで、今日はどうするの? 迷い花のせいで、進む道がずれちゃったよね。一度、戻る?」
スキル、クマの地図を使えば来た道を戻ることは可能だ。
「ええ、そこが問題なのよ。冒険者たちが迷い花の影響で直進していたつもりでも、違う方向へ進んだ可能性もあるわ」
「それじゃ、マーネさんが左に進むように言った場所から左に進む?」
「それも一つの案だけど。冒険者が通った時に、迷い花が咲いていない可能性もあるわ」
迷い花は一年中咲いているわけではないのこと。
冒険者の情報が迷い花が咲いていない時期だったら、迷うこともなく進んだことになる。
でも、迷い花が咲いていれば、違う道を進んだ可能性が高い。
「迷い花の情報はなかったから、気づいていないはず。花が咲いていたかはわからない。さらに言えば、風向きによって、迷い花の粉も違う方向へ飛んだかもしれない」
つまり、どっちに進めばいいのか分からないってことだ。
「それじゃ、どうするの?」
「道順は分からないけど、岩山を通って、洞窟に入ったそうよ。
岩山と洞窟。
有益な情報だ。
「つまり、岩山を見つければいいんだね」
「そうだけど。この深い森の中で見つけるのは大変よ」
「大丈夫だよ。上から見ればいいから」
「上からって、どうやって見るのよ。空を飛ぶつもり?」
こういうとき、サーニャさんの召喚鳥がいると便利だよね。しかも、召喚鳥が見ているものを見ることができるんだから。偵察にはサーニャさんの召喚鳥ほど、万能はない。
とりあえず、わたしは自分ができることをする。
わたしたちは外に出る。
「それでどうするの?」
「危ないから、わたしから離れないで」
マーネさんは首を傾げながらもわたしの横にくる。
わたしは手に魔力を込めると、地面に手を付ける。
地面が盛り上がり、わたしたちを上に持ち上げていく。
「きゃぁ~~~~~~~~~~」
マーネさんが叫びながら、わたしの腰に抱きつく。
地面から柱が立ち、わたしたちはその上にいる。
高さは5階ぐらい建物の高さだ。
「マーネさん。これで、見ることができるよ」
マーネさんは閉じていた目を開けるけど、すぐに閉じる。
「もしかして、高いところ苦手? でも、仕事場は高い位置にあるよね」
「それとこれは違うでしょう。こんな足場が狭くて、落ちそうな場所、誰だって恐いわよ」
確かに半径1メートほどの柱。
狭くはないけど、広くはない。手すりもないから、足を踏み外せば落ちる。
「ユナは恐くないの?」
怖くないと言ったら、嘘だ。
意外と怖い。
でも、クマ装備のおかげで、落ちても危険がないと分かってから、恐怖心はそれほどでもない。
わたしは落ちないように柱の周りに柵を付ける。
「これで、落ちないよ」
「本当? 崩れたりしない?」
「しないよ」
強度もしっかりしている。
攻撃を受けても、簡単には壊れないはずだ。
マーネさんは柵を見て、少し安心した表情をすると、ゆっくりと立ち上がる。
マーネさんは柵に摑まり、遠くの風景を見る。
広い森だ。
映像でしか見たことがないけど、アマゾンのジャングルがこんな感じなのかもしれない。
※コミカライズ12巻が8月2日(金)に発売になります。表紙はユナとノアです。活動報告にて公開中なので、よろしくお願いします。
※申し訳ありません。しばらく投稿は日曜日だけにさせていただきます。
【書籍発売予定】
書籍20.5巻 2024年5月2日発売しました。(次巻、21巻予定、作業中)
コミカライズ11巻 2023年12月1日に発売しました。(12巻8月2日発売予定、準備中)
コミカライズ外伝 2巻 2024年3月5日発売しました。
文庫版10巻 2024年5月2日発売しました。(表紙のユナとサーニャのBIGアクリルスタンドプレゼントキャンペーン応募締め切り2024年8月20日、抽選で20名様にプレゼント)(次巻、11巻作業中)
※誤字を報告をしてくださっている皆様、いつも、ありがとうございます。
一部の漢字の修正については、書籍に合わせさせていただいていますので、修正していないところがありますが、ご了承ください。
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