第45話 叫ぶ心、燃える涙

「く……っ!!」

「俺はそんなにヤワじゃねぇ!」

「……似たようなことを、彼女も言っていた……!」

「俺は俺だ! 良い加減目を覚まして俺を信用しろよ!」

「……」

「自分を信用しろと言ってくるクセに、俺のことは信用しねぇのかよ?……そんな不公平なことってありえねぇだろう!?」

「……」

「『苦しい』なら『苦しい』って、はっきり言えよ……言ってくれよ……言ってくれなきゃ分からねぇだろ……俺達他人なんだから!」

「……!」


 途中からくぐもった声になったかと思った途端、翡翠色の瞳から一筋涙がこぼれて、形の良い顎から滴り落ちた。タカトは頬に濡れる熱い感触に気付かぬふりをしながらも、必死になってディーンに訴え続ける。彼の相方は長いまつ毛を、水鳥が物音に驚いて飛び立つ時のような忙しなさで羽ばたかせた。驚いたように眼を見張っている。


「そりゃあよ、有能なお前に比べりゃあ俺なんて、全然頼りねぇかもしれねぇ。お前のために出来ることなんてたかが知れている。だがな、一人で何でもかんでも背負い込むには限界っつーもんがあるだろうが!」

「……」

「それとも何だ? 俺はただのお飾りか?」

「……」

「俺は人形じゃねぇ。意思を持った人間だ!」


 互いに胸ぐらを掴み合ったまま、二人は睨み合った。互いの両手の力は、緩むことを知らないようだ。やり場のない怒りを拳に託すしかなかったのか、すっかり白っぽくなっている。


 翡翠色の瞳と銀色の瞳が真正面で再び絡み合う。

 刺し違えたかのように、動こうとしない。

 スカーレットと同じ色の瞳が真摯に訴えてくる。

 逃げないように、銀色の瞳を捉え続けた。


「お前の両親も、恋人も、お前にとってはもう全て過去のことなんだよ……どうにもならねぇことだし、どうすることも出来ねぇ!!」 

「……」

「だが、お前の心はまだ過去を生きている。過去に生きていて、一体どうなるんだ? 過去に囚われたままでは、守らねばならねぇ〝現実〟まで手遅れになっちまうんじゃねぇのか!?」

「……」

「あの時、お前俺に言ってたよな!? 『楽に生きようとは思わない』って。どうして楽に生きようとしないんだ? 罪深い自分への戒めとでも言いたいのかよ!?」


 タカトの言葉がディーンの心を貫き、攻めたてる。銀色の瞳に裂けるような激しい痛みを堪えているような色が映った。彼を思うと、心が引きちぎられるように痛くて仕方がないが、その感情を押さえ込みつつ、更に攻めたてた。まるで、剣先が相手の体内に、チーズに突き立てた果物ナイフのように、奥深くめり込む感触に似ている。だがここで断念してはいけない。逃がしてなるものかと必死に食らいついた。


「……黙れ」

「お前は自分を殺し過ぎている。それじゃあ、苦しいだけじゃねぇか! 良い加減、自分の為に生きろよ!!」

「黙れ」

「もしスカーレットさんに申し訳ないと思っているのなら、尚更、己を殺すような生き方しちゃあ駄目じゃねぇか!!」

「黙れと言っているだろう!!」

「いいや、黙らねぇ!! 答えろディーン!! お前が今したいことは何だ? 戻らない過去への悔恨か? それとも変えることの出来る未来か?」


 ディーンの拳が唸って今度はタカトの右頬にヒットした。


「ぐっ……!!」


 強烈なパンチを二度もまともに食らい、タカトはよろけて前方へと倒れそうになった。だが、もんどり打って床へ倒れそうになったその身体に、ディーンの右腕が回され、彼の身体を抱き抱えるようにして支えた。


 夜着から温かい彼の体温が伝わってくる。いつも自分が危ない時に助けてくれる腕。支えてくれる頼り甲斐のある腕。タカトは彼の古傷を抉るようなことを言ったことに、後悔は全くなかったが、胸が裂けるように酷く痛んだ。


「……僕が今したいことは、変わらない」

「……ディーン……?」

「レティと僕の両親の生命を奪った者を見つけ出すこと……妹のためにも。そして……任務中、絶対に君を死なせないこと。以上だ」

「? そこで何故俺? 何か関係あんのかよ?」

「……本部内で〝死神〟と言われるのは、もう懲り懲りだからな」


 そうこぼすディーンの背中はどこか、痛々しかった。本部内でまことしやかに流れている噂話は、嫌でも本人の耳に入っていたらしい。タカトはたまらなくなって、自分を支える腕をぎゅっと手で掴んだ。


「あとこれだけは言っておく。僕は君を放っておけない。少しでも目を離すと君が一体何をしでかすか、予想が出来ないからな」


 ディーンの声はいつもの平板に戻っていたが、やや呆れ気味な空気を含んでいた。それを聞いたタカトは、負けじと言い返す。

 

「俺だってお前を放っておけねぇ。いつも棺桶に片足突っ込んでるような感じがして、危なっかしくて見てらんねぇからよ……」


 タカトは唇の端が切れたまま、にやりと口角を引き上げた。


「お前が心配しなくたって、悪運の強い俺はそう簡単にくたばらねぇからよ。安心しな」

「……いきなり殴って、悪かったな。今日の僕はどうかしている。発熱はもうない筈なのだが……」

「お互い様だろ。俺としてはお前の意外な顔が見られて結構面白かったけどな……って、うっわ……到頭やっちまった~お前も何かすげぇ顔してる。やべぇ! 絶対ジュリアちゃんに殺されるわ俺!!」


 さっきまで張り詰めたような空気が嘘のように掻き消えた。どこかはしゃいでるように見えるタカトを見つめるディーンの視線は、何かが吹っ切れたような、どこか穏やかな色をしていた。


 ◇◆◇◆◇◆


 その後、二人は再び病室内に戻ってきたシアーシャから散々からかわれたのは、言うまでもなかった。

 端が切れた唇。赤く腫れた頬。泣き腫らした赤い目。乱れた着衣。事情を知らぬ者が見ると、誤解を招いても仕方のない光景だった。


「ちょっと……二人とも……! ここ病院だよ!? いくら寂しかったからって、何その派手なキスマークの跡! 見えるところにしちゃあ駄目じゃない! やだもぉ〜激しすぎ……!!」

「姐さん!! 一体どういう目で見たら、そういうおめでたいセリフが出てくるんだよ!! ……いってぇ……っ!!」


 顔を真っ赤にしたシアーシャから堪らんとばかりに、勢いよく背中をバンバン叩かれたタカトは、痛さのあまりに顔をしかめた。


 

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