日本人の知らない珍説が世界中で大拡散!歴史家「弥助は信長の首を守ることで日本の歴史を変えたと見なされてきたのです」アサクリ以前から始まっていた弥助の史実ブーストとその歴史 & Wikipediaに出典付きでフェイクを載せられたら10年間誰も気づけない件
しかし、この日本人の反応を見て「日本人も侍(samurai)と言っているじゃないか!」というレスバトルも超頻繁に起こります。当初日本人の「弥助、面白れーじゃん」という類のツイートが万バズした理由がこれです。日本人の意見が切り札になる珍事 x.com/B_Rabbit843/st…
2024-05-23 19:20:11Not only does Team Ninja says Yasuke was a samurai, but in Nioh. Team Ninja is a Japanese developer of Koei Tecmo...who said Yasuke was a samurai in Samurai Warriors 5. That's THREE video games saying Yasuke was a samurai. The anti-woke clowns are wasting their time whining. pic.twitter.com/TKCJnrNjx3 x.com/ParlonsMangaFR…
2024-05-21 10:49:56私の認識としては、江戸時代以前の侍(samurai)は平安時代に近づくほどノーブルな感じがするなぁ。武士(bushi)は刀もって戦う仕事だからより広い範囲を差すのかなぁ程度のものです。自動翻訳するとすべてsamuraiに変換されるため(それがより誤解を生む原因のため)こういう表記で統一します。
2024-05-23 19:18:38日本史の授業でやりましたよね
貴人にさぶらう者→侍
で詳しい人の間では、小姓(kosho)だから身分が低いのだ、いや高いのだ。一概には言えない。そもそも誰が小姓(kosho)と言ったのだ? 所領も苗字もない、でも家と短刀とお米がある、だったら~くらいの身分なのではないか? 日本人の中でも意見が分かれているらしいです
2024-05-23 19:21:56「いや、弥助はこうなのだ!」というレスはお控えください。 馬の耳に念仏だと思ってスルーしてください。 お願いします。お控えください。
2024-05-23 19:23:34一方海外。 実は、侍(samurai)か否か論争に関して、というか海外の弥助に関するwikipedia上の研究、論争は、アサクリ騒動以前から日本より遥かに盛り上がり研鑽が積まれています。 以下は侍論争のみを扱ったスレッド en.wikipedia.org/wiki/Talk:Yasu…
2024-05-23 19:26:13日本のように噂話を信長がした話にすり替えてしまうオッチョコチョイもいませんし、日本のwikipedia上で9年間「正式に武士(bushi)に任命した」と誤った記述が載っていたとしても、彼らは「家臣になった」「側近になった」という表現のままでした。
2024-05-23 19:27:29おそらく皆さんはロックリー氏の創作小説がそのまま掲載されているんだろ?などと思っているかもしれませんが、wikipedi編集者もそんなことは完全な創作だと把握しています(メディアが誤解されるような表現で発信していたとしても)
2024-05-23 19:30:03↑ 誤認識です。「2018年以前はロックリー氏の(ちょっと盛った)弥助がそのままwikiに掲載されていた」というまとめがこちらになります。そんなことになった理由は、ロックリー氏が直接編集をしていたからです。
弥助(Yasuke)が伝説の侍だと思っている外国人さん。彼に関する資料のほぼ全ては2分以内で読めるのでノンフィクションをうたうトーマス・ロックリーの分厚い小説を信じるのは止めてもらいたい。 1.イエズス会日本年報 2.家忠日記 3.信長公記 pic.twitter.com/GCYFk2U7q9
2024-05-19 12:06:12史実の弥助も悲劇として魅力的かもと考える試み
私が当初からサムライか否か、彼の地位についての論争に興味がない理由は、彼の与えられた待遇(家&短刀&お米)が何かを成し遂げた結果ではないため、実績のない史実の弥助に魅力を感じられなかったからです。
2024-05-26 11:21:57ロックリー氏も日本版書籍には「弥助の個性に希少価値があり側に置かれた」「正式には高い身分を与えられていない」「弥助が出世する時間はなかった」と明言しています。 pic.twitter.com/4jyavo6pdA
