トランプ氏銃撃 そのとき何が?

トランプ氏銃撃 そのとき何が?
「トランプ氏の演説の途中で銃声のような音が聞こえました。何が起きているかわかりません」

2024年7月13日、ペンシルベニア州バトラー。
東部時間午後6時15分ごろ(日本時間午14日午前7時15分ごろ)、ドナルド・トランプ前大統領が演説中に銃撃を受け倒れた。

NHKは日本のTVメディアでは唯一、その会場で直接、演説を取材。

取材班はステージ正面、カメラ撮影用に設けられた足場の上から一部始終を記録していた。

(アメリカ総局記者 森健一 / カメラマン 丹尾友紀)

副大統領候補 発表も?

「トランプ氏が選挙戦を一緒に戦う“ランニング・メイト(伴走者)”、副大統領候補を明らかにするかもしれない」

アメリカ政治取材を担うワシントン支局から「ニューヨークからクルーを出せないか」と相談を受けたのは、共和党大会を翌週に控えた11日のことだった。

11日はもともと、ニューヨーク州の裁判所でトランプ氏の不倫口止め料裁判の量刑言い渡しが予定されていた。

しかし、前の週になって9月に延期されることが決まり、ちょうどスケジュールに空きが出た私が急きょ、現地入りすることになった。

事前の登録が必要だが、撮影スペースは限られ、海外のテレビ局には割り当てられないことが多い。今回は前日に撮影が認められ、カメラマンの丹尾、プロデューサーのサラと3人で現地に向かった。

13日の朝。

ペンシルベニア州ピッツバーグから車でバトラーの会場に近づくと、目に入ってきたのは星条旗や共和党カラーの赤い服を来た人たちの姿。

敷地内のメディア用の駐車スペースに車を止めて、会場入り口まで歩いて向かう道沿いには、トランプ氏の顔やスローガンをあしらったトランプグッズを売る出店が並んでいた。
TVメディアはトランプ氏の登場が予定されている7時間前にセキュリティーチェックを受けてカメラや三脚などの撮影機材をセッティングしなければならなかった。

午後1時、一般の入場が始まった。

みな、会場でトランプ氏の姿を見るのを心から楽しみにしていることが、よくわかる。

金属を検知する簡易のゲートを通り、警察犬を連れた警察官によるバックパックの中身のチェックを受けなければならない。武器やドローンなどはもちろんのこと、風船、スプレー類、自撮り棒なども持ち込むことができない。

ほぼ手ぶらの人が多く、チェックを終えた人たちが次々に会場内に入っていく。

熱気に包まれる会場 待ち続ける支持者たち

「バトラー・ファーム・ショー・グラウンド」という屋外のイベント会場は、日陰の場所がほとんどなかった。

40度ぐらいあるのではないかと思い気温を見てみたが、30度を少し超えるくらい。

体感とは大きく異なる。
記者がパソコンで作業するために設けられたスペースは、会場の音響機材などが並んでステージがほとんど見えず、テントもないため、直射日光にさらされている。

カメラマン用の場所の隅でトランプ氏の姿を見ながら演説を聴こうと思ったのは、太陽のせいでもあった。

ジャケットを手すりにかけてつくった小さな日陰の中に座り、地元議員などの演説を聞きながらスマホで原稿を用意していた。
地元議員などの演説がすべて終わって予定の午後5時も過ぎたが、主役はなかなか姿を見せない。

選挙集会で予定に遅れが出るのはよくあることではある。

ステージ左右の大型スクリーンではミュージックビデオが流れている。

序盤の、映画「タイタニック」のテーマ曲や「ヤングマン」のころは、同じように直射日光をあびる支持者たちが機嫌よく踊る姿も見られた。

しかし予定を30分以上過ぎてくると、次の曲のイントロが流れるたびに、ため息と軽いブーイング、そして”We Want Trump!”という声が聞こえてきた。

私たちの位置からはステージ後方を行き来する車両も確認できる。ステージ後ろにある左右の建物の屋根には、警戒にあたるスナイパーが2人ずつ配置されたのも見えた。

トランプ氏が姿を見せたのは、予定より1時間遅れた午後6時ごろ。

演説台に立つと、待たされたことをすっかり忘れたかのような、支持者の大きな歓声が会場に響いていた。

「何が起きているかわかりません」

演説が始まった。

直接、トランプ氏の顔を見たのはニューヨーク州の裁判所以来だった。大型スクリーンで見る表情は、しかめ面で記者席をにらむように歩いていた裁判所での表情とは、当然ながら違う。

