第17話 炎と風
至近距離から繰り出される柄尻の打撃を椿姫は半身になって躱し、半歩の加速から打ち出す無拍子の左拳——〈
ゴンッ、と鈍い手応え。
(堅っ……鎧? なわけないか……なにかのプレート?)
妖力で肉体を硬化した可能性もある。強化術の応用である肉体の硬化……たった数日で腕を上げている——敵もまた、勝ちに貪欲なのだ。
椿姫は三尺刀をくるりと回し、至近から組みついてくる赤羽に斬るのではなく、刀身全体で打撃を加えるようなバッシュ攻撃を仕掛ける。相手は刀でそれを受け止めつつベクトルを逸らし、追撃を真正面から喰らわないようにして斜め後ろに下がった。
左手の指をパチンと鳴らし、空中に狐火を二つ浮かべる。大きさは人間の拳大ほどはある。
(火術……咄嗟に狐火って思ったけど、こいつに混じってるのは妖狐……? 鬼火の線も——)
火球が迫ってくる。椿姫は右にダッキングして一つを回避、もう一つをムササビのように跳んで回避。壁と床に直撃した火球は、モルタルと木製の壁床を砕き、焼き焦がす。
威力はラプアマグナム弾——極めて強力な狙撃ライフル弾並み。察するに、三尾クラスのポテンシャルと見ていい。
椿姫は相手のわかりやすい力量の指針に一つ思考する。単純なポテンシャルだけなら、こちらが尻尾二本分勝っている。だが、妖怪や術師の戦闘において、カタログスペックはそこまで重要じゃない。格下が格上の首を奪ることもあるのだ。下剋上というやつである。
油断大敵。
椿姫の低姿勢の斬り込み——数多の剣才を沈めてきた柳剛流の
本来は薙刀に見られる技法であり、刀ではリーチが足らず有効打にならないが、椿姫は常人よりやや長い腕と三尺の刃渡りで、それを可能としていた。
赤羽が剣を足元に回し鎬で斬撃をいなし、下がって距離を取っても同じことの繰り返しと察したのか、あえて踏み込んでくる。素早く八相に構えた彼は、愚直なまでの袈裟斬りを見舞った。
椿姫はそれを表切上で受け、火花を散らして弾いた。
呪具、妖刀と呼ばれる類は霊的な力が金属に影響をもたらし、それを特殊な素材に変質させていることが多い。ヒヒイロカネ、アポイタカラと呼ばれるものや大陸の神珍鉄、西洋のオリハルコンなど、多くが妖力や霊力、魔力で変質したものだ。
それらの神代の金属は、生半可な扱いでは傷つかない頑強さと、火の海に投げ込んでも歪まぬ融点、粘り——靱性を誇り、折れず曲がらず溶けずの最強の金属である。
両者の剣が、普通の日本刀であれば折れていてもおかしくない膂力と衝撃力で激突し、火花を散らす。
頭上を薙ぐ一閃が、狐耳の先端の毛を斬り払う。椿姫は刺突で心臓を狙うが、赤羽はすかさず半身を後ろに流して回避。そのまま足を踏み替えつつその場で回転し、円運動を乗せた横薙ぎの斬撃を見舞ってくる。
椿姫はそれを受け太刀で受け、踏み込み、胴を薙ぐがまたしても防がれる。
生成された火球を躱し、あるいは妖力を纏わせた太刀で防いだ。
完全に拮抗している。椿姫はゴキ、と首を鳴らした。
(こっちも術を使うしかないか)
「稲尾の長女は妖術に関して先天性の不全症を患っていると聞いたが」
「ちょっと違うわね。不全というか、制御が難しい状態。生まれた時から四尾でなまじ妖力がバカみたいに多かったから、扱い方を覚えるのが困難でさ」
椿姫は、刀身に左手を翳した。
「こういう使い方くらいしかできないんだよね。——〈
術式・〈
椿姫の場合は充分なほどの適性はあるが、自分で暴露した通り制御ができない。下手なことをすれば、戦車砲クラスの火球が味方に向かって飛んでいく、なんて冗談じゃ済まされないことが起こるのだ。
だから、制御しやすくするためにものに憑かせる。妖術も霊的なものも、物質に取り憑いている時が一番安定するのだ。こうした付与型の妖術は一般的に見られるものである。だからこそ、妖怪や退魔師は様々な呪具を持ち歩くのだ。
紫紺の炎を纏った三尺刀・輝夜嬢月姫が優美で妖艶な輝きを灯す。赤羽は苦々しげに舌打ち。己の刀身に、抵抗のためより強く妖力を流す。
踏み込みは同時。切り込み、炎が紫の軌跡を描く。
斬撃がかち合い、燃焼音を伴う斬撃音を響かせた。熱気と、増した剣気に赤羽がたじろぐ。
だが敵もさるものすぐに椿姫の真似をして、青白い狐火を刀身に纏わせた。だが、経験値は椿姫に軍配が上がる。
火力を調整して剣の峰側から炎を噴射し、剣の速度を跳ね上げる。制動にもその噴射を応用し、これまでに倍する速度の斬撃が赤羽を襲った。
「避けるだけで精一杯じゃないの?」
「くそっ」
椿姫は勝ちを確信した。
そう思っていたからこそ、伏せられていた手札への意識が最後の最後で欠け落ちた。
後ろに下がって廊下に出た赤羽が、壁紙をひっぺがす。そこに仕組まれていた無数の札を見て、椿姫は肝を冷やした。
