第九章 弱点
「ただいまあ」
茉莉は門宮家のドアを開けた。
今日は早く帰宅した為、夕方四時前だ。
小窓から陽の光が差し込んで来る。
まだ、明るい。
いつもの玄関。
靴箱の上には一輪挿しの花が置いてある。
戸棚にはガラスの動物やら焼き物やらの置物が鎮座している。
家の中には穏やかな時間が流れている。
茉莉の家庭内は、何一つ変わっていない。
至って平和だ。
その事実にほんの少し、ほっとした。
黒のローファーを脱いで絨毯の上に足を乗せると、二階から声がした。
「姉ちゃん」
彼女と面差しが良く似た少年が二階の階段の上から顔を出している。弟の俊也だ。彼は今中学三年生。来年の高校進学に向けて受験勉強中である。
「何? ところで俊也、お母さんは?」
「買い物。買い忘れがあったんだってさ」
「ふぅんそっか。すれ違いだね」
「姉ちゃん」
「何?」
「母さんから聞いたけど、新聞部入ったんだってね」
「うん。そうだけど?」
弟の妙に寂しそうな声の響きについ構いたくなり、聞き返す。
「急だね。今まで帰宅部だったのに、珍しいなと思って」
茉莉はああ、と言って咄嗟に切り返した。
「優美に誘われたからね。人手不足だから助けて欲しいって頼まれたの」
同じクラスメイトにも似たようなことをしょっちゅう聞かれる為、返事の雛形がすっかり出来上がっている。
「ふぅん。優美さんのお願いじゃあ姉ちゃん断れないね。俺はてっきりこの前の事件が絡んでると思ったんだけどな」
(ぎくっ。鋭い奴め)
茉莉は背中がちょっとひやりとした。
本当のことは、例へ相手が肉親といった家族でも内緒だ。
吸血事件で散々心配かけたというのに、吸血鬼絡みの問題にまた首を突っ込もうとしているわけだから、正直に話せばきっと止められるだろう。
ふと弟の顔を見てみると、弟は、無表情のままだった。彼の瞳は何か言いたげだが言い出せない、そんな感情に揺れていた。
「新聞部は取材もあるし、文芸部の中でも体力勝負な面があるから、体調には気をつけて」
「うん。ありがとう。私のことは良いからあんたは受験勉強頑張んなさい」
「分かってるって。母さんも心配しているから、帰りあまり遅くなるなよ」
自室内に戻る彼の後ろ姿を見る。
昔はいつも自分の後ろをちょこまかとつきまとっていた俊也。
いつの間にか越された身長。
広くなった肩幅。
低くなった声。
自分に憎まれ口を叩くようになったのは、いつ頃からだろう。
随分と逞しくなったものだ。
ほんのちょっぴり、寂しい。
「さて、ひと休憩しようかな」
茉莉は独り言ちて、荷物を置きに自室へと向かった。
鞄を机に置き、制服を脱いでハンガーに掛け、普段着に着替えながらふと思った。
(そう言えば、神宮寺君……いや、静藍君に兄弟姉妹っているのだろうか? まだ聞いたことなかったな。今度聞いてみようかな)
今までまだ妙に遠慮があって聞きづらかったが、そろそろ聞いてみても良さそうな気がしたのだ。
「さて、今日はカモミールティーで一服しようかな。お茶沸かさなくっちゃ」
頭を切り替えた茉莉は小さな考えごとを頭の片隅に追いやり、鼻歌交じりでリビングへと降りて行った。
※※※
ある日の放課後、新聞部の部室内で賑やかな声が聞こえる。
「そこのオタク二人。一体何をしているのかなぁ?」
「その呼び名は止めて下さいっすよ優美先輩。オレは確かにゲーオタっすけど、右京はオタクじゃないすよ」
「右京君はカメラとかパソコンとか機械系得意じゃないの。立派なオタクでしょ。あたしはさしずめアイドルオタクというところかな。あはは」
優美は今流行りの人気俳優の写真が大きくプリントされたトートバックを見せびらかすように振り回す。右京は後頭部をかきつつ白旗を揚げた。
「ははは。優美先輩には敵わないですよ。今左京はゲーム関係から吸血鬼に関する情報を収集しているんです」
「ああ、そう言えば今吸血鬼絡みのアクションゲームだのRPGゲームだのあるわねぇ」
「今俺達の周りで起きている事件、本物の吸血鬼が絡んでるじゃないすか。芍薬の件は茉莉先輩がサーチしてるから、オレは色んな方面から情報探るのも一つの手かなと思って。ゲーオタ仲間からもSNS駆使して情報かき集めているんすよ」
左京はキーボードの上を滑るように指を動かしている。画面は彼のツイッターのようだ。タイムラインは様々なアイコンや画像によって彩られている。
「吸血鬼と言えば弱点はにんにくだっけ? 純銀製の十字架、太陽の光もあったような気がする」
そこへ、議論を止めるかのように声が割り込んで来た。
「調査中すみません。彼等は俗に言う吸血鬼の弱点は通じないです。ごめんなさい。伝えるのを忘れていました」
「えっ!?」
驚いた三人は声がする方ヘと顔を向けた。さらさらの黒髪に黒縁眼鏡をかけた青白い顔が、パソコンで何かを調べている。タンザニアの夕焼けを思わせる青紫色の瞳に翳りが映り込んだ。
「先輩にんにく平気なんですか? あ、言われてみれば日中外歩いても普通に大丈夫そうだし、鏡にも映ってますしね」
愛梨が取り出したコンパクトのミラーを静藍に向けた。小さな鏡の中に写る彼は至って普通で、特に問題なさそうだと実証している。
「全く問題ないです。まぁ、僕は半分は人間だから説得力は低いかもしれません。しかし、半分は吸血鬼だからアレルギーみたいな反応が出てもおかしくなさそうですが、それも一切ありません」
「……でも、吸血鬼の弱点は良く映画や小説で良く見かけるものだけど、あれは完全に作り物ということなの?」
疑問に感じた茉莉は首を傾げる。静藍は長いまつ毛を瞬かせながら淡々と答えた。
「僕が今まで調べた情報によると、吸血鬼にも種族があるそうです。ありきたりなものを苦手とする種族も居れば、そうではない種族もいる。能力や性質は種族によって差があるとか。しかしこれは、僕の中にいる“彼”に直接聞いてもらった方が良いと思います。今度“彼”が現れたら聞いてみて下さい」
「そっかぁ。つまりあたし達の周りで騒動を起こしている奴等は、定番の弱点が通用しないタイプということね。何か厄介だな。弱点は探せば他にもありそうだけど、一体何があるのかしら?」
優美はスマホを弄りながら首を傾げた。彼女の手元の画面にはありきたりな単語の羅列しか上がってこない。
「芍薬……」
茉莉がぽつりとこぼした言葉に部屋内全員の意識が集中した。彼女は静かにキーボードから手を下ろす。
「今、偶然見付けたの。“芍薬屋敷”の物語」
どれどれと部室内の面々が茉莉の周りを取り囲む。
「どうやら、芍薬そのものが吸血鬼にとって毒みたい」
彼女の目の前画面には、桃色や紅色の芍薬の花が波のように優雅に咲き乱れていた。
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