温かい支持者たちの前で“トランプ節”が続く。
ミュージックビデオが流れていた大型スクリーンに棒グラフが映し出された。

タイトルは「アメリカへの不法移民」。

横軸は時間の流れ、縦軸は不法移民の数を表していた。おそらく、ほとんどの人にはスクリーンに表示された説明書きは読めなかっただろう。

日ざしはなお強く、ジャケットで作った日陰にしゃがみ込んで演説を聴いていた。

「自分が大統領だったときには減少した不法移民の数がバイデン政権で急増した」と主張し、バイデン政権の移民政策を強く非難していた。

「少し古くて2、3か月前のデータだが」とグラフに触れながら、何かを補足で説明しようとしていたときだった。

「パン、パン、パン」
乾いた音が会場に響きわたり、トランプ氏は倒れた。

銃声だというのは、感覚的にわかった。会場の悲鳴も、それを裏付けているようだった。

スマホで映像を撮ろうと、とりあえず録画ボタンを押した。

最初の銃声が響いてから47秒後に入っていた自分の声は「トランプ氏の演説の途中で…銃声のような音が聞こえました。何が起きているかわかりません」という内容だった。

カメラを回し続ける

カメラマンの丹尾は違った。

ステージにレンズを向けたまま撮影を続けていた。何が起きたのか、何が起きているのか、説明する自分の声をカメラマイクに吹き込んでいた。

ボイスキャプションと呼ばれる手法だ。
トランプ氏の状況について、そのとき私が得られる情報のほぼすべてだった。

他のアメリカメディアのカメラマンたちも、立ったまま撮影を続けていた。

会場の人たちの動きを見ても、不特定多数を狙って銃を乱射しているわけではなさそうだった。散発的に聞こえていた銃声が止まり、しばらく経った。危険のピークは過ぎたと感じていた。

カメラを回し続けていた丹尾は、当時をこう振り返る。
瞬間を撮り損ねていないか、心配でたまらなかった。乾いた音が聞こえてきた左手方向にカメラを振り、銃撃した人間を探した。

怖さよりも冷静になっていく感覚があった。

1分ほどだったと後に知ったが、体感ではもっと長く感じた時間の後、シークレットサービスに抱えられて立ち上がったトランプ氏の見慣れた顔に血がついているのが見えた。
トランプ氏が拳を突きあげて「ファイト」と叫んでいるように見えたとき、この映像は今後も繰り返し使われることになるだろうと思った。

ステージを去るトランプ氏の姿をファインダー越しに追いながら、周囲の悲鳴や怒声に負けないよう、カメラマイクに向けて叫び続けた。

トランプ氏を乗せたSUVが会場を離れ、三脚から右手を離したその時、右手がブルブルと激しく震えていることに気付いた。

恐怖と、歴史的な瞬間に居合わせた実感が、急に押し寄せてきた。

「リベラル系メディアが事件を引き起こした」

取材クルー3人とも無事だと東京に伝え、この先の出稿や放送の相談をしなければならない。しかし、地方の町で多くの人たちが一斉にスマホを使っていたからだろう、まったくつながらない。

機能していたプロデューサーのサラのWifiにつないで東京に連絡できたのは、通話記録を見ると午後6時16分となっている。

トランプ氏が車に乗り込み会場をあとにすると、支持者たちもステージに背を向けて出口の方に動き始めた。

当時、現場では何の情報も得られていなかった。私たちは容疑者がすでに射殺されたことも、消防士の男性1人が亡くなり、2人が重傷を負ったことも知らないままだった。

会場の支持者たちは、自分たちも巻き込まれるおそれがあったにもかかわらず、全体としては極めて落ち着いていたように思う。

前の人を押しのけたり間をすり抜けたりする人の姿もなく、シークレットサービスや警察の指示に従ってセキュリティゲートがある方向に歩いて行った。
ただ一部の人は、興奮していた。

