第三十九章 白昼下の惨状
その日、ランカスター夫妻は従者達を連れて幾度か目になるヨーク家との話し合いの為、先方の領地へと向かっていた。
テネブラエは広大な土地だ。その中でランカスター家本家の屋敷とヨーク家本家の屋敷間はかなりの遠距離だ。馬でも一週間は軽くかかる。なので、彼等は途中までは蝙蝠の姿で飛び、ヨーク家の屋敷入口からは歩きで向かうことにした。
長年続いているランカスター家とヨーク家との争いを憂える彼は、幾度か和解を提案していた。しかし、ヨーク家現当主であるリチャードは中々その案を受け入れず、両者の意見は常に平行線をたどっていたのだ。話し合いはどちらかの屋敷内で行われ、当主・当主夫人の四人を中心に、分家の者を含めた従者達の立ち会いの中でなされていた。
前回はランカスター家の屋敷で開催されたのだが、結果はいつもと変わらず平行線のままだった。自体が中々好転も進展しないことにヘンリーはやや苛立ちを隠せずにいたらしい。
比較的穏やかな気質であるランカスター家に対し、ヨーク家は激しい気性で傲慢な家柄だった。
代々の当主の性格にもよるのだが、ヘンリーは従来の当主とは異なり争いを好まぬ性質で、常に互いの家同士の共存を願っていた。
それに対し、リチャードは常にヨーク家の天下統一しか頭になかった。いつランカスター家を潰してその領地を我が物にせんと、その機会を虎視眈々と狙っていたのだ。
しかし通常の吸血鬼家系と異なり、ランカスター家の一族は弱点がイマイチ不明だった。
首を刎ねても心臓を刺しても死なない不思議な一族。
弱点を掴むまでは安易に攻めるまいと息を潜めていたのだ。
※ ※ ※
それは、まだ午前中で昼前の時間帯だった。
ヘンリー一行が漸くヨーク家の領地へ辿り着き、屋敷へと向かっていると、ヨーク家本家嫡男であるランバートが分家であるジョージとパーキンを含めた郎党を数人引き連れて現れ、妙に不穏な空気が漂い始めた。
今まで分家の誰かが出迎えに来ることはあったのだが、本家の者が来ることはなかった。
それだけでも充分おかしいのだが、様子も妙に変だった。
(何故彼が我々の出迎えに……? )
現ヨーク家の中でもランバートは特に素行が悪く、評判は大層悪かった。美人を見付けると男女問わず裸に剥いて散々犯した挙げ句口止めとばかりに殺害し、醜男醜女であれば暴行を働き金品を巻き上げるなど、強盗まがいなことを平気でしていたのだ。彼は自分が時期当主になることを鼻にかけ、手柄を立てることしか考えてなかった。
そんな彼にとって分家の中でも荒れくれ者としてお気に入りなのがジョージとパーキンで、彼等は幼馴染み且つ悪友だった。右腕と左腕としてランバートと共に常に悪さばかりしていたが、領地内の住民達は文句一つ言えずじっと耐えるしか生き延びる術がなかった。
下手に逆らうと容易に命を奪われてしまうからだ。
店の商品を盗まれようが壊されようが、娘を暴行され娼館に売り飛ばされようが、ずっと耐え続けていた。
中には数人ほど運良く領地から逃げ出してランカスター家へと逃げ込み、匿われた者達もいたようである。
※ ※ ※
ジョージ・ヨークはランカスター家従者の女で見目麗しい者を背後からひきずり倒し、無理矢理木陰に連れ去ろうとした。彼女の悲鳴を聞いたランカスター家の従者達は当主夫妻を守りつつ、乱暴をやめるよう止めに掛かった。それに対し、パーキン・ヨークは適当な言い掛かりをつけた挙げ句、早速喧嘩を売って来たのだ。
言い合いから発展した従者達の騒動は直ぐには止まず、小競り合いから更に大きな騒動へと発展し、次第に負傷者も出てきた。当然見て見ぬ振りをすることは出来ず、マルロは腰に帯びていた剣をすらりと抜き、ヨーク家の者達を牽制した。
ランバートはそれを見て待ってましたとばかりに剣を抜き、互いの鍔元が火花を散らし始めた。
弧を描くように宙を舞う刃。
そのしなやかな剣先はマルロの喉笛をあらゆる角度から狙ってくる。
(これは脅しや脅迫ではないな。本気で殺しに掛かって来ているようだ)
ヨーク家の嫡男は剣の腕は予想以上に強く、マルロにしては珍しく防戦一方だった。
(スキがなさ過ぎる。この重みといいスピードといい、腕はかなり立つな。これは、同世代のセフィロス様お一人では危ない! )
元々話し合い目的だった為、腕の立つ従者は最少人数しか引率してこなかったことを彼はやや後悔していた。
争い事や暴動は日常茶飯事だったが、家同士の話し合いの場合だけはいつも静粛に行われていた。今までこんな事態は起こったことなどなかったのに、何故今日だけはこうなってしまったのだろうか?
従者同士の争いにヘンリーとマーガレットは何とかして仲裁に入ろうとしたが、他の従者に止められて中々身動きが取れない。
どれ位の時間が過ぎたのであろうか。
マルロにやや疲れが見え隠れし始めた。その背後から刃が迫るのを見付けたヘンリーは従者の止める手を振りほどき、瞬時にその間へと身体を滑り込ませたのだ。
「旦那様!!」
辺りに緊張が走った。
ヘンリーの身体を貫く剣先から真っ赤な血がぼとぼとと流れ落ちている。
その時、何かが砕け散る音が周囲に響き渡った。
剣が貫いたのはヘンリーの身体だけではなかったようだ。
硝子のような、何か硬いものが粉々になってゆく音。
(まさか……私の貴艶石が……!? そんな馬鹿な……!)
ヘンリーは信じられないという表情をしたまま、その肉体は一瞬で真っ黒な灰と化した。それは彼が立っていた場所にさらさらと落ちてゆく。
その剣を持つランバート自体は歯をカチカチと鳴らし、まさかの現状を上手く把握出来ずにいた。しかし直ぐにその口元は歪み、次第に奇妙な笑いを浮かべ始めた。
「きゃあああああああああああっっっ!!!!」
自分の眼前で夫を奪われたマーガレットは、驚愕と絶望のあまり、オペラのアリアに匹敵するほど甲高い悲鳴を上げた。
擁護する腕を外して夫が立っていた場所に急ぎ駆け寄った彼女の細い身体にも容赦なく剣が貫かれた。そしてあっという間に彼女の夫だった灰の上へとこぼれ落ちる灰となってゆく。
「旦那様っ! 奥様っっ!!」
ランカスター家の部下達は当主夫妻が呆気なく殺された現実を目の当たりにし、騒然となった。
だが敵に重大な弱点を掴まれたことの重大さに呆然としている時間はない。
(ここをいち早く逃げ出さねば! 全員殺されてしまう……!! )
彼等は一斉に蝙蝠の姿へと変わり、蒼穹へと高く飛び立った。
ヨーク家の者達は何故か後を追う素振りを見せなかった。
昼下りの、まだ日が高い時間帯に起きた出来事だった。
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