空欄補入問題という設問形式は、現代文でも古文でも漢文でも多く使われます。何よりも、原文がはっきりしていさえすれば、作者がそこで使っているものを正解とすればいいので、正解の揺れがないという点で採用しやすいのでしょうか。しかし、それは、極端に言えば、その原文のどの部分でも空欄にすることができるわけで、出題者の思い次第で、いくらでも難問が作れる、場合によっては、作者と同等の実力を持っていなければいやそれでも解けないといった問題も時にあるわけです。


 08九州大・兼好諸国物語を検証いたします。

 「[   ]」とは、北条時政九代の後、相模入道崇鑑、天下の執権にて政道正しからうずしてその行跡甚だ悪しきゆゑに後醍醐院、これを滅ぼさんとし給ふを、(中略)

崇鑑方の京都の両六波羅より軍勢を催して攻め寄せ、官軍討ち負けて、主上をはじめ奉り、月卿雲客また落ち行かせ給ふ事なり。

[問題] 空欄[   ]に、ふさわしい語句を補え。


[解法] 「   」とは、とあるので、何かの説明であると見当をつけます。そして本文の前の部分を見ると、

 「昨日、笠置の軍敗れにしかば、錦織親子、命を限りに戦ひ侍りて、我も同じ道にと心ざし侍るに、」

という部分があるので、その中の、「笠置の軍」を第一感の答えといたします。この場合、空欄を含む文は官軍が負けたことまで書いてあるから、「笠置の軍敗れ」を補入するのではないかとも思うのですが、「笠置の軍」と「敗れにしかば」は文構成の上では別の要素であり、だから、それを一つにするのはおかしいであろうというのが常識でしょう。結論として正解を「笠置の軍」とします。


[検証] この原文である、「兼好諸国物語」は、現在二書で見ることができます。

① 近世兼好伝集成 平凡社

② 日本古典偽書叢刊(第2巻) 現代思潮社

 そして、この二つはこの部分については同じものと考えられます。

 そこで、この部分がどう書き表されているかを見ると、

 「笠置の軍破れ」とは、北条時政九代の後、相模入道宗鑑、天下の執権にて、


 崇鑑が宗鑑となっていること、また漢字表記が仮名表記になっていること、読点の有り無しなど多少の違いはありますが、おそらくこの原文と出題文は同じと思われます。また、本文は「笠置の軍敗れにしかば」とあり、空欄部分は「笠置の軍破れ」とはとあって、「敗れ」、「破れ」と漢字が異なっています。


 ね、すごいでしょう。

 原文通りを正解とするならば、「笠置の軍破れ」としなければなりません。しかし、「破れ」と書ける人はいないでしょう。

 「笠置の軍敗れ」はどうでしょうか。コレコレとはという場合、このコレコレは名詞句と考えられます。その中に、「敗れにしかば」という「動詞+助動詞+助動詞+助詞」のつながりから、「動詞」だけを取り出してくっつけることは普通しないでしょう。

 

 これは出題者のうっかりミスとは考えられません。確信犯です。だから、難問奇問珍問のどれにも当てはまる、私自身今まで見たことのない、化け物のような問題だと思うわけです。


 『「無理題」こそ「難題」』にこれを取り上げるかどうか悩みました。九大の問題は他にもいくつか取り上げたし、この問題自体、「無理題」以上のものと思ったので取り上げませんでした。


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