SOUL REGALIA   作:秋水

5 / 36
※18/06/17現在、仮公開中。
大幅な変更、改訂を行う可能性があります。


第四節 怪物たちの宴

 

 ベル達と別れてからしばらくして。

 俺達はメインストリートを少しばかり外れた路地を歩いていた。

「しっかし、シルねー。確か私の商売敵じゃない?」

「まぁ、同じ酒場の看板娘だと言えばその通りだが……」

 しかし、『酒夢猫(シャムネコ)亭』と『豊穣の女主人』とでは毛並みが違う。

 大人数での宴会にだって充分に対応するのが『豊穣の女主人』なら、『酒夢猫(シャムネコ)亭』は少人数で静かに飲むための店と言える。

 客の奪い合いになるか、と言われると少なからず疑問だった。

「面識があるのか?」

「いいえ。たまにお客さんから名前を聞くくらいね」

 そんなものか。

 まぁ、シル――というか、彼女の周りや背後にいる連中が霞やあの店に目をつけらたら面倒だ。

 もしシルを見つけたとしても、互いに深く関わらないうちに終わりにしてしまおう。

「どこから覗いてみる?」

果汁(ジュース)かサンドイッチ系を扱ってる店が狙い目だとは思うんだが……」

 いや、ここは同じ女の霞に案内してもらった方が出会える確率が上がるのではないだろうか。ふと思いついたそれを読み取ったかのように、霞が唸った。

「ジュースはともかく……サンドイッチよりもクレープとかそういうお店の方がいいんじゃない? この時間ならもう朝食は済ませているでしょ?」

「なるほど。そういう発想はなかったな」

 だが、言われてみれば確かに。

 しかし、ああ見えて甘いものが苦手なベルと、そもそも食事が嗜好品でしかない俺からはなかなか出てこない発想でもあった。

「まったく。まぁ、いいわ。出店ってわけじゃないけど、この辺りに美味しいクレープ屋さんがあるの。まずはそこに行ってみましょう」

 それは単にお前が食べたいからなんじゃないのか?――と、喉まで出かかった言葉はなんとか飲み込む。またヒールの洗礼を受けるのはご免だった。

「こっちよ」

 いくらメインストリートから外れたとはいえ、そこに向かおうとする者たちによって道はそれなりに混雑している。

 とはいえ、そこは霞も慣れたもの。横道や裏道を組み合わせて流れるように進んでいく。

 ……のだが。

「ッ!?」

「どうかした?」

「いや、今何か視線が……?」

 気のせいか。今も放浪者のローブを纏っている。いつもの黒衣ならまだしも、この格好で俺が誰かを察せる者はまだそれほど多くないはずだった。

「んー…。私には分からないけど……」

 霞も『冒険者』ではないとはいえ、それなりに荒事に慣れている身だが……。

「いや、もう感じない」

 勘が鈍ったかしら?――そうぼやく霞に、肩をすくめて見せる。

(勘が鈍ったのはむしろ俺の方か?)

 今ひとつ釈然としないまま、再びいくつか路地を縫って歩き、霞おススメのクレープ屋とやらにたどり着く。

「当てが外れたわねー」

 きっちりクレープを買わせながら、霞はあっさりと言った。

「まぁ、いいけどな……」

 生クリームやらジャムやらがたっぷり詰まった――まぁ、不死人の朽ちた舌でも充分に甘みを感じられるような代物を二人して齧りながら、次の目的地を目指す。

 半月ばかりダンジョンにこもった後だ。クレープの一つや二つ、あるいは果汁(ジュース)の一杯や二杯で懐具合が揺らぐはずもない……いや、より正しく言えば、今の手持ちなら、それなりの家がいくつか買える。普段から使っている――オラリオで目覚めてから使い始めた財布の中身はともかく、ソウルの中にはそれくらいあった。

(まぁ、金庫に入れておくより安全だしな)

 とはいえ、『何かあった時』のために、館の金庫にもいくらか残してあるが。

 流石にそれくらいの義理……というか、甲斐性くらいはあるつもりだ。

「そっちはどんな味なの?」

「甘いぞ」

 一体何が違うのやら。

 正直、不死人の舌でなくても分からない気がしてならないのだが。

「そー言う事じゃなくて……。まぁ、いいわ」

 言うが早いか、霞は俺の手にあるクレープに齧りついた。

「んー。こっちもいいわねー」

 どうやら、普通の生者には違いが分かるらしい。

 これが人間性の限界という奴なのか。

 と、そこで――

「ッ!?」

 再び視線。いや、明らかに何者かの気配が死角から迫る。

 霞に片腕を取られていた分だけ、反応が遅れた。もはや剣の間合いではない。

 舌打ちする間もなく、護身のためにそのまま装備していた短刀を引き抜いて――

「おっと!」

 馴染んだ匂いに動きが鈍った。その隙に腕を取られる……と、言うより腕ごと抱きすくめられたというべきか。

「ふぅん。やっぱりあんたかい。久しぶりだねぇ」

 フードが払われると同時。

 麝香の匂いと、柔らかな女の体温を感じていると、霞がその女の名前を呼んだ。

「あら、アイシャじゃない。久しぶりね」

 アイシャ・ベルカ。

 四年前から何かと縁のあるアマゾネス……戦闘娼婦(バーベラ)だった。

 その姿を確認して、短刀を鞘に戻す。

「あんたと乳繰り合ってるから、誰かと思ったよ。まさか本人とはねぇ」

「当然でしょ? エルフは慎み深いのよ」

「そりゃ身を捧げた相手が悪かったね。こいつは女を買いに来るような奴さ」

「ええ。それは本当にね」

 アイシャの言葉に、霞が嘆息した。

 ……確かにその縁と言うのが主に客としての縁なのは否定しがたいが。

 しかし、事の発端には霞自身も大いに絡んでいる。それに、

「買いに行くというより、押し売られてるんだが……」

「何か言ったかい?」

 締め上げるように身体を絡めて来るアイシャに沈黙を保つ事にした。

 この間合いで迂闊な事を言おうものなら文字通りに『締め上げ』られかねない。

 何しろ、体術に関して言えば彼女の方が引き出しが多いのだ。下手に動くとどんな返し技が返ってくるか分かったものではない。

「というか、霞。あんたも薄情だね。帰ってるなら教えてくれりゃいいのに」

「あら、だってあなた最近店に来ないじゃない。そんなに忙しいの?」

「そりゃ夜は稼ぎ時さ。それにロクな男がいなくても、私達は巡回しなけりゃならないからね。まさか【ガネーシャ・ファミリア】に押し付ける訳にもいかないんだ」

「あー…。治外法権も楽じゃないわねぇ」

「まったくさ」

 さて。そもそも戦闘娼婦(バーベラ)とは読んで字の如く、戦闘もこなす娼婦である。冒険者を兼業している娼婦、と言えば一番理解が早いだろう。

 鍛冶系派閥には戦える鍛冶師……つまり、自分でダンジョンに潜って鍛冶素材を回収してくる連中がいるが、それと似たようなものだ。

 実にオラリオらしい存在だと言えよう。いや、アマゾネスらしいと言うべきなのか。

 かく言う彼女も、女らしい身体の曲線はそのままに、まるで猫科の肉食獣のように無駄なくしなやかな身体つきをしている。

 ……いや、()()と言うのもまさにその通りなのだが。

 オラリオで得た無駄知識を思い出し、小さく嘆息する。

「あんたが歓楽街に来てくれればいいじゃないか。こっちにだって酒場くらいあるよ?」

「イヤよ。この前行って、危うく押し倒されそうになったもの」

「よく知ってるよ。助けたのは私だからね」

 彼女達が拠点としているのは歓楽街。簡単に言えば色町、風俗街だ。

 俺と霞の古巣と言っていい繁華街と同じく……と、言ってもこちらは事実上の、と先につけるべきだろうが、治外法権が敷かれた区画である。

 いや、オラリオ外から出資を受けた店が並ぶ繁華街と違い、歓楽街はとある【ファミリア】が取り仕切っていると聞く。従って、自治区と言った方が正しいのかもしれない。

 いずれにしても特権のように聞こえるし、実際間違ってもいない。……が、それは何かあった時には自分達で対処しなければならないという意味でもある。

「最近じゃ幹部の一人に目されちまったからなおさらさ」

 つまり、腕の立つ戦闘娼婦(バーベラ)が客引きついでに衛兵の真似事をするのも止む無しという事だ。彼女くらいの腕があれば特に重宝されるだろう。

 もっとも、アイシャが所属する【ファミリア】を本人から聞いた事はない。お互いに込み入った身の上話はしないというのがいつの間にか暗黙の了解となっている。

(……まぁ、そうは言っても)

 目覚めたばかりの頃ならいざ知らず、ここまで聞けば、自ずとどこの【ファミリア】かは特定できているが。

「ほう。それは随分と出世したな、あの小娘が」

 今年で確か二一歳か。その美貌はますます磨きがかかっていると言える。

「その幼気(いたいけ)な小娘の身体に散々盛ったのはどこの誰だったかねぇ?」

 いや、幼気(いたいけ)などとは一言も言っていないが。

 むしろ四年前から野性的な色気は有り余るほどあった。チビ助から無事に成長したどこぞの金髪小娘に少し分けてやるといい。

「本当に幼気(いたいけ)な小娘だったら強襲も夜襲もかけてこないだろうよ」

 路地裏でいきなり斬りつけられる――と、そもそもの出会い方がそれだった。いや、それについてはあのチビ助も同じだったが。

 その当時、すでにいくつかの派閥ともめていた俺達は、そこの一員かと思って返り討ちにし、どうやら無関係らしいと知って慌てて近くの宿に担ぎ込み、手当てをして……すっかり回復した彼女の『夜襲』を受けたわけだ。

 ……まぁ、そっちも返り討ちにしておいたが。深くは言わないが、不死人の強靭さと底なしの体力を侮ったのが全ての敗因だとだけ言っておこう。

 と、それはともかく。

 そんなこんなで縁が結ばれ、時々は俺達を狙う派閥の情報を流してくれたりもした結果、今もこうして関係が続いているわけだ。

 ……そして、この二人は割と最初からこんな調子である。まぁ、お互いに竹を割ったようなさっぱりした性格だからこそだろう。少なくとも、俺はそう理解している。

 下手に突くと蛇が……それも、どこぞの息の臭い世界蛇並みのが飛び出してきかねないので、深く探索しない事に決めていた。

「ずいぶんと甘ったるいもの食べてるじゃないか」

 沈黙を保っていると、アイシャは腕を絡めたまま器用に、俺の――というか、さっき身構えた時に放り投げたはずの――クレープを齧ってそう言った。

 あの一瞬でそこまでこなせるとは。この三年ばかりの間に随分と腕を上げたらしい。

(一回か二回はランクアップとやらをしているのかもな)

 確か四年前はLv.2の半ば頃だったはず。もし二回ランクアップしているなら、この時代においてはなかなかの成長速度と言えるのではないだろうか。

 とまぁ、それはさておき。

「そう言うお前はこんな朝からどうしたんだ? 日の光を浴びてるなんて珍しいじゃないか」

 仕事柄、アイシャの主な活動時間は日が沈んでからのはずだ。こんな朝っぱらから見かけるなんて、ベルが深夜に街を徘徊しているようなものである。

「私は吸血鬼か何かかい?」

「どちらかと言えば夢魔(サキュバス)の類だろうな」

「なら、あんたは夢魔の王かなんかだね。散々返り討ちにしてくれてまぁ……」

 個人的に王とつく称号はこれ以上いらないのだが。

「酒場で【ロキ・ファミリア】相手に暴れた奴がいたって聞いてね。もしかしてと思って探してたのさ。何しろ上得意だからねぇ」

 赤く艶めかしい舌で唇を舐めながらアイシャが笑う。

 何と言うかこう、蛇に丸のみにされる蛙の気分だった。

 ……いや、その時は返り討ちにするつもりだが。

「それで、こんな朝早くからわざわざフィリア祭まで?」

 危険はないと判断したらしく、霞がアイシャと反対側の腕に絡みついてくる。

「騒ぎが起こりそうな場所に行けばいるだろうと思ったのさ」

「なるほど。そういう意味じゃ見つけやすい男よねー」

「人を騒ぎの元凶のように言いやがって……」

 呻くが、二人とも綺麗に無視して話を続けていく。

「だろう? いや、正直いくらモンスター絡みと言ってもフィリア祭は無理があるかとも思っちゃいたけど……まぁ、見つけたんだから問題ないね」

「そう言われると、これから何か起こりそうな気がしてくるわね……」

「そりゃ確かに。ま、モンスターの脱走くらいは覚悟しとくべきかね?」

「ちょっと、不吉な事を言わないでよ。アナタ達と違って、か弱い私には死活問題なんだから」

「その時はちゃんと守ってやるさ。何しろ()()()には欠かせない()()だからね」

 アイシャが艶然と笑うと同時、

「ッ!?」

 今度こそ明確な殺気を感じた。

 それはアイシャも同じらしく、咄嗟に腕を解放してくれる。

「くッ!?」

 おかげでギリギリ反応が間に合った。ソウルから取り出した盾を構える。

(【ソウルの矢】?!)

