己の存在 -スキゾイドパーソナリティという人間-(改定版)
【改定にあたり】
この文を書こうと思ったきっかけは、偶然発見したこれがどこかの誰かに届けばと思い、ボトルメッセージのつもりで記し、書いて以来一度も見直さなかったのですが、久しぶりにnotoを利用して読み返してみると内容の無さに驚き、これでは伝わるものも少ないと思い、書き直しをしようと思い立った次第です。以前書いた部分と新しい部分が分かるように変更した部分は訂正線で消して変更し、そうでない部分は以前のままの文です。
己が何者であるのか” と言うと「そういう系の話か」と思われるかもしれませんが、そういう話ではございません。これは云わば自己紹介のようなものでございます。
昔から他の人とは違う、いわば協調性が無いと言われてきました。
そうした中で、他とは違う自分について考える事はたまにありましたが、大体は ”まぁいいか” で今日まで生きて参りました。
数年前に偶然、スキゾイドパーソナリティ障害というものを発見し、どうやらこれらしいという事で長年の疑問は解決したのでございます。
他者との関わりを避け、孤独を好む傾向の人間に至る理由は、幼少期における環境や経験によるもので、感受性の強い人間が ”希望的観測が得られない状況” に置かれ環境や人に対して期待できず、言わば失望し、諦めの状態からなるもので、例えば家族や学校で虐待やイジメなども要因にあります。
私自身これを知り調べる中で、自分の原因を遡り思い出そうとしましたが、どうしてもそれに該当するものを思い出せませんでした、その部分の記憶を抑圧し思い出さないようにしていたようですが、断片的に思い出せるものは全て母の事でした。母は突発的によく怒る人でした。不機嫌になり怒り出し私に怒りの矛先を向けることは日常茶飯事でした。父はそんな母を避けるため仕事やそれ関係を理由に日々家を空けていました。
中学生あたりから集団の中で閉塞感のようなものを感じるようになりました。特にトラウマになるような経験はありませんでしたが、今思えばかなり強い同調圧力の環境でした。この時のストレスと幼少の経験とが合わさって、この頃に現在の人格形成に至ったのだと思います。高校からはある程度な行動の自由が出来た事もあり辛い経験や思い出はありませんでしたが、これは既にこの時スキゾイドの特徴である回避行動が日常化していたのだと思います。
高校を卒業後は地元を離れ一人暮らしを始めましたが、これまでの人生で一番穏やかな時間だったと思います。抑圧環境からの解放からかほぼ毎週末映画館に行き、近くのレンタルビデオ店でアニメ・映画・ドラマのDVDを借り(当時は今ほどサブスク系が充実しておらず料金も割高でした)、地元時代は、生活の足としてしか認識していなかった自転車を、スポーツタイプに乗り換え、気が向くまま遠出をし、浜辺や山頂で沈む夕日を見るの好きでした。
一人の自由な時間が出来て抑圧から解放されましたが、既に出来上がってしまった人格が、環境の変化で多少の改善はされても本質が変わる訳もなく、友人もそれなりに出来ましたが、どこかで距離を取っていました。友人達が家に来て長時間居るのは正直苦痛でした。異性との出会いもSNSの発達によりありましたが、二人きりの時間が苦痛で駅前の喫茶店やレストランで食事をする程度で終わらせ、それ以上に発展することはありませんでした。
こうして自分が、普通とは何かが違うとは思いながらも、その正体が分からないまま、過ごしてきました。心理学や脳科学関連も自分で調べましたが、当時はここまで、絞り込んだところまでたどり着けず、その手前で近いけど何かが違うが、恐らくこのあたりだろうとアタリをつけるに留まっていました。
こうしてこの障害を偶然SNSで、発見するまで普通とは違う自分というものにどこかで違和感を感じながら生活してきましたが、ようやく長年の疑問が解決し安堵出来た自分がいます。しかし、SNSも使い方次第で、薬にも毒にもなります。これを書いた頃はほとんどツイッターを中心にしていましたが、少し見方を変えるべく、利用はしていましたが、頻度は高くなかったインスタグラムも活用してみました。
物事には向き不向きがあるようにそれはSNS上にもあるようです。どこかで食わず嫌いをしていたインスタグラムでしたが、活用してみると想像以上に快適で便利でツイッター以上の居心地の良さに驚いてます。
以下の以前書いた部分のほとんどが消されている理由がそれなのですが、これを記した当時はツイッターが中心でしたがインスタグラムを併用してみると、映像・画像・音楽に特化したものなので、そうしたクリエイティブな方々にとっても利便性が高いようです。以前ツイッターのスペースでお話した方も、また別の方もこちらで高い頻度でライブ配信を行っており、直接お話できた感動はインスタグラムでは割と簡単に出来てしまい。正直拍子抜けしております。その為ツイッターは現在ほとんど利用しておりません。
SNSをきっかけに、発見に繋がる事自体は良い事です。私もそれで不明確であった自分と向き合えるようになりました。しかし、SNS上には人の心に付け入るような、情報も多くあります。ハロー効果やバーナム効果で安易に自分や周囲を情報と結びつける事は危険です。知り得た情報を今一度、様々な角度から確認や吟味する必要があります。
スキゾイドは厳密には統合失調症スペクトラム障害の一種であり、医療機関などで行わる厳密な診断方法では多数の質問項目と複数の診断方法から診断されます。
ネット上にある性格診断などのような簡易な方法からではまず判断出来ません。私もより正確な情報を求めて診断方法や障害の情報を探しましたが、表面的な情報から判断された障害をもつ人のイメージや安易な判断をした情報が多く流布されておりました。
私のような日常生活に支障をきたさない状態の人間も居れば、より深刻で生活に支障をきたしている方もいると思われます。引きこもりと呼ばれる人々のなかにもこのような障害からより深刻な障害を発症されている方もいらっしゃるかもしれません。安易な情報はそうした本当に支援を必要とした人々を正しく知る機会を奪いかねません。
SNSの情報で、救われる人と無下にされる人が存在する事を知ってください。
ぼっち大好きのスキゾイド人間なのでSNSは長らく見るだけの利用でしたが、 SNSも時代と共に変化をして参ります。当然ながらより便利に機能的になっていきます。そんな長らく眺めるだけだったツイッターにスペースという機能が備わった訳でございます。
このツイッターのスペースという機能。搭載された当初は変な表示が出る程度に思っておりましたが、フォローさせて頂いておりました、とある著名音楽家の方がこれで近況報告と雑談をされておりまして、これでまさかのご本人様とお話出来る機会を得たのでございます。
これを機に慌ててツイッターを眺める以外の機能を覚えて使い始めたのでございますが、不慣れ且つこの気質なので、お話させて頂いた方々には嚙み合わない話、流れを読まない質問等で不快な思いをさせてしまった事は想像に難くない訳であります。 その節では大変失礼致しました。
この自己紹介を記そうと思い立ったのも、何気なくスペースの話題に人格や適性の話が出てきたからですが、こうした情報がスキゾイド気質の人々に発見される切っ掛けに繋がればと思った次第だからでございます。
インターネットの海で偶然、人とは少し違う自分の正体を発見し、この生き方も一つの生存方法である事に気付く事ができました。この記事を見て、発見に繋がるのは天文学的確率だと思いますが、これを見て発見に繋がった人が居たら、その人に伝えたい。
「あなたは一人でも強く生きていける。その術は既に身に着けている、あなた孤独ではない、孤高の人なのです」
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?


コメント