第62話 届かぬ願い

 タカトは、脳天に強烈な一撃を食らったような顔をして佇んでいた。息を呑んだまま唖然としている。アンストロン化した博士は、ヒューッヒューッと空気の漏れる音を口から出しながら、相手の反応を見ているようだ。


「!?」

「……フフフ……コレハ、弾丸を吸収スル機能モアルノダ。デハ返礼ヲクレテヤル……!」

「!!」


 そう言い終わるやいなや、ライアンの胸の真ん中のあたりから銃口がぬっと現れ、タカトに向かって無遠慮に発砲し始めたのだ。


 (あぶねぇ! こちらの銃弾を吸収して発砲して来るのかよ!? たちが悪過ぎる……!! )


 タカトは瞳の色を瞬時に金色に変え、身体の衝撃吸収能力と反射神経とを向上させ、真正面から飛んでくる銃弾の雨から逃げようと必死だった。この時、もしブラスター版に換装させていたら、もっと恐ろしいことになっていただろうと思うと、背筋に凍るような冷たさが駆け上ってくる。


 相手は肉体改造ならぬ、アーマー改造をした、フル装備強化型アンストロンだ。恐らくブラスターやプラズマでさえ、充分な決め手にはならないだろう。まともな攻撃が一切通用しないと悟ったタカトは、ただひたすら逃げ続けるしかなかった。

 

 それでも、時間が経てば疲労はたまる。動きが若干鈍った時に右肩や両腿に焼けるような痛みが走り、タカトはその場にどぅと倒れ込んだ。


「ぐあっ……!!!!」


 (くそ……!! 足と肩をやられた……!! )


 ――昨今は想像を超えるケースが多く見られる。防御を疎かにすると、命取りになりかねない――


 以前ディーンが言ってくれたことが脳裏に蘇る。別に聞き流していたわけではないが、今がきっとその時なのだろうと、傷口と骨身に大変染みた。貫通はしてなさそうだが、銃弾によって肉が抉れているのが見える。ぽたり、ぽたりと、赤い血が流れては、床へとこぼれてゆく。


「うっ……!」


 ライアンは床へと倒れ込んだタカトの上に馬乗りになり、両手で頸動脈を抑え込んだ。彼は直ぐ側に偶然落ちていた鉄製の管をとっさに首元に差し込んだため、気道は若干確保されている状態だ。しかし、それにヒビが既に入ってきている。このままでは首の骨ごとへし折られてしまうのも時間の問題だ。


「……かはっ……あっ……!!」

「ドウダ……抵抗スルダケ無駄ダ……ルラキスノ人間メ……大人シク降参スルガイイ……!!」


 首への締め付けがどんどん強くなる。相手の腕を掴んだタカトの指に、痙攣にも似た震えが出て来た。


「……くっ……!!」

「中々シブトイヨウダナ……コレデモマダ降参シナイカ……?」


 アンストロン化したライアンにとって、自分は嘗ての敵という認識しか、もう出来ないのだろうか? 長年の苦労を経て生み出した成果を横から奪い取り、自分を絶望の底へと突き落とした憎い相手にしか見えていないようだ。


(何にも出来ねぇ……聞いてやることしか出来ねぇ……! 一体、どうしたら良いんだ!? )


 更に力が加わり、タカトの首元の鉄製の棒がひしゃげた。ミシミシと、骨がきしむ音が聞こえ、頭がぼうっとしてくる。タカトは苦悶の表情を浮かべ、精一杯の抵抗を見せた。


「止め……っ……!! 親父……!!」

「!!」


 タカトの言葉を聞いたライアンは、その時何故か動きを止めた。わずかに力の緩んだ指を押しのけ、タカトは横に勢い良く転がるようにして博士との距離をとった。

 開放された気道に空気が一気に入り込み、ゴホゴホとむせている。

 酸欠状態に陥っていたのか、頭の中でぐわんと大きな鐘が鳴り響いていて、耐えられない。


「はあ……っ! ……はあ……っ! ……はあ……っ! ……」


 ――今攻撃されたら、俺は一巻の終わりだ……

 

