【特集】バイク事故で手足が不自由に 全身まひの男性が見つけた“生きがい” 《新潟》
高校生の時に事故で首の骨を折り、それ以来、手と足が動かせなくなった男性が新潟市南区にいます。 かつては自暴自棄になり、人にあたったことも……。 【動画で見る】口で筆をくわえて描く 全身まひの画家 絵を通して伝えたいこと《新潟》 そんな男性を救ってくれたのは“絵を描く”ことでした。 色彩豊かな作品は口を使って描かれます。絵を通して伝えたいことがありました。
■熱狂に包まれる会場で出会った男性
熱狂に包まれる会場。その様子を少し離れたところから眺めている男性がいました。 飯原孝さんです。 毎年、祭りは必ず見に来ているといいます。 【飯原孝さん】 「俺、小さい頃に(たこを)引っ張っていたので、それを昔懐かしくて」 いまは綱を引くことはできません。そして、ひとりでご飯を食べることも。新潟市南区に住む飯原さん。 1日のほとんどを介護を受けながら生活しています。
■バイク事故で首の骨を折る重傷
38年前、飯原さんはバイク事故を起こしました。 首の骨を折る重傷を負い、意識が戻ると手足の感覚がなくなっていました。 【飯原孝さん】 「最初は何が何だかわからなくて手と足がきかないのはわかっていたんですけど、段々ああきかないんだなっていうのが自分でもわかってきて」 「そんなに驚くことがなかったんだけど、どういう思い、どういう思いだったんだろうな、治るんじゃないかな、いつかは 治るんじゃないかなと」 高校2年で手足の自由を失いました。楽しみも、失いました。 Q)野球とかはやっていました? 【飯原孝さん】 「あースポーツは好きでやってました、ソフトテニス、クラブでやっていた、どちらかというと見るよりは動く方が好き」 八つ当たりをした時もあったといいます。 【飯原孝さん】 「看護師さんにあたったりお母さんにあたったりとか、つばとか吐いたこともありますけど、自分に返ってくるから、どうしようもない、自業自得」
■母の支え
事故のあとは柏崎市にある特別支援学校に入りました。 そこには、難病を患い飯原さんのように手足を動かせない人も……。 【飯原孝さん】 「筋ジストロフィーの人と一緒に20歳まで高等部に入るために一緒に生活していたことがある。今はもうみんな亡くなって交流はありませんけど」 「30ぐらいの時にいろいろ考えること考えて自分はどうしていいのかこれから社会にとってどうやって生きていこうかとかそういうの考えましたね」 この体でどのように生きていけばいいのか……。 支えてくれたのは母のキクさんでした。 外に出ることをためらっていた飯原さんを連れ出し、旅行に行くようになりました。 そして、“生きがい”が見つかりました。