第四十七章 Lamentation 

 セフィロスは眼の前で起きていることを把握出来なかった。否、把握したくなかった。


「……ルフス……お前……」

 

 ルフスのその身体を深々と突き刺しているのは、セフィロスの両親とマルロの命を奪った剣だった。

 それは彼の心臓のど真ん中を貫いていた。

 切っ先から赤い雫がぽたぽたと滴り落ちてゆく。

 

 (……嘘……そんな……何故……?)

 

 セフィロスの耳の中で何かが砕ける音が響いてきた。

 硝子のような硬質の物が砕け散る音。

 

「……!!」

 

 それは、奈落の底へと堕ちてゆく音だった。

 

 セフィロスをじっと見つめるルフス。

 彼の口元に一瞬だが淡い微笑みがはっきりと浮かんだ。

 今まで誰も目にしたことのない、木漏れ日のような優しい笑顔。

 その目元にどこか温かい色が混じっている。

 

 そして、その身体は一瞬にして灰となった。

 まるで、赤い薔薇の花弁が一気に散り果てるように。

 

 カシャ……ン……

 

 地面に落ちた剣だけが、その場に残された。

 

「ルフス――っっっ!!」

 

「嘘ぉおおっっ!!」

 

「いやあぁあああぁっっ……!!」

 

 ウィリディス、フラウム、ウィオラ、ロセウスの表情が凍り付く。

 不老不死の吸血鬼一族、ランカスター家で最強と歌われたルフスが落命した。

 それも、セフィロスの目の前で。

 一同に凄まじい衝撃が走った。 

 

 (……嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ……う……そ……だ……絶対……信じない……!!)

 

 セフィロスは跪いたまま、身動きが取れなかった。 

 全身から血の気が一気に引いてゆく。

 まばたきもせず眼球も動かさず、一点を凝視していた。

 視線の先は、つい先程までルフスが立っていた場所だ。

 

 ……ぷつん……

 

 セフィロスの中で、何かが切れた音が響き渡った。

 

 ロイヤルブルーの瞳から水晶のように輝く涙が一筋零れ落ち、そのままガクガクと身体が震え出す。

 

「うああああああああああああああっっっっ!!!!」

 

 セフィロスは頭を抱え、身体を弓のように反らせて叫び出した。

 

 (ルフスが死んだなんて……っっ!!!! )

 

 その途端、彼の周囲にバチバチと音が鳴り響き、無数の青い火花が炸裂し始めた。

 するとその中から青く光る大鎌が幾つも出現し、息を切らせぬ素早さであちらこちらで弧を描いた。あっという間に胴と切り離された無数の頭部が宙を舞う。あらゆる場所に血飛沫が上がった。

 

「セフィロスッッ!!」

 

「伏せろ!! 危ないっ!!」

 

「ああああああああああああああっっっっ!!!!」

 

 地を裂くような慟哭と共に地響きが起き、巨大な青い大鎌が無数に飛び出した。

 それはありとあらゆる者の首を刈り取り、灰化し始める。

 地上のみならず空中にもその被害は及んだ。

 

 (嫌だぁ――――――――っっっっ!!!!)

 

 まるで結界のような青い竜巻がセフィロスを包み、そこを中心として青い大鎌が更に飛び出してきた。

 近付こうものなら瞬時に身体を切り刻まれ、あの世に送られる。

 ランバートはいつの間にか首無し胴体となって灰化していた。

 その前には折れた剣が一振り残されている。

 セフィロスにとって大切な者達の命を奪った根源が、まるで枝のようにぼきぼきにへし折られていた。

 

「うっ……!!」

 

 固唾を呑んで騒ぎを見守っていたウィオラが急にその場へと座り込み、胸を抑えて苦しみ出した。

 額に脂汗がじっとりと滲んでおり、呼吸がやけに荒い。

 

「セフィロスを止めろ……!! このままでは俺達も危ない……!!」

 

「く……苦しい……!!」

 

 フラウムは首と胸を押さえ、のたうち回っている。

 ロセウスは胸の辺りを抑えて何とかこらえている。呼吸がままならず、立ち上がれないようだ。

 

 セフィロスの心の箍が外れ、彼の力が制御不能となっている。それがロセウス達の貴艶石をも握り潰そうとしているのだ。

 

 誰にも止められない。

 

「セフィロスッッ!! もう……止めて……っっ!!」

 

 ウィリディスは見えない力に肺を潰されかけ、息が止まりそうになるのを必死に堪えた。セフィロスに駆け寄ろうとするが、飛び交う大鎌に行く手を阻まれる。

 彼女は意を決してそれらを無視し、強引に近付いた。

 緑色のコートの袖やブリーチズの裾が大鎌によって無惨に引き裂かれ、あちこち血が滲むが、そんなことに構ってられなかった。

 

 (何とかして彼を止めなければ……!)

 

 彼女は顔を腕で覆いつつ、青い竜巻の中へと身を踊らせる。

 ざくりと音がして、腰まであった長い髪の肩から先の部分が一瞬にして掻き消えた。袖が切り裂かれてズタズタになる。

 その中心には力なく座り込むセフィロスがいた。

 微動だにしない。

 真っ青な頬には涙の跡が幾筋も出来ている。

 口は半開きで、その瞳は焦点を失ってしまっているようだ。

 

「セフィロス!! 目を覚ましなさい!!」

 

 ボブヘアになった髪を振り乱し、血まみれになりながらも何とかセフィロスの傍にへとたどり着いたウィリディスは、豊満な胸元に彼の頭を押し付けた。


 (すっかり冷え切ってしまっている……!!)


 彼女は彼の頭を撫で、背中をさすり、氷のように冷えてしまった身体を抱き締めた――これ以上凍えぬように。少しでも自分の温もりを分け与えるかのように。

 セフィロスは自分より大きな身体の筈なのに、いつになく小さく見えた。

 

「わたくし達だってつらいの!! みんなルフスのことが大好きなの。あなただけではないわ!! これ以上あなたが力を暴走させたら、みんなが……みんなが死んでしまうわ!!」

 

 声が震えている。

 ウィリディスはセフィロスの頬を両手で包み、光を映そうとしない瞳を覗き込んだ。

 愛しい者達を理不尽にも立て続けに奪われた現実。

 それによって肉体のみならず、心まで砕かれている。

 彼女は串刺しにされたかのように肺が痛くて苦しいが、何とかして大きく息を吸い込んだ。

 

「あなたランカスター家の当主でしょ!?」

 

 ウィリディスの一喝に、彼女の胸の中にいる身体が一瞬だがびくりと動いた。

 

「あなただけなのよ! わたくし達の生殺与奪権を持つのはあなた次第。もしあなたに何かあったら、このランカスター家は滅亡よ!!」

 

 彼女は腕の中でガクガクと震える身体を再び強く抱きしめた。少しでも彼に温もりが戻るよう、必死に背中をさすり続ける。

 

 (セフィロス……ッッッ!!)

 

 ウィリディスは幼い頃からセフィロスと共に育ち、家族のように仲良しだった。

 他の分家の者達よりも一番近い距離にいた為、互いに空気のような存在だったのだ。

 彼女は小さい頃から彼をずっと大切に思っていた。突然現れたルフスに最初から惹かれていたのも知っていた。

 そんな彼を彼女は傍で静かに見守ってきたのだ。

 

 だが、ウィリディスには次期当主となるセフィロスを守る為の「監視者」としての義務があり、彼女にだけ許された能力が備わっていた。

 平和な日々を過ごしていた時は特に意識することはなかったが、今となって「監視者」である自分を嫌でも自覚せざるを得ない状況となっている。

 自分の術を彼に使わざるを得ない日が来るとは夢にも思わなかった。

 否が応でもセフィロスを止めなければならない。

 このままでは、彼は己の貴艶石をも破壊して自滅してしまいかねないからだ。

 剣で身体中をズタズタに切り裂かれる思いがした。

 

「セフィロス……! お願い……目を覚まして……!!」

 

 ウィリディスは喉を枯らしながら、彼に何度も呼び掛けた。

 例え今自分が何を言っても、腕の中の彼の心には一切届かないと分かっていても、語りかけずにはいられなかった。


 今彼は混乱している。

 安静にして少し落ち着いたら、先の道筋を見つけ出さねばならない。


 (ルフスを失った今、わたくしが彼を守り、導かねば!! これは、わたくしにしか出来ないこと。その為には何でもするわ!!)

 

 ウィリディスは決意すると、再び腕の中にいる彼の瞳を覗き込んだ。

 彼女のエメラルドグリーンの瞳に眩い光が宿る。

 少女の周囲に淡い緑の光が広がった。緑の光が柔らかく青の光を覆いつくしてゆく。

 その色がやがて薄まると、セフィロスの周囲にあった青い竜巻はいつの間にか姿を消していた。

 

 力が抜けくたりとなった身体を少女は大事そうに受け止める。

 開いたままのまぶたと半開きの唇を指でそっと閉じさせた。

 その瞳は決壊寸前のダム状態だ。

 エメラルドグリーンの光が波打っている。

 

 (ああ、セフィロス。何故あなたばかりがこんな惨い目に……!!)

 

 セフィロスを腕に抱くウィリディスの元によろめきながらウィオラ達が集まってきた。皆それぞれ心配そうな顔をしている。どう声を掛けようか、言葉を選ぶのに必死だ。

 そんな中、アメジストの瞳を持つ少女が結んでいた唇を一生懸命にこじ開けた。その瞳は真っ赤に充血している。


「ありがとうウィリディス。あなたのお陰で助かったわ。セフィロスは……眠っているの?」


 ウィオラはこれまでの奮闘を労うかのように、ウィリディスの肩に手を置いた。

 

「……ええ。彼は眠っているわ。ウィオラ。力の暴発をこれ以上させないよう、わたくしが強制的に昏睡状態にしたの。少しすれば普通の眠りに戻る筈よ」


 ウィリディスは、見るからに疲れ切った顔をしている。ロセウスは痛そうに目を細め、彼女の腕の中で動かないままであるセフィロスの頭を一撫でした。フラウムに至ってはルチルクォーツの瞳を潤ませつつ、セフィロスの右手を自分の両手でぎゅうと握りしめている。

 

「そうか。……ここのことは俺とウィオラとフラウムに任せ、お前はセフィロスを連れて別の場所に避難した方が良い。落ち着いたら連絡を必ず寄越してくれ」

 

「ええ、分かったわ。わたくしに任せて頂戴」


「頼んだぞ」

 

 ウィリディスは、セフィロスを守るようにしてその場を離れざるを得なかった。自分達の血筋を守る為にも、セフィロスを灰にされないようにせねばならなかったのだ。

 

 (本家最後の生き残りであるセフィロスだけでも生き延びさせねば!!)

 

 セフィロスの力により、リチャード・ヨークとランバート・ヨークは闇に葬られた。力の暴発により殆どのヨーク家残党はほぼ壊滅状態だろうと思われたが、念には念を入れた方が良い。

 

 後は心身喪失状態であるセフィロスを休ませねばならない。

 

 ウィリディスはそこでふとあることを思い出し、ランカスター家の領地へと向かって歩き出した。肩に気絶したセフィロスを抱えながら。ずしりと肩に食い込むように重いが、彼女は歯を食いしばって堪えた。

 

 空はまだ紺色のベールが掛かったまま。

 夜明けまで時間はまだある。

 その日の夜は気が遠くなるほど長く感じられた。

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