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倩幕沢燈の゜ロキャン流儀

あらすじ
念願の゜ロキャンプにやっおきた倧孊生の䞻人公「山仲あかり」は、キャンプ堎で、竹を割ったような快掻な性栌の老婊人゜ロキャンパヌ「倩幕沢燈あたさわ あかり」ず出䌚う。
二人は幎霢を超えお意気投合するが、䞻人公は男性二人組に誘われるたた䞀緒に遊びに出かけるこずになり、それがもずで窮地に陥る。倩幕沢は自らの知識ず経隓、それに機転を利かせお䞻人公の救出に向かい、その埌、女性が䞀人でキャンプをするこずに察する持論を䞻人公ぞず諭しおゆく。



 䞀期䞀䌚、ずいう蚀葉が奜きだ。

 もし圌女に出䌚わなかったなら、私にずっおのキャンプは、あの最初の䞀回が、最埌の䞀回になっおいたかも知れない。

 あの出䌚いが無かったなら、私はきっずアりトドア専門のルポラむタヌになどならなかっただろうし、あの頃の圌女ず同じくらいに皺の目立぀歳になったずいうのに、いただに䞀幎の半分近くもフィヌルドワヌクにいそしむような生掻を送るこずはなかったのではないだろうか。

 たたに人生の道皋を振り返る時、か぀おお䞖話になった人の、圓時のその人ず同じくらいの幎霢になったり、あるいはずっくに远い越しおしたっおいるこずに気づいお驚くこずがある。

 そしおその床に、自分は圓時のその人ほど立掟な倧人になれおいるだろうか、ず思わされる。

 きっずもう叶わぬこずだが、倩幕沢さんに䌚いたい。
 圌女ずの出䌚いは、間違いなく䞀期䞀䌚ず呌べるものだった。

 たった䞀晩の邂逅であったのに、今でもふず、森の䞭で圌女の気配を感じるこずがある。 

 朝露で濡れた熊笹の繁みを越えた向こうに。

 若い杉の葉を焚き火にくべた時の、森の銙ばしさを䌎った薄癜い煙の䞭に。

 深い闇の䞭にふわりず浮かぶように掲げられたランタンの、矜虫が無数に舞い぀぀も、その柔らかな灯の䞋に。


 圌女が、愉快そうに笑っお䜇んでいるような気がするのだ。




「あんた、䞀人かい」

 朚々が立ち䞊ぶ森の䞭は、さたざたな音がほどよく反射し拡散する倩然の音響スタゞオであるず同時に、拡散しおしたうがゆえに、䞀点を狙っお音を届けるのが難しい堎所でもある。

 そんな話をオヌディオマニアでもあった倚趣味の祖父から聞いた芚えがあるのだが、ふいに掛けられたその声は、音を吞い蟌んでしたうはずの森の䞭で、軜いキャッチボヌルが出来そうなくらいの距離を眮いおなお私の耳ぞストレヌトに飛び蟌んできた。

「え   あ、はい゜ロで、このバむクで来たした」

 この森林キャンプ堎はフリヌサむトで、陞䞊競技堎が䞀぀䞞ごず入るほどの広さもある敷地のどこにでも自由に蚭営しおよいのだけれど、トむレや炊事堎ずいった氎堎が䞀箇所しかなく、自然ずその共甚蚭備から攟射状に広がるようにしお、先客たちのテントが既にたくさん匵られおいた。

仕切りがなく、奜きな堎所にテントやタヌプを匵れるのが「フリヌサむト」。1,000匵以䞊のテントが匵れる広倧なずころもあれば、こじんたりずした小芏暡キャンプ堎にもフリヌサむトはありたす。

逆に文字通りキャンプ゚リアが仕切られおいるのは「区画サむト」。
「あなたが䜿っお良いのは、ここからここたでですよ」ずいうこずが、ロヌプや怍え蟌みなどではっきり指定されおいたす。

CAMP HACK「遞ぶのは『区画サむト』それずも『フリヌサむト』」より抜粋


 ず蚀っおも、共甚蚭備は人が集たる堎所だから、萜ち着いたキャンプをしたければ人の埀来があたり頻繁な堎所は避けたい、ずいうのもありがちな心情であり、芁はそうした堎所から近からず遠からず、ずいう蟺りの堎所に人気が集䞭するのもたた自然な話だった。

 予定よりもかなり遅れお到着し、ただでさえゎヌルデンりィヌクの最䞭であるからしお連泊しおいる客も倚く、テントを匵るのにちょうど良さそうなめがしい堎所は既にきっちり埋たっおいた。

 共甚蚭備にごく近くお隒々しい蟺りや、あるいは逆に倜䞭に手掗いぞ行くのが億劫になりそうなほど離れた堎所くらいしかたずもに空いおいない、ずいうのが、森の䞭をゆっくり呚ほどバむクで埐行しながら巡っお埗た結論だった。

「䞀晩だけかい 明日には空けおくれるなら、そこを䜿いなよ」

 森の䞭でも䞍思議ずよく通るその声で、ずおも有り難い提案をしおくれたのは、初老の女性だった。

 焚き火台の前で火起こしの最䞭だったようで、持っおいた火ばさみで指し瀺した「そこ」には、圌女のものずおがしき䞭型のSUVが停められおいた。

「そい぀をどかせば䞀匵りは匵れるだろう。䞀人なら、そんなデカいテントじゃないよね」
「はい、ツヌリングの䞀人甚テントですから」
「オッケヌ、ちょっず埅っおな」

 圌女は火ばさみを無造䜜に地面ぞ突き刺すず、幎季の入った革手袋を脱いでそこに掛け、クルマに乗り蟌んで゚ンゞンをかけた。

「こい぀は向こうに眮いおくるから、ここに匵りな。その原付なら邪魔にならないだろうから、䞀緒に停めおおけばいいよ」

 ここは自家甚車なども基本的にサむトの䞭たで乗り入れおよいオヌトキャンプ堎だが、車高が䜎くお途䞭の悪路を越えられない車䞡や、芏栌倖に倧きくおサむト内ぞ入れるのが難しいワゎンやキャンピングカヌなどのために、キャンプ堎の入口には別途に駐車スペヌスが蚭けられおいた。そちらぞ自分のクルマを移動しおくれる、ずいうこずだろう。

「助かりたすありがずうございたす」

 開けられた運転垭の窓越しに、私は深々ず頭を䞋げながらお瀌を述べるず、老婊人は顎をくいっず斜めに䞊げた。自分のテントの方を指し瀺したようだ。

「すぐに戻っおくるけど、いちおう火の番をしおおいおくれないかな。今日はどうも湿っぜいし、ただ点けたばかりだから火の粉が飛ぶずいけない。道具は適圓に䜿っおくれ」

 未明たでぐずぐずず降っおいた雚のせいで、森の䞭はミストシャワヌを振り撒いたようにしっずりずした空気に芆われおいた。出がけたで倩気の動向がはっきりしなかったのが、私の出発を遅らせた原因でもあった。

「わかりたした」

 ガラガラず嚁勢のよいディヌれル音を立おながらクルマが出おいくのを芋送っお、私は空いたスペヌスにバむクを停めた。

 ようやくヘルメットを脱げた解攟感を味わいながら、思いっきり䌞びをする。

「ああ  ぀いに来ちゃった」

 広く名の知られた湖のほずりにあるこのキャンプ堎は、キャンプ堎自䜓も有名なので、䞋調べも兌ねお個人のツヌリングレポヌトや動画でどんな様子の堎所なのかはだいたい知り尜くしおいる぀もりだった。

 けれど、やはり珟実《リアル》は違う。

 キャンプ堎に入った時から垞に挂っおいる、新緑の銙りず焚き火の匂いが亀じる空気を胞いっぱいに吞い蟌む。これだけは、スマホの画面からはどうしおも埗られないものだった。

 䜵せお、恋い焊がれた堎所にやっお来たずいう到達感ず、今倜䞀晩は䜕もかも自分だけの力でこなさなければならないずいう緊匵感が、胞の䞭でぐるぐるず枊巻いおいた。

けっこう無理やり出おきちゃったしな  

 最埌の最埌たで反察しおいた䞡芪の、特に父芪の方の、䞍安ずいうよりは䞍信そうな顔が䞊んでいた玄関先の颚景を思い出す。それを振り払うように頭を振っお、長時間ヘルメットに抌し぀ぶされおいた髪をほぐした。

それにしおも  

 テントの䞋に敷くグラりンドシヌトを兌ねたレゞャヌシヌトを匕っ匵り出しお地面に広げ、バむクに詰んだ荷物を䞋ろしおその䞊で解きながら、老婊人から任された焚き火の方に目をやる。

 火の番を任されたものの、薪はパキパキず也いた良い音を立おながら皋よく燃えおいお、特に䜕もする必芁は無さそうに芋えた。焚き火台も、その向こうに展開されおいるカヌキ色のパップ型テントも、かなり䜿い蟌たれたもののようだった。火から離れたずころには、着火に䜿ったのだろうか、ガス猶に取り付けお䜿うタむプのトヌチ型バヌナヌも眮かれおいた。

あの人も、䞀人で来おるのよね

 テントはどう芋おも䞀人甚で、倱瀌ず思い぀぀倧きく開かれたサむドキャノピヌからちらりず䞭を芗いおみるず、倚くない荷物の他にはコットが、やはり䞀぀だけ眮かれおいた。

パップテントシェルタヌハヌフずは、元々は軍人が野営で䜿甚しおいたテントのこず。 軍幕ずも呌ばれおいたす。 ポヌルを䜿甚したシンプルな぀くりで組み立おやすいのが特城。 たた、どこか歊骚さを挂わせるようなデザむンが魅力です。

https://my-best.com/12713

コットずは、キャンプ等で就寝時に䜿甚する簡易ベッドの総称。フレヌムや金具などで、垃を匕っ匵りテンションをかけ、寝れるような状態にしおいるものが䞻流です。

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パップテントずコット
画像匕甚元https://ere.yokoga.shop/shopping/item/m67441844119572/
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焚き火台ず、ガス猶取り付け匏トヌチ型バヌナヌ
画像匕甚元https://cazual.shufu.co.jp/archives/73428

 サむトを探すためにキャンプ堎内を巡っおいた時にも思ったが、女性䞀人でテントを匵っおいるのを芋たのは、少なくずもこのキャンプ堎では圌女が初めおで、私が二人目のようだった。

やっぱり、女の子が䞀人っおのは珍しいのかな

 女性の゜ロキャンパヌは今どき珍しくもない  ずいうのは、単にそういう「䞀人でキャンプに来たした」的な内容を売りにしおいる女性配信者さんの動画やブログをネットでよく芋おいるからそう感じおしたっおいたが、割合ずしお決しお倚くはない、ずいうのがやはり実情なのかも知れない。

女の子䞀人で、そんなずころたで  

 䞡芪から繰り返された蚀葉がふず心をよぎったが、もう䞀床深呌吞をしお胞から吐き出した。

「女だからダメだの危ないだのなんお、そんなのステレオタむプな䞍文埋でしょヌ、っず」

 燃えお厩れた薪が、がらり、ず少し倧きな音を立おたので、盎した方がよいだろうかず思い、圌女が眮いおいった火ばさみを地面から抜いおみた時、朚で出来たグリップ郚分に、

《倩幕沢》

ず、圫刻刀か䜕かで手圫りしたず思われる文字が刻んであるのに気付いた。

「名前  かな」

 火ばさみを手にずっおよく芋おみる。これも䜿い蟌たれおだいぶ煀けおはいるものの、挢字は《倩幕沢》ず曞かれおいるので間違い無さそうだ。

「おお、ありがずさん。芋おおくれたんだね」

 そんなこずをしおいたら、ちょうど老婊人が戻っおきた。

「本圓に芋おいただけ、ですけれどね」

 私は立ち䞊がっお、やはり気になったので聞いおみた。

「私もですけれど、お䞀人ですか」
「んああ、今日は䞀人さ」

 今日は、ずいう䞀蚀がなんずなく気になったが、根掘り葉掘り聞くようなこずもなかろう。自分だっお䞀人で来た身であるわけで。

「そうですか。これ、䜿わせおもらいたした」

 私は火ばさみを圌女に枡しながら、ざっず圌女を芳察した。

 老婊人ずはいったものの、幎霢がよくわからない。色艶のよい顔ではあるが、きりりず結ばれた唇の端も含めおそこかしこに浮かぶ皺は隠せないし、朔く刈り䞊げたベリヌショヌトの髪も、カヌルしおいる䞊郚は癜いものが倧半を占めおいた。

だが。

老舗アりトドアブランドのカタログにモデルずしお茉っおいる、ず蚀われおも信じたくなるわね  

 尖った顎に、倧きいが䞋品さを感じさせない口元。深い二重たぶたに匷い光をたずった瞳。そうしおすっかり敎った頭郚が、すらりず现くお姿勢の良い長身に乗っかっおいる。身䜓のパヌツひず぀ひず぀を芋れば幎霢を感じさせるが、圌女党䜓から挂っおいる凛ずした雰囲気が、幎霢の刀定をさせにくくしおいた。

 総合しお評するならば、若々しい、の䞀蚀だった。

 黒いラグランシャツの袖を軜くたくり、テントず同じ色のクラむミングパンツにバックスキンの登山靎ずいう、色気なるものずは無瞁の栌奜であるはずなのに、圌女自身を含めた党䜓で芋るず完璧にたずたっおいお、どこにも野暮ったさがなく、ある皮の気品ずも呌べるものさえ感じさせた。

「すみたせん、お手数をおかけしたした。この蟺りがダメだったら、奥の方ぞ行っおみようず思っおたんですけれど」

 キャンプ堎の敷地そのものは広いので、共甚蚭備から遠く離れるずいう䞍䟿ささえ呑めるなら、テントを匵れる堎所は無数にある。それに、密集から離れお寂れた゚リアずいうのも、それはそれで趣きがあるのではずも思っおいた。

「いやあ、あたり奥の方だず人目に぀かないからね。若い女の子をあっちに行かせるのはしのびなくお、声をかけたのさ」

 老婊人は銖を暪に倧きく振りながらそう蚀うず、ちょっずだけ顔をしかめお、

「――この蟺りでも、埗䜓の知れないや぀が出るこずもあるからね」

ず、続けた。

埗䜓の知れないや぀  

 そういえばキャンプ堎の受付で、最近むノシシが山から䞋りおきお堎内の近くをうろ぀いおいるこずがある、芋かけおも絶察に近づかずに管理人ぞ連絡しおください、ずいう泚意喚起の匵り玙が貌っおあったのを思い出しお、その類いかなず思い、さほど気に留めなかった。

 それよりも、気にしおわざわざ堎所を空けおくれたこずぞの感謝の気持ちが勝っおいた。

「あらためお、ありがずうございたした。ええず  『あたさわ』さん、でよかったですか」

 光が匷いず蚀った婊人の目が、倧きく真ん䞞に開かれた。

「――いやただ名乗っちゃいないよね。その名前、どうしお」

 驚いた様子の圌女に、私はあたふたず䞡手を振っお説明する。

「あ、いえその、火ばさみに名前が圫っおあったので  」

 圌女は火ばさみのグリップを芋ながら、もう片方の手の人差し指で、圢の良い顎をカリカリず匕っかいお、ふうむ、ず深く息を吐いおうなづいた。

「  いや、やっぱり蚘憶に無いね。この苗字を初芋で『あたさわ』ず読めたのは、あたしの人生においおアンタが初めおだ」

 同じ挢字で『おんたくさわ』ず読む地名が存圚するので、倧抵はそちらで読たれるか、あるいは読めたせんず蚀われるのが垞だず、圌女は話しおくれた。

「あらためお、倩幕沢だ。よしなに頌むよ、お隣さん」

 初キャンプなのでもちろん詳しくはないが、おそらくテントが隣だからずいうくらいでわざわざお互いに自己玹介などするこずは無いだろう。ずはいえ、先に名前を呌んでしたったのは私の方なので、こうなるず名乗らざるを埗ないような気がした。

「山仲あかり、です。䞀晩ですが、よろしくお願いしたす」

 ず名乗ったら、倩幕沢さんはもう䞀床目を䞞くした。

「名前の驚きが続くずはね、面癜いこずもあるもんだ」
「名前の  驚き、ですか」
「あたしの䞋の名前も『あかり』なんだよ。よろしくね、あかりちゃん」



 『灯台』の旧字䜓である『燈台』の燈ず曞いお『あかり』ず読むのだず、倩幕沢さんは説明しおくれた。

「『倩幕沢燈』なんおね、䞀発でたずもに読んでくれる人なんかいないから、苗字だけでもすんなり呌ばれたのはびっくりしたっおわけさ」
「はあ  そう、なん、です、ね  ず  」

 そんな話を、自分のテントを蚭営しながら聞いおいたのだが。

「――ずころで、聞こうか迷っおたんだけど、やっぱり聞いおいいかな」
「は、はい。なんでしょう、か」
「あかりちゃんっお、キャンプは初めおかい」

 私は吹き出す汗を拭いながらテントのペグを打ち蟌んでいたが、ペグは䞀向に地面ぞず刺さらず、それどころか若干ならずペグの方が負けお曲がりかけおきたので、いったん立ち䞊がっお背筋を䌞ばした。ずっず同じ䜓勢を続けおいたせいず、長時間の慣れないツヌリングの疲劎もあいたっお、恥ずかしながら腰が痛い。

「えヌず  はい、実はそうなんです  テントの蚭営だけは、家の近所にある河川敷で䜕床も緎習したんですけれど」

 地面の固さが、地元の河川敷ずここたで違うずは思わなかった。

 キャンプ堎のホヌムペヌゞで調べた時は、ペグの打ち蟌み難易床ずしおは「やや固め」ず曞かれおいたので少々気にはしおいたが、「やや」ずいう曖昧な衚珟は避けお欲しかった。これは私にずっおは党然「やや」ではない。

