松戸女児殺害から7年 亡き娘の思いかなえ、父母が開いたベトナム料理店が評判 「良い人生をもう一度」 #ニュースその後

「ハオ・グエン・ショップ」の前に立つリンさんの父親のハオさん(左)と母親のグエンさん=福島県二本松市
「ハオ・グエン・ショップ」の前に立つリンさんの父親のハオさん(左)と母親のグエンさん=福島県二本松市

 福島県二本松市の岳温泉に昨年6月、一軒のベトナム料理店がオープンした。昔ながらの趣を残す温泉街に突如現れた異国情緒漂うレストランは、おいしい料理で評判となり、近く温泉旅館の開業も計画するなど、この地にすっかり根付きつつある。経営するのは、2017年に殺害された松戸市のベトナム国籍の小学3年生、レェ・ティ・ニャット・リンさん=当時(9)=の両親。事件発生から先月24日で7年。料理が好きだったまな娘の夢を引き継ぎ、千葉から転居して店の経営に奮闘する両親は、悲劇を乗り越えようと新たな人生を歩み始めている。(報道部・吉田夏子)

山のふもとの温泉街で営業

 JR二本松駅から車で約20分。標高1700メートルの安達太良山のふもとにベトナム料理店「ハオ グエン ショップ」はある。

 元旅館を改装した店舗は、壁に描かれた日本画と鮮やかなベトナムのテーブルクロスが印象的。両国の文化が融合しながら、落ち着いた雰囲気を放っている。

レストラン内でスペシャルバインミーを持つハオさん=福島県二本松市の「ハオ・グエン・ショップ」

レストラン内でスペシャルバインミーを持つハオさん=福島県二本松市の「ハオ・グエン・ショップ」

 牛・鶏・アヒル肉のフォー(800~900円税別)や揚げ春巻き(150円同)、3種類のバインミー(500~650円同)など20種類以上のベトナム料理を提供。取材に訪れた平日の昼過ぎには、近隣住民や温泉街に泊まっていた観光客らが食事を楽しんでいた。

フォーやバインミーを食べる女性客
フォーやバインミーを食べる女性客

 「塩ベースのスープがすごくおいしい。麺がもちもちしている」。鶏肉のフォーを味わっていた福島県郡山市、会社員、伊東可南子さん(39)は笑顔で話す。友人の同市、派遣社員、長谷川薫さん(45)は、ベトナムのサンドイッチ「スペシャルバインミー」を注文。「具だくさんで食べ応えがある。パンもカリカリでおいしい」と満足げだった。

本場の味付けで人気、ネットでも高評価

 開店して9カ月ほどだが、本場の味付けながらクセが少なくて食べやすく、料理のボリュームもあって客に好評。中でもスペシャルバインミーは自慢の逸品だ。自家製ピクルスを具材に使用し、パンは本場のものと同じく外はカリッと、中はふわっとした食感で、市内のパン屋に特注している。

アヒル肉のフォーとスペシャルバインミー、揚げ春巻き
アヒル肉のフォーとスペシャルバインミー、揚げ春巻き

 フォーも人気で、だしのしっかり効いたスープにこだわりがある。事件を知る人も知らない人も、料理の味を求めて店を訪れており、ネットの口コミでも星4~5つの高評価が目立つ。

 料理を作っているリンさんの母親、グエン・ティ・グエンさん(37)は「おいしいという評判が多くてとてもうれしい」と喜ぶ。より良い料理を作りたいと考え、最近、ベトナム人の男性シェフも雇い始めた。

「友人に料理を…」途絶えた夢

 両親が店を開いたのは、まな娘の遺志を実現するため。料理好きだったリンさんは、グエンさんと一緒にフォーやバインミーを作り、「ベトナム料理を日本の友人に作ってあげたい」と夢を語っていた。

 ところが、悲劇がリンさんを襲った。2017年3月24日、リンさんは当時通っていた小学校の元保護者会長、渋谷恭正受刑者(52)=無期懲役が確定=に登校中、わいせつ目的で連れ去られて殺害され、遺体は我孫子市の排水路脇に遺棄された。あまりにも理不尽な事件だった。

リンさんの写真を前に記者会見する父親のハオさん=2018年6月、千葉市中央区の県弁護士会館
リンさんの写真を前に記者会見する父親のハオさん=2018年6月、千葉市中央区の県弁護士会館

 両親は21年3月に松戸市内にベトナム料理店をオープン。ただ、新型コロナウイルス禍で売り上げが伸びず、苦しい経営状況が続いた。「店はリンちゃんがやりたかったこと。閉めるのはつらい」。父親のレェ・アイン・ハオさん(41)が打開策を考えていたとき、18年ごろまで営業していた元旅館の売却物件を見つけ、購入を決めた。

改装中の旅館の客室
改装中の旅館の客室

 東日本大震災や原発事故で、大切な人や普通の生活を奪われた福島の人たち。その境遇が、何も悪いことをしていないのにまな娘を奪われた自分と重なっていると感じ、この土地に親近感が湧いた。松戸の店は閉め、家族で生活の拠点を二本松市に。家族はすぐ地域になじんだ。リンさんの弟が通う小学校の食事会を店で開いたこともある。

 使っていない部屋を活用して近く旅館も開業する予定で、現在改装を進めている。20部屋ある客室はもともとあった和室を生かしつつ、外国人も宿泊しやすいよう床をフローリングにしてベッドを設置。露天風呂もあり、安達太良山から湧き出る名湯を堪能できる。

改装中の旅館の露天風呂
改装中の旅館の露天風呂

 母国には温泉がない。ハオさんは「ベトナム人にも宿泊してもらって温泉の良さを知ってもらい、日本人とも交流できる場を作れれば」と願う。

「普通の生活へ」旅館に託す

 ハオさんは事件後、渋谷受刑者の極刑を求めて署名活動などを行ってきた。しかし一、二審判決ともに無期懲役となり、22年5月に刑が確定した。

 「裁判で本当にいろんなことがあって、つらかった。一生懸命全てを尽くしたけど、結局死刑にできなかった」と無念を口にするハオさん。「娘の事件から自分の人生が変わった。普通の生活も仕事もできなくなった。生まれ変わりたいと願ったこともいっぱいだった」と吐露する。

 長かった裁判が終わり、ハオさんは新たな人生を歩もうとしている。その決意を込め、これから開業する旅館の名前は「rbHotel」に決めた。「rb」は英単語の「rebirth」(リバース)から取った。生まれ変わりや回復、復興を意味する。

「ハオ・グエン・ショップ」の前に立つリンさんの父親のハオさん(左)と母親のグエンさん=福島県二本松市
「ハオ・グエン・ショップ」の前に立つリンさんの父親のハオさん(左)と母親のグエンさん=福島県二本松市

 「新たな生活をスタートさせ、自分と被災した福島の地域を回復させたい」と新たな旅館に夢を託す。いまだ原発事故の風評被害が残る福島に、「実際は安全な場所がたくさんあることもアピールしたい」とも話す。

 リンさんは今春、高校2年になるはずだった。「今ごろどんな人生になっていたか、想像できない」とハオさん。「リンさんのために一生懸命店を続けたい」と誓いながら、「普通の生活に戻りたい。そして良い人生をもう一度送りたい」と静かに語った。

※この記事は千葉日報とYahoo!ニュースによる共同連携企画です


  • Xでポストする
  • LINEで送る

あなたにオススメ