第四十三章 奪還

 気が付くと、セフィロスは一人ベッドに寝かされていた。

 背中の感触的にはほどよく低反発性の敷物のようだ。その上に真っ白なシーツが敷いてある。

 見覚えのない壁画が天井やら壁やらに描いてある。モチーフは植物や貝、天使といったものだ。ベッドの柱は黄金で、猫の足のように曲線を描いている。

 ふと見回してみると、彫刻や金箔、シャンデリアを使用した豪華で煌びやかな作りがされている部屋だ。一体誰の部屋だろうか?

 

(どこだ? ここは……?)

 

 頭が少しスッキリとしてきたところで、セフィロスはシャツとブリーチズのみでベッドに横たわっている自分に気が付いた。異質なのは、両腕を頭の上で縄のようなもので縛り上げられ、身動きが取れないことだった。術がまだ効いているのか身体がまだ怠く、力が上手く入らない。

 コート類は近くに置いてある椅子に掛けられている。

 

 足音が近づいて来て、ガチャりと戸が開く音が響いた。音がした方向に顔を向けると、一人の男が入ってきた。

 

「気が付いたようだなセフィロス・ランカスター。我が屋敷、そして我が部屋にようこそ」

 

 男は茶色の三つ揃えを着こなしているようだが、でっぷりとした身体付きをしている。贅肉が皺を作って服の生地を波立たせている。上品さからはかけ離れており、生粋の貴族というより金に任せて無理やり上り詰めた成金のような風情だ。

 脂ぎった顔に笑みを浮かべている。年重に見え、とてもではないがセフィロスと同年とは思えない。

 

「……お前は……!!」

 

 男の顔を認識したセフィロスは相手をギッと睨みつけた。紛れもなく彼の両親を殺したランバート・ヨークだった。

 

「そんなに額に皺を寄せると折角の美貌が台なしだぞ」

 

 ランバートはセフィロスのにいるベッドに近付き、端の方に腰を下ろした。ベッドが振動し、ギシリと軋む音が部屋中へと響き渡った。

 

「久し振りだなセフィロス。見ない内に輪をかけて美しくなったな」

 

 嫌な予感が身体中を走り、背中に冷汗が湧き出てくる。

 

「私に近付くな……!!」

 

「まあまあそう言うな。見ず知らずの仲でもあるまい」

 

 ランバートは手を伸ばし、セフィロスの頬やら顎やら下唇やらを芋虫のような指で撫で回した。強引に触れられる度に虫酸が走り、柳眉を歪める。両手を縛り上げられている為、身体の自由が効かないセフィロスはそれでも逃げようとした。

 

「首元がきつそうだな。緩めてやるよ」

 

 ランバートは傍に置いてあった小刀でセフィロスのリネンの白いシャツを上から下に向かって乱暴に引き裂いた。散らされた花弁のように、幾つかボタンが周囲へと弾け飛ぶ。

 彼の眼前に、雪のように青白い艷やかな素肌がさらされた。

 筋肉の筋がうっすら浮かぶ腹が眩しい。

 髪結いが解け、胸元にこぼれ落ちるプラチナ・ブロンドが煽情的だ。

 ランバートはほうと感嘆の声を漏らした。

 

「お前の母君も美しかったが、お前はその何倍も美しい……。母君をこの手に抱くことは終ぞ叶わなかったが、これは良い機会だ。お前は直ぐに殺さず俺の女にしても良いな。毎晩俺の下で嘸かし良い声で啼くだろう。これは楽しみだな……」


(何て下賤な……!!)


 激しい怒りでセフィロスは腸が煮えくり返る思いがした。こんな奴に両親が殺された挙げ句、自分は乱暴されそうになっているというのに、己一人では何も出来ないという非力さだ。身体中を小刀で切り裂かれるような心地だ。

 

 ランバートは下卑た笑みを口元に浮かべた。

 舌舐めずりをする耳障りな音が響いてくる。

 吹きかけられる生臭い臭いで吐き気がしそうだ。

 

「離せっっ……!!」

 

 自由の効かない身体でも尚、セフィロスは逃げようと身体を捩った。しかしそれが却ってランバートの苛虐心を煽ってくる。

 

「俺はどちらもいけるクチだ。今まで落ちなかった相手は一人としていない。どんなに嫌がっても身体は素直だからな。最後にはよがり声をあげて自ら俺を誘い、腰を振って来るようになるのだ。お前はどんな姿態を魅せてくれるかな……」

 

 腹を芋虫のような指で撫でられた途端、身体全体がビクッと痙攣した。濃紺の瞳で相手を睨み付ける。

 怨敵の手で慰み者にされるだなんて、想像することすら悍ましい。絶対に相手の思う壺にさせるものかと歯を食いしばる。

 

「触るな……!」

 

「ほう。お前ひょっとして男どころか女もまだ知らんのか。この俺が教えてやってもいいぞ。最初は痛いかもしれぬが、次第に良くなってくる」

 

 どこかゴツゴツした手がセフィロスの服を強引に脱がせに掛かる。セフィロスは逃げようと藻掻くが、腕の戒めは一向に解ける気配はなかった。どうやら力を封じられているようで、術一つ出せない状態だ。あえなく腿を割られ上から伸し掛かられて見動きがとれなくなる。

 

「くっ……!!」

 

 首元に顔を埋められ、太い指がさらされた腹の上やら胸上やらを這いずり回る。華奢な背中に寒気が何度も走った。

 悔し涙で景色が潤みそうになる。

 ボタンが乱暴に外され、ブリーチズの中に手が侵入しそうになったその時、勢いよく戸が蹴破られる音が響き渡った。

 

「貴様――っっっ!! この変態野郎!!」

 

 室内に一陣の灰色の強風が吹いたと思った途端、戒められたセフィロスの両腕が急に自由になった。


(この技と声は……ロセウス……!?)


 身体に力が入るようになったのを実感する。

 彼は、自分の上に馬乗りになっている男に向かって一撃を加えようと右腕を曲げ、捻りを加えて前方へと一気に伸ばした。

 

「がはっっ!!」

 

 強烈な拳がランバートの鳩尾に入り、巨体が吐瀉物を撒き散らしながら斜め後ろに向かって飛んでゆく。その反動でセフィロスの身体は後ろへと倒れ、ベットから落ちそうになった。その身体を四本の腕が辛うじて受け止める。

 

「セフィロス! 無事か!?」


「……すまない。手間をかけたな」

 

「間に合って良かった……!!」

 

 部屋に勢い良く飛び込んで来たルフスとロセウスの温かい腕に抱きかかえられ、涙がつい零れ落ちそうになるのをセフィロスはぐっと堪えた。


「ありがとう。妙な術を掛けられていて、動けなかった」


 両手首に赤い痣が付き、両肩丸出しで裂かれたシャツの裾から上前腸骨棘まで剥き出しにされている彼の風体を目にしたロセウスは憤慨する。

 

「あんの野郎何という奴だ……! よりによってお前に手を出すなんて!!」

 

 ルフスは無表情のままだったが、その瞳は異常に濃いピジョン・ブラッドであり、明らかに怒りに燃えているのが分かった。


「自分の欲を満たすのみならず、お前に屈辱を与えるつもりだったに違いない。……奴は頗るつきの悪趣味だ」

 

「お前の貞操を守れて良かった……!」

 

「……ロセウス。お前な。気持ちは分かるが、それだとセフィロスがまるで姫じゃねぇか」

 

「誰だって嫌だろう! あんな高慢ちきな豚野郎に抱かれるだなんて、想像するだけで反吐が出るぜ」

 

「……同感だ」

 

 二人は大急ぎでセフィロスから切り裂かれたシャツを脱がせ、咄嗟にルフスのシャツを着させる。大柄なロセウスより体型がほぼ同じであるルフスのものの方がサイズはぴったりだった。セフィロスの白い身体に目立った外傷がないのを見て二人は安堵の吐息をつく。

 

「おい! 私にそのシャツを着せたらお前は……!」

 

 腹筋が割れ、程よく引き締まった身体へと直にウエストコートを着込んでいるルフスを目にしたセフィロスは焦った。

 

「当主様はいつ如何なる時でも身嗜みを整えておかねばな! 俺は構わんさ。それに一時的なものだから、我慢してくれ」

 

 ルフスはそのままコートを上から着込んだ。ボタンを止めてクラヴァットをさり気なく結び付けてしまえば、シャツがなくてもぱっと見分かりづらい。

 

「そんなことよりここをさっさと出よう。一旦体制を立て直そうぜ」

 

「そうだな。セフィロスを休ませるのが先決だ」

 

「ところでロセウス。ウィリディス達は……?」

 

 身支度が出来たものの、まだ顔色がイマイチ冴えないセフィロスはウィリディス達を気にしていた。きっと自分のことを心配しているに違いない……と。

 

「ウィリディス達? 三人共下で大暴れしているぜ」

 

「彼女達と合流するようにしている。細かいことは後で説明するから……」

 

「お前の強烈なナイト・キッスで昇天している奴が目覚める前に、早く彼女達と落ち合おうぜ!」

 

 三人は急いで部屋を飛び出した。


 自分の身体中にまとわりついていた生臭い匂いが、いつの間にか掻き消えていた。ルフスの匂いに包まれ、どこか安心している自分に驚いている。それが効を奏したのか、先程まで堪えていた吐き気がいつの間にか消え失せていることに気付いた。


(ルフス達はヨーク家の屋敷に入るのはこれが初めてなのに、どうやって私の居場所が分かったのだろうか? これも後で聞けばきっと分かるだろう)


 未遂で済んだとはいえ、自尊心を踏みにじられる行為をされかけたのだ。思っている以上に心にダメージを受けている。今は余計なことを考えず、ウィリディス達と合流し自分達の住む屋敷に帰ることだけに意識を集中したセフィロスだった。


 ふと胸元に手をやると、特に問題なく首飾りの感触が伝わってきた。


(それにしても目立っただろうに、奴は良くこれを目に止めなかったな……)

 

 ランバートが自分の首にぶら下がるサファイアには全く興味がなく、奪われずに済んで良かったと改めて安堵していた。

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