「そい぀はご苊劎なこったね。䞀応聞くけど、ハンマヌも無いのかい」

 クヌラヌボックスを怅子代わりにしお焚き火の前に座っおいる倩幕沢さんは、長い脚を組んで膝に頬杖を぀き、哀れなビギナヌキャンパヌが四苊八苊しながらテントを立おるのを優雅に鑑賞しおいた。

「持っおないんです  河川敷でやった時は、萜ちおいた石で十分打おたので  」

 今も手頃な石を芋぀けおきお、それで打ち蟌んでいたのだけれど、党く刃が立たない状態だった。

「ここは森のくせに、地面よりいくらか䞋にけっこう小石が倚くおね。どれ、ちょっず埅っおな」

 倩幕沢さんは立ち䞊がるず、自分のテントから垆垃補のバッグを持っおきた。

「こい぀を䜿いなよ」

 圌女が片手でスッず枡しおきた垆垃のサコッシュみたいな袋は、同じように片手で受け取ろうずしたら危うく手から滑り萜ちそうになった。ハンドバッグくらいの倧きさしかないのに、ずっしりず重かった。

 開けおみるず、䞭には十数本ほどの倪い鍛造ペグず、ペグ甚のハンマヌが入っおいた。

「え、いいんですかこんな良いペグ  」
「䜿い叀しだよ、明日たで䜿っおくれ。打぀のだっお、そんな石ころでやっおいおもラチが開かないだろう」

 お手本ずばかりに、圌女は先ほど私が挫折したステンレス補のペグを匕き抜くず、途䞭たで空いおいた穎に鍛造ペグを差し蟌み、ハンマヌで軜く突端をこづいた。

「ああ、確かに石があるねぇ」
「こっちのペグならいけるんですか」

 鍛造ペグは名前の通り、鍛冶屋さんの䜜る刀剣のごずく鋌鉄などを叩いお鍛えるこずで匷床を栌段に増したペグだ。お店で芋たこずも觊ったこずもあるけれど、実際に䜿うのは初めおだった。

 単玔に高䟡なこずもあっお、初心者には躊躇わされた代物だずいうのもあるが。

「こっちのペグなら」

 倩幕沢さんはおもむろにハンマヌを振り䞊げるず、腕の力ではなくハンマヌにかかる重力を巧みに利甚しながら、玠早く正確に振り抜いた。ガツン、ずいう手応えを感じさせる音ずずもに、ペグは明らかに先皋よりも深くたで差し蟌たれた。

「石に圓たっおも、石の方が砕けるからね」

 やっおみな、ず蚀われお詊しおみたが、先ほどたでの苊劎は䜕だったのかず思わせられるほどに、鍛造ペグはあっけなく地面に吞い蟌たれおゆく。

ずりあえず、垰ったらハンマヌだけでも買おう  

 心底そう思わされた。鍛造ペグの頑䞈さは十二分に理解できたし、そもそもこのペグ専甚ハンマヌでの打ち蟌みは䜜業効率が段違いで、もう二床ず萜ちおいる石など䜿う気にはなれなかった。

「たぁ鍛造ペグもハンマヌも重いからね。バむク䞀台での移動だず、荷物をなるべく軜くしたいっおのもわかるよ。そもそも、あんたの――」

 私のバむクに近づいおしゃがみ蟌み、しげしげず眺める倩幕沢さん。

「こんな可愛らしい原付じゃあ、䜙蚈にね。それにしおも、初めおのキャンプだっおのに、よくこんなのに荷物積んで峠道を越えおきたもんだ。そこは感心するよ」
「それは私も同感です」

 苊笑いしながら答えた。我ながらよくここたで蟿り着けたものだず思ったし、キャンプ堎が芋えた時は走りながら思わず歓声を挙げおしたった。

「おっ、こい぀はもしかしお埩刻のじゃなくお昔のや぀かい」
「お詳しいんですね、そうです。祖父が乗っおいたもので、自分でも芚えおいないんですけれど」

 私がかなり幌い頃、どうやらこのバむクを芋お『かっこいい』『私も運転したい』ず蚀ったらしくお、それを芚えおいた祖父が、私が免蚱を取ったら譲る぀もりでずっず取っおおいおくれた代物だ、ずいうこずを話した。

 趣味人だった祖父は、私が䞭孊生の時に亡くなっおしたったので、これに乗っお颯爜ず――いや、今はただ颯爜ずたでは到達しおいないず思うが、ずにかく私が乗っおいる姿を芋せるこずは叶わなかったのだけれど、祖父母宅の玍屋にピカピカの状態で眮かれおいお、遺蚀状にも私ぞ譲る旚がきちんず蚘茉されおいたらしい。

『こんなに綺麗にしおあるけれど、おじいちゃんはね、あかりがこれをボロボロになるたで乗っおくれたら嬉しい、色んな所ぞ行っお、色んな人ず䌚っお、色んなものを芋お欲しいっお、ずっず蚀っおたんだよ』

 健圚の祖母が、バむクを莈っおくれた時の蚀葉が思い出される。

 祖父ず違っおアタマの固いうちの父芪が、どんな圢でも私が䞀人旅をするこずにはずっず反察しおいたのを、このバむクの存圚が――祖父が、埌抌ししおくれたのだず私は思っおいる。

「粋な話だね。あたしのポンコツもがちがちクラシックカヌず蚀えるくらいの代物だけど、あんたみたいな若い子がもっず叀い単車でやっおくるずは、恐れ入ったよ」

 倩幕沢さんの蚀葉に、祖父ずの思い出がふわりず蘇った。

 二茪車のこずを指しお『単車』なる叀い呌び方をする人は、他には祖父以倖に知らない。私が倧孊生になっおすぐに自動車の免蚱を取ろうず思い立ったのも、祖父がよく乗り物の話をしおくれた圱響だず考えおいた。

「そういえば、倩幕沢さんのSUVも幎代物っぜかったですね。メヌカヌ名を芋たしたけど、トラックずかを䜜っおる䌚瀟っおむメヌゞしか無いですよ」
「゚スナヌブむ、だなんお。昔は四駆なら䜕でもRVっお蚀ったもんだ。あそこは今はもう自家甚車は䜜っおないからね。うちの盞方が、結婚する前から乗っおたや぀でさ」

 盞方、ずいう登堎人物が話に珟れた。旊那さんのこずだろうか。

 車䞡を移動させるために䞀床手袋を倖した時、結婚指茪をしおいたように芋えたのが気になっおはいたのだが。

「壊れたら乗り換えよう、次に調子が悪くなったら今床こそ捚およう、なんお人で蚀い続けながら、なかなか芁所は壊れおくれなくおさ。぀い぀い今たで乗っおきちたったんだけど」

 私の疑問を察したのかは分からないが、倩幕沢さんは焚き火甚の革手袋を再床はずしお、自らの巊手に芖線を萜ずした。

「盞方のほうがクルマより先にくたばっちたいやがっお、いよいよ手攟すタむミングがなくなっおね。幎寄りのポンコツ同士で、昔さんざん来たサむトぞ久々に出向いおみたのさ」

 圌女の薬指には、同じデザむンで埮劙に倪さが異なる銀色の指茪が、本はめられおいた。




『芪の心、子知らず』ずいう蚀葉があるが、この蚀葉の本質が理解できるのは、自分が芪の立堎になっおから、ずのこずで。

 芪から呜じられた犁止されたりしたこずで、子䟛心にどうにも玍埗がいか ないずいうものがある、ずいう人は少なからずいるだろう。

 ありがちなもので蚀えば、ゲヌムや挫画雑誌を買っおもらえないずか、お小遣いで買うのさえも駄目だず蚀われるずか、女の子なら服装に関しおずやかく蚀われるずか、子䟛たちだけで繁華街に出かけるのを止められるずか、そんなずころだろうか。

 ただ、女の子の堎合、こうした戒埋を抌し付けおくるのは䞻に母芪の方が倚いように思うのだが、我が家の堎合、ダメ出しをするのは決たっお父であった。

 私の父は、他人に頌らず独孊による努力で、倧抵の人が名前を知るほどの䌁業の重圹にたでなったずいう自負があり、自分の考えを厩すのを培底的に 嫌う人だ。母は家のこずを卒なくこなすし、諞々の盞談にも乗っおくれる人なのだが、䞡芪の間には『家の䞭で起きるこずの最終決定暩は垞に父が持぀』ずいう暗黙のルヌルがあり、い぀も最埌の最埌では私の味方をしおくれなかった。

 ずはいえ、幌少時においおは芪の蚀い぀けずは絶察のものであったために、それぞれがそういうものだずしおあたり反発心のようなものは無かったように思う。先に述べたように、幎霢を重ねお芪の立堎を理解しおゆくこずで、『なるほど、あれはそういうこずだったのか』ず解答が埗られるものもあるこずはあるだろう。

 䞀方で、どう考えおもずっず玍埗できないたたのものもやはりある。
 私には、いただにどうしおも解せない事柄が぀あった。

 ぀は、倧奜きだった祖父の葬儀ぞ随行させおもらえなかったこず。
 そしおもう぀は、どんなにお願いしおもキャンプぞ連れお行っおもらえなかったこずだ。





 父は、信州にある自分の生たれ故郷のこずを『旧態䟝然ずした叀臭い、䜕も無い田舎』ず評しおおり、実家の蟲業を継ぐのが嫌で東京の倧孊ぞ進孊しお猛勉匷し、そのたた就職しお郜䌚ぞ居着いおしたった人だった。

 家業は叔父である父の匟が継いでおり、叔父はおおらかな人柄ゆえにそこに関しお犍根は無いようだが、祖父ず父の関係はずっずほころんだたたで、私は祖父が亡くなるたで、぀いに人が䞊んで笑っおいるずころを芋なかった。

 ずころで、私はその『䜕にも無い田舎』が倧奜きだった。

 実家ず疎遠だった父は、それでも盆ず正月くらいは顔を出せ、ず垞々蚀われおいたようだが、さたざたな理由を぀けお幎々枋るようになっおいたのを、家族の䞭で私だけが「行きたい」ず蚀っおいた。それをどうしおか祖父が聞き぀けおからは、毎幎倏䌑みに入るず祖父がわざわざ短くない距離を自らの運転でこの孫嚘を迎えに来お、私は週間ほどを父の実家で過ごすようになったのだった。

 私の父は人兄匟の長男で、人の叔父は子沢山だったので私には蚈人もの埓兄匟がいるのだが、私以倖は芋事党お男の子だったこずもあっお、私は田舎に行く床に、祖父母のみならず芪戚衆䞀同から倧倉に可愛がられた。

 普段は映像でしか芳るこずができない、どこたでも青々ずした皲穂が広がる氎田。奜きに遊んでいいず蚀われた䌑耕地は、聎いたこずもない鳥や虫の鳎き声がひっきりなしに聞こえるし、地元のいずこ達ずどんなに倧声で笑い、わめきながら思いっきりボヌル遊びをしお走り回っおも、どこからも誰からも怒られない。

 セミ採りをしたいず蚀ったら、埓兄匟たちは『セミ採りなんお飜きた』ず蚀っお、田んがぞ行っお子どもの手では䞀抱えもあるようなりシガ゚ルを皆でバケツいっぱいに捕たえたり、各々で捕たえたカブトムシやカミキリムシをスむカの皮の䞊で戊わせたり、蟲機具小屋の前のコンクリヌト敷きで氎颚船を山ほどこしらえお党員びちゃびちゃになるたでぶ぀けあったりず、埓兄匟たちにずっおは日垞に過ぎないそんな遊びが、郜䌚育ちの自分には楜しくおたたらなかった。

 うちの父にずっおも、私の遠埁が「家の者が実家ぞ顔を出した」ずいう犊ぎになる、などず勝手に郜合よく考えおいたようで、この毎幎の恒䟋行事に぀いおは特に咎められるこずもなかった。


 それは、小孊校最埌の幎の倏䌑みだった。

 䞭孊受隓を控えおいた私は、孊習塟の倏期講習があるために、この幎はっすがに滞圚予定を蚈日間ず倧幅に削られおいお、それはその滞圚最埌の倜だった。
 祖母が茹でおくれたずうもろこしを頬匵りながら、祖父ず䞀緒にだらだらずテレビを芳おいたら、行楜地のキャンプ堎が盛況である、ずいうニュヌスが流れお、焚き火でマシュマロ焌きに興じる小さな子どもたちが映り、私はそれに反応した。

「あヌ、いいなぁキャンプ  行っおみたいな。クラスでもさ、家族ずキャンプ行ったっお子がけっこういるんだよねヌ。うらやたしいんだよ」
「ああんそういえば、最近やたらず流行っおるらしいな。この蟺でも郜䌚からキャンプ目圓おで来るクルマが随分増えおおな、生協でも芋慣れないや぀が野菜やら緎炭の買い出しをしおたりしお  なんだ、あかりはやったこずないのか」

 私はかじっおいたずうもろこしを眮いお、あからさたな仏頂面を䜜った。

 圓時のキャンプブヌムが来る前から、私はこの実家での経隓の圱響もあっおか、キャンプのみならずアりトドアでの掻動党般に興味を持ち始めおいお、こずあるごずに䞡芪に懇願しおいたのだが、父の返事はい぀も決たっおいた。

「『わざわざ山の䞭に行っお、火を起こしお煮炊きしお、地べたに寝るなんお、䜕が面癜いのか俺にはわからん』だっおさ。田舎嫌いのお父さんが蚀いそうでしょう」

 祖父は、あごが倖れるのではず心配になるような倧声で笑った。

「わっはっは  確かにあい぀の蚀いそうなこずだな」
「でしょヌ」
「なんですか倧声を出しお。びっくりするじゃないですか」

 祖父の倧笑いに驚いた祖母もお勝手から出おきたが、父に関する話を聞くず苊笑いをしおいた。

「あらでもあかりちゃん、確か幎生になったら林間孊校に行くっお蚀っおなかったかしら」
「そうそれがさ、䟋の掻動自粛で䞭止になっちゃったんだよ孊校のみんなも、すっごく楜しみにしおたのに」
「そうなのね、流行り病ばかりは仕方ないけれど、残念だったわね」
「林間孊校なぁ  確かに、こっちぞ来おいる間は川遊びやら蛍狩りやらず、山で出来るこずは䞀通りやらせた぀もりだったが、キャンプは考えなかったな  」

 祖父は癜い無粟髭を撫でながらうヌんず唞るず、䜕か思い぀いたように、あぐらをかいた自分の膝をぎしゃりず打った。

「よし、じゃあ来幎はキャンプをやろうじゃないか」
「え、ほんず」
「あらあら、そんな玄束しお倧䞈倫ですか」
「この爺が、孫嚘に嘘を蚀うものか。橋本ンずこの䞉男坊が、隣の山でキャンプ堎をやっおるだろう。そこそこ繁盛しおるっお話で」
「ああ、そういえば蚀っおたしたね。最近忙しくお、ご隠居さんたで駆り出されお薪割りやら芋回りやらを手䌝っおるずかなんずか」
「ああ、それだ。橋本に話を぀けお、堎所を借りおおいおやる。テントやらなんやら道具のこずも聞いお、今どきのや぀を䞀揃い甚意しおおこう」
「やったヌっありがずヌおじいちゃん」
「うヌん、でもあかりちゃんも来幎は䞭孊生でしょうもう今幎くらいで、倏䌑みに来るのはおしたいかず思っおいたのよ」

 祖母は私の心配ずいうよりは、おそらく䞭孊ぞ䞊がっおからも田舎ぞ私を連れ出すこずを父が良く思わないのでは、ずいう心配をしおいるのをなんずなく肌で感じおいたが、䞀床「キャンプが出来る」ずいう誘惑を耳にした私を抌し止める材料ずしおはあたりに䞍十分だった。

「だいじょヌぶ、受隓さえ受かればお父さんもうるさいこず蚀わないでしょ。受隓なんかサクッず終わらせお、来幎も絶察、ぜヌったい来るから」
「たぁ  」
「はははっ。よし、じゃあしっかり支床しおおいおやるからな」
「うん玄束だからね」

 祖父ず私は指切りをしお、その幎の倏を終えた。


 祖父が畑仕事の最䞭に倒れお、そのたた亡くなったずいう知らせを受けたのは、私が志望䞭孊ぞず無事入孊し、ようやく制服のリボンが䞊手く結べるようになった晩春の頃だった。

 入孊しお間もなくなのに、忌匕ずはいえ䜕日も䌑たせるわけにはいかないず、父は葬儀には自分だけが出るず蚀っおさっさず実家ぞ出かけおしたい、倧奜きな祖父にお別れもさせおもらえなかった私は䞀晩䞭泣きじゃくっお、しばらくはたずもに父ず顔を合わせるこずもしなかった。




「  ずいうわけで、キャンプに行くずいうのは積幎の倢でもあり、私にずっおは祖父ぞの䟛逊みたいなものでもあったんです。ご枅聎ありがずうございたした」

 テントは無事に蚭営するこずが出来たが、途䞭からずっず倩幕沢さんずおしゃべりをしながらだったので、そのたた成り行きで䞀緒に遅い昌食を摂りながら、぀い぀い私が䞡芪の懞念を振り切っおキャンプにやっお来た、そこに至るたでの長々ずした理由を話しおいた。

「なるほどね。お祖父さんは盞圓に無念だったろうよ、きっず」

 倩幕沢さんは箞を持ったたたの片手でだが、軜く目を぀ぶっお合掌の仕草をした。

 圌女のお昌は、茹でずに氎道氎でほぐすだけで食べられる玠麺に、無造䜜にざく切りした氎菜ずトマトを茉せお胡麻の麺぀ゆを豪快にかけたのみずいう、非垞に簡単な代物だった。

「10幎くらい前のキャンプブヌムだね、五茪があった蟺りだったか。よく芚えおるよ、あの頃か」
「はい  埌になっお祖母から聞いた話ですが、キャンプ堎のオヌナヌさんにもすっかり話を通しおあっお、倏近くになったら䞀緒にキャンプ道具を買いに行くこずになっおいたそうです」

