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日本の野生生物取引:ポジティブリストの必要性


この記事の”Take-Home Message”


  • 野生動物の取引に伴う多くのリスクが存在します。これには、種の絶滅、感染症の拡大、動物福祉の損失、生態系への悪影響、そして意図せずに違法取引に関与するリスクが含まれます。

  • これらの問題に対処するため、多くの国々ではワシントン条約のようなネガティブリスト方式に代わり、ポジティブリスト方式を採用しています。この方式では、取引が許可される種を明確にリストアップします。

  • ポジティブリストを用いる予防原則的な規制により、新たな取引傾向が現れる前に国レベルで対策が可能です。


野生動物の違法取引は、低リスクで収益性が高い犯罪とされ、麻薬、銃器、人身売買に次ぐ、国際犯罪の4番目に大きな市場を形成しています。外来生物のペット目的の国際取引が、動物間および人間と動物の感染症伝播のリスクを増加させていると、国際獣疫事務局 (World Organisation for Animal Health)の事務局長は何度も指摘しています [1]。

前章では、ワシントン条約附属書に掲載された種の国際取引の監視と報告の現状、さらには附属書に含まれない種の取引が如何に不透明であるかについて詳述しました。合法的取引と違法取引が密接に関連している現実を指摘し、税関における検出率の低さや違法取引への対処の難しさを浮き彫りにしました。本記事では、予防原則的な規制であるポジティブリスト制度の導入の重要性に焦点を当てます。JWCSは、ポジティブリストにより野生生物取引の課題を解決に導き、違法取引の予防に繋がると考えています。

ポジティブリストとネガティブリストの違い

 ネガティブリストは禁止される種をリストアップするのに対し、ポジティブリストは逆に、許可される種をリストアップします。ワシントン条約や日本の国内法である種の保存法における現行の規制は、基本的にネガティブリスト方式を採用しています。この場合のリストはワシントン条約の附属書と呼ばれ、絶滅危惧種やその形態的特徴が似ている種を科学的根拠および取引状況を検討し議決したもので、それに基づき取引制限するものです。言い換えれば、絶滅危惧種であることが明らかであり、かつ減少の原因が国際取引にあることを締約国が認めた場合にのみ規制されます。しかし、地球上の脊椎動物種の少なくとも5分の1が野生生物市場で売買されており、これまでに推定されていた取引規模よりも40〜60%多いことが研究で明らかになっています [2]。このことからも、ネガティブリストには限界があることがわかります。

 ポジティブリストは、予防原則的な規制を国レベルで実施することで、新しい取引の傾向が現れる前に予防的な対策をとることができます。取引の実態の不明確さを排除し、取引が許可された種のリストを提供することで、法執行機関がルールを容易に適用できるようにします。許可されていない種の取引は、即座に違法と判断できるので立件が容易です。これは、違法取引を抑制する上で、特に有効なアプローチとなります。

野生生物をペットとして飼うリスク

 法律で合法であっても、野生生物をペットとして飼育することは多くのリスクが伴います。

1) 種が絶滅してしまうリスク

 野生生物のペット化による最も深刻な影響の一つが種の絶滅です。例えば、スローロリスはエキゾチックペットとしての需要が野生個体群に脅威をもたらしています。スローロリスはワシントン条約の附属書Ⅰに掲載されており、原則として国際取引は禁止されていますが、違法取引による個体数の減少が懸念されています [3]。日本では、2007年以前に輸入された個体またはそれらの飼育下で繁殖した個体のみが販売可能ですが、登録票の不正使用が問題となりました。そこで、法改正により登録票に期限が設けられ、マイクロチップによる個体識別措置が義務付けられました [4]。


2) 野生生物から人や家畜へ感染症が伝播するリスク

 野生動物から人や家畜への感染症感染のリスクもあります。新型コロナウイルスのパンデミック時には、野生生物取引がもつ感染症伝搬のリスクについて、多くの人が考えさせる機会となりました。
 
