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「暇空茜」について

 某女性支援団体が「暇空茜」を名乗る40代男性に「生活保護不正受給」「少女をタコ部屋に住まわせている」といった事実無根の内容をネットで拡散されたとして損害賠償などを求めた裁判で、暇空茜氏が敗訴し合計220万の支払いを命じられたようです。暇空茜氏は控訴するとの事ですが、女性支援団体側の不正の証拠を全く示せていないのでまた敗訴する可能性が高いでしょう。


 暇空茜氏と某女性支援団体の対立が始まったのは2年ほど前の事ですが、結構Twitterで盛り上がっていた記憶があります。今となっては恥ずかしい話ですが、当時の私は半信半疑ながらも暇空茜氏の主張を一部信じてしまっていました。特に暇空茜氏への提訴会見で10人近くの弁護士や理事が集まって暇空茜氏を一斉に批判しており、左寄りの人達が一致団結して暇空茜氏を潰そうとしているように見えてきな臭さを感じてしまい、かつての私は「女性支援団体の側によほど都合の悪い事があるのではないか」と邪推してしまっていました。


 そういう訳で私は深く考えもせず「巨大な左翼と戦う個人」というアニメか何かのキャラクターを見ているようなエンタメ感覚で暇空茜氏を追っていたのですが、彼の言動を見ているうちにだんだんと嫌になってきました。彼は本気で自分を天才だと言ってはばからず、「自分はナニカグループという巨大な敵と戦っている」と陰謀論めいた主張までし始めて本気で自分を漫画の主人公だと勘違いしているようで、うんざりして追うのを辞めていました。


 しかし最近になって暇空茜氏が都知事選に立候補してからまた名前を見るようになり、別方面で興味を持って再度調べてみると私が追っていない間に色々あったようでした。暇空茜氏のシンパの間で「姫」として担がれていた中年男性が袋叩きにされる内ゲバのような事があったり、暇空茜氏が「某ゲームのキャラクターが安倍元首相の銃撃事件を揶揄している」と難癖をつけて炎上させようとしたり、女性学者にいきなり絡んで「メス」などと暴言を吐いたり、「巨大な闇の組織に命を狙われている」などと主張し出したり、挙げればキリがありませんが散々な事になっているようです。


 そして騒動の発端となった女性支援団体は監査の結果会計上の問題こそあれ不正は認められず、女性支援団体が暇空茜氏を名誉棄損で訴えた裁判でも不正の証拠は提示されず「某女性支援団体が困難女性を利用して不正を働いている」といった彼の主張は全くの事実無根である事が明らかになって来ました。今となっては深く考えずちょっとでも彼の主張を信じてしまったことが恥ずかしくてなりませんが、デマを流した側の暇空茜氏は自分の間違いを認めておらず反省する気配が見えないどころか、全く懲りずに所かまわず攻撃を繰り返しています。彼が反省している姿を想像する事もできません。恐らく一生このままなのだと思います。


 どうして彼はこうなってしまったのでしょう。恐らく彼はネットコミュニティの中で「天才キャラクター」としての自我を確立させ肥大化させてしまったのだと思います。暇空茜氏を漫画のキャラクターとして見れば、賛同者の気持ちも分からなくはありません。巨大な敵と戦う天才で、歯に物着せぬ物言いで論敵を打ち負かし、優れた直感と推理力で突破口を開く。天才キャラのする事には全てに意味があり、天才キャラが疑った所に必ず敵の急所はある。天才キャラはいつだって正しい。……しかし現実はマンガではありません。もし現実にマンガのような事態があったとしたら、慎重に疑ってかかった方がいいでしょう。実際には暇空茜氏は某女性支援団体をデマで攻撃していただけで天才でも何でもありません。それどころか、彼は自分を省みて成長することが出来ない人です。子供は例え幼稚であっても、自我の絶対性が現実とぶつかる中で限界を知って成長していくのですが、彼はどのような現実にぶつかっても全く成長する気配が見えません。彼の自我は「天才キャラ暇空茜」というネット上の幻想と完全に合一してしまっているように感じます。


 例え彼が裁判や選挙結果といった現実に突き当たったとしても、シンパ達は彼を「天才キャラ」として扱ってくれるので、彼はシンパと共通の「敵」を作り出して攻撃するだけでいとも簡単に「天才キャラ」としての自我を取り戻す事ができるでしょう。しかし、シンパ達は何か根拠があって暇空茜氏を「天才キャラ」として扱っている訳ではありません。自分たちの日頃の鬱憤を「敵」の急所を突くことで粉砕してくれる痛快な「天才キャラ」暇空茜が心地よいから彼を「天才キャラ」として祭り上げているに過ぎないのです。そんな感じで閉じた空間の中で循環論法が出来上がり、相互依存しつつお互いがお互いを騙し合っている状態になってしまっているようです。


 元々この騒動は女性支援団体の代表のN氏が、公的支援を受けた「温泉むすめ」というコンテンツの「夜這い」等の設定を批判した事に始まります。暇空茜氏は温泉むすめ自体には興味が無かったようですが、この件で「コンテンツを燃やそうとしている」としてN氏に激しい嫌悪感を持ったようです。フェミニスト的な思想を持つ女性支援団体の代表のN氏がオタクから嫌われるというのは何となく分かるのですが、そういった嫌悪感情が無批判に暴走した結果、Twitterのオタクや右派の憎悪感情までも巻き込んでこのような事態に至ってしまったようです。


 暇空茜氏が女性支援団体に瑕疵が無い事を知っていながらN氏に嫌がらせをする為に不正をでっちあげたのか、あるいは嫌悪で認知が歪んで不正を邪推してしまったのかは定かではありませんが、いずれにせよ彼の根底には「自分が嫌いな人間は悪人であって欲しい」「自分は正義の側であって欲しい」という強い願望があるように感じられます。そういった願望が「天才キャラ暇空茜」と「絶体悪である敵」という虚構の対立を作り出し、この対立を強化していく過程で誹謗中傷にまで発展してしまったのでしょう。もちろん暇空茜氏の例は極端な例でしょうが、都合のいい情報だけを摂取できてしまうSNSは欲望や願望を暴走させ、自我の絶対性を強化してしまう恐れがあると思います。


 自我は感覚と世界の統一を求めます。悲しい時には雨が降っていて欲しいし、楽しいときには晴れていて欲しい。自分の嫌いな人間は間違っていて欲しいし、自分が好きな人は善人であってほしい。しかし現実には悲しい時に限って空が晴れ渡っていたり、自分が嫌いな人間の言う事が正しかったりします。そのような矛盾を受け入れ感覚を制御し自我を客観視するのが理性的態度なのですが、自分の都合のいい情報だけ仕入れて見たくない情報を遮断できてしまうネットやSNSは、自我の絶対性を強化し感覚を無批判に増長させ人間から理性を奪ってしまう危険性を秘めているのかも知れません。


 虐殺器官という小説の中で近未来の特殊部隊で暗躍する主人公がどことなく幼稚に描かれていて、テクノロジーの進歩と社会の合理化によって人間が幼稚化していくのではないかというテーゼが立てられていましたが、現実にはそれどころではない事態になっているのかもしれません。虐殺器官の主人公は成長の片鱗は見られたのですが、ネットの中で際限なく肥大化した自我は永遠に成長する事はないでしょう。

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