少し高い場所で、カメラを構えたまま緊急のニュース対応を続ける私たちメディアに対して、明らかに敵意のある視線を向け、激しい口調で叫んでいた。

「リベラル系のメディアのトランプ氏に対する報道姿勢が事件を引き起こした」

彼らが主張していたのは、そういうことだった。

一般の人たちとメディアのスペースを隔てる柵がなければ、こちらに向かってきてもおかしくないと感じた。

シークレットサービスの“圧”

そのころ、私たちは中継を行うための準備に移っていた。

まだ残っている支持者たちに話を聞きつつ、視界に入る情報を整理していると、一目でシークレットサービスだとわかる屈強な男たちがメディアのところに向かってきた。

「動け、動け」

有無を言わせない強い口調と身振りで押し出され、カメラマンたちはその場を離れていく。まもなく始まる中継まで待ってくれる、はずもなかった。

三脚やカメラそのものを置いたまま追われるようにして去った他社のカメラマンも少なくなかった。

幸い、私たちは同じ場所に3人かたまっていたので、持てる限りの機材を持ち出すことができた。出口の方へ向かって歩く。

300メートルから500メートルほど離れただろうか。シークレットサービスの男たちの圧が弱まると、三脚とカメラを据えた。

現地時間午後6時45分、特設ニュースが始まり、バックパックを下ろすのも忘れたまま、話し始めた。

トランプ氏はなぜ狙われたのか?

トランプ氏を狙ったトーマス・クルックス容疑者とは何者で、何が動機だったのか。

クルックス容疑者の自宅は選挙集会の現場から車で1時間ほど、州内有数の都市ピッツバーグの郊外の住宅地にある。

近所の住民や同じ高校に通っていた人たちに話を聞くと「おとなしい」「内気」「あまり話さない」などの印象は共通していた。
また、高校の射撃部の入部テストで不合格となったこと、自宅から車で15分ほどの場所にある会員制の射撃クラブのメンバーだったことなど、銃への関心をうかがわせる証言も出てきた。

一方で、「迷彩服やハンティングの服を着ていた」「いじめにあっていた」といった情報については否定する人もいて、数日間の取材でその人物像を正確に描くことは難しかった。

SNS上の書き込みなどの情報も限られ、政治的にどのような考えを持っていたのか、何が凶行に及ぶ動機だったのか、現在も明らかになっていない。

「変わったトランプ」より「変わらないトランプ」

血を流しながらも拳を突き上げて無事をアピールしたたくましさ。

大型モニターに目をやったことで銃弾の直撃を免れたという強運。

この日起きたすべての出来事が、支持者の目にはトランプ氏のリーダーとしての適性を表していると映っただろう。2日後に始まった共和党大会にトランプ氏は耳にガーゼをして現れた。
大会2日目、10メートルほどの距離から見た私の目にも、トランプ氏の表情はどこか穏やかで、包容力さえ感じさせた。

最終日の指名受諾演説の序盤、トランプ氏は事件について振り返り「私はここに立つべきではなかったのかもしれない」と殊勝に話すと、会場の支持者は「いや、立つべきだ」と応じた。

しかし、演説はいつもの調子に戻った。

移民や経済といった主要な課題についてのバイデン政権への批判と自らの主張にぶれはない。話しながら、少しずつ高揚しているようだった。
聴衆を前に「変わったトランプ」より「変わらないトランプ」を見せるほうがよいと、本能的に嗅ぎ取ったのかもしれない。

暗殺未遂事件を経て共和党を一枚岩にまとめあげたトランプ氏に、民主党はどう対抗していくのか。

アメリカ社会はさらに分断を深めながら、選挙戦は続く。
アメリカ総局記者
森 健一
2001年入局 名古屋局 クアラルンプール支局
カイロ支局などを経て現所属
紛争・移民・難民などをライフワークに取材
アメリカ総局 カメラマン
丹尾 友紀
2009年入局 千葉局、映像センター、社会部などを経て2022年より現所属
トランプ氏銃撃 そのとき何が?

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トランプ氏銃撃 そのとき何が?

