暴力に屈しない強さ、とは 大崎善生さん「いつかの夏 名古屋闇サイト殺人事件」

 作品の後半、犯人に包丁を突きつけられた極限状況で、利恵さんがカードの偽の暗証番号「2960」を伝えた意味や、死の直前まで取り乱さず冷静に粘り強く交渉しようとした過程を解き明かす。「激しい暴力にさらされながら彼女は土壇場で、人間の大切なものを守った。パニックを起こしたのは犯人のほうだった。暴力に屈しないというのは、言葉でいうほど簡単ではない。本当にすごい。その意味を考えるのが、この本を書く理由」と明かす。

 大崎さんが利恵さんに特別な興味を持ったのは、囲碁カフェに通い囲碁を懸命に勉強していたと知ってから。囲碁は将棋とは異なる複雑さがあり、「彼女は努力家で冷静な頭脳の持ち主だったのだろう。この人のことをもっと知りたいと思い続けた」。

 他の仕事との兼ね合いや「果たしてこのテーマで1冊の本になるのか」という迷いから、取材を始めるまでに7年の歳月を要した。当初は母親の取材協力を得られなかった。それでも名古屋市内の拉致現場を歩き回り、それが母親の心を動かすことになったという。

会員限定記事会員サービス詳細