第16話 袖すり合うも多生の縁

 十五時十分頃、燈真たちは作戦地域に現着した。アルの運転する車でやってきて、燈真と光希は河川敷付近で降りる。椿姫たち免許を持っている万里恵が運転する車で、嘱託式の結界にアクセスするための鈴を持って出ていった。

 嘱託式の結界が貼られており、干渉権限を付与された鈴で穴を開けて入る。当然、内外の出入り条件は今まで通り。魍魎は入れるが出られない、術師は入れないが出られるというものだ。

 さらにその上から、魍魎の出入り条件を逆転した結界をアルが貼る。呪術師が強力な魍魎を割り込ませないための措置だ。俗に言う二重結界である。この場合、内外両側の結界の効力が互いに若干犠牲になる。結界は、隣接することで互いに阻害しあう性質があるのだ。単に物理的な斥力で弾く結界も、例えば防御率五〇を二枚貼っても単純に一〇〇にならず、だいたい七〇くらいに落ち着く。そういう理屈だ。重ねがけすれば倍々ゲームというわけにはいかない。


 燈真はその説明を竜胆からされた。彼は大好きなゲームに例えて説明し、実際に燈真にそのゲームをやらせて理解させた。ちょっと変わり種な教え方だが、計算が苦手な燈真でもわかりやすく学べたものだ。


「イギョは人間よか牛や豚を好む」

「魍魎にも偏食傾向ってのがあるのか?」

「偏食って言い切れるかどうかは微妙だけど、まあ、俺らだって多少は好き嫌いあるだろ。どっちも食えるけど、選べるならこっちかなっていう」

「ああ……」


 光希のわかりやすい例えに、燈真はぽんと手を打った。確かに、そういうことはよくある。ビーフ・オア・チキンみたいな、そんな感じの好みの問題だ。

 そんな光希が札から顕現したのは、血が染みた豚肉の塊を包んだ布袋である。


「生首入ってんじゃねえだろうな」

「よく分かったな。豚の首が入ってる」


 皮肉を真面目に返された燈真は黙り込むしかない。

 光希はその生首が入った布袋を下手投げでぶん投げた。すると、川面が膨れ上がり、三体の這い出してくる異形が、その首に飛び掛かる。ガツガツと貪り始めた異形の半魚人を前に、光希が「いくぞ」と言って、左手で剃刀——髭削ぎを構えた。

 燈真も鯉口を切った刀を抜いて、飛び出す。


 川から出てきたのは合計三体のイギョ。燈真は至近距離に迫ったイギョの首を、まずは不意打ちで落とす。素早く振り上げ直した刀を、その切先を心臓に突き刺し、妖力を噴射。瘤を破壊し、祓葬。多数対一の場合、徹底するのは秒殺すること。一手でも打ち合さる数を減らし、倒す。でなければ群がる敵に圧殺される。

