SOUL REGALIA   作:秋水

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※18/06/10現在、仮公開中。
大幅な変更、改訂を行う可能性があります。


第三節 神の宴

 

「はああああっ!」

 早朝の教会前に裂帛の声が響く。

 ベル君――ボクの大切な眷属の声だ。冒険者になってまだ半月。ここしばらく急激な成長が続いているとはいえ、まだLv.1。でも、その動きは『恩恵』を持たない子供達の比ではない――

「まだ甘いな」

 はずなんだけど。

「うわあ――!?」

 迎え撃つクオン君は、ベル君の突進を容易く受け流した。

「――あああ――?!」

 完全に無防備になった背中に向って突き出された木剣を、ベル君は反射的に地面に倒れ込んで――と言うかほとんど地面に激突するようにして――ギリギリ躱した。

「あああああ!」

 そのままゴロゴロ転がって間合いを開く。

 この間、ずっと裂帛の声――改め、悲鳴は続いていた。

「ふぉうあっ!?」

 ようやくベル君が跳ね起きる――より早く、クオン君の木剣が振り下ろされる。

 訓練だって言うのに、割と容赦ない。ぶっちゃけ、僕にも分かるくらいの殺気が宿っている。

 けど――

「おおっ!?」

 思わず歓声を上げていた。

 ベル君は片手に持った木剣でそれをギリギリ受け流し――まぁ、耐え切れずに弾かれたけど――その隙に、今度こそしっかり立ち上がった。

 今さらだけど、ベル君は愛用のショートソードくらいの大きさの木剣と短刀大の木剣を左右に構えてる……ああいや、短刀の方は弾かれたから構えていたと言うべきか。

 クオン君は普通の剣と同じくらいの長さの木剣を一本だけ構えている。

「よしよし。だいぶ身体が反応するようになったな」

「いや、師匠の一撃って本気ですから。木剣のはずなのに当たったらそのまま斬られそうですし……」

「だから訓練になるんだよ」

「それはそうですけど……」

 ベル君が呻く頃には、クオン君が距離を詰めていた。

「うわっ!」

 短い悲鳴と共に、木剣同士がぶつかる音が響く。

 それと同時に、ベル君が少しだけ後ろに吹き飛ばされた。けど、木剣は手放していない。とっさに両手で構えたおかげだろうか。

(いや、そのベル君を片手の一撃で押し返すクオン君って一体……?)

 もし本当にロキのところの眷属ともめたって言うなら、Lv.5かLv.6くらいの力がないと命が危ない。逆に言えば、それくらいの力があれば今のベル君を片手で拭き取ばす事だって可能だろう。

(でも、本人はギルド公認のLv.0だって言うし……)

 それが本当なら、それこそ『古代』の英雄達の生き残りだと言われても驚かない。

 まぁ、そもそも極秘情報の【ステイタス】をギルドがそこまで調査するというのも変な話なんだけど。

(う~ん……)

 気になる事はいくつもある。いや、気になる事しかないと言うべきか。

 例えば――

(この剣……)

 鞘に入れられたまま傍らに置かれている剣を撫でる。

 ベル君がオラリオに来た時から持っていた剣――と、同じような造りの別の剣。紆余曲折在った末にベル君が()()()剣だ。別にクオン君はくれると言っていたけど……。

(どことなくボクらの力を感じる……)

 ボク自身は戦いとは直接的には何の縁のない神だ。けど、鍛冶の方は少しだけ知っている。竈……炉の女神という事もあるけど、それとは別に。

 天界一の名匠と名高い鍛冶の女神ヘファイストス。彼女が天界で打った武器をいくつかこの目で見た事がある。まぁ、剣の良し悪しなんてさっぱりだけど……この剣は素人のボクから見てもまだ遥かに鈍らだ。いや、それは当然なんだけど。

 でも、この剣は彼女が生み出した武具を確かに思い起こさせる。それはつまり、地上においては『伝説の武器』と称された数多の名剣や聖剣の類に連なるという意味だった。

 一見する限りどこにでもありそうな平凡なショートソードなのに、だ。

(前の剣もそうだったけどね)

 あれも見た目は平凡なショートソードだった。竈の女神の感覚がなければ炎属性効果を秘めているなんて思いもしなかっただろう。

 オラリオで買えば一体いくらするか分かったものじゃない。そんなものをポンと気前よくくれるなんて――

(いいや、そもそも……)

 クオン君自身が明らかに異質だった。

 そりゃ、ベル君以外の眷属を持たないボクだ。冒険者について詳しいとはとても言えない。

 でも――

(あの『スキル』も『魔法』も『神の恩恵(ファルナ)』がもたらすものじゃない)

 武器や盾をどこかに『格納』する『スキル』も、()()()()()神聖文字(ヒエログリフ)を読み上げ紡がれる聞き覚えの無い『神話』から生じる『魔法』も一切聞いた事がない。

 それでも『スキル』の方は、ベル君と同じ『レアスキル』で説明できるかもしれない。でも、『魔法』の方は――

(これじゃまるで『神の恩恵(ファルナ)』じゃなくて『神の力(アルカナム)』そのものを分け与えたみたいじゃないか……)

 いや、それも違うか。どちらかと言えば模倣と言った方がそれに近い。

 神々の力(奇跡)を人の身でありながら扱う。

 敬虔な信徒が、己の主神が持つ『神話』を自分の魔法として再現する――と、考えれば可能性が出てこない事もない。けど、

(どう考えたって敬虔な信徒だとは思えないからね!)

 むしろこの子はそういうの(神への信仰心)はさっぱり持ち合わせていない。だからこそおかしいのだ。まだ二日目なので昔の話を聞いていないという事もあるけど、これじゃまるっきり正体不明――

(あれ? そういえばちょっと前にヘファイストスがそんなようなこと言ってたっけ?)

 何でも【正体不明(イレギュラー)】がどうとか。それも割と懐かしそうに。

 むむむ――と、唸りながら記憶をひっくり返してみるものの……そもそもそこまで気にもしていなかったので、それ以上はさっぱり思い出せない。

「さて。今日はこれくらいにしておこうか。疲れ切った状態でダンジョンに行くのもなんだからな」

「はい、師匠!」

 そうこうしてるうちに、今日の訓練は終わったらしい。

 ベル君はタオルで汗を拭い、予め用意してあった水筒から水を呷っている。一方でクオン君は全く平然としていた。やっぱりどう見てもLv.0には見えない。

「それじゃ神様、行ってきます!」

 それからしばらくして。ベル君達は今日も元気にダンジョンへと向かっていった。

 

 …――

 

 その日の夕方。

「五〇〇〇ヴァリス!?」

 大体いつも通りの時間に戻ってきた二人は、今まで見た事もない大金を抱えていた。

「ななな何があったんだい?! まさかクオン君、変な事に手を出したんじゃ……!? 具体的には【ガネーシャ・ファミリア】のお世話になりそうな事を?!」

「何で俺のせいなんだ?」

 切実な危機感を前に慌てふためくボクを半眼で見やって、クオン君は肩をすくめた。

「今日はちょっと運が良かったんだよ」

「いえ、むしろ悪かったんじゃ……」

 疲れ果てた様子で、今度はベル君が肩を落とす。

「本当に何があったんだいっ?!」

「『怪物の宴(モンスター・パーティ)』。上層であれだけ湧いて出るのは珍しいな」

「見渡す限りウォーシャドウとか。今度こそ死ぬかと思いましたよ……」

 ミノタウロスの時と違って圧倒的じゃないですけど、現実的で堅実な危機感って言うか――と、ベル君が呻く。

「うわぁ……」

 いくら冒険者に詳しくないボクでも『怪物の宴(モンスター・パーティ)』くらいは知っている。簡単に言えば、モンスターの大量発生。ダンジョンでよく起こる異常事態(イレギュラー)の一つだ。ベル君の様子からしてよほど大量に生まれたらしい。

「ベル君、よく無事だったねぇ……」

「はい……。クオンさんがいなかったらさすがにちょっと危なかったですよ……」

 そもそも、今のベル君がウォーシャドウに挑むというのは、それだけで結構ギリギリのはず。そこに加えて大量発生はちょっと洒落になってない。

「まぁ、ベルが結構な数の魔石を砕いちまったから儲けも減ったがな。全部上手いこと解体できていればもっと稼げていたはずだ」

「いや、それよりも命あってこそだよ」

 無念そうなクオン君を半眼で見やる。

「任せるとは言ったけど……あんまり危険な真似をして欲しくないなぁ」

「事故だよ事故。流石に狙って起こせるものじゃない」

「そりゃそうだろうけどさ」

「俺だって泡食って飛び出したクチなんだ。まぁ、少しばかり『慌てすぎた』らしいが」

「そうなのかい?」

「ああ。三割ほど少なければベル一人で切り抜けただろうさ。流石に一人で全部は倒せなかっただろうし、魔石の量ももう少し減っていたかもしれないが」

 うむむ……。やっぱりベル君の成長は著しいらしい。おのれヴァレン何某。

 いや、そうじゃなくて――

「いや、師匠がいてくれるから安心して飛び込めたっていうのもありますよ」

「それはそれであまり褒められたものでもないんだがなぁ……」

 いつまでも傍にいるとは限らないんだ――と、クオン君は肩をすくめて見せた。

 でも、それは確かに。何しろ、彼は正式にはボクの眷属ではないんだから。

(うん! 決めた!)

 昨日からずっと考えてきた事をついに決断した。

(ボクだってベル君の力になるんだ!)

 見つけるだけ見つけておいたその『お知らせ』を握り締める。

「ベル君、クオン君」

「はい。何ですか、神様?」

「急で悪いんだけど、ボクは今夜……ううん、何日か留守にするよ。構わないかな?」

「えっ? 何かあったんですか?」

「いや、実は友人のパーティに参加しようと思ってね。久しぶりに皆の顔を見たくなったんだ」

 まぁ、今会いたいのはたった一柱なんだけど。その一柱は毎日忙しくしているから、こういう機会じゃないと会うだけでも一苦労だった。

「だったら遠慮なく行ってきてください。友達は大切ですから」

 笑って見送ってくれるベル君に、少しの後ろめたさを感じつつ……それと同時、何が何でもやり遂げるという勇気をもらう。

 頷いてから、念のため用意してあったバッグをひっつかみ、教会を後にする。

 まずはバイト先に。長期戦になるのは疑いないし、しばらくシフトを代わってもらわないと。いや、昼間のうちに念のため話はしてあるから最後の許可を取るだけだけど。

(待ってておくれ、ベル君!)

 気合充分に、ボクはオラリオの街を走り抜けた。

 

 …――

 

「しかし、友人のパーティねぇ」

 ヘスティアが置いていったその『お知らせ』を見やり、小さく唸った。

 それは『神の宴』の招待状だ。御大層な名前がついているが……まぁ、実際はその名の通りオラリオに棲む神どもが集まって騒ぐただの宴会だった。正直、これまで一体何度会場ごと焼き払ってやろうかと思った事か。

(まぁ、流石に今回はな……)

 ヘスティアが出向いた事を差し引いても、今回は手出し無用だった。

 何しろ主催者はあの仮面の男だ。

「そうか。もうそんな時期か」

 この時期にあの男が『神の宴』を開くとなると、目的は単なる暇つぶしだけではない。

 まぁ、それにヘスティアが関与しているとも思えないが……。

「どうかしたんですか?」

「いや、気にするな。それより、俺達も少し良い物でも食いに行こうか。まぁ、『神の宴』に出るような料理には届かないかもしれないがな」

 特にあの仮面の男が用意する物なら、どれをとっても逸品なのは疑いない。

 そういえば台所から密閉容器(タッパー)の類がいくらかなくなっているが……まさかあいつ(ヘスティア)はお持ち帰りをしてくるつもりだろうか?

(まぁ、それならそれで)

 食費も浮くし、冷めて日が経っていたとしても、そこらの屋台で買える物よりは美味いに違いない。……傷んでいなければの話だが。

(その辺りはヘスティアの目利きに期待だな)

 まぁ、それはそうと。今日の糧を求めて俺達は夜のオラリオへと踏み出していった。

 

 

 

 友人のパーティ――と、言うのはあながち嘘ではない。

 今回『神の宴』を主催する神とも面識はある。というか、無視できない程度には暑苦しい神だった。まぁ、下界に降りてきてからはお互いの派閥の規模が違いすぎる事もあってあまり接点はないんだけど……。

「本日はよく集まってくれた皆の者! 俺がガネーシャである! 今回の宴もこれほど多くの者に出席して頂き、ガネーシャ超感激! お前達愛してるゾウ!」

 言葉ごとに謎のポーズを決めながら、自前の大声で叫ぶ仮面の神。それがガネーシャだった。変わり者だけど……まぁ、悪い神ではない。変わり者だけど。

 どれくらい変わり者かと言えば、例えばこの建物。他ならぬ【ガネーシャ・ファミリア】の本拠地であり、オラリオの『観光名所』の一つだった。

 うん、確かに目立つし、何とも言えない感情を抱かせる建物だった。

 何しろ白亜の壁に囲まれただだっ広い敷地の中心に、像の頭をした巨人像がドーンと胡坐をかいている。その大きさは実に三〇M以上。

 威風堂々としたその姿は、確かに壮観かもしれない。

 今も無数の大型魔石灯に照らされている訳だし。

 でも、本当に恐るべきはそれが単なる彫像ではなく建物だという事だ。何を思ったか【ファミリア】の貯金をはたいて建築した巨大施設。それこそがここ『アイアム・ガネーシャ』だった。ちなみに、眷属達からは概ね不評らしい。

(そりゃそうだろうなあ)

 だって入り口とかよりによって股間の中心にあるし。

 さすがのボクだってちょっと入るのを躊躇った程だ。毎日出入りする眷属の心境はまさに泣く泣くといったところなのではないだろうか。

 まぁ、それはともかく。

「給仕君! 踏み台を持ってきてくれたまえ、早く!」

 外観と反して落ち着いた内装の大広間には純白の被覆布に包まれた元卓が並び、その上には色とりどりの料理や、瑞々しい果物が置かれている。

 これが大派閥の実力と言わんばかりだ。

 いや、当然か。何しろ、オラリオ中の神に招待状を配れるほどの規模を有しているのが【ガネーシャ・ファミリア】なのだから。

「あれ? ロリ巨乳来てるじゃん」

「っていうか、生きてたんだ?」

「バッカ、あいつはバイト頑張ってんだぞ?」

「マジでか?」

「おう。この前、客に頭撫でられてた」

「さすがロリ女神……!」

 まわりのアホ共が何か言っているけど、さっくり無視する。

 見渡す限りの料理や果物の中で日持ちしそうなものは持参したタッパーに。そうでないものは自分の口に詰め込む作業が待っているのだ。

 何しろ立食形式(タダメシ)。遠慮する必要なんてどこにもない。

「何やってんのよ、あんた……」

「むぐっ?」

 呆れたような声に振り返ると、そこには燃えるような赤い髪をした女神が立っていた。身に着けたドレスも真紅。線が細いながらも鋭角的な顔立ちはその意思の強さを雄弁に現し、耳に煌く黄金のイヤリングは炎のような美貌に力負けしていた。

