暴力に屈しない強さ、とは 大崎善生さん「いつかの夏 名古屋闇サイト殺人事件」

「彼女が囲碁をしていたと聞いてから、ずっと心に引っかかっていた」と話す大崎善生さん
「彼女が囲碁をしていたと聞いてから、ずっと心に引っかかっていた」と話す大崎善生さん

 『聖(さとし)の青春』など将棋にまつわる作品で知られる作家、大崎善生さん(59)が長編ノンフィクション『いつかの夏 名古屋闇サイト殺人事件』(KADOKAWA)を刊行した。インターネットの闇サイトで集まった3人組の男に拉致、殺害された女性の生涯に寄り添いながら、事件の本質に迫った。大崎さんは「普通の人間の持つ強さを示したかった」と話す。

 事件は平成19年8月、闇サイトを通じて知り合った男たちが帰宅途中の磯谷利恵さん(当時31歳)を車で拉致。カードの暗証番号を聞き出そうと脅迫し、ハンマーで殴るなどして殺害した。犯行の残虐さとともに、ネット犯罪の萌芽として世間の注目を集めた。

 しかし、本書は一般的な犯罪ノンフィクションとは異なり、犯人像には迫らない。幼い頃に父親を亡くし、ときに進路に迷いながらも母親を大切にする心優しい被害者女性に焦点を当てた。お小遣いをためて始めた熱帯魚の飼育、趣味の食べ歩きや囲碁、恋人との出会いなど利恵さんの生い立ちと母娘の暮らしが本の半分を割いて詳述される。

 執筆に当たり、加害者3人の裁判資料などを大量に集めた。しかし、大崎さんは「彼らの生まれや育ちにはあまり興味がない。むしろ、書く価値がないと思った。ごく普通の母娘の物語を書くことで、降りかかった悲劇を浮き彫りにしたかった」と言い切る。

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