 例えば、爬虫類や両生類はサルモネラ菌を保菌しており、これが人間に感染する事例が報告されています[5, 6]。国内の爬虫類のある調査報告では、ペット用のヘビ、トカゲなどでは90%前後でその消化管からサルモネラが検出されたことが述べられています [7]。米国では年間約74,000件のサルモネラ症が確認されており、その多くがペットとしての爬虫類からの感染です [6]。爬虫類から人へのサルモネラ症感染のリスクから、ヘビやトカゲ、カメなどの爬虫類をペットとして保有することを全面禁止している国もあります(例えばアイルランド)。

3) 野生の環境とかけ離れた飼育環境によって福祉が損なわれるリスク

 ペット目的での野生動物捕獲では、捕獲後生きたまま消費者へ届けられなければなりません。そのため、多くの物理的・精神的ストレスによって命を落とした個体は、取引にさえ持ち込まれません [8]。
 
 また、野生動物はその生態系に適応した生活をしていますが、ペットとして飼育することで、その環境とはかけ離れた条件下で生活させることになります。これにより、多くの物理的、精神的ストレスを受け、生存率が著しく低下することがあります。特にエキゾチックペットとして販売される動物は、一般家庭での適切な飼育が困難であり、多くの福祉問題が生じています。ほとんどの獣医師はエキゾチックアニマルの治療経験が少なく、また、種によっても問題や対処法が大きく異なります。ゆえに、種ごとのより高度な専門的知識が必要となります [9]。これらのことから、エキゾチックアニマルにとっての十分な環境は、イヌやネコよりもはるかに、家庭環境で満たすことは非常に難しいでしょう。


4)飼っていた野生生物が逃げてしまい生態系へ悪影響をもたらすリスク

 外来生物とは外国産野生生物のことを指し、特に在来種(国内野生生物)との関係や影響について述べる際によく用いられます。ある野生生物が何らかの人為的な活動によりこれまで生息していなかった地域に移動・定着し、その地域に生息している野生生物(在来種)やその生態系に負の影響を及ぼすことを、「外来生物問題」といいます。
 
 生物を生息域外に移動させる人為的活動の一つとして、国際的な野生生物取引、特に、生きたままの生物を取引するエキゾチックペットの取引が挙げられます [10]。エキゾチックペットとして輸入された国でその生物が逃げ出した、又は飼育者が故意に捨て、そしてその生物がその環境に定着した場合に、在来種の捕食や競合、近縁の外来種と在来種の交雑による在来種の遺伝的特性の喪失、および在来種への感染症や寄生虫の伝播というリスクをもたらします。


5) 違法取引により犯罪組織に意図せず加担してしまうリスク

 ワシントン条約で国際取引が禁止されている種でも、法の抜け道を使って違法な取引が横行しています。インドネシアで行われた調査では、人気の高い両生類および爬虫類の採取・取引の半数は違法と報告されています [11]。

 また、日本を含む多くの国で、違法な取引を差し押さえられたとしても、その犯人の検挙率や有罪率はとても低く、犯罪者にとってリスクが低いものとなっています。例えば、2022年の輸入差止362件中、関税法違反処分となった事件数は2件でした [12]。

 さらに、飼育下で繁殖したとして販売されているエキゾチックアニマルは、繁殖するより飼育コストがかからないため、実際には野生で捕獲されている可能性も指摘されています [13-15]。最終的に、エキゾチックペットを含む多くの違法な野生動物取引には、その低いリスクと高い利益から多くの犯罪組織が関与し麻薬密売、組織犯罪、テロなどの他の犯罪行為と関連して行われています [16]。つまり、違法に取引されている野生動物の製品や密輸されたエキゾチックペットを購入することで、これらの組織を支援していることとなります。

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ペットとして人気なトッケイヤモリ

 これらのリスクを理解し、適切な対策を講じることが、野生生物の保全や生態系の健全な維持、および人間の安心・安全な暮らしに不可欠です。ポジティブリスト制度の導入により、「飼育しても良い種」を明確にすることで、適切な飼育が可能な種とそうでない種を区別することが重要です。