「トランプ氏の演説の途中で銃声のような音が聞こえました。何が起きているかわかりません」

2024年7月13日、ペンシルベニア州バトラー。
東部時間午後6時15分ごろ(日本時間午14日午前7時15分ごろ)、ドナルド・トランプ前大統領が演説中に銃撃を受け倒れた。

NHKは日本のTVメディアでは唯一、その会場で直接、演説を取材。

取材班はステージ正面、カメラ撮影用に設けられた足場の上から一部始終を記録していた。

(アメリカ総局記者 森健一 / カメラマン 丹尾友紀)

副大統領候補 発表も?

「トランプ氏が選挙戦を一緒に戦う“ランニング・メイト(伴走者)”、副大統領候補を明らかにするかもしれない」

アメリカ政治取材を担うワシントン支局から「ニューヨークからクルーを出せないか」と相談を受けたのは、共和党大会を翌週に控えた11日のことだった。

11日はもともと、ニューヨーク州の裁判所でトランプ氏の不倫口止め料裁判の量刑言い渡しが予定されていた。

しかし、前の週になって9月に延期されることが決まり、ちょうどスケジュールに空きが出た私が急きょ、現地入りすることになった。

事前の登録が必要だが、撮影スペースは限られ、海外のテレビ局には割り当てられないことが多い。今回は前日に撮影が認められ、カメラマンの丹尾、プロデューサーのサラと3人で現地に向かった。

13日の朝。

ペンシルベニア州ピッツバーグから車でバトラーの会場に近づくと、目に入ってきたのは星条旗や共和党カラーの赤い服を来た人たちの姿。

敷地内のメディア用の駐車スペースに車を止めて、会場入り口まで歩いて向かう道沿いには、トランプ氏の顔やスローガンをあしらったトランプグッズを売る出店が並んでいた。
副大統領候補 発表も?
アメリカ ペンシルベニア州 バトラー
TVメディアはトランプ氏の登場が予定されている7時間前にセキュリティーチェックを受けてカメラや三脚などの撮影機材をセッティングしなければならなかった。

午後1時、一般の入場が始まった。

みな、会場でトランプ氏の姿を見るのを心から楽しみにしていることが、よくわかる。

金属を検知する簡易のゲートを通り、警察犬を連れた警察官によるバックパックの中身のチェックを受けなければならない。武器やドローンなどはもちろんのこと、風船、スプレー類、自撮り棒なども持ち込むことができない。

ほぼ手ぶらの人が多く、チェックを終えた人たちが次々に会場内に入っていく。
持ち込み禁止品を示す看板

熱気に包まれる会場 待ち続ける支持者たち

「バトラー・ファーム・ショー・グラウンド」という屋外のイベント会場は、日陰の場所がほとんどなかった。

40度ぐらいあるのではないかと思い気温を見てみたが、30度を少し超えるくらい。

体感とは大きく異なる。
記者がパソコンで作業するために設けられたスペースは、会場の音響機材などが並んでステージがほとんど見えず、テントもないため、直射日光にさらされている。

カメラマン用の場所の隅でトランプ氏の姿を見ながら演説を聴こうと思ったのは、太陽のせいでもあった。

ジャケットを手すりにかけてつくった小さな日陰の中に座り、地元議員などの演説を聞きながらスマホで原稿を用意していた。
演説開始前、強い日ざしに目を細める丹尾カメラマン
地元議員などの演説がすべて終わって予定の午後5時も過ぎたが、主役はなかなか姿を見せない。

選挙集会で予定に遅れが出るのはよくあることではある。

ステージ左右の大型スクリーンではミュージックビデオが流れている。

序盤の、映画「タイタニック」のテーマ曲や「ヤングマン」のころは、同じように直射日光をあびる支持者たちが機嫌よく踊る姿も見られた。

しかし予定を30分以上過ぎてくると、次の曲のイントロが流れるたびに、ため息と軽いブーイング、そして”We Want Trump!”という声が聞こえてきた。

私たちの位置からはステージ後方を行き来する車両も確認できる。ステージ後ろにある左右の建物の屋根には、警戒にあたるスナイパーが2人ずつ配置されたのも見えた。

トランプ氏が姿を見せたのは、予定より1時間遅れた午後6時ごろ。

演説台に立つと、待たされたことをすっかり忘れたかのような、支持者の大きな歓声が会場に響いていた。
登壇したトランプ氏(2024年7月13日)