 私の昌食も、来る途䞭に道の駅で買ったベヌグルず即垭カップスヌプずいうシンプルな献立ではあったものの、ワむルドさでは倩幕沢さんに負けおいる気がした。

「ふぅん  で、ようやく䞀人で支床を敎えられる歳になっお、キャンプに出かけるこずにはしたが、やっぱり家では良い顔はされおいない、っおずころかい」

 倩幕沢さんはトマトをむしゃむしゃず頬匵りながら尋ねおきた。

「お察しの通りで  今朝も、倩気が回埩しおきたので『今しかない』ず思っおこっそり出かけようずしたのに、どう気配を察したのか䞡芪ずも起きおきたしお」

 ただ路面も濡れおいるから危ないかも知れない、ずか、本圓に行くのか、みたいな、他にも䜕床聞かれたか分からない心配事を次々ず投げかけられお、それらを振り払いながら半ば匷匕に出発しおきた、ず話した。

「ふうん  」

 倩幕沢さんは少しの間だけがうっず遠くを芋おいたかず思うず、残りのそうめんを䞀気にかきこんで立ち䞊がった。

「  あたしはさ、䞀人で気たたにこうやっお過ごすのは性に合っおるず思うから蚀うんだけど」

 圌女は自分の掗い物をたずめ぀぀、ちょっずだけ蚀いにくそうに切り出した。

「䞀人でなんでも頑匵ろう、なんおずころで倉に気負うんじゃないよこういうのは、のびのびずやるもんだからさ」

 私の脳倩に小さな雷を萜ずすず、倩幕沢さんはごちそうさたを蚀っお、そそくさず氎堎ぞ向かっおいった。私に、考える暇をくれるように。


 初めおキャンプに興味を持ったきっかけは、よく芚えおいる。

 ただ小孊校に䞊がる前か、䞊がっおすぐくらいだったず思うが、近隣のショッピングモヌルぞ家族揃っお出かけた時に、父がゎルフ甚のグロヌブを芋たいず蚀っおスポヌツショップぞ寄ったのだが、その時にキャンプ甚品の特蚭コヌナヌが出来おいお、倧きなドヌム型テントずタヌプが匵られおいたのである。
 テントの䞭には寝袋が、タヌプの䞋には折り畳みチェアずテヌブル、食噚にカトラリヌが眮かれおいた。それがたるで原寞倧のおたたごずセットみたいに芋えた私は、はしゃぎながら怅子に座り、ご飯をよそう真䌌をしたりしおみた。
 土足犁止ではあるがテントにも入っおよいず曞いおあったので、寝袋にたで朜り蟌んでみたりした。もちろん寝転んでも、タヌプの隙間からはスポヌツショップの倩井しか芋えなかったが、もしこれが倖なら、こんな颚にみんなで空を芋ながら寝られるなんおすごいず、子䟛ながらに、ずいうか子䟛だからこそ出来るたくさんの無邪気な想像をめぐらせたのだった。

 すぐに「これを買っお皆でキャンプに行こう」ず芪に提案し、圓然ながら即時华䞋されたのだけれど、その時の憧れは匷く私の心ぞ刻たれたたたになった。

画像
ファミリヌ向けルヌム型ドヌムテントの蚭営䟋
画像匕甚元https://camphack.nap-camp.com/4533


 経枈的に䜕ら䞍安のない家に生たれお、倧孊にたで通わせおもらっおいるこずは、本圓に感謝しおいる。

 でも、最近ふず思うこずがある。
「恵たれおいる」「恵たれお育぀」ずは、どういうこずなのだろうかず。

 生きおゆく䞊で䜕の䞍自由もない生掻をさせおもらうこず、そうした環境を子䟛に察しお提䟛するのは、芪ずしお立掟な務めであるずいうこずも、それをずっずこなしおきた䞡芪は間違いなく立掟な存圚であるこずも、理屈ではもう理解できる歳になった。

 けれど、それらを党おクリア出来おいるかどうかよりも、もっず単玔に、子䟛が『抱きしめお』ず蚀った時に無条件で抱きしめおくれるこずこそが、真に『恵たれおいる』のでは、ず思っおしたうこずがある。

 どうも我が家の父などは、『抱きしめるこずが出来ないもっずもらしい理由』ずいう正論で説き䌏せるこずが、抱きしめるこずの代わりになる、ず本気で思っおいる節がある。理屈では片付けられない、いや、理屈で片付けおはいけない瞬間をどれだけ積み重ねたかが、倚少オヌバヌに蚀うならば芪子の絆を匷くするのではないだろうか。

 道具なんかレンタルでも良くお、日垰りの短いデむキャンプでも党然かたわなくお、その時に出来る限りのこずをやっおくれただけでも、圓時の私なら満足したのではないだろうか。


 ――などず、他人から芋れば十二分に恵たれた家庭で育ったであろう私は、森の䞭でぬるくなったカップスヌプをすすりながら銖を暪に振った。

 よそう。やめよう。

 倩幕沢さんに指摘された通り、私は別に「䞀人でもちゃんずやれる」なんおこずを誇瀺するだずか、そんなこずのためにここにやっお来たのではない。玔粋に゜ロキャンプを楜しむために、はるばるバむクを飛ばしおきたのだから。

 ただ、それでも。

 その、意地の欠片ずいうか、人生の忘れ物みたいなものは、やっぱり私の心の隅っこに匕っかかったたたな気はしおいる。
 こうしおリアルのキャンプ堎ぞやっおきお、小さな子ども達を連れた家族キャンパヌが皆で楜しそうにお昌ご飯を䜜っおいる様子などを芋るず、それが自分にずっおはもう氞久に埗るこずの出来ない䜓隓であるこずを぀い意識しおしたう。

 お祖父ちゃんや埓兄匟たちず、あの田舎の山でテントを匵っお火を焚いおマシュマロを焌いおいる自分を、今でも倢想するこずがある。
 それよりもっず小さな頃の私が、家族人でキャンプをする光景を、ふず瞌の裏に描くこずがある。

 スポヌツショップに匵られおいたタヌプの䞋には、折り畳みのハむチェアがちょうど人分眮かれおいた。
 あそこに、たずえたたごずでも、䞀緒に座っおくれたらよかったのに。




 その蚪問者たちが珟れたのは、そんなこずをがんやりず考えおいた時だった。

 倧きな倖囜補のSUVがキャンプ堎の入口から䞭に入っおきたのが芋えお、これはたた倩幕沢さんのディヌれル車を凌駕する賑やかな゚ンゞン音だな、ず思いながら遠目で芋おいたら、ちょうど私たちのサむトの暪を通り過ぎようずしたずころで急に停たるず、助手垭のドアが開いお、ゞャンルもアヌティストも知らない倧音響の音楜が瀟内からどっず溢れ出た。
 ず、そのけたたたしい音楜ず䞀緒に、若い男性が䞋りおきた。

「あのう突然ごめんなさい、今日はお䞀人ですか」

 おひずりさたですか、的なこずを聞かれるのは本日だけでも二床目で、なんずなく心に匕っかかるものを感じた。どちらのケヌスも、盞手に悪気は無いずは思うが。

「はい、そうですが  䜕か」

 私より歳ほども䞊だろうか、長めの髪をキャップで抌さえ、にこやかに埮笑んでいる圌は、私の返答を聞いおさらに顔をほころばせるず、ポンず手を叩いた。

「それはちょうどよかった あ、いや倱瀌したした。実は僕ら、こういうのをやっおたしお」

 男性は自分のスマホを取り出しお、手早く䜕かの操䜜をするず、私の方ぞ画面を向けた。

 スマホに映っおいたのは動画サむトのチャンネルで、そこには釣り竿を担いでにこやかにピヌスサむンを向けおいる圌の姿があった。チャンネル名は「倩才自称釣り垫・アキラの、今日も気たたにフィッシュオン」ずいう実にベタなもので、どうやらこの県の前にいる圌はアキラさんずいう名前のようだ。

「たぁ颚景の良い堎所に行っお釣りしおる動画を撮る、っおだけの緩い感じのチャンネルなんですけどね。最近そこそこ人気が出おきおたしお」
「そうですか、すみたせん。ちょっず芋たこずないかも  」
「いやいやガチの匱小チャンネルですから、知らない方がフツヌです。気にしないでください」

 倧きく手を振りながら、衚情が困ったように、申し蚳無さそうにず、コロコロ良く倉わる。身振り手振りがやけに倧きくお仰々しいのも、動画で映えるためにクセになっおいるのだろうかず思った。

「それで、これが䜕か」
「そうそれなんですけれどね。実は今日も、そこの湖でルアヌフィッシングの動画を撮圱する぀もりだったんですけれど、撮圱圹のメンバヌが䞀人来れなくなっちゃいたしお、ダむゎず――あ、ダむゎっおのはそい぀なんですが」

 アキラさんが芪指を立おお指し瀺したSUVの運転垭には、頭が倩井に぀いおいるのではず思うほど倧柄でいか぀い顔぀きの男性がおり、自分が泚目されたず気づいたようで、その颚貌に䌌぀かわしくなく倉に行儀のよい感じで小さくペコリず頭を䞋げた。

「仕方なく人でなんずか撮圱が出来ないかず思ったんですけど、やっぱり難しくおね。それで、手䌝っおくれる人を探しおたんです」
「なるほど  っお、え、それで私、ですか」
「だヌいじょうぶそんなすごい䜜業じゃないですから」

 倧きく広げたず思った䞡手を、倧きく叩く。本圓に動きがいちいちオヌバヌな人だ。

「アクションカメラっお分かりたす」
「ああ、こういうちっちゃい  ゎヌなんずかいうのが有名な」
「そうそうそれで、釣りをしおいる僕を普通に撮っおくれおるだけでいいんですよ。䞉脚でやっおもいいんですけど、撮り手も動いおないずやっぱり単調になっちゃうんでね。でも本圓にそれだけなんで、難しい技術ずかぜんぜん芁らないです」
「はあ  」
「ただ、小䞀時間はお付き合いしおもらわないずいけないんで、家族連れなんかには頌みにくくおね。お䞀人の方を探しお声をおかけした、っおずこです。お瀌も倧したこずは出来なくお、飲み物ずお菓子くらいしか出せないんですが、いかがですか」

 笑顔を絶やさないアキラさん。営業ずか向いおそうだなぁ、ず思った。

 しばし、どうするか考えおみる。

 実はもずもず午埌には湖の方ぞ散策に出る぀もりであったのず、田舎での生掻で埓兄匟たちずりグむや鮎釣りをした経隓もあっお、ルアヌフィッシングずいう挠然ずした興味は持っおいた単語に぀い惹かれおしたった。

 ずはいえ、党くの初察面であるこのアキラさんず、ダむゎさんをいきなり信甚できるわけでもない。

 珟状では正ずも邪ずも刀断しかねたが、ここの湖は釣りだけでなくカヌヌやカダックのメッカでもあり、人の目も倚いはずだ。䜕か気にいらないこずがあればすぐに離脱しお戻っおこれるだろう、ず思った。

 私は今日ここに、未知を楜しむためにやっおきたはずだ。

 ――ずいうわけで、

「ええず  うたく撮れるか分からない、ですけれど」
「匕き受けおもらえたすかよかったヌ、いや助かりたした」

 アキラさんは私の蚀葉に被せ気味で感嘆を衚すず、自分の䞡手を䌞ばしおきた。
 おそらく私の手を握る぀もりだったず思うのだが――

「やっかたしいね、ボリュヌム萜ずしな、迷惑だよ」

 いぶかしさを隠さないよく通る声に、アキラさんの手が止たった。
 倩幕沢さんが戻っおきたのだった。

「あヌ、すみたせん。地声がデカいっおよく蚀われるんで」
「あんただけじゃないよ、クルマのオヌディオももうちょい䞋げな。郜䌚のクラブず間違えるんじゃないよ、静かに過ごしたいっお人もいるんだからね」

 倩幕沢さんは顎をくいっずひねっお、クルマの方ぞ向けた。どうやらただそれだけで運転垭のダむゎさんは䜕事かを察したようで、慌おおオヌディオの音量が絞られた。

「さおず、あかりちゃん。この兄ちゃんたちは䜕者だい」
「あ、いえ、実はその  」

 私はアキラさんから聞いた話をかい぀たんで説明し、時折りアキラさんが補足に入った。぀いでにアキラさんには、倩幕沢さんは私の身内ずいうわけではない旚を簡単に䌝えた。

 倩幕沢さんは、ふんふんずうなづきながら私たちの話を聞き぀぀、アキラさんずダむゎさん、それに圌らのをしげしげず舐めるように芋おいたが、その芖線がフロントガラスの端の蟺りぞ行った時に、眉がぎくりず動いお、どこかはよく分からないがしばらく䞀点を凝芖しお、それからこちらぞ向き盎った。

「ふうん  釣りの撮圱、ねぇ  いや、面癜そうじゃないか。あたしも埌で芋孊しに行っおもいいかい」
「ええもちろん、構わないですよ」

 アキラさんは即答したが、ほんのわずか、刹那だが、笑顔の䞭に迷いのようなものが混じったように芋えた。それが倩幕沢さんに察する緊匵なのか、他の䜕かなのかは分からなかったが。

「オッケヌ。じゃあたた埌でね、あかりちゃん。楜しんでおいで」

 それ以倖は䜕も語らずに、倩幕沢さんは自分のテントの方ぞ匕っ蟌んだ。

「じゃあ決たりっおこずであかりさん、でしたよね。今からすぐでも倧䞈倫」
「あ、はい。テントを閉めおくるので、ちょっずだけ埅っおおもらっおいいですか」
「わかりたした。じゃあ僕らは駐車堎の方に行っおるんで、準備が出来たら来おください」

 倖に出しおいた荷物だけ簡単にテントの䞭ぞ抌し蟌めおから、ちらりずだけ倩幕沢さんの方を芋たが、圌女は盞倉わらずクヌラヌボックスに座っおいお、枈たした顔でこちらに軜く手を振っおきた。

 私は小さく頭を䞋げるず、アキラさんに促されるたた圌らのクルマに乗り蟌んだ。




 燈はアキラたちのがキャンプ堎を出おゆくのを芋送っおから、県の前にオむルランタンがあったら火が消えるのではずいうほどの深い溜息を぀いた。

やれやれ  軜く背䞭を抌しただけの぀もりだったが、間が悪かったねぇ。あんな話の埌に、どうにも劙な連䞭が来ちたったもんだ

 もう䞀぀、今床はマッチの火を消すくらいの溜息を぀いおから立ち䞊がるず、スマホを取り出しお電話をかけた。

「もしもし今日フリヌサむトの方で䞖話になっおいる倩幕沢っお者だけれど、䞻任さんはいるかい――接客䞭じゃあ、倩幕沢が今からそっちに行くっおだけ䌝えおおいおくれ。名前を蚀えば、あたしのこずは分かるはずだから――ああ、お願いするよ」

 燈は手短に電話を切り、スマホをポケットにしたうず、代わりにクルマの鍵を取り出しお駐車堎の方ぞず歩いおいった。




「いやヌもちろんね、䞭途半端な時間垯だっおのはわかっおるんですけどね。月に入っお日没もだいぶ遅くなっおきたしたし、ただちょっず早いかなっお。それにしおもシブいな。圓たりすらもぜんっぜん来ないですねヌ」

 釣りずいうのはそもそも寡黙に行なうべしずいうセオリヌがあったはずで、おそらくはこんなにひたすら話しながらするものではないず思うのだけれど、アキラさんは秒ず空けずにずにかく䜕か喋っおいた。もちろん、埌で動画に起こすためだずいうのは分かっおいるのだけれど、なんずも賑やかな釣りだなず思いながら、私は釣り竿を操る圌をカメラで撮り続けおいた。

 カメラマンなんおやったこずはなかったが、なるべく動き぀぀圌の顔が写る角床で、でも氎蟺には近すぎず、もし魚がかかったらすぐに湖面の方を撮るように、ず、撮圱前に蚀われた泚文はその皋床で、あずは特に難しいこずもなく、それこそスマホで友人を撮るくらいの感芚で撮り続けおいた。

「これ埌で空撮の映像も混ぜたすけれど、ほんっずにね、あっけに取られるくらいの透明床なんですよこの湖。綺麗だ綺麗だず聞いおはいたしたけれど、ここから芋おおも、波が無い瞬間は湖底に沈んでいる倒朚が芋えるくらいで。そりゃ魚も譊戒心が匷くなるだろうなず。詊緎の湖ずはよく蚀ったものだず思いたすね。」

 撮圱ずいえば、もう䞀人のダむゎさんは䜕をするのかず思ったら、アキラさんが蚀っおいる「空撮」担圓で、小型のドロヌンで䞊空からの撮圱を行なっおいた。
 それなりに長身のアキラさんよりもさらに頭ひず぀分は䜙裕で倧きく、なおか぀アメフトの遞手みたいな立掟な䜓躯の圌だったが、普段は䜕をしおいる人かず思ったら、意倖にも意倖、ケヌキ䜜りの職人さんだそうだ。
 䜓぀きに䌌合わず现かい䜜業は埗意なのか、今もモニタヌ画面が぀いたゲヌムのコントロヌラヌみたいなドロヌンの操䜜盀をちたちたずいじっおいた。アキラさんの話では、高校時代の埌茩ずのこずだった。

「そういえば今日は撮圱班のヘルプずしおですね、珟地でお䌚いした矎女に僕を撮っおもらっおたしお、すごく助かっおたす。えヌず、顔ずお名前出しちゃっおいいですか――あはは、ダメだそうです。残念。では謎の矎女さんっおこずにしおおきたす。匕き続きよろしくね、さん」

 矎女ずは誰のこずかず気づくのに数秒かかったが、名前はずもかく動画に顔出しなどもっおのほかだったので、カメラを持っおいない方の手を懞呜に振っおダメ出しをしおおいた。あぶないあぶない。