 そう覚悟を決めたタカトの耳に、意外な機械音が聞こえてきた。


「……私ノ負ケダナ、タカト」

「……?」


 そのままその場に立ち尽くし、動きを止めたライアンにタカトは怪訝そうな顔を向け、相手の次の動きを見ようと必死になっていた。機械音は絶えず鳴りっぱなしの状態である。


「オ前ノ言葉ニ、私ノ〝人間〟トシテノ心ガ反応シテシマッタヨウダ。ソノ結果、攻撃体勢ガ全テ解除サレテシマッタラシイ。コレハ、明ラカニ私ノ設計ミスガ引き起コシタ結果ダ……」

「……」

 

 ライアンが背中にあるスイッチを押すと、突然大きな地揺れが起きた。

 マグニチュード六レベルの揺れがこの建物を遅い、縦揺ればかりが続いている。

 すると、メキメキバキバキと何かがへし折れるような音が鳴り響き、タカトとライアンの間に床ごと大きな裂け目が生じた。


「……!?」


 すると座り込んだままのタカトの目の前で、何か大きな力によって強引に抉り取られたかのような大穴が開いた。

 それは地底の奥深くにまで大きく避けており、底が見えない崖のようになっている。

 何かが破裂した音が周囲に鳴り響き、大きな炎が巻き起こる。

 左右に見える壁が崖下へとゆっくり崩れ落ちてゆく。

 そんな中、真っ黒なアーマーに包まれた身体が、崖下へと向かって落ちていこうとしているのが見える。


 (そうはさせるか……! )

 

 彼は力の入らない両足で床を蹴り、崖下へと落ちていきそうになる真っ黒な塊に向かって懸命に手を伸ばした。

 

「う……っ!!」


 タカトは、左手で崖の淵を握り、右手でライアンの腕を掴んでいた。重みが重力を伴って彼に襲いかかる。気を失いそうになるレベルの激痛が身体全体に走ったが、歯を食いしばって耐え抜いた。二人して崖から宙吊り状態になっている。そんな彼を下から見上げるように、ライアンは機械音を発した。


「一体……ドウイウツモリダ?」

「このまま……死に逃げるんじゃねぇよ……この大犯罪人! どういう理由があったって、てめぇがしたことは許されることじゃねぇ!」

「……」

「てめぇの気持ちは、正直分からねぇ。聞いてやることしか出来ねぇ。でも……償ってもう一度、違った形でやり直せば良いんじゃねぇのか?」


 自分の右手一本で支えている男は、ヒューッヒューッと空気の漏れる音を口から出しながら、こちらを見ているようだ。その顔に向かって、タカトは真っ直ぐな視線を投げかける。


「……」

「今回は方法がまずかったが、これだけの執念があるのなら、もっと別の方法でリベンジ出来るんじゃねぇのか? やり直せば……」


 タカトの必死の問いかけに対し、ライアンは静かに頭を下に向けた。そのまま、シューッシューッと空気の抜ける音だけが周囲に響き渡っている。背後から再び大きな爆発音が鳴り響き、パチパチと、何かが燃える音が聞こえてきた。


「……無理ダナ。私ノ力モ、コレガ限界ダッタトイウコトダ」

「……!!」

「一度コウナルト、二度ト元ニハ戻レナイノダ。物事ニハ引キ返セナイコトモアル。マアイイ、最期ノ最期デ面白イモノガ見エタ」

「?」

「悪イガ、コノ実験結果ハ、墓ノ下ニマデ持ッテイカセテモラウゾ。コレダケハ、私ダケノモノダ……! オマエタチ〝ルラキス星ノ人間〟ダケニハ絶対ニワタサナイ……!!」


 そう言ったライアンは、タカトの腕を思いっきり振り解いた。その弾みで、身体を支えていた左手が崖のふちから落ちそうになる。彼はそれを堪え、かじりつくように左指に力を込めた。


「親父――――――――!!!!!!」


 タカトの地を割くような絶叫が崖下へこだました。

 

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