第三十六章 思い出の決闘

 テネブラエの領土の内半分近くはランカスター家が所有する土地だった。その中心に本家の屋敷があり、周囲を平民である吸血鬼達の住まいや店が建ち並んでいた。

 

 セフィロスが住む屋敷には多くの者が生活を営んでいる。

 客室は多く、今は本家と分家の者達が住まい、彼等を世話する従者達も寝泊まりしている。人間の王宮レベルの広さがあった。

 

 そんなある日。

 本家専用の訓練場にて、今日の課題を終えたセフィロスがぐったりとのびていた。仰向けになって四肢を伸ばし、清々しい青空を仰ぎ見ていると、目の前を黒い影が遮った。見知った顔である。

 

「セフィロス様。どうなされました?」

 

 少年の顔を覗き込んでいるのは、セフィロスの専属指南役であるマルロだった。彼は主に武術・戦闘においてセフィロスの指導をしている。幼い体内に宿る現在の“力”の状態を全て把握し、充分に戦闘能力を発揮出来るように育成する為だ。見掛けは優美な優男だが、ランカスター家随一の守り手である。指導も厳しいことで有名だ。

 

「どうって? いつもと変わらないが」

 

 目を真ん丸にした少年を見て、マルロは表情を和らげた。

 

「セフィロス様がここ数日で一気に成長なされたので、驚いているのです。今まで中々厳しかった力の制御が漸く安定してきたようです。心から安堵しております」

 

 セフィロスはがばっと上半身を起こし、つい声高になる。

 今までどんなに頑張っても出来なかった制御が出来るようになっているとは驚きだ。

 

「それは本当か!?」

 

 瞳を本物のサファイヤのように輝かせながら飛び跳ねんばかりの勢いだ。

 

「ええ。本当でございます。おめでとうございます。もう少ししたら実戦で試されても大丈夫かと存じます」

 

「やった……!」

 

「セフィロス様のお力は、生まれつきどのお方よりも強く内包されている状態だった為、使いこなすまでは大変そうだと思っておりました。人間の世界で例えると、究極の暴れ馬に鞍なしで乗るような状態です。さぞ人一倍苦労なされたことでしょう」

 

「私も信じられないよ」

 

「あと強いて言うなら彼の影響があるかもしれませんね」

 

「彼?」

 

「ルフス様です。彼から良い影響を頂いたのではないでしょうか? 良きライバルの存在は大切です」

 

「ライバル……か……」

 

 ルフスに助けてもらった日のことが脳裏をよぎった。

 

 ――お前もお前だ。自分の身も守れんでお供なしで彷徨うんじゃねぇよ――

 

 無表情な顔に輝く薔薇色の双眸。

 それを思い出したが、不思議と苛立ちを感じなかった。だからといって全くムカついてないわけではない。

 彼に負けたくないという気持ちは確かにある。しかし、果たしてそれだけだろうか?

 

「力を安定出来るコツを一旦掴めれば大丈夫です。しかし、セフィロス様。くれぐれも心の安定を損なわないで下さい。精神が不安定になるとこの安定が一気に崩れる恐れがあります。均衡が一旦崩れると安定を取り戻すのが難しく、大変危険です」

 

 プラチナブロンドの少年は、指南役の真剣な眼差しにコクリと頷いた。ごくりと唾を嚥下する音が身体の奥底で鳴り響く。

 

「……分かった。精進するよ」

 

「今日はこれ位にしましょう。さあ、どうぞ休憩なさって下さい。皆さんお待ちかねですよ」

 

 訓練で毎回完膚なきまでに叩きのめされる為、いつも鬼と思っていたマルロが今日は何故か天使に見えた。

 

 ※※※

 

 青色のシルクのリボンで髪を後ろに結い直したセフィロスが訓練場を出て広場に向かうと、ウィリディス、フラウム、ロセウス、ウィオラが木陰に立っていた。ロセウス達はコート類を脱いだ、真っ白いシャツにブリーチズのみという出で立ち。ウィリディス達は普段と違って身体を締め付けない、ゆったりとしたドレスを着ている。

 せっかくリラックス出来る服装に身を包んでいるというのに、一同すっきりしない顔をしているので、セフィロスは首を傾げた。

 

「みんな、どうしたんだ?」

 

「あのルフスと言うやつ、何か変わってないか? いくら遊びに誘っても来ないし」

 

 腕組みをしたロセウス。彼が指差す方向を見ると、木の幹から銀髪の輝きがちらりと覗いていた。その影は近付こうとも離れようともしない。

 

「何かいつもこちらを見てるか向こうに行ってるかのどちらかなのよね。彼は一体何がしたいのかしら?」

 

 ウィオラが人差し指と親指で自分の顎を摘むような仕草をした。やや垂れ気味の目元に困惑の色が映っている。

 

「私が行ってみようか。もし戻らなかったら私抜きでそのまま遊んでてくれ」

 

 セフィロスが先程の木まで近付くと、銀髪の影がぴくりと動いたのが見えた。

赤いシルクリボンで結われた銀髪が煌めいている。

気配に気付き思わず離れようとした細い身体に向かって声を掛けた。

 

「なぁ、ルフス。こちらに来てみんなと一緒に遊ばないか?」

 

「何故だ?」

 

 ぶっきらぼうに返した声の主は、相変わらずの無表情だった。だがその薔薇色の双眸は思ったほど警戒の色を宿していない。

 

「何故って、一人じゃ寂しくないのか?」

 

「……一人でいるのは慣れている」

 

 やや伏し目がちな紅玉の瞳を碧玉の瞳が真っ直ぐに見据えた。長いまつ毛が双方やや震えている。

 

「じゃあ、何故こちらを見ている?」

 

「見ちゃ悪いか?」

 

「そうじゃないけど……何か、君が寂しそうに見えるんだ」

 

 息を呑む音が静かに聞こえる。

 一瞬の間があった後、ルフスは突然意外な言葉を発した。

 

「じゃあ、俺と勝負しろ」

 

「え!?」

 

「俺の技と動きをお前の力で止めることが出来たら、一緒に遊んでやる」

 

「う……うん、分かった!!」

 

 急な決闘の申し出にセフィロスは深く考えることなく反射的に承諾してしまった。

 

 (いきなり実践とは驚きだが、試してみよう。何とかなりそうな気がするから)

 

 地響きがすると思いきや、セフィロスの目の前に大木の影が飛んできていた。先程引き抜いたのだろうか、人間の腕程もある根が何本も幹から伸びており、土まみれだ。

 

 (これが彼の技なのか!? 指一本触れずに大木を引き抜き且つ吹っ飛ばす、サイコキネシスか……ようし! )

 

 セフィロスは意を決して目を閉じ心に念じると、頭上に青い光の塊が生まれた。そしてそれは静かに渦を巻き始める。その渦が広がり始めると、それは一つ一つ複数の青い三日月型となった。

 

 (いけ!! )

 

 念じると、複数もの青い三日月は回転しながら目の前に飛んで来ている大木へと飛びかかった、そして瞬時に切り刻む。ヒュンと風を切る音が鳴る度に、バサバサドサドサと騒音が響いた。青葉が周囲へと散り乱れ、青い三日月によって引き起こされた風で空へと巻き上げられてゆく。

 

「……」


 初めて成功した自分の技に呆然として立ち尽くしているセフィロスを横目にルフスは顔色一つ変えず、右手の人差し指をくいと持ち上げるような仕草をした。

 

 すると、先程切り刻まれた筈のそれが再び集まり、一塊となってセフィロスの近くにある別の大木にぶつかった。メキメキと音が鳴り響き、セフィロスの背後に折れた大木の幹が急接近する。

 

「あ!」


 他の大木を巻き込むのは予想外だったのか、ルフスの表情が明らかに変わっている。

 

「危ない!!」

 

 慌てて避けた二人は無意識に互いを庇おうとしてバランスを崩し、そのまま草むらへと倒れ込んだ。

 偶然だが、セフィロスがルフスの上に覆いかぶさるような姿勢となった。

 

 倒れた大木による地響きが辺りに鳴り響いた。

 振動が骨まできてびりびりと痺れそうになる。

 舞い散る千切れた草と土埃の中、サファイヤとルビーが鼻先同士がくっつく位の距離で見つめ合った。

 空気が青臭い。

 互いの吐息が頬を掠めてくすぐったく感じた。

 

「……!」

 

「ごめん! 悪気はない!!」

 

 急に気恥ずかしくなったセフィロスは慌ててがばりと起き、ルフスを助け起こした。

 気のせいか、心臓の音がいつもより早く聞こえる。

 無表情だが、見つめ返して来る赤い瞳は瞬きの回数が妙に増えていた。続く予想外の展開に動揺しているのだろうか。

 服に付いた土や草を払い落とし、胸に生まれた妙な気持ちを誤魔化すかのようにルフスに尋ねた。

 

「ところで、一つ答えて欲しいことがある。あの時何故君は私を助けてくれたんだ?」

 

「イライラしてたから」


 素っ気ない返事が即、帰ってくる。

 

「?」

 

「俺は、力の強い者が弱い者いじめするのを見るのが嫌いだ」

 

「……君は優しいんだね」

 

 ルフスは目を丸くする。豆鉄砲を食らった鳩のようだ。

 

「……そう言われたのは初めてだ」

 

「なあ、友達になろうよ」

 

「……え……?」

 

 表情は乏しいが、彼のまとう空気が若干変わった気がする。今まで見たことがない変化を見付け、セフィロスは妙に嬉しかった。

 

「君は元々、私が知らない土地でこれまで生きてきたんだ。こうして会えたのもきっと何かの巡り合わせだと思う。滅多にない機会だ。無駄にしたらもったいないと思う」


「……」


「一人で見る世界より二人で見る世界は広い。三人以上で見る世界はそれ以上だ。一緒に色んな世界を見ようよ。もっと楽しい世界が見えると思う」


「……」


「それに私達はきっと、良い友達になれるんじゃないかな。何となくだけど、そんな気がする」

 

「……」

 

 ルフスはやれやれと言わんばかりに溜め息を付いた。

 

「お前がそう言うなら仕方がない。先程約束したしな」

 

「?」

 

「遊んでやる」

 

 このことがきっかけとなり、ルフスはどこか渋々ながらも、セフィロスやロセウス達と行動を共にすることとなる。

 仏頂面もどこかぎこちないところも、次第に受け入れられるようになった。


 彼等の歯車がゆっくりと動き始める。

 一体どこへ向かって行くのか。

 それは誰も知らないことだった。


 

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