2024-05-31 11:01:19弥助中間(奉公人)説というのも流れているのですが、さすがに士分ではあると思います。
以前、弥助中間説が出回った時に「中間にしては良いものを貰っている(から中間と思えない)」とツイートしましたが、歴史学者さんが「熨斗付きの鞘巻」について解説してくれています。そもそもお気に入りを粗末に扱うわけないですね。 x.com/HIRAYAMAYUUKAI…
2024-07-20 16:35:04①「さや巻」(鞘巻)について 各所より「太刀ではない、短刀だ」「ダウト」「嘘」よばわりされております。これは、普通の辞書レベルならばそう思われても仕方ないかも知れないですね。でも、「鞘巻」は「鞘巻之太刀」を示す場合が多いのはご存じでしょうか。鞘巻の太刀は、現在でも現物が残っている場合が多いです。ちなみに、歴史学者であれば、調査する場合の参考史料として、『古事類苑』『武家名目抄』は普通に当たるわけですが、そこには数多くの史料からの引用があります。
2024-07-20 14:29:11ロックリー氏も学術書『信長と弥助』では「正式には高い身分を与えられていない」「弥助が出世する時間はなかった」と明言しています 弥助最下層の侍説は、ロックリー氏も否定できないはず x.com/HIRAYAMAYUUKAI…
2024-07-21 18:17:03池田さんは、日本中世史をまったく知らないと自己告白されておられるね。すでにこのことは述べているが、家名(名字)を与える前段階の、最下層の侍は存在する。「殿原」「若党」「家子」「被官」など呼称は様々だが、その中にはまだ名字を許されぬ者たちが存在している。主君から、活躍などが認められれば、名字を与えられ、家名を獲得できる。とりわけ、百姓身分(商人、職人も含む)から段階を経て、取立が行われ、名字(家名)は一番最後の栄誉。百姓身分など、侍身分以外からの取立は、一番最初は、主従の契約、扶持の授与、そして主従契約のうち侍としての奉公を認定されるのは、刀の授与となる。
2024-07-20 19:16:52ただ『信長と弥助』の記述に「破格の特別待遇を受けていた」とありますが、そんな前代未聞というわけでもなく
本能寺から遡ること4年前、信長公記の記録 「たびたびよい相撲を取ったとして召し出された人々は、のし付きの太刀・脇差・御服のかみしもを賜い、ご領中に百石ずつと私宅まで下され、名誉この上なくかたじけない次第であった。」
2024-06-28 19:44:40翌年、18歳の伴正林は、相撲大会で7人抜きの大活躍を見せ、扶持人として、私宅、資財、雑具、及び知行百石、のし付の太刀、脇差大小二つ、小袖、馬、皆具などを下されました。これも弥助よりも良い待遇です。
2024-06-28 19:45:58外国人さん、弥助が異例の特別待遇を受けたと勘違いしているので、相撲大会で活躍した名も知らぬ日本人14人に、待遇面で負けていることを画像でお知らせする試み。彼らは大小に加え所領100石を与えられています。 pic.twitter.com/kRBRzdFV6H
2024-06-29 13:17:18短刀と私宅を与えられ、時々道具持ちをした。これだけの記述を、ロックリー氏と海外の弥助信奉者が、「異例の厚遇で、小姓(弥助には絶対務まらない)で、出世を約束された30人のエリート集団で、武士の上層部に上り詰めた」という話にするから訳わからんことになるのです。
2024-06-28 19:50:23そんなわけで
しかし、本能寺の一次資料を見る限り、弥助が自らの意志で死地に赴いたという話自体は個人的に納得できる範囲です。すると史実の弥助が魅力的に思えてきました。 なろう系無双レジェンド侍ではなく、 救済と忠誠のストーリーとして x.com/laymans8/statu…
2024-05-26 11:43:23弥助は戦場で英雄的なことを成し遂げたわけではないけど、信忠を守るために戦ったことは記録されている。BBCやCNNなどで創作話「信長は弥助に介錯を頼み、自分の首を刀と共に息子に送り届けるよう頼んだという。これは絶大な信頼の証だ。」が史実と誤解されるように記載されているのが問題というだけ
2024-05-21 15:39:14
「弥助は友好の象徴」「弥助レジェンド化はそこまで大事にはならないだろう」という希望的観測でまとめましたが、日本文化の侮辱に繋がるノイズが見つかるようでしたら、このまとめを外国人さんに紹介してくださいな。
海外の掲示板やJapan Timesで『African Samurai』の日本人ファクトチェッカー扱いされていた桐野氏が、実際には日本版を一読して少し意見しただけだった件、「小姓だからエリート」という主張に待ったをかけていた件を追加しました。