第15話 昼下がり

 稲尾竜胆は、昼食のきつねうどんを食べ終えた後着替えて外に出ていた。

 服装は緑色のシャツに黒のジャケット、スキニージーンズという出立ち。肩がけにウエストポーチを引っ掛け、竜胆は村の中心街に出向いていた。

 実年齢四十三歳、人間換算で十四歳ほどの少年である。最近はオシャレに興味もあり、レディースものの柔らかい匂いの香水を少し、振りかけている。

 中心部には私鉄、魅雲線の駅があり、その駅前ロータリー広場が目的地だ。


 色素の薄い、白っぽい肌の美女が一人、屋台をやっていた。白い着物姿に、青と黒のツートンの髪。氷で作った花のような髪飾りをしており、たおやかな笑みを浮かべて子供達にかき氷を渡していた。

 竜胆はほくほく顔で屋台に近づいた。


氷雨ひさめさん!」

「あら、竜胆様。いい天気ですね」

「うん。氷雨さんは暑くない?」


 子供達は、村の顔馴染みである。「りんどーにーちゃんだ」「きつねしっぽすげー」「かっこいい……」「こらタマ! りんどうさんにきこえるって!」と言い合う。

 彼らは、野良妖怪である。普段は本来の姿で野外で暮らし、あるいは式神契約を結んだ相手に厄介になっている。

 なお式神契約とは、嘱託式の式神として契約した術師や妖怪に協力する雇用契約のことである。要するに、家政婦のすごい版——という認識が、手っ取り早い。

 家事炊事はもちろん、それ以外にも戦闘業務の手伝いをする者もいる。子供でも、力を持った妖怪だ。友好な関係を結んでおけば、のちのちさらに成長した際の人脈にもなる。


 子供達は、家を持つ竜胆を憧れと、それから嫉妬を混ぜた目で見ていた。慣れているとはいえ、なにか、うまく彼らを救える方法はないかと竜胆は思ってしまう。


「かき氷、イチゴをください」

「はい、お待ちくださいね」


 竜胆にできるのは、子供たちの分も支払ってやるくらいだ。無論、見ていないところでこっそりと。

 氷雨のこうした地域奉仕を、竜胆は個人的に支援していた。竜胆自身の収入源は、村の主要結界の一部を担うという意外に大切な役目から来ている。決して楽な仕事でも、無責任でいることもできない重要なものだ。その分、俸給は悪くない。

 居合わせているのは猫妖怪に、犬妖怪。いずれも、人間で言えば六、七歳ほどの子供である。


「ねーりんどーさん。まりえねーちゃんからきいたんだけど、なんかシンイリ? であるいてるんだってなー」

「ぼくもきいた。ニンゲンだろ? まじってるっていう」

「燈真のこと? 大丈夫だよ、怖くないし、優しいから」

「お待ちどおさまです。……新人さんっていうと、退魔師になられたんですよね?」


 竜胆はストロースプーンでザクザク氷を削りつつ食べた。サクサクした食感と、氷が砕ける歯応えが、体感温度を涼しくしてくれる。

 子供たちもかき氷を食べながら話を聞いていた。


「うん。柊に鍛えられてるよ。実際のところは柊ってより姉さんの方が積極的に鍛えてるけどね」

「つばきさん……イケメンで、すき……」


 猫妖怪の少女、タマが頬を赤らめた。竜胆のことをかっこいいとも言っていたし、面食いなのだろうか。

 姉さんって意外なファンがいるんだな、と思いつつ竜胆はかき氷をかき込む。あんながさつな女のどこがいいんだろ、と思う。

 キーンとくるこの、頭痛。これもまたツウだ。痛むだけに。


「ふふっ」

「どうかされました?」

「あ、いや……思い出し笑いだから大丈夫」

「またつまらない駄洒落でも思いついたんでしょう」


 見透かされている。竜胆はほてった顔を冷やすように、かき氷を頬張った。


「ねえ、りんどーにーちゃんって、ひさめねーちゃんのことすきなんだろ?」


 竜胆の尻尾に、雷が落ちたんじゃないかというような衝撃が走った。


「なな、何言ってんだシロー!」


 白い犬妖怪のシローは、キョトンとした顔をしている。

 タマも、その隣の黒猫の少年クロも、そして柴犬妖怪のタローも、「うわ、わかりやすい」という顔をしている。


「こ、こらみんな、竜胆様をからかうんじゃありません! もう、どこで知ったんでしょう……」


 氷雨の態度もあまりにもわかりやすいものだが、鈍感同士、まるで気づいていない。

 健全な若者が互いの気持ちに気付かず、幼い子供に心配されるという不思議な図式が出来上がるのだった。


×


 退魔局魅雲支局十三階——第二小会議室。

 そこに集ったのは稲尾家の退魔師一派と、アル、そして彼らの退魔任務の窓口である女性・市川麗子いちかわれいこという人間だった。

 行われるのは今日の任務説明である。ビデオレターや監督官からの口伝など様々だが、チームで動く以上、実際にオフィスで顔を合わせた方が連帯感が生まれるという、支局長の指示でときどき肉声が通じる距離で顔を合わせている。

