滅葬のアンダーテイカー

夢咲蕾花

第1話 狩り

 人類は滅んだ。それはもう、かつての王者の如き振る舞いが嘘であったかのように、その虚構の権威は地に失墜した。いや、が地の底でも活動できることを考えると、奈落の底と言い換えてもいいかもしれない。

 最終捕食者という、食物連鎖の頂点に設られていた玉座にふんぞりかえるのは、もはや人類ではない。


 それまで家畜だ畜生だと蔑んでいた獣の、その剥き出しの獣性を前に、物質文明は呆気なく瓦解した。


 東京都渋谷区のど真ん中に突如開いた大穴。そこに吸い込まれた数百人の行方は不明。まあ、生きてはいないだろうが、一応死体が見つかっていないので行方不明という扱いである。

 その大穴から湧いて出たのは、見たこともない未知の新生物。

 それらは獣のようであり、鳥のようであり、爬虫類のようであり、虫でもあったし植物もいた。

 のちにインターネット掲示板で書き込まれていた幻獣という呼び名が定着するそいつらは、わずか二時間で二十万人を殺し、貪り尽くした。


 自衛隊が駆けつけた時には東京二十三区全域に獣が溢れ、一週間で関東地方全域に広がった。

 そしてその頃時を同じくして世界中の主要都市で、同じことが起こった。

 さながらグローリーホールのように大地に穴が開き、そこから幻獣が溢れ出したのである。


 まず一年で、大陸が一つ滅んだ。五年で、人類の半分が喰われた。

 日本を中心に慌てて対抗策を打ち立てたが、十年もしないうちに人類の三分の二が滅んでいた。一方的な虐殺は、葬器そうき葬人そうじんの発明で、ようやく歯止めがかかったが――。


 そして半世紀。最盛期の十分の一にまで減った人類は、各地の生存可能領域で自立防御の構えを取り、その箱庭の中で仮初の平穏を享受している。

 それはここ、かつては日の本の国といわれた土地も同じである。

 北海道、東北、中部、関西、そして九州にある総督府は、それぞれ独立しつつ相互に協力しあい、日々幻獣の脅威に立ち向かっていた。


×


 昼下がりの傍若無人とも思える初夏の日差しに焼かれながら、寂れて渇きを孕んだ空気が漂っている。海を渡る潮風が、剥き出しの廃墟を浚い、風化させていこうと息吹を逆巻かせていた。

 風音はさながらここで死んでいった無数の魂が仲間を求めるような、黄泉の国から吹き戻してくる亡者の嘆きのようにも聞こえ、それを耳にした者に奇妙な哀愁と、そこはかとない肝の冷える感覚をもたらす。

 かつてはここも栄えていたのだろうが、今となっては見る影もない。

 半壊した商業ビル、砕け散った窓ガラスが飛散した道路に、割れたアスファルトから繁茂する緑が生い茂る道路。街路樹は好き放題に枝葉を伸ばし、自衛隊が乗り捨てていった装甲車や戦車が交差点で潮風にさらされている。

 避難民を乗せていたであろうバスは、途中で襲撃に遭ったのだろうか。ひっくり返って、ひどくひしゃげている。骨さえ残っていないのは、それすらも食われたことを意味していた。

 半壊し、鉄骨が剥き出しになったビルの半ば――まさしくその鉄骨に立っていた稲杜焜いねもりこんは、手にした銃を握りしめた。


「……かつて八十億を誇った人類の、その墓標か」


 何気ない囁きが、インカムに拾われてしまった。オペレーターから「どうされました?」と言われ、焜は「なんでもない」と返す。

 白銀の髪が、風にたなびく。黒を基調とした、ケープコートのようなデザインの制服には第七小隊のパーソナルカラーである青色の差し色が刻まれていた。端正な顔立ちである。通った鼻梁に、小ぶりな鼻。薄桃色の瑞々しい唇に、ぱちっと大きな吊り目がちの目。歳は、十六かそこらだろう。

 背中には弓矢に棺のエンブレム。獣狩りと葬儀屋を示すその図案は、葬人部隊アンダーテイカーを保有する「血盟葬儀局けつめいそうぎきょく」のシンボルだった。


 彼女の美しい、狐のような金色の瞳が真っ直ぐに駅前のロータリーに向けられた。正確にはそこで死肉を貪る、『幻獣』に。

 かつてはそれなりの駅だったのだろう。地方都市のそれなりというのは、都会人からすれば大したことはないが、地元の人間からしてみれば文化の象徴のようなものであると、アーカイブされた大昔の動画で見聞きしたことがある。おそらくはその時代に流行った一発屋の受け皿的な、ローカル番組だっただろうか。まあ、なんであれ、今となっては見る影もない平和な光景を垂れ流していた。

 その「文化の象徴」である駅前で五体の幻獣が、大柄な、蛇のような幻獣の死肉を喰らっていた。コンテプコボルと言われる種の犬や狼のような外見の獣人間といえば、やつらの風姿を言い表せるだろうか。まさしくコンテプト・コボルト――恥辱的なコボルトというに相応しい名を言い表すように、その胸部には人間の女性のような乳房が鈴なりに六つ、連なっている。人間の尊厳を嘲弄ちょうろうするような、その外見。

 黒灰色の毛皮にはところどころ血。自らの血か、返り血か。


「目標を捕捉。コンテプコボルが五体。探索隊の邪魔になっている幻獣で間違いないわね?」


 もごもごと口を動かした焜の声は、ソフトウェアで補正されてオペレーターに届いていた。大昔の電話と同じだ。今では基地局も中継アンテナも破壊された挙句地中の電話線も食いちぎられているので電話なんぞ使い物にならないが、旧時代に存在した電話は、話者の声を、無数にアーカイブされたものの中から近しいものに再符号化して送るというようなことをしていたらしい。

 オペレーターから「間違いありません。探索隊への警告を行いました。初めてください」と声が返ってきて、焜は、

滅葬めっそう開始」

 と小さく告げた。


 ここから対象までの距離は直線で八〇〇メートル。スコープなしで狙撃するにはちときつい、なんていえるほど生半可な距離ではないが、焜は人間ではない――葬人だ。その目は、それ自体がスコープのようなものである。

 不安定な鉄骨の上から少し下がって、半分残っている床で寝そべり、バイポッドも当然ないが、銃を構える。

 銃――それは、リボルバー式のカービンライフルである。銃身の下には銃剣が取り付けられ、上部にはアイアンサイト。銃身をはじめ主要な部分は金属ではなく、なんらかの甲殻や骨を削り出したような白い素材で作られており、不可思議な雰囲気を醸し出していた。

 幻獣由来の素材で作られたものだと、すぐにわかる特徴。


 幻獣は、幻獣でしか殺せない。

 であれば、幻獣の素材をかき集めて武具を作って、幻獣を殺せばいい。


 それが人類の出した答えだった。まるで、旧時代のハンティング・アクション・ゲームのような力任せでゴリ押しな発想である。

 しかしシンプル故に、突き崩しようのない真理でもあった。


 焜は息を殺し、狙いを定める。手の震え、鼓動、呼吸の振動。風を読み、湿度を肌の感覚で感じ取り、全てを制御し、狙い澄ました狙撃弾を、撃発。

 ドン、と銃声を響かせ、八・六ミリの必殺の狙撃弾が――当然弾頭部は幻獣素材である――、犬頭の人間のような幻獣の頭部を打ち砕いた。

 薬莢は、超強装弾といわれるそれ。普通の銃ではパーツへの過負荷と衝撃の問題から、銃本体がすぐにお釈迦になるようなものである。

 群れは全部で五匹、残る四匹は何が起きたのかと慌てふためいているが、その慌てている間にさらに一体を狙撃。頭部を木っ端微塵に砕き、焜はアイアンサイト越しにロータリーを睨む。

 真っ赤な血をぶちまけた首なし死体が二体。残る三体は——

 ——敵もさるもの、すぐに硝煙の匂いを嗅ぎ分けてこちらに向かって走り出してきた。


 焜は撃った空薬莢を二つ捨て、二発リロード。すぐに下から、トラップの作動音。指向性対小型幻獣地雷が炸裂した爆音が響いてきた。狙撃兵が足元をお留守にするわけがない。当然、罠くらい仕掛けている。

 それでも足音は消えていない。きっかり二体分、まだ生きている。

 すぐさま、下のフロアと吹き抜け気味にぶち抜かれていた床から幻獣――コンテプコボルが現れる。人間のような乳房がついた犬獣人。そう表現するに相応しい、メスしかいない種族。他種族のオスと交わり、子をなす生態を持ち――そのオスは、人間であっても構わないという悍ましさを持つ化け物だ。


 すかさず焜は銃を構えた――が、距離が近い。すぐに銃を両手で掴んで振るい、短槍として扱う。

 するどい銃剣の切先がコンテプコボルの乳房を切り裂いて、悲鳴を上げさせた。たたらを踏んだそいつに左の前蹴りを浴びせその反発力で後ろに下がってバック宙、距離をとりつつ着地するなりすぐに銃床を肩に当てて構え、射撃。引き金を二回絞る。

 銃弾が心臓と顔面をぶち抜いた。

 四体目のコンテプコボルが運動エネルギーの収支で後ろにひっくり返り、倒れる。


 最後の一体が、背後から迫っていた。

 知性というよりは狩猟本能でこちらの背後をとったそいつは、剥き出しの鉄骨の上から飛びかかり焜の頭を狙う。

 しかし、焜もまた常人ではない。

 鼻と気配で察していた焜は素早く屈んで、頭を刈り取ろうとした右腕の横薙ぎを回避。すぐに腕の可動域から外れるためその場から右に転がって回避しつつ半身を捻り、筋肉が筋を張って悲鳴を上げる腰をあえて無視し、銃を構える。

 虚を突かれたような目をしたコンテプコボルが、腕を振り抜いた姿勢でこちらを見下ろし、


「くたばれ」

 

 撃発。二射。

 喉と、頭を撃ち抜く。赤黒い血液と脳髄のかけらと髄液を撒き散らし、コンテプコボルが昏倒。

 ひとしきりの「狩り」を終えた焜は無理をさせていた姿勢から立ち上がり腰を左右に回しつつ、左耳に嵌めた紡錘形のインカムに言う。


「滅葬終了。コンテプコボル五体の滅葬を終えたわ。探索隊を動かしてもいい」

「ありがとうございます、稲杜副隊長。……一つ、業務連絡をよろしいですか?」

「なに?」


 午睡に微睡む廃墟を見下ろしながら、焜は聞いた。


「第七小隊に新人が派遣されるのですが、獅童しどう隊長の意向で、稲杜副隊長が新人教育を任されるとのことです」

「げっ」

「ちなみに拒否権はないそうです」

「あのチンカス野郎……」


 焜は、女の子とは思えないとんでもない卑語で悪態をついた。

 シリンダーをスイングアウトして空薬莢を四つ捨て、再装填。振り出したレンコン状のシリンダーを戻すと、


「わかった。適当に済ませて、すぐに使えるようにする」

「お願いします」


 半壊したビルを、まるでアスレチックのようにひょいひょい降りていった。

 その最中、焜は一つ聞いた。


「その新人の名前は?」

「ええと……はい、大守奏真おおかみそうま、だそうです」


 大守奏真――焜は、口の中で小さく、その名を繰り返した。

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