第3章 爪牙、研ぎ澄まして

第13話 会議

 アルを交え、稲尾家で会議となった。

 場所は子供もいる居間である。柊ならびに実の親である稲尾楓・稲尾靖夫やすおの判断で、子供にもこういう話を聞かせるべき、という方針を取っていた。

 力ある一族である。望む望まずに限らず、相応の力を持つ以上は責任を伴わねばならないと、稲尾家はそう考えていた。こういう考え方は、名門の術師や妖怪の一族ならば、詳細はさておき似通うものだ。

 菘と竜胆はいつものようにだらけた態度ではなかった。しっかり正座して、真剣な表情である。菘は若干緊張した面持ちだが、竜胆が優しく「大丈夫だよ」と声をかけていた。

 椿姫が口を開いたのは、午後六時半。空が紺色に染まり、カエルが鳴きかわす頃だった。


「赤羽と名乗る呪術師と対峙した。撃退できたけれど、等級はおそらく一等級相当。だけど、なんらかのドーピングと見られる強さね。扱いがなってないから、実際的な強さは二等級。実戦経験は精々一、二ヶ月。動きに粗が目立つ。同格レベル相手に私が勝てた状況からして、技量はまだまだね」


 交戦時間は二分にも満たなかったが、その中で椿姫は明確に敵の力量を割り出していた。決して自分を過大評価することも、敵を過小評価することもない。

 アルが補足する。


「結界を破ったのは錦鶏妖怪——赤鷩せきへいでした。現在局内で治療していますが、苛烈な拷問の末に従わされていたと報告があります。現段階での事情聴取は不可能です」

「助かるのか」柊が茶を飲みつつ問う。

 アルは断言した。「助けます」


 その返答に、柊は満足げに頷く。

 光希が、「結界を破ったって、じゃあその赤鷩自体も強い妖怪なのか?」と聞いた。

 アルは「そうです。等級で言えば一等級相当。退魔師としての登録履歴はないようですが、民間の術師や法師退魔師にも一等級相当は見られますから、その類かと」と答えた。


 問題なのは、敵呪術師が「一等級妖怪さえ従えられる力量の術師を保有していること」だ。

 実行犯と見られる赤羽は、おそらく単独犯ではない。退魔局を欺瞞して、魍魎を湧かせたことといい組織的な呪術犯罪と見ていいだろう。


「俺がもっとうまく気取れてたら、」

「たらればで罪悪感を誤魔化すようなやつに、退魔師は続けられないわよ」


 燈真の言葉を断ち切って、椿姫が厳しい叱責をぶつけた。


「でも……」

「まさかあんた、あれで誰か死んでたらそう言って自分を慰める気?」

「違う! そんなこと……」

「強くなりなさい、燈真。経験を噛み締めて、血肉にするの。失敗も後悔さえも噛み砕いて飲み込みなさい。言っとくけど、あんたは別に悪くない。行きすぎた自己責任は、悪事がバレて自罰する子供のように、呆れたはた迷惑でしかないわよ」


 厳しい言葉だが、何も間違っていない。

 燈真は、責任の所在を履き違えたのだ。誰も悪くない現状を、自分をスケープゴートにして、自分を救おうとした。ギャグのようだが、客観視すればそうなのだ。

 奥歯を噛んで、燈真は己の未熟さを恥じた。


「赤羽は気になることを言ってた」


 話を戻し、椿姫があの廃工場で聞いた言葉を伝える。


「『これは布告だ。この村に、厄災が吹き荒れる』……って言ってたわ。何か企んでるのかも」

「支局への攻撃、あるいは刑罰執行前の囚人解放を条件にしたゆすりでも仕掛けるんでしょうかね。……支局長にすぐに伝えます」


 アルは瞑目する。念話を使っているのだろう。二回三回頷いて、目を開いた。


「対策会議をすぐに開くそうです。稲尾二等はじめ、稲尾家の皆さんにはいつも通り過ごすようにと。村が不穏になっては、呪術師の思う壺ですから」

「情報統制ってわけね。わかった。あんたらも他所で口滑らさないでね」


 目配せした椿姫に冗談の色はない。燈真と光希、竜胆に菘も、黙って頷く。


「退魔師組は、退魔局の指示で動けばいいのね?」

「ええ。特に稲尾二等、霧島一等は主要戦力ですから。尾張三等、漆宮五等に関しては村の警備や外周部の警らに当たってもらうことになるでしょう。言っておきますが、呪術師の攻撃意志が明確である以上、低級任務でも警戒を厳にして当たってください。命を落とす危険は、この場合稲尾二等や霧島一等とも、同等レベルです」


 アルは、監督官としてのへりくだった態度ではなく、一局員として毅然と指示を下した。


「竜胆よ。長兄として、長男として、家と菘を守れ」


 柊が会話の切れ目に、そう言った。

 竜胆は力強く頷き、「任せて。そのために結界術を頑張ってるんだ」と頼もしく言い放つ。菘の背中をとんとんと叩いてやる。彼女は笑みを浮かべた。兄の力量に全幅の信頼を置いているのだ。

 ぱちゃん、と池が水音を立てた。見れば貝音が座っている。


「局員さん、私の鱗はいい薬になるわよ。何枚か持っていく?」


 人魚の肉を食っても不老不死にはならない。だが、鱗には薬効があるのだ。

 貝音は掌に数枚の、虹色の鱗を乗せていた。魚には痛覚がある説とない説とがあるが、人魚にはあるとされている。鱗を剥がす苦痛は相当なものではないのか。

 伊予が降りていって、「わざわざありがとうね」と労い、鱗を受け取る。

 アルも草履を借りて降りて行き、「すみません、本当に助かります。ありがたくいただきます」と頭を下げた。

 貝音は平気な顔で手をひらひら振る。


「まあ私が平和に呑気に暮らせるのはみんなのおかげだしねえ。ときどき柊が湖や海にも連れてってくれるし、不自由はないし」

「貝音も味方についたな。妾は現状できることといえば、札を用意してやるくらいだが……菘、明日からちょいと手伝ってもらうぞ」

「まかしてまかして」


 稲尾家がまとまりつつある。

 燈真はこの団結力を武器とするために、椿姫がわざわざ家で会議することを選んだんだな、と思った。

 戻ってきたアルが、


「支局長からですが、夏祭りは行うとのことです。当然ですよね、陽の気を高める最高の機会ですから」

「夏祭りって?」燈真が聞くと、光希が「神社でやる祭り。八月の……今年は九日か。九日と十日の土日にやるんだよ」

「えっ、私の誕生日じゃん! ケーキとチキンよろしくね男ども!」


 椿姫の現金すぎる要求に、燈真は閉口するより他ない。なんてやつだ、いい雰囲気だったのに。


「チキンナゲットじゃだめか。徳用のぺちょっとしてるの」

「だめ。いやまあ、ああいうの好きだけどね。なんか……安心する味だし。でもだめ。誕生日はパーティーバーレル」

「強欲女」


 燈真の嘆きも届きはしない。はぁ、とため息をついた。

 それはさておき、方針は固まっていた。

 呪術師に警戒、カウンターを置きつつそのことは明確には口外しない。あくまで、平時の魍魎対策・呪術攻撃対策で通す。

 あくまでも屈さない、その姿勢を取ることが、退魔局と稲尾家の共通した見解であり——後日、村役場で柊と伊予が出向いた村民会議でも、満場一致の意見であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る