「何が起きているかわかりません」

演説が始まった。

直接、トランプ氏の顔を見たのはニューヨーク州の裁判所以来だった。大型スクリーンで見る表情は、しかめ面で記者席をにらむように歩いていた裁判所での表情とは、当然ながら違う。

温かい支持者たちの前で“トランプ節”が続く。
「何が起きているかわかりません」
銃撃の2分前 演説するトランプ氏
ミュージックビデオが流れていた大型スクリーンに棒グラフが映し出された。

タイトルは「アメリカへの不法移民」。

横軸は時間の流れ、縦軸は不法移民の数を表していた。おそらく、ほとんどの人にはスクリーンに表示された説明書きは読めなかっただろう。

日ざしはなお強く、ジャケットで作った日陰にしゃがみ込んで演説を聴いていた。

「自分が大統領だったときには減少した不法移民の数がバイデン政権で急増した」と主張し、バイデン政権の移民政策を強く非難していた。

「少し古くて2、3か月前のデータだが」とグラフに触れながら、何かを補足で説明しようとしていたときだった。

「パン、パン、パン」
乾いた音が会場に響きわたり、トランプ氏は倒れた。

銃声だというのは、感覚的にわかった。会場の悲鳴も、それを裏付けているようだった。

スマホで映像を撮ろうと、とりあえず録画ボタンを押した。

最初の銃声が響いてから47秒後に入っていた自分の声は「トランプ氏の演説の途中で…銃声のような音が聞こえました。何が起きているかわかりません」という内容だった。

カメラを回し続ける

カメラマンの丹尾は違った。

ステージにレンズを向けたまま撮影を続けていた。何が起きたのか、何が起きているのか、説明する自分の声をカメラマイクに吹き込んでいた。

ボイスキャプションと呼ばれる手法だ。
カメラを回し続ける
トランプ氏の状況について、そのとき私が得られる情報のほぼすべてだった。

他のアメリカメディアのカメラマンたちも、立ったまま撮影を続けていた。

会場の人たちの動きを見ても、不特定多数を狙って銃を乱射しているわけではなさそうだった。散発的に聞こえていた銃声が止まり、しばらく経った。危険のピークは過ぎたと感じていた。

カメラを回し続けていた丹尾は、当時をこう振り返る。
撮影する丹尾カメラマン
瞬間を撮り損ねていないか、心配でたまらなかった。乾いた音が聞こえてきた左手方向にカメラを振り、銃撃した人間を探した。

怖さよりも冷静になっていく感覚があった。

1分ほどだったと後に知ったが、体感ではもっと長く感じた時間の後、シークレットサービスに抱えられて立ち上がったトランプ氏の見慣れた顔に血がついているのが見えた。
トランプ氏が拳を突きあげて「ファイト」と叫んでいるように見えたとき、この映像は今後も繰り返し使われることになるだろうと思った。

ステージを去るトランプ氏の姿をファインダー越しに追いながら、周囲の悲鳴や怒声に負けないよう、カメラマイクに向けて叫び続けた。

トランプ氏を乗せたSUVが会場を離れ、三脚から右手を離したその時、右手がブルブルと激しく震えていることに気付いた。

恐怖と、歴史的な瞬間に居合わせた実感が、急に押し寄せてきた。

「リベラル系メディアが事件を引き起こした」

取材クルー3人とも無事だと東京に伝え、この先の出稿や放送の相談をしなければならない。しかし、地方の町で多くの人たちが一斉にスマホを使っていたからだろう、まったくつながらない。

機能していたプロデューサーのサラのWifiにつないで東京に連絡できたのは、通話記録を見ると午後6時16分となっている。

トランプ氏が車に乗り込み会場をあとにすると、支持者たちもステージに背を向けて出口の方に動き始めた。

当時、現場では何の情報も得られていなかった。私たちは容疑者がすでに射殺されたことも、消防士の男性1人が亡くなり、2人が重傷を負ったことも知らないままだった。

会場の支持者たちは、自分たちも巻き込まれるおそれがあったにもかかわらず、全体としては極めて落ち着いていたように思う。

前の人を押しのけたり間をすり抜けたりする人の姿もなく、シークレットサービスや警察の指示に従ってセキュリティゲートがある方向に歩いて行った。
会場を出るトランプ氏の支持者たち
ただ一部の人は、興奮していた。