 今年の春に、数年前から猛威を振るう新型感染症の特効薬が開発されてことなきを得たのは記憶に新しい。妖怪の体組織を使った特効薬ということで忌避する声は多かったが、退魔局局員を中心に接種が進み、現在もその接種の輪が広がっている。おかげで、なんとかマスクもなしで会話ができる時代が帰ってきた。


「おはようございます、みなさん」

「おはようございます」


 退魔局は基本、二十四時間フル稼働。どんな時間帯でも、芸能界よろしく挨拶は「おはようございます」がデフォルトだ。一般の業種でも、社訓とかによってはそうらしいが燈真にはまだわからない。バイト先の土建屋は、基本時間帯に合わせていた。

 時刻は十三時四〇分。燈真たちは昼食を食べた後、ラフスタイルで通る清潔感のあるファッションで退魔局に来ていた。改まった場ではないので、クールビズですらないが、局内にはスーツではない局員も多い。なんとなれば、実戦部隊の退魔師なんて「ここで天下一武闘会でもやるのか?」というような格好の奴までいる。ミリタリーファッションのイタチ妖怪に、セラミックプレートで構成された武者鎧の鬼までいるほどだ。


「本日の任務についてお話しいたします。まずは漆宮五等、尾張三等ですね」


 プロジェクターのスイッチを押す。と言っても、壁に投影するものではない。空間に立体投影する、妖術を用いたハイブリッド機械——妖力機巧「妖巧あやくり」である。

 ある妖怪学者は、「妖術とは科学技術の完全上位互換に等しい」と言ったらしいが、確かにそうだ。

 実際、現在使われている科学技術の多くは自然界の動物の生態や肉体の構造を解析して応用している。次世代コンピュータの光チップに必須なフォトニック結晶の光学処理のヒントが、ゾウムシにあるというのは有名な話だ。

 生物種として格上ということは、そこから得られるヒントもまた別格ということだろう。

 無論、だからと言って例えば光希が自分の体で「電撃の発生・制御・処理の方法ためさせてやるよ」なんて言うわけがないが。妖怪だって、自分が実験生物になるのは嫌である。双方合意のもと、技術の研究は行われていた。


「おい、話聞けって」

「あ、悪い」


 悪い癖が出た。変なことを考えすぎるという悪い癖。


「よろしいですか?」

「すみません、大丈夫です」と燈真。

「では。……魍魎の発生件数の上昇に伴い、退魔局では外回りを強化しています。土地柄勘のいい村民が多いので、薄々分かった上で日常を過ごされている印象です。これ以上不安を煽るのは、決して良くありません。本日漆宮・尾張ペアに対処していただく任務は村外れの東魅雲川で見られたという魍魎の撃滅になります」


 ホログラムに映し出されたのは、チョウザメのような頭部を強引に人間っぽくしたような、蝶々にも見える鱗とヒレ、背骨のように飛び出す背鰭を持つ半魚人である。人魚のように美しくはなく、不気味な、水底の悪魔のような印象を受ける。


「クトゥルフ神話の悪魔みてえだ」光希が顔を青くして言った。

「原典の悪魔や邪神が出てきたら柊様案件だろうね」アルが微笑みながら言う。この半魚人はそこまででもないよ、と言う意味の安心を誘う発言だろうが、逆に柊は神話生物ばりの化け物であることが確定する一言でもあった。


「等級は三。名は異魚イギョ。確認された数は六体です。下流を根城にしていますが、いつ登ってくるかわかりません。ブリーフィング後速やかに現地に赴き、祓葬を開始してください」

「了解」


 麗子は頷いて、「稲尾・霧島ペアに当たっていただく任務につきましては——」と、作戦説明の続きを開始するのだった。

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ゴヲスト・パレヱド ― 孤独な鬼は気高き狐に導かれ最強の退魔師を目指す ― 夢咲蕾花 @ineine726454

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