 沸き立つ気配。燈真は瞬時に左腕一本でバック転。かすめていった鋭い爪を、すんでのところで回避する。


「頼む」「任せろ!」


 入れ替わりで光希が飛び込み、一体を雷撃で牽制しつつ燈真を引っ掻いたイギョに髭削ぎを振るう。リーチは、せいぜい十四センチほど。だが、その分軽く取り回しに優れる。

 帯電するそれを素早く振るい、イギョの左目を潰して、左腕の薙ぎ払いを屈んで回避し、掬い上げるような右の掌底で顎を打って怯ませてから、喉に切先を刺しこむ。

 三体目が痺れから解放されてゴロゴロと喉を鳴らして呻きながら迫るが、燈真が割って入った。


「こっちは任せろ」

「頼むぜ相棒」


 燈真は鍔迫り合いの姿勢から瞬時に相手に体重を移して足回りを崩す。膝に蹴りを叩き込んで傾かせ、袈裟懸けに刀を振るった。

 修行を始めてまだ一ヶ月。刀を握って、たったの一ヶ月。普通、まだ素振りだって綺麗にできやしないだろう。真剣で戦えるような経験値を積める時間ではない。

 だが、師匠の教え方の腕はもちろん、燈真自身に恐るべき才覚が備わっていた。

 まさしく鬼神の如き剣捌きでイギョを切り崩し、祓葬する。

 一方の光希も、髭削ぎを中継に相手に雷撃を流し込み、内側から感電、焼き尽くして祓っていた。


「三等級相手でも、タイマンなら余裕かよ。すげえな」

「姉弟子が厳しいからな」

「兄弟子は?」

「頼りになる悪友って感じかな」

「ははっ、……追加の客だぜ」


 残りの三体が異変を察し、飛び出してきた。

 二人はそれぞれ構え、敵に挑みかかった。


×


 万里恵が運転する社用車は(退魔局は体裁の上では民間組織の一企業である。郵便局と同じようなものだ。なので社用車という言い方で間違いはない)、村の外れにある洋館にたどり着いた。

 そこは明治時代の実業家が住んでいたという屋敷であり、白亜の異人館風の——コロニアルスタイルの建築様式である。

 幕末の時代、裡辺は現在の巴白県地域を中心に巳白藩主、松浪寺多喜豊しょうろうじたきとよが引き起こした分離独立運動である裡辺騒乱に支配された。椿姫の母・楓はそれに体制側の連合軍として参加し、砦一つを単独で落としたという、冗談のような伝説を持っている。

 その頃万里恵は生まれて間もない頃で、まだまだ少女だったが同い年であった楓について行動していたらしい。若年の忍者——人間換算で十五歳ほどであるが、まさしく凶手として恐れられたという。


(全然そうは見えないけど)


 いっつも朗らかな顔で弟妹と遊んでくれている万里恵も、今は任務とあって真剣な顔だ。

 時代が違えば命の価値も違う。椿姫はつくづくいい時代に生まれたと思う。


 二人は戦衣姿だった。

 万里恵はカーボンレザー素材の現代風忍者装束に、椿姫は金色の狐の毛を襟に生やした和装。下は、紫色の袴。


「幽霊が出た、ねえ」


 万里恵がしみじみ唸った。


「目撃者は妖力適性の極めて低い人間の青年……女性、二十五歳。っていうか高校の養護教諭の秋穂先生」


 椿姫が解説した。養護教諭とは、つまり保健室の先生だ。村に移住する形で村立魅雲高校に赴任してきた若い女性で、主に男子生徒から人気である。

 取り調べによると、村の観光ついでに屋敷を見にきた際、二階のバルコニーに奇妙な白い影を見た、とのことだった。


「妖力適性がないのに霊視する可能性はまずない」万里恵は顎に手を当て、「だから退魔局はここに呪術師が潜んでいる可能性を考えた」

「そこで対術師戦闘において高い戦績を持つ万里恵が選ばれたってわけね。私は、その手伝い」

「主君に手伝ってもらっちゃって申し訳ないなあ! あはは!」

「バカ言ってないで行くわよ」


 結界に入り込み、正面の門の南京錠を開ける。門扉を押し開くと、ギギィイイイ、と耳障りな音を立てた。

 術師が外から出られない結界と、外から入れない結界の多重構造。この結界を出入りするには、椿姫たちが持つ通り抜けるための解術鈴げじゅつすずがいる。

 広い庭を進と、右手に池が見えてきた。その池には藻が大量に浮かび、植え込みは好き放題伸びている。ときどき村の悪ガキが入り込んだり、野良妖怪が根城にするというが、椿姫たちの妖力探知にそれらしいものは引っかからない。


(野良連中の気配なら、簡単に炙り出せる……それがないってことは、薄々危険を察知して逃げたってことかしらね。潜んでいるとすれば、同等級の呪術師……)


 椿姫は冷静にそう考えた。

 庭を、あえて堂々と進む。隠れる気がある相手に、同じかくれんぼで挑んでもジリ貧だ。というか、意味がない。ならさっさと炙り出す——奇襲を仕掛けさせる状況にして、引っ張り出した方が確実だ。