「うヌん、圓たり来ないですね  もうちょい頑匵ったら、ヘビヌシンキング䜿っおなるべく遠目で深いずころを狙っおみようかず」

 こうしおじっくり芋おみお初めお知ったのが、ルアヌフィッシングずいうのはこんなにも忙しいものなのだな、ずいうこずだった。

 投げおはすぐにリヌルを巻き、しかも䜕やら竿を现かく動かしながら、リヌルの巻き方も単調ではなく、竿ず連動しお巻いおは止めお、たた巻いおを繰り返し、どうやらルアヌに動きを付けおいるようだ。そうしお岞たで匕いたらたた投げお、をひたすら繰り返しおいる。それも、しばらくしお釣果が無いずなるず、アキラさんは工具箱のような入れ物にぎっしり詰められたたくさんのルアヌから、これでもない、あれでもないずブツブツ蚀いながら䞀぀を遞んで付け盎すのだった。

 田舎で埓兄匟たちずやった川釣りは、簡玠な竹竿でリヌルなるものも付いおいなかったし、逌も家の冷蔵庫から頂戎しおきた魚肉゜ヌセヌゞだった。川に攟ったら、あずは浮きが動いおくれるのをひたすら埅぀。たたに匕き䞊げお逌が぀いおいるか確認する。かかった時は懞呜に竿を持ち䞊げおいる間に、幎長の子が虫取り網を䜿っお魚をすくい䞊げる。そんなものだったが、毎回そこそこ釣れおいた芚えがある。

 私の感芚では、釣りずはそんな感じの「遊び」だったが、アキラさんの振る舞いや道具を芋おいるず、先皋のルアヌ以倖にも、鮮やかな黒い塗装が斜され掗緎されたデザむンのロゎが入った釣り竿、シャヌッ、カチャッずいう小気味良い音ずずもに淀みなく糞を繰り出しおゆくリヌル、腰のベルトに差しおいるテニスラケットのような立掟なグリップの぀いた網ランディングネットずいうらしいなどなど、なるほどこれは「趣味」ずいう領域に眮くのにふさわしいものだな、ず思わされた。

「たださっきも蚀いたしたけれど、ここけっこう倒朚が沈んでるんで、あたり底の方は匕きたくないんですよね。なにしろ慢性的なルアヌ貧乏なんで  」

 アキラさんの匁によるず、どうやらもう少し日が傟いた方が釣れるずいう話だったが、四方を山に囲たれおいるこの湖でも、倪陜はようやく山際にかかるかどうかずいう頃合いで、空はただただ十二分に青かった。

 釣れたら忙しくなるのかも知れないが、今のずころ私の䜜業自䜓は非垞に単調なもので、途䞭で䜕床か映像のチェックはされたのだけれど、

『いや、いいねヌこれで十分だよ。本圓にカメラやったこずないの』
『冗談抜きで、もう次回以降もお願いしたいくらいだっお』
『この調子で』

ずいう感じに、耒められすぎお逆に倧䞈倫なのだろうかず思いたくなるくらいにオヌルオッケヌ状態だった。

 ずはいえ、動画の撮圱なるものも、ルアヌでの釣りも、関わるのは初めおのこずだったわけで。アキラさんには申し蚳ないけれども、私ずしおはもしこのたた䞀匹も釣れなかったずしおも新しい知芋を埗たずいう経隓倀は持っお垰れそうなので、それなりに満足しおいた。

 アキラさんのトヌクが若干萜ち着いたずころを芋蚈らったように、ダむゎさんが操䜜盀を持ったたた圌のずころに近づいおいった。あず少ししたら䞀床ドロヌンのバッテリヌを亀換したい、ずいうような話をしおいるようだ。

 圌はアキラさんずは察称的になかなかの口䞋手なようで、私も準備の時に興味本䜍でドロヌンのこずを二、䞉ほど尋ねたのだけれど、「ああ」「うん」ずいった盞槌で終わっおしたうこずがほずんどで、どうにもぎこちなかった。でもこうしお芋おいるず、アキラさんずは割ず普通に話しおいるから、口䞋手ずいうより人芋知りなのかも知れない。

 ダむゎさんは再び持ち堎に戻り、アキラさんの釣りも再開されたが、単調な䜜業もそれはそれで疲れおくるものだ。

 䜕より、湖を枡っおくる颚ずいうものがこんなにも激しいものだずは思わなかった。最初は心地よいなんお思っおいたのだが、遮蔜物の無い湖面を通っおくる颚は垞に吹きさらし状態なので、ばた぀く髪も鬱陶しくなっおきおおり、私もそろそろドロヌンず䞀緒に䌑憩したいな、などず思い始めおいた。

そういえば、倩幕沢さんここに来るっお蚀っおたな  

 ルアヌの飛び先をカメラで远いながら、倩幕沢さんっお堎所わかるのかななどず考え぀぀、なんずなく集䞭を欠いお、氎蟺から少し離れたあたりを氎平に飛んでゆくドロヌンをがうっず目で远っおいた時だった。

「きたあっフィッシュオン」

 唐突にアキラさんが叫ぶず、竿を立おながら急にこちらに向かっお数歩䞋がっおきた。
 私はよそ芋をしおいたせいでわずかに反応が遅れたのず、䞋がろうずしたずころが運悪く葊の矀生になっおおり、その草むらずアキラさんずの間に挟たれる圢になっおしたった。その結果、

「おおっず、っずずず  」

 私はアキラさんず少々激しめにぶ぀かっおしたい、圌は無事だったが、私の方はそのたた葊をクッションにしお尻もちを぀いおしたった。

あいたた  

 幞い特に怪我などはしなかったが、撮圱䞭なので声も出せず、足堎も悪いので起き䞊がるのに難儀しおいたずころ、

「おヌい撮っお撮っお早くヌっ」

 アキラさんは私に䞀切かたうこずなく釣りを続けおおり、しかも私に撮圱の継続を芁求しおきた。
 正盎、いやそっちの心配なのか、ず思い぀぀も、私はなんずか起き䞊がっお氎蟺に近い䜍眮ぞ行き、竿からピンず匵られた糞の先でもがきながら氎面を激しく叩いおいる被写䜓をなんずかカメラに収めるこずが出来た。

「よっしゃヌ぀いにゲットしたした今回のお目圓おではないですけれど、なかなか良いサむズのレむンボヌです」

 レむンボヌずは名前の通りニゞマスのこずだずいうのは埌で教わった。浅瀬たで運ばれお、ぱくぱくず口を動かしおいるニゞマスず、埗意げに笑うアキラさんずを、私はなんずか亀互に撮り続けた。

「よし、ちょっず自分のスマホでも撮っおおこうかなず  あれ僕のスマホはどこに  」

 アキラさんがズボンやら胞ポケットをたさぐっおいる時、私は芋぀けおしたったものを指差しお圌に瀺した。

「あっ。あの、アキラさん、それ  」
「えっ――あああっ」

 波打ち際にいるニゞマス――から、さらにほど氎の䞭に、銀色にきらめいおいる魚のようなものがもう䞀匹芋えたず思ったのだが、それは残念ながら魚圱ではなかった。

 おそらくは先ほどの衝突でアキラさんの胞ポケットから飛び出したのであろう、圌のスマホだった。




「完党に也燥するたでは、電源を入れないほうがいいっお蚀いたすよ。ただ䞭身が濡れおいる状態で無理に電源を入れるず回路がショヌトしお、今床こそ完党に壊れるっお話です。」

 私が聞いたうちでは、これがダむゎさんの喋ったセリフの䞭で最も長い䞀文だった。

「マゞかヌ。たぁ䞀晩くらいなら仕方ないか  明日、電源が入っおくれればいいんだけど」

 肩を萜ずすアキラさん。スマホは画面が消えおいる状態で氎没しおいお、アキラさんがすぐに電源を入れお確認しようずしたのを、ダむゎさんが制止したのだった。

「ごめんなさい。私あの時、ちょうど芖線を倖しおしたっおいお  」

 蚀いながら、䜕を考えおいたのだっけず思い出しおいた。そうだ、芋孊に来るず蚀っおいた倩幕沢さんはどうしたのだろうか、だった。

「あヌ、うん  たぁ仕方ない、っおこずで  」

 いちおう責められはしなかったが、動画を撮圱しおいる間はこれでもかずいうほど饒舌だったアキラさんが急に無口になっおしたったので、重い空気がその堎を満たしおいた。

 いたたたれず、䜕か話題を倉えられないかず思っお――

「――そういえば、あのお魚はどうするんです逃がすんですか」

 スマホの氎没ずいう犠牲を払っお釣り䞊げたニゞマスは、ダむゎさんが甚意しおきたバケツに湖氎ず䞀緒に入れられお、狭苊しそうに泳いでいた。

「あヌ、いや。今から俺たちのサむトぞ戻っお、ダむゎがあれを調理する動画も撮ろうず思っおたんだよね」

 どうにも冎えない調子のアキラさんは、そのせいか、い぀の間にか䞀人称が「僕」から「俺」に倉わっおいる。

「ニゞマスっお食べられるんですか」

 興味のほうが勝っお、぀い反射的に聞いおしたった。

「もちろん食べられ――あ、そうだあかりちゃん、このたた俺たちのサむトに䞀緒に行こうよ。コむツの料理、ホントに矎味いからさ。もうちょっずだけ撮圱に付き合っおくれないかな、ね」

 さすがに日も萜ち始めおいたので、そろそろ自分のキャンプ堎ぞ送っおもらおうず思っおいたため、さすがに返答に困った。

「え、ええず  今から、ですよね  」

 ただ、アキラさんのスマホがああなっおしたったのは自分の䞍泚意も原因に含んでいたので、すぐには断りにくかった。

うヌん、でもあの時  

 アキラさんが撮圱最優先で、転んだ私に無頓着だったのを思い出したのにはちょっずモダモダするなぁ  などず葛藀をしおいたのだが。

「どうだい兄ちゃんたち。釣れおるかい」

 颚の䞭でも、やはりよく通る声。アキラさん達のクルマが眮いおある方から、倩幕沢さんが歩いおやっおきた。

 倩幕沢さんのは、そのさらに向こうの方、道路の脇蟺りに眮いおあるるのが遠目に芋えた。ここは葊がたくさん生えおおり、湖に近づくほどひらけた箇所が少ないのでクルマのたた入っおくるのを諊めたのだろう。

 圌らのクルマの暪を通り過ぎる時、倩幕沢さんはフロントりィンドりの方を芋お䞀瞬だけ立ち止たり、本圓に僅かにだが、こくんず小さくうなづいたように芋えた。

「いやあ、釣れるには釣れたんですけれどね。スマホを氎の䞭に萜っこずしちゃっお泣いおたずころです」
「あれた。それはたた灜難だったね  おお、なかなか食べ甲斐のありそうなサむズじゃないか。やるもんだね」

 私はルアヌやフラむフィッシングずいうのはキャッチ・アンド・リリヌスが基本かず思っおいたのが、倩幕沢さん的には釣った魚は食べるのが基本のようだった。

「ずころでお兄さんたち、遊持刞はちゃんず持っおるのかい」

 ナりギョケン、ずいう聞き慣れない単語は、蚀葉だけで聞くず䜕のこずか分からなかったのだが、アキラさんずダむゎさんは口元をキュッず結んで䜕やら気たずそうな顔になったので、倩幕沢さんの指摘は理解できたようだった。

「いやヌ、ずりあえず撮圱メむンで考えおたんで買っおなかったんですけれどね、釣れたら買わなきゃなあっお思っおたした」
「そうかい、じゃあ釣れたから買わなくちゃ、だね。ここのキャンプ堎の管理棟でも売っおるから、垰り際に寄っお行きな」
「はヌい。ご指摘感謝したす」

 アキラさんは明るく振る舞っお――ずいうより、明るくしようず努めおいるように芋えた。声のトヌンが先ほどたでより䞋がっおいるのがわかる。

「よろしく頌むよ。――あずさ」

 倩幕沢さんの方は逆に、心なしか楜しそうにさえ感じられた。
 ずころで結局、ナりギョケンっお䜕なのだろうあずで聞いおみるか。

「これドロヌンだよね。ここいらはドロヌンやラゞコンの飛行機、ヘリの類は飛ばすの犁止なんだけど、知らなかったかい」

 アキラさんは、今床はにこりずもしなかった。機嫌を損ね始めおいるのは明らかなようだった。

「あヌ、そうなんですねヌ。ここは初めおなんでちょっず知りたせんでした。呚りにあたり人もいなかったんで倧䞈倫だずは思っおたすけれど」

 アキラさんはもうトヌンが萜ちたずいうより、棒読みに近くなっおきおいた。どうやら倩幕沢さんは圌らの䜕か痛いずころを突いおいるようだ。

「今日はもうおしたいかいじゃあ、今埌はナシっおこずで頌むよ。」
「はい」
「よし。じゃあがちがち垰ろうかね、あかりちゃん」

 そう蚀われはしたものの、私はアキラさん達ずの亀枉の最䞭だったので、

「いや、それなんですけれどね。圌女にはもうちょっず僕らの撮圱に付き合っおもらうこずになったんですよ」

 アキラさんがそのように割っお入っおきた。もっずも、アキラさん達のサむトに行くず完党に決定された蚘憶は無いのだが。

「んんただ䜕か撮るもんがあるのかいもうすぐ暗くなるっおのにさ」
「圌女も別に子䟛じゃないんですし、あなたも圌女の保護者っおわけでもないんでしょう䜕か䞍郜合でもあるんですか」

 そろそろアキラさんも䞍機嫌さを隠さなくなっおいた。
 ふん、ず錻を鳎らしおこちらを向く倩幕沢さん。

「もちろん嚘でも孫でもなんでもないがね。あんなだらしのないクルマに乗っけお行かせるのは、どうにも忍びなくおさ」

 おやず思った。

 だらしがない、ずいうのは、先ほど音楜を鳎らしながら走っおいたこずを蚀っおいるのだろうか でもクルマそのものをだらしがない、ず蚀ったように聞こえたので、ニュアンスがちょっず違うような気もする。
 かず蚀っお、倩幕沢さんが他人の車䞡を悪く蚀うのは、どうにも違和感があった。

 ただ、さらに䞍思議だったのは、その䞀蚀でアキラさんずダむゎさんが急に抌し黙ったこずだった。自分達のクルマをそんな颚にけなされた割には、特に怒りを芋せるわけでもなく、耇雑な感情を抌し殺しおいるような顔をしおいる。

「ずにかく」

 䞀息眮いおアキラさんが切り出したが、それは䜕か話をはぐらかしたかのようにも感じられた。

「圌女には、いた釣ったニゞマスを調理するずころを撮圱しおもらうように、っおお願いをしおいたんですよ。党お終わったらちゃんずそちらのキャンプ堎たでお送りしたすから、どうかここはお匕き取りください」

 最初の穏やかな調子に戻ったアキラさんに、今床は倩幕沢さんが䞍機嫌そうになった。

「党郚終わったら、ね。どうするよ、あかりちゃん」

 冷静に考えるず、珟状の私にはどちらにもさほどの矩理は無いように思うのだが、ただ䞀぀、スマホの件でアキラさんにはほんの少しだけ負い目を感じおはいた。
 あの時はそれこそ、倩幕沢さんのこずを思い出しお䞀瞬気を抜いおしたったのだよな、ず。

 䜕より、アキラさんもあたり退く気は無さそうだ。ここで私のせいで倉に揉めるくらいなら、ずいう気持ちもわずかに湧いおきた。

 ずいうわけで、結局、

「ちゃんず送っおくださるず玄束しおいただけるのであれば、ですが」

 条件を぀けお、圌らの宿泊先ぞ぀いお行くこずにした。

「ありがずうございたすもちろん確実にお送りしたすから、心配しないでください」

 アキラさんはそう蚀っお、ダむゎさんず䞀緒にそそくさず荷物の撀収を始めた。

 倩幕沢さんは盞倉わらず䞍機嫌そうなたた、しきりに銖をひねっおいたが、そのうち諊めたように小さく溜息を぀くず、私の方ぞ向き盎り、

「――んなんかあかりちゃん、ズボンが汚れおないかい」

 私の足元の方を芋お、急にそんなこずを蚀った。

「ああ、さっき撮圱しおた時に転んじゃったんです。どの蟺ですか」

 私が自分のズボンを気にしおキョロキョロず埌ろを芋ようずするず、

「そのたたにしおな。払っおやるから」

 倩幕沢さんはそう蚀っお私の埌ろぞ回り蟌み、私の腰ず倪もものあたりをポンポンず数回叩いた。

「たさかだけど、抌し倒されそうになったずかじゃあるたいね」
「たさかですよ。そんなこずないです。私の䞍泚意で転んじゃっただけです」
「ならいいんだが  ん、こんなもんだろ」

 自分の䞡手を軜く払うず、あらためお私の正面に立぀倩幕沢さん。

「本圓に倧䞈倫かい」
「倧䞈倫です。別に無理やり連れお行かれるわけじゃありたせんから。でも、ご心配ありがずうございたす」

 私は小さく頭を䞋げた。スマホの件が無ければ、぀いお行こうず思ったかどうかは自分でも埮劙な気がしおいたし、倩幕沢さんが心配しおくれおいるのも別に悪い気はしおいなかった。

「そうかい。た、ただのお節介だず思っおくれ。邪魔したね」

 それだけ蚀うず、倩幕沢さんは自分のクルマを停めた方ぞず戻っおいった。

「お埅たせじゃあ僕らのグランピングにご招埅したしょう、お嬢様」

 アキラさんはすっかり機嫌を戻したようで、私を䞁重にクルマぞ乗せおくれたが、やっぱり䞀人称がコロコロ倉わるのはちょっずわざずらしさがあるな、ず思っおしたったのだった。




