「足利尊氏」に「徳川家康」...偉人や皇族も愛した地で「女たらし」が起こす珍道中! 悪巧みの末たどり着いた驚愕の結末とは

『女たらし』あらすじ

ここは駿河国・興津宿。古ぼけた道標の真ん前に突っ立って思案している男がいる。東海道と甲州往還との分かれ道で、道標の上方には「身延道」、下方に「宍原へ四里、万沢へ七里、南部へ十里、身延へ十三里」と刻まれている。

頭を悩ましているのは、絵双紙から抜け出てきたような色男、為次郎だ。彼が行くか否か迷っているのは、甲州往還をたどって四里半ほどの小島城下。品川宿近くの漁村に生まれた彼は、山間の地が苦手なのだ。

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ためらった末に小島城下を目指したのは、そこにカモがいるからだった。若主人が流行病で死んだ紙問屋があり、若後家が店を切り盛りしている、と聞きこんだのだ。後家の名はお小夜。名前からして、楚々とした憂い顔の女に違いあるまい。定まった職を持たぬ女たらしの為次郎にとって、またとない獲物だ。

病に臥せっている隠居に取り入ったまでは上々だったが、肝心かなめのお小夜が醜女、しかも四斗樽を思わせる体型だったことに、愕然とする為次郎。翌朝には、逃げ出す腹を固めた。

が、彼は出て行かなかった。興津鯛の刺身、富士の水で造った酒をふるまわれたからではない。お小夜の気立てが良かった。妾腹の太一をわが子のように慈しむ姿に打たれたのだ。その太一の行方がわからなくなって、店は上を下への騒ぎとなる。興津川が大渦を巻く岩場で太一を救って店に送り届けた為次郎は、家族の安泰を願って店を去った。

興津宿の道標に戻った彼は、石灯籠に灯が点されているのを見て心が動いた。「あばよッ」

―道標の頭を叩いた為次郎は、いま来たばかりの道を小島へととって返したのだった。