事件当日に起きた異変
終業式を間近に控えたリンは、来る春休みを楽しみにしていた。生まれ故郷で、大好きな祖父と祖母が住むベトナムの首都ハノイに、休暇を利用して遊びに行くことになっていたのである。ちなみに、母親グェン(同30歳)と弟(同3歳)は春休みを待たず、一足先に帰国していた。
2017年3月24日午前8時すぎ、ピンクのトレーナーにパーカー、その上にランドセルを背負ったリンは、ハオが日本で働き購入した中古戸建ての自宅を、職場に向かうハオと一緒に出る。
いつもよりは少し遅くなってしまったが、8時半の始業時間には充分に間に合う。小学校までは約900メートル。子供の足でもわずか15分だ。すでに小学校に向かう子供の姿は少なく、通学路で見守りしていた保護者たちも三々五々、帰路についていた。
そのとき、リンの自宅から200メートル離れた交差点で、ある異変が起きていた。地域ボランティアとして見守り活動をしていた女性は言う。
「その日は居なかったんですよね、いつも見守りの活動に参加していた渋谷さんが。後日、『そういえば事件の日、参加していなかったですよね?』と聞いたら『インフルエンザになってしまったので』と言ってました」
リンのことも明確に記憶していたと、女性は続ける。
「いつもニコニコしながら学校に行ってましたよ。学校が本当に楽しんだろうなという感じで。朝、子供たちは手を振ってくれたり、ハイタッチしてくれるんですけど、リンちゃんも同じでした。行方不明になった日は、確かに見てないかもしれないです。でも気づかなかったんです、ここより前で何かあったのか、私が帰ったあとにここを通ったのか......」