ポジティブリストを導入している国

 ヨーロッパのいくつかの国々は、ペットとしての野生生物取引に関する問題を解決するためにポジティブリストを採用しているか、採用に向けた過程にあります。例えばオランダは、すでにペットとして飼育されている300もの哺乳類の種を評価し、2015年2月1日に法的に30種に限ってペットとして飼育できる哺乳類のポジティブリストを導入 [17]、2024年1月から施行しました (ポジティブリスト掲載種:表1)[18, 19]。評価された種は全て、「人間への影響(人獣共通感染症や人身障害のリスク)」と、「動物福祉や健康に関するリスク(食性や採取行動、行動範囲や生息環境、温度環境、社会的な行動)」を基に、A〜Fのリスククラスに分類され、A~Cがこのポジティブリストに掲載されています。一方、D~Fに分類された種はこれらの評価でリスクが大きいとされ、ポジティブリストから外れています。30種のリストから漏れた、つまり飼うべきではないと評価された種のなかには、日本でもペットとして人気なコツメカワウソ(リスククラス:E)も含まれています [20]。現在は哺乳類のみポジティブリストが作成されていますが、ペットとして人気の爬虫類や両生類などの他の分類群の種のリストも作成される予定のようです [21]。

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表1 オランダのポジティブリストに掲載された、ペットとして飼育可能な哺乳類種 [5]

 そのほかにも、EU全体でのポジティブリストの導入に向けた動きがあり [22]、ベルギー、ルクセンブルク、キプロス、マルタ、イタリア、リトアニア、フランス、スロベニア、スペインなどもポジティブリストの導入を検討、あるいは導入済みの国です [23]。

 アジアでは韓国がポジティブリストの導入に踏み込んでいます [24]。ポジティブリストは、許可されている動物の明確なリストを消費者やビジネスに提供するとともに、法執行を容易にします。ポジティブリストを採用している国では、ワシントン条約附属書に記載されていない種であっても、国内のポジティブリストに含まれていなければ取引が禁止されています。これにより、生物種の国際的な状況と地域ごと状況のギャップを埋め、違法取引の防止に寄与しています [25]。

 

まとめ

 化粧品産業などでは、安全が確認された成分のみが使用されるポジティブリストが一般的です。このアプローチは、消費者が安心して製品を使用できるようにするために、使用できる物質を明確に限定することにより、安全性を確保します。野生生物のペット等の目的による取引へのポジティブリストの採用は、公衆衛生、生物多様性保全、動物福祉の観点から、国際社会が協力することで一層の効果が期待できる解決策です。このためには、科学的根拠に基づく種ごとのリスク評価、法的枠組みの整備、法執行の強化、市民への普及啓発などが必要です。最終的に、ポジティブリスト制度の導入は、野生生物の保護だけでなく、人間の健康と安全を守るためにも不可欠です。


引用文献

  1. Conference on “Wild Animals in Captivity – Animal Welfare, Law and Enforcement” https://www.fve.org/publications/conference-on-wild-animals-in-captivity-outcomes/

  2. Brett R. Scheffers et al. (2019). Global wildlife trade across the tree of life. Science 366, 71-76.

  3. Nekaris KAI, Jaffe S. Unexpected diversity of slow lorises (Nycticebus spp.) within the Javan pet trade: Implications for slow loris taxonomy. Contrib to Zool. 2007;76(3):187–96.

  4. 自然環境研究センター. http://www.jwrc.or.jp/service/cites/regist/kotai/1.htm

  5. 荒島康友, 矢久保修嗣. カメ、イヌ等からサルモネラ(胃腸炎)が 感染する!? [Internet]. 2015. (新世紀・「One Health」としてのZoonosis 〈第40回〉). Available from: http://zoonosis.jp/docs/oh_40.pdf

  6. Mermin J, Hutwagner L, Vugia D, Shallow S, Daily P, Bender J, et al. Reptiles, amphibians, and human Salmonella infection: A population-based, case-control study. Clin Infect Dis. 2004;38:253–61.