 その一瞬、青白い閃光が目に焼き付く。

 いや、詠唱を聞き漏らしたせいで判別できないが、この重さからして【強いソウルの矢】か【強いソウルの太矢】だろう。そうでないなら、今の俺などよりもはるかに格上の不死人としか言いようがなくなる。

 最悪の事態を想定し、防具を恩師達から与えられた≪巡礼の長衣≫に切り替え、愛用のクレイモアを抜き身の状態でソウルから取り出す。

 霞は最悪アイシャに任せるしかない。覚悟を決めて盾を構えるが――

「お前は……?」

 姿を現したのは先日見かけた蛇の眼をした魔女だった。

「どういうつもりだ?」

 彼女に攻撃を仕掛けられたという事実に、自分でも驚くほどの動揺を覚えていた。

 そう思う程度には俺は彼女を『知って』いるらしい。

 いや、それは当然だ。彼女は――

「……見ない顔だね。あんたは知ってるかい?」

「いいえ。ひょっとして外で引っかけてきたんじゃない?」

 一方で、後ろの二人はと言えば実に暢気な様子でそんな事を言いあっている。

「お前ら……」

 この濃厚な殺気の中だと言うのに何故そこまで暢気なのか。

 アイシャは言うに及ばず、霞にだって伝わっているはずなのだが。

「「だって、あんたが女に刺されたって別に驚かないし」」

 心が折れそうだ。

 いや、自業自得と言われれば確かに反論する言葉なんてどこを捻っても出てこないが。

「いいえ。私には貴方様を害する気などありませんわ、我が君」

 そして、彼女は彼女で言動が一致していない。

 たった今、脳天ぶち抜かれそうになったばかりだと言うのに。

「……ええ。側室や寵姫を侍らせるのは王の嗜みと聞いております。何の問題がありましょう」

 いや、俺は所謂本物の王族ではないのだが。血筋も凡庸なものでしかないはずだ。

 ……まぁ、その辺りはもう全くと言っていいほど記憶にないので、可能性としてない訳でもない。……のかもしれない。雀の涙よりも遥かに少ないだろうが。

「いえ、ですが……。正室は一体どなたなのでしょう?」

「さあ? 何しろことある事に違う女の名前を口にするような奴だし」

「私が言うのもなんだけど……。冷静に考えると、最低の男だねぇ」

「あら、アイシャ。そんなの今さらじゃない」

「違いないね」

 三人のため息が重なった。

 今すぐ『螺旋剣の破片』を使って篝火に戻りたくなったが、辛うじて踏みとどまる。

「それで、一体何の用なんだ?」

 気づけば殺気も霧散している。

 この隙に色々と話を聞きだしておくべきだろう。ここでは他の巡礼地よりもそういったやり取りがより重要となる。そんな事はすでに学んでいた。

「急ぎお探しください。貴方様と因縁のある女神とその下僕を」

 表情を改め、蛇眼の魔女は言った。

「女神と下僕だと?」

 気になったのは下僕という表現。そう表現するなら、糸目の小僧の方ではない。

 あの小僧は建前上、小人どもを下僕扱いはしていない。

 因縁という言葉からしてヘスティアやあの女鍛冶師でもない。

 つまり――

「神フレイヤとオッタルってところかしら?」

 霞が問いかけると、その魔女は微かに頷いた。

「あの動く呪い壺か……。それはまぁ、確かにいつまでも野放しにはしておけないが」

 あの女神は、人間にとって存在自体が害悪だ。

 ただそこにいるだけで周りを狂わせる。存在そのものが呪い。つまり、あの王妃と同じだった。

 まったく、この時代の連中は何故あんなものをいつまでも野放しにしているのか。理解に苦しむところだ。

 とはいえ――

(下手に手を出すとあの爺さん達がうるさいんだがな……)

 あの爺さん達とはある種の契約を結んでいる。

 そこまで強制力がある訳でもないが……まぁ、連中は今のところかなり誠実に守ってくれている。俺が一方的に蹴る訳にもいかない。つまりは――

「殺せと言うなら、それなりの理由が欲しいな」

 そういう事だ。あの爺さん達を納得させられる……いや、あの爺さん達が周りを何とか宥められる程度の理由が必要だった。

「この催し。怪物祭(モンスターフィリア)と言うのですね?」

「ああ。そうだな」

()()()()()()()()()()()()。ですが、このまま放っておけばその名の通りの惨劇となるでしょう。理由……義理立てとしてはそれで充分では?」

「何……?」

 束の間、言葉を失っていた。

 惨劇という言葉に対する衝撃などではない。そんなものはとうの昔に見慣れてしまった。

 だが、

(友愛だと?)

 仮面の男とあの爺さん達の真意。それを一体何故彼女は知っている?

 無論、義理立てという言葉も聞き流せない。

「重ねて申します、我が君。どうかお急ぎください」

「待て! お前は一体――」

 呼び止める暇もなく、彼女は【見えない体】の詠唱を呟く。

 姿を見失ったのは一瞬だが、その直後に彼女の気配は再び消えた。

「それで、どうするんだい?」

 舌打ちしていると、アイシャが言った。

 彼女の言葉をどこまで理解したかは定かではないが――惨劇という響きだけでも緊張感を煽るには充分だろう。

「探すしかないだろう? 放っておけばお前達の妄言が現実になりかねない」

 彼女の問いかけに、肩をすくめて見せる。

「でも、アンタまたフレイヤ様のところともめたの?」

「さて。戻ってきてからは顔も見ちゃいないがな」

「あの決着じゃ納得いかなかったんじゃないかい?」

「そんな事を言われても困るな」

 もっとも、そうだとしてもまさに()()()()としか言いようがないが。

「しかし、そうだとしてもこんな人込みにモンスターを放つ理由にはならないだろう?」

「どうだか。あんたのせいにする算段でもついてるんじゃないか?」

「それはそれで確かにゾッとしないがな」

 そしてすっかり『呪い』に蝕まれているあの連中ならやりかねないところでもある。

「ところでさっきの人は信じられるの? 探す事自体が罠の入り口だったりしたら目も当てられないわよ?」

 霞の疑問はもっともだが……

「いや……」

 彼女を疑うという発想がどうにも出てこない。

 すでに『魅了』でも掛けられているのかと思いもするが……しかし、思い当たる瞬間がない。

 いや、そうではないか。

「―――――」

 それはそもそも。初めから疑う理由がないだけの話なのだから。

「いや、それはないな」

「えらくあっさり断言するわね?」

「何か根拠でもあるのかい?」

 二人に問いかけられ、肩をすくめて見せる。

 根拠なら、まるでないわけではない。

「それなりにな」

 こうして餌として使ってきた以上、あの売女が正式に怪物祭の真意を知らされているとは思えない。蛇眼の魔女が一体どこから情報を得たかは定かではないが……そうである以上、少なくともあの売女から聞いたという事は少々考え難い。

(正式な手段ではない方法で知った可能性は充分にあり得るが……)

 その辺りはあの女の十八番だ。

(しかし……)

 それにもう一つ。彼女は明らかに『ソウルの業』を修めている。

 あの女が俺が留守の間の三年間にあの女がその知識を得たとして、完全に失伝し、篝火はなく、何より火防女すらもいないこのオラリオで、たった三年の間にあの域にまで育てられるとは思えない。

(『ソウルの業』に精通した誰かの後押しがあれば話はいくらか変わるだろうが……)

 今、この世界でその業を知る者はごく僅かだ。

 南東の果てで出会ったあの老婆達のように、かつてあの男に率いられていた者達の末裔か、あるいは俺と同じくこの地に迷い込んだ不死人か……。

(それだって凡百の不死人じゃどうにもならないだろうが……)

 しかし。

「―――――」

 あの男なら――■■すら蘇らせたあの■■なら、それも可能だろう。

 いくらあの魔女が■■■だとしても――

「どうかしたの?」

 霞の声に、先ほどから続く眩暈にも似た鈍い頭痛が消える。

「いや、何でもない」

 軽く頭を振ってその残滓を追い払ってから、肩をすくめた。

「根拠の方は一応ある。どれくらい確かかと言われれば返事に困るが……なに、あのアバズレよりは信用できるだろうさ」

「まぁ、あんたがそう言うならそれでいいさ」

 アイシャはあっさりと頷いてから、

「四年前の決着が見れるってんなら悪い話じゃないからねぇ」

 確かにあの売女を殺すなら、いずれオッタルも立ちはだかるのは疑いない。

 ならば、四年前の決着もここでつく事になるか。

「別にそう面白いものでもないと思うがな」

 体内を奔るソウルに意識を向けながら、答えた。

 まだ至る所で凝っている。この様では、本来の力の四割がいいところか。

 だが――

(まぁ、四年前ならいざ知らず、な……)

 戦えば勝つだろう。

 慢心でも過信でもなく、ただ静かな確信だけがそこにあった。

 

 

 

「少し出かけて来るわ」

 と、我が主神が言い出したのは今朝方の事だった。

 珍しい――と、そう思ったのが偽らざる本心であった。何しろ、あの御方は『美の神』ゆえに、外出する際には色々と苦労が伴うのだ。

 まして今日はフィリア祭。オラリオ外からも数多の人間が集まっており、いつもに増して街中が騒がしい。

 もっとも、我が主神は風のような御方だ。急に思い立ってフィリア祭を見に行くとしても別に驚くほどでもない。

 それに、ここ数日余りあの御方は何か楽しげだった。むしろ、今日もそちらの『用件』で外出されているのかもしれない。

(神ロキと、【剣姫】か)

 つい先ほど喫茶店で会われていた一柱と一人を思い浮かべる。

 神ロキとは天界の頃からの付き合いと聞いているが、【剣姫】がいた以上、お一柱(ひとり)で対談なさるというのは少しばかり不用心ではないか……と、主神に対する不満めいた想いを振り払う。

(神経質になっているな)

 こうして半ば強引に同行している時点で、それを自覚せずにはいられなかった。

(戻ってきたか)

 クオン。あの【古王(スルト)】を唯一退けた正体不明のLv.0。

 およそ四年前、『暗黒期』が終わったばかりのオラリオに、【古王(スルト)】と入れ違うように現れたもう一人の異端者(イレギュラー)

 神殺しすら厭わない悪逆の輩。

 今頃はフィリア祭で盛り上がっているであろうあの円形闘技場(アンフィテアトルム)で、俺と……そして【古王(スルト)】と戦ってからしばらくして突如オラリオを去った。

 噂で良ければいくらか耳にしているが……理由は定かではない。

 ついにギルドによって追放されたなどという者もいるそうだが……それこそあり得ない。同じ噂なら、むしろギルドから何かしらの密命を受けて旅立ったという方がまだ信憑性がある。

 そう思わせる程度には、ギルドはあの男を()()していた。

 いずれにしても、あの男は再びオラリオに戻ってきたという。

 ミアの店で【ロキ・ファミリア】の【凶狼(ヴァナルガンド)】を叩きのめした事はすでにオラリオの噂になっている。もっとも、その後の足取りは定かではないが――

「行きましょう、オッタル」

「はっ」

 細い路地を抜けて、フレイヤ様は街を進む。

 実のところを言えば、どこに向かわれているのかは聞いていない。ただ、この位置から考えておそらく円形闘技場(アンフィテアトルム)だろうと当たりはつけている。

 人目を忍ぶように進むも『美の神』の宿命であろう。もっとも――

(何かしらお考えではあるのだろうがな)

 例えて言えば、ワクワクとした気配を纏っておられる。それが何かは神ならぬ我が身には察せないが……

「チッ、本当にいるとはな」

 そこで一切の熱を宿さない冷えた灰のような声がした。

 感じるのは純粋な嫌悪……いや、むしろ憎悪と言うべきか。

 反射的に剣を引き抜き振り返ると、そこにはあの男がいた。

「クオン……」

「久しぶり、とでも言っておこうか?」

 それもまた、感情の無い声だった。

 相変わらず得体の知れない存在だった。これならいっそ、ダンジョンに巣くうモンスターどもの方がまだ可愛げがある。

「フフッ。あなたから会いに来てくれるなんて嬉しいわね」

 いったいこの男のどこを気に入られているのか。

 我が主神は心底嬉しそうに微笑んだ。それを真正面から見据え、

「それは来るとも。その男の守りを抜いてヘッドショットが狙えると思うほど、俺は自分の弓の腕を信用していないからな」

 何一つ揺らぐ事もなく、その男はそこに在った。

 突如として夜の帳が降りたかのように、一瞬だけあたりが暗く染まる。

 いや、それは錯覚だ。クオンの殺気が――いや、殺意が見せた幻でしかない。

 燃え上がる炎ではなく、凍てつく氷でもなく。全てを包み閉ざすような闇の殺意。

(相変わらず、人間を相手にしている気がせんな)

 事実、()()は本当に人間なのか。未だに判じ切れてはいない。

「道を開けろ。無益な殺生は好まない」

 そんな言葉に頷いているようではこの御方の護衛など……いや、冒険者などやっていられない。フレイヤ様を飲み込まんとする闇を祓い退けるべく、身体に気迫を満たす。

「あら、せっかちなのね。いきなり殺しに来るなんて。何かしたかしら?」

 しかし、それより先にフレイヤ様がお声をかける。

「ぬかせ。貴様らはただ居るだけで呪いをばら撒く厄災だ。そんなものを野放しにしておくこの時代の人間の気が知れない」

 辺りを包む闇が、その密度を増した。

「酷い言われようね。でも、仕方ないじゃない。私はそういうものなのよ」

「言えた義理か。貴様は狙ってやっているだろうが」

「フフッ。そんなことはないわ。ただ少しだけ微笑んでいるだけよ」

 背に庇った状態で見えるはずもないのだが、フレイヤ様が微笑んだのが分かる。

 ただそれだけで全身が高揚し、身体の隅々にまで新たな気迫が満ちていく。

「それで、一体何を企んでいる?」

 それを鼻で笑ってから、クオンは言った。

「あら、何の事かしら?」

「白々しいな。こんな場所にいる理由を聞いている」

「見て分からない? モンスターフィリアを観に来たの。こうして『魅了』しないように気を使って、ね。年に一度のお祭りだもの」

「そんな柄か。まぁ、答える気がないならそれでいい。あきらめて巣穴に戻るならそれでもいい。だが、そうでないなら覚悟してもらおうか」

「オッタル……」

「御意に」

 もはや言葉は必要ない。

 クオンが剣を抜くより先に剣を振りかざし、一息に間合いを詰める。

「ぬうっ!?」

 先手を取り放った渾身の突進は、しかしあっさりと迎え撃たれ、鍔迫り合いにもつれ込んだ。

 しかも――

(押し負けるだとっ?!)

 四年前は力に関しても俺の方が有利だったはず。

 それがどうだ。今は互角に切り結ぶどころか気を抜けば押し返されかねない。

 なるほど、非公式記録(アナザーレコード)は伊達ではないという事か。

(これはいかん……!)

 この男は剛力で鳴らす手合いではない。かといって、技巧派とも言い難い。

 技巧の未熟を力で埋め合わせ、力の不足を技巧で補ってくる。そういう手合いだ。

 この状況なら――

「チッ!」

 体捌き一つで力を逸らされた。が、それでも一瞬だけ俺の方が早い。

 体勢を崩される前に仕切り直し、横薙ぎに払う。しかし、

(早い……)

 それもまた空振りに終わった。

 認めざるを得ない。この男は、三年の間に確実に腕を上げている。

 力だけでなく、技巧も。とてもオラリオの外にいたとは思えない。

「腕を上げたな」

「お前が変わらないだけだ」

「言ってくれるっ!」

 言葉と共に単純な前蹴りを放つ。それだけで下層程度のモンスターなら文字通り一撃で蹴散らせる自負があった。無論、Lv.6程度の冒険者なら、仕留められないとしても致命打に近いダメージを与えられる。

 ……もっとも。確かに中ればの話でしかないが。

 クオンは素早く横に跳ぶ。それだけで蹴りは獲物を見失った。こうなっては蹴りという選択は悪手だと言わざるを得ない。

 脚を地面に戻すまでの一瞬、どうしても動きが滞る――

「ふんっ!!」

 と、凡百の冒険者ならそうだろうが。

 フレイヤ様より【猛者(おうじゃ)】という称号()を与えられた身だ。そのような凡庸な真似は許されない。

 地面を蹴り砕く勢いで空を切る脚を振り下ろし、そのまま踏み込む。技巧を力で補うのは何もこの男の特権ではない。

(俺とてまだ未熟な身だからなっ!)

