第十四章 動き

 湿度がこもる空気に支配された森の中。

 建っている一軒の屋敷。

 吸血鬼達が住んでいるとされている屋敷だ。

 それは日本のどこにあるのか、誰にも分からない。

 その屋敷の中で、プラチナブロンドの髪でコーンフラワーブルーの瞳を持つ青年が眉を潜めていた。

 

「ウィリディスは一体どうしたというのだ? 戻ってきてから浮かぬ顔をしているが。フラウム。お前は何か聞いているか?」

 

 セフィロスが隣に立つ黒いマント付きフードを深く被った少年に声をかけた。フードの中で光るその瞳はよく見ると透明な水晶の中に、黄金色の金紅石が入り込んだような美しい色合いだ。フードから覗く大理石のような白い肌は、透き通るかのように輝いている。名を呼ばれた彼はにこりと微笑みながら答えた。

 

「ルフスが見掛け倒しだったからだそうですよ。セフィロス」

 

「坊や。余計なことを言わないで頂戴!」

 

 ウィリディスは猫のように威嚇した。自分に向けられたエメラルドグリーンのキャッツアイを物ともせず、少年はルチルクォーツの瞳を輝かせている。この二人は顔を突き合わせると何故かいつもこうである。まるで遊戯のようだ。

 

「イライラしているとシワが増えますよ。ウィリディス姐さん。せっかくの美貌が台無しじゃありませんか」

 

「やかましい!」

 

 ウィリディスが猫の爪のような一撃を放つが、フラウムは難なくかわす。空中で一回転して再び床に着地した。

 

「姐さん、続きは報告が終わってからにしましょう」

 

「……ええ、そうね。そうするわ」

 

 ウィリディスは気を取り直してセフィロスに芍薬屋敷での件を報告した。彼女の話しは長過ぎず短か過ぎず、要領を得ていて分かりやすい。

 

「つまりウィリディスによると、今のルフスはまだまだ腑抜けだということだな。“ラトラナジュ”には程遠いと」

 

 セフィロスの瞼の裏に、昔二人で競い合っていた頃の懐かしい記憶が蘇る。あの時、紅玉の瞳は生き生きしていた。

 

「ええ。昔の彼ならあなたと互角どころか、あなた以上の力があった筈。でも今の彼ではあなたの足元にも及ばないわ。復活してから何故か吸血を拒んでいるようなのよ。まだ不完全のままのようね」

 

 ウィリディスはどこか残念そうに歯噛みする。

 

「そうだな。一度でも吸血すれば吸血鬼として完全体になれる上、力も今以上になる。吸血欲がないのが不完全体である何よりの証拠」

 

「それに人間の高校生に紛れて小娘達を侍らせてるだなんて、絶対彼らしくない」

 

 むくれたウィリディスを見てセフィロスは切れ長の瞳を瞬かせる。

 

「今の彼の器は人間で言う十六歳の少年だ。男女共学の高校であれば極々普通のことだ。お前はひょっとして妬いているのか? たかだか二十年も生きていない人間など、何百年以上生き続けている我々から見れば赤子未満ではないか。妬いてどうする」

 

「セフィロス!」

 

「……すまぬ。少しからかっただけだ。真に受けてそうムキになるな。お前は彼のことが心配なのだろう?」

 

 ウィリディスは目を伏し目がちにしつつ黙って頷く。

 

「ルフスはどうやらある娘を守っているようです。そうとしか思えなかったわ」

 

 榛色の瞳を持つ、黒い長髪の少女。自分を睨みつけていたその瞳は生命力の強さを物語っていた。 

 

「ほう。あのルフスが気にかけている娘か。お前の部下に歯向かったとか言っていたな。何か理由がある筈だ。いつか実際に会って話しをしてみたいものだな」

 

 ウィリディスはエメラルドグリーンの瞳を瞬かせると、首を傾げた。

 

「あなたがそう言うなんて珍しいわね。やっぱりルフスのことが気になるから?」

 

「当たり前だ。それ以外興味などないわ」

 

 少し安心したウィリディスはそこでがらりと話題を変えた。

 

「近い内に彼等はきっとあの街の図書館に行く筈よ。芍薬のことを調べているようだから」

 

「ボクはルフスが気にかけている“娘”というのが気になりますねぇ」

 

 くくくっと笑うフラウムに、プラチナブロンドの髪をもつ青年が釘を刺す。

 

「フラウム。なにか企んでおるな。止める気はないが、ことを荒立て過ぎるなよ」

 

「はいはい」

 

 黒いフードを被った頭はマントを翻し、その場を去っていった。

 

 

 ※※※

 

