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『時をかける少女』を見て死にたくなる人はほかの学園ものを見ても死にたくなるのか?

時をかける少女 通常版 [DVD]
トボフアンカル・ミニ・メディア(T:M:M) - 「時をかける少女」を見たら、うつになった[↑B]
Something Orange -  『時をかける少女』を見ても死にたくならない。[↑B]
自分の思春期はあんな楽しそうじゃなかったから、そういう作品を見ると死にたくなる…というのなら、エロゲー萌えアニメなどでの明るい学園生活が描かれているような作品でも死にたくなりそうなのだが、そういう話は聞かない。*1
死にたくなる作品として、『耳をすませば』が筆頭で、その次に『時をかける少女』があるようだが、同じ学園を舞台にして人気のあった『涼宮ハルヒの憂鬱』も『スクールランブル』では、こういった話は聞かない。いったい、どこに線引きがあるのだろうか?
ハルヒ鬱 :Syu's quiz blog[↑B]
ハルヒ鬱というのはあったそうだが、これはマイナーそうだ。


しかも『耳をすませば』はダメだけど、『時をかける少女』はオッケーという人も結構見かけるから、事態は更に複雑。
放課後ハ 螺旋階段デ - 青春ものを見ると死ぬはずだった人間が何故「時をかける少女」を思い切り楽しめたのかを自己分析してみる / ついでに脱線[↑B]
こちらの人は「恋愛描写の感覚が非常に薄い」「友情描写の範囲が狭い」という理由で楽しめたと語っている。
「友達描写の範囲が狭い」というのが「クラス感の希薄」に繋がっていると思うんだけど、「クラスのみんなと盛り上がる楽しい学園生活」ではないからよかったのかもしれない。

*1:正確にいえば、「死にたくなる」ではなく、「死にたくなる、と言いたくなる」だろう

  • hatesateclub

    押井守氏の合成発言にもあったように、現実を錯覚させられるかどうかという事と、自分が持っていない、もしくは失ってしまった純粋さを錯覚させられて否定出来ない状態で見せつけられたかどうかががポイントでは?
    そうした意味で「耳すま」は見たくない現実(狭い団地など)まで丹念に描かれていて、一番レベルが高い。「時かけ」は象徴性の高い画面作りをしているせいか現実にしてはきれいすぎるのかも。
    それからハルヒやスクランのキャラでは「いたらいいな」ぐらいで「いるかも」とは思えないのでは。

  • reno

    作品のリアリティとドラマ性のバランスじゃないですかね?
    当たり前に青春を過ごすキャラクターを見ることはそれがなかったものにとっては辛いと思います。ハルヒ、スクランなどは自分の高校生活と比較する要素が薄い(比較的リアリティを感じない)ので気にならないけど、等身大で描かれるこれらの作品はより強く自分と対比されてしまうとか(作品における物語が素晴らしいものであればあるほど)

  • 加野瀬 (id:kanose)

    ご意見ありがとうございます。キーワードとして「現実を錯覚させる」「こういう人はいるかも」「等身大」「リアリティ」があって、そういうものを意識させる作品は死にたくなる…という感じでしょうか。
    時かけ三人がスクールカースト上位に見えるというのにも絡むのかなあ。あの人たち、明らかにクラスから浮いているのに!

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