11年前、タイで身柄を拘束された男がいる。真面目だった人間が転落したのは、一体どういう時だったのだろうか？恐ろしい誘惑と、狂った金銭感覚とは。再現ドラマで紹介した。

男の仕事場は長野県建設業厚生年金基金。ここは長野県の建設業600社ほどからお金を集め、投資先を決めて運用していた。

当初男は事務長代理、真面目一筋で上司からの信頼も厚かった。

バブルが崩壊し株価の急落が始まると、男の仕事も大きな危機に。建設業界は不況で、マイナスが続くと上司は男を責めた。そんな時に、街でホステスに誘われるままにスナックへと入っていった。それが男の運命を大きく変えることとなる。

その後特定の女性を気に入り頻繁に通うようになり、次第に銀行のカードローンを組み、借金をしてまで通い続けた。

借金で追い詰められていたある日。職場で買いためていた切手に目がいき、ふと魔がさしてしまう。

仕事帰りに職場の切手を換金したのだ。着服はこれが初めて。翌日出社をしても誰も気づいた様子はなかった。

その頃、男のもとに頻繁に足を運ぶ東京のファンド運営会社の代表がいた。国内外の未公開株式への投資の仲介を行っていた。

「我が社の運用体制を見てもらいたいんです」と何度も誘われた男は、長野から東京への出張かたがたファンド運営会社社長の会社へと行った。そして、連れられ初めて高級料亭へ。さらに夜の銀座にも。投資会社社長からの接待攻撃、そして、現金の受け渡しまで。そこには自分には無縁だった世界があった。

男は東京での時間を堪能する一方、長野の勤務先ではいつも通り真面目に勤務していた。そんな時、男の立場がまた大きく変わる。

事務局のトップの常務理事が退職し、常務理事は経費削減として当面の間空席となった。男は事実上のトップとなった。そして任されたのは、今後給付される年金の額の大幅な引き下げを説明するという、一番文句を言われる役目だった。

年金給付額の引き下げを加入者に伝えると文句を浴びせられ、針のむしろに。長野での仕事のストレスで徐々にたがが外れていく。

頻繁に東京出張を繰り返す男は、クラブのお気に入りの女性に入れ込んだ。そして長野の職場では東京での接待と真逆の扱いをされ続けるうちに、仕事に対する情熱も完全になくなっていた。その結果、大胆な行動に走ることになる。

事務局の金庫の中から基金の通帳を取り出し、理事長の印鑑を使い、保険会社に振り込むため2つの金額の違う伝票を銀行に提出。そしてその差額を着服。

基金事務局トップからの正式な書類のため、銀行は横領だとは思わなかった。

その後も同じ方法で、一度に数千万円ずつの横領を行なっていく。その多くを、東京に行っては女の子に使った。

2008年9月、リーマンショックによって世界的金融危機に陥る。そんな世の流れとは逆行するように坂本の金遣いは常軌を逸してくる。なじみのママに、保証金、内装費など、しめて1億円を横領した金で調達し、銀座のビルにクラブを開店させたのだ。

横領は2005年からすでに計43回となっており、その額は合わせて23億円を超えていた。

そんな中、2010年8月、掛け金の入金額があまりに少ないと疑った生命保険会社が、理事長に直接連絡を入れた。理事長は男を呼び出すと「加入業者から掛け金の返還を求められまして、それに応じたんです」と答えた。勿論まったくのウソで、公的年金である厚生年金は独自の判断で返還してはならない。これが事実なら理事長も責任を負うことになる。こうしてこの場を乗り切ったが、厚生労働省による特別監査を受けることが決まった。

だが、坂本はまだダマすつもりだった。徹夜で書類を偽造し、偽造した銀行の振込受付書を提出。この場は凌いだが、バレるのは時間の問題だった。

すると、男はさらなる横領を行なった。
銀行印の偽造が発覚し、ついに坂本の横領が発覚したのだ。

長野建設業厚生年金基金は被害届を提出。その後の調べで横領額は23億8334万円と判明。

横領発覚から5か月。その頃、男の姿はタイ・バンコクにあった。異国の地でも持ち出した金で変わらず豪遊。しかし、逃亡から3年が経つ頃には男は知人に「4人の愛人にせがまれ家や土地を買ったら金がなくなった」と話していた。ついに愛人に金を無心するようになった男に愛想をつかせた女性は、警察に通報した。

3年2か月の逃亡の末、2013年11月、男は身柄を拘束された。

長野県警は男を業務上横領の疑いで逮捕。タイからの帰国後、男は裁判で罪を全面的に認め、2014年6月、長野地裁は懲役15年・追徴金430万円の実刑判決を言い渡し、控訴はせず、刑は確定した。