第四十一章 一夜明けて
ランカスター夫妻が殺害された翌日。
セフィロスは気が付くと、花型のクリスタルが揺らめいているシャンデリアが目の中に飛び込んで来た。
「……?」
見覚えはあるがいつもと違う景色だ。
彼は慌てて飛び起きた。
「ここは……応接室……?」
あれから各自自由解散した筈だが、どうやら自分は応接室のソファでそのまま眠ってしまったようだ。
赤いコートと大柄な灰色のコートが重なり合うかのように肩から掛けてある。
ルフスとロセウスの匂いに包まれていたお陰なのか、単に草臥れていただけなのか不明だが、悪夢は見なかったようだ。
(頭が重い……泣いたのって、何年振りだろうか……? )
額に手を置いてみる。ちょっと熱っぽかったが、体調的には特に問題なさそうだ。
目が覚めても、特に変化はない。
両親の姿がないこと以外は。
「……」
今起きていることはとんでもない悪夢で、夢から覚めればきっと元に戻っている筈。
常にセフィロスのことが頭から離れない母マーガレット。
母の愚痴を聞き、宥めながらも領地内の民を守り続けていた父ヘンリー。
目が覚めたら二人が書斎でやり取りしていた。
――という淡い期待は現実を前に脆くも崩れ去ってゆく。
「どうした?」
隣から聞こえた声に反応し、顔を向けると紅玉の眼差しが見つめてきた。
「……え……」
「お前そのまま寝てしまったから、俺とロセウスで見張っていた。下手に自室でお前一人だと却って危ない気がしたしな。ウィリディス達は部屋に帰らせている。……あいつはまだ寝ているようだが」
視線の先から健やかな寝息が聞こえてくる。
発達した大胸筋がゆっくりと上下しているのを見て、まだ暫く目覚めないだろうからもう暫くそっとしておこうと決めた。
自分を真ん中にしてルフスとロセウスが右隣りと左隣りにいる。昨晩は三人で肩を寄せ合って眠っていたようだ。
二人共ずっと自分に付き合ってくれたらしい。
申し訳ない。セフィロスは自然と頭を垂れた。
「セフィロス……?」
「いや……何でもない。これありがとう」
まだ夢の中の住人であるロセウスに彼のコートを肩から掛け直し、ルフスのは本人に返した。
心の中が重だるい、だけど空っぽのまんま。
その中を風が虚しく通り抜けていく。
セフィロスはそのまま考え事に没頭し始めた。
※ ※ ※
ギギィ……
どれ位時間が経ったのだろうか。
戸が開いて、応接室に誰かが入ってくる音がする。
(誰だ!? )
物音に過敏に反応したセフィロスがさっと振り向くと、綿のシャツにコート、ウエストコート、ブリーチズの三つ揃いに身を包んだ二人の美少年達が立っていた。一人は翠玉の瞳にキャラメル色の頭、もう一人は紫水晶の瞳に漆黒の頭をしている。
何者かが瞬時に分かり、セフィロスの強張っていた表情がふっと柔らかくなった。
「……誰かと思った」
髪をサテンのリボンで後ろに結ったウィオラとウィリディスは、腰に手をあてて得意げな顔をした。見かけによらず、好戦的な性格の二人だ。彼女達を怒らせると手に負えない。それを熟知している彼はそれ以上余計なことを何も言わなかった。
「これから戦いになるだろうというのに、あんな動きにくい格好はあんまりだからね」
「その後どう? 顔色、少しは良くなったようね。わたくし、ちょっと安心したわ。ルフスの提案通り、昨晩はあなたを一人ぼっちにせず三人一緒で良かったみたいね」
セフィロスはやや伏し目がちになり、かすかに頬を赤く染めた。
「……心配かけてすまなかった。一番しっかりしないといけない私がこんな体たらくでは……駄目だな」
「急にあんなことがあったばかりだもの。無理ないわ。誰だって冷静じゃいられないわよ。あなたにはわたくし達がついているから心配しないで」
瞳の色に似たコートを羽織ったウィリディスがセフィロスの頬を両手で柔らかく包み、にっこりと微笑む。
セフィロスは、鼻の奥が少しだけズキッとした。
そこへ背後からひゅぅと口笛が暢気に響いてくる。
セフィロスから戻されたコートを背中に背負い、アッシュブロンドの髪を波打たせた男が余計な一言を口にした。
「よぉ。勇ましいな二人共。淑女の仮面を被った狼がとうとう本性を現したな」
「なんですってぇ!?」
「ちょっとそれってどういう意味よ!!」
「痛てて! 冗談を真に受けるんじゃねぇよ」
ウィリディス達がこぞってロセウスに殴り掛かる。
彼女達は二人揃って沸点が異常に低い。
三人組による賑やかな喧騒が再び始まった。
「兄さん達相変わらず賑やかですねぇ。まあ、空気を重くしすぎないようという気遣いから来ているのは分かるのですけど……」
ウィリディス達と一緒に応接室に戻ってきていたフラウムは、すっかり呆れて見物客と決め込んでいる。三人を止める気は毛頭ないらしい。
「ところでセフィロス。一つ聞きたかったことがある」
「何だ?」
「それは……」
ルフスはセフィロスの胸元を指差している。
彼は首飾りを下げていた。
瞳をそのまま飾りにしたようなブルー・サファイアだ。
それはシャンデリアの光を受け、キラキラと輝いている。
「ああ。これか。マルロから先程渡されたんだ。父が肌見離さず身につけていたものらしい」
惨劇の場から辛うじて拾い上げてきてくれたヘンリーの遺品だった。現場にはこれしか残っていなかったそうだ。
「おじ上のだったんだな。……大切にしないとな」
「うん……」
セフィロスはそれを大切そうにシャツの中に入れ込んだ。
どこか潤んだ輝きをもつ宝石を上から優しく撫でつつ、静かに目を伏せた。
※ ※ ※
その時である。
「セフィロス様!」
「マルロ、どうした!?」
「ヨーク家の者達がすぐそこまで来ています!」
一同に戦慄が走る。
「何人位だ?」
「十人位です。全員部下達ですね。見たところランバート・ヨーク様、ジョージ・ヨーク様、パーキン・ヨーク様はいないようです」
(一体何の用だろうか? )
暴れ者三人がいない時点で、即戦闘騒ぎになるとは結び付きにくい。だがこれは吉と呼べば良いのか凶と呼べば良いのか不明だった。
「何用だ?」
「現当主様――つまり、セフィロス様に是非お目通りしたいとのことです」
これは罠だろうか?
「相手の真意は掴めぬが、直に会って話すしかあるまいな。急ぎ準備してくれ」
「かしこまりました。準備が出来次第お呼びしますので、皆様一旦退室して下さい」
マルロが従者に指示を出し、部屋を整え始めた。
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