 あの時――()()()に刻まれた敗北の傷が疼く。

 クオンは確かに手練れだ。()()にいる誰よりも。そう言っていい。

 だが、それだけだ。

(所詮は路傍の石にすぎんっ!)

 Lv.7に上り詰め、オラリオ最強などと持て囃されるようになった頃。不意に姿を見せたあの男に比べれば――あの頂にはまだ遠い。

 横薙ぎの一撃は、瞬時に左腕に『現れた』盾に阻まれた。

 相変わらず丈夫な盾だ――と、火花が散る中で毒づく。

 それに、この『スキル』も相変わらず厄介ではある。

 だが、

(下らんなっ!)

 所詮はこけおどしにすぎん。

 この男の剣技は精々高く見積もって一流止まり。

 他にも斧槍を扱うようだが、そちらに至っては一流に届くかどうか。

 得物の違いを考慮に入れて、それでも【勇者(ブレイバー)】と並べるかどうか……いや、純粋な槍術という視点で論ずればおそらく劣る。

 槍だろうが剣だろうが、その武器が宿す性能こそ問題なく発揮してくる。しかし、端的に言ってそこに含蓄がない。

 足りない技巧――含蓄と研鑽を『スキル』により武器を瞬時に切り替える事で繰り出される『不意打ち』で補っているだけだ。加えて言えば、武器を切り替える際には一瞬――いや、それにも満たない刹那だけ無防備にすらなる。

 もっとも――

(【勇者(ブレイバー)】よりも遥かに戦い慣れているがなっ!)

 戦闘経験――それに裏打ちされた駆け引きという視点で見れば、この男の方が遥かに上だ。拙い技巧を拙いまま使いこなしてくる。

 単純に『自分』という武器の性能を余す事無く熟知しつくしているのだ。

 あらゆるものを継ぎ接ぎし、寄せ集め、正道定石を捨て、外道邪法を許容し、相手の長所を短所に貶めて、勝利をもぎ取っていく。

 四年前、ついに最後まで押し切れなかったのはそのせいだった。

 隙が生じるのはこの男とて織り込み済み。そこを容易く狙えるはずもない。

 剣戟を打ち鳴らすこと十数回。状況は未だ拮抗していた。

 力で言えば奴。技で言えばまだ俺にいくらか分があると言えよう。もっとも、それ一本を頼りにしては足元をすくわれる。

 無論、互いにだ。

(足りんな)

 Lv.7という『器』。磨き上げた【ステイタス】。

 この男のように、俺はそれを十全に使いこなせているか?

 冒険者には【ステイタス】に頼り切った者が多い。多くの第一級冒険者がそう言って哂う。

 だが、果たして俺達(第一級冒険者)は使いこなしていると言えるのか?

(まだ届かん)

 否。断じて否。

 斬られた事すら気づけない程に……斬られてなお見惚れる程に鮮やかな剣閃には遠く及ばない。 遥か遠き、武の頂には――

「フンッ!」

 再び陥った鍔迫り合いの最中、再度蹴りを放つ。いや、蹴りと言うよりは足払いか。

 ……もっとも、払うだけではなく足首を蹴り砕くつもりだったが。

 しかし、思った通りそれもまた空を切る。クオンは後方に跳んでいた。さらに踏み込んで剣を横薙ぎに一閃。クオンはさらに後方に跳び――それで間合いが開いた。

 距離はおよそ一〇M。

「オオオオオオオオッ!」

 突進の力を込めたぶちかまし。筋力の不足を補うには充分――とも言い難いが。

「――――」

 クオンもまた無言で剣を構える。

 東方の剣術で言うところの八相――いや、そのまま刀身を肩に水平に。そのまま真正面から踏み込んでくる。狙いは明らかだった。

 距離は残り二M。そして――

「待てっ!」

 激突する直前、別の誰かの声が割って入った。

 いや、声だけではない。数本の投擲用のナイフも、だ。

 それぞれの鼻先を掠めるようにして放たれたそれのせいで、互いに最後の一歩が踏み込めなかった。

 決着の一瞬は霧散し、舌打ちと共に改めて間合いを開く。

「街中で剣を抜くとは尋常ではないな」

 嘆息するように告げたのは、見事な仕立ての舞台衣装をまとった女だった。

「【象神の杖(アンクーシャ)】……」

「シャクティ……」

 普段と装束が違うとはいえ、見間違えはしない。

 我ら【フレイヤ・ファミリア】。【勇者(ブレイバー)】率いる【ロキ・ファミリア】に次ぐ大派閥【ガネーシャ・ファミリア】の団長。名をシャクティ・ヴァルマ。

「二人とも剣を下げろ。それとも拘束されて拘置所送りを望むか?」

「拘束だと?」

「無論、私一人でお前達を捕えるのは不可能だろう。それくらいは分かっている」

 肩をすくめてから、彼女は言った。

「だが、今回は協力者に恵まれた。既にお前達を狙っている」

「何……?」

 気配を探るが、それらしいものは感じられない。

(となると、弓か魔法による狙撃か……)

 身を潜めるには都合の良さそうな何ヶ所かに視線を飛ばすが、影はおろか気配すら読み取れない。いや、気配については目の前の男の影響で十全に読み切れていないというのもあるだろうが……相応な手練れなのか、それとも単なる虚言か。

(弓なら問題にはならんが……もし魔法による狙撃なら、流石に無視はできんか)

 この状況で気配を察しきれないなら、Lv.3以上は確実だった。

 俺達に白兵戦を挑むなら、Lv.3程度では話にならない。

 それこそ【勇者(ブレイバー)】や【重傑(エルガルム)】……端的に言って、【ロキ・ファミリア】の主力陣をまとめて連れ出してくる必要がある。

 しかし、魔法なら……特に長文詠唱以上の代物なら、【ステイタス】において格下であっても決して侮れない。だからこそ魔法、ひいては魔導士は重宝されているのだ。

(フレイヤ様は……)

 すでに近くにはおられない様子。ならば、最悪は――

「強行突破を企むならやめておけ」

 見透かした様子で、【象神の杖(アンクーシャ)】は告げた。

「いくらLv.7とはいえ、一瞬だけなら足止めもできる。そして、その一瞬をその男が見逃すとは思っていないだろう?」

「……この男を嗾けたのはお前達か?」

 四年前の時点で、ギルドも【ガネーシャ・ファミリア】もこの男と何かしらの繋がりを持っていたはずだ。それこそ、クオンがオラリオを去ったのはギルドから何かしらの密命を与えられたからだという噂が立つ程度には。

「まさか。その男が逃げ出そうとしても同じだ。もっとも、お前が後ろから斬るかどうかは定かではないからな。動き出した時点で撃つように頼んである」

「…………」

 あながち虚言でもなさそうだった。

 となると、流石に迂闊な真似はできない。

 魔法を耐え凌げたとして、この男を前に隙を晒せば、それだけで命に関わる。

「シャクティ」

 そこで、クオンが口を開いた。

「これは善意からの助言だが、邪魔をするな。半日と経たないうちに後悔するぞ」

「それは何か根拠があって言っているのか?」

「そんなもの、あの女が表を出歩いているだけで充分だろうが」

「……。それだけでは私達もギルドも動けない」

「なら、密告があった。あの女がモンスターどもを野に放つと」

「何者だ? いや、今どこにいる?」

「どちらも知らないな」

「……それなら同じだ」

 嘆息してから【象神の杖(アンクーシャ)】が問いかけてくる。

「【猛者(おうじゃ)】、そちらには何か言い分はあるか?」

「我が主神フレイヤ様の神意は俺も知らん。が、あの御方がフィリア祭をご覧になられたとしても問題はない。そうではないか、【象神の杖(アンクーシャ)】?」

「それは無論だとも」

「街中で剣を抜いた事についてだが、主神を守るのは眷属の務めだ。凡百の相手ならまだしも、その男相手では流石に素手では分が悪い。非礼は承知の上だが、謝罪はせん」

「先に剣を抜いたのは貴様だがな」

 それは確かに否定できない――が、ここは沈黙を守る。下手な事を言って、万が一あとで神の前で証言させられるような事になれば面倒だ。

「そして、その類の流言になら事欠かない。そちらも、程度の差はあれど似たようなものなのではないか?」

 それは大派閥の、ひいては第一級冒険者の宿命と言っていい。

 いかに治安維持に携わる【ガネーシャ・ファミリア】と言えど……いや、むしろだからこそ、流言飛語の類からは逃れられまい。

 そこに加えてギルドの中でも賛否あるこの怪物祭を主催している。

 こう言っては何だが、()()()()()でも、俺達や【ロキ・ファミリア】に劣りはしない。

「……。神フレイヤはおられないようだが?」

 彼女の返答は沈黙であり、すぐに話題を変えた。

「いつまでもこのような危険な場所に留まられるはずもない。これから探しにいくつもりだ。もし何かのはずみでフードが剥がれようものなら、本当に騒ぎになりかねん」

 それは何であれ、あり得る事だ。何しろ今日この辺りは人ごみであふれている。

 ローブを着こみ、常より神威を抑え込んでいるあの御方は、その弊害として神と認識され辛いのだ。人の流れの中で、何かの弾みでフードが外れようものなら、確かに騒ぎとなるだろう。

 それに関しては流石に否定しがたい。

「この辺りで良いか? 俺は急ぎあの御方と合流しなければならない」

「…………。構わん。今お前達を拘束するだけの余力がないのはこちらも同じだ。それに、それだけの理由もなさそうだからな」

 その言葉に頷いてから、その場を立ち去る。

「ではな。四年前の決着はまた今度だ」

「ああ。今度はどうせ半日も必要ない」

(かもしれんな)

 その予感は、確かにあった。

 

 

 

「どういうつもりだ?」

「それは私の台詞だ。帰ってきたという噂は聞いていたが……」

 オッタルがいなくなってから、乱入者に毒づく。

 藍色の髪の麗人、シャクティ・ヴァルマ。四年前に俺達を追い回した派閥の一つである【ガネーシャ・ファミリア】の団長。

 まぁ、この派閥はオラリオにおける事実上の治安維持機関だ。他の連中と違って気ままに蹴散らすわけにもいかず……結局、免罪という名目で幾つか厄介事を持ち込まれ、そのせいで潜らないで良い死線を潜る羽目になった。

「まったく、こんな街中でお前達が暴れるなど迷惑極まる」

「あの女を野放しにしておいたら、もっと騒ぎになるぞ」

「……さっきの話は本当なのか?」

「ああ。あの女を野放しにすればこの祭りはその名の通りになるそうだ」

 そして、今回もどうやら余計な死線を潜らなければならないらしい。

「……。仕方ない。警備を強化させよう」

「暢気な話だねぇ」

 と、そこで近くの屋根から霞を抱えたアイシャが飛び降りて来る。

「【麗傑(アンティアネイラ)】……」

 オッタルやシャクティに勘づかれなかったところを見ると、二人に貸した指輪はちゃんと効果を発揮してくれたらしい。

「神相手に……それも『美の神』相手に守りを固めたところで意味なんざないね」

 それをこちらに放ってよこしながら、アイシャは言った。

「何人集めたところでまとめて『魅了』されて終わりだよ」

 霞を降ろしながら、吐き捨てるようにアイシャが告げる。

「それはそうかもしれないが……」

 真に迫ったその言葉に、シャクティが言葉を濁す。

 やはりそういう事か――と、俺も内心で嘆息していた。

 しかし、それはそうとして……

「やれやれ。相変わらずお前の周りは騒がしいな」

「お前らの方が遥かに物騒な事を考えていたんだろうが」

 次に姿を現したのはリヴェリアだった。しかもご丁寧に愛用の杖まで携えている。

 下手を打てば辺り一面火の海になっていたか、それとも氷漬けになっていたのか。

 いずれにしても俺達が斬り合うのと、どちらがマシだか分かったものではない。

「仕方あるまい。私は魔導士だ。まして未だLv.6。お前達と切り結ぶなどできん」

「仕方ないで街を火の海にしようとするなよ……」

「お前達が大人しくしていればそれで済んだ話だ」

「あの女どもと一括りにするな」

 何故俺が咎めるような目で見られなければならないのか。

 毒づいていると、シャクティが霞に問いかけた。

「それより、クオンが言っているのは確かなのか?」

「神フレイヤがモンスターを逃がすって話? そういうタレコミがあったのは事実よ。何ならガネーシャ様の神前で証言してもいいわ。ねぇ、アイシャ」

「ああ。……まぁ、別の意味でゾッとしないけどね。別の派閥の主神の前でなんてのは」

 二人の言葉に目を細めて、リヴェリアが問いかけて来る。

「それで、その情報提供者は一体何者なんだ?」

「さて。それが良く分からない。どこかで会ったはずだが……」

 会ったというのは正しくない。いや、会っているというなら、それは――

「なるほど。女か」

「女だな」

「ええ。女よ」

「女だったね」

 ええい、そこで分かり合うな。

 女だ女だと言うなら、お前らだって女だろうが。

 恨みがましい目で見ていると、目の前にいる女どもは口々に言った。

「そもそもオラリオにいるお前の知り合いの男など、神々を含めても数える程度だろう? 例えばガネーシャや――」

「うちのラウルだな。他には――」

「霞のいる店の店主だろ。アルドラつったかね、あのドワーフは」

「あとは、ミアハ様と、トマスお爺さん。それと、さっき会った男の子ね。他に誰かいたかしら?」

 いや、確かに概ねそれで全員だが。後はあの爺さん達くらいなものだろう。

 だが。言わせてもらうなら、女の知り合いだって別に多い訳ではない。

 それこそ、今目の前に全員いると言ってもいい程に。

「まぁ、いい。ところで【九魔姫(ナイン・ヘル)】。すまないが、もう少しだけその男どもの監視を任せていいだろうか?」

 しかし、抗議するより先にシャクティがため息一つ吐いてから言った。

「仕方あるまい。この男を野放しにしても良い事はない」

 深々としたため息と共にリヴェリアまでが頷く。

「それに実際【猛者(おうじゃ)】までが動いているなら、あながち無視もできまい」

「分かっている。確かに神フレイヤの『魅了』に抗える団員がいるとは思えないが、備えるだけは備えておこう」

「お前は?」

「私は残念だが、ショーの時間が近い。そうも言っていられない」

「なるほど。確かに今日この日に団長が留守という訳にはいかないか」

「……お前ら、派閥間で貸し借りを作ると面倒な事になるんじゃないのか?」

 トントン拍子に進む話に、今度は俺が溜息をつく番だった。

「「それもオラリオがあってこその話だ」」

 助けてくれ……。

 誰にでもなく、そんなメッセージを送る。

「特等席とも言い難いが、団員用の席なら私が用意できる。一般開放されている席よりは人気(ひとけ)もない。それに、そこならモンスターの檻にも近いが……」

「そうか。それは正直ありがたいな。それにいざという時に動きやすいのもいい」

 しかし、誰かに届く事もないまま、話はどんどんと進んでいく。

 ……仮にも当事者である俺を置き去りにしたまま。

「私らの都合は訊かないってのかい?」

「……クオンについてくるのではないのか?」

「当たり前の事のように言われるのも、何となく釈然としないんだけどね」

 いっそ戸惑った様子のリヴェリアを、アイシャが半眼で見やる。

「何かあったら報酬は貰えるんでしょうね? っていうか、そもそも入場料は?」

「報酬はともかく、入場料くらいなら私が立て替えておこう」

「飲み物とかおつまみの類は?」

「……割引クーポンでよければ。もちろん、全員分出そう」

「商談成立ね」

 そして相変わらず意外と商魂逞しい霞だった。

 まぁ、そうでなくては剣闘士のマネージャーなど務まりはしないだろうが。

「【象神の杖(アンクーシャ)】の奴、私らをずいぶん安く買い叩く気だね」

「何事も起こらなければ好待遇だろう。ただでフィリア祭が見物できるのだから」

「ずいぶんと慎ましいね。エルフのお姫様が」

「今の私はお前達と同じただの冒険者だからな」

 そして、アイシャとリヴェリアの話も概ねまとまったらしい。

「しかし、【九魔姫(ナイン・ヘル)】。それに【象神の杖(アンクーシャ)】も」

「何だ?」

「あんたらだって本気で思ってるわけじゃないだろう? 何事も起こらないなんて」

「……まぁ、それは、な」

 二人の声が重なった。

 一言だけ言わせてもらおう。だったら止めるな、まったく。

 

 …――

 

「へぇ。結構いい席じゃない?」

 シャクティに案内された席を見て、霞が呟いた。

 この闘技場の構造には明るくないが……主賓席の下、文字通りの闘技場として用いられる場合には審判か解説役が詰めている場所のようだ。

 そこまで広くはないが、四人程度なら問題ない。

 加えて臨場感という視点で論ずるなら、本来の席よりも近く迫力があるといえる。

「迫力はあるけど……本当に舞台裏じゃないか。こんな場所に他所の派閥の人間を案内するなんて不用心だねぇ」

 一方で、アイシャは肩をすくめる。

 実際、この祭りの『裏側』を知るにはちょうどいい場所だった。

 いや、おかしな意味ではなくアイシャの言う通り、そして言葉通りに『舞台裏』が見られるだけだが。

 しかし、オラリオ最高とも言われる調教(テイム)技術となれば、一端の機密情報だと言えよう。いくら団長が同伴しているとはいえ、ここまで素通りとなるとアイシャの言う通り、少々不用心に過ぎるように思える。

「それだけ信用されているという事なのだろう」

 最後に言ったのはリヴェリアだった。

 この奇妙な一団(俺達)に、もし信用があるとすれば、それはひとえに彼女のおかげに違いない。先ほどから男女問わずエルフの団員が驚愕の表情でこちらを見てくる。

 まぁ、お堅いエルフ――しかも王女様――と、他所の派閥のアマゾネス(バーベラ)が一緒にいればそれも当然だろうが。

「お前のせいでもある」

 と、こちらの内心を見透かしたかのようにシャクティが言った。

「三年も経ってるのに忘れられていない事に驚いているよ、俺は」

 ちなみに、だが。

 どうせベルは傍にいないので今も愛用の黒衣を纏っている。この状況では変装用……という訳でもないのだが、おそらく今後も多用するであろう≪放浪のコート≫一式を見られる方が面倒だった。

 本題である――と、言っても、道中で霞に指摘されるまですっかり忘れかけていたが――シルの捜索についてもシャクティに協力を取り付けてある。

 もっとも、シャクティ達とてこの状況で人手が余っている訳もない。

 望み薄なのは相変わらずだが、そればかりは仕方がない。

 ひとまずエイナへの伝言だけは頼んでおいたので、多少はマシだろう。

 それでも流石に後ろめたい気分は残っているが……。

「私達の控室はそこ。そして、その先にモンスター達の檻がある」

 アイシャの言葉通り、ここは舞台裏。シャクティをはじめとした調教師の控室とモンスターの檻は彼女の言う通りであり、加えて頭上にはおそらく彼女達の主神である仮面の男がいる。……今も大声が響いてきているので間違いない。

「見張りの人数は増やしておいたが、総じて【ステイタス】はそこまで高くない。オッタルに強襲されでもしたら、なす術もないだろうな」

「騒ぎだけでも起こしてくれればそれでいいさ。あとは俺が始末する」

 もっとも、そんな派手な真似をするとは思えないが。

「できれば流血沙汰は避けてほしいんだがな」

「それは連中次第だな」

 仕掛けてこないなら、今日のところはこのまま引き下がってもいい。

 どのみちシャクティとリヴェリアの監視があっては簡単に仕掛ける事も出来ない。

 まして、【ガネーシャ・ファミリア】の『お膝元』にいるのでは。

「では、私はもう行く。この部屋では自由にしてくれていいが、出歩くのは可能な限り避けてほしい」

「そりゃそうだろうね」

「心得ている」

 主に他派閥の構成員に向けられたであろうその言葉に、アイシャとリヴェリアがそれぞれ頷いた。

「それと自由にしていいが、あまり羽目を外しすぎないように。ここには【九魔姫(ナイン・ヘル)】もいるのだからな。万が一『粗相』でもした日には、オラリオ中のエルフを敵に回す事になるぞ?」

 どこまで本気か知らないが、シャクティはそう言った。

「分かってる」

 魔導士の集団から波状攻撃でも受けようものなら、命が……もとい、人間性がどれだけあっても足りない。今の俺ならなおさらだ。

 そして、アイシャが舌打ちしたのは聞こえなかった事にしておく。

「ま、両手に花でも余りあるんだ。何事もなければ大人しくしているさ」

 もっとも、何事もないなどあり得るはずもないが。

 

 …――

 

「アンタ達、よくやるわよねー」

 何匹かの調教が終わってから、霞が微かな戦慄と共に呟いた。

 通常席よりも闘技場――実際に立ち会う武舞台――に近いというのは、要するにダンジョン内の光景に近いという意味でもある。

 つまり、俺達にとってはむしろ新鮮味を欠く光景だ。が、基本的に一般人である霞にとっては別だったらしい。

「ダンジョンの中って、ああいうのがそこら中から襲ってくる訳でしょ?」

 特別席にすれば受けが良さそうなものだが――と、霞の反応を見て思ったりもしたが……まぁ、そこは安全面を考慮しているのだろう。

 モンスターに近いというのは、それだけ危険だという意味でもある。

「まぁね。とはいえ、私らが辿り着ける辺りならまだ高が知れてるだろうさ。そこですまし顔しているお姫様にとってはね」

「ええと、リヴェリア様。【ロキ・ファミリア】の到達階層は六〇階層でしたか?」

 霞が珍しくも若干躊躇った様子でリヴェリアに声をかける。

 オラリオ生まれオラリオ育ち、しかもハーフエルフであるじゃじゃ馬娘でも流石に王族では分が悪いらしい。

「いや、残念だが私達はまだ五九階層を目指している途中だ。今のオラリオで六〇階層より先を知っているのはその男くらいなものだろう」

「五二階層まで行ければ、五八階層まで辿り着いたも同然なんだけどな」

 リヴェリアに睨まれたので、肩をすくめて見せる。

「何でよ?」

「五八階層に棲む親切なドラゴンが下から床に穴を開けてくれるんだ。あとは上手いこと飛び降りればそれで済む」

 そのおかげで、実は五二階層から五七階層の間はあまり詳しくない。

「……【九魔姫(ナイン・ヘル)】。今のはどれくらいマジな話なんだい?」

 そういえば、『深層』……特に五〇階層より下についてはあまり話すなとギルドの連中に釘を刺されていたか。アイシャの言葉に、今さらながらにそんな事を思い出す。

 まぁ、別に緘口令という訳でもなければ、守秘義務がある訳でもないが……何でも『心が折れかねない』から情報規制をかけているらしい。

(……あれで心折られていたら廃都イザリスやら守り竜の巣やらはうろつけないがな)

 まぁ、『時代』が変わったという事か。それなら、別に悪い気はしない。

「ドラゴンについては否定しない。……だが、そういう事を平然と言えるのはその男くらいなものだ」

「炎耐性さえしっかり高めておけば別に問題ないだろう?」

 あとは落下ダメージにさえ注意すれば。

 つまり、≪ゲルムの大盾≫と【隠密】の魔術で事は足りる。加えて言えば、この黒衣はイザリスの娘達が中心となって仕立てただけあって、特に炎耐性は群を抜いていた。

「……『灰色の悪夢(アッシュ・オブ・シンダー)』とはよく言ったもんだね」

「ああ。そう言うことだ」

 冒険者二人は何やら深刻そうにため息をつく。

 どうやらその灰色の何とやらも俺の事らしい。しかし――

「【正体不明(イレギュラー)】ってのはどこに行った?」

 そう呼ばれているのは流石に知っている。

 まぁ、今までも『不死の英雄』だの『絶望を焚べる者』だの『王の探索者』だのと方々で好き勝手呼ばれていたのだ。今さら呼び方が増えたところで別に気にもならないが。

「こっちは通り名ってやつさ。【剣姫】が他に『戦姫』だの『人形姫』だの言われてるのと同じだよ。……っと、これは失言だったかね?」

「……アイズがそう呼ばれているのは事実だからな」

 アイシャの言葉に、リヴェリアが小さく呻いた。

 いや、むしろあの小娘はいっそ『狂戦士』とでも呼んだ方が分かりやすいのではないだろうか。……と、流石にリヴェリアの前では口が裂けても言えないが。

「ま、『灰』ってのは間違っちゃいないがな」

 いや、それもどうだろうか。

 自分の身体の『状態』を思い浮かべながら嘆息する。

(火の無い灰とも言い難いな……)

 今の状態はむしろ生者のそれだった。が、斃れても亡者化は進まず、単に『灰』になるのみ。加えて言えば、『人の像』を用いるか篝火に人間性を焚べる事で再び生者に戻れる。

 つまり、不死人と火の無い灰が入り混じった状態にあるらしい。

 たとえ死んでも亡者化しない――外見の変容がほとんどないのはありがたいが……。

(問題は……)

 問題はその変容がどのような影響を及ぼしているのかだ。今のところ特にこれと言った不具合はないが……。

(ま、この身体なんて目覚める度に変容しているけどな)

 ロスリックは言うに及ばず。ドラングレイグでもロードランと同じとはいかなかった。

 もっとも、ドラングレイグの場合はあの王妃が『呪い』を強めていたせいで、身体が変容していた訳では――

(いや、変容していたな)

 ある意味、ロスリックで目覚めた時以上に。

 そうでなければ、火の無い灰になどなってはいないはずだ。

 実際にドラングレイグの一件がなければ、ロスリックで蘇ったとしても、それは【薪の王】の一人としてだっただろう。

(ロスリックと言えば、『残り火』がなくなっているのも気になるな)

 ロスリックで火継ぎを終わらせた際にも、いくつか『残り火』を有していたはずだ。

 しかし、オラリオで目覚めた時点でそれらは全て失われていた。

 もっとも、それに関しては大本である『最初の火』がすでにないからだと言われればそれまでだが……。

「火継ぎの終わり、か……」

 火防女の手の中で消えていく最初の火は、今も明確に思い出せる。

 世界が原初の闇に包まれる中で、火防女の言葉に見送られ――そして、気づいたらこの街で目覚めていたのだから当然だ。

「今、何か言った?」

 真正面から響くモンスターの咆哮と、周囲を満たす群衆の歓声。それに頭上から響いてくる仮面の男の声にかき消されると思ったが、隣の霞には流石に聞こえていたらしい。

「いや、気にするな。昔の話だ」

「お前の昔の話なら興味はあるな」

 霞に応じると、思わぬところに飛び火した。

「お前の使う『魔法』には前から興味がある。一体どこで学んだのかも気になるところだ。それに、魔法は最大三スロットまでという原則を真っ向から無視できる理由もな」

 リヴェリアの言葉に、アイシャも言葉にこそしないが興味ありそうな表情を浮かべた。

「お前だって九種類だか使えるんだろう?」

 もっとも、だからと言って九スロットある訳ではないようだが。

 確か詠唱連結がどうこう言っていたような気がする。話を聞く限り、追加詠唱とはまた違う技術のようだ。

「それは否定しないが、二つ名の由来になる程度には希少な技術だというのも忘れないでもらいたいな」

 それなら俺だって魔女の娘達から直々に仕込まれているのだ。いくら非才の身とは言え、これくらいはできなければ顔向けできない。

「っと。そろそろシャクティの出番なんじゃないか?」

 予定表……一般向けではなく、内部書類――つまりは、どの調教師(テイマー)がいつ舞台に立つかが書かれたそれに視線を落として、話を変えた。

 我ながら露骨すぎたが……師匠について聞かれるのはともかく、あまり過去の話を掘り返されても良い事はない。

「そろそろって、あと三つも先じゃないか」

 隣――霞とは反対側からそれを覗き込み、アイシャが呆れたように言う。

「激励しに行くにはちょうどいいだろう?」

 何しろ本日最初の出番のはずだ。

「あまり出歩くなと言われているのだがな」

 肩をすくめると、少し離れたところに座っているリヴェリアが呟いた。

「すぐそこの部屋だろう?」

 シャクティだってそこまでなら想定の範囲内のはずだ。

 まぁ、なんだ。……案内板を見た限り、最寄りの厠はその先にあるわけだし。

 と、これは流石に女相手には言いづらい話だが。

「俺と霞なら問題ないだろう? 無所属なんだ」

「いや、お前から目を離す方が問題だ。どうせ抜け出して【猛者(おうじゃ)】達を探す気だろう?」

 ともあれ、リヴェリアにあっさりと切り捨てられた。

 ……これだから女の勘ってやつは。いや、それとも冒険者としての勘だろうか。

 単に行動が読まれているだけだ――という内心の囁きは黙殺する事に決めた。

「へぇ。あれはダンジョン生まれのライガーファングじゃないか」

 そうこうしているうちに、シャクティの出番が回ってくる。

 相対するのはアイシャの言う通り虎に似た姿のモンスター。

「確かに本物ね、この感じは……」

 それを見て、霞も呟いた。

 ダンジョンにこそ潜った事はないが、剣闘士のマネージャーだ。剣闘士の興行は何も対人戦だけではない。違法だが――いや、賭博剣闘自体がそもそも違法なのだが――対モンスター戦もありえる。

 従って、彼女も『中層』のモンスターまでなら『見たこと』くらいはある。

(結構配当がいいんだよな)

 名声や富が欲しいなら、ダンジョンに挑む方が確実で見返りも大きい。それを分かっていながら、ダンジョンに向わないのは冒険者として落ちぶれているからだ――などと冒険者は言うが……実際のところ、モンスター一体辺りの単価で見れば剣闘士の興業の方が実入りが良い事もある。

 さらに『中層』のモンスター……特にシャクティにじゃれついているライガーファングや、ベルのトラウマになったミノタウロス辺りは見た目にも迫力があるおかげか観客受けが良く、配当金は魔石一つ分の売値の数倍……いや、時にはそれ以上にもなる。ダンジョン生まれのモンスターならなおさらだ。

 一対一でも確実に勝てる自信さえあるなら、実はダンジョンに潜るより短時間で楽に稼ぐ事ができる。加えて言えば、表立って誇れるものでないにしてもそれなりの名声も手に入る。それが剣闘士の実情だった。

(ま、それだけ『中層』のモンスターに勝てる剣闘士が少ないって意味だがな)

 ライガーファングやミノタウロスと単独で渡り合うにはLv.2の中堅程度の実力は必要だ。さらに剣闘として()()()戦いをするなら、もう少し上の実力が求められる。しかし、言うまでもなくその域に達している剣闘士は少ない。

 それも当然か。冒険者の半数はLv.1のままだという。元より少数派の剣闘士がその例から漏れるはずもない。

(ま、中堅派閥の冒険者が正体を隠して、なんてのはざらにある話だがな)

 むしろ上級剣闘士はそういう連中ばかりなのではないだろうか。実際、仮面やフルフェイスの兜は剣闘士の正装と言って過言ではない。

「流石ねー」

 過去の想い出に浸っていると、シャクティが調教を終えたらしい。

 感嘆の声と共に霞が拍手を送る。いや、彼女だけではなく、会場が万雷の喝采に満たされている。それに一通り応じてから、シャクティは手懐けたばかりのモンスターを伴って舞台を降りた。

「わお。今度はドラゴン?」

「そうだけど……。ありゃ、都市外(そと)のモンスターだね」

「だろうな」

「ああ。だが、竜種ならダンジョン生まれでなくともそこまで見劣りしないだろう」

 アイシャの言葉に頷いていると、リヴェリアも言った。

「ダンジョン生まれかそうでないかって、見ただけですぐに分かるものなの?」

 ようやく檻から這い出したばかりのドラゴンを見て霞が首を傾げた。

 いくら『見た事』があるとは言え、対峙したことはある訳ではない。俺達自身も言葉にしづらいこの『感覚』を理解しろという方が無理だろう。

 もっとも、今回に限って言えばダンジョン――いや、バベルの地下一階に行った事があれば見分けられるだろうが。

「そりゃある程度はね。けど、あれはそれ以前の問題さ」

 まったくもってその通り。何しろ全長が七m以上ある。

 となると、カーゴはおよそ一〇m程の大きさが必要となるだろう。いや、充分な強度を保証するならそれ以上必要になるかも知れない。

「ダンジョン生まれの奴だと捕まえられないってこと?」

「いや、捕まえるのはまだ可能だろう。だが、問題はその後だ」

 霞の問いかけに、リヴェリアが応じる。続けて、アイシャも頷いた。

「ああ。あれじゃ詰まるだろうね」

 アイシャの言う通り、そんな大きさではまず間違いなくダンジョンの出入り口で引っかかる。ダンジョン内部はともかく、出入り口は『人が使用する』事を前提に作られているのだ。遠征用の大型カーゴを搬入するリフトはあるが、それとて出し入れできる大きさには限度がある。

 それに、ダンジョン内部も常に広い訳ではない。最悪は運搬中に通路で引っかかる。

「ああ、なるほど」

 霞が頷くのを見届けてから、立ち上がる。

「どうしたの?」

「なに、そろそろ出番らしい」

「どういう事だ?」

 霞の問いかけに肩をすくめると、今度はリヴェリアが問いかけてきた。

「あの女どもが仕掛けてきたのさ」

 証拠ならいくらかある。

 例えば、シャクティがいきなり見栄えのいいライガーファングを相手にしたこと。

 そして、どう考えても大トリであろうドラゴンがいきなり登場したこと。

 何より――

「クオン!」

 舞台衣装を着こんだまま、シャクティがこうして血相変えて飛び込んできたのだ。

 これ以上はもう必要ないだろう。

 

 

 

「まったく、言わんこっちゃない」

 シャクティに案内され、モンスター達の『控室』に辿り着いてすぐ。

 片隅で呆けている数名の団員を見てアイシャが吐き捨てた。

「こりゃ全員『魅了』されちまってるね」

 彼女の視線の先にいる団員は、誰もが魂でも抜かれたような顔をしている。あるいは酩酊状態とでも言えばいいだろうか。

「ほら見ろ。半日と経たず後悔すると言っただろうが」

 何であれ、あのアバズレの仕業なのはおおよそ間違いない。

 シャクティとリヴェリアを見やり、肩をすくめてやる。

「……。それで、具体的な被害は?」

 流石に反論の余地はなかったのか、その言葉には応じないまま、リヴェリアはシャクティに問いかけた。

「一三体。『下層』から『中層』……一番浅くても一〇階層以下に棲むモンスターばかり解放されている」

「冗談だろう? 下手な冒険者でも手を焼く連中ばかりじゃないか」

 あまり詳しくはないが、Lv.1の中で上位に食い込む冒険者でも単独だと一〇階層辺りからは苦戦を強いられるのが一般的らしい。

 そして『中層』に初めて進出するには、アビリティ評価H以上のLv.2が最低一人は居る三人一組(スリーマンセル)のパーティを組む事が必須だと聞く。

 オラリオの冒険者の半数がLv.1であること。そして、街中であり、かつバベルから距離のあるここで武装している物好きはそう多くない事を加味すれば……。

「今年の怪物祭(モンスターフィリア)はふれあい体験もできそうねー…」

「その前に死体の山ができるだろうね」

 まぁ、そういう事だ。

「冗談を言っている場合ではない。急いで追わなくては」

「そうだな」

 もっとも、すでに出遅れている。外に血の海が広がっていても驚きはしないが。

「それで、ガネーシャは何と言っている?」

 まさか主神より先に俺のところに報告に来るとは思えない。

「お前達に協力を仰ぎたいと。いや、お前達だけではなく周囲にいる冒険者全てにだが。それと、混乱を避けるためフィリア祭はこのまま続行する」

「この状況では仕方あるまい。……まぁ、私達にも責任の一端はあるのだからな」

 シャクティの言葉に、リヴェリアが肩をすくめた。

 だから止めるなと言っただろうに。いや、今さら蒸し返しても仕方がないが。

「モンスターどもは俺達が追う。お前はオッタルとあの女を探させろ。なに、場所さえ教えてくれれば俺が始末する」

「始末はともかく、確かにあの二人を相手取れるのはお前だけだな。……分かった。手配しよう」

 頷き、シャクティは指示を出すべく走り去る。

「霞。お前は……」

「あの子達を探しておくわ。まだ駆け出しのLv.1なんでしょ?」

「それは、そうだが……」

「神フレイヤの狙いが分からないなら、どこにいても危険でしょ?」

 いや、狙いは見当がつかないでもない。

 問題は誰を狙っているのか、だ。

(俺じゃないだろうがな)

 どういう手順かは知らないが、あのアバズレがここまでするなら、また誰かを『狂わせる』つもりだろう。

 その標的にベルがされていないとは限らない。いや、されていても驚きはしない。

(だとすれば、いよいよ始末しなけりゃならないな……)

 あの爺さん達との契約以前に、俺個人として見過ごすのはあまりに気分が悪い。

「言い合ってるより、さっさとモンスターどもを追いかけて始末した方が早いんじゃないか? まだそこまで散らばっちゃいないだろうからね」

 そこで、アイシャが言った。

「それもそうだな」

 ここから出口まではほぼ一本道。窓の類もない以上、檻から出てすぐに散らばって動き回っているとは考えづらい。散らばるとすれば外に出てからだ。

「霞。もしあいつらを探すなら、正門から出ろ。向こうなら街の状況が分かるはずだ。騒ぎになっていたら、くれぐれも無理はするな」

「分かってるわ。私だってモンスターの群れに飛び込むような真似はしたくないもの」

 霞の言葉に頷き返してから、

「アイシャ。お前にはこれを貸しておく」

 言いながら、大曲剣を一振りソウルから取り出す。

 銘を≪ムラクモ≫。

 狩猟団長シバや放浪騎士アルバなど名だたる不死人達が愛用した業物であり、俺自身も長く使用している。

 刀の鋭さと鉈以上の重さを兼ねてたその刃を振るうには筋力が必須であり、さらに威力を発揮するには相応の技術も求められるが……まぁ、彼女なら問題ないはずだ。

「そりゃ助かるね。あんたの持ってる武器なら外れはないだろうしさ」

 いや、それはどうだろう。奇品珍品も結構な数あるのだが。

 だが、その大曲剣に限って言えば文句ない代物だ。何しろ原盤まで用いて強化してあるのだ。例え相手が神でも問題なく斬れる。

「お前は……自前の使いなれた杖があるし良いよな?」

「そうだな。お前の持っている杖にも興味はあるが」

 いや、正直なところ杖の類はあまり持っていなければ手も加えていないのだが。何しろ、恩師達がくれた万能の触媒があるのだから。

(まぁ、『魔法』は『魔術』と互換性があるようだがな)

 呪術や奇跡ほど術式に差がないのだろう。あるいは闇術のように派生した代物なのかもしれない。が、それを探究するのは今ではない。

「さて。それでは手早く済ませるとしようか」

 敵は僅か一三体のモンスターだ。仕留めるだけなら物の数ではない。

「――――」

 左手に火を宿し、とある物語を口ずさむ。

 その名を【敵意の察知】。効果はその名が示す通りだ。

 燐光が集まり、魔物の瞳を思わせる光球となる。それはふわりと宙に浮き、最寄りの敵意を放つ存在の元へ漂っていく。

「――――」

 闘技場から離れる事およそ三〇m。巨大な熊に似たモンスターを背後から両断する。

 まずは一体。

「こいつはいいね!」

 その近くにいた他のモンスターをアイシャが斬り捨て……≪ムラクモ≫の切れ味に歓声を上げていた。

 これで二体。

「少しばかり重いのが気になるけど……返さなきゃダメかい?」

「ああ。できればそれは返して欲しいな」

 もっとも、同じ型の大曲剣なら他にも数本ある。

「気に入ったなら他のをやるさ。まぁ、切れ味は多少落ちるがな」

 他の物はあくまで予備であり、原盤強化までは行っていないので仕方がない。

 流石に大曲剣で二刀流をやる気はしなかった。……いや、できない事はないだろうが。

 胸中で呟きながら、次のモンスターを斬り捨てる。

 これで三体。

「多少落ちたって第一等級武装なのは変わらないだろうね!」

 笑いながらアイシャも四体目のモンスターを斬り倒す。

 これで残り九体。

 問題は、それらが見える範囲にはもういない事だ。

「やれやれ。前衛が優秀だと魔導士の出番はないな」

 リヴェリアは小さくため息をついてから、表情を改めて言った。

「しかし、思った以上にばらけるのが早かったらしいな。それとも、私達が気づくのが遅すぎたのか……」

「だったらもっと騒ぎになっていてもよさそうなんだけどね」

 二人の言葉はどちらも正しい。まだ闘技場の敷地内と言える範囲に残っていたのは一三体の群れのうち、わずか四体のみ。

 単純に考えれば俺達が来るのが遅すぎただけだが……それなら、大通りから悲鳴が聞こえてきてもいいはずだ。

「悲鳴を上げる奴も残っちゃいないのかもな」

 そこまで手際よく殺戮が行えたとも思えないが。

「笑えない冗談はよせ」

 小さく笑うと、リヴェリアが睨んでくる。

 それに肩をすくめてから、再び【敵意の察知】の物語を口ずさむ。

 燐光に導かれ、さらに三体のモンスターを始末する頃には大通りが見えてきた。

 それと同時、悲鳴と歓声も。

「どうやら他の冒険者も動いているらしいね」

「ああ」

 それにしても、歓声の割合の方が多い気がする。

 闘技場のそれと混ざっているのかとも思ったが、発生源は明らかに大通りだ。

 もし市民までが歓声を上げて見ていられる余裕があるとすれば、戦っているのはそれなりに腕の立つ冒険者という事になる。

 一体何者なのか。それを把握する前に逃げてきたらしい豚頭の巨体が前に立ちはだかった。無論、その程度の相手なら両断するのも容易い。が――

「ッ!?」

 その途中で筋肉や骨格、魔石とは異なる硬質な感触が伝わってくる。

 そして、その巨体の『背後』からほんの僅かな動揺も。

 どうやら、向こう側から同時に誰かが斬りつけたらしい。

「クオンさん……っ?!」

 巨体が灰となって消えると、その向こう側には私服――いや、余所行き用の服を着こんだ金髪小娘がいた。それでも剣を――いつもの得物とは違うが――帯びている辺りは流石と言うべきか。

 この小娘なら寝る時にぬいぐるみよろしく抱いていても……いや、風呂桶の中に持ち込んでいたとしても驚きはしない。

「小僧、やはり貴様も一枚噛んでいたか」

 小娘は無視して、その背後にいる糸目の小僧に視線を向ける。

「よほど血の匂いに飢えていたらしいな」

 多少小奇麗に装ってはいるが、この神の本質はそこにある。

 戦乱も惨劇も、娯楽の一つでしかない。俺達が須らく『闇のソウル』を持って生まれるように、この小僧はそういう性を持って生まれている。

 悪神の名は伊達ではない。『美の神』がただ在るだけで人を狂わせるように、これは謀を巡らせずにはいられない。ただそれだけの話だ。いや、それ以前か。

「アホ抜かせ。うちはこんな悪趣味やない」

 それはどうだか。

 ここまでは上手いこと誤魔化してきたらしいが、ついに堪えが利かなくなったとしても驚きはしない。所詮、ダンジョンに蔓延る殺戮すらも娯楽と嗤う神の一人なのだから。

「それより、うちも一枚言う事はこの騒ぎの黒幕を知っとるんか?」

「白々しいな。貴様の同類の仕業に決まっているだろうが」

 いや、これ以上言葉は不要か。探して狩り出す手間が省けた。

「待てっ!」

 そこで再びリヴェリアが割り込んできた。

「まずは私が話をする。だから早まるな」

 モンスターならしばらく【麗傑(アンティアネイラ)】が受け持つ――と、小さな声で告げてから、彼女は俺と小僧の間に立つ。

「この騒ぎに神フレイヤ……少なくとも、『美の神』が関与しているのは間違いない。カーゴを警備していた【ガネーシャ・ファミリア】の団員は全員『魅了』されている。加えて言えば、この近くで【猛者(おうじゃ)】を連れた神フレイヤと出会ってもいる」

「リヴェリア達も?」

 その言葉に反応したのは小娘の方だった。

「お前達も出会っていたのか?」

 その反応を受けて、リヴェリアの言葉に少なからぬ焦りが混じった。

「えっと。ここ最近、あれこれ動き回ってるのが気になるからってロキが……。一〇分もないくらいの間だけ」

 それを察したらしく、小娘も少し慌てた様子で付け足す。

「神フレイヤが?」

「うん。また誰かを狙っているんじゃないかってロキは言ってたけど……」

「そや。興味なんてない言うとった『神の宴』にも参加しとったしな」

 ここ最近の『神の宴』と言えば、ヘスティアも参加したものだろうか。

 ひしひしと嫌な予感が募るが……まぁ、今さらと言えば今さらか。

 いずれそうなるのは分かっていた。思った以上に早かったが、ただそれだけの話だ。

「お前を疑う訳ではないが、確かか?」

「何なら、あとで神ガネーシャの前で証言してもいい」

 リヴェリアの問いかけに、小娘は力強く頷いて見せた。

 この時代の人間は神の前では『嘘』はつけないらしい。

 まったく、『首輪』までつけていくとは念の入った事だ。

(それも織り込み済み、という可能性はあり得るが……)

 残念な事に謀の類は得意ではない。ここで小娘共を問い詰めたとしても、真相に至る事はできないだろう。

「まぁいい。ところで何体仕留めた?」

「さっきので四体。あなた達は? ううん、まず何体逃げたの?」

「逃げたのは全部で一三体。ここまでくるのに七体仕留めた。さっきのを抜いてな」

「なら、残りは二体だけ」

 これはアイシャがすでに終わらせているかもしれない――などと思った矢先、すぐ近くで悲鳴が上がる。

「これで残り一体だな」

 腹の探り合いはさておき、まずはモンスターをどうにかした方がいい。

 腹を決めると同時、人ごみを押しのけて姿を見せたのはリザードマンだった。

(運がいい奴だ)

 小さく笑って見せる。

 このモンスターを殺す気はなかった。

 どこぞの屋台の残骸らしき木材を振り回すその敵に近づき、まずは得物を両断する。

 所詮はただの木材だ。クラブですらないなら、斬れない道理はない。

『ガアアアアッ!?』

 武器を失いつんのめってきたその顎を蹴り上げる。

 大きく仰け反っている間に、俺も武器を斧槍に切り替え、その足元を柄で払う。

 いくらモンスターとは言え、人型である限り、人と同じ手法が通じる。

「――――」

 両手の武器を、適当な直剣に切り替え、仰向けに倒れるその蜥蜴の両肩に突き立てる。

『ギシャアアアアアアアア!?』

 それを手放し、再び適当な直剣を二振り。今度は両足を大地に縫い付ける。

 最後にもう一本直剣を取り出し、のたうつ尻尾ごと地面を貫いた。

「よし。これでいい」

 石畳の上で標本のようになったモンスターを見下ろし、肩をすくめる。

「止めは刺さないの?」

 追い付いてきた小娘が首を傾げる。

 相変わらず物騒な事だ。大体、殺すならこんな無駄な真似はしない。

「別に加虐趣味でこんな真似をしたわけじゃない。こいつは貴重な()()だ」

 嘆息を飲み込んでから、告げた。

「面倒だが、証拠は残しておく必要がある」

 縫い付けられたモンスターは暴れているが……それは痛みによるものではない。むしろ痛みなど感じていないかのように、身を捩っては暴れている。

 まるでそれこそが目的であるかのように、だ。

 いくらモンスターとは言えリザードマンは本来、こんな形でなりふり構わず暴れまわる手合いではない。

 この状況でも冷静に反撃の隙を狙ってくる。彼らは本来、技巧派の戦士なのだから。

 無論、時と場合にもよるだろうが……この反応が異常なのは、それなりの知識がある者が見れば明らかだった。

「どうやら上手く行ったようだな」

 そこで【ガネーシャ・ファミリア】の団員を何人か連れたリヴェリアがやってきた。

「ああ。そこにいる専門家達と違って無傷でとはいかなかったがな」

 しかし、この程度では死なないのがモンスターだ。

「いえ、そこまで真似されてはいよいよ立つ瀬がありません」

 団員は苦笑しながら、引きずってきた専用のカーゴに、手慣れた様子で『リザードマン』を運び入れる。

「確かにこら完璧に『魅了』されとるなぁ」

 小娘の後ろからそれを見やり、糸目の小僧が呟いた。

 剣の拘束から解き放たれたリザードマンは未だ出血の止まらない傷など気にもせず、檻にしがみ付いては外に出ようと暴れ続けている。

「確かに()()()()()()()()()()()、かな」

 その様子を見て、小娘も呟いた。

 ともあれ、このまま死なれては元も子もない。団員が慌てた様子で回復薬を吹き掛け、最低限の止血を行う。もっとも、そのせいで余計に元気になり檻を破らんばかりに暴れ出し、周りから新たな悲鳴が聞こえてきたが。

 ……まぁ、これだけ目撃者がいれば証人としては充分だろう。普通の市民はともかく、中には冒険者も混ざっているはずだ。

 そのうちの数人でも、小娘と同じ感想を覚えてくれれば事は足りる。

「これであと一体か……」

 目論見は阻止できたのか。それともその一体が本命か。

(おそらく後者だろうがな)

 あのアバズレどもが動いたなら――加えて、俺達が後手に回った以上、その結末は避けられまい。いや、アイシャがギリギリで阻止してくれている可能性も皆無ではないが。

「何だ、あれは……?」

 短くも強い地震と、リヴェリアの険しい声によって思考の海から釣り上げられた。

 反射的に彼女の視線を追うと……。

(ほう、あいつらまで捕まえていたか……)

 その先ではまるで蛇のように蠢く緑黄色のモンスターがのたうっている。

 あの爺さん達の差し金だろうか。

 だとするなら、この三年間で少しは進展しているらしい。

「また新種……?」

「ガネーシャの子ら、あんなん何処で捕まえてきたんや?」

 いや、そんなはずもないか。

 どちらかと言えば、向こうが本腰を入れ始めたと見るべきだった。

(まさか、あいつら手を組んだのか?)

 だとしたなら……まぁ、好都合か。まとめて叩き潰す口実になるだけだ。

(さて、と。まずは余計な連中に余計な事を知られないように手早く済ませるか)

 特にこの小僧どもにあの『魔石』を拾われては面倒だ。

 しかし――

(来るのか、奴も……)

 だとするなら、少しばかり面倒な事になる。

 今の俺では、あれを始末するのは流石に厄介だった。

 それどころか別に下手を打たなくても()()返り討ちにあいかねない。

「ああもう、武器を持ってくれば良かったー!!」

「こいつの身体、打撃とは相性悪すぎる!」

 シャクティらの誘導のおかげか、思ったよりも道は空いていた。

 一気に駆け抜けていると、その先からそんな声が響いてくる。

(誰かいるのか?)

 凡百の冒険者ではあのモンスターを相手にはできない。

 まだ生きているなら、Lv.3かそこらはあるのだろう。上手くすれば倒されかねない。そうなると、少しばかり面倒だった。

「弧炎よ」

 戦場に飛び込む直前、炎の情景を愛用のクレイモアの刀身に宿す。

 その情景の名を【カーサスの弧炎】。あるいは【炎の武器】。

「【――穿て必中の矢】――!?」

 飛び込んだ先では、ちょうど女魔導士が一人詠唱を行っていた。

「――――」

 ならば、次の敵の動きは明白だ。

 この雑草どもは魔力に対して敏感に反応する。

「レフィーヤ!」

 詠唱を終えるより先に、地面を突き破って、もう二体の仇花が彼女を襲う。

 概ね予想通りだった。

 そいつらが小娘の身体を打ち貫く前に、炎を纏ったクレイモアを横薙ぎに叩きつける。

 相手の突進の威力が加わった結果、刀身はその巨体を半ばまで両断し――文字通りの灰に変えた。

(まずは一体)

 残った『魔石』を剣先で跳ね上げ、即座に回収する。

 一方で、山吹色の髪の小娘も動揺したのか詠唱を途絶えさせていた。

 まぁ、それならそれでいい。標的がこちらに移るならむしろ好都合だとも言えた。

 念を入れて、左手に火を宿し【火球】を放つ。

「あんたはっ!?」

 周りにいた他の女どもが何か言ったが、相手にするつもりもない。

 ついでに言えば、流石にそこまで暇でもなかった。

『オオオオオオオオオッ!』

 耳障りな声と共に花を咲かせながら、その雑草どもが突進してくる。

「うわ?! 咲いた……!?」

「蛇じゃなくて花だっての!?」

 吼えている隙に、雑草へ一気に間合いを詰めた。

 軽く外皮に触れる。それだけでいい。

 思い描くは穢れを祓う儀式。野蛮なる免罪が今ここに顕在する。

『オオオオオオオオッ!?』

 巨大な仇花が己の内側から生じる炎に包まれた。

 曰く【浄火】。敵の体内にて火を育て、一気に発火させる凶悪な呪術。

 いかに強固な外皮と言えど、己の内側から生じる炎には無意味だ。

 炎に包まれたそいつはひとまず無視して、残る一体に接敵する。

『オオオオオオオオッ!!』

 残った雑草がうなり声を上げて出鱈目に暴れだした。

 それを掻い潜りながら、両手でクレイモアを構え、首――いや、『花』を渾身の力で刎ねた。致命傷と言えるかは今一つ疑問だが、仮にも生物の真似事をしているならそれなりに意味があるはずだ。少なくとも、その雑草はのたうち始める。

 その身体――いや、茎と言うべきなのか――に剣を突き刺し、走り抜けるようにして一気に斬り裂き止めを刺す。

 と、上手い具合に傷口から『魔石』が見えていた。腕を突っ込みそのまま抉り取る。

 その頃には【浄火】に焼かれのたうっていた雑草も燃え尽き――すべてが灰になった。

 それを見届けてから、ひとまず軽く息を吐く。

「みんな、大丈夫?」

「無事か、お前達?」

「アイズ! それにリヴェリアも?!」

 と、そこでリヴェリアと小娘が追い付いてきた。

「リヴェリアはどうしてここに?」

「なに、たまたま騒ぎを聞きつけただけだ」

 物は言いようだった。だが、下手に首を突っ込んでも良い事はない。

 それよりも、最後の魔石を回収しなくては――

「ッ!?」

 ゾワリ、と。唐突にうなじの毛が逆立った。

(これは……!)

 この感覚には覚えがある。

「クオン、【九魔姫(ナイン・ヘル)】。それに、【剣姫】達もか。よくやってくれた」

 近づいてくるシャクティと糸目の小僧の背後で、『闇』が蠢いた。

 この光景を知っている。

 遠い昔、ロードランの黒い森の庭で。あるいはロスリックの不死街やアノール・ロンドへと至る道で見たあの――

「アイズ! ロキ! 後ろだ!」

「えっ?」

 リヴェリアが叫ぶと同時、空間を歪めて、何かが這い出して来る。

「馬鹿な……」

 思わず絶句していた。

 シャクティたちの背後から姿を見せたのは――

「山羊頭のデーモン。それに、牛頭のデーモンだと……ッ!」

 忌々しい山羊頭のデーモンが五体。それに、牛頭のデーモンが二体。

「全員逃げろッ!」

 その叫び声に、デーモンどもの咆哮が重なる。

 生半な不死人では例え一体でも脅威となる。無論、今の俺にとっても容易い相手ではない。

 そんな存在が七体も現れるなど、およそ最悪の状況と言えた。

「なにっ!?」

 牛頭のデーモンが手にした大斧を無造作に振り上げた。

 糸目の小僧を庇ったばかりに反応が遅れたシャクティを小僧もろともに突き飛ばし、愛用の盾を掲げる。

「ぐっ!」

 デーモンの大斧と≪竜紋章の盾≫が激突し、激しく火花を散らす。

 原盤強化まで施されたその盾が今さら砕けるはずもないが、使い手である俺の方はその力を大幅に失っている。踏み止まれず、盾もろともに押し返された。

『――――ォ!』

 そこに山羊頭のデーモンが大鉈を振り上げ襲い掛かってくる。

 クレイモアを叩きつけ、強引に軌跡を逸らしながら、さらに後方に跳躍する。

 だが、数が多すぎる。回避に徹したが、続けざまに振るわれる大斧や大鉈を完全に避けきれず、身体の何ヶ所かが削り取られた。

「【目覚めよ(テンペスト)】!」

 不意に風が吹き荒れる。

「リル・ラファーガ」

 渦巻くそれは人の形となって、突進してくる牛頭のデーモンに突進した。

 だが、

「なっ!?」

 分厚い胸を貫き通すにはまだ足りない。それに――

「魔石がないっ!?」

 冒険者にとっては未知の相手だろう。

 そいつらには魔石などという万人にとって都合のいい急所はないのだから。

「しまった!」

 胸元に剣を『浅く』突き立てられたままの牛頭のデーモンが、無造作に拳を放つ。

 一方で剣を抜けずにいた小娘は確実に反応が遅れた。一撃でも直撃を許せば、彼女達にとっては致命傷となる。

「こんのおおおおっ!」

 褐色肌の小娘――胸の無い方――がそれより一瞬だけ早く殴りかかる。

「硬ったぁ!?」

 それが痛撃を与えたとは思えないが、拳が放たれるのを一瞬だけ遅くしたのは確かだ。

「はあああああっ!」

 その一瞬で、小娘は剣を引き抜き――さらに首筋を斬り払った。

 もっとも、首を落とすには程遠く、深手にすらもなりはしない。いや、状況を好転させるにもまだ足りない。

「くっ!」

「何なのよ、こいつらは!?」

 山羊頭どもがシャクティ達に襲い掛かっている。

 防御に徹すればまだ凌げるだろうが、長くは続くまい。分断し各個撃破しなければ、このまま押し潰される。

 ならば――

「――――」

 思い描くのは炎の情景。いや、炎を従者とする一人の女の姿。

 我が師、イザリスのクラーナ。呪術の開祖たる彼女が残した奥義。

 その名を【炎の大嵐】。解き放たれた劫火はその名に恥じず荒れ狂い、デーモンもろともに周囲を蹂躙した。

 もっとも――

(チッ、やはりか……)

 元より『混沌の炎』から生じて来るデーモンに炎は通じづらい。

 だからこそ、師匠は千年もの間、ついに『苗床』を弔えずにいたのだ。

 力も覚悟もない――と、その言葉の意味はまさにそれだった。覚悟はともかく、力とはその通りなのである。

 それでも――

(師匠にどやされるな、これは……!)

 今の奥義を放ったのがイザリスのクラーナ本人なら焼き払えたはずだ。

 だというのに、俺はと言えば山羊頭どもですら燃え残している始末だ。

 力が足りない。今も至る所で凝ったままの己のソウルに毒づく。

 だが、戦線を仕切り直すくらいの事は出来たらしい。……デーモンどもの陣形を乱し、間合いを開く程度の事は。

 その隙に、小娘共も陣形を立て直す。リヴェリアともう一人の女魔導士を中心とした基本的な布陣だが……どのみち武器を持たない褐色小娘どもではまともに戦えまい。

 残るシャクティは俺の右側に。反対側にはいつもと違う剣を構えた小娘が立つ。

「こいつらは何者なんだ?」

「デーモン。『混沌の炎』から生まれる、ソウルを持つ者全てにとっての厄災だ」

 もっとも、ソウルを求めて彷徨うというなら俺達不死人も同じ事だが。

「モンスターじゃない?」

「ああ。少なくとも魔石なんて都合のいい急所はない」

 そして、銀騎士(神々の騎士)すらも返り討ちにあいかねない存在でもある。

「さて、どうするか……」

 どのみち各個撃破以外の選択肢はない。

 もしこの状況で乱戦に持ち込まれれば、銀騎士どころか黒騎士ですら命はないだろう。

 だが、一体どうやって各個撃破可能な状況に持ち込むべきか。

「どうもこうも、逃げる訳にはいかないだろう?」

 傍らのシャクティが言った。どうやら知らず呟いていたらしい。

「それはそうだが、このまままとめて相手にするのは死にに行くようなものだな」

 いや、俺だけなら別にそれでも問題はないのだが。

「私達がいても?」

 と、これは反対側の小娘。

「ああ。一体くらいなら任せてもいいだろうがな」

 できれば牛頭のデーモンを受け持ってくれると助かる。

 その隙にもう一体を手早く仕留めてから、山羊頭を各個撃破。それが最適だろうが――

「他にしばらく山羊頭どもを引き付けてくれる囮役がいるな」

 それが一番の問題だった。

「なら、あたし達の誰かが……」

「本気で牛頭のデーモンを受け持つ気なら戦力を分散するのは止めておけ」

 胸の無い方の褐色小娘の言葉を途中で制する。

「第一、ただの人間では囮役にもならない」

「どういう意味よ?」

 今度は胸のある方の褐色小娘が問いかけてきた。

 あまり悠長に話し込んでいる暇もないが、この際仕方がない。

「奴らはより強いソウルの気配に魅かれる。それなりの存在でなければ無駄に被害を拡大するだけだ」

 彼女達の宿している『神の恩恵(ファルナ)』とやらは『ソウルの業』とはまた違う。

 人が神の薄皮を纏っているようなものだが……その実、ソウルの質や量が未熟すぎる。

 無論、多少は強化されているが、俺達の感覚で言えば力量に対してソウルの力が釣り合っていない者が多すぎるのだ。

 それはつまり不死人にとって『美味しくない』相手という意味である。

 何しろ、労力に対して得られるソウルが少なすぎるのだから。その辺りはデーモンにとっても同じ事だろう。

「しかし、いつまでも睨み合っていられる訳ではないだろう?」

 背後からリヴェリアの声が聞こえる。

 それもまた事実だった。実際、かき乱したはずのデーモンどもは再び群れを形成しようとしている。そうなってはおしまいだ。

 むしろ、今こうして行儀よく待っていてくれているだけでも奇跡の様なものである。

「ならば、俺が引き受けよう!」

 と、そこで。聞き覚えのある声が響いた。

「ガネーシャ!?」

 シャクティが悲鳴を上げた。

 いや、なりふり構わず振り返らなかったのはありがたい。そんな隙を見せれば、一気にデーモンどもが襲ってきた事だろう。

「そう、俺がガネーシャだ!」

「ええから引っ込めやドアホ!?」

 俺も振り返っている余裕はないが……どうやら、あの仮面の男本人らしい。

 一体何をしに来たのか。いや、何だってこんなところまで出張ってきているのか。

「強い魂ならいいのだろう? ならば、俺達の出番だ!」

「達ってなんや?!」

 それはそうだが。神のソウルなら、デーモンどもにとっては文句のないご馳走だ。

 特にここの神は狩りやすい。不死人にとっても非常に『美味しい』相手だった。世が世なら、今頃は乱獲されて絶滅しているのは間違いない。

 ……まったく、ままならないものだ。

「むんっ!」

「ちょ?! マジで神威発揮すんなや!?」

「仕方あるまい! 奴らを野放しにしては子供達が殺される。それだけは認められん!」

「そらそうやけど!?」

 背後から伝わってくる神の気配が強まる。いや、秘められたソウルの力がほんの僅かに解放されたと言うべきか。少なくとも、背を向けているのが落ち着かない程度には。

『――――ッ!』

 急に現れた大きなソウルの気配に、デーモンどもが歓喜の声を上げる。

「シャクティ、お前はあいつを任せる」

「言われなくとも!」

 シャクティは今度こそなりふり構わず振り返る。

 これで均衡が崩れ、戦場が動き出した。

 雄叫びを上げて突っ込んでくる牛頭を迎え撃つべく、俺も突貫する。

「死ぬなよ」

「やってみるさ!」

 その直前、最後に言葉を交わした。

「アイズ、来るよ!」

「うん!」

「武器がないんだから、無理は禁物。リヴェリア達が詠唱を終えるまで時間を稼ぐわよ」

 その頃には、小娘共ももう一匹の牛頭に向かって突撃していった。

 まぁ、確かにリヴェリアの魔法頼りになるだろうが……さて、ここは炎の方を選択しない事を祈っておくべきだろうか。

「いや、ちょい待ち。ひょっとしてうちも完璧に巻き込まれとる!?」

 糸目の小僧の悲鳴が聞こえた。

 だが、知った事か。のこのこと戦場に出張ってくるからだ。

「ハハハハハッ! さぁ、シャクティ! 全力で逃げるゾウ!」

「分かっている! 少し黙っていろ!」

「【象神の杖(アンクーシャ)】。すまないが、ロキも頼んだ」

「流石に安全の保証はしないぞ、【九魔姫(ナイン・ヘル)】!!」

「ちょ?! ガネーシャああああああ! 後で覚えとれよおおおおおおおおおっ!?」

 ともあれ。忌々しい山羊頭どもが周りからいなくなっていく。

『―――――ォ!』

 ずいぶんと久しぶりに聞く牛頭のデーモンの咆哮。

 それと共に突っ込んでくるそいつとすれ違う様に飛び込み、大剣を振るう。

 その刃は横腹を抉った。初撃としてはまずまずの手ごたえだが――その程度で満足している暇はない。それに、反動で体勢を崩されたのはむしろこちらだ。

 いつものように踏ん張りがきかない。地面を転がって勢いを殺す。

 もっとも、勢いに振り回されているのは向こうも同じだ。少しばかり行き過ぎてから、ようやく戻ってきた。

 続け様に叩きつけられるデーモンの大斧を横に飛び退いて躱しながら、リヴェリア達の邪魔にならないよう戦場を移動させる。

 いくら凝っているとはいえ、深奥に至ったソウルそのものを失った訳ではない。ならば、囮としては充分だろう。

(そうだ。そのままついて来い)

 脇目も降らず突進してくる牛頭を引き連れ、リヴェリア達から離れる。

 そして、充分に距離を取ってから――

「―――ッ!」

 大振りの一撃の後に生じる僅かな隙。それを逃さず、渾身の力で横腹に切っ先を滑り込ませた。そして、そのまま渾身の力で抉り裂く。

『――――ァ?!』

 デーモンが苦悶の声を上げる。

 まったく、らしくない。しばらく会わない間に腑抜けたか。

 我らは互いにソウルを貪る怪物だろうが。

(面倒な相手だ……)

 だが、幸いデーモン遺跡にいた連中ほどではない。城下不死街で対峙した牛頭と同じか少し上程度だろう。駆け出しの不死人でもどうにか勝ち抜けられた相手なら、まだどうにでもなる。

 ……俺がではなく、あの小娘共が、だが。

 

 

 

「なに考えとんねんガネーシャ?!」

「無論子供達の安全だとも!」

「そー言うことやないわ?!」

 ガネーシャの対応は、明らかに異常だった。

 そもそも『神の力(アルカナム)』を封じている神が前線に飛び出してくる時点でまともではない。

 だが、問題はそこではなかった。

(ガネーシャのやつ、あのモンスター……デーモンとやらを知っとったんやないか?)

 あの山羊頭が強い魂に惹かれる性質を持っている事を……いや、何よりもこういった事態が起こりえる事を、だ。

(でなけりゃ、いくらこのアホでもあんな唐突に現れたりせんわ)

 派閥を上げてのイベントであるフィリア祭まで投げ出して。

 しかし、アレの話からするとこの一件にはあの腐れおっぱい(フレイヤ)が絡んでいるらしい。今朝方の様子からして、それは間違いないとは思う。

 しかし――

(ガネーシャとフレイヤが共同で……?)

 いくら考えてもこの二柱(ふたり)が共謀する理由が思いつかない。

 多少ならずお調子者なガネーシャだが……いくら唆されても、子供達を危険にさらすような事態を許容するはずがない。もしあったとすれば、それはもはやガネーシャという神の根底を根こそぎ覆すようなものだ。

 いや、フレイヤが全力で『魅了』すれば可能性はゼロではないだろうが……もしそうだったとすれば、全面戦争待ったなしだ。

(ま、向こうにはオッタルがおるけど……)

 真っ当に考えれば、【ガネーシャ・ファミリア】の方が圧倒的に不利だ。

 しかし、【ガネーシャ・ファミリア】はアレと――【正体不明(イレギュラー)】と浅からぬ交流がある。アレが肩入れするとなれば、状況は大きく変わるだろう。

 その辺りはフレイヤも分かっているはずだ。いや、分かっていたとしても自重しないのがあの女神(おんな)だが。

(そーなると……)

 モンスターの『脱走』と、山羊頭と牛頭は別枠という事だろうか。

(あと、あれやな。アレに瞬殺された蛇もどきどももか)

 普通に考えれば、いくら素手とは言えティオネとティオナが二人がかりで倒せなかった時点で尋常な相手ではない。

 丸腰だった事を考慮しても、『深層』生まれ……最大限浅く見積もっても『下層』の後半領域生まれと言ったところだろうか。

(まぁ、詳しい事は後でティオネ達に聞いてみんと分かんけど)

 今すぐ確認できる事と言えば――

「ガネーシャ。あの山羊頭の前に出てきた蛇もどきはどこで捕まえたんや?」

「蛇もどき? 何の話だ?」

「おったやろ。蛇みたいな花みたいな薄気味悪いモンスターが」

「いや、神ロキ。我々が捕らえたモンスターの中に、そのようなものはいなかったはずだが……」

 そこで言ったのはうちらを担いで走っている【象神の杖(アンクーシャ)】だった。

 神に嘘はつけない。その感覚から判断すれば、彼女の言葉は信用に足るものだ。

 しかし、そうなると――

(あの蛇もどきはどこから出てきたんやろ?)

 フレイヤが眷属に命じて捕まえてきた――と、それは流石に考えすぎか。

 言うまでもなく、モンスターを生け捕りにすること自体が容易ではない。ノウハウのある【ガネーシャ・ファミリア】だからこそできる芸当……と、言うのは流石に言いすぎだろうが、うちの子達でも簡単に真似できる事ではない。

(まぁ、『中層』くらいまでやったら力尽くでもいけるやろけど)

 いや、それでも例えば『ミノタウロス』辺りは手を焼くだろう。

 それに、連れ出すには専用のカーゴがいる。捕まえるまでは何とかなっても、バベルから一切人目を惹かずに連れ出すのは流石に不可能だ。

(あの山羊頭どもはどっからかともなく湧いて出たけどな)

 あの現象も、決して無視はできない。

 あれはまるで『神の力(アルカナム)』を行使したかのようだった。

 しかし、それはあり得ない。その前兆となる神威を一切感じなかった。

 当然だ。それがあれば、効果を発揮する前に天界に強制送還されている。それが神々が下界に生きる上で絶対不可侵の規則(ルール)だ。

 ……まぁ、ごく一部、ほんの僅かな例外もあるにはある。例えば、それこそ『神の恩恵(ファルナ)』を与える事や【ステイタス】更新も当然ながら『神の力(アルカナム)』の一部だ。

 しかし、あれはそういう次元の話ではない。

(つまり、あれは神がやったんやない)

 神ではないが、神の如き力を持った何者かがあの山羊頭どもを地上に送りこんできたという事になる。

(ツッコミどころ多すぎやろ、この事件)

 内心で毒づくが、しかし今はそれどころではない。

(あれはヤバい……)

 改めて、今うちらを追い回している山羊頭どもに意識を向ける。

 強い魂に惹かれるというのは確かだろう。問題は、何故惹かれるかだ。

(言うまでもないなぁ……)

 今まで考え耽っている『フリ』をしていたのは、ひとえに背筋を舐め上げるその悪寒から意識を逸らすためだった。

(うちらを喰い殺すためやろ)

 いや、モンスターだって神を喰い殺す事はある。『神の力(アルカナム)』を封じて下界に留まる限り、この『器』は恩恵を持たない人類のそれと大差ない。

 こんな状態では都市外のモンスターに出くわしただけで喰い『殺され』て、天界に強制送還される羽目になる。そうなった神は二度と下界に降臨できないのがルールである以上、それは『死』と同義だった。

 しかし――

(この感覚はそれどころやない)

 今感じているのは、遥か昔、まだ『天界』でやんちゃしていた頃に何度か感じた、艶めかしい『死』の感触だった。

 同義である、などと言った生ぬるい詭弁など通じない、文字通りの死滅の気配。

 超越存在であるうちらが『下界』で感じる事などあるはずもないその感触が、今まさに背筋を舐め上げているのだ。これほど薄気味悪い事はない。

「なら、うちらを追っかけとる山羊頭とかは……いや、聞くまでもないか」

「ああ。あれを生け捕りにしろと言われても困る。【剣姫】の一撃を耐えられるような怪物に、そんな加減ができるものか」

 それはそうだろう。何であれ倒すより生け捕りにする方が難しいのは言うまでもない。

「いや、しかしこれはあれだな。ガネーシャ超怖いいいいいいいいいいいいいっ!?」

「知るかボケエエエエエエッ!?」

 い・ま・さ・ら・い・う・な!!

「うるさい。黙れ」

 と、そこで。

 両脇にうちらを抱えたまま疾走する【象神の杖(アンクーシャ)】が、本気でドスの利いた声を上げた。

「「あ、はい」」

 頷いてから、慌てて口を両手で抑える。

 いや、何かの弾みで投げ出されたりしたら、その時点でほぼバッドエンド確定だし。

「むっ! いかん、シャクティ。止まれ!」

 と、そこで懲りずにガネーシャが大声を上げた。

「今度はなんだ?!」

 その言葉には応じず、ガネーシャは【象神の杖(アンクーシャ)】の腕を振り払い、道の片隅へと突進した。

「うむ。もう大丈夫だゾウ!」

 逃げ遅れたのか、迷子なのか。ともかく物陰から獣人の少女を抱き上げ、ガネーシャは豪快に笑って見せた。

 いや、第一級冒険者の【象神の杖(アンクーシャ)】ですら気づかなかったその子の気配に気づいたのは流石『群衆の主』と言うべきなのだろう。

 しかし――

「大丈夫とちゃうわ! はよこっちに――ッ!?」

 いや、もうそれすら遅い。致命的な悪寒が背筋を駆け抜けた。

 すでにあの山羊頭の姿はすぐそこにいる。

 しかし、それも仕方がない事だった。囮役である以上、完全に引き離す訳にもいかなかったのだ。むしろここまでつかず離れずの距離を保ち続け、うちらだけを狙わせた【象神の杖(アンクーシャ)】の采配は賞賛に値する。

 だからこそ、この状況はいただけない。

 彼女の予定と異なる場所でここまで決定的に足を止めてしまえば、追い付かれるのは自明の理だった。

『―――――ォ!!』

 山羊頭が喝采の叫び声を上げる。

「くっ! ガネーシャ、走れ!」

 この状態では抱え直している暇もなさそうだった。

「うおおおおおおおっ! ガネーシャ超激走!!」

 子供――いや、この場合は文字通りの意味で――を一人抱えたまま、シャクティ(冒険者)と並んで走れる辺り、その筋肉はあながち飾りでもなさそうだった。

 だが、それは所詮一時のものに過ぎない。

「これはいかん……!」

 すぐにガネーシャの息が上がり始めた。

 それは当然だ。体力の限界を気力で先送りにできたとして、それでも高が知れている。

 むしろ、本来ならガネーシャの体力を賞賛してもいいほどだった。

「というか。ひょっとして思うのだが、ガネーシャが抱えているのが一番危ないのか?」

 ああいや、あかんのはそっちもか。

「ああ。そら間違いないわ。うちが保証したる」

 何しろ、一番に狙われているのはかなりの出力で神威を放っているガネーシャなのだ。

 公平に考えれば、その次にうちか。ただ単にまだ勘づかれていないだけなのだから。

 そして、神血(イコル)を宿す【象神の杖(アンクーシャ)】になるはずだ。

(けど、選んで殺す訳もないやろなー)

 あれがモンスターだろうがそうでなかろうが、どのみちそこまで親切ではないだろう。

 抱きかかえているどころか、近くにいるだけも危険だった。いや、そもそも、ここに来るまで誰も襲われていないのが奇跡に近い。

 これはよほどうちらの魂が『美味しそう』に見えているのだろう。他の魂など目に入らない程に。

 あるいは……

(ダンジョンと同じ、やろか?)

 うちらが神だからこそ、なのかもしれない。

 もっとも、あまりに情報が少なすぎる。こんな状況ではいくら考えても仕方がない。

 それよりも――

「ちょい、シャクティたん! 前や前!!」

 このまま突っ走ると、少しばかりマズい事になる。

 何しろ――

「このままやと『ダイダロス通り』に突っ込むで!?」

 東と南東のメインストリートに挟まれる広域住宅街。

 奇人ダイダロスが建築に携わった結果、その名を冠している訳だが……その名が有名なのは、むしろ繰り返された区画整理によって生み出された複雑怪奇なその造りのせいだ。

 一度迷いこめば二度と出て来れない――

 オラリオに住む者からは、そんな畏怖と共にもう一つの迷宮と称されている程である。

(あ、いや。むしろそれが狙いか?)

 ここまでも山羊頭どもが一斉に襲ってこないよう、細い路地を縫って進んでいた。

 そういう地形を求めるなら、ここ以上の場所はない。

 あとは、追いかけてくるらしいアレか、追いかけてきてくれるはずのアイズ達が各個撃破してくれれば万事解決のはずだ。

「くっ! ガネーシャ!!」

「任せておけ! ガネーシャパワーアァアアアアッ!! 全・開ッ!!」

 いや、まだギリギリ規則違反にならない範囲だが。

 それでもガネーシャの身体から今まで以上の神威が放たれる。

「神ロキ、許せ!!」

「のわ!?」

 それと同時、体が宙を舞った。いや、放り投げられたらしい。

「神威を―――!」

 そんな中で、遠のくシャクティの言葉の真意を読み取れた自分を褒めてあげたい。

 大慌てで神威を可能な限り抑え込む。

 今までだったらただの悪あがきだった。

 しかし、今この瞬間なら。ガネーシャの膨大な神威に引き付けられているこの瞬間なら、それに紛れて身を隠す事も充分に可能だろう。

「ぶあ!?」

 空の――ついでに言えば風雨に晒され朽ちかけた――木箱を幾つか突き破ると……

「をあああああっ!?」

 その先には唐突に下り坂。こういう訳の分からないところに意味の分からない仕掛けがあるのも『ダイダロス通り』の特色ではある。

「へぶっ?!」

 トンネルを抜けると、そこは地下水路だった。

 危うく水に落ちそうになりつつも、何とか受け身を取って踏みとどまる。

「とりゃ?!」

 ついでに跳ね起きて身構えるが――幸い、あの山羊頭どもは追いかけてきていないらしい。ひとまずは助かったという事だろう。

「そんなら、次は急いで地上に出んとなぁ」

 ほうぅ……と、大きく息をついてから、力なく呻いた。

 地下水路に水棲モンスターが住み着いているのは有名な話だ。それこそ、定期的にギルドから『掃除(スイーパー)』の冒険者依頼(クエスト)が出される程度には。

 もっとも、ダンジョンから直接這い出している訳ではなく、普通に魔石の力を削って繁殖しているだけなので、だいぶ弱体化しているが。

 ただ、一方で都市外のモンスターよりはまだ手強いという噂もある。魔石製品である浄化柱を齧っている影響だとか、魔石製品工場から出る排水に魔石の粉末が混ざっているせいだとか、それらしい理由が語られているが……実際、割と事実らしい。

 魔石の粉末云々はともかく、稀に浄化柱が齧られて動作不良を起こすそうだ。浄化柱整備員の護衛依頼なんて冒険者依頼(クエスト)が定期的に届いてくるのはそのせいだという。

 まぁ、何であれ――

(今のうちにとっちゃ外のモンスターでも変わらんしな)

 どのみち長居は無用だった。

 地上に戻る道で一番近いのは、言うまでもなく転がり落ちてきたこの坂道だが――

(そらやめとこか)

 上った先で山羊頭と対面しようものなら目も当てられない。

 いや、それを言うならこの場に留まり続けるのも悪手なのだが……。

(ええと、ここは『ダイダロス通り』の入り口辺りやろ?)

 趣味で覚えた地下水路の地図を思い浮かべる。

 もっとも、所詮は趣味の範囲だ。そこまで詳しく知っている訳でもない。だが、現在地が分かっているなら、まだどうにかなるはずだった。

(けど、急いだ方がええなぁ)

 山羊頭だけが問題ではない。

(あの蛇もどき、どう見ても地下から出てきおった)

 もしダンジョンを直接ぶち抜いて出てきたなら、地下水路とダンジョンは繋がってしまっている。となれば、()()のモンスターが徘徊していたとしても不思議ではない。

(けど、そーやないなら、ある意味もっと問題やな)

 そして、どちらかと言えばその可能性の方が高いと見るべきだった。

 神蓋(バベル)がある限り――そして、ウラノスが祈祷を捧げている限り、モンスターがダンジョンから這い出て来る事はまずあり得ない。

 例外としては、それこそフィリア祭のために連れ出されたモンスターくらいなものだ。

(そーなると、あの蛇もどきどもを地上に運び出した奴がいるいうことやけど……)

 それがフレイヤだったとしてもそこまで驚きはしない。地下水路なら、隠し場所としても申し分はない。だが、どうやって連れ出し、運び込んだのかという疑問はやはり残る。

(それこそ、地下水路に直通の通路でも作らな無理やろ)

 それをやったのがフレイヤだというなら……まぁ、普通に驚くけど。でも、まるっきり納得できないでもない。

 だが、それをギルドに――ウラノスに勘づかれずにできるか? と、問われると首を傾げざるをえなかった。

(ま、しゃーないな。もうちょっとこの近くで様子見よか。あの山羊頭はガネーシャを追っかけとるわけやし)

 今は確実に地上に戻る事が優先だった。

 趣味程度の地図を頼りに、本当にダンジョンと繋がってしまっているかもしれない水路を進むというのは、あまりに無謀だ。

(ここでうちが天界に戻ると、下手するとアイズたん達も道連れにしかねんしな)

 今も牛頭と戦闘中の可能性がある。そんな時に恩恵を失ってしまえば、その先にあるのはあまりに明確な死だった。ならば、不用意な真似はできない。

(戻ったら、アイズたん達の無事を確認しないとあかんしな)

 主力陣の多くが揃っているとはいえ、ほぼ全員が丸腰である。さすがに少しばかり不安を覚えずにはいられなかった。

(陰謀や何やに思いをはせるのはそれからでも充分やろ)

 まずは互いに生き残る事だ。そう覚悟して、しばらく隠れていられそうな場所を探すべく――迷わない範囲で――地下水路を歩き始めた。

 

 

 




―お知らせ―
 お気に入り登録・評価いただいた方、ありがとうございます。
 次回更新は18/06/24の0時を予定しています。
 18/06/23:誤字修正。一部改訂。
 18/07/07:誤字修正
 18/09/30:一部変更・ルビ修正
 18/11/20:誤字修正
 19/10/02:誤字修正

―あとがき―

 まずは謝罪から。
 ベル×アイシャ派の方には謹んでお詫び申し上げます。 
 そして、ベル君にも。ごめんよ、悪気はなかったんだ…!
 
 と、いう訳で。
 これでダンまち側のヒロインは全員顔見せが済みました。
 で、アイシャについてですが……この作品の設定やプロットを考え始めた時は、まだ原作本編8巻までしか読んでなかったんです。
 7巻でファミリア入りせず、日常編(ラブコメ編?)である8巻で一切絡んでこなかったのと、念のため目を通したブラウザゲームでも春姫しか実装されていない様子だったので、ヒロイン入りはしないのかと思っていたんですが…。
 本編9巻から13巻にかけて大活躍ですね! 特に12、13巻の頼れる姐さんぶりときたら。しかも、5周年記念のSSでもばっちりヒロインにエントリーしているという…。
 ごめんよ、ベル君。本当に悪気はなかったんだ…!

 修正する事も考えましたが、そうすると主人公の周りがオリジナルヒロインばかりになってしまうので、それもどうかなぁ…と。何より、主人公についてきてくれるタフでワイルドなヒロインですしね。

 ベル君に関係するヒロインは、アイシャ以外は基本的に原作通りとなります。あと、アイシャが抜けた穴は別の形で補う予定です。今のままだと、ベル君サイドにダークソウル要素があまりありませんからね。

 話は変わって……いえ、全く無関係でもないですが。
 目次ページにもある通り、本作は基本的に『不死人>冒険者』という力関係となっています。
 ですが、そのままだと冒険者サイドが活躍しづらいですし、クロスオーバーしているのに冒険者達にだけ何の変化もないというのも変な話なので、違和感が出ない程度に強化していく予定です。強化というよりは影響を受けて変化していくという形になりますが。
 アイシャのヒロイン入りと、それに伴うベル君の人間関係の変化……ひいてはヘスティア・ファミリアの戦力変化はその一環でもあります(アイシャは原作でもヘスティア・ファミリアに入団してはいませんが)。
 ちなみに、他にも変化の種はもういくつか蒔いているつもりです。
 
 ガネーシャの神威発揮ですが、神威を発揮するだけならおそらく問題ないんじゃないかと。
 本編5巻でヘスティアがペナルティを受けた原因、作中の言葉で言う『神災』とは、安全階層に階層主(黒ゴライアス)が出現したことで、その原因になったのはダンジョンの暴走です。
 何故暴走したのかは、5巻でも6巻でも明言はされていませんが、ヘスティアやヘルメスの言動や6巻でのベルの考察からして、『神がダンジョンに入った』からと言うのは大きな理由になるかと思います。
 ギルドが問題視したのもそこであって、『神威を余計に解放した』ことそのものは特に責めていないかと(外伝7巻から、バレた原因の一つなのは間違いないと思いますし、全く無関係とは言えませんが)。
 少なくとも本当に『神の力』を使用する事ほどには重罪ではないと思います。7巻で『神の力』を使おうとしたイシュタルは天界へ送還されましたが、ヘスティアはそうではありませんからね。
 少なくとも本作ではそういう前提の下で、今回のガネーシャもセーフになっています。全力で神様だとアピールしただけで、『神の力』そのものは一切使っていませんので…。

 と、また言い訳になってきたので今回はここまで!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。