 その美貌と同じくらい目を引くのは顔の右半分を覆う黒布の眼帯。そんな麗人――いや、麗神がそこに立っていた。

「ヘファイストス!」

 鍛冶の女神ヘファイストス。ベル君と出会う前――それこそ天界からの付き合いの神友。まさに親友と言える相手で……今日、誰よりも会いたかった相手だった。

 ただ――

「あら、ヘスティア。久しぶりね」

 その隣には何故だかボクの苦手なフレイヤと――

「おーい! ファイたん、フレイヤ、ドビチー!!」

 フレイヤなんかよりももっと大っ嫌いなロキまで集まってきて何だか散々だったけど。

 

 …――

 

「まぁ、ともかく。【ファミリア】結成おめでとう」

 紆余曲折在った末にロキとフレイヤを追い払ってから。

 会場の隅っこのテーブルにヘファイストスと二柱で陣取ると、彼女はそう言った。

「へへへっ。ありがとう、ヘファイストス!!」

「一時はどうなる事かと思ったけど……。まぁ、これで当面は行き倒れる心配はないかしら?」

「当然さ! 何てったってボクのベル君はとってもいい子なんだから!」

「まぁ、あんたの世話を甲斐甲斐しく見てる時点でよくできた子なのは間違いないでしょうけど。でも、まだLv.1の新人なんでしょ? あんたのとこは他に眷属もいないんだし、無理させるんじゃないわよ」

「分かってるって! とりあえずサポーターをやってくれる子はできたし、しばらくはその子に戦い方も教わるつもりだよ」

「サポーターに戦い方を? あんた、そんな大派閥と繋がりなんていつ作ったの?」

 サポーターに戦い方を教わる。そう言えば、神も子供たちも大体はヘファイストスと同じように思うだろう。つまり、大派閥の二軍としてサポーター『役』を務めている冒険者に手ほどきを受ける、と。

 そもそもサポーターとはぶっちゃけて言えば荷物持ちだ。中規模以下の【ファミリア】でサポーターをやっているのは未だLv.1に留まる平凡の冒険者か、もしくは冒険者としての素質に恵まれない専門のサポーターだ。どっちもベル君とそう大きく変わらない――とも言い難いけど。今のベル君だったらなおさら。

 まぁ、戦い方を教わるという意味ではまず向かない。けど、大派閥――それこそガネーシャのところとか、さっき出くわした二柱のところとかだと、場合によっては中堅以上の冒険者でもサポーター役を務める事があるらしい。具体的に言うと『深層』に挑む時なんかは。

 あんまり詳しくないけど、ヘファイストスが言うには『深層』だと、サポーターでもそれくらいのLv.がないと命が危ないどころの騒ぎではなくなるそうだ。

 とはいえ。『下層』や『深層』に挑めるような実力者なら、普通の冒険者から見れば文句なく一人前。戦い方を教わるにしても申し分ない相手となる。

「ううん。無所属(フリー)だって。本当の意味で」

 とまぁ、今回は全く関係ない話なんだけど。

「はぁ? 無所属(フリー)ならLv.0でしょ? 教わる意味あるの……っていうか、種族にもよるけど、サポーターとしても危ないんじゃ……」

「いやぁ、ボクも最初はそう思ったんだけどさ。これがめちゃくちゃ強い子でね。今日もウォーシャドウの群れを蹴散らしたんだって。それに、魔法だって使えるんだぜ? エルフじゃないのに」

「んんっ?」

 ベル君の怪我はもちろん、傷んだ武器まで直してくれるんだぜ――なんて言うと、ヘファイストスがなんか変な声を上げた。

 あ、そうか。鍛冶師のヘファイストスにとっては武器を魔法で直されたら困るのか。

「あ、でも。やっぱり専門家に手入れしてもらった方がいいとも言ってたよ」

 いや、これは言い訳とかじゃなくて本当に。

「自分の大剣……クレイモアって言ってたかな。それ見てそろそろ研ぎに出すかとか言ってたからね」

「ク、クレイモアですって……?」

 あれ? おっかしいな。ヘファイストスの顔が微妙に引きつってるんだけど。

 何か気に障るようなこと言ったかな?

「あんまり聞きたくないけど……。ヘスティア。試しにその子の名前を言ってごらんなさい。可能な限り小声で」

 言いながら、ヘファイストスは身体を乗り出し、イヤリングに飾られた耳をこちらに向けて来る。

「? 良いけど……」

 ボクも身体を乗り出して、そっと耳打ちする。

「クオン君って言うんだけど……」

 あ、あれ? 何でそんな眩暈を覚えたような顔するのさ?

「その子、いつも軽鎧の上から黒い長衣を着て、竜の紋章が施された盾を持ってる?」

「うん。あれ? ヘファイストスの知り合いなのかい?」

「まぁ、あんまり大きな声では言えないけど、顧客の一人ではあるわね」

 変な言い回しだった。ヘファイストスの【ファミリア】はオラリオ最大の鍛冶系派閥だし、顧客は沢山いる。クオン君がその中の一人だったとしても別に驚かないけど……。

(いや、むしろこれはチャンスなのではっ?!)

 これからするつもりの、我ながらちょっと『無茶なお願い』の足掛かりになるかも――

(いやいや! これ以上クオン君の力を借りてどうする?!)

 ボクだってベル君の力になりたいんだ。これ以上クオン君に頼るのはいけない。

「あんた、あの【正体不明(イレギュラー)】をどうやって捕まえたのよ? しかも、サポーター役をやらせるなんて……」

 なんて葛藤するボクをよそに、ヘファイストスが呻いた。

「有名なのかい?」

「思いっきりね。ギルド公認のLv.0。そうでありながら、【ロキ・ファミリア】の首脳陣と渡り合い、【フレイヤ・ファミリア】団長オッタルと互角に切り結び、果てはあの【古王(スルト)】を退けたっていうとびっきりよ。まぁ、他にギルドの非公式記録(アナザーレコード)として七〇階層突破したり、ゴロツキ揃いの【ファミリア】をいくつかのしたり……とにかく話題には事欠かないわ」

 もしロキやフレイヤ達にその事が知られたら確実に面倒な事になるわよ――と、ヘファイストスが怖い目をして言った。

「ロキのところともめたってのは本当だったんだ……」

「もめたって言うか、危うく全面戦争になるところだったみたいね。ロキのところともフレイヤのところとも」

「フレイヤのところとも?」

「もう気づいているかもしれないけど、彼は神嫌いなのよ。特に子供達を唆したり、誑かしたり、狂わせたり、害したりする神はね」

「あー…。なるほど、そりゃフレイヤともダメだね」

 何しろフレイヤは美の女神。子供たちなら一目見ただけで骨の髄まで『魅了(狂わ)』されてしまう。特にフレイヤはその力を使って、他の【ファミリア】から気に入った団員を引き抜く(誑かす)なんて事もしょっちゅうやっている。場合によっては派閥抗争(害すること)も厭わないとも。

「そう。ロキの方とは何か誤解とかすれ違いとか色々重なってたみたいで、まだギリギリのところで踏みとどまったけど。フレイヤのところとはすっかりこじれちゃってオッタルと一騎打ちする羽目になったってわけ」

「そりゃあ、クオン君も災難だったねぇ」

「どうかしら。本当に災難だったのはむしろ【猛者(おうじゃ)】……というか、冒険者だったと思うけどね」

「何でだい?」

「最初に言ったでしょ。彼はね、【猛者(おうじゃ)】と互角に切り結んだのよ。ギルドが公認するLv.0がオラリオ最強のLv.7と互角に渡り合っちゃ、他の子達は立つ瀬がないじゃない? ……まぁ、彼にのされた【ファミリア】の連中が腹いせにギルドに圧力をかけたってのも立ち合いが実現した理由の一つだし、そういう意味じゃ自業自得なんだけどね」

「何だか陰険だなぁ……」

「そりゃ否定しないけど……。まぁ、それでも結果だけを見ればどっちが見せしめにされたんだか分からないわね」

 嘆息してから、ヘファイストスはワインを一口呷る。

「互角に渡り合うくらいならまだ良かったんだけど、あれじゃね」

「まだ何かあったのかい?」

「あんた、うちにいたくせに本当に知らないの? ……まぁ、いいけど。彼と【猛者(おうじゃ)】の立ち合いは決着がつかなかったのよ。乱入があったせいでね」

「それはまた物好きがいたもんだね」

 それとも、フレイヤのところの他の子供が見るに見かねて飛び込んじゃったりしたのだろうか。

「物好きが先走ったくらいじゃ問題にならないわよ」

 そんなことを考えていると、ヘファイストスが呆れたように言った。

「乱入したのはさっきも言った【古王(スルト)】。こっちは知ってる?」

「『終炎の王(スルト)』? それならちゃんと知ってるよ。天界に伝わる『伝説』の一つじゃないか」

 終炎(しゅうえん)の王。その名をスルト。

 いずれ天界を焼き尽くすとも言われている……所謂『終末譚』に記された存在だった。

「いや、それは間違っちゃないけど……。そっちじゃなくて、五年前にオラリオで暴れまわった謎の怪人よ」

「謎の怪人? 冒険者じゃなくて?」

「人かどうかすら怪しいわね」

 ヘファイストスが言うにはその古王君は五年前に突如として現れ、有力な冒険者達に片っ端から喧嘩を売っては叩きのめしたらしい。

「骸骨めいた騎士甲冑と『神ですら抗えない炎』を纏った怪人。まぁ、暗黒期に斃れた冒険者や巻き込まれた住人、あるいは神々の怨霊なんて話も出たわね」

 まぁ、私達は地上で『死んだ』としても天界に送還されるだけだから、怨霊になんてなりようがないんだけど――とヘファイストスは小さく呟く。

 そっちはともかくとして、

「ボクらでも抗えないって……そりゃ、そうだろ。だって『神の力(アルカナム)』はすっかり封印してるんだし」

 ボクなんてそれこそ降りてきてすぐ、よりによって竈の火で火傷したくらいだ。

「いえ、例え天界でも結果は同じはず。私だって火の神よ。それくらい今でも分かるわ」

「…………」

 ヘファイストスの言葉に、思わず息をのんだ。

「ま、そんな(もの)を纏ってる時点で戦いにすらならないわね。実際、名だたる一級冒険者の誰もが満足に切り結ぶ事すらままならなかった」

 それでついた名前が【古王(スルト)】ってわけ。誰が最初に呼んだかは知らないけどね――とヘファイストスは肩をすくめて見せた。

「まぁ、それが本当ならそうだろうね」

 火の神(ヘファイストス)が『神の力(アルカナム)』を用いてなお抗えない炎なんて、それこそ終末譚に出て来る『終焉の炎』そのものだ。いくら『神の恩恵(ファルナ)』を得たところで、子供達がどうにかできるものではない。

「それで、その古王君が乱入したせいで立ち合いは有耶無耶になったって事かい?」

「立ち合いが有耶無耶になったのは事実だけど、勝敗はある意味明示されたわね」

 またしても話が見えない。首を傾げていると、ヘファイストスはあっさり言った。

「彼はね。【古王(スルト)】を退けたのよ。その炎に焼かれる事もなくね。勝敗としてこれ以上のものはないわよ」

 なるほど、それはそうかも――と、生ハムメロンにフォークを刺しながら納得する。

「まぁ、ギリギリ面目を保ったのは【猛者(おうじゃ)】本人くらいじゃない? 彼はまだ【古王(スルト)】と対峙する前だったはずだから」

「ふぅん」

 その辺りはあんまり興味もない。何となくベル君が抱いている純粋に強くなりたいって想いとは違うような気がするし。

「それで、ヘファイストスは何で知り合いなのさ?」

「あんた、私の仕事忘れてない?」

「あ、なるほど。でも、どういう繋がりなんだい。あの子、【ファミリア】に入ってないんだろ?」

 ヘファイストスの【ファミリア】は鍛冶系派閥の最大手だ。だから……まぁ、ぶっちゃけた話、その製品はどれも高額だし、研ぎに出すだけでも結構な額がかかる。だから、お客さんもそれなり以上に腕の立つ冒険者がほとんどだ。

 まぁ、それに見劣りしないだけの実力者らしいけど……主神であるヘファイストスと直接知り合うだけの伝手になるかと言われるとちょっと疑問だった。

「それこそロキとの一件のおかげとしか言いようがないわね。まぁ、他の顧客からも話は聞いてたけど」

「それで?」

「気づいてないの? 彼の武器はどれも『伝説の武器(私の作品)』並みよ。あんなのを手入れできるのは、オラリオでも私かゴブニュくらいなものだわ」

「う……。やっぱりそうか」

 まぁ、ベル君にくれた剣も貸してくれた剣も少しとは言えその鱗片が見える訳だし、クオン君自身が使う物がそれ以上でも驚くほどではないのかもしれない。

「でも、なんか不満そうだね?」

 珍しい。オラリオの中でも屈指の神格者と言えるヘファイストスだけど、最初は地上の鍛冶師に興味を覚えて(娯楽に飢えて)降りてきたはずだ。そんな武器が地上にあるなら目を輝かせてもおかしくないはずだけど……。

「見ごたえもやりがいもあるけど……。私が選ばれた理由ってのがどうもね」

「どんな理由なんだい?」

「『どうせ神に任せるならせめて美人の方がいい』ですって。失礼しちゃうわ」

 職人気質なヘファイストスは鍛冶の腕とは関係ないところで選ばれたのが不満らしい。

「あー…。うん、それは言いそうだね」

 神嫌いと言うのを差し引いても。だって、ゴブニュはそれこそ職人気質がそのまま形になった渋い男神だし。

 うん、ベル君に英才教育(せんのう)を施したのはお祖父さんだけじゃなく、クオン君も一枚噛んでいる気がしてきたぞ。

(でも、イメージ的には【ゴブニュ・ファミリア】の武器の方が好きそうだけどなぁ)

 ボクとしてはヘファイストスのものが一番だと思うけど……まぁ、それはともかく。

 知名度や派閥規模こそ劣るものの、【ゴブニュ・ファミリア】製の武器の品質は【ヘファイストス・ファミリア】製に勝るとも劣らないと評判だった。そして、その多くが主神と同じく質実剛健、実用性一点張りの武骨で通好みの代物だと聞いている。そのせいか――あと、多分単純にお値段的な意味でも――主な客層は熟練の冒険者に多いとも。

 一方で【ヘファイストス・ファミリア】は優れた実用性はそのままに、どことなく芸術品めいた美しさを有しているものが多い。こっちもお値段的な理由で客層とは言い難いけど、駆け出し冒険者達が憧憬の眼差しでショーウィンドウを眺めているというのは珍しくなかった。……実はベル君もその一人なんだけど。

 まぁ、そうは言っても。

 もちろん、必ずしも当てはまるものじゃない。

 何となくそういう傾向があるような気がするなー、くらいのものだ。

 それを踏まえて。そういう差を感じるのがヘファイストス(女神)ゴブニュ(男神)の違いなのかな?――と、いうのがボクの個神的な感想だった。

 で、クオン君はそういう武骨な武器の方が好きそうなイメージがある。剣なんてよく切れればそれでいい、くらいの事は言いそうだし。

「それで、いったい彼をどうやって捕まえたわけ? もめた派閥も多いけど、勧誘しようとした派閥も多いのよ。まぁ、全部袖にされた訳だけど」

「いや、捕まえたって言うか……」

 一応言葉を探しては見たけど、やっぱり他に言いようがない。

「何かね、ベル君の村の救世主みたいなんだ。コボルトの群れから救ってくれたとか言ってたよ」

「まぁ、『外』のコボルトなんて相手にもならないでしょうけど……」

「うん。で、それからしばらく一緒に過ごしたらしくてね。一昨日たまたま再会して、そのまましばらく面倒見てくれる事になったんだ」

「一昨日、ね。そりゃまた意味深だわ」

「何でだい?」

「一昨日、酒場でロキのところとまたもめたらしいわよ。詳しくは知らないけど、絡んできたLv.5を軽々叩きのめしたとか」

「うわぁ……。それは何て言うか……」

 ベル君と無関係じゃなさそうな感じ。

「そんなに仲が悪いのかい?」

「ロキとの相性はお世辞にも良いとは言えないわね。まぁ、天界にいた頃だったらフレイヤに匹敵するくらい最悪だったでしょうけど」

 ロキはあれで随分と丸くなったらしい。天界にいた頃は退屈しのぎに他の神に殺し合いを仕掛けたりしたとか何とか。

「他の子達とは? 例えばヴァレン何某とか」

 いや、別に味方につけられるかもとか思ってないよ。ただ純粋に心配してるだけだよ。

 本当だとも。ボクカミサマダモノウソトカツカナイヨー。

「【剣姫】と? まぁ、原因の一つだったらしいけど、今はそんなに悪い関係でもないみたいよ。あの子はうちの顧客じゃないからあまり詳しくは知らないけど、何か一方的に目標にされてるみたいね。彼は辟易してたけど」

「チッ!」

「……あんた、さっきからどうしたの?」

「ほ、他の子とはどうなんだい?!」

「あんまり他所の派閥の内情を教える訳にはいかないんだけど……。まぁ、ここで黙ってて何かあっても寝覚めが悪いし、少しだけよ」

 そんな前置きをしてから、ヘファイストスは改めて声を潜めて続けた。

「他に良好と言っても良い関係を保っているのは、【九魔姫(ナイン・ヘル)】……副団長のリヴェリアと、Lv.4のラウルって子みたいね。特にラウルって子とは二人で飲みに行ったり、繁華街で豪遊したりしてたみたい。【九魔姫(ナイン・ヘル)】は……まぁ、面倒事を払いのけてくれた(仲裁してくれた)恩人だって彼は言ってたけど」

「確か美人なんだよね?」

「まぁ、王族(ハイエルフ)だしね。神々も羨む美貌ってのは伊達じゃないわ」

 絶対それが理由だと思う。例え言葉になんてしなくても、ヘファイストスも同じ事を思っているのが分かる。

「逆に相性が悪いのは【凶狼(ヴァナルガンド)】辺りね。あくまで私の予想だけど、一昨日彼に絡んだっていうLv.5はこの子なんじゃないかしら」

「何かあったのかい?」

「この子だけと特別何かあったって話は聞かないけど……まぁ、何かとトラブルを起こしやすい子だし、その辺りが影響してるのかもね」

「喧嘩っ早いってやつなのかな?」

「さぁ。悪い子じゃないってロキは言ってたけどね」

「ふぅん。他には?」

「あとは【怒蛇(ヨルムンガンド)】辺りには気を付けておいた方がいいかもね。団長にぞっこんらしくて……」

「あー…。恋する女の子ってやつだね?」

 うん。それは危ない。恋する乙女は神だって殺しかねない。いや、そういう物語を読んだ事があるだけなんだけど。

「まぁ、そんなとこよ。肝心の団長は……どうかしらね? 彼個人がどう思っているかはともかく、派閥としてちょっかいを出す気はないんじゃないかしら」

 こう言っちゃなんだけど、割に合わないでしょうからね――と、小さく呟く。

「あとは、古参メンバーの【重傑(エルガルム)】だけど、彼も表立って険悪な関係って訳じゃなさそうよ。もちろん、『いずれ一矢報いてやる』くらいの事は思ってるでしょうけど。【大切断(アマゾン)】もそんな感じみたいね」

 むしろそれくらいの気概がなければ、大派閥の第一級冒険者なんてやってられないわ――と、ヘファイストスは肩をすくめた。

「まぁ、こんなところね。知り合いってだけの理由であんたの眷属に絡むとは思えないけど、一応注意だけはしておきなさい。ロキのところの子供達ならまだそう言う分別もあるでしょうけど、そうじゃない【ファミリア】も多いわよ」

「うむむ……。そこまで悪い子じゃないと思うんだけどなぁ」

 いや、ボクらに敬意とかはこれっぽっちも抱いてないけど。ボクに対して凄く奥手なベル君と足して二で割ればちょうどよくなりそうな感じだ。

「そりゃ、否定しないけどね。でなければ流石に剣を研いだりしないわ。でも――」

 だいぶ深刻に訳アリよ、彼は――と、ヘファイストスは言った。

「ま、私から言えるのはこんなところね。興味があるならギルドに行くか、ガネーシャにでも聞きなさい」

「ガネーシャに?」

「治安維持を請け負ってる派閥よ。知らない訳ないじゃない。むしろ個人的に繋がりを持って、厄介事請負人(トラブルコントラクター)的な扱いをしてたくらいだし」

「そういえば、ガネーシャのところに知り合いがいるって言ってたっけ……」

 やっぱり追われたせいでできた縁じゃないか。いや、確かに否定しなかったけど。

「そういえばガネーシャのところの団長も綺麗な子らしいね?」

「ええ。そうね」

 皆まで言うまい。

 でも、ベル君の英才教育(せんのう)にクオン君が一枚噛んでいるのはもはや疑いなかった。

「ま、別の意味での心配には事欠かないけど、戦い方を教わる分には申し分ないでしょ。どうせならしっかり鍛えてもらいなさい」

 そう言うとヘファイストスは残ったワインを一息にあおった。

 話はここまで。そういう事だろう。

「それで、あんたはこれからどうするの? もう帰る?」

 残るなら、久しぶりに飲みに行かない?――と、ヘファイストスのそんな言葉に、最後の覚悟を決めた。

「実はヘファイストスに頼みたいことがあるんだ」

 とう!――と、ばかりに神友のタケミカヅチから教わった『最終奥義(土下座)』を発動する。

「ベル君に武器を作って欲しいんだっ!」

 そしてここから、ボクの長い戦いが始まった。

 

 

 

「神様、今日は帰ってきますかねぇ」

「さぁて。どうだろうなぁ」

 ヘスティアが『神の宴』に行って二日目。

 本日の稼ぎを終えた俺達は、のんびりと地上に向かって歩いていた。

 まだダンジョン部分ではあるが――まぁ、どのみち出口は一つだ。この辺りまで来れば、同じく稼ぎを終えた冒険者達が方々からぞろぞろと集まってくる。

 モンスターどもは狂暴かもしれないが、かといって死にたがりではない。これだけ人が集まっている――しかも、この辺りに出現するモンスターよりは腕の立つ者が多い――場所にのこのこと近づいてくるのは稀だ。

 大体、一階層の広さはそこまででもない。今この瞬間で言えば、下手をするとモンスターよりも人間の方が多くこの階層に存在している事すらあり得た。そんな状況なら街中を歩いていて馬車に轢かれないように気を付ける程度の警戒で済む。

 それこそ、気の早い冒険者達は今夜飲みに行く店の相談を始めているほどだった。

 その流れに乗って進むと、程なくバベルの最下層に到達する。

(あ~…。なるほど)

 道理でいつもに増して混んでいる訳だ。そこに広がっていた光景を見て納得する。

 ダンジョンの入り口となる大穴。その脇にはいくつものカーゴが置かれていた。

 まぁ、それだけならどこぞの【ファミリア】が遠征に行っていたというだけの話なのだが……。

「うわ?!」

 同じようにカーゴを眺めていたベルが小さく悲鳴を上げた。

「今、あのカーゴ動きましたよ!?」

「そりゃ動くだろ。中身はモンスターだろうし」

「モンスター!? 何でこんなところに……」

「そろそろ怪物祭(モンスターフィリア)の時期だからな」

怪物祭(モンスターフィリア)?」

 答えてやると、ベルが首を傾げた。

「ヘスティアから聞いてないか? オラリオで毎年やってる祭りなんだ。それもかなり大規模な」

「お祭りとモンスターにどんな関係があるんですか?」

「それはもちろん、祭りに使うからだよ」

 肩をすくめてから、説明を続ける。

 と言っても、俺もこの街で過ごしたのは精々一年程度。全ては受け売りの知識でしかないが。

「使うって……。闘技でもするんですか?」

「そういうのが見たければ繁華街に行け。あそこなら対人から対モンスターまで一通りやってる。うまく目利きができれば小遣い稼ぎにもなるぞ」

 俺もここで『目覚めて』すぐは随分と世話になった。……まぁ、賭けるのではなく実際に戦う側だったが。

「とはいえ、闘技というのも全く間違いじゃないな。簡単に言えば、ああやって捕まえてきたモンスターを調教(テイム)して見せるのさ」

「調教ってモンスターを? そんな事ができるんですか?」

「俺も詳しくはないが、技術として確立しているらしい。いや、素質に依存する部分も多いらしいがな」

 そういう意味では、まだ発展途上の技術だとも言えよう。

「理屈で言えば、自分の方が『格上』だと認識させることで従順にさせる……まぁ、普通の獣使いと同じだな」

「獣使いってサーカスの? いえ、そっちも直接は見た事はないですけど」

 お祖父ちゃんに聞いただけで――と、ベル。

 まぁ、あの爺さんだったら知っているだろうが。あるいは、こちらについても。

「俺もあまり縁がないな」

 何しろ不死人だ。人が集まるような場所になんてのこのこと近づいたら、良くて不死院送り、悪ければバラバラにされて無理やり埋葬される。そして、そうなる前は旅から旅への放浪者だ。精々、旅の途中で出くわした事があったかどうか。

「ただ、普通のサーカスとは少し違うだろうな。普通のサーカスの獣使いは事前に調教を済ませているはずだ」

「その怪物祭って言うのでは違うんですか?」

「ああ。こっちは調()()()()()()を見せるのさ。つまり、モンスターが人に従順になっていく様を」

「ああ、だからある意味闘技なんですね?」

「そういう事だ。例外もあるらしいが、基本的には取っ組み合わない事には始まらない」

 まぁ、聞く限りだとごく稀だが純粋に懐かせる人間もいるらしい。素質云々という話はその辺りからも来ているのかもしれない。

「でも、危なくないです?」

「主催している【ガネーシャ・ファミリア】の連中は腕がいいからな。今のところ死人が出るような大事故はないらしい」

 今のところ、と言っても始まってまだ五年しか経っていないそうだが。

 五年と言えば、俺がこの時代に迷い込んでから過ぎた期間と同じだ。もっとも、俺の場合、目覚めた時点で年の瀬間際だったので、ほぼ四年と言うべきだろうが。

「ちなみに調教(テイム)という技術は【ガネーシャ・ファミリア】の特権って訳じゃない。他の派閥にもできる奴はいるそうだが……まぁ、地上のモンスターを相手にするのが一般的らしい。それこそ、危ないからな。それをダンジョン生まれの、それも『中層』やら『下層』のモンスター相手に成功させ、あまつさえその過程を見世物(ショー)にできるって時点で【ガネーシャ・ファミリア】の技量が群を抜いている証左になるだろう」

「はぁ……。でも、モンスターをわざわざ地上に連れ出すなんて……」

「気にするな。ギルドも公認の催し物だよ。ほら」

 カーゴの周りをうろついている連中を指さしてやる。

「あ、エイナさん……」

 象の紋章を刻んだ装備を纏う冒険者に混ざってギルド職員もうろうろしている。

 エイナも目録と思しき書類を片手に団員と言葉を交わしていた。

「でも、何だってこんな催しをするんでしょうね?」

「それはこの街の構造上の問題だな」

 いや、それを最大限に活用している俺が指摘するのもなんだが。

「構造上の問題?」

「要するに、この街じゃ最終的に腕っぷしが物を言うのさ。加えて、それが許容される地盤がある」

 そのおかげで、俺も割と自由にやらせてもらっている。

 いや、その対価にあの爺さんやら仮面の男に面倒ごとを持ち込まれもしたが。

「許容される地盤、ですか?」

「ああ。この街の基幹産業は言うまでもなく魔石製品だ。それを各地に売りつける事で莫大な利益を生み出している。と、これは言うまでもないな」

「はい。街中に魔石灯があって夜も明るいから驚きましたよ」

 それは確かにそうだろう。ここだと捨て値で取引されているような安物の魔石製品ですら、ベルの故郷では高価な貴重品になる。

「ああ。では、その原材料はどこから来るか。これも言わなくても分かるな」

「ダンジョン、ですよね?」

 魔石に限らず加工するための特殊な素材の多くがダンジョンで産出されている。

「となると、今度はそれを誰が採取してくるかだが……」

「それはもちろん冒険者ですよね」

「ああ。俺達もその一員だ」

 今日の稼ぎが詰まった布袋を一つソウルから取り出して、軽くお手玉する。

「基幹産業の根っこを支えている冒険者は腕っぷしも立つし、ギルドからも目こぼしされやすい。公的なものとも言い難いが、支配階層にいると言っていいだろう。冒険者の街ってのはそういう構造を皮肉ってもいるのさ」

「はぁ……。で、でもギルドって【ファミリア】の管理もやってるんじゃ……」

「確かにやってはいる」

 ベルの言葉に頷いてから、問いかけた。

「ところで、魔石製品の輸出を取り仕切っているのはどこかだが知っているか?」

「それは、ええっと……。商会、ですか?」

「実際に捌いているのはそこだが、原材料(魔石)採取地(ダンジョン)を押さえているのはギルドだ。さらに、採取要員である冒険者もな。迷宮都市という特権の恩恵を一番受けているのは、何の事はない。ギルドの連中なのさ」

「はぁ……?」

 いまいちピンとこないらしく、ベルが曖昧に呟く。

 いや、俺の説明が悪いのか。教導師の真似事をするのも楽ではないらしい。

「ギルドが受け持つのは主にオラリオの都市運営、冒険者および迷宮の管理、魔石の売買の三つ。この中でギルドを潤しているのが冒険者、正しくは【ファミリア】からの徴税と魔石の売却による利益だ。お前の愛しのエイナちゃんの給与もここから捻出されている」

「い、愛しのって! そ、そりゃエイナさんにはこの街に来てからずっとお世話にはなってますけど、別に僕はそういう訳じゃ……?!」

「釣った魚にもちゃんと餌をやらないと駄目だぞ?」

「だから違いますって?!」

 ひとしきりベルを弄り倒してから、話を続ける。

「まぁ、何が問題かと言えば、ギルドは金の出所を冒険者に依存してるって事だ。管理するなんて言ったところで、言葉ほど強気には出れないのさ」

 実際、【ファミリア】間――もっと言えば冒険者同士の問題に関して、ギルドはほとんど介入しない。するとすれば、それは都市機能や都市運営に大きな影響を及ぼすと判断した時だけだ。

「は、はぁ。それは何となく分かりますが……」

「さて、そうなると問題となるのは冒険者だ。冒険者と言えば耳触りは良いが、実際はならず者や無法者どもが大半さ。お前だって思い当たる節くらいはあるだろう?」

 それそこヘスティアに拾われるまで、あちこちの【ファミリア】を巡ったという。性質の悪い連中の一人や二人は見ているだろう。

 実際、気まずそうにベルは視線を泳がせた。

「そういう連中がギルドが強気になれないのを良い事に住民相手に威張り散らしてる。そのせいで、冒険者に対する不満は割と慢性的に蔓延している訳だ。威張り散らしているだけならまだしも、実害も出るからな。しかも、それに下手に文句を言おうものなら物理的な報復すらもあり得る」

 詳しくは知らないが、何でもどこかの花屋を突然壊滅させた事もあるらしい。やらかしたのは【ソーマ・ファミリア】だったか。

 連中とは何度かやりあった事がある。いや、その派閥そのものとではなく、他の派閥に金で雇われた数合わせとしてだが。

「まぁ、普通ならそれこそギルドが取り締まるべきなんだが……ギルドとしては大事な金づるを手放したくはない。住人と冒険者がもめた場合、便宜を図られるのは概ね冒険者の方なのさ。冒険者連中は街の守護者気取りだが……さて、実際はどうだか」

 カーゴを見て、馬鹿な催し物だと嘲笑っている冒険者共を見やりながら告げる。

 神の血に酔った愚か者ども。名声を得て、賞賛を浴びる者がいるのは事実だが、悪名を流し、憎悪をかき集めている者も多い。それもまた厳然とした事実だ。

「ま、そうなれば治安への不満が高まるのは言うまでもない。都市の運営も担うギルドとしてはまるっきり無視もできなくなってくる。冒険者の街なんて言われたところで恩恵を持たない市民の数は人口の半数近くを占めているんだ。そこに恩恵を受けていても『冒険者』とは言い難い連中も足せば、な」

「冒険者とは言い難い連中、ですか?」

「一口に【ファミリア】と言っても、中身は千差万別だ。分かりやすいところで言えば、お前もよく知る【ヘファイストス・ファミリア】は鍛冶系派閥、【ミアハ・ファミリア】は医療系だろう? まぁ、この辺りは素材欲しさにダンジョンに向かう連中もいるから、武闘派もそれなりに在籍しているだろうが……まぁ、基本的に地上だけで完結する農業系派閥辺りになるとどうしても、な。身体能力はともかく戦闘経験の差は大きい」

 連中が相手にしているのは、基本的に外のモンスターだ。だから、そこそこ腕に自信がある『冒険者』が敵となった場合、あるいはLv.差すら超えてねじ伏せられかねない。

 ……と、一部では言われているものの。

 少なくとも『火の時代』において、敗軍の兵士達が最も恐れたのは周辺の農民達だった。

 日々の農作業で鍛えられた農民は、その気になれば()()()()()騎士達を殺して装備を剥ぐ事すらも可能なのだ。この時代でも『神の恩恵(ファルナ)』を得ている以上、下手に侮ると思わぬ敗北を味わう羽目にもなるのではないだろうか。

 こう、ざっくりと()()()()たりとか。

 ……俺が昔、輝石街ジェルドラ辺りでやられたように。

「だが、この辺は市民生活とより密着している。まぁ、例えば葡萄酒(ワイン)みたいに日持ちする形に加工した後ならともかく、そうでないものはオラリオ内で消費されている量の方が多い。ヘスティアがバイトしている屋台で使ってるじゃが芋も、元を辿ればどこかの農業系派閥に行きつくはずだ」

 可能性としては最大手の【デルメル・ファミリア】辺りか。主神のデルメルも悪い噂は聞かない。……いや、神の悪い噂と言うのはよほどの事がない限り派閥内から流れて来る事はないので、あまり当てにはならないが。

 ただ、ヘファイストスやミアハ、ガネーシャたちは揃ってデメテルという神を神格者だと評価していた。ならば、それなりに善良な神なのだろう。

「ま、冒険者だって人の子だ。この辺りにそっぽ向かれたらたちまち干上がるはずなんだが、暴れる連中はその辺りの事をほとんど考えていないな」

 冒険者が愛用する携行食料も、その大半は農業系派閥から卸された食材をもとに一般市民が生産している。もしも総出でそっぽ向かれれば補給すらままならなくなる。

 俺には――回復薬系に波及しない限り――関係ない話だ。

 しかし。冒険者連中にとっては文字通りの死活問題となるはずなのだが……。

(まぁ、遠征と言えるほど深く潜れない連中ばかりなのかもな)

 とはいえ。そうでなくとも、普段から口にしている食料も彼らが関係している。

 冒険者(戦闘馬鹿)だけが残ったところで、この街そのものが立ち行かなくなるのは明白だった。

「話を戻すが。ギルドだって都市運営を司ると謳っている以上、そういう連中の不満は放っておけない。しかし、大切な金づるの冒険者を締め上げてそっぽ向かれるのも困る。で、派手な催し物を開いてガス抜きすると共に多少の特需を生み出し、都市運営への不満から目を逸らさせようとしている。いわばパンと見世物ってわけだ」

 その辺の冒険者が吐き捨てた言葉をそのまま利用させてもらう。

「と、ここまでが建前……いや、一般的な見方だな」

「え? じゃあ違うんですか?」

「この街の構造上の問題やら何やらについてに聞いているなら、否定しておく。が、怪物祭の目的……いや、これが持つ意味って事ならその通りさ」

「じゃあ、どんな目的なんですか?」

「そいつは秘密だ。まぁ、お前ならいずれ触れる機会も巡ってくるかもな」

「は、はぁ……?」

「そんな顔するなって。何も意地悪をしようってんじゃない。まだその時じゃないってだけだ」

 不満そうな顔をするベルの頭に手を乗せてから続ける。

「今言えるとしたら……そうだな。主催しているのは【ガネーシャ・ファミリア】だって事だ。つまり、主神であるガネーシャの意向でもある」

「ガネーシャ様の、ですか?」

「ああ。どういう神か知っているか?」

「【群衆の主】って呼ばれてるとてもいい神様なんですよね。あと、オラリオの治安維持にも務めているって聞いてます」

「ああ。大層な変わり者でもあるがな」

 苦笑と共に頷いてから、

「じゃあ、あの男が言う『群衆』ってのはいったい何処までが含まれるんだろうな?」

 それだけを告げる。

「え?」

 きょとんとするベルに小さく笑って見せてから、

「それはそうと。お前、どうして【ガネーシャ・ファミリア】には入らなかったんだ?」

 話を変えた。

 これ以上はベルにはまだ少しばかり早い話だった。

 特にまだ駆け出しのベルにとっては致命的な『猛毒』になりかねない。

「えっ?」

「いや、ヘスティアが悪いって言いたいわけじゃないんだが……」

 怪訝そうな顔を浮かべたベルに、先にそれだけは告げてから、

「確かにあそこは治安維持活動の方が目立つが、ここで一番多くの上級冒険者を抱えた大派閥だ。ダンジョンの攻略にも相応に力を入れている。冒険もできるし、人にも感謝されやすい派閥だからお前向きだったんじゃないかと思っただけだ。それに、お前だったら門前払いされる事もないはずだが……」

 あそこが有無を言わさず門前払いするとも思えないし、ベルの善良かつ純朴な性格なら受けもいいはずなのだが。

「いえ、僕も勧められたので一応ホームは探してみたんですけど……」

 少し落ち込んだ様子でベルは言った。

「教わった場所にホームがなくて。いえ、立派な彫像はあったんですけど……」

「あ~……」

 今度は俺が居た堪れない気分になる番だった。

「それってあれだ。象の顔して胡坐かいた巨人像だろ?」

「ええ。何でも有名な観光名所みたいで……」

「いや、そこがホームだ」

「はい?」

「その彫像っぽいのが連中のホームだ。あれ、ああ見えて建物なんだ。恐ろしい事に」

 さらに恐ろしい事に出入口は何と股間にある。

 お前、どっちかと言えば出し入れする方だろうが、とは流石に口が裂けても言えない。

「ええええっ!? あ、あの立派な巨人像が建物なんですかっ!?」

「ああ。何でもあの男の趣味らしいんだが……」

 相変わらず神の考える事はよく分からない。その一点に関して言えばあの仮面の男も例外ではなかった。

「ちなみに。色々縁があって何度か中に入った事があるが、内装の方はかなりまともだった。そこは安心していい」

 もちろん全域を見回したわけでもないが――見た範囲では落ち着いた造りで、俺から見ても上等だと分かる代物だった。

 ……いや、留守にしている間に代わっている可能性も充分にあり得るが。

「は、はぁ……」

 驚愕の表情を浮かべたまま、ベルが曖昧に唸った。

「しかし……。そうか、ヘスティアはあの男の趣味に救われたのか……」

 帰ってきたら教えてやろう。きっと微妙な顔をするに違いない。

 それそこ、今のベルのような。

「ま、まぁ。おかげで神様に会えましたし、今さら後悔なんてしませんけど……」

 だが、釈然としない思いも少しくらいはあるらしい。微妙な顔のままベルは言った。

「ま、後悔していないならそれでいいだろう?」

「そうですね」

 軽く笑いあってから、地上に戻る。

「さて、さっさと換金して帰るとしようか」

「はい! クオンさん!」

 

 …――

 

「さて、と。それじゃ買う物を買って帰るとするか」

「そうですね」

 今日も――実はエイナさんの言いつけを破って――六階層を探索。ウォーシャドウの群れを相手にしたおかげで、結構な額を稼ぐ事ができた。

「ヘスティアが戻ってきて【ステイタス】の更新ができればそろそろ七階層が見えて来るんだがな」

「な、七階層ですか……」

「ああ。あそこの蟻どもは探す手間が省けるからそれはそれで楽だ」

 七階層の蟻。エイナさんにモンスター図鑑を精読させられたおかげで、何を指しているかはすぐに分かった。

『キラーアント』。その名の通り蟻型のモンスター。

 その外殻は鎧のように堅く、ゴブリンのような低級モンスターとは比べものにならない攻撃力も併せ持つ。そのため冒険者の間では『新米殺し』と呼ばれている。

 何より恐ろしいのは、ピンチに陥るとフェロモンを発し仲間を呼ぶ事だ。素早く確実に仕留めなくては、あっという間に取り囲まれてしまう。

「この稼業を長く続ける気なら、集団相手の生き残り方は早めに身に着けておいた方がいいぞ?」

 つまり、生き残るには『新米』を卒業できるだけの充分な実力が要求されるわけだ。

「そうですね。やってみます」

 今はクオンさんがいるおかげで割と後先考えずに突っ込んで行けているけど、いつまでもそれに頼り切りという訳にはいかない。

(今のところクオンさん以外とパーティは組めないしなぁ)

 何しろ神様の眷属は僕しかいない。

 かと言って――今のところは何も言わないけど――クオンさんも何かこの街でやる事があるみたいだし、いつまでも頼り切りではいられない。

「ま、武器だな。まずは」

「う……」

 新しく借りているショートソードは、無くしてしまった剣と比べてもそこまで見劣りしない。けど、僕自身が持っている武器は相変わらずギルド支給の短刀のみ。さすがにこれでキラーアントと戦うのは辛そうだった。

「整備費分貯蓄に回せてるんだ。もうじき新しいやつが買えるだろうさ」

「そ、そうですね」

 武器や防具の整備はクオンさんの『魔法』に任せていた。そのおかげで、その分だけ貯蓄に回せている。まだ新しい武器を買うには心もとないけど、このまま貯められるならそう遠くないうちに新しい武器が買えるかもしれない。

 まぁ、このショートソード並みの切れ味がある武器を、とは言えないだろうけど。

 と、そこで――

(いいなぁ……)

 武器が飾られているショーウインドウが目に留まった。飾られているのは一振りの短刀。まだ売れていないことにちょっとだけ安堵を覚える。

 最初に見かけた時から気になっているけど――まぁ、多分僕が買えるようになる前に誰かに買われてしまうのは間違いない。

 だって、お値段八〇〇万ヴァリス。今の僕の収入だと、毎日欠かさずダンジョンに行って、さらに全額丸々貯蓄できたとしても四年以上かかる。

 うん、無理だ。

「おお、ベルではないか!」

 ちょっと凹んでいると、誰かに名前を呼ばれた。

「あっ、神様!」

 と、言っても神様――ヘスティア様じゃない。

 群青色の髪に美麗な目鼻立ち。僕よりずっと高い目線。灰色の質素なローブを着ていてなお貴公子然としたそのお方はミアハ様。

 バベルでクオンさんが例に挙げた医療系派閥【ミアハ・ファミリア】の主神で、ヘスティア様とも仲がいい。そのご縁で、僕も親交がある神様だった。

「こんばんは、ミアハ様。お買い物ですか?」

 ミアハ様は大きな紙袋を抱えていた。中身は調剤の材料だろうか。

「うむ。夕餉の買い出しだ。ベルはどうした?」

「僕はダンジョンの帰りです。あと、ちょっとお店を見ていました。……まぁ、お金がないので本当に見てるだけですけど」

「ふははっ! お互い零細【ファミリア】だと苦労するな」

 ミアハ様は気持ちよく笑う。

 明朗な人柄――いや、神柄もさることながら、その笑顔だけ見ても魅力的で、同じ男である僕でも思わず見惚れてしまいそうだ。

「ところで、ミアハ様。ヘスティア様をご存じありませんか? 二日前に友人のパーティに出席されてから帰ってきていないんです」

「ヘスティアが? ふむ、そのパーティというのはガネーシャが開いた『神の宴』であろうが……ううむ。すまない。私は参加していなくてな。顔を出していれば何か分かったかもしれんが。力になれなくてすまんな」

「いえ! そんなことは!」

 その言葉に慌てて手を振っていると――

「ベル、どうかしたか?」

 クオンさんが戻ってきた。

 そう言えば、つい見とれて立ち尽くしたままだった。

「って、ミアハじゃないか」

「おお、その声はもしやクオンか。戻ってきているとは聞いていたが……」

「ああ。半月ばかり前にな」

 深く被っていたフードを外し、クオンさんは笑って見せた。

 どうやら顔見知りみたいだけど……いつもの黒衣じゃない上に、いつも通り目深くフードを被っていたからか、流石の神様も分からなかったらしい。

「あれ? 師匠、ミアハ様とお知り合いですか?」

 ちょっと意外かも。だってクオンさん、神様嫌いだし。

「ダンジョンを進むなら回復薬の一つもなければやってられないからな。それはもちろん世話になったとも。……それに何故だか俺を目の敵にする【ファミリア】が多くてな。商売に応じてくれるところはそれだけで希少なんだ」

「あ~…」

 うん、何となく分かるかも。

 あのエイナさんですらクオンさんを紹介した時は顔を引きつらせていたし。

 何でも【正体不明(イレギュラー)】がどうとか。

「なに、代わりに珍しい素材を分けてもらった。お互い様という奴だ。しかし、ベルの師匠とは?」

「いや、そんな大げさなものじゃない。ベルは知り合いの孫でね。今、少しばかりサポーターの真似事をしてるんだ」

「ほう? かの高名な【正体不明(イレギュラー)】がサポーターとは……。よほど将来有望と見えるな、ベル」

「い、いえ。そんな……」

 いや、クオンさんがオラリオで有名らしいのはもう分かっていたけど――この分だと、思っている以上に有名人なのかもしれない。

 ……今度エイナさんにゆっくり聞いてみよう。

「ああ。乞うご期待ってところだ」

 心に決めていると、クオンさんまでがそんな事を言い出した。

 いやまぁ、もっと早く強くなりたいと思っているのは確かだけど……そんな風に言われると、つい尻込みしてしまう小心者な僕だった。

「ところで、引っ越したそうだが何かあったのか?」

「うむ。少し、な……」

 クオンさんが問いかけると、ミアハ様が言葉を濁した。

「まぁ、深くは聞かないが……。ああ、そうだ」

 言いながら、クオンさんは右手をかざすと、そこには瓶が一本現れる。いつもの『スキル』だった。中身は水のようだけど……、

「まぁ、何はともあれ転居祝いだ。好きに使ってくれ」

「これは?」

「カドモスの泉水。お前ならいくらでも使い道はあるだろう?」

「カドモスの……! 本当に良いのか、こんな高価なものを?」

 どうやらただの水ではなく、迷宮資源のようだった。

「構わないさ。どうせ俺が持っていても水割りに使うくらいしか使い道がないからな。その代わり、これからもベルを御贔屓に頼む」

「ふははっ。それは言われるまでもない。何しろヘスティアともども良き隣人だ」

 うむ、と頷いてから、ミアハ様は懐から深海のように濃い青色の溶液に満ちた二本の試験官を取り出した。

「では早速だが、調合したてのポーションだ。これの代金にもならないがな」

 クオンさんが渡した瓶を掲げながら、ミアハ様が笑う。

 その『カドモスの泉水』って言うのの値段はよく分からないけど――

「ええっ?! そんな、僕は何もしてませんし!?」

「なに、将来の大得意だ。今のうちに胡麻をすっておいて損はあるまい?」

 うわぁ?! 何だかすっごく責任重大になった予感がする?!

「っと、いかん。積もる話はあるが、あまり油を売っていてはナァーザに怒られる。何分、私が戻らなくては夕餉の支度も始められないからな」

 得体のしれない予感に慄いていると、紙袋を掲げながらミアハ様が苦笑した。

「そうだな。まぁ、食べ物の恨みは怖いと聞く。積もる話はまた今度だ」

「うむ。それではなクオン、ベル。今後とも我が【ファミリア】をよろしく頼むぞ」

 そう言って笑うと、ミアハ様は雑踏の中に消えていった。

(あ、あとでエイナさんにそのカドモスの泉水って言うのの値段も聞いておかないと)

 その背中を見送ってから、ひとまず心に止めておく。

(ま、まぁ、目標はヴァレンシュタインさんなんだけど……)

 それとは別に、今の僕がどれくらい期待されているのかを知っておくのもきっと大切なはずだ。

 ……そして、その値段を聞いたばっかりに、悲鳴も上げられないまま凍り付く事になるのだけど、神様でもない僕はこの時知る由もなかった。

 

 

 

 開けて翌日。神様不在のまま迎えた三日目の朝。

「今日はどうする? ダンジョンに行くか? それとも怪物祭でも見に行くか?」

 日課の早朝訓練を終えると、クオンさんが言った。

「う~ん。興味はありますけど……」

 どうやら、その怪物祭と言うのは今日らしい。

 興味は、ある。けど、今は少しでもダンジョンで経験を積んで、少しでも早くあの人に追い付きたいとも思う。

「ちなみに、怪物祭に出て来るのは『中層』や『下層』のモンスターが多い。今後の参考にくらいはなるんじゃないか?」

「う……。それは確かに」

 モンスターについてはエイナさんに教わっているけど、実際に動いているところを見て初めて分かる事も多い。それを安全なところからゆっくり見れるって言うなら、それだけでも貴重な経験なのかも。

 まぁ、今の僕には『下層』どころか『中層』だってまだ遠いけど……。

「それに単純に息抜きするのも大切だぞ?」

「ええと……」

 確かにあの日から休息らしい休息はとってない。それでも今のところ体に疲労は残ってないはずだ。……まぁ、師匠の『魔法』のおかげでもあるんだけど。

「ま、覗いてみてつまらなかったらダンジョンに行くって手もあるな」

 それで結局。

 僕はひとまずその『怪物祭(モンスターフェリア)』に行ってみる事にした。

 強くなりたいという思いは変わらないけど、折角オラリオにいるんだから、色々見てみたいという思いがないわけでもない。あと、師匠の言うようにモンスターの勉強になるかも知れないし。

 それに――

「ちょっと興味はあります」

 まぁ、それも本音だった。だって、故郷の村だとお祭りなんて豊穣祭とか収穫祭とかくらいしかないし、しかも普段よりちょっとだけ豪華な料理が並ぶくらいだった。

 オラリオみたいな大きな街のお祭りと聞けば流石にワクワクする。

「素直でよろしい」

 けらけらと笑うクオンさんに連れられて、いつも通りまずは中央広場を目指す。

 会場となるのは『円形闘技場(アンフィテアトルム)』という施設。そこを丸一日貸し切って、モンスターの調教を行うのだとか。それに、そのお客さんを目当てに周辺にはいくつもの屋台が立ち並んでいるらしい。

 その闘技場は都市の東端――つまり、第三地区にある。僕らのホームがあるのが第七地区だから、いつも通り一度中央広場に出るのが一番早くて近い。

 なので、今のところ見慣れた景色が続いている。でも、お祭りがあると聞くと何となく普段よりも人が多くなっているような気もしてくるから不思議だった。

「おーい! そこの白髪頭ちょっと待つニャ! あと、隣の謎の革マントも!」

 白髪頭という単語に反応し、振り返ってしまった。……この前『豊穣の女主人』に謝りに行った時に言われたから、つい。

 あと、隣に最近見慣れてきた革製のコート姿のクオンさんもいるし。

「アーニャか?」

 怪訝そうな声でクオンさんが呻いた。

 あ、確かに。気づけば『豊穣の女主人』の前にいた。今まで気づかないとか、思ったより浮かているのかもしれない。

「ニャんだクオンか。いめちぇんってやつかニャ?」

「何でか知らないが、方々から目をつけられてるからな。変装の一つもするさ」

「うんうん。その自覚のなさっぷり、間違いなく本人だニャ」

 腕組をして全力で頷いてから、アーニャさんが言った。

「おはようございます、ニャ。いきなり呼び止めて悪かったニャ」

「あ、いえ。おはようございます」

 あまりに見事なお辞儀だったので、僕もついできる限りの丁寧なお辞儀を返す。

 その横で師匠も、ああ、おはよう――と、返していた。

「それで、何か用か?」

「おお! それニャ。ちょっと面倒な事を頼みたいニャ」

「お前らが言う面倒な事だと……?」

 心底嫌そうな顔で師匠が呻いた。

「糸目の小僧の首でも取ってこいとか言うんじゃないだろうな?」

「ミャー達のお得意様を殺されちゃ敵わないニャー」

 糸目の小僧って誰だろう?――首を傾げる僕を他所に、師匠とアーニャさんは半眼で見つめあう。うん、甘酸っぱい感じはどこを捻っても出てきそうにない。

「そうじゃニャくて。はい、コレ」

「へっ?」

 アーニャさんはそう言って何かを手渡してくる。

 反射的に受け取ってから、僕は首を傾げた。

「何ですか? これ」

「ニャ? 見て分からないかニャ?」

「いえ、そうじゃなくて……」

 渡されたのはこの頃よく見かけるようになったお財布。どこかの派閥のエンブレムが刺繍された『がま口』だった。

 紫色の布地を基本としたそれは、小ぢんまりとしていて可愛らしい。

「ええと、これをどうすれば……?」

 持った感じ、結構入ってそう……それこそ僕の財布より重い気がする。

「白髪頭はシルのマブダチニャ。だから、それを渡して欲しいニャ」

「シルさんに、ですか?」

「アーニャ。それでは説明不足です。クラネルさん達も困っています」

 首を傾げていると、綺麗で落ち着いた――でも、今はどこか呆れたような――声が。

 それと共に店の中から、今度はエルフの店員さんが現れる。

「よう、リュー。おはよう」

「ええ。おはようございます、クオンさん、クラネルさん」

 名前を呼ばれた事に場違いながらも感動を覚えてしまった。

 お祖父ちゃん、僕、エルフの女の人に名前を覚えてもらったよ。

「リューはアホニャー。仕事サボってフィリア祭見に行ったシルに財布を届けて欲しいなんて言わニャくても分かるニャー」

「と、いう訳です。言葉足らずで申し訳ありません」

「あ、いえ。よく分かりました」

 ぺこりとリューさんが頭を下げるので、つい反射的に僕も頭を下げていた。

 その隣で、アーニャさんはやれやれと言わんばかりの顔をしている。

「彼女は気にしないでください。それで、どうか頼まれてもらえないでしょうか? 私達は店の準備で手が離せないのです。今日もダンジョンに向かうのであれば、申し訳ないのですが……」

「あ、いえ。僕らもそのフィリア祭って言うのを見に行くつもりなのでそれは構わないんですけど……」

 リューさんに慌てて手を振ってから、ちょっと気になった事を訊いた。

「それより、シルさんが仕事をサボったって本当なんですか?」

 ちょっと想像できないというか何というか……。

「サボるという表現は適切ではありません。シルはここに住み込みではないですし、予め休暇も申請していますから」

 ええと、つまりはごく普通のお休みということか。で、それを利用して怪物祭に――というか、そのお祭りを見に行くためにお休みを取ったのかな。

「しかし、届けろと言われてもな」

 師匠が困ったように呻いた。

「記憶にある限り、かなり混雑するだろう。見つけられる保証はしないぞ?」

「それは仕方ありません」

 クオンさんのもっともな言葉に、リューさんも肩をすくめた。

「ですが、シルも今しがた出かけて行ったばかりなので、すぐに追いつけるかと」

「なるほど。まぁ、出て行ったばかりなら最悪は闘技場の入り口で待ってれば合流できる可能性もあるか」

 どうせ料金を払う時に気づくだろうし――と、クオンさんは肩をすくめた。

「なら、ほら」

 クオンさんが布袋を取り出し、リューさんに放った。

「これは?」

「行き違いになった時の保険だ。もし行き違いになったらそれを渡してやってくれ」

 それと、俺達がスられた時の代金もかねて――と、クオンさん。

「あなたから財布を盗める相手がいるとも思えませんが……」

 それは確かに。あの『スキル』を使えば、そもそもどこにあるのかも分からない。

 だって、大剣とか大盾とか斧槍とかクロスボウとかどこからか次々出て来るし。

冒険者依頼(クエスト)の発注を受けたのはベルだからな」

 クエストと言うのは、エイナさんから聞いた事がある。詳しい話はまだ聞いていないけど……何だか、急に気合が満ちてきた。

「そういう事なら」

 と、リューさんも少しだけ笑ってその布袋をポケットにしまった。

 まぁ、流石に今回のこれがクエストって言うのは冗談だろうけど。でも、お財布を預かったのは確かなんだから、ちゃんと届けなくちゃいけないのは変わらない。

「お土産期待してるニャー!」

 アーニャさんのそんな言葉――あと、何かが叩かれるような音――に見送られながら、僕らは改めて闘技場に向って歩き出した。

 それからしばらくして――

「うわぁ。本当にすごい人込み……」

 しかも東のメインストリートに近づく事に、密度は増していく。

 初めてオラリオに来た時も驚いたけど、まさかまた同じ驚きを覚えるなんて。

(何かいいなぁ、こういうの)

 ワイワイと、今にも踊り出しそうな声で大通りは溢れている。

 その両脇には――時にはど真ん中にも――数えきれないくらいの出店が並び、美味しそうな匂いと、ジュウジュウと何かを焼く音が盛んに振りまかれている。

 そんな中にいるだけで、僕も何だかワクワクしてきた。

「ここからシルを探せ、か……。リューもまた難しい事を言ってくれる」

 結構急いだはずだけど、残念ながらシルさんには追い付けなかった。

 と、なるとクオンさんが言う通り、この人ごみの中から見つけ出さないといけない。

 確かにこれは大変そうだった。

「まだ少し早いが、ひとまず一気に闘技場の入り口まで行くか?」

「そうですね。まずはシルさんを探しましょう」

 自然と浮かれそうになる心を宥めつつ、クオンさんの言葉に頷いた。

 出店は闘技場に繋がる大通りに面して並んでいる。シルさんがどこで気づくかにもよるけど、このまま入り口に向かうのが一番出会える確率が高いはずだ。

「ま、そこまで急ぐ事もない。出店にシルが並んでいないか覗きながら行くとしようか」

「はい!」

 クオンさんの言葉に頷いてから、僕はいよいよその人ごみの中に踏み込んでいった。

 

 …――

 

 ちょうどその頃、とある工房で一振りの作品が生まれ落ちていた。

 無論、神ならぬベルはそれを知る由もなく。神と言えど力を封じている彼女もまた、彼が今何をしているかなど知りもしなかったが。

 

「――――」

 最後の一研ぎを終え、その刃を明かりにかざす。

 我ながら会心の出来だと言える。あとは、施した『細工』を仕上げれば完成だ。

(作っちゃったわねー…)

 しばし余韻に浸ってから、ふと我に返り嘆息する。

 ガネーシャの宴から三日。いや、もう夜が明けたから四日目か。

 ボクの眷属に武器を作って欲しい――そう言ったヘスティアはあれからずっと私に付きまとっていた。

 最初の頃こそ突っぱねていたものの……。いつになく粘るヘスティアに業を煮やして放置する事を決め、仮眠明けにもまだいた――というか、タケミカヅチから教わったというドゲザなる体勢を保ち続けていた――ヘスティアに驚いてベッドから転げ落ちそうになり……それでも無視して事務仕事に打ち込んでいたものの――その辺りで心が折れた。

「……ヘスティア、教えてちょうだい。どうしてあんたがそこまでするの?」

 そう問いかけた時点で、おそらく私の負けは決まったのだろう。

 ヘスティアの眷属に対する想いの丈をぶつけられ……まぁ、今のヘスティアになら力を貸してもいいかと思い始めている自分に気づき――こうして約一日工房にこもり、このナイフを打ち上げたわけだ。

(……ま、客の要望には応えないとね)

 駆け出しにあまりに威力が高い武器を駆け出しに持たせては冒険者として腐る。それが私の信条だった。

 しかし、今回求められたのは『駆け出しの冒険者に持たせる一級品装備』。

 信念と要望の板挟みを解消するために取った手段は、鍛冶師にとっては邪道極まるものだった。

 ……が。まぁ、実際のところ、そう経験できない分だけ面白い仕事だったというのも確かだ。

 それに、

(ヘスティアは自覚してないでしょうけど……)

 ヘスティアの嘆願の中には、実はとんでもない殺し文句が仕込まれていた。

 クオン君がくれたショートソードにも負けない武器が欲しい。

 ヘスティアは彼におんぶに抱っこなのは嫌なんだと訴えていたし、彼女にとってはそれ以上の意味はなかっただろうけど――

(彼が持っている武器に見劣りしない武器、か)

 鍛冶師としては、それだけでも挑み甲斐はある。

 いや、冷静に考えて彼自身が愛用している武器ほどではないはずだ。それに、もう紛失してしまったらしいが。惜しいと思う気持ちが半分、図らずも私の信条が守られた事に安堵する気持ちが半分といったところか。

 と、それはともかく。

 そのショートソードがどれほどのものだったかは定かではないが、このナイフなら『条件さえ整えば』決して見劣りしない――いえ、場合によっては上回れるはず。

 もっとも、今は数打ちの短刀にも劣る鈍らだ。ここからどう化けるかは全てヘスティアの眷属次第だった。

(ま、せっかく作ったんだからちゃんと使いこなして欲しいわね)

 熱が冷めないうちに鞘を作り、しっかりと自分のサイン――そして、ファミリアのブランド名でもある【Hφαιστοs】のロゴを施し、納刀してから受け渡し用の小さなケースに収める。

 いや、まだ最後の『細工』が残っているからすぐに出す事にはなるけど。

「あんたも頑張りなさいよ?」

 そのケースを軽く叩き、小さく笑いかけてから。

 今か今かと待ちわびているヘスティアの元へとそれを届けに向かった。

 

 

 

「それじゃ行ってきま~すっ!」

 まさに元気溌剌と言った声を残して、ティオナが――そして、彼女に連れられてティオネとレフィーヤが飛び出していく。

「ああ、気をつけてな」

 三人の背中を見送ってから、中庭に設置されたカフェテラスに向かう。

 もっとも、カフェテラスとは名ばかりで、店員がいるわけではない。だからこうして自分でティーセットや茶菓子を持っていく必要がある。

 無論、他の団員に頼めば持ってきてくれるだろうが、私的な理由でそういった事をさせるつもりはなかった。

(フィリア祭か……)

 少し前に何故だか――いや、理由は何となく察しているが――ぼろぼろになったロキを引き連れて……もとい、ロキに連れられてアイズも出かけていった。

 ロキはデートだデートだとはしゃいでいたが……まぁ、遠征明けだというのにダンジョンにこもってばかりのアイズを心配しているのも事実だろう。

 私自身はああいった騒がしい場所はどうにも苦手だが、ロキも一緒ならアイズにとっては気分転換になるはずだ。

(まったく、アイズめ……)

 遠征を終えてから――いや、酒場で、図らずもとある少年を傷つけた事で、しばらくふさぎ込み。ティオナやレフィーヤ達と買い物に行って立ち直ったかと思えばすぐさまダンジョンへ。

 あれで以前に比べれば少しはマシになったのだが、相変わらず危なっかしい事に変わりはない。見ている方は気が気ではないのだが、その辺りは果たしてどれくらい伝わっているものやら。

(クオンの帰還も無関係ではないのだろうな……)

 クオンと言えば、アイズが助けた――のはいいとして。

 その後、ベートが嘲笑した少年は、よりによって彼の知り合いの孫らしい。

 それを結果として殺しかけ、さらに嘲笑った以上、報復もあり得るかと身構えていたが、幸いにして今のところ音沙汰がなかった。

 いつまでも時間をかける手合いでもない。図らずも貶めた張本人を叩きのめしていたので、それで満足したのだろう。

(まぁ、ベートにとっても今回の一件は相当に堪えただろうがな)

 自業自得とは言え……そして、相手がクオンだったとはいえ――あの男が使ったのはよりによって『おたま』だ。

 その事実は、第一級冒険者の矜持をへし折るには充分すぎる。

 まったく『灰色の悪夢(アッシュ・オブ・シンダー)』の面目躍如というよりない。

 実際、ベートは翌日からダンジョンにこもりっぱなしだった。……いや、これもアイズに悪い影響を及ぼしている可能性は高いが、流石に今回ばかりは宥める言葉もない。

 もし同じ状況に置かれたなら、私とておそらくは同じ事をするはずだ。

 しかし、それはそうとして――

(まったく。相変わらず趣味の悪い男だ)

 どうせならあのまま素手で戦ってくれれば良かったものを。普段ならいざ知らず、酔いのまわったベートなど充分に圧倒できはずだ。

 それとも、よほど腹に据えかねたのだろうか。まぁ、それは充分にあり得る話だ。そして、そうだとするなら命があっただけまだ幸運だったと言うよりないが。

 最後の『置き土産』も順調に街の噂になっているようで、しばらくは頭の痛い日々が続きそうだった。

「さて……」

 気分を入れ替え、手にした書類に目を落とす。

 次の遠征に向けての準備――ではなく、最近話題となっている冒険者……所謂『期待の新人』達の一覧だった。

 遠征の準備もしなければならないが、クオンの言う『後継者』も気になる――と、フィンの……そして、ロキの指示もあって、ここ数日の間に集められた情報がそこにはまとめられている。

 条件は二つ。

 少なくとも四年前にオラリオにいなかったこと。そして、クオンがオラリオを離れている三年の間に接点を持った可能性があること。

 いくら世界各地から一攫千金を夢見て、あるいは未知の興奮を求めて人や神が集まるオラリオと言えど、この時点である程度まで絞り込まれてしまう。

 さらに言えば、ギルドが他所の派閥の情報を流してくれるはずもない――少なくともそういう事になっている――ので、団員達が集めてきた噂話程度のものでしかない。

 他に『神の宴』でロキが聞き集めてきた者も含まれているが、どの程度の精度があるかは知れたものではなかった。

 それは分かっているが……しかし、このまま何もしないというのも落ち着かない。

 まぁ、休日の余暇を潰すくらいのもの、と割り切って目を通す。

(さて。目ぼしい者と言えば……)

 流し読みしていると、一人の女冒険者に目が留まる。

 名前をヤマト・命。所属は【タケミカヅチ・ファミリア】と記されている。

 団員六名と小規模な派閥だが、彼女以外の団員も含めて成長速度はなかなかのものだ。

 何しろ【タケミカヅチ・ファミリア】がオラリオに訪れたのが二年前。そうでありながら、団長のカシマ・桜花はすでにLv.2に到達している。そして、彼女もまた近々ランクアップするのではないかという噂だった。

(さすがは武神と言う事か)

 主神タケミカヅチは武神である。いくらその力を封じているとはいえ、技術までが消える訳ではない。

 例えば神ヘファイストスが今も名匠であるように、神タケミカヅチもまた優れた武芸者なのだ。

 その薫陶を受けている眷属達なら、オラリオに来て二年でLv.2と言うのもあり得ない話ではない。どちらもアイズの持つ一年という最短記録には一歩及ばないものの、飛び抜けて『速く』ランクアップした、あるいはすると言っていい。

 そして、オラリオに来たのが二年前と言うのであれば、どこかでクオンと接触していた可能性も充分にあり得る。

(それに、極東の生まれというのも無視できないな)

 やや彫りの浅い顔立ちに黒髪。時折口にする――あるいは仕草として現れる――風習や習慣、慣用句らしきものから察するに、クオンは極東生まれのはずである。

 同郷の者だから優遇するか――と言われると少々怪しいが、それでも接点は持ちやすいはずだ。

 さらに重要な事として――

(神タケミカヅチは、子供思いの神格者だと書かれているが……)

 主神との相性だ。神嫌いであるあの男とまともな関係を築けなければ意味がない。

 では、タケミカヅチという神はどうか。

 懇意派閥という訳ではないので私自身が詳しく知っている事はないのだが……そもそも【タケミカヅチ・ファミリア】自体が極東の孤児院――書類には『社』と記されている――に端を発しているらしい。当てのない孤児達に恩恵を与え、自分の『子供』にした事が始まり――と、そういう事のようだ。

 武芸の教えを施しているとはいえ、例えば戦争奴隷や傭兵にするつもりがあった訳ではなく、子供たちの健やかな成長を促すための運動から始まっているらしい。武芸が選ばれたのは、単に神タケミカヅチが武神だからだろう。

(あるいは、自衛という意味合いもあったのか……)

 皮肉な事に迷宮都市(オラリオ)ではほぼ無縁だが、モンスターや戦災という災禍は今も各地を悩ませている。身を守る術があるに越した事はない。

 ともあれ。

 彼らがオラリオに来たのも国元にいる他の神やその眷属達……つまりは社の者達に仕送りをするのが目的なのだとか。

 それらが事実なら、クオンとの相性も決して悪くはないと言える。言えるが……。

(しかし、この少女が【猛者(おうじゃ)】を超える逸材かと言われるとな……)

 このまま伸びれば、いずれオラリオに名を馳せる第一級冒険者の中に加わってくるのは間違いないとは思う。

 だが、その先に至れるのか?――と、問われれば、流石に首を傾げざるを得ない。

 いや、手持ちの情報だけで判じようとすること自体、些か傲慢に過ぎるのも確かだが。

(もっとも、奴が一体どんな基準で選んでいるかも定かではないがな)

 オッタルの事を女の趣味が悪いから論外などと言っていたが――まさかあれが本気でもあるまい。しかし、所謂『冒険者としての強さ』を基準としているとも考えづらい。

(そこから手詰まりなら、いくら情報を集めても無駄かもしれんな)

 ため息をつきつつ、流し読みを続ける。

 が、やはりと言うべきか。これと言って確かな収穫はなかった。精々、将来有望そうな存在を何人か知る事ができたくらいか。

(ふむ……)

 それはそれで有益ではある。少なくとも休日の余暇の過ごし方としては。

 しかし、書類の下の方――ここ一年あまりのところまで読み進むと、流石にそうとも言い難い。

 いや、見所がないという訳ではない。あまりに情報が少なくてその見当すらつけられなかった。玉石混合と言えば多少は聞こえもいいが……。

「――ッ?!」

 カチャン、と。そんな音を立てて、持ち上げたティーカップが落ちた。

 手を滑らせたわけではない。突如として持ち手が取れたのだ。

「――――」

 愛用のものではなく、食堂から持ってきた共有のものだ。ロキの趣味もあって物は悪くないが、扱いの方はお世辞にも丁寧とは言い難い。傷んでいたとしても、何らおかしくはないが――

「おや、リヴェリア。君も出かけるのかい?」

「ああ。少しな」

 あまりにありきたりだが、妙な胸騒ぎをした。

 手早くティーセットを片付け部屋に戻ると、その足で玄関ホールに向かう。

「杖を持って?」

 その途中で出会ったフィンが首を傾げた。

 ほとんど意識していなかったが、愛用の杖を携えている。

「……いや、少し気になる部分があってな。調整してもらおうかと」

 とっさに嘘を吐いたのは……単に、自分でも説明ができなかったからにすぎない。

 だが、私自身が持つ冒険者としての勘だ。気楽に無視していいものでもなかった。

(フィンほどではないがな)

 平然としているフィンの様子に、我ながら神経質になりすぎているのかもしれないと

内心で嘆息する。

「そうか。まぁ、第八地区なら今日もいつも通りだろうしね」

「そういう事だ。では、行ってくる」

「ああ。気を付けて」

 それは単なるいつも通りの社交辞令でしかない。

 しかし、今ばかりは幾ばくかの緊張感を与えるものであった。

 

 

 

 闘技場の前でエイナさん――今日は、ギルドの仕事でお客さんの誘導係を任されているらしい――と出会い、シルさんへの言伝……というか、見かけたら待っていてもらうようにお願いしてから、改めてシルさんの捜索に戻る。

「さて、それじゃ出店を冷やかしに行くか」

 いやまぁ、確かにそういう目的もあるけど。

 ちゃんと朝ご飯を食べたはずなのに、ここまでいい匂いを嗅いできたせいか少しお腹が鳴ったような気がした。

「ところでベル。シルの好きなものとか知ってるか?」

 そちらに気を取られている間に、師匠に問われて。

「人が好きって言ってましたよ?」

 そのまま深く考えずにそう答えたけど……

「……人肉ってどこかで売ってたのか?」

「えっ?」

 思わぬ言葉にぎょっとしてから――やっと悟った。

「わぁ!? 違います! そういう意味じゃなくてっ?!」

 そうだよ、クオンさんはシルさんが行きそうな出店に心当たりがあるかって意味で聞いたに決まってるじゃないか!?

 人肉は言うまでもなく、人だって売ってたら大問題だって?! さっきヒヨコを売ってるのは見たけどっ!

「ええと、好きな食べ物とかはちょっと聞いた事がないです!」

「だよな。そんな猟奇的な趣味だったのかと思って流石の俺も焦ったぞ」

 ミルドレッドと同じかと思った――と、クオンさん。

 実際、少し口元が引きつっている。

 ……ところで、ミルドレッドさんってどなたですか? というか、同じって……。

(いや、やめよう)

 深入りはしない事に決めて、別の事を問いかけた。

「ええと、クオンさんの方が付き合いが長いんじゃないですか?」

 まぁ、さっきのリューさん達とのやり取りからそう思っただけだけど。

「いや、俺もそこまでは。少なくとも食べ物の好みを知るような関係じゃないな」

 ふむ、と唸りながらクオンさんは言った。

「今買うとしたら自分のための飲み物とか食い物だとは思うんだが……」

「ですよね。まだ催しが始まってないのに、いきなりお土産は買わないでしょうし」

 師匠の『スキル』があれば話は変わるだろうけど、普通は荷物になるだけだし。

果汁(ジュース)の出店と……サンドイッチ系の出店を中心に覗いていくか」

「ですね」

 まぁ、朝からお酒は飲まないだろうし、串焼きよりサンドイッチの方が女の人らしい趣味かなっていう漠然とした感覚でしかないけど。いや、単なる思い込みなのかな。

 僕としてはむしろ香ばしい匂いがする串焼きの方に意識を惹かれてながら、出店に並ぶ人の中にシルさんが混じっていないかを探す。

「ほら」

「ありがとうございます」

 クオンさんが差し出してきた牛肉の串焼き――今の僕だとちょっと手が出せない高級品――を、反射的に受け取ってしまう。

「今のところそれらしいのは見かけないな」

 少し塩辛いくらいの牛肉を噛みしめていると、師匠が言った。

「そうですね」

 何しろ時間を増す事に人も増えていく。来る時はまだ反対側の出店の様子も見えたけど、今はもう人に紛れてしまってほとんど分からない。

「いっそ二手に分かれるか。エイナのところで待ち合わせにすれば何とかなるだろう」

「そうするしかないですね」

 この調子で人が増えていくようなら、こうして並んで歩いていても見つけられない。

 待ち合わせ場所がちゃんと決まっていれば、はぐれたきり合流できないって事にもならないだろうし。

「あら、クオンじゃない」

 じゃあ、ひとまず催しが始まるまで――と、具体的な話をしていると、誰かが師匠の名前を呼んだ。

 今日も師匠はいつもの黒衣ではなく、革製のコートを着こんでいる。この状態で師匠を師匠だと見分けられるなんて……と、驚きながら振り返ると、そこにはエルフの女の人が立っていた。

 男勝りっていうか、まぁ気の強そうな顔立ちだけど、エルフらしくとても綺麗な人だ。

 お尻まで届くほど長い黒紫の髪をうなじより少し下で軽く結って、その上から黒――より少しだけ灰色寄りのソフト帽を被っている。多分男物なんだろうけど、凛とした顔立ちのおかげなのかよく似合っていた。

「…………」

 のだけど。近くの横道から姿を現したその人から、つい目をそらしてしまった。

 いや、何て言うか、それ以外の格好が大胆なのだ。アマゾネスの人ほどではないけど、エルフにしては過激すぎる服装だった。

 どことなく戦闘衣を思わせるその服は形のいいお尻だとか、細くくびれた腰だとか、とにかく体の線がはっきり分かる。加えて肩から上と、脚の付け根から下はむき出しで、上は豊かな胸周りが生み出す深い谷間が、下はすらりとした脚が目を引いた。その上から黒い前開きの短衣を羽織り、足は太ももの中ほどまである長くて少し地肌が見えるくらいに薄手の靴下――ええと、タイツっていうのかな?――で、包まれている。

 首元には大きな紅玉(ルビー)で飾られた首飾り(アミュレット)。両腕には金色の大きめの腕輪。足には光沢をもつ黒いハイヒールを履いている。

 大胆な格好だけど、妖艶さはなく、やっぱり凛とした雰囲気を纏っている。けど、目のやりどころに困るのも事実だった。

「霞か。珍しいな」

「そういうアンタは相変わらずね、この浮気者が」

 責め立てるというよりはからかう――あと、ちょっと呆れてる?――感じで、その女の人……霞さんかな、は言った。

「まぁた新しい女を引っかけたわけ?」

 あれ? 今師匠の隣には僕しかいないんだけど。これはまさか――

「こいつ、男だぞ?」

 やっぱり。ミアさんと同じだ。

「あら? ごめんなさいね。可愛い顔しているからつい」

 ほっとけよ。

 再びふてくされていると、霞さんは師匠の腕にしがみついた。

「ついに男の子にも手を出したの?」

「そんな訳あるかよ。知り合いの孫でな、今少し面倒を見てるんだ」

「ふぅん。それでダンジョンに行ったきり半月も音沙汰なしだったわけね? 店にも顔を出さないし、夜も家にいないし」

 あっさりした言葉だったけど、年頃の男の子の嗅覚が反応した。

 具体的に言うと、夜に家。

「そういえばしばらく戻ってなかったな」

「ええ、そうでしょうとも相変わらず一人寝の淋しい日々が続いているもの」

 ガァーン!――と、自分でもよく分からない衝撃を覚えた。

 こう、村の同い年の友達に先に恋人を作ったんだぜ的な自慢をされた時に感じるであろう衝撃を何倍にも増幅させたような……。

「だから、悪かったって。……って、ベル? お前街灯になんて抱き着いてどうした?」

「し、師匠って大人だったんですねっ?!」

 たまたま傍にあった魔石灯にしがみつきガクガクと衝撃に打ち震えながら叫んだ。

 そ、そんな綺麗なエルフの女の人と……その、ええと、一緒に過ごすなんて!?

「い、いや。確かにお前よりいくらか長生きしているが……」

「アンタね。その子は、そういう事言ってるわけじゃないと思うんだけど……」

 そのエルフの女の人は嘆息してから、すっと手を差し出してきた。

「私は霞・アンジェリック。アナタは?」

 思わずその手を見つめてしまった。

 自分が認めた者以外の肌の接触を嫌う――と、言うのが一般的に知られているエルフ全体の傾向だった。いやまぁ、加えて言えば肌の露出の少ない服を好むのもそうだけど。

 だから、こんな風に気さくに手を差し伸べられると驚いてしまう。

(いや、エレナさんだって結構気さくだけど)

 冒険者になってからずっとお世話になっているハーフエルフのエイナさんを思い出しつつ、抱きしめていた魔石灯から離れた。

「僕はベル・クラネルって言います」

 何だか初めて神様に出会った時のように緊張しながら握手をする。

「ベル君ね。よろしく」

 またエルフの女の人に名前を覚えてもらったよ――と、本日二度目の報告を胸の中のお祖父ちゃんに届ける。

「よろしくお願いします、アンジェリックさん」

「霞で良いわよ」

 鈴の鳴るような笑い声が返ってきた。

「ええと、それじゃ霞さん」

 うぅ……。クオンさんの、こ、恋人だと思うと何だか今までにない緊張感を覚える。

「それで、男二人で何してるのよ?」

「社会見学と人探し」

「……今度はどんな女を引っかけたわけ?」

「いや、引っかけたのは俺じゃなくてだな……」

 霞さんと師匠がそんなやり取りを交わし――

「いえ、引っかけた訳じゃないですよ!?」

 と、慌てて否定しようとして――

「ベルくぅぅん!」

 突如として背後からの強襲(バックアタック)

「うわ?!」

「きゃ?!」

 完全に不意を突かれてつんのめり、そのまま目の前にいる霞さんに激突――と、いうかその、胸元に飛び込んでしまった。

(僕、師匠に斬り殺されるんじゃ……?)

 なんて恐怖を覚える暇もなく、頭の前と後ろを柔らかくも張りのある感触に挟まれている事に気づいてしまった。

 訂正。これは強襲(バックアタック)ではなく致命の一撃(バックスタブ)だ。

(これはもしかしなくても……っ!?)

 その正体に思い至る前に、僕は全力で思い出していた。

 そう、あの日出会ってしまったミノタウロスを。あの時浴びたその『咆哮(ハウル)』を。

 今も耳に残るそれを全力で再生する。

 なんかもう、今だけは自ら進んで強制停止(リストレイト)してしまいたい。

(ここで死ぬならいっそ本望かも)

 さぁ、思う存分に叫んでくれミノタウロス。今日だけは君が救世主だ。

 何かもう、暴走し始めたこのお馬鹿な思考を根こそぎ止めちゃって欲しい。

「よぉくぞやったベル! それでこそ儂の孫じゃあああああああっ!!」

 意識を手放す直前。

 ミノタウロスの咆哮に混ざって、お祖父ちゃんの喝采を聞いた気がした。

 

 …――

 

 で、それからしばらくして。

「それで、そこのエルフ君は何者なんだい?」

 お祖父ちゃんと束の間の再会を済ませ、下界に戻ってきて(意識を取り戻して)から。

 神様や霞さんが出てきた横道に引っ込み、どことなく……いや、明らかに不機嫌そうな神様の前で、必死の弁明を行う僕がいた。

「この人は霞さんって言って、師匠のこ、恋人の方なんです!?」

「クオン君の恋人だってぇ?!」

 神様の背後に稲妻が奔る!

 まぁ、神様と言えど『神の力(アルカナム)』を封じているはずなので、ただの幻覚だろうけど。

「い、いや! それは後で改めて驚くとして! ベル君とその恋人君がなんで抱き合ってるんだい!?」

「それはお前が後ろから押したからだろう」

 なかなか言いづらかった事を師匠が代弁してくれた。

 うっ、と神様も言葉に詰まる。

「ご、ごめんよ。ベル君を見つけたから、ちょっと嬉しくなっちゃって」

「い、いえ。気にしないでください」

 ちょっと天国めいた地獄と言うか、地獄めいた天国というか……まぁ、そんな世界を垣間見ただけなので。

「それに、僕も久しぶりに神様に会えて嬉しいです」

 これも本当。今まで三日も離れ離れになった事はなかったし。

「ベルくぅん!」

「わぷっ!?」

 再び神様のダイブ。

 慌てて受け止めていると、

「ところでアンタ、師匠って何やってるわけ?」

「今はサポーターの真似事をやってる。冒険者だからな」

「ふぅん。女の誑し込み方じゃなくて?」

「そんなもの、まずは俺が教わりた――いってぇ?!」

 うわっ!? ヒールの部分で思いっきり足踏まれてるっ?!

「ええと、君も悪かったね。ちょっとはしゃいじゃって……」

 恐れ戦いていると、神様が霞さんに頭を下げる。理由はともかく胸元に飛び込んじゃった事に変わりはないので、僕も慌てて頭を下げた。

「いいえ、気になさらず女神様。ベル君も、ね」

 クスリと、霞さんは笑って許してくれた。

 その傍らで師匠が足を押さえて蹲っている。よっぽど効いたらしい。

「それでは改めて。私は霞・アンジェリックと申します。お見知りおきを、女神様」

 霞さんはソフト帽を脱ぎ、どことなく芝居がかった……ええと、悪い意味じゃなくて、演劇の一幕のように綺麗な動きで一礼した。

「僕はヘスティア。ベル君の主神さ!」

 神様はそう言って、まるで宝物でも自慢するように胸を張った。

 うん、ちょっと照れる。

「と、ところでヘスティア。こんなところでどうしたんだ? まさか会場整備のバイトでも始めたか?」

 まだダメージを引きずりつつも、クオンさんが問いかけた。

「違うって! ベル君に会いたくなってね! こうして探してきたって訳さ!」

 会いたいと思ったら本当に会えちゃうなんて素晴らしいね! やっぱり僕とベル君はただならぬ絆で結ばれてるんだよ!――と、神様はすごく上機嫌に笑う。

「君達もここにいるって事はフィリア祭を見に来たんだろう? なら。早速行こうじゃないか。そろそろショーも始まるだろう? それとも、出店を冷やかしているのかい?」

「あ、いえ。実はその前に――」

 僕の手を取って今にも走り出さんばかりの神様に、慌ててシルさんを探している事を伝えた。

「ふぅん。やっぱり女の尻を追いかけてるんじゃない」

「断じて違う。俺はあくまで手伝っているだけだ」

「あら、じゃあベル君が探してるの? こんなに可愛らしい神様がいるのに」

 そして、その間に交わされた師匠達の不穏な会話は、あっさり飛び火してくる。

「むむっ? そうなのかいベル君?!」

「ち、違いますよ?! いえ、シルさんを探しているのは本当ですけど、それはリューさん達にお使いを頼まれたからで……!」

「リューさんって誰だい?」

「ええと……」

 しまった。なんだか墓穴を掘ってしまった気がしてならない。

 い、いや。神様なら嘘じゃない事も分かってくれるはず!

「シルさんと同じ酒場で働いてる店員さんなんです! この前、色々と迷惑をかけたのでこれくらいはと思いまして……!」

 何一つ嘘は言っていない。あとは粛々と神判を待つだけだ。

「むむ。確かに嘘は言ってないみたいだね」

 流石です神様! ホッとしていると、霞さんが呟いた。

「あ~…。これはまさに類は友を呼んじゃったわねー…」

「言わないでおくれ霞君……」

 見つめ合い、ため息をつきあう霞さんと神様。

 あれ、何で僕はこんなに居た堪れない気分になっているんだろう?

「ベル君ってばお祖父さんとクオン君に英才教育(せんのう)されちゃってるからねー」

「女神様も大変なんですねー。コイツもちょっと目を離すと次から次へと……」

「あー…。そうみたいだねぇ。いや、ボクもちょっと小耳に挟んだくらいだけど、武器を任せる相手も美人かどうかで選んだって……」

「そう。そうなんですよ。どっちかって言えば神ゴブニュの作る武器の方が好みの癖に」

「やっぱりかい? ボクもそんな気がしたんだ」

 そして、すっかり打ち解けた感じの神様と霞さん。

 いや、打ち解けたと言うか、何だか同じ苦労を分かち合う戦友みたいな……。

「僭越ですが、女神様。手綱は早めにしっかりきっちり握っておいた方がよろしいかと」

「うん。肝に銘じておくよ。君も……」

「いえ、こっちはもう手遅れですから」

「うん。ごめんよ……」

 再び沈痛なため息が重なった。

「……師匠、一体何やったんですか?」

「気にするな」

 いや、そんなこと言われても。

 しかし、きっぱりと断言してくるクオンさんにそれ以上問いかける事も出来ず、僕もまたため息を吐いた。

「ま、いいや。ベル君、デートしようぜ!」

 と、そこで神様が腕を絡めて来る。

「で、デート?!」

「そうさ! こんなに盛り上がってるだぜ! ボクらだって楽しまなきゃ損だろ?」

「いや、でもっ、デートって!?」

 畏れ多いんじゃないだろうか、と慄いていると、

「じゃあ、こっちのお邪魔虫は私が回収していきますね、女神様」

 霞さんがクオンさんに腕を絡めて笑った。

「うんうん。君達も楽しんでくるといいよっ!」

「い、いえ、まずはシルさんを探さないと!」

 そろそろ催しも始まっちゃうし、入場料がないとシルさんが困ってしまうのでは……?

「なら、ベル。お前達はメインストリート沿いを探せ。俺達は少し外れた所を見て来る」

 そこでクオンさんが言った。

「外れた所、ですか?」

「元々この区画は屋台が多いけど、普段は同じ場所に同じ出店や屋台が並んでるわ。でも、今日みたいに特別な催し物がある時の場所取りは別枠なの」

 首を傾げていると、霞さんが教えてくれた。

「別枠、ですか?」

「ええ。特需って言うのかしら。催し物がある時だけ出店してくる出店や屋台が多いからね。基本的に先着順……といっても、大体みんな同じような時期に申請してくるから、実際は抽選になるんだけど。あと、何より伝手ね。ギルドに顔が利くといい場所を融通してもらえるってわけ。この辺りはギルド直轄の施設が多いからなおさらね」

「ってことは、この出店はみんなどこかの【ファミリア】のものなんですか?」

「出資を受けている出店はあるでしょうけど、基本的には無所属の市民がやってる店の方が多いはずよ。……まぁ、あまり大きな声では言えないけど、このお祭りは一般市民のガス抜きのための催しだって言うのが一般的だから、ね」

 そういえば師匠もこの前そう言っていたっけ。その後で何だか含みのある事も言っていたけど。

「ええと……。つまり、フィリア祭の間は市民の方優先って事なんですね?」

「そう。いわば利益還元ってところかしら。……まぁ、このお祭りがちゃんと利益が出てるかどうかは知らないけど」

「そうなんですか?」

「まぁ、他の催し物と比べると、入場料が結構安いからね。規模を考えると利益どころか元が取れているかどうか……」

 そ、それは確かに。ダンジョンでモンスターを捕まえて、地上に運び出して……ええと、多分餌とかも必要だろう。

 でも、モンスターを倒している訳じゃないから魔石もドロップアイテムもない。冒険者的に言えば完全なタダ働きだ。餌を考えればむしろ赤字……。

「まぁ、野暮な話はそれくらいにして。話を戻すと、その抽選から外れた店が少し離れた場所に店を並べてる事があるの。こっちはいつも通りの手続きで済むからなんだけど、客足が遠い事もあってメインストリートに並んでいるお店より少し安かったり、物が良かったりするのよ。あとは、普段からこの辺りにいる出店が場所を変えて商売してたりもね。だから、知っている人ならそっちにいる可能性も充分にあるってわけ」

「ああ、なるほど」

 シルさん、その辺り意外と抜け目なさそうだし、それも充分にありそうかな。

「詳しいんだねぇ、霞君は。ハーフエルフ君はともかく、エルフ君はこういうお祭りにはあんまり来ないイメージがあったんだけど」

 まぁ、自分が認めた者以外の肌の接触を嫌う――と、言うイメージを持っているのは神様も同じだったらしい。

「あら、女神様。私はこれでもハーフエルフですよ?」

「「ぅえ?!」」

 神様と驚きの声が重なった。

 ハーフエルフと言えばエイナさんだけど、エイナさんよりも耳の長さが長い。

 それこそエルフのリューさんと同じだと思うんだけど……。

「あ、あれ? でも嘘を言っている訳じゃないね……?」

 神様も目を瞬かせている。

「ええ。エルフとハーフエルフの間に生まれたせいか、普通のハーフよりは血が濃いみたいなんですよ」

「ああ、なるほど。それならあり得る話だね。ごめんよ、疑っちゃって」

(そ、そう言われて見るとリューさんよりちょっとだけ耳が短いような……?)

 頷いてから頭を下げる神様の横で、リューさんの顔を思い出しながら首を捻る。

 エイナさんとリューさんが左右に並んでくれればもう少し分かりやすいのかな。

「いえ、よく驚かれますから。まぁ、オラリオ生まれオラリオ育ちですし、森生まれのエルフよりははしたないせいかもしれませんね。それに、こうして悪い男にも捕まってしまいましたし」

 霞さんはクスクスと笑ってから、横目で師匠を見やった。

「馬鹿言え。お前は出会った時からそんな調子だっただろうが。どこの誰とも知れない男にのこのことついてくる程度には」

「あら、おかげで助かったでしょ? フィフスさん?」

「フィフス?」

 神様と二人で首を傾げていると、霞さんは言った。

「ええ。出会った時、コイツったら記憶を失っててね。しばらく自分の名前すら分からなくて。で、出会ったのが繁華街……つまり、第五地区だったから、しばらくフィフスって呼んでたのよ。まぁ、割とすぐに名前だけは思い出したからごく短い間だけどね」

 賭博場(カジノ)でイカサマがバレて用心棒(バウンサー)に殴られすぎたのかと思ったわ――と、霞さんは笑った。

「お前な。仮にも命の恩人に言う台詞か?」

 その言葉に、クオンさんはため息をついて言った。

「命の恩人だって?」

「ああ。と言っても、その繁華街の路地裏でゴロツキに絡まれてるところを助けただけだから大したものでもないが」

 クオンさんはなんでもなさそうに肩をすくめるけど、

「あー…。あそこのゴロツキ君達は特に危ないって聞くなぁ。Lv.2とか、場合によってはLv.3もいるって聞くし」

「れ、Lv.3!? そんなに強いならダンジョンに行きましょうよ……」

 いや、神様に言っても仕方ないんだけど。

「それはその通りなんだけど……。基本的にダンジョンの中で心折れた連中なのよ」

 そこで霞さんが苦笑した。それにクオンさんと神様も続く。

「ああ。だが、他に力の使い道も思いつかないから、あそこに吹き溜まってるんだ」

「うんうん。それで、元々の主神が真面目だったりすると、日夜通い詰めて本人に更生を促したり、足抜けさせようと元締めのところに手勢連れて乗り込んだりしてるらしいよ」

「う、うわぁ……」

 ちょっといい話のようでいて、何だか物凄く切ない話を聞いてしまった。

「いや、襲ってくる時は本気だからな。ほっこりしていると殺されるぞ?」

「殺されなくても身ぐるみはがされちゃうわよ?」

 そしてそれ以上に物騒な話だった。いや、ほっこりしてるつもりはないんですけど。

「そもそもベル君がカジノとか行ったら、イカサマに引っかかって身ぐるみはがされる姿しか想像できないよ……」

「か、神様までっ?!」

 そりゃ確かに賭け事とかやった事もありませんけどっ!?

「繁華街って怖いところなんですね……」

 僕の中ではダンジョンと同じくらい危険な場所となった。

 いや、ダンジョンの方はエイナさんが色々教えてくれるから、ひょっとしたらもっと危ないのかもしれない。

「ええと……。場所さえ選べばちゃんと安全に楽しめるわよ? 貴族向けの店も多いから、全体を見れば治安だって決して悪くないし」

 慄いていると、慌てた様子で霞さんが言った。

「そうだね。お洒落なお店とかたくさんあるって聞いてるよ。他に大劇場(シアター)なんかも有名だね」

大劇場(シアター)、ですか……?」

 神様、本を読むの好きだし、演劇とかにも興味があるのかな?

(そう言えば、村に旅の演劇団が来た時は僕もお祖父ちゃんにせがんだっけ)

 まぁ、演目が英雄譚だったからって事もあるけど。

 うん。それなら――

「じゃあ、いつか一緒に行きましょう神様。……まぁ、今すぐには無理ですけど」

 貴族御用達の店なんて、今ある貯蓄を全部つぎ込んでも手が出ないだろうし。

 でも、あの人に近づけばいずれ自然とそれくらいの余裕も出て来るはずだ。

 それと、エイナさんに相談して近づいちゃいけない危険な場所だけはしっかり教わっておこう。

「うんうん! 楽しみにしてるぜ、ベル君っ!」

 ぱぁっと神様が顔をほころばせた。

「まぁ、大劇場(シアター)はまた今度。今はフィリア祭を楽しもうぜっ!」

 そして、今度こそ僕は神様に手を引かれて、フィリア祭に向かっていった。

 

 




―お知らせ―
 お気に入り登録していただいた方・感想を書き込んでいただいた方、ありがとうございます。
 次回更新は18/06/17の0時を予定しています。
 18/06/10:誤字脱字修正・一部改訂
 18/07/01:誤字修正
 18/07/07:誤字修正
 19/10/02:誤字修正

―あとがき―

 今回は独自設定てんこ盛りの話でした。

 冒険者関連とフィリア祭関連について一応言い訳させていただきますと、冒険者への不満と言う話は原作でも時折出てきますし、一方でMOB冒険者もダンまち一巻の時点で、『市民に媚を売るなんて損な役回り』――と、言う意味の台詞を口にしてます。なので、原作でもこういう対立は多少ならずあると言っていいのではないかと。その辺、早めに触れておかないとあとでちょっと……。
 と、そんな訳で。
 今回はそんな事を前提にあれこれとでっち上げてみました。何分、経済学や社会学等々には明るくないので、いやそれはおかしいというツッコミはご容赦を。公式設定見落としてるぞ、という指摘はこっそり優しくお願いいたします。

 ベルがガネーシャ・ファミリアに入れなかった理由は完全に無根拠です。いえ、ただ単純に疑問に思ったので。メタ的に言えば多分ストーリー上の都合だったんでしょうけどね。もしくは、普通に断られたのかな。
 一応確認したつもりですが、こちらも原作のどこかで触れられていたなら、そっと優しく教えてやってください。

 スルト、という名称は『スルトの剣』と言う形で、リヴェリアの詠唱にも登場します。その魔法の名前がラーヴァテインですし、ロキの元ネタである北欧神話に登場するスルトをイメージしていいと思います。
 ただ、フェンリルやヨルムンガンドが二つ名に使われている(フェンリルはベートの昔の二つ名。今の二つ名は原典『フェンリル』の別名です)あたり、北欧神話の中で明確に『神』と明記されていない存在はダンまちでも神として扱われていないのではないかと(どちらもロキと女巨人の子どもですので、半分は神の血をひいてはいるんですけどね)。
 スルトは北欧神話において『巨人』なので、多分ダンまち世界でも『神』には含まれていないはず。加えて原作一巻のロキのセリフからすると『ラグナロク』という概念はありそうなので、天界にも終末譚的なものとして伝わっている…と、今作では設定してみました。
 ちなみに、もし原作で神として登場、もしくは詳細な設定が出た場合は速やかに書き直すことをここにお知らせしておきます。

 ヒロインの血筋に関しては原作で『ヒューマンとの混血は成立する』と明言されているので大きな問題はないはず。最も単純にエルフ(AA)×ハーフエルフ(Aa)とした場合、生まれてくるのはAAかAaなので…。
 そしてこの場合、ハーフエルフ(Aa)同士だとエルフ(AA)とヒューマン(aa)の兄弟姉妹が成立する浪漫。さらには仮にハーフエルフ(Aa)とハーフドワーフ(Ba)の夫婦でも問題なく子どもを授かれることに。いや、それどころかドワーフ(BB)とハーフエルフ(Aa)でもまだいける。もちろん、獣人や小人族に置き換えても問題なし。
 何と言うか…ヒューマン凄い!
 そして、それすら問答無用に飲み干すアマゾネスの血の強靭さときたら…!
 ……いや、実際のところはそんな単純な話ではないでしょうけどね。
 こうやって一人で無駄に戦慄するのは結構楽しかったです。
 
 シルさんまさかのミルドレッド枠――と、いう事はありませんのでどうかご安心ください。ついうっかりそういう前例を知っていたからこそ生じてしまった喜劇――もとい、悲劇です。別に必殺料理人繋がりとかそういう事を言いたわけでは…!
 というか、美味しくいただこうと半裸で迫ってくるシルさんとか、いくら何でもベル君には刺激的すぎる…!

 あとがきといいつつ言い訳になってきたので、今回はここまで!

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