 ニュースで火事騒動が報道されたのは、茉莉達が芍薬屋敷を訪れた二日後の朝だった。芍薬の花を植えてある家が次々と火事となり、火はボヤレベルで鎮火された家もあるが、全焼した家も出た。同じグループによる犯行と推察した警察は調査を開始しているそうだ。

 

 その日の夕方。ホームルームの終わり際に真木が注意の声を上げた。今朝のニュースで取り上げられた火事騒動の話しだ。

 

「近頃妙な事件が起きている。変だなと思ったら近付かず、即警察に連絡すること。良いな。それじゃあ、お前ら気を付けて帰れよ」

 

「火事の原因は不明……」

 

 スマホのニュースアプリを読んでいた茉莉は首を傾げた。被害にあった家はどこも芍薬の花を庭に植えていたという点が共通している。それ以外誰かの私怨とか腹いせとか、そういった感情的なものが原因という説は今のところ特に出ていない。可能性として考えられるのは、今自分達が追いかけている吸血鬼事件絡みだ。

 

 茉莉達が芍薬屋敷へと調べに行ったのは一昨日である日曜日だ。それから日が浅いのに芍薬絡みの事件が起きている。偶然にしては出来過ぎだ。もし犯行が同一関係者である吸血鬼達によるものであれば、彼等は自分達の活動を阻止しようと動いているのだろうか? それともやはり本当に彼等の弱点が芍薬である可能性が高いのだろうか?

 

 茉莉がそんなことを頭の中でぐるぐる考えていると、肩をぽんと叩かれふと我に返る。驚いて叩かれた方に顔を向けると、ショートヘアーの親友の顔があった。

 

「ねぇ茉莉、この前芍薬屋敷に行ったわよね。その時吸血鬼の女が待ち構えていたんでしょ?」

 

「うん」

 

「その女、いつ頃からいたか分かる?」

 

「ん〜良く分からないわ」

 

「あたしの感だとね。今度図書館に行く予定でしょ? この前のその女か、それ以外の吸血鬼が先回りして潜んでいるんじゃないかという気がするんだ。今度の会議で話し合いすべきだと思う」

 

「やっぱりあんたもそう思う? 対策をたてなきゃだね」

 

「ふふふ。今日ね、実はあんたに渡そうと思って持ってきたものがあるんだ」

 

 優美が茉莉の掌に何かを握らせる。そっと開いてみると、綺麗にラッピングされた包みがあった。

 

「ありがとう。一体どうしたの? これ。今開けていい?」

 

「良いよ」

 

 茉莉がいそいそと包みを開けてみると、中からお守りが一個現れた。根付け紐の先に直径十五ミリメートル位の丸い飾りがついている。それを良く見てみると、桃色の芍薬の花が丸い水晶の中に閉じ込められたようなデザインだった。それと一緒にほぼ同サイズの勾玉がぶら下がっている。その色は桃色だった。榛色の瞳に驚きと喜びが混じったような色が踊る。

 

「綺麗! これどうしたの?」

 

 優美はご機嫌な笑みを浮かべて説明し始めた。

 

「日曜日に純と一緒にたまたま行った神社で見つけたの。本物の芍薬の花びらを加工した根付けタイプのお守り。あの神社でないと手に入らないみたい。部員みんなの分も買ってきた。うちは吸血鬼事件を追いかけている記者だもの。魔除けというか、お守り代わりね。次の会議で配る予定なんだ。あんたには一足先に使ってもらおうかと思って」

 

 根付けなら男女問わず使える。鞄につけても良いし、スマホカバーにも種類によってはつけられる。

 

「静藍がこれをつけたら何か変化が起こるかなぁ?」

 

「体内に摂取するわけではないから、影響はなさそうだけどね。もし悪影響が出るならその時考えよう。これも一つの実験だ」

 

 そう、小物とはいえ芍薬絡みであるのに変わりない。良い方に影響が出るのなら良いに越したことはない。良い影響が出れば良いのにな。そんなことをぼんやりと考えていた茉莉の袖を優美が突いた。

 

「ところでさ、あんたタンザナイトブルーのこと、いつの間に呼び捨てになったの?」

 

「……え……?」

 

 指摘されてふと我に返る茉莉。無意識にそう言っていたものだから、いつ頃かは分からない。

 

「あんた達、見かけによらず手が早いわね」

 

「ち……違う! そう言う訳じゃ……」

 

「じゃあどういう訳?」

 

「ええっと……」 

 

 一体何を想像したのか顔を真っ赤にしてしどろもどろになる親友を弄りつつ、優美はグーグルカレンダーをチェックした。

 

 今日は火曜日。

 明日は水曜日。

 明日は“会議”のある日だ。

 優美は明日が来るのが妙に楽しみになった。

 

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