少し高い場所で、カメラを構えたまま緊急のニュース対応を続ける私たちメディアに対して、明らかに敵意のある視線を向け、激しい口調で叫んでいた。

「リベラル系のメディアのトランプ氏に対する報道姿勢が事件を引き起こした」

彼らが主張していたのは、そういうことだった。

一般の人たちとメディアのスペースを隔てる柵がなければ、こちらに向かってきてもおかしくないと感じた。

シークレットサービスの“圧”

そのころ、私たちは中継を行うための準備に移っていた。

まだ残っている支持者たちに話を聞きつつ、視界に入る情報を整理していると、一目でシークレットサービスだとわかる屈強な男たちがメディアのところに向かってきた。

「動け、動け」

有無を言わせない強い口調と身振りで押し出され、カメラマンたちはその場を離れていく。まもなく始まる中継まで待ってくれる、はずもなかった。

三脚やカメラそのものを置いたまま追われるようにして去った他社のカメラマンも少なくなかった。

幸い、私たちは同じ場所に3人かたまっていたので、持てる限りの機材を持ち出すことができた。出口の方へ向かって歩く。

300メートルから500メートルほど離れただろうか。シークレットサービスの男たちの圧が弱まると、三脚とカメラを据えた。

現地時間午後6時45分、特設ニュースが始まり、バックパックを下ろすのも忘れたまま、話し始めた。
2024年7月14日午前7時45分 特設ニュースでの中継

トランプ氏はなぜ狙われたのか?

トランプ氏を狙ったトーマス・クルックス容疑者とは何者で、何が動機だったのか。

クルックス容疑者の自宅は選挙集会の現場から車で1時間ほど、州内有数の都市ピッツバーグの郊外の住宅地にある。

近所の住民や同じ高校に通っていた人たちに話を聞くと「おとなしい」「内気」「あまり話さない」などの印象は共通していた。
トーマス・クルックス容疑者
また、高校の射撃部の入部テストで不合格となったこと、自宅から車で15分ほどの場所にある会員制の射撃クラブのメンバーだったことなど、銃への関心をうかがわせる証言も出てきた。

一方で、「迷彩服やハンティングの服を着ていた」「いじめにあっていた」といった情報については否定する人もいて、数日間の取材でその人物像を正確に描くことは難しかった。

SNS上の書き込みなどの情報も限られ、政治的にどのような考えを持っていたのか、何が凶行に及ぶ動機だったのか、現在も明らかになっていない。

「変わったトランプ」より「変わらないトランプ」

血を流しながらも拳を突き上げて無事をアピールしたたくましさ。

大型モニターに目をやったことで銃弾の直撃を免れたという強運。

この日起きたすべての出来事が、支持者の目にはトランプ氏のリーダーとしての適性を表していると映っただろう。2日後に始まった共和党大会にトランプ氏は耳にガーゼをして現れた。
トランプ氏と副大統領候補に指名されたバンス氏(ウィスコンシン州 2024年7月16日)
大会2日目、10メートルほどの距離から見た私の目にも、トランプ氏の表情はどこか穏やかで、包容力さえ感じさせた。

最終日の指名受諾演説の序盤、トランプ氏は事件について振り返り「私はここに立つべきではなかったのかもしれない」と殊勝に話すと、会場の支持者は「いや、立つべきだ」と応じた。

しかし、演説はいつもの調子に戻った。

移民や経済といった主要な課題についてのバイデン政権への批判と自らの主張にぶれはない。話しながら、少しずつ高揚しているようだった。
聴衆を前に「変わったトランプ」より「変わらないトランプ」を見せるほうがよいと、本能的に嗅ぎ取ったのかもしれない。

暗殺未遂事件を経て共和党を一枚岩にまとめあげたトランプ氏に、民主党はどう対抗していくのか。

アメリカ社会はさらに分断を深めながら、選挙戦は続く。
アメリカ総局記者
森 健一
2001年入局 名古屋局 クアラルンプール支局
カイロ支局などを経て現所属
紛争・移民・難民などをライフワークに取材
アメリカ総局 カメラマン
丹尾 友紀
2009年入局 千葉局、映像センター、社会部などを経て2022年より現所属

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