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ポルトガル商人に毎年1000人が海外へ売られた!『大航海時代の日本人奴隷』著者が踏み込んだキリシタン史のタブー

秀吉の朝鮮出兵で長崎市場が朝鮮人奴隷だらけに

――「ポルトガル人が日本人を奴隷として海外に売っていた」と聞くと、「なんてヒドい」という気がしますが、そもそも日本人が戦争で人を捕虜にしたり、誘拐したり、カネに困った親から子どもを買ったりして調達して、それをポルトガル人に売っていたわけですよね。そういう人を狩って売る側の日本人は何か罪に問われたのでしょうか?

岡 問われていないと思います。戦国武将が百姓を戦に動員するときには、その日の握り飯くらいしか与えなかったんですね。だけど、戦争に行く以上は雑兵(ぞうひょう)だって何か得たい。そこで、兵士が戦地で物を略奪したり、人をさらって売ったりしてお小遣いにするのを禁じていたら、大名は戦争に人を動員できなくなる。そういう形で人をさらっても黙認されている状況がある中で、ポルトガル人という買い手が現れたという話なんですね。それ以前にも、日本国内では人はさらわれて売られ、違う地方に移動していました。ですから、秀吉が伴天連追放令(1587年)で日本人の取引を禁じたのも、「日本人の人権を守れ」といった意図からではなくて、天下統一して戦争がなくなった後、国づくりに使える人や物が海外に流出するのはけしからんという気持ちから発したものではないかと思います。

――朝鮮出兵ではキリシタン大名や武将が前線に立ち、彼らが略奪してきた朝鮮人奴隷で長崎市場がいっぱいになり、色街もできたということが今回の増補新版では書かれています。日本人が売られていたことだけでなく、日本人が朝鮮人をさらってきて外国人に売ったり、国内で奴隷的に使役したりしていたことも合わせて見ないといけないですよね。

岡 当時、イエズス会内部ではキリシタン大名による朝鮮での略奪やその後の奴隷売買をどう正当化するかが議論になっていました。秀吉はキリシタンではないから神学的に正しい「正戦」ではないけれど、キリシタンの大名や武士は略奪してきてしまう。この点について、ヨーロッパの高名な神学者バスケスに対して日本からわざわざ諮問を送っています。回答は「兵士は主人の命令に従っているだけで、戦争が不正かどうかは測りようがない(罪の意識がない)から、違法とされる神学的根拠はない」。まあ、良いことではないけど目をつむってもいい、と。

 キリシタン史ではこのことに踏み込むのはタブーだったのですが、『大航海時代の日本人奴隷』の旧版で日本人奴隷の存在を知ってくれた人がたくさんいるのに、そこを踏み込んで書かないのはいけないと思って今回入れました。戦争をやっている大名ですから、キリシタンといっても綺麗事ばかりなわけがないんですよ。ほかにも、例えば大友宗麟が――スペイン人もポルトガル人も関わっていない――カンボジアとの外交におけるプレゼント交換で、日本人の「美女何人か」を送りつけていたりね。

キリスト教は仏教として認識されていた

――岡先生の旦那様で、共著者であるルシオ・デ・ソウザ先生(東京外国語大学特任准教授)が、この本の元になった研究内容を学会で発表したら、聴講者から「捏造ではないか」とまで言われたと本にありました。長年、日本人の奴隷取引に関する研究が行われず、無視されてきた背景は?

岡 キリシタンは「殉教させられた、かわいそうで悲惨な存在」「キリスト教の歴史の中でも燦然と輝くもの」という“殉教史観”が根強くあるんですね。今もその世界観を強く守ろうとしている研究者はいます。そこに属さない私は、おそらくイエズス会のブラックリストに入っていると思いますけども。

――ブラックリスト(笑)。

岡 実際、あるシンポジウムに私が登壇したら、キリスト教系メディアの人たちが聴講席の最前列にいて、ずっと睨まれていたことがありました。「イエズス会の中に日本を征服しようと思っている人たちがいた」という史料をじゃんじゃん紹介した高瀬弘一郎先生(慶應義塾大学名誉教授)も、相当パージされていましたから。ただ、『岩波講座 日本歴史』や吉川弘文館の『日本宗教史』、イギリスのケンブリッジ・ヒストリーなどの権威ある講座ものにお声がけいただいたりして、最近では「キリシタン史概説を書かせるなら岡でもよい」的なポジションになってきていますから、私が特別に異端で問題視されているわけではない。その逆で、これまでバイアスがかかりすぎていたのだと思います。

 いまだに日本で紹介されていないイエズス会の史料は膨大にあるんですね。それを翻訳していけば歴史の見方が変わると思っていますが、私はマークされているので、そのうちイエズス会の史料館に入れてくれなくなるかもしれない(笑)。今も信徒さんがいるから負の歴史を書かれたくないという気持ちもわかるのですが、史料に書かれていることを客観的に分析するのが歴史研究のプロの仕事ですし、歴史研究は特定の誰かのものではないですから。

――岡先生の最近の研究や今後の執筆予定は?

岡 最近は「キリスト教は、仏教として認識されていた」ということを国内外で論文にしています。ザビエルが布教を開始したときは、キリスト教の神「デウス」が「大日」と翻訳されて、エラいことになったのは、本郷和人監修『東大教授がおしえる やばい日本史』(ダイヤモンド社)でも書かれているので、かなりもう知られていると思いますが、私は、ずっとその後の江戸時代初頭くらいまでは、その認識は払拭されなかったという説を提唱しています。仏教だと思われていたから、「外国の宗教だから」とか「一神教だから」という禁教理由はあてはまらないと思います。

 それから、私の今のところ唯一の単著は『商人と宣教師 南蛮貿易の世界』(東京大学出版会)という南蛮貿易に関するものなのですが、日本国内のネットワークのことをあまり書いていないんですね。ですから、日本国内で商人たちがどのように南蛮貿易にかかわっていたのかに関する本を書こう――としていたところ、大坂の陣にキリシタンをめぐる陰謀が動いていたという件について依頼があったので、そちらも同時並行で書いています。

 とにかく、気力・体力が続く50代くらいまではタブーに挑戦し続けたいと思っています。

●プロフィール
岡美穂子(おか・みほこ)
1974年、神戸市生まれ。京都大学大学院博士課程修了。博士(人間環境学)。現在、東京大学大学院情報学環(史料編纂所兼任)准教授。専攻は中近世移行期対外関係史、キリシタン史。 単著に『商人と宣教師 南蛮貿易の世界』(東京大学出版会)がある。

マーケティング的視点と批評的観点からウェブカルチャーや出版産業、子どもの本について取材&調査して解説・分析。単著『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの?』(星海社新書)、『ウェブ小説の衝撃』(筑摩書房)など。「Yahoo!個人」「リアルサウンドブック」「現代ビジネス」「新文化」などに寄稿。単行本の聞き書き構成やコンサル業も。

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最終更新:2021/02/14 20:00
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