「日本史を侮辱」戦国時代舞台の仏ゲーム、発売中止署名に9万超 主人公「弥助」巡り論争

11月発売予定のゲーム『アサシン クリード シャドウズ』の設定を巡り、SNSなどで論争が過熱している=東京都千代田区(鈴木健児撮影)
11月発売予定のゲーム『アサシン クリード シャドウズ』の設定を巡り、SNSなどで論争が過熱している=東京都千代田区(鈴木健児撮影)

フランスのゲーム会社が発売を予定しているソフトがSNSなどで〝炎上〟し、発売中止を求めるオンライン署名の賛同者が10万人をうかがう勢いになっている。舞台は戦国時代の日本だが、主人公の1人を織田信長に仕えた実在の人物で黒人の「弥助」にしたことで、不確かな内容が史実として海外で拡散されることを懸念する声が上がった。署名の呼びかけ人は「日本の文化と歴史に対する深刻な侮辱」だと主張する。会社側は23日に声明を出し、「日本の皆さまにご懸念を生じさせたことについて、心よりお詫び申し上げます」としたが、ゲームの設定は維持する考えで、反発が収まるかは予断を許さない。

宣教師と来日、信長に仕える

このゲームは、仏ユービーアイ(UBI)ソフトが11月15日にプレイステーション5やパソコン向けに発売予定の『アサシン クリード シャドウズ』。アサシンクリードは主に「暗殺者」をテーマにしており、2007年に第1作が発売された。世界累計販売2億本以上の人気シリーズで、これまでに十字軍派遣やフランス革命、米独立戦争など歴史上の出来事が題材にされてきた。

シャドウズはシリーズで初めて、日本を舞台にした作品。今年5月、UBIは、プレーヤーが操る2人の主人公のうち、1人は架空の人物である女忍者で、もう1人は弥助だと公表した。

弥助は信長の一代記『信長公記』などにも登場する実在の人物。イエズス会の宣教師、ヴァリニャーノの従者として来日したが、信長が求めて家臣にしたと伝わる。本能寺の変で明智光秀軍と戦うが最後には投降。光秀に助命された後の記録は残っておらず、歴史から姿を消した。

「本当に侍か」SNS過熱

主人公の1人が弥助だと判明すると、SNSや動画投稿サイトでは疑問の声が噴出。6月にはChange.orgというオンライン署名サイトで、「アサシンクリードシャドウズの発売中止を求めます」という署名が始まった。呼びかけ人は「歴史的正確性と文化的敬意の欠如が深刻な問題となっています」と主張する。7月24日午前10時現在の賛同者は9万5099人。

ゲーム「アサシン クリード シャドウズ」の発売中止を求めるオンライン署名サイトの画面(Change.org Japan提供)
ゲーム「アサシン クリード シャドウズ」の発売中止を求めるオンライン署名サイトの画面(Change.org Japan提供)

具体的には、「侍が武士階級の上位階級であり、『御家人』あるいは貴人に仕える者であるべきという事実を無視しています」と指摘。「これは日本の文化と歴史に対する深刻な侮辱であり、またアジア人種差別に結びつく可能性があります」として、同ゲームの発売中止に加え、「日本の歴史と文化に対する真摯な調査と敬意を示すことを求めます」としている。

SNSでは、「弥助が本当に侍だったか」という論争が起きた。侍だったとする主張では、弥助が信長から扶持(給与に相当する食糧)を与えられ、帯刀を許されていたと指摘。一方、荷物を運んでいたとする記録もあり、刀持ちや中間(召し使い)のような立場だったとの意見も根強い。後の時代に徳川家康に仕えた三浦按針(ウィリアム・アダムス)と異なり名字がないことが正規の武士ではない証拠だとし、本能寺の変では敵襲を受けてやむなく戦っただけだという指摘も出た。

署名を募る理由に記された「アジア人種差別」の下りは、購入者の大半を占める欧米のプレーヤーが感情移入できるようにアジア人を避け、黒人の弥助に白羽を立てたのではないか、という意味だとみられる。アサシンクリードシリーズで実在の人物が主人公になったのは弥助が初めてだ。

「第二の慰安婦問題」懸念も

日本史を題材にしたゲームソフトはすでにたくさんあり、小説や映画と同じく、おもしろくするために史実に反した登場人物やストーリー、演出が採用されることは珍しくない。その中でシャドウズに反発の声が上がったのは、アサシンクリードシリーズが欧米などに多くのファンを抱えており、日本史に関する誤った認識の拡散に拍車をかけるのではないか、と危機感を持つ人が多いからだとみられる。米動画配信サービス、ネットフリックスでもSFではあるが『YASUKE-ヤスケ-』というアニメが配信されており、脚色された弥助の知名度は海外ですでに高い。

ゲーム「アサシン クリード シャドウズ」で屈強な侍として描かれる主人公の弥助(ユービーアイソフト提供)
ゲーム「アサシン クリード シャドウズ」で屈強な侍として描かれる主人公の弥助(ユービーアイソフト提供)

論争はX(旧ツイッター)で歴史問題に〝飛び火〟した。弥助の海外への周知に大きな役割を果たしたとされる日大准教授(法学部)、トーマス・ロックリー氏の著書『信長と弥助 本能寺を生き延びた黒人侍』の中に、戦国時代の日本についての説明で「地元の名士のあいだでは、権威の象徴としてアフリカ人奴隷を使うという流行が始まったようだ」という記述があることに批判の声が上がったのだ。「日本に黒人奴隷制があった」と読める内容について、歴史学者の平山優氏はXでの他の利用者とのやり取りで「悪質なデマだ」と一蹴。Xでは「今はデマでも、数十年後に政府が謝り、子孫を名乗る人が賠償請求することになるのでは」「(吉田清治氏の虚偽証言で広まった)従軍慰安婦問題のようになりかねない」と、〝偽史〟の拡散を懸念する声が相次いだ。

ミスリード誘う「伝説の侍」

UBIは23日、「開発チームより、日本の皆さまへ」という声明を出した。謝罪の一方、アサシンクリードシリーズについて「初期から創作表現の自由を活かして、ファンタジーの要素を取り入れてきました。ゲーム内における弥助は、そうした創作表現の一例です」と強調。「ゲームに登場する弥助は侍として描写されますが、この点が議論の的になっていることは私たちも認識しております」と説明した。

11月発売予定のゲーム「アサシン クリード シャドウズ」のパッケージ(ユービーアイソフト提供)
11月発売予定のゲーム「アサシン クリード シャドウズ」のパッケージ(ユービーアイソフト提供)

一方、ゲームを宣伝する英語版ウェブサイトでは、弥助を「samurai of historical legend」(歴史上の伝説の侍)と紹介している。侍だったかどうかはともかく、日本史になじみのない海外の人がこの言葉からイメージするような華々しく活躍する武士と、史実で判明している弥助像との乖離(かいり)が大きいのは確かだ。

尊重されるべき表現の自由か、歴史の侮辱か-。発売日に向け、論争は続きそうだ。(高橋寛次)

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