 隠れることに集中すると、奇襲のトラップを見逃す可能性もあるので、初めから敵には潜伏されているつもりで、隠密するより警戒の方に意識を向けた方がずっといい。それは奇襲を甘んじて受けるのではなく——待ち構えているという意味だ。

 とはいえ、妖力や気配を隠すことは、忘れない。光学的に見られていようが、妖力の気配が分からなければいつ攻撃が来るのか、どう防ごうとしているのか、それを読むことがなかなかできないのだ。敵にプレッシャーを与えることができる。


「万里恵、一階よろしく」

「はいはい。気ぃつけてね」


 椿姫は正面扉の目の前にある階段を登る。朽ち果てた肖像画には、ここの持ち主であっただろう実業家の脂ぎった顔が描かれていた。

 なんというか、憎たらしい顔のたぬき親父だ。描かれている男の種族は人間だし、本物の化け狸のおじさんに失礼かもだが。

 椿姫は二階の廊下に上がる。磨りガラスの窓の向こうに、生物の気配はない。

 とはいえ油断はできなかった。いつ何時、どんなものが飛び出してくるか分からない。

 椿姫はそっと気配を探りつつ、不可思議に静まり返る洋館を進むのだった。


 と、なんらかのレセプションルームらしき部屋が見えた。

 鹿の頭の剥製が、壁から生えるように飾ってある。昼下がりの無人洋館の風景に鹿の生首はなかなかインパクトがあり、椿姫は喉の奥で笑った。


妖怪ゴーストがお化けにびびってどうすんだか)


 椿姫がこの世で怖いと思うのは先祖の逆鱗と、刀で斬れない掛け値なしの化け物だけ。触れて斬れれば、怖くない。先祖は尊敬も敬愛も、親愛も抱くが、敵になったら。彼女がみている世界は、非常にシンプルな世界観で構成されているのだった。

 鹿の剥製の目は、赤い。ルビーに置き換えられていた。この情報を知るものがいたら取りにくるんじゃないだろうか。椿姫は削り出されたルビーの瞳を尻目に、進む。

 実家には、宝石なんてものでは逆立ちしても敵わない骨董品が山のようにあるので、物欲は働かなかった。まあ全部柊のコレクションなのだが。


(私、なんでこの部屋に……? 誘われてる……)


 気を引き締めた。無意識のうちに行動を誘引させられている——どう考えても、なんらかの幻術にハマりかけている。

 椿姫は左手の甲に歯を立て、噛みついた。

 幻術は外部からの痛みに弱い。術をかけられている被術者に痛みが伴うと、どんなに高度な幻術でも一発で解ける。

 椿姫の白い手から赤い血が垂れ落ちた。痺れるような痛みが、彼女をクールダウンさせる。


(いるわね。上と下に一人ずつ。さて……)


 次の、瞬間。

 椿姫の真横の壁が——モルタルと木製の壁が打ち破られ、腕が伸びてきた。

 椿姫の肩をガッチリと掴んだそれを、彼女は腕を外回りに回して逆に相手の肘関節に手刀を叩き込み拘束を逃れ、左腕に妖力を込め壁をぶん殴る。脆い壁が粉砕され、向こう側の襲撃者を打ち砕く——ことはなかった。

 相手は怯んだだろうか? すかさず後ろに下がって、背負っていた太刀を左肩側から鞘をマウントし、抜き放つ。

 ぞろりと刀身を覗かせた三尺刀が、ギラリと窓から差す陽光を鋭く照り返した。


 襲撃者は例の赤羽だった。

 手には新たな呪具——刀を握っている。


「また会ったわね」

「袖すり合うも多生の縁というだろう」

「呪術師と前世で因縁って……私の前世はどんな業人だったんだか」


 皮肉げに言う。


「今度こそ、狩る」


 椿姫は上段霞に太刀を構え、決然と言い放った。

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