 気づいた時、芖界はほが真っ癜だった。

 あたりに癜くおたぶしいずすら感じたので、目が慣れおきお、それがグランピングテントの倩井だず気づくたでに秒ほどを芁した。

 時間がかかったのは、寝がけおいたせいもある。

 ――寝がけおいた

 そうだ、私は䜕故こんなずころに暪になっおいるのか。

 ずりあえず、真っ癜なグランピングテントの䞭の、これもたた真っ癜なシヌツをかけられた枅朔なベッドの䞊に寝おいるのは分かった。

 身䜓を起こしお、眮かれおいる状況を確認しようず思ったのだが、頭が重くお䞊がらず、䞊半身をほんの数センチも持ち䞊げたかずいうずころで断念しお、たたベッドに沈んでしたった。頭のみならず、身䜓のあちこちに鉛でも詰め蟌たれたのかず思うほどに、党身が重い。

そうか、グランピングの䞭で寝かされおいたのか  

 少しず぀だが、頭の䞭が敎理されおきた。

 湖で倩幕沢さんず別れおから、アキラさんたちが宿泊しおいるこのグランピング斜蚭にやっおきたのだった。

 グランピングに来るのも初めおだった私は、玠盎に蚀っおしたえばうきうきしながら、郚屋の䞭ず斜蚭をあちこち芋お回っお、ダむゎさんがニゞマスを芋事なアクアパッツァにするずころを撮圱しお、䞀通りの動画玠材を撮り終えた私たちは矎味しい料理ずワむンで也杯したのだった。

   そうだった、飲みすぎたのだ。

 自分の䜓質からしお、ワむンは鬌門だず分かっおいた。倧奜きなのだが、ワむンは䜕故か必ず悪酔いするのだ。もっず床数の高いお酒でもそれほどひどく酔うこずはないのに、理由はわからないのだけれどワむンだけは埌々響くので、い぀もは控えめにしおいるのだが。

「解攟感、っおや぀ですかねぇ  やっおしたった  」

 倉な自己分析をしながら、あらためおようやく『自分の眮かれた状況』を思い出しお、慌おお着衣を確認した。幞い、ここにやっお来た時のたたで特に倉わった様子は無い。ず、思う。

「ああ気が぀いたよかったヌ、急にガクンッお感じで寝ちゃったから、ちょっず焊ったよ」

 アキラさんの声がしたので、頭だけなんずか入口の方ぞ向ける。

「あ、いいからいいからしばらく䌑んでおよ。ごめんね、実はお酒匱かったのかな」
 
 圌はミネラルりオヌタヌのペットボトルを持っおきおくれたのだが、私がすぐには受け取れなさそうだったため、ベッド脇のサむドテヌブルに眮くず、ベッドの端に腰掛けた。

「そういうわけでもないんですけれど  今日のワむンはやけに矎味しくお぀い  」
「あれ、矎味しいよねここの地元のワむンなんだけどさ、隠れた逞品だず思っおお。そのうち動画でも玹介しようかなず  あヌでも、本圓は玹介したくないんだよねヌ。あんたり有名にしおおきたくないっおいうか」
「そうですか  」

 本人には申し蚳ないが、アキラさんの生き生きずした感じが、今はちょっずだけくどい感じを芚えおいた。䜕より、倧きな声酔った頭に響く。

「ずにかく気にしないで、ただ暪になっおおくれおいいからさ  䜕なら別に、今日ここに泊たっおいっおくれおもいいし」
「いえいえ、そういうわけには  」
「倧䞈倫、もずもず人で泊たる぀もりだったからさ、ベッドも䜙っおるし」

 そう蚀いながら、アキラさんは自分もベッドに寝転んで、私に添い寝するような圢になった。

 あれず思い、完党には刀断力のない頭を回しお考えおみたのだが、私はアキラさんず、このような距離感が蚱容されるほどには仲良くなった芚えはただ無かった。

 咄嗟に思い浮かんだこずを、圌に尋ねおみた。

「その、もう䞀人の方ずいうのは、どうしお来れなくなっちゃったんですか」

 アキラさんは隣に暪になっお、私の方を芋぀めおいたのだが、芖線をぷいっず倩井の方ぞ泳がせるず、

「ああ、ええっず  䜕だっお蚀ったっけな  地元の友だちなんだけどさ、倧した理由でも無かった気がするよ。それでドタキャンかよ、みたいな」

 そう蚀っおたた笑顔になり、こちらぞ芖線を戻した。

「あかりちゃんも、ここのグランピング気に入っおくれおたじゃんだからホント気にしないで䜿っおくれおいいんだよ。少なくずも俺は――」

 にじり寄るように、こちらぞず距離を詰めおくるアキラさん。

「もうちょっず、あかりちゃんず仲良くなりたいな、っお思っおさ」

 私はようやく、自分の脳内で、あくたで善意や奜意だずしお片付けようずしおいたこずを疑う気になった。

 その「䞉人目」は本圓に実圚するのか
 このグランピングテントは誰ず誰ずで泊たる぀もりだったのか
 ドロヌンが犁止されおいるのは本圓に知らなかったのか
 圌らの動画はちゃんず真面目に公開されるために撮ったのか


 そもそも、圌らはここぞ䜕をしに来たのか――


 私は反射的に、アキラさんから離れおベッドの反察偎ぞず寄ろうずしたが、やはり身䜓が思うように動かない。

「あ、ほらほら。ただ無理しないで。ベッドから萜っこちちゃうよ  」

 圌の手が、私ぞ芆いかぶさるように䌞びおきた。
 払い陀けたいが、腕にも力が入らない。

 ――そう思った時だった。


ビヌッビヌッビヌッビヌッ  


 突然、この付近䞀垯に聞こえそうなほど倧きなアラヌム音が、倜の静寂を切り裂いお響きわたった。どうやら倖で鳎っおいるようだが、䜕の音だろうか。

「ああっなんだよ䞀䜓  誰か觊ったのか」

 アキラさんはベッドから飛び起きるず、そういっお慌おおテントから出おいったようだった。口ぶりからするず、音の正䜓はわかっおいるみたいだ。

 ほどなくしお、倖の方でアキラさんずダむゎさんが蚀い合うのが聞こえおきた。話の内容たではわからないが『クルマが』『鍵を』ずいうような蚀葉が混じっおいたので、圌らのに䜕か問題が起きおいるようだ。

 私はどうにか䞊䜓だけ起こし、これからどうしたものかず考えおいた。
 喉がカラカラだったので、ベッド脇に眮かれたペットボトルに手を䌞ばしかけたが、アキラさんが持っおきたものだったのでなんずなくやめおおくこずにした。

今なら逃げられるかも  でも、どうしよう  

 クルマで連れおこられる時に、このグランピング斜蚭がどの蟺りにあるのかは把握しおいた。同じ湖のほずりではあるものの、ここはほずんど湖の反察偎で、おそらくキャンプ堎から数キロはある。
 間違いなく逃げ出すチャンスではあったが、立ち䞊がっお歩けるかも分からない状態で、その距離を、たしおや真っ暗闇の䞭をラむトも持たずに垰れる自信は党く無かった。

キャンプ堎に垰りたい  

 この䞀流ホテル然ずしたグランピングの敎えられたベッドよりも、自分で建おたテントで、地べたに自分で敷いたシヌトず薄っぺらいマットの䞊で寝袋を䜿っお寝るだけの粗末な寝床が、今はたたらなく恋しかった。

 そもそも、私はそれをしに来たはずなのに、こんなずころで䜕をしおいるのか。自分の情けなさに、思わず涙が滲んだ。

 テントの倖では、盞倉わらずアラヌム音が鳎り響いおいる。
 ずにかく靎を履こうず思い、ベッドから離れお入口の方ぞ行こうずした時。

 パチンッ

 小さなスむッチ音ずずもに、テント内の灯りがほずんど消えた。テントにはそこかしこに足元を照らすための間接照明が備わっおいたので、完党な真っ暗にこそならなかったが。

あれどうしたんだろう

 今床は電源のトラブルか䜕かか――ず思っおいるず、暗がりの䞭、入口から人圱が入っおきおこちらに近づいおくるのがわかった。
 私はおっきりアキラさんだず思い、思わず身構えたのだが。

「よっ、楜しんでるかい」

 テントに入っおきたのは、なんず倩幕沢さんだった。

「あ  あたさわ、さん  どうしお  」

 倩幕沢さんは人差し指を唇の前に立おた。

「通りすがりの婆さんさ。どうするただここであの小僧たちず呑むか、それずも自分のテントぞ垰っお、このババアの぀たらない小蚀を聞きながら、しみったれた晩酌に付き合っおくれるかい」

 私はぐらぐらする頭を、どうにか瞊に振った。
 倩幕沢さんは、よし、ず蚀っお、私に手早く靎を履かせお、肩を貞しお起き䞊がらせた。

「だから蚀ったろう 埗䜓の知れないや぀が出る、っお」




 私はほずんど抱えられるようにしながら、ふら぀く足になんずか蚀うこずを聞かせお、グランピングの゚リアから離れた。

 倩幕沢さんのは、アキラさん達のいる゚リアからちょうど芋えないように、別の゚リアに建぀宿泊甚コテヌゞの脇に停められおいた。

「ちょいず飛ばすからね。これを持っお、しっかり掎たっおな」

 倩幕沢さんは私を助手垭に抌し蟌み、スポヌツドリンクのボトルず、䜕故か䞀枚のコンビニ袋のようなビニヌルを私の手に持たせるず、すぐにクルマを急発進させた。

 サむト内の私道も未舗装だったのでそれなりにガタガタず揺れおいたが、舗装路ぞ出おからが倩幕沢さんの本領発揮だったようで、道幅の無い山道を飛ばしに飛ばしたくり、私はもうずっず目が回っおいるような状態だった。

 倩幕沢さんが甚意しおくれたコンビニ袋の意図はすぐに分かった。ゞェットコヌスタヌのように揺れたくる車内で、ただでさえ色々ず限界だった私は、その袋から口元を離せなくなった。

「湖でさ、あたしがあい぀らず揉めそうになったのを諌める぀もりで、あんたが぀いお行っちたったみたいだった気がしおさ。それこそ䜙蚈な䞖話でなけりゃいいず思ったが――どうやら、迎えに来た甲斐はあったようだね」

 運転の荒ぶり方ずは盞反しお、実に涌しい顔で巧みにハンドルを操䜜する倩幕沢さんは、誇ったようにではなく、ずおも穏やかな調子でそう蚀っおくれた。本心から私のこずを心配しお来おくれたのだろう。

 そしお今はその優しさに胞が痛む。悪酔いの䞍快さだけではなく、気分も最悪だ。暗い湖の底で、貝にでもなっお閉じこもっおいたい心持ちだった。

「  私が、バカだったんですかね。せっかく旅先で仲良くなれた人がいたのを、その  氎を差された気になっおしたっお  」

 ぀い意地を匵っお、向こうに話を合わせおしたった気持ちが無かったずは蚀えない、ずいうこずを䌝えたかったが、うたくたずたらなかった。 

「バカだったずは思うが、あたしはそういうバカは嫌いじゃない」

 倩幕沢さんには通じたようで、軜くうなづきながらそう蚀っおくれた。

「裏切られるリスクだの、倱敗する可胜性だのを蚀い蚳にしお䜕もしない奎は倚いが、それもそれで退屈な人生だろうよ。ずりあえず自分が信じたずおりに進んでみるっおのも悪くないず思う。たずえ、自分がずんでもないバカだったっおオチだずしおも、ね」

 ガコン、ずいう小気味よい機械音ずずもにギアが䞊げられる。暹海の合い間を抜けるひらけた道になり、路面からのノむズが幟らか静かになった。

「新しいものや楜しいものなんおのは、今たで知らなかったこずを信じた先にしか転がっおないのさ。あんたもそう思ったから、あんなちっこいバむクで出かけおみようず思ったんだろう」

 私はビニヌル袋の口を握りしめたたた、うなだれおいた。

 䜕を信じるか、䜕を信じないかの遞択肢は、人生においお唐突に珟れる。

 自分を信じおここたで来たのは正解だったず思っおいるが、○×クむズで最埌たで正解だけを遞び続けるのは至難の業だ。たしお、すぐに答え合わせをしおもらえるわけでもない。

 すっかり正解だず思っお進んでいたら、実は萜ずし穎が埅っおいた、ずいうずころか。

「だからそれが吉だろうが凶だろうが、少なくずも今たで知らなかった䞖界を芗いおみた床胞を責めるのは奜きじゃない。気に食わないのは――」

 私たちのキャンプ堎が近くなり、湖に沿っお続くワむンディングに入ったようで、巊右の揺れがたた忙しくなった。ギアが䞀぀萜ずされる。

「――ハナからそういう気持ちを利甚する気が満々の茩どもだ。信甚を埗るっおこずの䟡倀が分かっおない。他人からの信頌に、雑に塩を振っお食い散らかすようなや぀らさ」

 アクセルが螏み蟌たれ、ディヌれルタヌボが唞りを䞊げた。

「そういや、荷物を眮いおきたりしおいないかいいちおう気にした぀もりだったけど」
「ああ、はい。すぐに垰しおもらう぀もりでしたから手ぶらでした。貎重品はここに入れおたしたし」

 私は履いおいるカヌゎパンツの倧きなポケットを軜く叩いた。旅行甚の簡易サむフず、バむクのキヌが入っおいる。

「䞊出来だ。こうなったらもう、取りに戻るのは無理だろうしね」

 それは間違いない。私は顔を䞊げお垭の埌ろをのぞき蟌み、リアりむンドりの方を芋おみた。

「アキラさんたち、远っおきたすかね  」

 ずりあえず远っおきおいる自動車のラむトなどは芋えず、窓は道の䞡脇を芆う暹海の闇で真っ黒に塗り぀ぶされおいた――が。

「いや、远っおくるだろ」

 圓たり前だよ、ずいう調子で返しおくる倩幕沢さん。

「防犯アラヌムが鳎りっぱなしじゃあ、あい぀らにはいい気味でも、他のお客さんに迷惑だず思っおね。適圓なずころで止められるように、鍵はテントの入口あたりに萜っこずしおおいた。盞圓の間抜けでなければ、がちがち芋぀けおるだろうよ」

 どうやら、あのアラヌム音は倩幕沢さんの仕業だったらしい。

「クルマの鍵はどこから持っおきたんですか」
「どこに、も䜕も、運転垭に挿しっぱなしだったよ。盞圓の間抜けじゃあなくおも、そこそこの間抜けなのは間違いないね」

 荒ぶる゚ンゞンの回転数のごずく、倩幕沢さんの毒舌もよく回る。

「アラヌムはどうやっお鳎らしたんですか」
「あれは簡単さ、盗難防止甚のアラヌムだからね。鍵を倖から閉めお、運転垭の窓をコンコンず叩いおやればいい」

 倩幕沢さんは右手で拳を䜜り、窓ガラスを叩く仕草をしお芋せた。コンコン、ずいうよりは、ドンドンッずいう感じだったが。

「ずにかくだ。私があい぀らだったら、今ごろはたず間違いなく怒りに怒っお、䜕が䜕でもあんたを探し出しお攫いに来るだろうね」
「やっぱり、そうですよね  」

 胃の䞭のものを吐くだけ吐いたら少しは萜ち着いお考えが巡るようになったが、どうにも困ったこずになったずあらためお気づいた。助け出しおもらえたのは有り難いの䞀蚀だけれど、このたたでは倩幕沢さんにもさらに迷惑がかかるのは間違いない。

「倩幕沢さん、その  せっかく助けに来おもらったのに申し蚳ないですけれど、私をどこかで䞋ろしおもらえたせんか」

 私ずしおはそれなりに意を決しお蚀った぀もりだったが、倩幕沢さんはたるで私がそう蚀い出すのが分かっおいたかのように、錻をフフッず鳎らしお苊笑いをした。 

「それこそ間抜けなこずを蚀いなさんな。䞋ろすったっお、どこにだいこの蟺りにゃタヌキかサルの寝ぐらくらいしか無いよ。あい぀らが远っおこれないような、ちゃんずしたホテルなり宿なりに逃げ蟌むずしおも、䞀番近くおここから20kmはあるし、泊たれる郚屋が空いおるずも限らない」
「で、でも――」

 これ以䞊のご迷惑は、ず蚀おうずした私の頭を、倩幕沢さんはポンポンず撫でるように軜く叩いた。

「眮いおいけ、だなんお。若い嚘さんをこんな山ン䞭に芋捚おお逃げる有り埗ないね」
「    」
「むしろ䞀朝こずあらば、こんな老いがれは若者の身代わりになっお朔くくたばるのが、幎寄りの正しい埀生っおもんだ」
「そんな  」

 倩幕沢さんは巊手をシフトレバヌに戻し、たた速床を䞊げた。

「迷惑かけたず思っおんなら、さ ちょいず、あたしの䜙興に付き合っおくれないかな」
「え、䜙興  ですか」

 運転垭の圌女は䞍敵に埮笑みながら、私の頭をもう䞀床、今床は少し荒っぜく撫でた。

「あたしはただ、蚀いたいこずの半分もあい぀らに蚀っおないんだよ」




 キャンプ初心者がやりがちな倱敗の䞀぀に、灯りの䞍足がある。

 珟代人であれば無理もないこずではあるが、地球䞊にいる人間以倖の党おの生き物が知っおいお、日々それに準じお生きおいる圓たり前の垞識を、人間は぀い忘れがちである。

 すなわち、「倜は暗い」ずいうこずを。

 日没を過ぎた森の䞭は、真の闇だ。倜の垳が降りれば、たしおそれが今日のように新月の倜だったりしたならば、マッチの火でさえ眩しいず感じるほどの真の闇が、昌間は難なく芋枡せた党おの空間を満たすこずになる。

 テントの䞭を照らす灯り、テントの倖で煮炊きするための灯り、どこかぞ移動する時の灯り。
 䟋えば人でキャンプに来お、灯りがLEDランタン぀しか無かった堎合、人が甚足しに倖ぞ出るのならば灯りはそちらぞ枡すしかなく、もう人はテントの䞭で真っ暗闇に耐えなくおはならなくなる。
 行動蚈画をもずにシチュ゚ヌションを事前によく考えお、それぞれの堎合に効率よく手元や足元を照らしおくれる灯りを甚意しおおかないず、日が萜ちおからはひたすら暗闇ずの戊いになり、掻動の効率が著しく䜎䞋するこずになっおしたう。




 燈は、長幎にわたっお愛甚しおきたハリケヌンランタンを手に持っお、譊戒するようにあちこちの方向を照らしながらテントの前に立っおいた。虫陀けにもなるハヌブ入りオむルを䜿っおいるため、ほのかな柑橘の銙りが倜の闇を挂っおいた。

スタンドに吊るされたハリケヌンランタン
画像匕甚元https://tobuy.jp/active/outdoor/post-8378


 それほど長い時間は埅たなかった。
 キャンプ堎の入口にクルマのヘッドラむトが芋えた気がしおから、ほどなくしお懐䞭電灯の灯りが぀、こちらぞ向かっお近づいおくるのが芋えた。

「――ちっ、なんだ婆さんかよ」

 あからさたに䞍機嫌そうな様子のアキラが、埓えるようにダむゎを連れお、燈のテントの前にやっおきた。

「おや、お兄さんたちこんばんは。いきなり婆さん呌ばわりずは、たたずいぶんだね。昌間の営業トヌクはどうしたんだい」
「ほざいおろ。あの女はどこに――ああなんだこりゃ」

 燈がランタンを高く䞊げるず、アキラが䞍思議がる顔がよく芋えた。

 アキラの芖線の先には、あかりが匵っおいたテントず圌女のバむク  があるはずだったが、いたそこに目圓おのものは無く、代わりに匵られおいたのは、人ほどのグルヌプが䜿うような、倧きなベヌゞュ色のドヌム型テントだった。

「しっ。倧きな声を出すんじゃないよ。あんたらだっお揉め事を倧きくしたくはないだろう

 燈はたしなめたが、アキラは䞍思議さを䞍機嫌さぞず倉えた衚情を向けおきた。

「なんだよこりゃ。あの子のテントはどこだ」
「さあね。あんたらず出かける時に『テントを閉める』っお蚀っおたじゃないか。移動する぀もりで片付けたんじゃないのかい それに替わっお、どこかの家族連れが匵ったのがこれで、っおずこじゃないのかね」
「ふざけんなおめえがあの子をクルマに乗せお出おいくのを、ダむゎが芋おたんだ」

 アキラの蚀葉に、ダむゎは口を真䞀文字に結んだたた䜕床もうなづいた。

「テントはずもかく、少なくずもおめえはあの子がどこに行ったのかは知っおるはずだ。すっずがけんじゃねえ」

 燈はそんな荒っぜい物蚀いにも党く動じず、持っおいたランタンをテント脇に差しおあったスタンドにかけるず、代わりに足元に眮いおあったガストヌチバヌナヌを手に取った。

「おい、話を聞いおんのかよ」

 シュボッ、ずいう音ずずもに、蟺りが䞀瞬だが昌間のように明るく照らされる。炎の勢いに、アキラたちも若干たじろいだ。

 テントの前には、燈が手に持぀ガストヌチに付けられおいるのず同じカセットガスの猶が䜕本か転がっおいる。燈は空いた巊手でそのうちの䞀本を拟い䞊げるず、無造䜜に男たちの方ぞ攟り投げた。

「おっず、っずず  」

 暗がりのため受け止めるのは難しいず察し、アキラは慌おお避ける。ガス猶はアキラの足元に萜ち、砂利に圓たっお軜い金属音が響いた。

 アキラはおそるおそるずいった颚でその猶を手にずっおみたが、猶はずおも軜く、振っおみおも液䜓ガスの入っおいる感じはほずんどしなかった。

「なんだよ、空っぜじゃねぇか。脅かしやがっお」

 アキラは憀りを叩き぀けるように、倧袈裟に振りかぶっお猶を森の闇ぞ向かっお倧きく投げ蟌んだ。今床は金属音もせず、だいぶ遠くの方でガサッずいう草か茂みに圓たったような、かすかな音が聞こえただけだった。
 燈はその様子を芋぀めお軜くうなづくず、

「森を汚すのは感心しないね。山の神様からバチが圓たるよ」

ず蚀っお、どこか嬉しそうな雰囲気を挂わせながら埮笑んだ。

「バチなんざ圓たるもんなら圓おおみろ。俺たちゃババアに甚は無ぇんだ。蚳のわからねぇこずをやっおないで、おずなしくあの女の居堎所を教えろや」

 アキラは舌打ちをしお向き盎る。もう苛立ちを隠しもせずに、燈に詰め寄ろうずしたが、圌女がたた䞀瞬だけガストヌチに火を点けたので、再びたじろいだ。

「もし今倜、ここで」

 燈は䜙裕さえ感じさせる埮笑みを厩さないたた、話し続けた。

「もし今倜ここで、私のテントに火が点けられお、私が焌け死ぬか、たぁ死なないずしおも、倧やけどでも負ったずするだろうそうなったら、疑われるのは誰だず思う」

 アキラの眉間に、耇雑な圢の皺ができた。

「そもそも昌間、あたしも含めおここで話し蟌んでいたのを芋おいたキャンパヌは倚かっただろう。グランピング堎でもそうだ。あの子があんたらず䞀緒に居たのを芋おいる客だっおいるはずさ。違うかい」
「  ちっ」
「あの子ず䜕かトラブルがあっお、倜䞭にもずもず圌女が宿泊しおいたキャンプ堎にやっおきた。が、圌女のテントが芋圓たらない。腹いせに、圌女ず仲良くしおいた幎寄りのテントにいたずらで火を぀けたが、予想以䞊に速く燃え広がったので慌おお逃げ出した――筋曞きはこんな颚に思っおもらえるず助かるね。でも、それだけじゃない」

 燈はトヌチを持った手を䞊げお、アキラずダむゎの背埌、遠くの方を差すように向けた。

「あんたらの、あのデカいアメ車の四駆。今もここたで乗っおきたんだろう」

 問いかけられたが、はいずもいいえずも蚀わずに黙っおいる二人。燈はかたわず話を続けた。

「今倜、ここのキャンプ堎に泊たっおいるクルマたちで、あんた達のず同じくらいにゎツいや぀はいないのさ。連䌑だっおのに珍しく、゜ロや少人数の家族連ればかりでね。倧きいのもせいぜいミニバンくらいだ。明るいうちに確認しおおいたから間違いない」

 ダむゎが、ぜかんず口を開けた。もう䞀床舌打ちをするアキラ。

「そしお昚日たでの雚で、駐車堎の入口はだいぶぬかるんでいただろう 今から慌おお逃げおも、きっずあの立掟なブロックタむダの跡がしっかり残っちたっおるね――そしお、このガストヌチ」

 燈はガストヌチを䜕かの献䞊品かのように䞡手でうやうやしく県の前に持ち䞊げおみせた。

「私ずテントが燃えたら、これで火が぀けられた、ずいうこずくらいはすぐに調べが぀くはずさ。日本の譊察ず消防は優秀だよ」

 歯ぎしりが聞こえそうなほどに、唇を歪めお苊々しい衚情を䜜るアキラ。

「䜕を蚀っおんだ、おめえは自分で火を぀けるんだろそれがなんで俺等のせいになるんだよ。俺たちゃそのバヌナヌにもテントにも指䞀本觊れおないし、この埌も觊れなきゃいいだけだ。蚌拠の話でもしたいんだろうが  」

 そこたで蚀ったずころで、ダむゎが、あっ、ず小さく声を䞊げた。
 燈は口の端をゆるやかに持ち䞊げおうなづいた。

「その埌の珟堎怜蚌できっず、この付近䞀垯が隅々たで捜玢されるだろう。遺留品が無いか、っおね。そうするず、燃えたのず同じメヌカヌのガス猶が、そこいらぞんの茂みから発芋される」

 燈は、先ほどガス猶が投げ蟌たれた暗がりの方を指差した。
 目を芋開くアキラ。

「このキャンプ堎の客ではない、あんたの指王がベッタリず぀いたガス猶が、ね」

 男たちは、燈ず森の暗闇を亀互に芋回した。

「探しに行きなよ。その間にこのテントに火が点いお、他のキャンパヌが気づいお倧隒ぎになっお、消防が呌ばれ譊察が呌ばれ  それたでに芋぀かるずいいがね」

 アキラは懐䞭電灯を森の暗闇に向けたが、繁みのほんの䞀郚がスポットラむトのように照らされるだけで、猶がどこに飛んでいったかなど芋圓も぀かないこずを思い知らされただけだった。

「あずは、これでダメ抌しかな」

 燈はポケットからスマホを取り出すず、男たちに向けおフラッシュを焚いた。カシャッずいうシャッタヌ音が、静寂の䞭でやけに倧きく響いた。

「――っ」

 静かな暗闇の森に䌌぀かわしくない刹那の閃光に、思わず顔の前をふさぐ男たち。その姿が、䞀瞬だがはっきりず闇に浮かび䞊がった。

「あら、暗くおもけっこう綺麗に撮れるわね。芋およほら、なかなかの男前だよ」

 液晶の画面を確認する燈に、アキラが玠早く駆け寄っおスマホを奪い取った。

「おめえ、䜕しおんだっくそっ、こんなもん――」

 そう叫んで、足元の地面に叩き぀けようずしたのだが。

「無駄だよ」

 恐ろしいほど穏やかで、静寂を突き通すように鋭くよく通る燈の声に、アキラの動䜜が止たった。

「あたしはね、こういう機械にはおんで疎いのだけれど、その携垯は  ええず  クラりドっおや぀に登録しおるんだよ。あたしの子䟛や孫が、キャンプの写真を芋せ合いたいっおいうから。共有フォルダ、っおいうのかな」

 ダむゎが、蟺りに響くほど倧きな音で、ごくりず喉を鳎らした。

「いた撮った写真ももう、そのクラりドずやらに送られおるよ。時刻ず䜍眮情報も残るんだろう今日たった今ここに、あんたらが居たっおいう蚌拠になるはずだよ。だから、その携垯を慌おお壊したっお無駄さ」

 スマホを持っお振り䞊げた腕がしばらくブルブルず震えおいたアキラだったが、やがお腕をだらんず䞋ろしお、銖を倧きく振るず、

「あヌあ、やめたやめた。参ったよ、バアさん」

 そう蚀っお、䞡手を䞊げお降参のポヌズをしながら、燈にスマホを返しおきた。

「んで俺たちをどうする気だ。今からオマワリでも呌ぶかでも俺たちゃ別に、あの子には酒飲たしただけで䜕にもしおねヌぞ」

 倧人しく諊めたずいうよりは、譊察沙汰やらいざこざにも慣れおいるからどうずいうこずはない、ずいった颚のふおぶおしさではあったが、燈は盞倉わらず䜙裕の笑顔を絶やさずに応察した。

「私の望みはただ䞀぀さ。今倜、ここで静かに眠りたい――それだけだ」

 燈は、静かに空を芋䞊げた。

 芖界には、むラストの集䞭線のように朚々の圱が攟射状に広がり、その圱の合間にひらけた新月の倜空には、たくさんの星が瞬いおいた。
 䞍倜城の郜䌚では芋るこずが絶察に叶わない、本物の暗闇が生み出しおくれる、本物の星空だった。

「今日ここであったこずは、あの女の子のこずも含めお党お忘れるんだね。それで、䜕もかも無かったこずするさ」

 燈は芖線を萜ずしお男たちに向き盎るず、そう静かに告げた。

「あヌそんなんでいいのか」

 むしろ譊察でも呌ばれた方が玍埗できる、ず蚀わんばかりに、アキラは銖を傟げた。普段の玠行がうかがい知れるずいうものだった。

「いいよ、あたしもぜんぶ忘れるから。こっちだっお、面倒なこずは埡免なんだよ」
「䜕蚀っおやがる。自分から面倒ごずに銖を突っ蟌んでるんだろうが。若い人間のやるこずに、老いがれが絡んでくるな、っおんだ」

 燈は、ははっ、ず軜く声を出しお笑った。確かにその通りだずいう自嘲の笑いだった。

「いや違いない。ハナから、ただの幎寄りのおせっかいだね」
「だろうこっちだっお色々ず台無しだ」
「いやあたしもね、あの子にはちょっず呆れおるのさ。こんなずころで連れもなくたった䞀人でキャンプしおるっおのに、芋ず知らずのチャラ぀いた男どもにのこのこ぀いおいくなんおね。本圓、銬鹿げおるわ」
「おいおい、チャラ぀いたは䜙蚈だぜ。でもそうだ、あの子だっお悪いず思わねぇかこんな山ん䞭で女䞀人だっおのに、䞍甚心すぎるだろうが  」

 そこで、燈の顔から䞀切の衚情が消えた。

「――悪い、っおのはなんだい。ああ」

 いったん蚀葉を区切るず、燈は喋るテンポを割ほど萜ずしお続けた。

「䞍甚心で愚かだったずしおも、『悪い』っおこずはない。たしおや、それが盞手を陥れおもよい理由になんかなるわけないんだよ」

 衚情も声も抑えおはいるものの、抑え切れず溢れ出た憀りが男達の党身を突き刺すように襲い、アキラは思わず蚀葉を飲んだ。

「かっぱらいの前を、財垃を芋えるように持っお歩いおるや぀がいたら、確かにそれは䞍甚心だ。だけどそれは別に『悪いこず』じゃないし、その金を盗んでも構わない理由になんかなりゃしないだろ」
「    」
「あっちが悪いだの、こっちは悪くないだのっおのは、自分のやっおいるこずを正圓化したい奎の吐くこじ぀け、みっずもない蚀い逃れだよ」

 アキラはふヌっず倧きく息を吐くず、やれやれずいう颚に肩をすくめた。

「わかったわかった。これ以䞊、婆さんの説教なんか聞きたくないね。それじゃあ、本圓にこれでお開きっおこずでいいんだな」
「二蚀は無いよ。さっさず行きな」
「はいはい。じゃあな」

 アキラはひらひらず手を振り、ダむゎに八぀圓たりの悪態を぀きながら、闇の䞭ぞ消えお行った。




「――もう倧䞈倫そうだね。いちおう駐車堎の方たでこっそり芋おきたけれど、行っちたったみたいだ」

 ドヌムテントに入っおきた声を聞いお、私は心から安堵した。

「ありがずうございたした  いや、それより先にごめんなさい、ですよね」

 私は倩幕沢さんに蚀われた通り、ずっず自分のテントの䞭で身を朜めおいたが、圌女が戻っおきたので、もう倧䞈倫かず思い自分のテントを開けお顔を出した。
 頭がひどく重いものの、酔いはだいぶ醒めおきた。あらためお、自分がいる堎所の様子を芋回す。

 自分のテント、ず蚀ったが、私の匵ったテントは、埌から倩幕沢さんが匵ったずいう倧型のドヌムテントにすっぜりず収たっおいた。バむクも荷物も党お䞀緒に、である。

「ありがずうも、ごめんなさいも、どっちも芁らないよ。あたしのお節介を無䞋にしないでくれたからね。迎えに行った時に『垰りたくない』ずでも蚀われたら、そのたた攟っぜっおくる぀もりだったし」

 倩幕沢さんは話しながら、自分の荷物から手のひらサむズの小さなLEDラむトを取り出すず、灯りが点くのを確認しおからもう䞀床テントを出お行き、ほどなくしお戻っおきた。手にはLEDラむトではなく、倩幕沢さんがテント前にかけおいたオむルランタンがあった。

「あっちのテントには、䞭に灯りを入れおきた。念のため点けっぱなしにしお人が居る颚にしおおこう。逆にこっちはなるべく暗めにしおおくよ。ちず䞍自由だが、蟛抱だね」

 ドヌムテントはかなり広々ずしおおり、私のテントずバむクを収玍しおもなお空間の半分近くは空いおいたし、女性にしおは長身の倩幕沢さんが立ち䞊がっおいおも頭がぶ぀からないほどの高さがあった。

 バむクを入れる郜合もあったず思うが、私のテント以倖の郚分にはグラりンドシヌトも䜕も敷かれおおらず地面がむき出しになっおいる。倩幕沢さんはオむルランタンの぀たみを絞っお灯りを調敎するず、そのたた地面に盎眮きした。

「それにしおも、戻っおきた時にいきなりこれが立っおいたのにはびっくりしたしたよ」
「クルマに積んであったのさ。今日は䜿う予定が無かったからね。日が萜ちる前に倧急ぎで立おたから、ペグも最䜎限しか打っおないわ、ガむロヌプの匵りも適圓だわ、実はギリギリ立っおるような状態なんだけどさ」
「そうなんですか」
「慣れおる奎が芋れば、慌おお建おたんだっおすぐにバレるよ。あの小僧どもは、キャンプに関しちゃド玠人のようだ。おかげで助かったがね」

 ドヌム内の䜙ったスペヌスには、倩幕沢さんのコットが眮かれ、その脇に圌女の荷物ずクヌラヌボックス、それにこれもクルマから持っおきたのだろうか、折り畳みのミニテヌブルず怅子が展開されおいた。
 私は自分のテントから這い出るず、バむクの脇に眮かれおいた自分のロヌチェアを匕き寄せ、どうにかそこに身䜓を乗せお䞀息぀いた。

「話は聞こえおたかい」

 キャンプ入門本の受け売りだが、どんな颚雚にも耐えるような最新の優秀な玠材で䜜られたテントであっおも、所詮は垃䞀枚なので、遮音性ずいうものが皆無である。
 真倜䞭の静寂の䞭なら、テント内のひそひそ話でさえも、テントの脇を通りがかった人の耳に入るこずがあるので気を぀けたしょう、ず本には曞かれおいた。

「はい。本圓、バカでしたよね私  」

 そんなわけで、先ほどの倖でのやり取りは、私にも党お聞こえおいた。

「ああ、その通りだね。車ン䞭でも蚀ったが、たぁたぁの銬鹿だ」

 にべもなく蚀い攟぀倩幕沢さん。

「あんたの行動は、ずおもじゃないが賢かったずは思えない。た、ずはいっおも、それを玠盎に認められるのは偉いずも思うがね」
「はい  」

 叱られおいるのか耒められおいるのか分からないが、反省以倖に考慮点が無いくらいに感じおいる自分にずっおは、むしろスッパリず切り捚おられるのは枅々しい思いだった。

 倩幕沢さんが助けに来おくれなかったら、今ごろ私はどんな運呜の䞭にいたのか――想像は易いが、考えたくなかった。

「それでも、さっきあの連䞭に蚀ったのず同じだけどさ。行動したこず自䜓は別に悪いこずなんかじゃあないさ」

 話しながら、倩幕沢さんは先の立ち回りで䜿っおいたガストヌチをガス猶から倖しお、自分の荷物から取り出しおきたシングルバヌナヌぞ付け替えるず、ミニテヌブルの䞊に眮き、小さな登山甚ケトルにミネラルりォヌタヌを入れおお湯を沞かし始めた。

「旅の途䞭で知り合った人ず䞀時の亀流を深めたい、なんお気持ちは、別にそれほど倧局なこずでも無いだろう。あたしずも、こうしおやっおいるこずだしね」

 そうだずは思うが、醜態を晒した埌であるゆえに、そうですよね、などず安易に肯定する気にもなれず、私は黙っお聞いおいた。

「ただそこに目を぀けお、ロクでもないこずを考える連䞭はどうしおもいるし、どんなに気を぀けおいおも、ちょっずしたこずで足をひっかけられお穎がこに萜っこずされちたうや぀はいる」

 倩幕沢さんはそこで蚀葉を区切るず、ふず芖点だけをどこか遠くに向けお、数秒の沈黙を挟んだ。なんずなく、叀い蚘憶のノヌトのどこかのペヌゞを読み返しおいるように感じたので、私も黙っおいた。

「  た、今回のやらかしで孊んだろうあずは同じ倱敗だけはしないように気を぀けるこずだね」

 シュンシュンず音を立お始めたケトルの蓋に芖線を戻した倩幕沢さんは、コンロの火を止めた。さらに暹脂のお怀を぀眮くず、即垭の味噌汁セットを取り出しおそこに開けた。

「厄介なこずにならなくお良かった、ず思っお反省したなら、あずは胞匵っおりゃいいさ。あの連䞭ず違っお、他人様に顔向けできないようなこずをしたわけじゃないんだ」

 お湯が泚がれお、テントの䞭が優しい味噌の銙りで満たされた。

「私は銬鹿だったけど、悪いこずはしおない、っおね」

 ほれ、ず枡されたお怀を受け取る。啜っおみるずただ熱々だったおかげで、酔いのせいで呆けた脳味噌が叩き起こされた。

「しじみの味噌汁だよ。二日酔い防止にはもっおこいだ」

 むンスタントながらよく利いた出汁のおかげで、党身に血が巡っおいく感じがした。

「おいしいです  」

 初めおのキャンプの、初めおの倜で、ようやく萜ち着いた気持ちぞず自分を導いおくれた䞀杯の味噌汁は、どんなご銳走よりも尊いものだず思えたし、ずんでもない方向ぞ行きかけたシナリオを無理やり匕き戻しおくれた倩幕沢さんには感謝しかなかった。

 お怀を䞡手で倧事そうに持぀私を芋お、倩幕沢さんは満足げににっこりず笑った。

「さお、ず。実はあたしはただ倕飯を食べおなくおね、腹ペコなんだ。䞭華粥みたいなや぀を䜜るから、䞀緒に食べるかい あんたも、食べたもんはみんな出しちたったんだろう」

 倩幕沢さんはケトルに残ったお湯を氎筒に入れるず、今床は倧きめのメスティン携行甚の調理鍋を出しおきた。

「はい、いただきたすあ、そうだ。私、倕飯にパスタを䜜る぀もりで持っおきた材料があるんですけれど、䜿うあおがなくなっちゃいたしたし、よかったら䜿いたすか」
「いいね。䜕がある」
「ええず、マッシュルヌムず、あずはベヌコンずチヌズくらいですかね」

 自分の荷物から食材の入った保冷バッグを取り出しお芗き蟌む。提案はしおみたものの、もずもず倧したものを䜜る予定は無かったので、あずは也燥パスタず調味料くらいしか無かった。

「オッケヌ、じゃあマッシュルヌムは刻んで粥に入れちたおう。残りのも貰っお構わなければ、明日の朝に䜿わせおよ。よかったら䜕か䜜るから」
「はい、かたいたせん」
「よし、じゃあ䜜るずするかね」

 小さなナむフず、曞類ケヌスくらいの幅しかない小さなテヌブルの調理スペヌスだが、倩幕沢さんは実に手慣れた様子で準備を進めおいく。

 私は今のうちに着替えさせおもらおうず思い、ズボンのポケットに入っおいるものを出そうずしたのだが――

「あれなんだろう、これ  」

 バむクの鍵ず財垃を取り出した埌、ただポケットに䜕か残っおいるような違和感があっおたさぐっおみるず、音楜甚の無線ヘッドホンが片耳分だけ出おきた。
 ちょうど私が持っおいるのず同じモデルだったが、こんなずころに、それも片方だけ入れた芚えは無い。私が銖をひねっおいるず、私の様子に気づいた倩幕沢さんがこちらを振り向いお、ああ、ず声を䞊げた。

「そうだった、そい぀を返しおもらわないずいけないんだった。そい぀も功劎者だったね」
「え、これ倩幕沢さんのですか」
「そうさ。そい぀があんたの居堎所を教えおくれたんだよ」
「これが、ですか    ああっ」

 蚀われおみればそうだ。酔っおいたせいで考えおいなかったが、倩幕沢さんはアキラさん達がどこに泊たっおいるかなんお知らなかったはずなのに、どうしおすんなりず私を助けに来れたのか。

 私も䜿っおいるこのヘッドホンは、同じメヌカヌのスマホず連動しお䜍眮情報を知らせるずいう機胜を持っおいるのだ。そのおかげで、䞇が䞀なくしおしたった時にどこに萜ちおいるかを、ある皋床ではあるが知るこずが可胜だった。

 倩幕沢さんはこれを利甚しお、私の䜍眮を知るこずが出来たのだろう。

「よく咄嗟にそんなこず思い぀きたしたね。でもい぀の間に、私のポケットなんかに」
「湖で、あんたの尻を撫でた時にね」

 合点がいった。湖で倩幕沢さんず別れる時に、ズボンに汚れが、などずいっお倪もものあたりを払っおくれたが、あの時か。

「――倩幕沢さん、さっきこういう機械には匱いなんお蚀っおたしたけど、よくよく考えたら自動車やバむクも奜きなのに、メカが苊手っおこずもないですよね」

 倩幕沢さんは調理をしながら、くっくっず喉を鳎らしお笑った。

「ハッタリもり゜も、倚少は混ぜたほうが楜しいじゃないか。䜙興だったんだからさ」

 私は呆れたような感心したような、なんずも蚀えない気持ちになっお脱力しお怅子にもたれかかった。

「倩幕沢さんのその床胞っお、いったいどこから湧いおくるんですか 」
「さぁおね。あたしは自分を特別だずは思っちゃいないし  匷いお蚀うなら  そうだね。芪父がさ、仕事で自動車のブロヌカヌをやっおいたんだけど」
「ブロヌカヌ」
「䞭叀車屋ずもちょっず違うが、客や業者から『この車皮の、これこれこういう幎匏でグレヌドで、皋床の良いや぀を探しおくれ』みたいな䟝頌を受けお、あちこちツテを頌っお探しお、亀枉しお匕き取っおきお䟝頌䞻に売るんだよ」
「ぞえ、そんなお仕事があるんですね」
「孊校を出たか出ないかくらいの頃から、その手䌝いをさせられお接々浊々を飛び回っおたもんだから、た、他人よりかはちょいずばかり人生の経隓倀っおや぀は倚めかもだが」
「そんなにあちこち行かされたんですか」
「たあね。高のうちにクルマの免蚱を取っお、ただ孊校にいる間にもちょこちょこず仕事を教えられおはいたんだけどさ。卒業した春䌑みに、いきなり䞀人で八戞たで行かされた」
「八戞っお  青森の」
「ああ、ただあっちは雪が残っおる季節だったしね。山の䞭でガス欠になっお死にかけた時は、さすがに芪父を恚んだよ」
「ふええ  」

 呑気に孊生をやっおいる今の私ず同じ頃合いからそんなハヌドモヌドな人生を歩んできた人に、この先どんなに頑匵っおも远い぀ける気はしない。

「ああ、そうだ。明るくなったら、ガス猶を探しに行くのを手䌝っおちょうだい。それこそこんな茶番のせいで、森の䞭を汚すわけにはいかないからね」

 倩幕沢さんはメスティンをお玉で混ぜながら、片目を぀ぶっおみせた。

「それはもちろん  あの、関係ないんですけれど、䞀぀聞いおもいいですか」
「んヌなんだい」
「倩幕沢さんは、女の子が䞀人でこうしおキャンプするのっお、やめたほうがいいず思いたすか」

 あたり深い話にする぀もりはなく、本圓に単玔に、倩幕沢さんならなんお蚀うのだろうずいう興味からだった。

「そうだね  あたしがやめろっお蚀ったら、金茪際キャンプには行かない぀もりかい」
「いえ、そんなこずはないです」

 私は即答した。自分でも、よくあんな目に遭いながらスッず答えられるものだず思った。どうやら私の根っこの郚分では、今回の経隓もネガティブなものずしおは分類されおいないようで、自らの意倖な図倪さに驚いた。

「いい答えだ」

 倩幕沢さんはにっこりず笑い、メスティンの蓋にお玉を眮いお腕組みをした。

「たぁ正盎、女の子が䞀人でキャンプに来おいお面癜くない目に遭った、なんお話なら䜕床か聞いたこずはある。でもさ、そんなのは別にキャンプじゃなくたっお、人生のどんな堎面だっお起こる話だろう」
「それは  そうですね、確かに」

 私は経隓が無いが、同じサヌクルの男子にし぀こく぀きたずわれお危うく、みたいな噂話も、倧孊にいればちらほらず耳にするこずがあった。

「それに『女の子は』っお蚀ったが、盗難みたいな被害だったら男も普通にあるしね。どっちかっお蚀えば男の方がさ、倀が匵ったり凝ったギアを持ちたがるだろうそれで、キャンプ堎で仲良くなった奎に『䜿わせおみおくれ』なんお蚀われお短い時間だけ貞した぀もりが、気づいたらそい぀のテントがもぬけの殻だった、なんおのもよくある話さ」
「うわぁ  」
「たたたた盗たれた、ずか、出来心で、ずかじゃあなくお、ハナからそういうこずが目的でキャンプ堎たで来おいるような、心底どうしようもない連䞭もいるからね」

 私は、倩幕沢さんが蚀っおいた『埗䜓の知れないや぀』ずいう蚀葉をあらためお思い出しおいた。

「だからあたしは、゜ロキャンだけを特別に考える必芁はないず思っおるんだ。どこに行くんだっお、䜕をするんだっお同じこずさ。自分ひずりで出来るず思ったなら、どんどんやっおみればいい。ただ、圓たり前だけれど、䞖の䞭っおのは確実な成功が玄束されおいる堎合ばかりじゃないこずの方がほずんどだ」
「    」
「それでもさ、やっおみないずどうなるか分からないっお時こそ、䜕が起きおも党お自分の責任であっお、人のせいにしちゃいけない、っお思うのさ」
「いわゆる自己責任、ですか」
「そうさ。人生は党お自己責任だ」

 倩幕沢さんは倧きくうなづいた。

「どこかに出かけおひどい目に遭ったずしおも、そもそもそこに行かなければ、行動しなければ、ひどい目に遭うこずもないだろうでも、じゃあその行動を決断したのは誰なんだ、ず蚀えば」
「  もちろん自分、ですよね」
「そうさ。危険を避けたいのなら、家に閉じこもっおいればいい。でもそれだず、面癜いこずにも楜しいこずにも出䌚えない」

 メスティンからふ぀ふ぀ずお粥の煮える音が倧きくなったので、倩幕沢さんは火を止めた。

「だから、自分で決めお行動した最䞭で起きたこずは、党お自分の責任なんだず、あらかじめ腹をくくるこずだね。䞀床そう決めれば、人はどこぞだっお行けるし、䜕だっお出来る」

 私は黙っお聞きながら、ふず自分のバむクを芋぀めた。
 私をここたで連れおきおくれた、おじいちゃんの単車を。

「行動しない理由なんお、考えればいくらでも思い぀くさ。でも、自分の人生が面癜くならないからっお、それをどこかの誰かや䜕かのせいにするなんおたっぎらだ。少なくずもあたしは、そうやっお生きおきたよ」

 倩幕沢さんがシェラカップにお粥をよそう様子を眺めながら、私は胞に浮かんだ蚀葉を呟いた。

「『船は枯にいれば安党だが、船は枯にいるために䜜られたわけではない』か  」
「んいい蚀葉だね。あかりちゃんのオリゞナルかい」
「いえ、私の倧奜きな栌蚀なんです。元は䜜家さんの蚀葉らしいんですけれど、アメリカ軍に圚籍しおいたのに銃を䞀発も撃たないたた将軍クラスにたでなった女性軍人の名蚀ずしお有名です」
「ははっ、なんだいそりゃ。面癜そうな話だ」
「面癜いですよ。たぶん倩幕沢さん、その人ず気が合うず思いたす」

 ”アメヌゞング・グレヌス”ず呌ばれた女傑の話をしながら、倩幕沢さんの䜜っおくれた優しい味の䞭華粥に癒やされお、私の生涯初にしお波乱のキャンプずなった倜は、ようやく静かに曎けおいった。



 翌朝になっお倩幕沢さんず䞀緒に森を散策したら、ガスの空き猶は拍子抜けするほどテントから近いずころで、あっさりず芋぀かった。

「なんだ、あい぀ら頑匵ればすぐに芋぀けられたんじゃないのかね」

 ペン回しの芁領で、空き猶を噚甚にくるくるず手の䞊で回しながら、倩幕沢さんはむタズラが成功した子どものような顔で笑っおいた。

 朝食は、私が提䟛したベヌコンずチヌズ、それに倩幕沢さんが昚日食べおいたトマトの残りず、それに卵も入れお、人で具だくさんのホットサンドを䜜った。

携垯匏バヌナヌずホットサンドメヌカヌ
画像匕甚元https://tobuy.jp/kaden/kitchen/post-8070


「え、こんなに入れたらフタが閉たらなくないですか 」
「だいじょヌぶだいじょヌぶ。いけるいける」

 倩幕沢さんの力技で具がぎゅうぎゅうに詰められたホットサンドは、噛んだ瞬間に熱々になったトマトの汁ずチヌズが倧暎れしお、私は口の䞭をあちこちダケドしおしたった。けれど、そんなこずも忘れおしたうくらいに矎味しかった。




 テントず荷物を撀収しおパッキングを終えおバむクにも積み、キャンプ堎ず倩幕沢さんずもお別れか、ず思ったずころで、

「チェックアりトに行くんだろうあたしもちょっず管理棟の方に甚事があるから、䞀緒に行こう」

ず、倩幕沢さんが蚀い出したので、圌女のクルマが眮いおある駐車堎たでバむクを抌しながら䞀緒に歩いおいったのだが。

「そういえば倩幕沢さんの  っお、マニュアルでしたよね。私いちおう限定解陀持ちなんですけれど、教習所出おから䞀床も運転しおないんですよね」
「おやおや、そりゃたた珍しい。今どきの子はみんなオヌトマ限定かず思ったよ」
「これも祖父の圱響ですね。せっかくならどっちも運転できるように、っお思ったんですけれど、そもそも家のクルマだっおオヌトマでしかもEVですし、マニュアルなんお乗る機䌚なんか無いんですよね。今の時代だず」
「よし、じゃあたたには乗っおみるか」
「そうですね    っお、ええっ」

 ずいうわけで、駐車堎に着いたらほが匷制的に倩幕沢さんのクルマの運転垭ぞず座らされる矜目になった。

「こい぀はあたしが運転しおいくからさ。管理棟たでだから、湖をせいぜい呚っおずこだ。゚ンストこかないように頑匵りな」

 などず蚀っお、倩幕沢さんはさっさずヘルメットを被っお私のバむクにたたがった。

「いやいやいや、ほんっずヌに久しぶりなんですよ無茶蚀わないでください」

 教習所のマニュアル車だけをかろうじお運転したこずしか無い身で、数幎ぶりに、しかも党く勝手の分からないRVをいきなり運転させられた私は、キャンプ堎を出るたでに回、管理棟に着くたでにプラス回の゚ンストを起こし、そのたびに窓の倖から倩幕沢さんの楜しそうな笑い声が響いた。
 圌女の方はずいえば、たるでもずもず自分が所有しおいたバむクかのように私の愛し子をすいすいず乗りこなしおいるので、それがたたなんずも腹立たしかった。

「あっはっは、いや実に愉快だった」
「もう  あんたり笑わないでください」

 どうにか無事に管理棟たで蟿り着いた私は、ようやく自分の愛車を取り戻すこずが出来た。

「悪い悪い。でもさ、最埌の方はだいぶ慣れおきおたじゃないか」
「あ、はい。久しぶりに運転したら、やっぱりマニュアルも楜しいなっお思いたした。なんおいうか運転っおいうよりも、機械を操瞊しおる、っお感じがしたすよね」

 ずは蚀っおも、短い時間ずはいえクラッチ操䜜などあたりに久々だったので、緊匵から解攟された巊足の膝が完党に笑っおいた。

「それが醍醐味だからね、チャンスがあったら身䜓が忘れないように乗っおおくずいい。――ず、そういえばあんたのバむクもよく吹けおいお、叀い品ずはずおも思えないよ。これからも倧事に乗っおやんな」
「はい、倧切にしたす  っお、あれ䜕かあったんですかね」

 管理棟は湖を䞀呚する道の脇に建っおいお、駐車堎も同じく道に沿っお蚭けられおいる。党䜓でそこそこの広さがあるのですぐには気づかなかったが、よく芋るず駐車堎の䞀番端に小型のパトカヌが停たっおいお、その前で譊察官ず、キャンプ堎のロゎが入った゚プロンを着けおいる䞭幎の男性が、䜕やら話しおいるのが芋えた。

「ああ、䞻任さんだ。ちょうどいい時に来たみたいだね」
「えっ」
「せっかくだ、あかりちゃんもおいで。少しは面癜い話が聞けるかも、だ」

 譊察官が面癜い話をしおくれるこずなどあるのだろうかず思ったが、ずりあえず蚀われるがたたに぀いおいくこずにした。

「朝からご苊劎さん。䟋の話かい」

 倩幕沢さんが男性ず譊察官に声をかけるず、男性の方がぱっず明るい顔を芋せた。

「倩幕沢さんよかった、ナむスタむミングです。あのね駐圚さん。この人が、昚日教えおくれた方なんですよ」

 倩幕沢さんよりも若干背が䜎い、小倪りで䞞顔に䞞い県鏡をかけた、いかにも人の良さそうな感じを挂わせる男性は、昚日のチェックむンの時に芋かけた芚えがあった。その時も他のスタッフに色々ず指瀺を出しおいたし、倩幕沢さんも『䞻任さん』ず蚀っおいたから、おそらくはここの責任者なのだろう。倩幕沢さんは昔からここに来おいるず蚀っおいたが、どうやら垞連ずしお顔芋知りのようだ。

「あなたが倩幕沢さんですか。この床はご協力ありがずうございたす」

 倩幕沢さんずあたり倉わらない、老人ず蚀っおも差し支えなさそうな幎配の譊察官は、癜髪亀じりの頭を深々ず䞋げた。『お巡りさん』ではなく『駐圚さん』ず呌ばれおいたずころからしお、地元の駐圚所に垞駐しおいる譊察官なのだろう。

「それで、どうだったやっぱり盗難車だったのかい」

 盗難車
 倩幕沢さんの口から、䜕やらいきなり物隒な単語が飛び出した。

「はい。ああ、いや䞀応は盗難車ずいうこずにはなるのですが、事情が少々ややこしおくおですね  」

 どこから話したものかず駐圚さんがしばし考えおいる間に、倩幕沢さんが埌ろにいる私の方を振り向いお、

「あの小僧どものアメ車だよ」

ずだけ呟いたので、私は目を䞞くしお驚いた。

 その埌、駐圚さんず䞻任さん、それに倩幕沢さんの蚌蚀が重なっお明らかになった話の党容は、こういうこずだった。

 たず、アキラさんが乗っおいたあの倧きな倖囜産は、アキラさんは自分の所有物みたいに振る舞っおいたが、実は圌のものではなく、圌の勀めおいる䞭叀車販売店で売られおいる商品だった。営業が䌌合いそう、ず思ったアキラさんは、実際にクルマのセヌルスマンだったのだ。
 そしおその䞭叀車販売店だが、この連䌑を利甚しお展瀺スペヌスをいくらか改修するこずになっおおり、䜜業の邪魔になりそうな車䞡の䜕台かを、お店から少し離れたずころにある、圚庫眮き堎ずしお䜿甚しおいる駐車堎ぞず移動させおいお、その内の台にあの倧型が含たれおいた。

 連䌑に入る盎前、販売店の瀟長さんから「閉店埌、適圓な数台を移動させおおくように」ず呜ぜられおいたアキラさんは、䜜業の完了埌にあのだけ鍵を店舗ぞ返さずに手元に眮いおおき、連䌑に入っおからこっそりず持ち出しお、勝手に乗り回しおいた、ずのこずだった。

「連䌑の間ずっずお店は䌑みの予定だったそうで、䌑み明け前に戻しおおけば瀟長さんにも気づかれないだろうず思ったのでしょうな。でも、それが」

 昚日の昌間のこず。たたたた瀟長さんが知人に䌚った際に、
『お前の店に眮いおあるデカい四駆、あれ前から気になっおいたんだ。今床よく芋せおくれないか』
ず盞談されたので、郜合がよければ今から芋に行こう、どうせ店も䌑みにしおいるからゆっくり芋おくれおかたわない、ず蚀っお䞀緒に店舗ぞ行ったのだが、あの車䞡の鍵が無く、車䞡自䜓も展瀺スペヌスにも車䞡眮き堎にもどこにも芋圓たらない、ずなっお、たさか盗たれたのではないかず倧隒ぎになったそうだ。

「でもそこで瀟長さんは、連䌑前に埓業員の䞀人ぞ車䞡の移動を指瀺しおいたこずを思い出したした。もしかしたらその圌が䜕かの理由で問題のクルマを持ち出しおいるのかも知れない、そう考えた瀟長さんは、すぐさた圌に電話をかけたそうなのですけれども」

 そこたで聞いたずころで、あっ、ず声を䞊げたのは私だった。

「お嬢さんどうかされたしたか」
「い、いえ、なんでもないです  」
「ふむ  たぁずにかく、その瀟員の携垯電話を鳎らしおみたものの、䞀向に応答がない。メッセヌゞを送っおも䜕も反応がない。それで仕方なく、盗たれた可胜性もありずしお、譊察ぞ盗難届を出しおいたわけですが――」

 昚日の日䞭なら、アキラさんのスマホは私ずぶ぀かった際に氎没しお䜿えなくなっおしたっおいた。だから連絡が取れなかったのだろう。

「――ほどなくしお、駐圚所の方ぞこちらのキャンプ堎から連絡をいただきたしお、倩幕沢さんからの通報内容を元に照䌚を行ない、問題の車䞡がこの湖に来おいるこずが刀明した、ずいう次第です」

 タむミングからしお、倩幕沢さんは湖に珟れる前にここぞ寄っお、䞻任さんに盞談しおいたのであろうず掚察された。

 そこたでは分かったが、䞀぀肝心なこずが謎だった。

「でも倩幕沢さんは、なんであのクルマを盗難車だっお思ったんですか」
「簡単だよ。車怜シヌルさ」

 倩幕沢さんは枈たした顔で、でもちょっずだけ埗意げに蚀った。

「車怜シヌル  ああ、フロントりィンドりの隅っこに貌っおあるや぀ですか」
「ああ。自動車に関わっおた商売人ずしおの職業病なんだけど、気になるクルマがあるず぀い車怜シヌルを芋ちたうのさ。売る時の倀段を倀螏みしたくなるからっおのず、あずはディヌラヌの営業マンなら、もし車怜が近いようだったら『そろそろお買い替えの時期ではないですか』っお客に薊めるために芋たりするね」
「なるほど  でも、あれだけで盗難車かなんお分かるんですか」
「もちろん、盗難車かどうかなんおのは芋分けられない。ただ、あい぀らのクルマはもっず単玔な理由で怪しかったんだ」
「単玔な理由」
「車怜が切れおたんだよ」

 なるほど、本圓に単玔なこずだった。

 䞭叀車販売店で売られおいた時点で、既に車怜切れの状態になっおおり、販売が成玄した時に車怜を取り盎しおから売る予定の車䞡だった、ずいうこずだろう。

 実際に倩幕沢さんも、あのが盗難車だずたで確信しおいたわけではなく、あわよくば車怜切れ違反で捕たっおくれれば良い気味だ、くらいの぀もりだったそうだ。

 そしお、ようやくわかった。
 倩幕沢さんがあのを「だらしがないクルマ」ず評したのは、そういう意味だったのか、ず。

「私たち譊察からしたら、たずえ短い距離ずはいえ販売店から車䞡眮き堎たで公道を移動するだけでも既に摘発察象なわけですけれど、もずもずそんなこずにもかたわずに、最初から連䌑䞭に持ち出す぀もりで移動察象に遞んだのでしょうね。そういうわけで、ひずたず車䞡の所圚が分かったのは良かったのですが  」

ず、ここで話し手が䞻任さんぞバトンタッチされた。

「僕が珟地の事情を䌝えおかたわないず譊察に蚀っおいたので、その瀟長さんから僕のずころぞ盎接お瀌の電話がかかっおきたんだけれど、問題の瀟員に察しおはもうカンカンだったよ。クルマを気に入っおくれおいたずいうご友人からも『そんな管理のずさんな車䞡はちょっず 』ず断られおしたっお倧恥をかいたずかで、䜕ならこのたた盗難車扱いにしおおいお逮捕しおもらっおもいい、くらいの勢いだったな」

 私ず倩幕沢さんは、二人しおなんずも蚀えない枋い顔を芋合わせた。

「やれやれな話だね。で圓の本人たちは䜕しおるんだい」
「ああ、それが  あ、ほら。どうやらお迎えが来たようだよ」

 䞻任さんはそう蚀っお、駐車堎の倖、私たちが背にしおいる湖沿いの道路を指さした。

「お迎え」

 指さした道には、ちょうど隣県のナンバヌを付けたクレヌン付きの倧きなレッカヌ車が行き過ぎるずころで、方向的には昚日のグランピングサむトの方ぞず向かっおいるようだった。

「やっこさんたち、昚日の倜䞭に䞀床どこかぞ出かけおから自分達の泊たっおいるずころぞ戻った時に、駐車堎の偎溝で脱茪したらしくおね。しかもその時にサスペンションもやっちたったらしくお自走できなくなっお、それであのレッカヌ車の出番っおわけだね」

 䌚ったこずもない䞭叀車販売店の瀟長さんが、頭から湯気を出しお怒り狂っおいる姿が想像できた。

「クルマが可哀盞だ。阿呆どものオモチャにされちたっお」

 倩幕沢さんがポツリず蚀っお、このお話はそこでお開きになった。




「だから忠告しおやったのに。バチが圓たるぞ、っおね」

 駐圚さんず䞻任さんは䞖間話に移行しおただ話し蟌んでいたので、私たちはそこから離れおチェックアりトのために管理棟ぞず歩いおいった。

「でもそういえば、アキラさんたちずの玄束を砎るこずになっおたせんかいちおう通報はしない、っお蚀っおたような芚えがありたすけれど」

 私は、昚晩アキラさんたちず倩幕沢さんずの間で亀わされおいた䌚話を思い出したが、倩幕沢さんはおどけるように䞡手を広げお埮笑んだ。

「あたしが通報したのは、あい぀らじゃなくおクルマの方だからね。車怜切れの怪しいクルマを芋かけたから、なぁんずなくここで盞談しただけで、それがどうやらたたたた、偶然にもあい぀らの乗っおきたクルマだったらしい。それだけの話さ」
「はあ  」
「しかし、枩情でずっ捕たらなかったずしおも、さすがに修理代はきっちり請求されるだろうな。あの小僧、少しは痛みっおもんを味わうがいいさ」

 あらためお思うが、この倩幕沢さんの匷靭な胆力は本圓に、䞀䜓どこから湧き出おくるのだろうか。
 私が倩幕沢さんの幎霢たで達しおも、こんな颚に堂々ず生きられるようになっおいるか自信が無い。確かに人生の堎数が違う、ずいうこずはあるのかも知れないが、おおむね持っお生たれた倩賊の才ではないかずすら思う。

 管理棟でチェックアりトを枈たせお、バむクに茉せた荷物がしっかり固定されおいるか確認し、ヘルメットを被ろうずしたずころで、倩幕沢さんが尋ねおきた。

「どうだったね、初のキャンプは。ちっずは楜しめたかい」

 私は少し逡巡したが、あんなこずがあったのに、今はずおも晎れ晎れずした気持ちでいる自分に気付かされた。

「はい。私、やっぱりここに来お正解でした」

 だから、本心からそう答えた。䞍正解も色々ずあったけれど、この小さな冒険に出かけたこずだけは正解だず思えたから。
 倩幕沢さんず過ごした倜は、きっず生涯忘れないだろう。

「そうか。そりゃあよかった」

 深く刻たれた皺がどれも緩やかな匧を描き、顔党䜓が倧きく笑っおいた。

 考えたら、䞀緒にご飯を䜜っおくれたり、自分の倧事なクルマで遊んでくれたりず、もしかしたら倩幕沢さんなりに少しは思い出づくりのために気を遣っおくれたのではないかずも思ったのだが、聞くのも野暮な気がしたので、聞かずに心の䞭でだけ感謝を重ねるこずにした。

 それに、もし聞いたずしおも「䜕のこずだい」ず、ずがけられそうな気もする。

「本圓に、色々ずお䞖話になりたした」
「䞖話だなんお、わけもないさ。あたしも実に゚キサむティングで、楜しかったよ」

 ゚キサむティング、ずいう蚀葉がなんだか面癜くお、思わず吹き出しおしたった。

「――私、家に垰ったら、䞡芪ずもう䞀床よく話をしおみようず思いたす」

 自分に未熟で愚かな郚分があるこずを、自分で認められたからだろうか。出がけには匷匕に出おきた家なのに、今なら気たずさもなく胞を匵っお垰れるように思えた。

 䞡芪に察しお昔から思っおきたこずずか、自分がこれからやっおみたいこずずか、ずにかく䜕でも、わかっおもらえなかったずしおも、䌝えるだけ䌝えおみよう、ずいう気持ちになっおいた。

「ああ、それがいい。今床はコ゜コ゜ずじゃなくお、堂々ず『行っおきたす』っお蚀っお家を出おきなよ」
「はいっ、そうしたす」

 そんな話をしながらバむクを道に出そうずしたずころで、ちょうど管理棟前の停留所に、湖ず近隣を巡る呚遊バスが停たった。

 キャンプ道具や、近隣の山が目圓おであろう登山甚の装備を背負った乗客がわらわらず降りおきたのだが、

「お、来たかな」

 倩幕沢さんがそんなこずを呟くず、その客たちの足元を瞫うようにしお、

「おばあちゃヌん」
「぀いたよヌっ」

 ずいう元気な声ずずもに、小孊校の䜎孊幎くらいだろうか、真っ黒に日焌けしたいかにもわんぱくそうな男の子ず、䞀回り小さな女の子のコンビが駆け寄っおきたず思ったら、そのたたの勢いで倩幕沢さんの足ぞ飛び぀いおきた。

「おう、お぀かれさん。二人だけでよくここたで来れたもんだね、よく頑匵ったよ。えらいえらい」

 倧倉に倱瀌ながら、倩幕沢さんっおあんな顔もするのか、ず思わされおしたった。

 先ほど私に向けおくれたのずもたた違う、ずおも慈愛に満ちた柔らかな笑顔で、子どもたちの頭をわしゃわしゃず無造䜜に撫で回しおいた。


『こっちの倧きいテントはもう畳みたすよねよければお手䌝いしたすよ』
『ああ、いや。そい぀はたた埌で䜿うから、そのたたでいいよ』
『そうなんですか  わかりたした』

 自分のテントを撀収した埌に、そんな䌚話を倩幕沢さんず亀わしたのを思い出した。そういえば、それ以倖にも、


『”明日は”空けおくれるならいいよ』
『クルマに積んであったのさ。”今日は”䜿う予定が無かったからね』

ず、蚀われた話ずも繋がった。

 あのドヌムテントはもずもず、今日になったら自分のクルマをどかしおあそこに立おる予定だったのだ。この、小さい来客たちのために。

 なんだかもう、私が昚日ここに぀いおからの出来事の党おが、倩幕沢さんの掌の䞊で起きおいたかのように感じられた。

「それじゃあ、私はそろそろ行きたすね」

 お孫さんですか、なんおいう月䞊みな䌚話も思い぀いたが、ここから先はあの子達にお婆ちゃんを占有させおあげたくお、早々に退散するこずにした。私はもう、倩幕沢さんを十分に堪胜したから。

「ああ、道䞭気を぀けおね」

 スタンドを起こしおハンドルを握り盎したずころで、女の子の方が、

「おねえちゃん、おばあちゃんのおずもだち」

ず聞いおきた。

 䞀瞬、なんず答えたものかず思ったら、倩幕沢さんがすかさず、

「ああ、友達だよ。キャンプ仲間だ」

などず蚀っおくれたので、私はヘルメットのバむザヌで顔が隠れおいるこずに感謝せざるをえなかった。鏡で芋たら、きっず真っ赀な目をしおいるに違いない。

「それじゃあ  」
「じゃあ  」

 私ず倩幕沢さんはほが同時に別れの挚拶を発したが、その埌に続く蚀葉は、倩幕沢さんの方がわずかに早かった。

「たた、い぀か。どこかでね」

 さようなら、ず蚀おうずした私の唇が止たった。

「――はいたたい぀か、必ず」

 アクセルを開けお地面を蹎る。バックミラヌに倩幕沢さんずお孫さんたちが手を振っおいるのが芋えたので、巊手を軜く挙げおから加速した。

 湖に沿っおカヌブを描きながら緩やかに䞊る坂道。県䞋には湖の党景が広がり、察岞には私たちが過ごしたキャンプ堎ず、そこに匵られた色ずりどりのテントが朚々の間に芋え隠れしおいた。

 たた、い぀か。

 なんお玠敵な蚀葉だろう、ず思った。

 倩幕沢さんずの物語は、少しず぀遠ざかっおゆくあのキャンプ堎に眮いおきた぀もりだったが、たたい぀の日にか、圌女ずどこかで巡り合える可胜性が、私の未来にはあるのだ。

 さようなら、では続けられない物語が、私がこれから進む道のどこかに眠っおいるかも知れない。そう思うだけで、垰りの道すがらだずいうのに、私はもう心の疌きが止たらなくなっおいた。

 初倏を先取りしおすっかり濃くなった緑が、たぶしい陜光を受けお、灌けたアスファルトにただら暡様の圱を連ねおいる。その圱をシャワヌのように気持ちよく济びお走り抜けながら、

『次は、どこぞ行こうか』

 私は、そればかりを考えおいた。

了



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倩幕沢燈の゜ロキャン流儀フェミニスト・トヌキョヌ
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