第38話 博士の野望

 ディーンの意識が戻り、タカト達が胸をなでおろしているその頃。惑星マブロスのアデッサにある研究所内で、銀縁眼鏡をかけた白衣の男が一人太い眉を顰めていた。培養室にて今日の日課を終え、グローブを外して出てきた彼は、部下からの報告を聞いたようだ。


「そうか。ガレオスFO6までやられたか……」


 どうやら、それは巨大鮫型化させたウイルスの名前らしい。標的に喰らいつくのみならず、逃げぬように身体の自由を奪う音響兵器も備えた獰猛タイプだ。喰らった人間の数はおおよそ二十万人。それでも、ルラキス星の全人口の一割にも満たない。まだまだ追加研究が必要だという結論を出した。


「まあ、このメタラ・ウイルスがアンストロンを異形化させるのみならず、尋常以上に巨大化させることが可能であると判っただけでも、良いとするか……」


 ライアンはひとりごちた後、背後でやや縮こまっている男に声をかけた。声も雰囲気もいつもと変わりない筈だが、部下の男は何故か身体をびくりと震わせている。


「ところで、〝獅子〟を狙って失敗したようだな……ヨハンソン君」

「……大変申し訳ありません博士!」

「しかし、何故そんなに早まった真似をした? 私は『動向を常に把握しておけ』とはいったが『殺せ』とまでは言ってなかったと思うのだが?」


 笑っていない瞳に射抜かれ、可哀想に、まるで全身冷や汗でずぶ濡れ状態のようだ。


「な……何かの手違いでございます! 私は、監視せよと指示した筈なのに、あのアンストロンめが……」

「まぁ、いくら仕込んだチップを利用して知性も理性も〝操った〟ところで、相手も〝生き物〟みたいなものだからな。〝機械知性体〟に〝生物〟を仕込んで強引に突然変異させたものだ。予想外のことがあってもおかしくない」

「……」

「しかし、全てが全てそれでは困る。再現性のあるデータを手に出来ねば意味をなさない。説得力にも欠けるしな。実験形態を見直す必要は勿論あるが、明らかに全サンプル内でこちらの指示に従わぬものは、早めに処分することにしようか」


 特殊型アンストロンによる精鋭部隊を作り上げること――それが、彼の今の研究課題であり、目標である。これは、マブロス星の政府からの要請だ。どんな形にするのが一番ベストなのかはいまだ不明であるが……。

 

「まあ、今回の件については〝狼〟の足止めにはなったようだから、良いことにしよう。中途半端なのは気に食わないが、これ位で簡単にくたばられても、〝研究対象の一つ〟として張り合いがないしな」


 〝獅子〟を狙った筈なのに、〝狼〟が代わりに被弾した。いずれにせよ、これでしばらく彼らは身動きをとれないだろう。その間に実験を進めて、もっと高性能化させるウイルスを作り出し、アンストロンに感染させ、機能性に優れたものを開発していくべきだ。


「今のところ、このウイルスは機械知性体にのみ感染し、威力を発揮することは分かった。しかし、人間に使用したらどうなるかまではまだ分からん。そこでだ、モルモットを探そうかと思う」

「え? そこまでなさるおつもりですか博士!」

「ふふふ……これが成功すれば、嘗てこの私を侮辱したルラキス星の者共に一泡吹かせることが出来よう……ふははは……」


 薄暗い研究棟内に不気味な笑い声が響き渡った。


 ◇◆◇◆◇◆


 ルラキス星で普通に稼働しているアンストロン。元々はチキュウに存在していたロボットと大差なかった。それが、更なる進化を遂げ、知性も理性も人間とほぼ変わらない、今のようになったのは案外最近のことだった。


 それは元々ライアンが発案、開発したものだった。しかし、当時はまだ一研究員の彼に力はなく、成果は全てラボのボスのものとなってしまった。

 研究成果を奪われた彼はそれを根に持ち、惑星ルラキスを飛び出して惑星マブロスへと移住した。そこで、政府からの要請により、ルラキス星の「アンストロン」より更に優れた機械知性体の開発へと携わっている。


 ただ人間そのものと言うより、知性も機能も人間を超える機械知性体を作り出す――

 そこで目を付けたのが、ルラキス星の研究施設にて保管されていた、隕石の欠片より偶然見付けた「ウイルス」だった。それは幾つかネズミやアカゲザルと言った被検体で試したが、当時は何故か全く変化がなかった。


 だが、これまで遺伝子操作実験を行い、現在の「メタラ・ウイルス」は、それらに影響を多少なりとも与えたのを確認している。ネズミは闘争精神が旺盛となりゲージに大穴を開け、アカゲザルに至っては、まるで機械知性体のように、こちらの指示が百パーセント近く通った動きをした。元々の自然株に比べると、大きな成果を上げている。


 ただ、哺乳類の人間だけはまだ行っておらず、試してみたいという、個人的な興味があった。余剰金も溜まってきたため、そろそろ実践に移そうかと検討していたのだ。

 

 研究にはとかく金が要る。

 多大な資金がなければ材料や機械すら手に入らない。

 金、金、金、金、金、金、金、金。

 金がないとこの世は回らないのだ。

 世知辛いが、それが現実だ。仕方がない。

 資金を得て、結果を出し、実績として認められねば次年度の研究費を貰えなくなってしまう。

 そうなると、嘗ての同胞への報復という名の、長年の夢も水の泡と消える。

 星内の資金源は底をつきかけており、何とかして手に入れねば研究が途絶えてしまうのだ。それだけは何としても避けたかった。

 その資金を手に入れるために、まずは機能を重視した機械知性体を開発しては、実践を行う研究を常日頃行っているのだ。


 我々が結果を出せば、その分褒美と言う名の研究費が手に入る。

 ライアン自身は研究成果をだし、名声をあげられれば満足する――というより、彼はそれしか興味がないのだ。

 ルラキス星とマブロス星が嘗て争ったことも、現在共にただの休戦状態だということも、そして星同士の争い事になんて、益々興味がない。

 もしその結果として自分がいるこの星に何かあった場合、他の星への移住も考えている。いざという時のためのデータは常に最新のものを持ち歩いている位だ。

 継続した研究が出来る環境と資金を与えてくれる。

 権力と金を持っている。

 そういう国であれば、彼は居住区とするのはどこだって良かったのだ。

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