  7. IASR. 輸入エキゾチックペットによる動物由来感染症 [Internet]. 2005. p. 202–3. Available from: https://idsc.niid.go.jp/iasr/26/306/dj3065.html

  8. Guzmán JCC, Saldaña MES, Grosselet M, Jesús Silva Gamez. The Illegal Parrot Trade in Mexico [Internet]. México; 2007. Available from: https://defenders.org/sites/default/files/publications/the_illegal_parrot_trade_in_mexico.pdf

  9. Whitehead M, Forbes N. Keeping exotic pets. Vet Rec. 2014;174:178.

  10. Doherty TS, Glen AS, Nimmo DG, Ritchie EG, Dickman CR. Invasive predators and global biodiversity loss. Proc Natl Acad Sci U S A. 2016;113(40):11261–5.

  11. Natusch DJD, Lyons JA. Exploited for pets: The harvest and trade of amphibians and reptiles from Indonesian New Guinea. Biodivers Conserv. 2012;21(11):2899–911.

  12. 税関. 税関におけるワシントン条約該当物品の輸入差止等の件数と主な品目. https://www.customs.go.jp/mizugiwa/washington/washington_sashitome.pdf

  13. Warwick C, Steedman C, Jessop M, Arena P, Pilny A, Nicholas E. Exotic pet suitability: Understanding some problems and using a labeling system to aid animal welfare, environment, and consumer protection. J Vet Behav. 2018;26:17–26. Available from: https://doi.org/10.1016/j.jveb.2018.03.015

  14. Warwick C, Arena P, Steedman C. Spatial considerations for captive snakes. J Vet Behav. 2019;30:37–48. Available from: https://doi.org/10.1016/j.jveb.2018.12.006

  15. Howell TJ, Mornement K, Bennett PC. Pet cat management practices among a representative sample of owners in Victoria, Australia. J Vet Behav Clin Appl Res. 2016;11:42–9.

  16. 若尾慶子, Janssen J, Serene C. 日本における爬虫類ペット市場の現状. 2018. (自然保護助成基金成果報告書; vol. 27).

  17. Government of the Netherlands. https://www.government.nl/topics/animal-welfare/welfare-of-pets

  18. French Reference Centre for Animal Welfare(2022). https://www.cnr-bea.fr/en/2022/07/07/netherlands-positive-list-mammals/ 

  19. Eurogroup for Animals (2022). https://www.eurogroupforanimals.org/files/eurogroupforanimals/2022-07/NetherlandsPositiveListMammals.pdf 

  20. Government of the Netherlands. https://www.rvo.nl/onderwerpen/dieren-houden-verkopen-verzorgen/huis-en-hobbydierenlijst/zoekregister?sortOrder=ASC&sortBy=title&query=otter

  21. Dierenambulance Den Haag. https://dierenambulancedenhaag.nl/en/huisdieren-positieflijst-2024/

  22. World Animla Protection (2023). https://www.worldanimalprotection.org.uk/latest/blogs/positive-list/

  23. Eurogroup for Animals (2023). https://www.eurogroupforanimals.org/files/eurogroupforanimals/2023-03/2023_03_efa_EU%20Positive%20List_White%20Paper.pdf

  24. WWF Japan (2023). "世界の先進事例から:韓国で進む野生動物利用に関する法整備". https://www.wwf.or.jp/activities/news/5516.html

  25. Four Paws in Europe (2023). https://www.four-paws.be/our-stories/eu-blog-news/research-shows-an-eu-wide-positive-list-is-needed-to-prevent-the-illegal-trade-of-exotic-pets-between-member-states


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1990年からずーっと野生生物と共に生きる未来を考え続けている会。国際会議の参加報告や研究会の成果など、一般向きではないこともあえて発信します。 https://www.jwcs.org/
日本の野生生物取引:ポジティブリストの必要性|認定NPO法人 野生生物保全論研究会(JWCS)
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