原発の建設費を電気料金に上乗せ、経産省が新制度検討 自由化に逆行
経済産業省が原発の新増設を進めるため、建設費を電気料金に上乗せできるようにする制度の導入を検討していることがわかった。東京電力福島第一原発事故で安全対策費が膨らむうえ、電力自由化で建設費を確実に回収する手段もなくなり、電力各社が投資に及び腰になっているからだ。国は「脱炭素電源」を増やして将来の需要増に備えるとするが、広く国民負担の増加につながる可能性がある。
関係者によると、英国で考案された原発支援策「RABモデル」を参考にする。この制度は、国が認可した原発の建設計画について、建設が始まった時点で、建設費や維持費などを電気の小売会社が負担するもの。電気料金に上乗せする形で回収する。建設費が増加した場合でも、必要な経費と認められれば料金に算入できる。計画が中断した場合は、国が資金を出すなどして補償する。電気料金に上乗せする費用の削減を促す仕組みもある。
この制度をそのまま日本に導入した場合、契約者に電気料金として直接請求するかどうかは、新電力を含む小売会社の判断による。ただ、再生可能エネルギー100%の電気を選んだ人も、原発の建設費を支払う可能性がある。
かつては、発電所や送配電網などの建設コストを、電気料金に織り込む形で確実に回収できる仕組みがあった。だが2000年以降に始まった電力自由化で、その仕組みが徐々になくなり、コストにあわない発電所が廃止され、新しい発電所への投資も抑えられた。
東京電力福島第一原発事故で、原発にかけるお金が大きく増えた影響も大きい。投資の回収が見込めなければ、資金調達も難しくなるからだ。朝日新聞のアンケートでは、原発を手がける11社が既存原発に投じた安全対策費の総額は、13年からの10年間で少なくとも5兆8千億円にのぼる。
こうした状況をふまえ、国は将来の発電能力を入札にかけて、維持・建設費として分配する「容量市場」や「長期脱炭素電源オークション」といった発電所の建設を促す制度をつくった。だが、大手電力からは、原発の新設には「不十分だ」との声があがっていた。
国は50年の温室効果ガス排出実質ゼロという目標をたてる。電力の安定供給との両立を図るため、原発を「最大限活用」させる方針だ。新制度は、それを実現する核となる仕組み。経産省が年度内にまとめる新しい「エネルギー基本計画」にも反映させるもようだ。
ただ、原発政策の旗振り役となってきた岸田文雄首相の支持率は低迷しており、内閣支持率は過去最低水準に落ち込んでいる。岸田政権のもとで議論を進められるか、危ぶむ声もある。(多鹿ちなみ、福山亜希)
「電力投資について、体制面での再編強化も含む、制度・資金両面で支援策を強化していきます」
岸田文雄首相は2日、看板政策のGX(グリーントランスフォーメーション)を進める会議「GX2040リーダーズパネル」で宣言した。二酸化炭素(CO2)を排出しない「脱炭素電源」を確保するため、電力会社に投資を促すという。
その一つが、原発の新増設に向けた支援策だ。建設費を電気料金に上乗せする形で、確実に投資を回収できるようにする。それは、国が強力に進めてきた電力自由化の「揺り戻し」でもある。
「発電事業はもうからない」
かつて地域独占に守られてきた大手電力は、2016年に始まった電力小売りの全面自由化で、厳しい競争にさらされるようになった。東京電力福島第一原発事故の影響で、以前のように原発を動かせなくなったこともあり、経営体力が削られていた。さらに、大手電力に課せられていた電気の供給義務も撤廃され、採算の取りにくい発電所の休廃止が進んだ。
電力自由化の目的は、消費者が電力会社を選べるようにするだけでなく、競争原理の導入で電気料金を下げることにもあった。ある程度は果たせたが、経済産業省の幹部は「電力会社の設備投資をとどめて、経営効率化を進める方向へと国はかじを切った。最大の失敗は、発電事業がもうからないということに、気づかなかったことだ」と振り返る。
岸田政権は原発を最大限活用する方針を掲げ、昨年閣議決定した「GX実現に向けた基本方針」では、「次世代革新炉の開発・建設に取り組む」と明記した。政府は30年度に発電量の20~22%を原発でまかなう目標だが、足元では5.5%にとどまる。再稼働だけでは足りず、将来は新増設が欠かせないとの考えだ。
ただ、再稼働が順調に進んでいないなかで、電力会社が新増設に踏み込むのは、さらにハードルが高い。新制度は、巨額投資に対するリスクを負えなくなった大手電力の代わりに、国民の財布を当てにしたともいえる。
電力会社も支援策要望
大手電力も原発に対する支援策を強く求めてきた。大手10社でつくる電気事業連合会の林欣吾会長(中部電力社長)は19日の会見で、原発の新増設を念頭に、「投資のしやすさや、事業の予見可能性を高めることは、非常に大切だ」と訴えた。
そもそも、いまある原発の再稼働にも巨費がかかる。11月の再稼働をめざす東北電力の女川原発2号機(宮城県)の安全対策費は、5700億円に膨らんだ。さらに、地震や事故で想定通り稼働できないリスクもある。
電力業界からは「長期にわたる事業で大きな投資も必要。投資判断には、予見性や事業の成立性が一定程度確保されないと、一歩踏み込むには非常にハードルが高い」(関西電力の森望社長)といった声も上がる。
国はこれまでも、小売会社から集めた供出金を原資に、発電所への投資を促す施策を打ってきた。だが、将来の発電能力を確保するための「容量市場」は、取引する供給力が4年後のため、より長期の建設期間を要する新規の電源開発にはつながりにくかった。再生可能エネルギーや原発の建設などにかかる固定費が支払われる「長期脱炭素電源オークション」も、想定を大幅に上回る追加コストには対応できないリスクがあるといった課題が指摘されている。
一方、国の支援がなければ原発をつくれないということは、市場経済のもとでは成り立たない事業だともいえる。かといって、再エネだけでは電力需要をまかなえず、地球温暖化の観点から、火力発電への積極投資も望めない。22年に始まったロシアのウクライナ侵攻で液化天然ガス(LNG)が急騰し、電気料金は跳ね上がった。調達に苦しんだ新電力が相次いで撤退に追いやられた。こうしたなか、安定供給のためだとして、岸田政権は「原発回帰」へと転換していく。
経済産業省は今後、具体的な制度設計に入る。ただ、国民全体に負担を求めるうえ、電気料金の値上げにつながる可能性もある。世間の反発を招きかねない。
原発をめぐる課題も多い。使用済み核燃料を再利用する「核燃料サイクル」は想定通りに進まず、全国の原発で使用済み燃料がたまり続けている。使用済み燃料から出る高レベル放射性廃棄物(核のごみ)の最終処分地も決まっていない。
投資が確実に回収できるようになれば、電力会社のコスト意識が下がることも懸念される。(三浦惇平)
電力自由化をめぐる動き
1995年 発電部門を自由化
2000年 小売り部門の自由化が始まり、まずは工場やデパートなどの大規模施設が電力会社を選べるように
11年 東日本大震災が発生
16年 家庭向けの小売りも自由化
22年 ロシアがウクライナ侵攻を開始。液化天然ガス(LNG)が急騰
23年 岸田文雄政権が新規原発の「開発・建設」を盛り込んだ「GX実現に向けた基本方針」を閣議決定
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- 多鹿ちなみ
- 経済部
- 専門・関心分野
- エネルギー政策、人権、司法
- 福山亜希
- 経済部
- 専門・関心分野
- 政治や経済、エネルギー政策