札には呪印と、中心に「爆」の文字。爆呪札——文字通り、爆発の術を引き起こす札だ。
にぃ、といやらしい笑みを浮かべた赤羽が札を起動し、その凄まじい爆発力を椿姫に浴びせるのだった。
×
時間はわずかに前後して、一階。
万里恵は厨房に入って調査をしていた。食材の類は朽ちたのか運び出されていたのか、棚や木箱には何もなく、綺麗なものだった。
呪具の類はない——先ほど、部屋にあった各種金庫を見て回ったが、ピッキングされた痕跡があった。
呪術師がやったのか、単純に泥棒がやったのかは不明である。
「いるんでしょ、出てきなさいよ」
隠れ潜んでいる気配に、万里恵は気づいていた。
今更攻撃を仕掛けてこようが無意味である——敵もそれを悟ったのか天井裏から板を破って降りてきた。
若い男である。無論、妖怪の外見年齢と実年齢は釣り合わないことの方が多いので、実際はよくわからない。二十代、あるいは若く見える三十代に見える。
種族はイタチ妖怪。カマイタチだろうか。尾の数は四本。万里恵と同格。
男は「
大勢殺してきたんだろうな——と万里恵は察した。
風断の目は、明らかに人殺しのそれ。万里恵と同じ、命を疑問も持たず、ただそういう役割だからと言って淡々と奪い続けてきた連中に共通する黒ずんだ目だ。決して、後戻りできない場所にいる、殺しを生業とする者の目。
名前の感じからして元の名を捨てたか、野良妖怪上がり。呪術師にはそのタイプが多い。
万里恵は小太刀を二刀抜き、逆手に構える。
たっぷり呼吸を二回。先に動いたのは風断。
その場で右手を振るい、真空の刃を飛ばした。万里恵は左の小太刀・地龍で弾き、右の小太刀・天龍を振るう。同じく、風の斬撃が飛んだ。
相手がその場から飛び退いて斬撃を回避。床が割れ、万里恵は目で追うがすぐに気配による索敵に移る。
横にあったテーブルがぐわりと起き上がり、こちらに向かって押し倒されてきた。万里恵は左右の小太刀を素早く振るってテーブルを賽の目状に切り砕き、向こう側の風断に接近。
右の刺突を爪で弾き、左の横薙ぎを手首を押さえて防いだ風断は、短く呼気を漏らす。
「霧島万里恵、文政五年生まれ二五三歳。室町時代に成立した暗殺一家、霧島家の七代目子孫の長女。才能と血筋に裏打ちされた生粋の忍者、か」
「それが?」
「気に食わん。お前に、あの稲尾の小娘……三五〇年、お前より百年も先に生まれた俺が、後塵を拝するなど」
「年下だからって舐めたような捻くれ方してるから、追い越されるんでしょうが」
万里恵は拘束を逃れ、小太刀を打ち合わせる。逆巻く風が轟々と唸り、風の砲弾を形成。素早く切先を風断に向けて打ち出す。
風の砲弾は狙い過たず風断に直撃。壁をぶち抜いて反対側の炊事場まで吹き飛ばした。
万里恵は小太刀を構え直して油断なく様子を伺う。
並の相手なら間違いなく挽肉になっていておかしくない威力。だが、相手は妖力で防御してダメージを最小限に押し留めていた。
「大した威力だ」
風断は右手を天井に向け、撃ち放った。同じことの意趣返し——風の砲弾が天井を砕き、局所的な崩落を引き起こす。
万里恵は冷静に後ろに下がり、ドアから廊下に出た。ドズ、ドドッと音を立てて天井が崩落。大量の埃が舞い上がり、万里恵は口を覆う布越しに煙い匂いを嗅いだ。
その中に、敵の匂いはない。鼻を誤魔化す、スパイスのような刺激臭がして咳き込んだ。
逃げられたと思った——万里恵は、この館に何かあるんじゃないかと思った、次の瞬間。上の階から、爆発音が轟く。
「椿姫!」
敵を追うべきか主君を取るかの判断は早い。万里恵はすぐに階段まで走っていき、二階に駆け上がった。
粉塵がもうもうと舞う中で、紫紺の炎が踊った。
「大丈夫よ。炎を噴射して、爆発を相殺した……壁に大穴空いたけど」
「ああそう……無事なのはわかってたけど、とんでもない凌ぎ方したわね」
てっきり素早く逃げたのかと思えば、爆発に爆発をぶつけて相殺という離れ業をやってのけたのだ。
椿姫はばっくりと大穴が空いた壁を見て、赤羽が逃げたことを悟って舌打ちする。
「くそ、逃げられた」
「こっちもよ。相当な手練ね」
「次会った時に確実に仕留めるわ」
椿姫はそう言って太刀を鞘に納めた。万里恵も小太刀を腰の鞘に戻し、外を睨む。
この村で何かが起ころうとしていることは、明らかだった。
【休載】ゴヲスト・パレヱド ― 孤独な鬼は気高き狐に導かれ最強の退魔師を目指す ― 夢咲蕾花 @ineine726454
ギフトを贈って最初のサポーターになりませんか?
ギフトを贈ると限定コンテンツを閲覧できます。作家の創作活動を支援しましょう。
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます