SOUL REGALIA   作:秋水

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※18/5/28現在、仮公開中。
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第一章 王の帰還
第一節 悪夢再び


 

 おや、お前さん。見かけねぇ顔だな。新入りかい?

 入団希望だぁ? 馬鹿言っちゃいけねぇぜ。ここにゃお偉い神様なんざいやしないよ。

 ったく。今日はなんて日だ。さっきも白髪頭の兎みてぇな小僧が迷い込んできやがったしよ。それとも、この枯れた爺が神にでも見えるってのかい?

 ここはしがない情報屋さ。……おいおい、そんな顔をするもんじゃない。お前さんも冒険者になりたいんだろう? なら、情報は黄金より大切にしな。何しろ、お前さんの命を左右するかもしれない代物だからな。

 何? 必要な情報ならギルドに行けばいい? おいおい、馬鹿言っちゃいけねぇ。連中の持ってるようなカビの生えた情報だけじゃ長生きできねぇぞ。ちょいと力のある【ファミリア】の連中には頭も上がらねぇんだ。本当に必要な情報なんざ教えちゃくれねぇよ。

 よしよし。素直なのは良いことだ。長生きするぜ、お前さん。

 なら、未来のお得意さんに特別サービスだ。何か知りたいことはあるかい?

 そうさ。ここは冒険者の楽園。力さえあれば金も名声も女も思うが儘さ。お前さんも、それを望んできたんだろう?

 そうさな。有力どころなら、【ロキ・ファミリア】か【フレイヤ・ファミリア】だな。何しろオラリオを二分する大派閥だ。連中に睨まれるような真似はしない方がいいぜ。

 睨まれちゃならないと言えば、【ガネーシャ・ファミリア】もだな。大派閥だから? それもあるが、連中はオラリオの治安維持を担ってる。いわば衛兵ってやつだな。まぁ、後ろ暗い事さえしなけりゃ睨まれることはないだろうさ。

 オレかい? もちろん、真っ当さ。【ガネーシャ・ファミリア】に睨まれてなんざないね。情報屋は信用第一だぜ?

 何? 【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】のどっちが強いかって?

 おいおい、それは禁断の質問ってやつだぜ。長生きしたいなら口にするもんじゃねぇ。

 まぁ、冒険者に限らずオラリオの住人なら気になって当然だがな。だが、連中がぶつかり合うような事になりゃ、オラリオ中が戦場になっちまう。突かないでいい藪はそっとしとくのが長生きするコツってやつだ。

 なら、代わりにオラリオ最強を教えてくれ?

 そりゃ、【フレイヤ・ファミリア】団長オッタルだろうさ。【猛者(おうじゃ)】オッタル。麗しの女神フレイヤ様に仕える忠僕にしてオラリオ唯一のLv.7。【ロキ・ファミリア】にもやれ【勇者(ブレイバー)】だの【九魔姫(ナイン・ヘル)】だの【重傑(エルガルム)】だの……あとは、かの有名な【剣姫】だっているがね。だが、その中にだってLv.7は一人もいやしないのさ。

 なら、【フレイヤ・ファミリア】の方が強いんじゃないかって? だからそういう物騒なことを口にするんじゃない。本気でオラリオが灰になっちまうぜ。

 あくまでも冒険者の中で最強を一人挙げるなら、ってだけの話さ。これはそれ以外の何物でもねぇ。

 何? その言い方だと冒険者『以外』に強い奴がいるように聞こえる? チッ、間の抜けたツラしてる癖に勘だけはいいな……

 おいおい、勘弁してくれよ。【ロキ・ファミリア】やら【フレイヤ・ファミリア】の連中の耳に入ったりしたら睨まれちまうじゃねぇか。

 ……ああ、分かった分かった。しつけぇ奴だ。お前さんの言う通りさ。

 オラリオ最強の『冒険者』なら、オッタルと言っときゃ間違いない。だが、『オラリオ最強』なら話は別さ。

 いるんだよ。冒険者でもない癖にオッタルと互角に渡り合った男が一人な。おっと、詳しく教えてくれってのはなしだ。何しろそいつは神々も認める【正体不明(イレギュラー)】だからな。神ならぬオレにそれ以上を求められちゃ困る。教えられることといや、そいつがギルド公認のLv.0だってことくらいなもんだ。だからこそ、そいつは冒険者全員にとって『悪夢』なのさ。

 そいつは今どこにいるって? 知らねぇよ。四年前にオラリオを出てっちまった。理由? そいつも知らねぇな。ああ、別に追われた訳じゃねえ。そんなことできる奴はいねぇだろうさ。噂くらいなら聞いちゃいるが、確かな情報じゃねぇんだ。

 噂で良い? 馬鹿言っちゃいけねぇ。それじゃ井戸端会議と大差ねぇじゃねえか。

 ったく、仕方ねぇな。いいか、あくまでも噂だぞ。それ以上の何物でもねぇ。いいな。

 そいつはな、『後継者』を探しに行ったんだそうだ。奴のお眼鏡に叶うような奴はこのオラリオにはいなかったってことだ。冒険者にとっちゃ正に『悪夢』ってやつさ。テメェらの矜持を根こそぎ否定されたんだからよ。流石に同情するぜ。

 だから噂だって言ってるだろ。少なくともまだオラリオには戻ってきちゃいない。奴が帰ってきたなら、すぐにだって噂になるからな。

 下手にちょっかい出すのはやめた方がいいぜ。剣の切っ先よりも死に近い危険な奴だ。

お前さんみたいなひよっこじゃ瞬殺どころの騒ぎじゃねぇ。

 探している『後継者』はどんな奴だぁ? それこそ知らねぇよ。だが、あの化物に選ばれたんだ。きっと階層主だって裸足で逃げだすような化物なんだろうさ。

 っと、サービスはここまでだ。次はまともに客としてきな。店の特売日から意中の女神のスリーサイズまで、お望みとあれば何でも仕入れとくぜ。

 なに、お前さんを入れてくれるファミリアを知りたい? 仕方ねぇな……

 じゃあ、まずは予算の相談から始めようか。一体いくらで買う?

 

 

 

「思いの外早く帰ってきちまったな」

 夕暮れに染まるオラリオの街を歩きながら小さく呟く。

 旅立ってから三年程過ぎたか。旅立つ時はもっと長くかかるものと思っていたが、実際はそんなものだった。まぁ、不死人の身体だからこそできる強行軍のおかげでもあるが。

 もっとも、この街で過ごした時間は精々が一年程度。帰ってきたというほど長く過ごしている訳でもない。実際、こうして街中を歩いていたところで懐かしさも感じなければ、変わったという感慨も湧かなかった。何が変わったのかも分からないほどだ。

 もっとも――

(場所によるか)

 まず顔を出そうと思うくらいには馴染んだ場所もある。

 幸いにしてその辺りは変わっていない。あとはお目当ての店がまだ潰れていなければいいのだが……。

「ちょっとアンタ、クオンよね?!」

 そんな危惧を抱きながら進むと、店の看板を照らす魔石灯が光っているのが見えた。

 安堵する暇もなく、すぐ下に立つ女性が声を上げる。

「こぉの薄情者! 手紙くらい寄せっての!」

 端正な顔立ちに似合わない荒っぽい口調だった。

 黒に近い紺色の長い髪を一本に結った美女が有無も言わせず飛びつき、腕で頭を締め上げて来る。多少は痛いが、それよりも柔らかな胸の感触の方が気になる。

「悪かったって」

 霞・アンジェリック。

 四年前、このオラリオで『目覚めて』から――その直後、記憶の無いころから一年ほどの間を共に過ごした女だ。

 種族はハーフエルフ――と、言ってもエルフとハーフエルフの間に生まれたそうで、ほぼエルフと言えるらしい。だが、オラリオ生まれのオラリオ育ちのせいか、良くも悪くもエルフらしくない。

 エルフとは己の認めた者以外の肌の接触を嫌い、肌の露出の少ない服を好む。

 と、とあるお姫様は言うのだが、彼女は出会った時から気楽に触れて来るし、身体の線が露わになるような服を着ている事が多い。まぁ、これは仕事着――何しろこの酒場の看板娘にして唯一の踊子だ――とも言えるだろう。

 他に目立つのは愛用の黒いソフト帽か。首から下の大胆で女性らしい装いから一転して渋く男らしい装いだが、不思議とよく似あっていた。男勝りのじゃじゃ馬な性格のおかげなのかもしれない。

「おや? 戻ったのかい、クオン」

 ともあれ、霞に店内に連れ込まれると、カウンターテーブルの向こう側でグラスを磨く髭面の男が少しばかり驚いたような声を上げた

「よう、マスター。まだ潰れてないようで安心したぞ」

 この男が酒場――『酒夢猫(シャムネコ)亭』の店主だった。名をアルドラ・ドライス。種族はドワーフで、昔は冒険者だったそうだ。ただ、ドワーフの中では華奢な身体つきらしく、戦闘も苦手だったらしい。そのせいで冒険者稼業から足を洗い、こうして場末の酒場で店主をしているわけだ。

 もっとも。華奢と言ってもそれはドワーフの中での話。傍から見れば充分に巌のような体をしている訳だが。

「ハハハッ。酷いな、クオン。これでもそこそこ客はいるんだ。まぁ、今では霞目当ての客も多いがね」

 とはいえ、その顔つきは穏やかでいっそ好々爺といった雰囲気を纏っている。もちろん、爺さんと呼ぶにはまだ早い歳のはずだが。

「このはねっ返りを口説くような骨のある奴はいるのか?」

「今のところ、目の前にいる奴だけだな。あとは本人の手で返り討ちだ」

「当然でしょ。エルフは貞淑なの。誰かさんと違ってね」

 霞は腰に手を当て、胸を張る。

 しかし……何というか、それについては反論しがたいと言うかできないと言うか……。

 返事に困り、アルドラに酒を注文する。どうせ酒になど酔えないが、まったく楽しめない訳でもない。

「しかし、三年ぶりか……。収穫はあったのかい?」

 発酵蒸留酒(ブランデー)が注がれたグラスを差し出しながら、アルドラが言った。

「そりゃな。だから戻ってきたんだ」

 グラスに口をつけると、まるでエストを呷ったかのように胃の腑から熱が広がる。

 その熱を鼻から吐き出すと、濃厚で華やかな香り――白葡萄の香りと、熟成樽の匂いが嗅覚を満たしていく。

 例え酔えなくとも、酒を楽しむことはできる。この街で目覚めてから、この店主にそう教わったのだ。

「その割には一人のようだが?」

「ああ。どうやら先にこの街に来ているらしい。ま、しばらくは様子見だな」

 肴として出されたドライフルーツを口に放り込みながら告げる。

 どうやら何かあったらしく、少しばかり留守にしている間に一人でオラリオに向ってしまったらしい。

 もっとも、別にオラリオへ行こうという約束をしていた訳ではない。興味はありそうだったが、それだけだ。

 ある意味性急ともいえる心変わりの理由も分かっているが……さて、その『真偽』についてはどうだか。いや、裏があるのは明らかだ。

(ったく。あの爺さん、一体何を考えているんだか……)

 まさか自分が死んだことにするなど。相変わらず連中は悪趣味極まりない。

「ってことは、これからはオラリオにいるの?」

 勝手にドライフルーツを摘まみながら、霞が顔を輝かせる。

「そうだな。あまり気は進まないが、そうなる」

 いや、霞達がいるのだから全く気が進まない訳でもないが。しかし、今も神どもが蠢くこの街は正直あまり心地のいい場所とは言い難い。

「それはそれは。また冒険者達には肩身の狭い日々が続くな」

 アルドラが豪快に笑った。

「別にどうこうするつもりもないんだがな」

 もはや冒険者にそこまで興味はない。ダンジョンを進むというなら好きにすればいい。そこで勝手に死ぬ分にも――まぁ、馬鹿な連中だとは思うが。

「『神の恩恵(ファルナ)』を持たないお前に、誰一人として頭が上がらないんだ。いるだけで気が気じゃないだろうさ」

「そんなもんかね」

 まぁ、それならそれで、平和な時代ということなのだろう。

 何しろあの頃――火の時代においては、俺など凡庸な名もなき不死でしかなかった。俺よりも遥かに優れた不死人はそれこそいくらでもいたのだ。

 しかし、不思議なもので、そういう連中から道半ばで斃れ――気づけば三度に渡り『玉座』にたどり着く羽目になった。まったく、解せない話だ。

「しかし、様子見というと、お前さんのお眼鏡にかなった『冒険者』と同じ【ファミリア】にでも所属するつもりなのかい?」

「まさか。いや、繋がりは持っておくつもりだが、あまり派手に知られてもそれはそれで面倒ごとにしかならない。しばらくは遠くから見守る程度だよ。本人もまだ駆け出しだしな。それに――」

「神の使いっ走りはもうごめんだ、か?」

「神の使いっ走りはもうごめんだ、ね?」

 異口同音。アルドラと霞が口を揃えて言った。

「そういうことだ」

 台詞を取られ、肩をすくめる。

 それに。心情的な問題とは別に、もう一つ理由がある。

(今さら『神の恩恵(ファルナ)』と言われてもな……)

 体内を奔るソウルの流れに意識を向ける。

 まだ至る所で凝り、『本来の力』の半分も出せればいい程度の有様だが――

『灰の方、もはや私ではこれ以上あなたのソウルを育てることはできません』

 取り戻した記憶の中で、金髪の美女――ロスリックの火防女が囁く。

 三度の巡礼の果てに『ソウルの業』は極まり、俺のソウルはその深奥に至ったらしい。

 望むがままに覇者にも賢者にも聖者にもなれる。彼女はそう言っていた。

 無論、今さらそのどれにもなるつもりはない。……いや、それ以前の話か。

 実際のところ、どこまで言っても平凡な放浪者から抜け出せていない。

 間の抜けた話だが、得た力を普段から十全には使いこなせていないのだ。

 一言で言えばむらっ気が酷い。

 遠い昔、ロードランを彷徨っていた頃から恩師達に指摘されている。

 その悪癖は今もこうして健在という訳だ。

 だが、ソウルが深奥に至っているのは今も動かしがたい事実だ。火防女ですらこれ以上はソウルを強化できないと言った以上は――そして、事実としてあの『邪法』すらも通じなかった以上は『神の恩恵(ファルナ)』を受け入れる余地などありえない。

 首輪をつけられない以上、この街に住まう神も亡者どもが俺を手元に置こうとするはずもなかった。

(ま、あの爺さんくらいなものだな。そんな度量があるのは)

 今も祭祀場に引きこもっているであろうあの物好きな老神を思い浮かべる。

 いや、物好きではなく単に苦渋の決断か。連中にとっては正しく死活問題なのだから。

「なら、明日はどうするの?」

「しばらくはダンジョンだな。何にしても先立つものが必要だ」

 ロードランやらドラングレイグやらロスリックやらとは違い、面倒だが生きていくには金が必要だった。いやはや、そんなことを気にするのは北の不死院送りにされる前まで遡らなければならない。

 もっとも。あの頃と比べれば、遥かに稼ぎやすいわけだが。

「それに、中の様子も気になるしな。『深層』辺りまで適当に潜ってみるさ」

 二五階層辺りで適当に物資を回収すれば、簡単に何百万ヴァリスと手に入る。五〇階層を過ぎればさらに効率は跳ね上がるのだ。

 しかも、徘徊する敵――モンスターは基本的に巡礼地のそれよりも遥かに弱いのだから実にいい商売だった。

 だからこそ、誰もが一獲千金を目指してあの穴倉に飛び込んでいくのだろう。

「気が向いたらまた七〇階層辺りまで行ってもいい。そうすればしばらく左団扇だ」

「そういう事を気軽に言うから、冒険者たちは肩身が狭くなるのさ」

 やれやれ――と、アルドラが肩をすくめた。

「今現在、最大派閥の【ロキ・ファミリア】ですら、未だ五八階層より下には至っていない。つまり、六〇階層より下は神々ですら知らない『未知』のはずなんだ。それより下を気軽に語られちゃ冒険者たちは形無しだろうよ」

「何だ。まだそんなところで止まっているのか?」

 やれやれ。そろそろ七〇階層辺りまで到達してもよさそうなものなのだが。

 この分では、やはり他に『資格』を持つ者は現れていないらしい。

「ふぅん。それじゃ、今夜は遠征前の壮行会ってわけね?」

「大げさだな。ちょっとした野掛け(ピクニック)だよ」

 霞の言葉に、軽く肩をすくめて返す。

「一人でピクニックとはさもしい話だな」

 と、アルドラが笑った。……いや、確かに。そう言われると反論しがたい。

「そんな顔しないの。今日はたっぷり慰めてあげるから」

 アナタの館、ちゃんと掃除してるのよ?――と、唯一合鍵を渡してある霞が、艶やかな声で囁いてくる。

「クオン」

 そこで、アルドラが真剣な声で言った。

「何だ?」

「今さらうるさい事は言わない。だが、認知だけはしっかりしてやってくれよ」

 その言葉に、霞が声を上げて笑う。

「この甲斐性なしじゃ期待薄ね~」

 誰が甲斐性なしか。もし何かの間違いでそうなったら、責任を取るくらいの甲斐性は流石にあるつもりだ。

 ……いや、いつまでこの『世界』にとどまれるかも定かではないのが不安の種だが。

「あのな……」

 色々と言いたいことはあるが、言い返せるわけではない。

 できる事と言えば、精々がグラスに残った酒を一気に呷るくらいなものだった。

 

 …――

 

 開けて翌日。といっても、朝というよりはすでに昼に近いが。

「本当に掃除してくれてたんだな」

 汗を流し、もう『一仕事』終えてから部屋に戻ってすぐ。

 戻り際に淹れてきた珈琲を啜りながら呟いた。

 ダイダロス通りの奥深くにある隠れ家――ちょっとした伝手で手に入れた割と立派な造りの館なのだが――は、三年ほど放っておいたにも拘らず綺麗なものだった。

 少なくとも、自室と定めた部屋やら厨房周りやら生活に必要な範囲は。空き部屋の方は知らないが、使っていないから空き部屋なのだ。従って、荒れ果てていても問題ない。

「当然でしょ? 昨日も言ったけど、エルフは一途なの」

 ベッドに座ったまま、霞が裸の胸を張る。見事な造形だが、相変わらずエルフらしい慎みとは無縁らしい。

「起きたか?」

「ええ。おはよう」

「ああ。おはよう。珈琲飲むか?」

「アンタが淹れたのは苦すぎるからイヤよ」

 それは仕方ない。不死人の朽ちかけた舌には、ほとんど味覚すら残っていないのだ。

 おかげで味を濃くしないとさっぱり分からない。

「ちょっと待ってて。ご飯作ってあげるから」

「味は濃い目で頼む」

「はいはい。二人分作るのももう慣れたわ」

 そのせいで、同じメニューでも作り分けないと悲惨な事になる。

 とはいえ、これでも以前より――それこそロスリックにいた頃よりはずいぶん味覚も戻ってきているはずだ。……いや、それもこれも霞達のおかげなのだが。

(ここ三年ばかりまた例によってほとんど飲まず食わずだったがな)

 不死人には、基本的に食事も睡眠も不要だ。多くの不死人はそんな人間らしさすら『喪失』している。それは俺も例外ではなく、食事も酒も嗜好品以外の何物でもなかった。

 いや、この街で過ごした一年で、ようやく『嗜好品』と言える程度まで回復したというべきか。だが、それでも『必需品』にはもはや二度となりえない。

(まぁ、便利だからいいけどな)

 胸元を撫でながら独り言ちる。

 呪われた不死の刻印『ダークリング』

 俺のは胸の中央――ちょうど心臓の真上辺りに浮かんでいる。

 まぁ、慣れれば不死人も悪くない――と、昔誰かに言って呆れられた覚えがあった。

 そんなことを言える相手だ。おそらく火防女の誰かだろう。

(シャナロットだったか?)

 それとも猫のシャラゴアだっただろうか。今や……いや、もはや記憶は曖昧だ。

 これも呪いのせい――と、不死人なら嘆くだろう。だが、

(まぁ、人間なんざ忘れる生き物だしな)

 別に不死人に限らず、人は忘れながら生きていくものだ。

 ささやかな日常の一幕を一つも欠かさず覚えていられる人間はいない。例え大切な記憶であっても時が過ぎれば色褪せていく。そういうものだ。

 不死人だけが特殊なのではない。ただ強制的に忘れさせられる事もあるというだけだ。

 いや――

(死んでも忘れるが、死ななくてもやっぱり忘れるよな)

 不死人はその名の通り不死なのだ。殺されない限り死なない。生きていれば、記憶は積み重なり、細かな部分は忘れていく。それは人として当たり前だった。

 全てが全て呪いによる『喪失』ではない。そこを間違えてはいけないのだ。

 そして。呪いに屈しない限り、ある程度は取り戻す事もできる。

「お~。食えるようになったじゃないか」

 こうして、食事を『楽しむ』事ができる程度には。

「うっさい。アンタに言われたくないわ。この壊滅的味覚音痴」

 いや、味と言うか。焦げたり炭化しかかってたり、逆に半生だったり生だったりしないという意味なのだが。

 ちなみに朝食――いや、昼食か?――の献立は、パンにベーコンエッグにオニオンスープ。それとサラダである。まぁ、昨日買った食材からすれば予想はできていたが。

 しかし――

「カリカリを通り越してガリガリだったベーコンを齧っていた頃が懐かしいな」

 あと、熱々を通り越して沸騰寸前のスープを飲まされた事もあったか。本当に不死人で良かった。あの時はしみじみとそう思ったものだ。

「そういうアンタは、確かに火加減だけは得意よね」

「あのな。俺はこれでも呪術師だぞ。火を畏れるのは当然だろうが」

 火を畏れろ――とは、我が師の教えだった。いや、別に料理の教えではないのだが。

 しかし、何であれ火加減は大切である。

「ところで、シャクティたちのトコには顔出したの?」

 師匠に聞かれれば小言を頂戴しそうな馬鹿話をしばらくしてから。

 ふと霞が言った。

「いいや。今のところお前達しか知らないはずだ」

 この街で知人と言えるのは、霞とアルドラの他に数人しかいない。

 何しろ、人目を避けるのが不死人の嗜みだ。

 いや、色々あった結果、俺の名は方々に知れ渡っているらしいのだが――俺自身が顔と名前を一致できているのはごく僅かだった。

 それなりに良好な関係を保っている相手に限定すれば、それこそ一〇人にも満たない。

 ……まぁ、そんなのはいつもの事だが。

「相変わらず薄情な奴よね~」

「誰より先にお前に会いに行ったんだよ」

「はいはい。嬉しい嬉しい」

 まるっきりさっぱり信用していない様子で霞はサラダをつつく。

 ……いやまぁ、それは全くもって自業自得だが。

「どうせしばらくはダンジョンにこもるんだ。それが終わってからでもいいだろうさ」

 というか、シャクティに帰還を知られればまた面倒ごとが持ち込まれかねない。

 あいつといいあいつの主神といい、俺を便利屋か何かと勘違いしているのだ。

「ま、アンタがそう言うならそれでいいけど」

 一口珈琲を啜ってから、霞が言った。

「それで、実際どこまで潜るつもり?」

「どうせ金策だしな。五一階層辺りで水汲みとトカゲ狩りってところか」

 それが一番楽だ。何しろ一つの区画にとどまっていればいいだけなのだから。

「そこから先は気分次第かな」

 あるいは状況次第と言うべきだろうか。

 

 …――

 

「ただいま~」

「ああ、おかえり」

 クオンを見送ってから、『酒夢猫(シャムネコ)亭』に戻る。

 まだ昼下がりだというのに、マスターはすでに肴の仕込みを始めていた。

「クオンはもうダンジョンか?」

「ええ。ひとまず五一階層だってさ」

「五一階層か……」

 ふぅむと唸ってから、マスターは言った。

「時に霞。今、彼らが遠征中だと伝えたのか?」

「あ」

 四年前にちょっと色々あって、割と本気で殺し合いになりかけた【ファミリア】の一つが今ちょうど遠征中らしい。目的地からしても遭遇する可能性は極めて高いはずだ。

「あっちゃ~。すっかり忘れてたわ」

 愛用のソフト帽子をずり下げ、適当に顔を隠そうとする。

 何かを誤魔化したい時の癖だ。まぁ、意味がある訳もないけど。

「まぁ、大丈夫じゃない? ダンジョンの中なんだし……」

 もし最悪の事態が起こっても、ダンジョンの中なら真偽を確かめる術もないはず。

「大体、遠征ならあのお姫様もついて行ってるんだから、途中で止めるでしょ」

「まぁ、そうだといいがな」

 それにあの時は何だかんだと半分くらいは誤解だった訳だし。

 ダンジョンの中なら主神が一緒って事もないはず。なら、まぁどうにかなる。と、自分に言い聞かせる。

「まぁ、どうせまたすぐに噂になっちゃうでしょうけどね」

「そりゃ違いない」

 アイツがいつまでもじっとしている訳がない。あの女たらしは、その実この街の誰よりも――いや、剣の切っ先よりも死に近い危険な男だ。

 死にたがり(冒険者達)が屯するこの街では、まさに火と油。

 それなら、今何もなくても、どうせそのうち火の気が上がるに決まっていた。

 

 

 

 ダンジョン五一階層。『深層』領域において、さらに奥まった領域。

 私達【ロキ・ファミリア】の到達階層が五八階層だから、今のオラリオが到達可能な範囲の中では、ほぼ最下層と言っていいのがこの場所だった。

「何かさぁ、今回あんまりモンスターと出くわさないよね~」

「これから未到達階層に挑むのよ? 戦わないで済むなら願ったり叶ったりだわ」

 ティオナの少し不満そうな言葉を、ティオネがバッサリと切り捨てた。

 早朝――もちろん、地上の時間で――に五〇階層……『深層』における安全階層(セーフティポイント)を出発してからここまで、モンスターと遭遇(エンカウント)したのはたったの数回だった。

 ティオネの言う通り、これから五九階層進出を目指す事を考えれば、消耗は少ないほどいい。なら、今の状況は幸運と言っていいはずだ。

「でもさ、階層主(バロール)がいなかったのってちょっと気にならない?」

 四九階層に出現する階層主バロール。遠征前の予定では、討伐して進む予定だった。

 でも、実際にはすでに何者かによって討伐されていた。おかげで素通りできたのも幸運と言えない事はない。ただ……。

「私達以外の【ファミリア】で、ここまで来れるのは【フレイヤ・ファミリア】くらいだと思うけど……」

 オラリオ唯一のLv.7が所属する大派閥だ。彼らであれば『深層』攻略も問題ない。

「でも、【フレイヤ・ファミリア】が遠征に行ったって話は聞かないよ?」

「わざわざ私達と被せて来るわけ……ないとも言い難いわね、あの女神様なら」

 ティオナの言葉に、ティオネがまるで頭痛でも感じたように額を指先で掻いた。

「あ~…。でも、【猛者(おうじゃ)】が単独でバロールを仕留めたって話は有名だし、案外また相手しに来てたのかもね」

 一人だけなら私達に気づかれずに素通りだってできるだろうし――と、ティオネが肩をすくめた。

「…………」

 あながちあり得ないとも言い難い。オラリオ最強の『冒険者』の名を欲しいままにする武勇にはそれだけの説得力がある。

「まぁ、ちょっと癪だけど……この際いいじゃない? 今大切なのは『遠征』を成功させることよ」

「そりゃそうだけどさ~」

 ティオナはまだ不満そうに唸る。

「ほら、むくれてる場合じゃないわよ。そろそろ『泉』が近いんだから」

「うん。気を付けないとさすがに危ないね」

 私達が行っている五一階層探索は、『遠征』とは別の理由によるものだ。

「『カドモスの泉』かぁ。相変わらず【ディアンケヒト・ファミリア】は面倒な冒険者依頼(クエスト)をしてくるよねぇ……」

 五一階層に存在する『カドモスの泉』から泉水を回収する。

 そんな冒険者依頼(クエスト)を達成するためである。

 もちろん、私達の本命は五九階層進出なので、あまりこの依頼で消耗はしたくない。

 だから今はこうして少数精鋭で、しかも二つの班に分かれて行動中だった。

「仕方ないでしょ。派閥間の付き合いもあるって団長も言ってたじゃない」

 団長であるフィンは、二班を率いて別の『泉』に向っているはずだ。

 一班は私達――つまり、(アイズ)とティオナ、ティオネ、レフィーヤの四人。

 二班はフィンにガレス、ベートさんにラウルさんの四人だった。

「そりゃそうだけどさ~」

 やっぱりティオナな不満そうだった。

 それも仕方ない。実際に手間のかかる依頼なのだ。泉水を集めるにしても、湧き出る量が少ないため、必要量が溜まるには時間がかかる。それに――

強竜(カドモス)ですか……。どんなモンスターなんですか?」

 五一階層攻略には初参加のレフィーヤがおずおずと訪ねて来る。

「すごく強いよ」

「うん。力だけならウダイオスより上かなー」

「か、階層主よりもですか?!」

 階層主。ギルドでの正式名称は『迷宮の弧王(モンスターレックス)

 その名の通り、モンスターたちの王。迷宮攻略における最難関であり、通常は複数の冒険者達が力を終結して討伐する存在だ。

 そして、ウダイオスが出現するのは『深層』である三七階層。ギルドによる潜在能力(ポテンシャル)判定ではLv.6相当と定められている。

「や、やり過ごすとかはできないんですか?」

 Lv.5の私達でも単独で相手にするのは危険な相手だ。Lv.3のレフィーヤが息をのむのも仕方がない。

「無理ね。そんなこと考えていると死ぬわよ」

「あたし、前に吹っ飛ばされて体中ぐちゃぐちゃになっちゃったしねー」

 ばっさり切り捨てたティオネと、けらけらと笑いながら話すティオナの様子に、レフィーヤの顔から血の気が奪われていく。

「まずは強竜(カドモス)を仕留めて安全確保。泉水の回収はその後よ」

「わ、分かりました……」

 ティオネの宣言に、レフィーヤが恐る恐ると言った様子で頷く。

「それで、ティオネ。作戦は?」

 先ほどから指示を出している通り、私達一班の指揮官はティオネだった。

「やっぱり定石通りね。私達が総がかりで抑え込む。レフィーヤはそこにデカい魔法(やつ)を撃ち込んでちょうだい。それで、怯んだところを私達が一気に畳みかけるわ。いいわね?」

「は、はい!」

 杖を握り締め、レフィーヤが真剣な顔で頷く。

「さて。それじゃそろそろ行きましょうか――」

 その様子に満足そうに頷いてからティオネが言いかけた時、

『ガアアアアアアアアアッ!』

 その先――まさに『カドモスの泉』があるはずの区画から、強竜の咆哮が響き渡った。

「うぇ?! 気づくの早くない?!」

「違うわよ馬鹿ティオナ! これは――」

 誰かが強竜と戦っているのだ。地響きにも似た振動が断続的にダンジョン内の空気を揺らし続けている。

 それに混ざって、苦悶の声も聞こえる。もちろん、強竜のものだ。

「あ、ちょっとアイズ! 待ちなさい!」

 ティオネの制止を振り切って、『泉』のある区画に飛び込む。

「あの人は―――!」

 そこにいたのは、黒衣を纏った一人の男性。

 右手には大剣――クレイモア。左手には竜の紋章が施されたブルーシールド。 

 そして、右手の大剣は黄金に輝く雷を纏っていた。

『ガアアアアアアア―――!』

 満身創痍の状態の強竜は威嚇とも悲鳴ともとれる『咆哮(ハウル)』を放つ。

 しかし。その直撃を受けたはずの黒衣の男は、それでも一切動じなかった。

「――――」

 むしろ、剣を構えたまま無造作に――無造作に見える動きで強竜に近づいていく。

 強竜は巨大な顎を限界まで開き、その男を食いちぎろうとする。しかし、遅かった。

 黒衣の男はほんの僅か横に逸れ顎を交わし――ついでに、大剣を横薙ぎに振るった。

 雷を纏うその刃は、強竜の顎を軽々と上下に分断していく。

『―――アアアア、ア、ア、ァ……』

 胴体の半ばまで剣が達する頃には、強竜はすでに息絶えていた。

 そのまま無造作に刀身を捩じり、その男は強竜の魔石を抉り出す。

 魔石を失った強竜の巨体は、たちまちのうちに灰の山と化した。

「ほう。皮膜か……。儲けたな」

 目深く被ったフードの向こう側で、その男が小さく笑った。

 それと同時、抉り出された巨大な魔石と、『カドモスの皮膜』が青白い燐光となって消えていく。

 間違いない。彼は――

「クオン……!」

 ティオネが呻くように叫んだ。

 聞こえなかったはずはない。が、彼は気にもせず『泉』に向っていく。

 そこには、何とワイン用の酒樽が一つ置かれていた。

「よしよし。こっちも溜まったな」

 樽を覗き込み、満足そうに頷くと再びそれが燐光となって消える。

 と、それと入れ替わるように新しい酒樽がそこ出現した。

 それを再び泉水がにじみ出す壁の亀裂に添えると、彼は近くの木の根元に腰を下ろした。

「あんた、戻ってたの?」

 武器を構えたまま、ティオネが彼を睨みつける。

 そこでようやく、彼はフード越しにこちらを見た。

「誰だ?」

 返答は、ごくあっさりしたものだった。

 実に気楽な様子で彼は首を傾げて見せる。

「【ロキ・ファミリア】のティオネ・ヒリュテよ。忘れたとは言わせないわ」

 いっそ殺気にも似た気配を放つティオネだったが、やはり彼の反応は鈍いものだった。

「【ロキ・ファミリア】……」

 まるで未知の単語でも呟くようにしてからしばらくして、彼はポンと手を打った。

「ああ、確かあの糸目の小僧の飼い犬だな。俺に何か用なのか?」

「あんた、こんなところで何してるわけ?」

「見て分からないか? ちょっとした小遣い稼ぎだ。何しろ水汲んでトカゲ捌くだけでしばらく左団扇だからな」

 まったく楽な商売だよな、冒険者ってのは――と、彼はあっけらかんと笑った。

「そっちこそ何の用だ。まさか四年も前の事を未だに根に持ってるのか?」

「お生憎様。そこまで暇じゃないわ。私達もその泉に用があるのよ」

「そうか。なら他をあたれ。ここは俺が今使用中だ。天下の【ロキ・ファミリア】がか弱い一般市民の食い扶持を取るな」

 しっしっ、と。それこそまるで野良犬でも追い払うように彼は手を振った。

「誰がか弱いですって?」

「そう睨むなよ。お強いLv.5様に睨まれちゃ生きた心地がしないんだ」

 全く動じずに――むしろからかうように言い返してくる。

「あ、あの。アイズさん……」

 はらはらしながら見守っていると、レフィーヤが小声で問いかけてきた。

「あのヒューマン、何者なんですか?」

「クオン。【正体不明(イレギュラー)】クオン。知らない?」

 結構有名だったはずなんだけど。

「【正体不明(イレギュラー)】……?」

「四年前に【猛者(おうじゃ)】と闘技場で『正式』に立ち会った有名な『剣闘士』なんだよ。あ、でもその頃、レフィーヤはオラリオに来たばっかりだったっけ?」

 剣闘士というのは、闘技場で賭け試合――『賭博剣闘』に挑む『冒険者』達のことだ。死人が出る事も少なくないため、ギルドは禁止している。……のだけれど。

 例えば繁華街では今も大々的に行われていると聞いている。繁華街以外でも非公式に行われているとも。

「で、でも剣闘士って……」

 レフィーヤが怪訝そうな顔をする。それも当然だった。

 そもそも『剣闘士』とは冒険者崩れの者達……つまり、ダンジョン攻略から落ちぶれた者たちだというのが、オラリオにおける認識だ。

 名声や富が欲しいなら、ダンジョンに挑む方が確実で見返りも大きい。それを分かっていながら、ダンジョンに向わないのは冒険者として落ちぶれているからだ――と、大体そんな理由らしい。

「やっぱりピンキリらしいよ。アタシはそういうの好きじゃないから詳しくないけどね」

 と、ティオナがいつになく醒めた声で呟いた。

 必ずしも出涸らしばかりとは限らない。けど、あんまりそちらが盛んになっても治安悪化に繋がりかねないし、万が一ダンジョン攻略が疎かになれば、オラリオの基幹産業である魔石製品製造にも影響を及ぼす事になる。何より『来歴』に問題があるせいで、ギルドが意図的に貶めている節がある――と、ロキは言っていた。

「まぁ、元々は決闘代行者(デュエリスト)の流れを汲んでいるそうだし、昔はそれなりのものだったのかもね。今はどうだか知らないけど」

 同じく醒めた声で、クオンの傍から戻ってきたティオネが付け足した。

「その決闘代行者(デュエリスト)って何ですか?」

「もうずいぶん前に廃れた職業よ。【ロキ・ファミリア】が結成された頃にはまだ残っていたらしいけどね。その名の通り、『一騎打ち』形式の『戦争遊戯(ウォーゲーム)』で、代役を務める冒険者がそう呼ばれていたらしいわ」

 不吉でも払うような仕草をしてから、ティオネが続けた。

 ギルドと神会(デナトゥス)公認の元で、事前にルールを定めて行われる派閥間の決闘を『戦争遊戯(ウォーゲーム)』と呼ぶ。具体的な勝負形式はいくつかあるけど、そのうちの一つに『一騎打ち』がある。今では自派閥の最大戦力をあてがうのが通例だけど、かつてはそれを代行する『決闘代行者(デュエリスト)』という存在がいたらしい。

「『戦争遊戯(ウォーゲーム)』が【ファミリア】の命運をかけた戦いである以上、それを任される決闘代理人(デュエリスト)は極めて高い実力を求められたのは言うまでもないでしょ? でも、そっちが盛んになると今度はファミリア同士、ひいては神同士の戦争であるはずの『戦争遊戯(ウォーゲーム)』が単に決闘代理人(デュエリスト)同士の争いになったらしいわ。要するに決闘代理人(デュエリスト)同士が決着をつけるために、手頃な【ファミリア】同士を『戦争遊戯(ウォーゲーム)』に駆り立てたってわけ」

 神々の代理戦争――そういう名目はまさに名目となり下がったという事だ。

 それに、

「非公式の『一騎打ち』が横行したってフィンは言ってたよ」

 本来『戦争遊戯(ウォーゲーム)』は神会(デナトゥス)で事前に承認を受けなければならない。

 有体に言って手間のかかる手段だった。だからこそ、その結果も重視される訳だけど……

「言い方は悪いけど、『一騎打ち』は勝負形式の中で一番手軽だから。神会(デナトゥス)の承認なしでもやろうと思えばどこでもすぐに行える」

 というか、喧嘩レベルなら毎日どこかで起こっている。

 多分、今夜も街のどこかで冒険者同士が殴り合っているはずだ。

「そうそう。で、さすがにこれはマズいってんで、『戦争遊戯(ウォーゲーム)』において決闘代理人(デュエリスト)の雇用は禁止となったの。まぁ、実際には『助っ人制度』って特別ルールに名前を変えて細々と残っているらしいけどね」

 決闘代理人(デュエリスト)の全盛期に比べれば、本当にささやかなものみたいね――と、ティオネが肩をすくめた。

「それで、めでたく仕事にあぶれた決闘代理人(デュエリスト)達が始めたのが、純粋な賭博である『剣闘』ってわけ。まぁ、本当に腕の立つ連中なら素直に冒険者業に復帰したでしょうから、残った『剣闘士』にはやっぱり出涸らしが多かっただろうけど」

 ロキが『来歴』に問題があるというのはつまりそういう事だった。

 そして、そんな理由もあって本来であれば日の目を見る職種ではない。

 そんな『剣闘士』がよりによって取り締まるはずのギルドの――さらには神会公認の元で試合をするなんて、まさに前代未聞の出来事だった。

「そう言えばそんな事もあったような……。あれ? でもそれって結局実現しなかったんじゃ……。あんまり話題にならなかったですよね?」

 ティオナの言葉で、ようやく思い出したのはレフィーヤが頷いた。

「ううん。実現してるよ。ただ単に勝敗が有耶無耶になっただけ」

「そうそう。ちょっと派手な乱入があってね」

 そして、その直後に彼がオラリオを去った事もあって、あまり話題にならなかった。

 ……でも、実際に話題にならなかったのは、その『結果』が『期待外れ』だったからだ――と、ロキは言っていた。

「で、でも。相手はあの【猛者(おうじゃ)】ですよね? 中断したって勝敗は明らかだったんじゃ……」

 何しろ【猛者(おうじゃ)】はオラリオ唯一のLv.7だ。勝敗は明らか――と、レフィーヤが思うのも当然だった。でも、

「どうかな。あのまま続けていたら、ひょっとしたら……」

「―――ああああああああああああああっっ!」

 いきなりだった。

 臓腑の底から引きずり出されたような悲鳴がダンジョンに響き渡る。

 嫌でも事の重大さを理解させて来る凄惨な悲鳴。入り組んだ迷宮の中で反響し、あらゆる方向から何度も鼓膜を打ち据える。

「今の声は……!」

「ラウル!?」

 聞き覚えのある声に、レフィーヤとティオナが顔を見合わせた。

「まさか団長に何か……?!」

 尋常ならざる悲鳴に、ティオネもまた悲鳴めいた声を上げた。

 何であれ、二班が異常事態に巻き込まれたのは間違いない。

「行くわよ、あんた達!」

 言いながら、ティオネは再びルームの奥――泉水の傍……というか、クオンの傍に突進していって、

「待て。何で俺の腕まで掴む?」

「うっさいわね! 団長が危ないのよ!」

 彼の腕をがっちりと掴み、引っ張り始める。

「俺が知るかそんなこと!?」

 しかし。ティオネはすでにクオンを引きずって悲鳴の元へ向かって走り出していた。

 私達も慌ててその後を追う。

「あ、あの! あの人連れてく意味があるんでしょうか?!」

「まぁ、腕は立つよねー。カドモスを一人で倒せるんだし」

 あっさりと頷くティオナに、レフィーヤが言葉を詰まらせた。

「と、言いますか! 何であの人、ティオネさんとあんなに険悪だったんですか?!」

「四年前に、ちょっと色々あって危うく本気で殺し合いになりかけたんだよね、私達」

「はぁあああっ?! ど、どういう事なんですか!?」

「ロキとかベートがちょっかい出したせいでさ~。それに何か奇妙な誤解も重なってね。危うく全面戦争になるとこだったんだよねー」

 幸い首脳陣が一戦交えるだけで済んだわけだけど。

 ただ、あの一戦がオッタルとの立ち合いに繋がる大きな要因ではあったはずだ。

「まぁ、その代わりフィン達がだいぶ苦戦してたからね~。ティオネが根に持ってるのはそういうわけだよ」

 ……実は私自身も原因の一つなのでその話はかなり気まずい。

「だ、団長が?! それってあのヒューマンはLv.6って事なんですか?! 剣闘士なのに!?」

「ううん。あれ、レフィーヤってばホントに知らない? 【正体不明(イレギュラー)】のこと」

「あの人は『神の恩恵(ファルナ)』を受けていない。ギルド公認のLv.0だよ」

 ポツリと呟くと、レフィーヤの絶叫がダンジョンに響き渡った。

 

 …―――

 

「まさかここにきて新種とはね……」

 無数の芋虫に追われながら、思わず呻いていた。

「やれやれだわい」

 深手を負ったラウルを担ぎながら、傍らのガレスもまた肩をすくめる。

「面倒な相手だのう」

「そうだね……」

『カドモスの泉』が存在する区画にたどり着き、強竜を討伐する。そこまでは何の問題もなかった。その後、僕らだけでもクエスト達成に必要なだけの泉水を回収できたのはむしろ幸運と言ってもいい。だが、その帰り道に問題が発生した。

 それが、今僕らを追い回してくる新種――芋虫型のモンスターの襲撃だった。

「これもまたダンジョンの『未知』という事かな」

「そりゃいいが、どうすんだよ!? 逃げてるだけじゃ埒があかねえぞ!?」

「ンー…。仕留めるのは可能だろうけど。問題は武器かな」

 あの新種の主な攻撃手段は腐食液だ。それも、超強力な。

 吐き出してくるだけならまだ対処は可能だが……。

「まさか体液そのものまでがそうだとはのう」

「まったくだ」

 厄介なのは体液そのものが腐食液だという事だ。

 簡単に言えば、斬りつけた時点で武器もまた溶ける。

 実際、僕の槍もガレスの斧もそれで失われた。未到達階層攻略を見据える上ではかなり手痛い消耗だった。かと言って――

「素手じゃもっとマズいからね」

 ベートの足甲は健在だが、攻撃を仕掛けようものなら結果は同じだ。むしろ最悪腐食液が身体にまで及びかねない。そうなればラウルの二の舞だ。

「っと! これはマズい――!」

 そうこうしていると、近くの横道からも新種の大群が姿を現した。

 すでに腐食液を射出する態勢に入っている。

 一撃加えて斜線を逸らさなければ。と、残った最後のナイフを構えるが――

「やあああああっ!」

 それよりも早く、褐色肌の女戦士が斬りかかる。

 今この階層にいるであろうアマゾネス。しかもあの独特の形状の武器は――

「止せ、ティオナ!」

 制止の声を上げるが、すでに遅かった。

 ティオナはすでに接敵し、愛用の大双刃(ウルガ)を振るって新種を両断した。

「団長! ご無事ですか!?」

 続けてティオネが駆け寄ってくる。そして――

「えっ……?」

 大双刃(ウルガ)を見て、姉妹揃って絶句した。

大双刃(ウルガ)が溶けたぁ!?」

 ティオナが悲鳴を上げた。

 まぁ、それはそうだろう。専用武器(オーダーメイド)は基本的に高価である。

(しかも超硬金属(アマダンタイト)製だしね)

 一億ヴァリス以上は固いはずだ。

 いや、それはそうとして――

超硬金属(アマダンタイト)の塊ともいえる大双刃(ウルガ)でもあの様か……)

 これはいよいよ面倒なことになってきた。

「何で教えてくれなかったのー!?」

「フィンが止めただろうが、この馬鹿女!」

「って、まだいるしー!?」

 新たに追いついてきた新種を見て、ティオナが悲鳴を上げる。

「マズい! 全員撤――!」

 撤退の号令を出すより早く。収束する劫火に飲まれ、その新種は焼滅した。

「何……?」

 レフィーヤの魔法ではないのは明らかだった。

 振り返るより早く、その術者は僕らの傍らを通り過ぎていく。

「ほう。もうここまで上がってきたか……」

 新種の魔石を拾い上げながら、小さく呟いたのは軽鎧の上に黒いサーコートを羽織った男だった。それは、僕ら冒険者にとって共通の『悪夢』。

「クオン!?」

 ギルド公認のLv.0。そうでありながら、僕ら冒険者をあざ笑うように平然と『深層』を突き進み、Lv.7と互角以上の戦いを演じた――さらに、あの『古王』すらも退けた正真正銘の【正体不明(イレギュラー)】。

「フン。一応分別ってのはついているのか?」

 右手に火を宿したまま、彼はさらに集まっていた新種を睥睨した。

 そういえば、新種の動きは止まっている。まるで何かを恐れているかのように。

 いや、それは錯覚だったのだろう。一匹が悲鳴じみた鳴き声を上げると、残りも一斉にこちらに向って突進してきた。

「チッ、所詮蟲は蟲か」

 舌打ちをすると同時、火を宿したクオンの右手に青白い輝きが宿る。

「――――――」

 聞き取れない言語を用いた超短文詠唱。そして、青白い極光がその右手から放たれた。

「まぁ、こんなところか」

 魔石も残さず消し飛んだ新種を――いや、新種がいたはずの通路を見やって、彼は軽く肩をすくめる。

「相変わらずでたらめだね」

 本当にこれがLv.0の戦闘能力か。いや、ヒューマンでありながら『恩恵』もなく『魔法』を使える時点で規格外れだ。

「ひとまず礼を言っておこうか」

 嘆息してから、声をかける。

「そうして欲しいね。お前の手下のせいで酒樽を一つ無駄にしちまった」

「酒樽? ひょっとして君も『カドモスの泉』に用があったのかい?」

「でなけりゃ、こんなところをうろうろしてる訳がないだろう?」

「それはそうだろうけど……。急にどうしたんだい?」

 いや、そもそもオラリオに戻ってきているとは。

「別に深い理由はない。ちょっとした小遣い稼ぎだよ。水汲んでトカゲを捌くだけで何百万ヴァリスにもなるんだしな。他じゃ考えられないほど楽な商売だよ」

 カドモスをトカゲ扱い。しかも楽な商売か。もはやため息も出ない。

「それで、どうしてここに? まさか助けに来てくれたってわけでもないだろう?」

 いくつもの誤解や行き違いが影響したとはいえ、それこそ一時は本気で殺し合う寸前まで行った相手だ。

「そこの胸のある方の褐色小娘に強引に連れてこられたんだよ。ったく、お強いLv.6の冒険者様がか弱い一般人(Lv.0)に助けを求めて来るなよ」

「ンー…。一体どこから突っ込もうかな」

 本当にか弱い一般人(Lv.0)だったら『中層』どころか『上層』……それこそどころか水棲のモンスターが住み着いて問題になっているオラリオ内の地下水路でも危ない。

 いや、そんな当たり前の指摘よりも、やはりまずは感謝すべきなのか。どうやら本当にティオネが無理やり連れてきたようだし。

「それより見ない顔ばかりだが、リヴェリアはどうした?」

「いや、見ない顔って……。君と面識がないのはレフィーヤくらいのはずだけど」

 この場にいて、あの時のいざこざには巻き込まれていないのは、彼がオラリオを去ってから入団したレフィーヤだけだ。

「そうだったか?」

 どうでも良さそうにクオンは言った。

 さて。ベートの殺気が頂点に達しそうなので、そろそろ話題を変えなくては。

「それよりも、リヴェリアに何か用事でもあるのかい?」

「いや、用事と言うか……。あの芋虫どもを相手にするなら、あのお姫様に焼き払ってもらうか氷漬けにしてもらうのが一番楽だぞ。でないと、武器が傷んで仕方ない」

「傷むと言うか手持ちの武器はほぼ壊滅したけどね……」

 手にしたナイフに視線を落としながら肩をすくめた。

「それはご愁傷様。じゃあ、頑張ってな」

 あっさりと言って、クオンは立ち去ろうとする。が、そこで――

「お? 何だ、誰かと思えばラウルじゃないか」

 そこでガレスが担いだままのラウルを見て声を上げた。

「しばらく見ないうちに、ずいぶんと男前になっちまったな。おかげで分からなかった。まぁ、元気そうで何よりだ」

「い、いや。死にかけてるっスけど……」

 腐食液の直撃を浴びたラウルは、パッと見るだけでは人相すら怪しいほどだ。

 確かにクオンが気づかなかったとしても無理はない。

「大丈夫だ。人間ってのは意外としぶとい。余計なもの(神血)が混ざってるお前達ならなおさらな」

「うぅ……」

 安心していいのか悪いのか。

 それを判断しかねたのか、それとも単に傷が痛んだのか。ラウルは呻き声を上げた。

「――――」

 そのラウルに火を宿した右手をかざし、やはり聞き取れない言語を用いて、クオンは『物語』を口ずさんだ。

 聞き取れずとも、それと分かる。これは実に奇妙な感覚だった。

 その『物語』に呼応して黄金の魔法円が浮かび、ラウルの身体が元の形に戻っていく。

「ま、こんなところか」

『物語』を紡ぎ終えると、クオンは満足そうに頷く。

 こんなところも何も、身体の傷はほぼ完全に癒えていた。それこそ、溶けた防具やら何やらがそのままなのでよく分かる。

「おお!? た、助かったっス!」

 身体の調子を確かめながら、ラウルが歓声を上げた。

 僕ら【ロキ・ファミリア】とは色々と因縁があり、流石に良好な関係とは言い難い相手だが……何事にも例外というのはあり得る。

 それがリヴェリアとラウルだった。

 特にラウルとは全面戦争が回避されてから、クオンがオラリオを去るまでの間――実際のところ、数ヶ月というごく短い期間だが、ちょくちょくと顔を合わせていた。

 一応、諜報という名目を与えて黙認していた――いや、実際に情報を求めていた訳だが……が、まぁ、実際のところ酒場で酒を飲んだり、クオンの古巣とも言える繁華街で豪遊したり、益体もない話で盛り上がったりしていただけで、有益な情報は何もなかった。

 分かった事と言えば――

「うぅ……。クオンさん、助かったっス」

「気にするなって。ままならない凡人同士仲良くやろうじゃないか」

 あっけらかんとクオンは笑った。

 そう。分かった事と言えばそれだ。

 ままならない凡人。クオンは自身をそう評価している。

 一方でラウルだが……極々稀に『やんちゃ』もするが、基本的に真面目な性格だ。それが仇となるのか、ファミリア内では貧乏くじを引かされてしまう事が多い青年である。

 欠点と言えば、何より自分に自信がない事か。そのせいか、神が与えたのは【超凡夫(ハイ・ノービス)】という二つ名だった。

(信頼してるんだけどね)

 さすがに『深層』ではサポーターの役回りだが、『中層』辺りまでは充分に指揮官を任せられる。ステイタスもLv.4と高く、近々『下層』でも指揮官を任せるつもりだ。

 と、僕らの内部事情はともかくとして。

 同じ凡人同士。少なくともそう思っている者同士。

 この二人はそんな縁で繋がっているらしい。

「チッ……!」

 背後から殺気のこもった舌打ちが聞こえる。

 うんうん。舌打ちだけで堪えてくれて僕は嬉しいよ、ベート。

「しっかし……」

 ラウルが自分で立ち上がる頃。不意にクオンが唸った。

 その右手に武骨ながらも見事な拵えの斧槍を『出現』させながら。

「いつまでもここにいるわけには行かないらしいな」

「そのようだね……」

 迫ってくるのは見慣れたモンスターの群れ。

 ブラックライノス。前傾二足歩行を取るサイ型のモンスター。『深層』に出没するだけあって、その戦闘能力は申し分ない。今の状態……素手同然の有様ではさすがに分が悪かった。いや――

「って、ちょっと! あの新種、ブラックライノスまで襲ってるよ!?」

 その背後に迫っていた新種は、僕らではなくブラックライノスに襲い掛かる。

「今のうちに逃げるぞ。あいつらはモンスターを優先して襲うからな」

 言うが早いか、クオンは背を向けて走り出した。

 反論の余地はない。ティオネ達から予備の武器を受け取ったとはいえ、あの新種に攻撃できるわけもない。攻撃してしまえば、この武器も失う事になる。

 ……いや、武器を失わずに済ます方法がまるでないとも言わないが。

「詳しいね?」

「むしろ、あれをまだ新種と呼んでいる方が驚きだな。三年間も何をやっていた?」

 並走しながら問いかけると、彼はあっさりとそう返してよこした。

 その言葉に、彼が持つ非公式記録(アナザーレコード)を思い浮かべる。

 到達階層七〇階層以上。こまめに数えていなかったらしく、曖昧だが――彼が持ち帰ったドロップアイテムのいくつかは未だに未知のモンスターのものだと聞く。今もまだギルドの保管庫に厳重に保管されているとも。

(なるほど、知っていてもおかしくはないのか)

 もうここまで上がってきたか――と、彼はそう言った。

 つまり、ここより下の階層では当たり前に存在するモンスターという事だろう。

 気になるのは『上がってきた』という言葉そのものだ。

神蓋(バベル)の封印が通じていない?)

 古代においてモンスターはダンジョンを抜け出して地上に溢れた。各地に残る野生のモンスターはその子孫達である。

 その後、神々が降臨し、バベルが建築されてからはダンジョンからモンスターが外に出て来る事はなくなった。それどころか階層間の移動すらほとんどないというのが通例だ。

 だからこそ、ギルドは到達基準を定め、冒険者もそれに従って探索する事ができている。無論、異常事態はいつだって起こりえるものだが……。

(彼の言いようだと、まるでこの新種は常に地上を目指しているようだね。そして、他のモンスターを優先して襲う習性を持っている)

 異常事態ではなく、それこそがこの新種の正しい生態である。

 彼の言葉を誠実に解釈するなら、おそらくそう言う事になる。

 どちらも厄介な生態だった。

 いや、正しく言えば前者――つまり、棲息域より上部階層に出現するモンスターが他にいない訳ではない。しかし、そちらは移動しても精々が八階層程度だ。

(この新種がどこを棲息域にしているかは分からないけど……)

 気まぐれに上部階層に上がってくる程度なら、『もうここまで』という言い回しはしないだろう。つまり、この新種はバベルの封印をものともせず、地上を――少なくとも上部階層を目指しているという事になる。

(この潜在能力ならありえるだろうけど……。厄介だな)

 いずれにせよ、まだ攻撃が通じるだけマシだ――が、そこに後者の習性が加われば話はまた変わってくる。

 モンスター同士の共食い。滅多に起こる事はないが、もし何かの弾みで行われた場合……特に、魔石を喰らった場合、そのモンスターは『強化種』と呼ばれるようになる。

 その名の通り、通常のものよりも能力が強化されており――例えば『血濡れのトロール』は討伐に向かった精鋭パーティを返り討ちにし、五〇名以上を殺害したという。

 ギルドがその存在を把握するまで……その後【フレイヤ・ファミリア】に討伐されるまでの間に犠牲となった冒険者の数は今もはっきりしないが、おそらく一〇〇名を下回る事はあり得ない。だからこそ、ここ一〇年ばかりの間、最大の被害を出した最悪の『強化種』として冒険者に恐れられ続けているのだ。

 モンスターが他のモンスターを喰らうというのはそれほどの危機をもたらす行為なのだ。それを常とするモンスターなど悪夢でしかない。しかも、それが上部階層に向かってくるなど、悪夢どころの騒ぎですらなかった。

「おっと!」

 先回り――と言うより、別動隊か。ともあれ、進路上に数体の新種が姿を現す。

「面倒な連中だ……!」

 クオンが火を宿した左手の指先で斧槍の刀身を撫でる。と、その火が燃え移るように斧槍が炎に包まれた。そして、大薙ぎの一閃が放たれる。

「なるほど、そういう手もあるか……」

 両断されると同時、新種はそのまま燃え上がる。

 一方のクオンの斧槍は溶ける事はない。

「溶かされる前に腐食液を蒸発させればいい。道理と言えば道理だね」

「真似できる魔導士がおれば、の」

 それが最大の問題だとも言える。

 そもそも属性付与(エンチャント)系の魔法自体が希少だった。

 ガレスと言葉を交わしている間に、クオンの手によって行く手を塞いだ新種は一掃されていた。

「しかし、相変わらず酷い臭いだな。身体に悪そうだ」

 腐食液が蒸発したせいだろう。口腔に得体のしれない酸味すら錯覚させる、何とも言えない不快な臭いが通路に充満していた。

 野外なら――いや、せめて広場なら良かったのだろうが、生憎と狭い通路ではどうにもならない。ダンジョンの中では風も期待できなかった。

「まぁ、何にしても体に良い事はないだろうね」

 クオンが最後に付け足した冗談――だろう、おそらく――に、肩をすくめて返す。

 実際、狼人(ウェアウルフ)のベートは今にも吐きそうな顔色をしている。……意地でも表情には出さないつもりらしいが。

 ちなみに。その傍らで、それこそ吐きそうなくらいラウルが咽こんでいる。どうやら、まともに吸い込んでしまったらしい。

「あながち冗談でもないかな……?」

 錯覚なのかどうなのか。喉の奥が焼けるような痛みが走った気がした。もっとも、今のところ風邪の引き始めのようなものだが……いや、迂闊に無視すると大事になるのはどちらも同じか。

「【目覚めよ(テンペスト)】」

 ラウルの様子を見かねたのか。それとも、僕と同様に身体に違和感を覚えたのか。あるいは、単純に臭いに辟易しただけかもしれないが。

 ともあれ。アイズが小さく呟き、風を纏った。そのおかげで立ち込めていた臭いが霧散していき――ベートがこっそりと大きく息をついた。

「……ああ、なるほど。お前、あの時のチビ助か」

 その風――いや、その魔法を見て、クオンがポンと手を打った。

 どうやら、ようやく思い至ったらしい。

 まぁ、当時アイズは一二歳だ。チビ助と言われても仕方ないと言えば仕方ないが。

「相変わらず殺し方しか知らないらしいな」

 これはまた手厳しい。殺し方ばかり教えたか――とは、四年前にも言われた言葉だ。

(これでも入団当初よりはだいぶマシになったんだけどね)

 もっとも、『人形姫』などと揶揄されるのは相変わらずだ。

「そろそろ少しは色気を身につけないと、嫁の貰い手がいないぞ。リヴェリアならまだしも、お前さんはそうもいかないだろう」

「……余計なお世話です」

 ぷぅ、とアイズが膨れる。

「ほう? 少しはマシになったか」

 それを見て、クオンは声を上げて笑った。

 そのせいで、ついにアイズはそっぽを向く。そして――まぁ、あえて誰のものとは言わないが、背後から伝わってくる殺気が増大した。

 いや、それにしても――

(なんで二人分なんだ?)

 ああいや、彼女もアイズには絶大な憧れを寄せている訳だし当然なのか。

 ……何というか、ロキの悪い影響を受けているのでなければいいのだけど。

「まぁ、いい。さっさと行くぞ。どうせリヴェリアは五〇階層にいるんだろう?」

 こちらの殺気を感じていない訳もないだろう。しかし、まったく歯牙にもかけず、斧槍を肩に担いでクオンは走り出した。

 確かに今はリヴェリア――もっと言えば、魔導士達との合流を優先すべきだ。背後からはブラックライノスのものと思しき断末魔の悲鳴が聞こえて来る。加えて言えば、それは徐々に近づいてきていた。どうやら、あの新種はまだこの辺りに巣くっているらしい。

 しかし――

「五〇階層までついてきてくれるのかい? 今日はずいぶんと気前がいいね」

「何を馬鹿な事を。迷子の小娘共を保護者のところに送り届けるのは当然だろう?」

「……それはどうもご親切に」

 それはあながち『皮肉』ですらなさそうだったが。

 しかし、今の状況で彼の助力を蹴るというのは、全員の命を預かる団長としては好ましくない決断だった。何しろ――

(親指の疼きが止まらない……)

 まだ何か厄介事が続く。

 冒険者になってから今まで、この勘に従って生き延びてきたのだ。無視などとてもできたものではない。なら、この男には最後まで付き合ってもらうべきだ。

 もっとも――

(彼と出くわした事そのものが厄介事なのかもしれないけどね)

 だから親指の疼きが止まらないのだ、と。

 そう言われたところで反論はできそうにないが。

 

 

 

(しかし、もう五〇階層まで上がってきていたか……)

 チビ助……から、多少成長した小娘共を連れて迷宮内を走りながら、胸中でぼやく。

 この連中の様子では、未だ六〇階層より先に到達しているとは思えない。だから、あの芋虫どもを『新種』などと呼ぶのだ。

(もう三年と言うべきか……)

 それともまだ三年と言うべきか。

 何とも判断に困るところだが、どうやらあの連中は今も真面目に頑張っているらしい。

(神どもがどうなったところで興味もないがな)

 しかし、時折見る『■』を考慮すれば、事態はそう単純ではない。

 俺達の『時代』を生きた何者かがこの地で暗躍しているはずだ。

(大体、今にして思えばお膳立てが良すぎたんだ)

 四年前、このオラリオで過ごした日々を思い出す。

 この連中と出くわした頃は、控えめに言って日替わりで違う【ファミリア】連中に追い回されていた。

 背後の小娘共との一件もその一つでしかない。そして、あの一件だけに注目しても、あまりに『出来すぎて』いた。

 結論から言って、誰かが殺し合わせようと画策していたとしか思えない。

(一つだけなら、まだ不幸な誤解だった済ませられるのかもしれないがな)

 例えば。うっかり出くわしてしまった不運な――せっかく芋虫どもに喰われずに済んだというのに――モンスター達を次々に斬り捨てているこの小娘について。

 この戦闘狂が俺に興味を持つ――と、そこまでだったらまだ可能性としてはあり得なくもない。いきなり斬りかかってくる――と、いうのも当時の小娘だったら、あり得ると言うよりない。だが、それなりに周囲に警戒を払っていた俺の居場所を突き止め、本人だという確信を持っていた、となると話は変わる。

 何しろ、あの糸目の小僧が俺の周りを嗅ぎまわり始めたのは、この小娘との初戦を終えた後の事なのだから。

(あの時はまだそこまで『有名』じゃなかったはずだからな)

 この小娘共との一件が起こったのは、霞の『仇討ち』を済ませ、その事後処理――その仇の下で甘い汁を啜り、ならず者集団と化したいくつかの小規模【ファミリア】との『抗争』がようやく終わった直後だった。

 それなりに派手に暴れた以上、その界隈でなら名は知れていただろう。だが、オラリオを二分する大派閥と持て囃されるこの連中の耳に入る程ではなかったはずだ。

 実際、主な『戦場』となった繁華街を牛耳るあの『女』の手下どもは見向きもしなかった。……少なくとも、この頃はまだ。

(大体、言うほど派手に暴れたわけでもないしな)

 暗黒期を一年余計に延長させた元凶――なんて毒づかれる事もあるらしいが、『専門家』には残党狩りの総仕上げになったと言われている。

 まぁ、彼女達が行えば立派な治安維持活動だが、俺がやれば単なる私闘でしかない。前者の言い分も否定などできはしない。

 ……だが、やりすぎたせいで危険人物呼ばわりされる羽目になった、どこぞの酒場の女店員ほど派手に暴れた訳でもないのもまた事実だった。

 もしそうなら、俺も危険人物一覧に名を残しているはずだ。……いや、今なら記されていたとしても驚きもしないが。

 俺が蹴散らしたのは、その女店員はおろか、ギルドの連中ですら……ああいや。今はどうだか知らないが、当時は袖の下を掴まされているのがまだ相当数生き残っていたと聞いている。ひとまずあの連中は除外するとして、それでも『専門家』――【ガネーシャ・ファミリア】の彼女達ですら目をこぼしたような木っ端ものでしかない。

 どう考えても、この小娘共が俺にちょっかいを出してくる理由が思いつかなかった。

 あの老神ですら、この時点では俺が『何者』なのか把握していなかったというのに。

「おっと……」

 階層を繋ぐ階段――とは名ばかりの険しい坂道を駆け上がり、五〇階層へと飛び出す。 その先に広がる光景を見て、小さく呟いていた。

 五〇階層は冒険者達が安全階層(セーフティポイント)と呼ぶ階層だ。簡単に言えば、モンスターが『生まれない』階層なのだが……

「これはまた悲惨だな……」

 生まれないだけで、存在しない訳ではない。

 食料や水を求めて上下の階層からモンスターが集まってくる階層。モンスター達の楽地という方がより現実に即している。『安全』というのはあくまで他の階層に比べて、という程度のものだ。

 従って、この五〇階層にもモンスターが存在するのは言うまでもない。見かけたとしても驚くには値しない。

「先を越されたな」

 そして。魔石を求めて蠢くあの芋虫どもがこの階層のモンスターを片っ端から食い漁っていたとしても、それはなるべくしてなった結果であり、その際に割と凄惨な光景が生み出されていたとしても、それは致し方ない事だった。

「先を越されたというより、むしろ本隊はこっちだったんだろうね」

 傍らで小人が――この連中を束ねる団長が呻いた。

「だろうな。これは無駄足だったか?」

 久しぶりにリヴェリアの美貌でも拝見しようかと思ったが……この有様では、最悪死体が残っているかどうかから心配した方がいいかもしれない。

「みんな……!」

 風を纏って、小娘が芋虫の群れに突貫する。

「あ、ちょっと待て」

 彼女が手にするあの鈍らは切れ味が鈍い代わりに絶対に溶けない。さらにあの魔法は腐食液から守ってくれるだろう。……まぁ、本人だけは。

「な――っ!」

 止める暇もあればこそ。一番近いところにいた芋虫が数匹、あっさりと両断され――そして、『爆発』した。その絶対的な溶解力をもつ体液を周囲にまき散らしながら。

「やれやれ……。だから待てって言っただろう?」

 こちらも絶対の強度を誇る大盾――来歴不明の石碑を用いて造られた≪ゲルムの大盾≫を掲げながら、小さく肩をすくめた。

「もっと早く言ってくれ……」

 慌てて飛び退いたらしく、心なし土にまみれた小人が毒づく。

「倒せば倒したで爆発するとは、つくづく厄介じゃのう」

「やっぱり、火で焼くのが一番か」

 ドワーフの唸り声に、小人が頷く。

「火なんかつければ余計に燃えそうな気もするんだがな」

 理屈で言えば油壷に火を放っているようなものなのだが、何故だか爆発しない。

 いや、よく燃えすぎるあまり爆発する暇もなく燃え尽きているだけなのか。

(まぁ、爆発しないならそれに越した事はないか)

 エレーニアス絵画で出くわした鬱血亡者と同じ――と、それで納得しておくとしよう。

 ため息をつきながら、愛用の黒弓をソウルから取り出す。

≪狩人の黒弓≫――またの名を≪ファリスの黒弓≫。後の世では狩りの神エブラナと同一視された弓の英雄ファリスが愛用した弓である。

 それに矢を三本まとめて番えて弓弦を引き絞る。狙いを定める必要はない。的は大きく、動きは遅く、数は多い。それこそ目を瞑っていてもどれかには中る。

 ……もっとも、あまり手前の芋虫に中てる訳にはいかないが。

 弓弦が震え、空気を裂いて矢が疾る。それはそれぞれ別の芋虫に深々と突き刺さり――そして、まとめて爆発させた。

 流石に自分の酸には耐性があるのか、他のモンスター程よく溶ける訳ではないが、至近距離からまともに浴びた何匹かは苦悶の声を上げ、でたらめに周囲に腐食液を吐き出し、それよりも間近で喰らった数匹は『誘爆』して、周囲へと被害を拡大させていく。三本の矢で与えられる損傷としてはなかなかのものだった。

 それを数回程も繰り返せば、だいぶ見通しもよくなる。

「さて、と。さっさと保護者に押し付けに行くとしようか」

 大盾はそのままに、改めて斧槍に炎を付加させてから一気に群れの綻びに飛び込む。

 全てを相手にする必要はない。少なくとも、リヴェリアの死亡が確認できるまでは。

 彼女の魔法は詠唱こそ長すぎるが、大半の呪術や魔術を上回る範囲を誇る。この数を相手にするなら、ぜひともあのお姫様の助力が欲しいところだ。

「【目覚めよ(テンペスト)】」

 風を纏い先行した小娘が芋虫どもを斬り刻んでいく。

 景気よく爆発する芋虫の群れを、大盾を構えて強行突破する。

「アイズ、半分で良い。(それ)を寄こせ」

 犬人(シアンスロープ)――いや、狼人(ウェアウルフ)の方か?――の小僧が小娘に声をかける。

 それに応じて小娘の方が何事か囁くと、風――というか、魔力の流れ――が小僧の足共に向かう。正しくは、小僧の身に着ける足甲に埋め込まれた黄玉に。

「ありがとよ」

 同時、小僧は他の子どもが見たらトラウマになりそうな笑みを浮かべた。

「蹴り殺してやるぜええええええ!」

 勇ましい事だ。武器が傷むのも嫌だし、当面は小娘と小僧に任せるとしよう。

 しかし――

「魔法を取り込むとは珍しい武器だな」

 これでも珍品奇品の類は多く知っているつもりなのだが。

 同じような効果を持つ武器は生憎と手持ちにはない……はずだ。パッと思いつかない。

(もしここで死んだら失敬しよう)

 長い旅路の中ですっかり染みついた収集魂に火が灯った。

 流石に殺して奪い取る気はないが、死んだら貰おう。どうせ死人には無用の長物だ。

「それより、キャンプの場所は分かってるのかい?」

 隣を並走しながら、小人が問いかけて来る。

 確かに四〇階層を超えたあたりから、階層の広さはオラリオそのものと同等かそれ以上になっている。だが、

「四九階層から五一階層に続く道のりの中で、お前らみたいな大所帯が陣取れる場所なんざそんなに多くないだろう? その中でいざという時に防衛しやすい地形。そこに水源の位置を加えれば大体見当がつくさ」

 この連中は不死人ではない。生きていくには食料や水が必要だ。食料も現地調達できるならそれに越した事はないだろう。その条件を満たし、かつ複数の幕舎を立てられ、モンスターの襲撃を受けても守りやすい地形。これだけ手掛かりがあれば、いかにだだっ広いこの五〇階層でも場所は絞り込める。

「それはそうだけどね。冒険者じゃないのに詳しいね?」

「俺は元々放浪者だぞ? こんなのは知ってて当然の知識だ」

 ただの放浪者だった頃――水やら食料にも気を配らなければならなかった頃に得た知恵と経験は今も健在だ。……記憶としてはもうほとんど残っていないが。

 それに――

「大体、特定する必要はない。生き残りがいるなら、近づけば嫌でも分かるさ」

 まぁ、分からない程度の生き残りしかいないなら話は変わるが。

 リヴェリアもいる訳だし、そこまで間抜けではないはずだ。

「矢を放て!」

「ですが、もうこれが最後です!」

「構わん、撃て!」

 ほどなくして、戦場の喧騒に混ざって凛とした声が聞こえてきた。

 それと、悲鳴交じりの気勢も。

「ほらな」

 あまりに予想通りの場所に陣取っていたせいで、思わず笑い声がこぼれる。

「やれやれ……。包囲されてないだけまだマシか」

 相変わらず猪突猛進な芋虫どもで助かった。隊列を組み、愚直に坂道を攻め上がるその姿に肩をすくめる。

「このまま挟撃する。あのお姫様がいるならそれで充分だろう?」

「もちろんさ」

 小人が頷いてくるのを確認してから、大盾を≪呪術の火≫に切り替える。 

 正しくは≪曙光の火≫。恩師達が生み出したまさに万能の触媒。これだけあれば呪術は言うに及ばず、魔術や闇術、奇跡すらも発動させられる。

「――――」

 古き竜の言葉を用いて詠唱を行う。

 その魔術の名を【降り注ぐソウル】。

 狙いは群れの上空。ソウルの極光はその名の通り、無数に裂け地面に降り注ぐ。

「よしよし。これでお姫様も気づいただろうさ」

 敵を始末するのはついで。主な狙いはそちらだった。

「まず間違いなくね。烽火にしては派手すぎる」

「景気づけにはちょうどいいだろう?」

 小さく笑い返してから、大盾に戻してその場に陣取る。

 あまり突貫してリヴェリアの魔法に巻き込まれては目も当てられない。

 その頃には、上から武器の詰め合わせがいくつか飛んできた。相変わらずいい仕事をするお姫様だ。

「俺達はここで後方の奴らを釣りながら、周りの連中を足止め。リヴェリアが詠唱する時間を稼ぐ。そんなところか?」

「妥当だね。幸い、こちらにも魔導士はいる。敵の群れを二分すれば殲滅も容易だ」

 小人が、山吹色の髪をしたエルフのお嬢さんに視線を向けた。

「僕らが敵の足を止める。レフィーヤは、詠唱を始めろ。この戦闘は君にかかっている。急げ」

「は、はい!」

 頷くと同時、そのお嬢さんは杖を構える――が、まだ詠唱できるほど周囲の状況が安定しない。このお嬢さんはお姫様のように動きながら詠唱とはいかないらしい。

 まずは足止めをしなければ。

「で、その僕らってのに俺も含まれてるのか?」

「もちろん、腐食液を気にせず戦えるのは君とアイズとベートだけだからね」

 その小娘共は後ろ――芋虫の進路方向――で、派手にはしゃぎまわっていて、こちらなど気にもしていないようだが。

「人使いが荒いな。しかも他人を巻き込むなよ」

「礼はするとも。無事に生き残れたなら、ね」

「どうだか……」

 どうにも信用しかねる。まぁ、あの売女の一味よりはいくらかマシ……いや、それもどうだか。

 あの女や糸目の小僧を信じられるなら、どこぞの王妃様や世界蛇だって信じられそうだ。

「貸してやる。その代わりさっさと突っ込め」

 ソウルから斧槍を一本取りだして放り投げる。

「結構な値打物みたいだけど、溶けてもいいのかい?」

「やってみろよ」

 銘を≪サンティの槍≫。正確には斧槍だが――動く巨像サンティを仕留めたという伝説の名槍だ。

 いや、より正しく言えば――

「それじゃ遠慮なく」

 小人が槍を振るう。その切れ味は芋虫の身体を容易く両断して見せた。

「これも不壊属性(デュランダル)? でも、切れ味が良すぎる……」

 より正しく言えば、『不壊』の名槍だ。

 屈強な巨人の身体すら溶かす強酸の海で振るっても刃毀れ一つしない。俺が持つ武器の中でも特に希少な一振りである。

「ほら、それで勇気一〇〇倍だろう。さっさと突っ込め」

 武器破壊さえ防げるなら、そこまで面倒な相手ではない。……まぁ、一匹一匹は。

 だが、数というのはただそれだけで厄介な代物である。エルフのお嬢さんを守りながらこれだけの数を相手にするというのは、決して容易なものではない。

「確かに。これなら何とでもなるね」

 言うが早いか小人は四方を囲む群れの一角に飛び込んでいった。連中が行きたい方向では小娘と小僧がはしゃいでいる。

 あとは――

「斧はないのかの?」

「あの槍みたいな斧っていう意味ならないな」

 ドワーフのおっさんの問いかけに、肩をすくめて見せる。

「なら、仕方ないのう!」

 言うが早いか、ドワーフのおっさんは上の連中が投げて寄こした戦斧を地面に突き立てて――

「ぬぅん!」

 そのまま豪快に地面を抉り飛ばした。

 即席の投石器とでも言えばいいのか。その礫は芋虫の身体をぶち抜き、爆発させた。

「ま、こんなもんかの」

 あの様子なら、小人の反対側は任せても大丈夫そうだ。

 肩をすくめてから、残る一角――五一階層に続く方向に陣取る。

 この分なら、思ったよりは楽ができそうだった。

「――――?!」

 そう思った矢先。首筋の産毛が不意に逆立った。

 長い旅路の中でしみついた直感。あるいは死の気配をかぎ取る嗅覚。

 それが認識より早く、意識よりも早く、身体を動かした。

 見上げたのは頭上。天井から降ってくる数匹の芋虫の姿がそこにあった。

「――――」

 左手に火を宿し、詠唱を行う。

 魔術の名を【ファランの矢雨】。一撃の威力ではなく、弾数の多さが脅威となる魔術。

 無数のソウルの輝きが矢のように芋虫どもに突き刺さる――が、

(やはり軽いか……!)

 込める魔力が足りなかった。

 何匹かは生きたまま地上に降り立つ。間の悪い事に、あのお嬢さんの近くにも。

 傍にいるのはラウルと、褐色小娘二人。まぁ、それなら――

(あれくらいなら放っておくか)

 背後は気にせず、目前の芋虫どもに【火球】を叩きつけ、斧槍で貫き、薙ぎ払う。

 その頃には――

「―――面倒くせぇ」

 この派閥の火炎壺が……まぁ、そのうちの一つが勝手に爆ぜた。

 思わず振り返ると、胸のある方の褐色娘が後先考えずに特攻し、素手で魔石を抉り出すのが見えた。当然のように腐食液を全身に浴びるが、気にもせず新たな獲物へと飛びかかっていく。

 見れたのはそこまでだが――まぁ、あの様子なら少しくらい放っておいても死にはしないか。

(しまったな。面倒な事になるか?)

 それよりも、あの魔石がこの連中の手に渡ってしまった事の方が気になる。

「【――雨の如く降りそそぎ、蛮族どもを焼き払え】!」

 舌打ちする頃には、お嬢さんの詠唱が終わったらしい。

「撃ちます!」

 その叫びに応じて、その場から飛び退く。

「【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!」

 景気よく放たれた無数の火線が雨のように降り注ぐ。やはり魔法が誇る範囲は脅威だとしか言いようがない。この真似ができる呪術や魔術はそう多くはなかった。

「上も下も派手にやったな」

「うむ。ここまでやればいっそスカッとするわい」

 火の雨が収まる頃には、上の騒ぎも収まっていた。

 いや、むしろ上からの流れ弾――もしくは援護射撃か――も混ざっていたのか。

 とにかく、地上に蠢いていた芋虫どもはまとめて消し飛んでいた。

「やったね、レフィーヤ!」

「すごいっす!」

「い、いえ! ありったけの精神力(マインド)を注ぎ込んだので……!」

 喝采を上げる胸なし褐色娘とラウルを前に、エルフのお嬢さんが慌てた様子で応じる。

 一方で、

「ティオネ!」

 素手で天井から降ってきた芋虫どもを皆殺しにした結果、どことなくイルシールの地下牢を徘徊していた『なりそこない』を思い出させるような――まぁ、連中と違って全体的にどす黒いが――有様になった胸あり褐色娘を見て、小人が険しい顔をした。

「レフィーヤ、万能薬(エリクサー)は残っているか?」

「は、はい!」

 エルフのお嬢さんが腰のポーチから小型のボトルを取り出し中身をぶちまけた。

 数本ほど空にしてようやく身体が原型を取り戻しかける。

「無茶をするな」

「ぁ……」

 そこで、小人が自分の腰巻をほどき押し付けるように手渡した。

 まぁ、身体の原型が失われるほど酸を浴びれば装備だってとっくに溶け切っている訳だから、当然と言えば当然だが。

「話は全員の無事を確認してからだ。覚悟しておけ」

 と、威厳たっぷりに言ったのだが――

「はぁいっ……!」

 胸あり褐色娘はまるっきり恋する乙女のような目を注ぐばかり。

 深々と嘆息しているのが、坂を駆け上がる背中を見るだけで分かる。

「あの小娘や小僧と言い、お前のところには戦闘狂しかいないのか?」

 今の時代だったら、殺し方以外にも教えられることは色々あるだろうに。

 半端な形になってしまったとは言え、せめて活用できる部分は活用して欲しいものだ。

(まったく、どいつもこいつも……)

 これでは火を消した甲斐がないにも程がある。

「……黙秘するっス」

 ともあれ。

 思わず隣に来ていたラウルにぼやくものの、彼は賢明にも沈黙を守って見せた。

「ほう?」

 気分を入れ替えてから。坂を上り、連中の野営地にたどり着く。

 備品はほとんど壊滅しているが、どうやら死人は出ていない様子だった。

 まぁ、方々に若干身体の形が『崩れた』連中が転がっているが、それでもあの胸あり褐色娘ほどではない。これなら、放っておいてもよさそうだ。

「よう、お姫様。相変わらず性質の悪い連中に捕まってるようだな?」

 誰に咎められるでもなく、野営地――いや、もはや野営地跡と呼ぶべきか――を適当にぶらついていると、ようやくお目当ての美女の姿を発見した。

 翡翠色の艶やかな髪。白磁の肌。神ですら嫉妬すると称される美貌。生まれ持った王者の気品を知的な雰囲気が包み込む。

「クオンか」

 リヴェリア・リヨス・アールヴ。

 俺が顔と名前と所属する【ファミリア】を――あとは、二つ名とやらを一致させている数少ない冒険者の一人だった。

「あの光はやはりお前の仕業だったか」

「まぁな。烽火としてはちょうど良かっただろう?」

「ああ。モンスターどもだけでなく、魔導士としての自信まで削り取ってくれた」

「オラリオ最強の魔導士がよく言う」

 四年前の時点で彼女はオラリオ最強の魔導士と言われていた。

 もし彼女に詠唱を終えられてしまえば、俺ごときがただで済む道理はない。

「フン。そんな称号(もの)、その気になればいつでもお前のものになるだろうが」

「何を言ってるんだか。俺は魔導士じゃないって言っているだろう?」

 それは本当だ。オラリオで言う『魔法』など一つとして使えはしない。

 呪術師を名乗る事はできる。これでも開祖より直接教えを賜った身だ。その程度の自負は持っていて然るべきだろう。

 闇術師を名乗ったとしても文句は言われない。こちらもある意味『開祖』の直系に教えを賜っている。まぁ、闇術師はそもそも闇に潜む者達なのだから、同業者くらいにしか名乗る機会もないだろうが。

 魔術師と名乗っても……まぁ、本場のお偉いさん連中を除けば誰に咎められる事もないはずだ。いや、下手に名乗ると厄介ごとに巻き込まれると師であり戦友でもある男からは言われているが。

 聖職者は……名乗るつもりもないし、流石に名乗れもしない。だが、奇跡を扱える以上、そのフリくらいはできる。ついでに言えば……まぁ、敬意を払う神が一人もいないという訳でもない。

 だが、魔導士となると、大前提となる魔法を何一つ使えない時点で振りすらできない。

 いや、詠唱の長さは魔法によって大きく変動するらしく、呪術やら魔術やらを魔法と誤解する輩はいくらでもいる。それを考えれば振りだけならできそうだが……。

「魔法の一つも使えないのにそう名乗るのは、流石に不義理だろう?」

 と、いうか。今までの経験上、そういう真似をすると潜らなくていい死線を潜る羽目になりそうでゾッとしない。

 ヴィンハイムにしてもリンデルトにしても白教にしても青教にしても――話を聞く限り、魔術師や聖職者という連中は基本的に生粋の権威主義者の集まりなのだ。

 呪術師もまた本場と名高い大沼辺りまで行くと色々面倒だという噂を聞く。そのせいなのか、複数の術式を修める術者であっても本業として名乗るのは一つだけだ。他は芸の足し、新たな探究への足掛かり――と、少なくともそういう名目らしい。

(まぁ、そんなものか)

 俺だって何だかんだ言って、他の術式を修める上で軸となっているのは呪術である。

 と、それはともかくとして。

 呪術にしても魔術にしても性質がはっきり分かれるため、『フリ』をするのはおよそ不可能だが……もし、本場の連中に偽装している事がばれようものなら確実に粛正される。……いや、実際に自分の足で本場を訪れた事はないが、道中で会った同胞達の話を聞く限りそれくらいの覚悟はしておいて然るべきだろう。

「そんなもの(違い)に拘るのはお前だけだ」

 もっとも、時代は変わったという事か。リヴェリアはあっさりと切り捨てて来る。

「一口に魔法と言っても、その中には呪詛(カース)や妖術と呼ばれるものも含まれる。お前の言う呪術や魔術とて同じだろう」

 それはどうだか――とは思ったが、今のところそれを証明する実例はない。

 ひとまず肩をすくめるにとどめておく。

「まぁいい。それで、何の用だ?」

「つれないな。せっかく迷子を届けてやったのに」

 迷子――要するにあの金髪小娘……確か、アイズとか言ったか。このお姫様はその『母親』としても有名だった。

「誰が母親(ママ)だ」

「何も言ってないだろう?」

 いやはや、女の勘というのは恐ろしい。

「まぁ、懐かしい顔を見に来たってところかな」

「そう面白いものでもないだろう?」

「何を言ってるんだか。女神ですら嫉妬する美貌なんて言われてるくせに」

 実際、どこぞの売女などより遥かに美人だと言えた。

「フン……」

 照れた――というには、あまりに色気も素っ気もない返答が返ってくる。

「あとは迷惑料を分捕りにな。褐色娘どもに無理やり引きずり回されたせいで巻き込まれなくていい騒動に巻き込まれた。それと、『カドモスの泉』の泉水を酒樽一つ分無駄にする羽目にもなったからな」

 どこで売り捌くかにもよるが、あれだけでも数億ヴァリスになるのは間違いない。道中で使った矢はともかく、その分だけでも回収しなければ流石に割に合わなかった。

 ……大体、酒樽自体が結構高いのだ。それに、カドモスの泉から汲みやすいように細工してもらう必要もある。

「さ、酒樽一つ分だと? 樽の大きさは?」

「もちろん、ワイン用の酒樽に決まっている」

 と、他に回収した酒樽をソウルから取り出して見せる。

 一瓶はおおむね七五〇ml程度。それでも一千万ヴァリスは固いのだ。

 一方で一樽には二二五〇klほど入る。正規の回収瓶に換算すれば、おおよそ三〇〇本分。

 ざっと計算して三〇億ヴァリスにはなる――と、元より色白なリヴェリアが顔を青ざめさせた。

 しかし、改めて計算すると、我ながら派手にやったものだ。

(ただ単にちまちま瓶に詰めるのが面倒だっただけなんだが……)

 もっとも、樽だと一つ満たすだけでもずいぶんと時間がかかったが。

 しかし、無事に回収できた一樽分でもしばらく遊んで暮らせるらしい。

 いや、一度に捌くと値崩れしかねないから、売る際には瓶に取り分けるとしよう。酒樽ならそういう作業も楽に行えるはずだ。

「ま、待て。フィンと相談する――」

 リヴェリアが言いかけた時、轟音が響いた。木々をまとめてへし折る破壊音だ。

 それに混ざって巨大な何かが蠢く感触――大地の揺れや大気の震えが伝わってくる。そして、それなりの威圧感も。

 どちらも馴染んだものだ。尋常ならざる敵が迫りつつある。ただそれだけの事だった。

 にわかに野営地が騒然となる。

「人型、だと……!?」

 迫りくるのは無貌の異形だった。

 背丈は六メートルほど。下半身は芋虫のそれ。上半身は、リヴェリアが呻いた通りの『人型』だった。

 まぁ、頭があって胴らしきところから腕らしきものが二本生えているものであれば、概ね『人型』に見えるだろう。……もっとも、その異形の腕は二対四本あるが。

「いつもの『外征』ではなく『侵出』の方だったか?」

「何の事だ?」

「いや、気にするな」

『外征』にしても『侵出』にしても、俺が勝手にそう言い分けているだけだ。

 それに、どのみち特に深く考えて付けた呼び方でもない。理解を得るにはどうあっても詳しく説明する手間がかかる。それは面倒だ。

(しかし、それはそうと……)

 これで連中は地上まで五〇階層に迫った訳だ。

「そろそろ本気で尻に火が付くんじゃないか?」

 おそらくこの街で唯一『火の時代』について――ひいては、今この世界に蠢く『因果』についての知識を有する爺さん達を思い浮かべる。

 その爺さん――あの老神はどこぞの都にいた神の娘のように、今もこの穴倉を封じているはずだ。が、その祈祷では連中を止める事は叶わない。

(いや、俺にしてもまるっきり他人事って訳でもないが……)

 五〇階層まで『侵出』してきたとなると、ここから下ではもう何体もの『育成』が進んでいるはずだ。そうなれば、必然的に最下層への道は険しさを増している。

(面倒な事だな)

 四年前。初めてダンジョンに挑んだあの時は、おそらく七〇階層を超えるかどうかと言った辺りで力尽きた。あの頃よりはソウルの凝りも改善され、篝火の当てもできた――つまりはエストの補給も可能となったが……。

(足りるか?)

 体内のソウルの流れに意識を向ける。あの『邂逅』を経て、失われた記憶についてはほぼ取り戻した。

 同時に、ソウルの凝りもいくらか解消されたが……。

(高く見積もっても精々が四割といったところか……)

 ロスリックで『最初の火の炉』に辿り着いた時から見ればその程度だ。

(あれだな。ロートレクの手下と同じくらいか)

 あるいはシバの配下の透明忍者か。一概には言い難いが、概ねその辺りだろう。

 手下や配下だとはいえ、それぞれが腕の立つ――『不死の英雄』と名乗るに値する力量の持ち主だった。が、それでも未だ『玉座』には程遠い。

 そんな状態で、果たして最下層まで辿り着けるのか?――と、問われれば流石に返事に困るところだ。

 ここまでだったら、『ソウルの業』がそれなりに成熟した不死人であれば、どうにでもなる。それこそ、まだロードランをうろついていた頃のあの禿丸でもよほどヘマさえしなければ問題なく来れる筈だ。

 だが、流石に七〇階層を超えればその限りではなくなってくる。そろそろ本格的に『巡礼地』らしさが出て来るのだ。そこそこの腕を持った不死人でも油断すればあっさり篝火に戻される。……あるいは、そのまま亡者になり果てるだろう。

「まぁ、いい」

 俺の――いや、俺達の旅路など、元よりそういうものだ。

 まるで火に誘われる哀れな蛾のように。苦難を求めるかのように。人間性を捧げ。絶望を焚べて。遥か遠き『玉座』へと突き進む。それ故に『巡礼者』などと呼ばれるのだ。

「肩慣らしと行こうか」

 今さらあの程度の相手に膝を屈する訳もない。

 右手の武器を愛用のクレイモアに切り替え、炎を宿す。

 必要な準備はそれだけだ。

 今さら恐れなどなく。感慨すらもありはしない。

『―――!』

 四本の腕による連撃を掻い潜り、間合いを詰める。

 両手で構えたクレイモアを一閃。腐食液もろともにその身体を斬り裂いた。

『―――――――――!』

 割鐘めいた耳障りな声が響き、でたらめに振り回される腕からは鱗粉がばら撒かれる。

 生憎と。その類の攻撃はこれまで散々見てきた。

「――――」

 左手に火を宿し、ごく短い物語を口ずさむ。

 その名を【フォース】。ただ単に衝撃波を発するだけの奇跡。

 その衝撃波そのものに人を殺せるだけの威力はない。精々突き飛ばせる程度だ。

 が、それだけの威力があれば飛んでくる矢くらいは払い除けられる。それより軽い鱗粉など言うに及ばない。

 強引に活路を切り開き、振り下ろされた腕の一本を両断する。噴き出る体液――腐食液は無視し、下半身――鈍重な芋虫部分を駆け上がる。

 狙うべきは胸だ。いずれにしても『モンスター』である限り、その致命的な弱点はそこにある。もっとも、肝心の『胸』は図体相応に広い。仕方なく、大体の見当だけを頼りに――そして、当たるを幸い斬り刻む。

 どうやら、幸運は味方してくれなかったらしい。どれも精々深手止まり。致命の一撃たり得なかった。加えて、相手も流石に只者ではない。

『――――!』

 身震いして俺を払い落とすと同時、腕の一本を振り回す。狙いの方も見事だった。

 とはいえ、盾を砕くほどではない。が、踏ん張りも効かず、大きく吹き飛ばされる。

 受け身を取り――それでも勢いを殺しきれず、しばらく地面を転がって。

 その間に思い浮かべていた炎の情景を解き放つ。

『―――――!?』

 曰く【炎の嵐】。その名に恥じぬ業炎は、俺を叩き潰すべく頭上に迫っていた腕をそのまま焼き尽くした。

『――――!』

 残る腕は二本。その両方を振り回し、鱗粉をまき散らす。

 だが、もう遅い。手品の種は見えていた。

「―――――」

 それが爆発するまで僅かだが時間を要する。

 その間三秒。詠唱を一つ終えるには充分だった。

 火を宿す右手を起点に吹雪が吹き荒れる。

 曰く【瞬間冷凍】。とある野心家の魔術師が若き頃に故郷に捨てていった魔術。

 その効果は名が示す通りだった。

 吹雪が収まると、巨大な氷像となった異形がそこにあった。

「――――」

 勇猛な物語を――我が友が得意とした『奇跡』を口ずさむ。

 その名を【雷の槍】。大王グウィンとその息子の物語の一部。

 それでも威力には申し分ない。投擲した雷槍は狙い違わずその胸部に突き刺さり――その衝撃は凍り付いた巨体を粉々に打ち砕いた。

「こんなものか」

 季節外れの粉雪の中。

 転がる魔石を取り込み、同時に流れ込んできたソウルに意識を向けながら呟く。

 やはりまだ『寄生』されたばかりらしく、凡百のモンスターのソウルと大差ない。それは実にあっけなく俺のソウルの中に溶けて消えた。

「あの……」

 と、そこで背後に人らしき――ああいや、人の気配がした。

 それだけで誰だか分かるが――と、こちらも訂正。分かるからこそ振り返る。

「どうかしたか?」

 金髪金眼の小娘――アイズだった。抜き身の剣を持って背後に立たれては、それだけで落ち着かない。

「平気?」

「見ての通りだ」

 傷らしい傷はない。しいて言えば魔力の消耗か。もっとも、篝火を得た以上は灰瓶も補給できている。当面は問題ない。

「また一人で飛び出してきたのか?」

 そうなると、またリヴェリアに文句を言われそうだが。

 いつも思うが、何故俺に文句を言うのか。

「ううん。フィンの命令。それが一番、被害が少ないって」

「相変わらず薄情な男だ」

 まぁ、確かに妥当な判断でもあるが。

 腐食液――それと、鱗粉もか――を防ぎつつ攻撃できるとすれば、確かにこの小娘くらいしかいない。ついでに言えば、他の連中は武器すら使い潰している。

 英断と言えば英断だろうなのだろう。だが――

「消耗するのが嫌なら、さっさと尻まくって逃げれば良かっただろうに」

 胸中に浮かんだ言葉とは別の言葉を告げる。

 三年を経て――どうやら、連中の力はそこまで高まってはいないらしい。

 やはり噂に聞く【ゼウス・ファミリア】やら【ヘラ・ファミリア】の代わりには程遠いという事なのだろうか。

「距離を開く前にあなたが倒したら、爆発するから」

「……後先考えずに爆発させるとでも思っていたのか?」

 いや、確かに一人だったら爆発させていたかもしれないが。≪ゲルムの大盾≫があれば大概の炎や爆発の類は恐れるに値しない。

 だが、近くに誰かいるなら――いや、他の連中だけならまだしも、一応リヴェリアやラウルもいる訳だし――そこまで向こう見ずな真似は流石にしない。

 もっとも、

(信用ならないのはお互い様だな)

 それもまた自明の理だった。

 なら、保険の一つもかけておくだろう。それに、全滅するくらいなら一人の死人で済んだ方が良いというのも道理だ。

 最悪の事態を想定しなければ――と、あの小人ならそんな事を言うだろう。

「やあ、相変わらず見事な腕だね」

 ともあれ。まだ用事が済んでいないので、小娘と一緒に野営跡地に戻る。

 と、相変わらず胡散臭い笑みを浮かべた小人が出迎えてくれた。

「よく言う。後先考えずに爆発させると思っていたんだろう?」

「悪く思わないでくれ。団長としては最悪の事態を想定しなければならないんだ」

 思った通りの返答に、フンと鼻を鳴らす。

「まずは槍を返せ」

 何はさておき、これだけは回収しておかなければならない。

「ああ。そうだったね」

 小人が≪サンティの槍≫を手渡してくる。

 それをソウルに取り込んでいると、小人が言った。

「それと、これを。できればこれで泉水の分を帳消しして欲しい」

 差し出されたのは小さなバックパック。中を開けるといくらかの携行食料と水筒、それと万能薬が五瓶入っていた。【ロキ・ファミリア】御用達なら、それだけで一級品だろう。……嫌がらせのための低級品を常に持ち歩いていない限りは。

(いや、あり得そうだな……)

 あの糸目の小僧ならやりかねない。もっとも、持ち運べる量に限界があるこの連中にそんな馬鹿な事をする余裕があるかどうかはまた別問題だが。

「ずいぶん足元を見てくるな」

 食料と水は俺にとってはあまり意味がない。万能薬は――まぁ、最高品質だと五〇万ヴァリスはする。が、カドモスの泉水は瓶一本でこれニ〇本分の値段に化けるのだ。

 その相場を知らないわけでもないだろう。ダンジョン内であることを考慮しても、随分と安く買い叩くつもりでいるらしい。

「不満なら全額返済しよう。ただ、そのためには少なくとも地上までついてきてもらわないとならないけどね」

 こちらの内心を見透かすように言ってから、肩をすくめて見せる。

「それに、今僕らが出せる最大の誠意がそれなんだ。何しろ見ての通りの有様だからね」

「それもそうか」

 リヴェリアが顔を青ざめさせる程度には損害が出ているのは間違いない。

「それとも一緒に来るかい?」

「お前たちはもう戻るのか?」

「不本意ながらね。本当なら五九階層を目指すつもりだったけど、この状態じゃそうも言っていられない」

「五九階層、か……」

 そう言えばアルドラも【ロキ・ファミリア】ですらまだ五八階層までしか到達していないと話していたか。

「君はどうするんだい? まだ五一階層に留まるつもりなのかな?」

 束の間黙考していると、小人が問いかけてくる。

「いや、気が変わった」

 告げる。

「もう少し下まで降りてみるとしよう。少し気になる事ができた」

 おそらく一〇階層も降りずに済むはずだ。

 あの爺さんにとっては――いや、オラリオの連中にとっては不運な事に。

(最悪、霞達だけでもどうにかしないとならないしな)

 そのためにも、どこまで危険が差し迫っているのか確認しておかなければならない。

「気になる事だって?」

「さっきの異形についてだが――」

 小人の問いかけは聞き流し、代わりに告げておく。

「もし、あいつ相手に『非情な決断』になったと言うなら、悪い事は言わない。これ以上進むのはやめておけ。どうせ死ぬだけだ」

「五九階層から先は、あのレベルのモンスターが当たり前に出て来ると?」

 それをこれから確かめに行くつもりだった。だが――

「まぁ、そう思っておいて損はないだろう」

 それだけ言い残してから、俺は早々に野営地跡を後にした。

(ひとまずは六〇階層を目指すか)

 大して困難な道のりではない。

 まずは五二階層へ。そこからは一気に五八階層までたどり着ける。五八階層は構造が極めて単純。そのおかげで五九階層まで迷わず駆け抜けられる。六〇階層までなら、そう時間をかけずともたどり着けるはずだ。

 ……もちろん、四年前と構造が変化していない限りは、だが。

 

 

 

「いや、勝ち目がないなら逃げるのも英断だぞ?」

 記憶の中で、村を救ってくれた英雄――師匠は肩をすくめて見せた。

 いや、師匠と言っても三ヶ月の間だし、剣術なんて基礎の基礎の入門編の最初の頁くらいの事しか教わってないけど。

「生きていればいずれ殺せ……ええと、何だ。ぶちのめす機会もそのうち巡ってくるかもしれないからな」

 その教えの正しさを今になって改めて思い知る。

 けど! だけど!!

(その機会、今すぐ巡ってきてえええええ!?)

 そのうちだと間に合いません! 今すぐにでも僕の命は終わりそうなんです師匠!

「ほぁああああああああああああああっ?!」

 間の抜けた悲鳴を上げながら、ダンジョン内を全力疾走する。

 背後に迫るのは一匹のモンスター。もう少し具体的に言うと、牛頭人体のモンスター。さらに具体的に言うなら、『ミノタウロス』である。

 そして致命的な事を言うのであれば、それは『中層』――今僕が走っている五階層から遥かに深い一五階層に出現するモンスターだった。

 簡単に言えばLv.1、しかも冒険者になってまだ半月という駆け出しでは倒すどころか一切ダメージが与えられないくらいの化物だ。

(ええと! ええと!?)

 この状況を覆せそうな教えを記憶の奥底から引っ張り出す。

 師匠でもエイナさんでも――この際『迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)』の逸話でもいい。

 何かないだろうか。

 劇的な大逆転なんて贅沢は言わない。何とか逃げ切れる手段で良い。

『ヴゥムゥンッ!!』

 しかし、現実は非情だった。

 無慈悲な蹄の一撃は、直撃こそしなかったものの地面を盛大に揺らし、僕の足をもつれさせる。

「でぇ?!」

 さらに、地面に入っていた亀裂に躓き、すっ転ぶ。

 詰んだ。間違いなく、詰んだ。

『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか?』

 最後の悪あがきとして地面を転がりながら――ふとそんな事を思い浮かべていた。

 より正しくは、ダンジョンにハーレムを求めるのは間違っているだろうか?――だ。

 酒場の可愛い店員さんだったり、野蛮な同業者に襲われるエルフの少女だったり、伸び悩むアマゾネスの戦士だったり……そんな出会い。無垢な子どもから少しだけ成長し、英雄譚に憧れる男だったら誰でも憧れるはずだ。

 可愛い女の子と仲良くしたい。綺麗な異種族の女性と交流したい。これはやっぱり若い男の性だと思うんです、師匠!?

「あ~…。うん、何だ。応援するぞ、俺は?」

 何で視線が泳いでいるんですか師匠!?――じゃなくて!

 今はそんな事を思い出している場合じゃない。

(あ、死んだな……)

 今さらこんな事を思い出すのは走馬燈というやつに違いない。

 脳幹の血が凍りつく感覚にそんな事を思う。

「御大層な剣術よりもだな――」

 いや、待てよ。師匠は、ちゃんと教えてくれている。

 この状況を覆せるかもしれない方法を――

「うわああああ?!」

 醒めた頭が再び沸騰する。せっかくまとまりかけた考えが霧散した。

 手には愛用の――と、言っても、実際に使っているのはこの半月の間だけだけど――ショートソードを握っている。

(あれ? いつ抜いたんだっけ?)

 なんて考えている暇はもうない。ミノタウロスの荒い鼻息は聞こえるを通り越して、もう肌に感じられるほどだった。

(あぁ、死んでしまった……)

 壁際に追い詰められ、人生三度目の諦観が胸中を満たす。

 一度目はゴブリンに襲われた時。二度目は村がコボルトの大群に襲われかけた時。

 そう。あの時、師匠が僕らを助けてくれたのだ。まるで英雄譚から抜け出してきた英雄のように。剣で斬り払い、炎を操り、雷を放って――

(そのどれか一つでもあればなぁ……)

 いや、ある。少なくとも剣だけは。この剣は師匠から貰ったものだ。

「安物だけどな」

 いいや、聞こえない! 全く何にも聞こえない! それは師匠が謙遜しただけだ!

「うわあああああああっ!」

 お世辞にも勇ましい叫びとは言い難かったと思う。

 でも、その雄たけびと共に、僕はその剣を両手で構えて飛びかかっていた。

『ヴォオッ!』

 その一撃は思いのほか遅かった。いや、それでも今の僕に見切れるはずもないけど。当たらなかったのは、単にミノタウロスが侮っていたおかげだ。それは分かっている。

 でも。

 それでも、『思いのほか遅い』という思いは消えなかった。

『ヴォオオオオオオオオオッ!』

 格下相手に攻撃を躱されたのがよっぽど苛立ったのか、ミノタウロスが全力で吼えた。

 強烈な『咆哮(ハウル)』生物の心と体に恐怖を刻み付ける威嚇。モンスターのスキルとも言える代物。

「―――――」

 Lv.1の僕は抗う暇もなく強制停止(リストレイト)に追い込まれた。

 意思が折れた。気力も、本能も。心の全てが消え去って―――

『ヴォォォッ!!』

 ミノタウロスの腕が迫る。

 死ぬ。これにあたれば僕は死ぬ。

(死ぬ? 当たる?)

 いいや。そんなはずはない。この程度なら――

『ヴゥモオオオオオ!?』

 ミノタウロスの雄たけびが遠のく。

 安物の――冒険者の防具としては最底辺の性能しか持たないプレートがブリキ缶のようにあっさり凹み、身体は壁に叩きつけられた。

「ゲホ、ゲホッ!」

 涙目になって激しくせき込む。

 まだ生きている。まだ生きてるけど――

(剣が……)

 ない。どこかに弾き飛ばされてしまったらしい。

 うん、詰んだ。今度こそ完全に詰んだ。

 ――ああ、結局女の子との出会いはなかったなぁ、なんて。

 自分を死に追いやった考えを性懲りもなく思い浮かべていると、

『ヴォオオオオオ!』

 何故だかやたらと興奮したミノタウロスが全力で右腕を振り下ろしてくる。

 でも、それより早く――

「え?」

『ヴォ?』

 その屈強な上半身――その胴体に紅い一線が走った。

 続けて、分厚い胸、振り下ろす途中の左腕、右の大腿部、左下肢――そして、最後に首筋へ。最後の一瞬だけ、ようやく微かな銀閃を見て取ることができた。

 視界が赤く染まる。噴き出た血によるものだ。反射的に目元を拭うと、肉塊となって崩れ落ちる怪物の姿が見えた。

「……大丈夫ですか?」

 怪物の代わりに現れたのは、女神様と見紛うばかりの少女だった。

(……ぁ)

 オラリオにきて半月の僕でも知っている。

 蒼い装備を纏った金髪金眼の女剣士。

 オラリオ最強の一角と称される【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン――!

「あの、大丈夫ですか?」

 大丈夫じゃない。全然さっぱりこれっぽっちも大丈夫じゃないです!

 理屈も道理も丸っきり無視して、僕の心はこの時奪われた。

 ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか?

 ――否。僕は間違ってない。そうですよね、師匠!?

 

 …――

 

(間に合わなかった!?)

 ミノタウロスの『咆哮(ハウル)』が聞こえてから、もう数十秒が過ぎている。

 Lv.1の冒険者が命を落とすには充分すぎる時間だった。

 ミノタウロスの身体を斬り裂いたが――果たして冒険者は無事なのか。

「……大丈夫ですか?」

 問いかける。気になるのは胸のプレート――確かギルドからの支給品――が大きく凹んでいる事だった。いや、ミノタウロスの一撃を受けたなら凹む程度で済むはずもない。なら、これは他のモンスターの仕業のはずだ。

 全身血まみれなのは……ええと、多分ミノタウロスの返り血だと思いたい。それはそれで何となく気まずいけど。

「あの、立てますか?」

 改めて声をかけると、

「だ―――」

「だ?」

「だあああああああああああああああああっ!?」

 その少年は悲鳴を上げて逃げ出してしまった。

「…………」

 ぽかんと、思わずその背中を見送る。

(まぁ、あれだけ走れるなら大丈夫、かな?)

 あの装備からしてLv.1。それもまだ初心者。五階層にいるのは……まぁ、初心者にありがちな無茶でもしたのだろう。それに関してはあまり人の事はとやかく言えない。

 少年が消えた先をしばらく見つめていると、後ろから奇妙な声がした。

「……っ、……っっ、……くくっ!」

 振り向くと、ベートが震える身体を抱きしめ、必死に笑いをこらえていた。

「アイズー!」

 キッと睨みつけていると、ティオナたちが追い付いてくる。

「どうだった? 平気? 間に合った?」

「……多分」

 あれだけ走れるなら、きっと。

 釈然としない思いのまま、ティオナに頷く。

「良かったー。間に合わなかったら夢見が悪いもんね」

「うん」

「あ、魔石無事じゃん。どうせだし貰ってこうよ。武器とかたくさん壊れちゃったしさ」

 ティオナがミノタウロスの死体の一部に残っていた魔石を引っこ抜く。それと同時、他の部位もまとめて灰になった。

「え?」

 と、そこで。灰の上に何か硬質な物が落ちるような音が響く。

 視線を向けると、そこに一振りのショートソードが灰に埋もれていた。

「どうしたの、それ?」

「忘れ物。さっき襲われてた冒険者の……」

「ふ~ん。まぁ、さすがにこんな普通のショートソードじゃミノタウロスの相手はできないよねぇ」

 年季こそ入っているようだけど、よく手入れのされた一振りだった。

 短剣より長く、直剣より短い。軽くて使いやすい剣だと思う……けど、それは確かに平凡な剣だった。少なくともそう見える。

「うん……」

 頷きながら、奇妙な違和感を覚えた。

 何かが引っかかる。そう、おかしな事があったのだ。例えば――

「ま、無事だったんならそれでいいよね。さ、早く帰ろ、アイズ。もう五階層だし早く帰ってお肉食べようよ」

「う、うん」

 ティオナに背中を押され、ダンジョンを歩きだす。

 その頃には掴みかけていた違和感はすっかりどこかに消え去ってしまっていた。

 

 




ちなみに、防具と触媒はオリジナルです。
詳細については後々作中にて触れます。

次回更新は18/06/03の0時を予定しています。

18/05/28:ルビ修正・誤字修正・一部改訂
18/06/03:一部改訂
18/06/09:誤字修正
18/07/07:誤字修正
18/07/14:一部修正
18/09/30:一部変更
18/11/20:誤字修正
19/05/08:誤字修正
19/10/02:誤字修正

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